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全てをやり直せる悪役令嬢ですが、本命の好感度だけ操作できませんわ  作者: 南蛇井


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第31話:ループ依存の崩壊

朝は、いつも通りに始まった。


 


 光が差し込み。

 鐘が鳴り。

 人が動き出す。


 


 何も変わらない。


 


 ——はずだった。


 


「……」


 


 廊下を歩く。


 


 足取りは、自然だ。


 


 迷いもない。


 


 どこへ行くかも。


 


 誰に会うかも。


 


 ——分かっている。


 


 分かっている、はずだった。


 


「おはようございます、レティシア様」


 


 声がかかる。


 


 振り向く前に、答えが浮かぶ。


 


 この流れ。


 


 この角度。


 


 この距離。


 


 過去に、何度も繰り返した場面。


 


 最適な返答は——


 


「おはようございます。今日も良いお天気ですわね」


 


 迷いなく、口にする。


 


 柔らかく。


 


 好印象を与える声音で。


 


 ——完璧な返答。


 


「……え?」


 


 だが。


 


 返ってきたのは、戸惑いだった。


 


「えっと……はい?」


 


 微妙に、噛み合わない。


 


 表情が、ずれる。


 


 空気が、止まる。


 


「……」


 


 違う。


 


 こんな反応ではなかった。


 


 もっと、自然に。


 


 もっと、滑らかに続いていたはず。


 


「……失礼しますわ」


 


 軽く会釈して、その場を離れる。


 


 問題はない。


 


 小さなズレ。


 


 調整すればいい。


 


 ——そう思っていた。


 


「……」


 


 だが。


 


 次も。


 


 その次も。


 


 同じだった。


 


「本日の授業ですが——」


 


 教師の言葉。


 


 ここで、発言すれば評価が上がる。


 


 タイミングも、内容も、覚えている。


 


 だから。


 


 迷わず、手を上げる。


 


「その件について、補足させていただいても?」


 


 完璧な入り。


 


 完璧な声量。


 


 ——完璧な“はず”。


 


「……では、どうぞ」


 


 頷きが返る。


 


 ここまでは、同じ。


 


 記憶通り。


 


 だから。


 


 続ける。


 


 用意された言葉を。


 


 最適な答えを。


 


「この問題は——」


 


 言い終える。


 


 完璧に。


 


 無駄なく。


 


 正確に。


 


 ——そのはずだった。


 


「……」


 


 沈黙。


 


 一拍。


 


 二拍。


 


「……少し、話が飛躍していませんか?」


 


 教師の声。


 


 穏やかだが、指摘。


 


「前提の共有が不足しているように思います」


 


 評価が、ずれる。


 


 反応が、違う。


 


「……」


 


 言葉が、出ない。


 


 そんなはずはない。


 


 この流れは。


 


 何度も成功してきた。


 


 失敗したことなど——


 


「……失礼いたしました」


 


 なんとか、引き下がる。


 


 だが。


 


 空気は、戻らない。


 


 わずかな違和感が、残る。


 


 積み重なる。


 


「……」


 


 胸の奥が、ざわつく。


 


 違う。


 


 すべてが、少しずつ違う。


 


 同じ行動。


 


 同じ言葉。


 


 同じタイミング。


 


 それなのに——


 


 結果が、再現されない。


 


 廊下の窓際。


 


 ひとり、立ち止まる。


 


「……」


 


 思考が、追いつかない。


 


 整理できない。


 


 今までの前提が、崩れている。


 


「……」


 


 そのとき。


 


 脳裏に、過去が浮かぶ。


 


 鮮明に。


 


 正確に。


 


 ——あのとき。


 


 同じ言葉で、笑顔が返ってきた。


 


 同じタイミングで、評価が上がった。


 


 同じ流れで、すべてが整った。


 


 完璧に。


 


 何度でも。


 


 繰り返せる形で。


 


「……」


 


 だが、今は違う。


 


 現実が、重なる。


 


 ズレた反応。


 


 噛み合わない会話。


 


 途切れる流れ。


 


 過去と現在が、重なる。


 


 そして。


 


 噛み合わない。


 


「……」


 


 息が、浅くなる。


 


 理解が、追いつく。


 


 いや。


 


 理解したくない。


 


 だが。


 


 もう、否定できない。


 


「……どうして、上手くいきませんの?」


 問いが、零れる。


 


 震えた声で。


 


 自分に向けて。


 


 答えは——


 


 もう、分かっている。


 


 分かってしまっている。


 


「……」


 


 ゆっくりと、目を閉じる。


 


 逃げ場はない。


 


 言葉にするしかない。


 


「やり直せないから」


 静かな結論。


 


 それだけで、すべてが説明できる。


 


 再現できない。


 


 調整できない。


 


 修正できない。


 


 だから——


 


 “正解”は、機能しない。


 


「……」


 


 手を握る。


 


 わずかに、震える。


 


 今まで頼っていたもの。


 


 すべてが、役に立たない。


 


 それどころか——


 


 邪魔になる。


 


「……」


 


 気づく。


 


 自分は。


 


 “考えていなかった”。


 


 ただ。


 


 なぞっていただけ。


 


 最適な形を。


 


 成功した過去を。


 


 それを繰り返していただけ。


 


「……」


 


 だが。


 


 今は違う。


 


 同じではない。


 


 だから。


 


 同じようにしても、意味がない。


 


「……」


 


 ゆっくりと、顔を上げる。


 


 窓の外。


 


 風が揺れる。


 


 同じ景色。


 


 同じはずの世界。


 


 それでも。


 


 確実に、違う。


 


「……」


 


 一歩、踏み出す。


 


 今度は、少しだけ遅く。


 


 慎重に。


 


 考えながら。


 


 選びながら。


 


 それは。


 


 不格好で。


 


 非効率で。


 


 今までの自分とは違う動き。


 


 だが——


 


 それしか、ない。


 


「……」


 


 小さく、息を吐く。


 


 受け入れるしかない。


 


 この世界は。


 


 もう。


 


 “やり直せない”。


 


 そして。


 


 “正解も保証されない”。


 


「……」


 


 それでも。


 


 進むしかない。


 


 初めて。


 


 本当に。


 


 自分で選びながら。


(第31話 終)

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