第3話:ヒロイン潰し(無双感MAX)
朝の光が、校舎の廊下を淡く照らしていた。
——今日。
イベントが発生する。
それも、この物語において重要な分岐点の一つ。
「……ここですわね」
立ち止まる。
視線の先、角を曲がった先の廊下。
——本来なら。
ここで“彼女”が、王子と出会う。
落とし物を拾い、言葉を交わし、距離を縮める。
そうして始まるのが——ヒロインルート。
だが。
「それは、もうありませんわ」
足音を殺し、先回りする。
床に落ちている、小さなハンカチ。
視界の端に、ログが表示される。
【イベント:落とし物(発生)】
しゃがみ、拾い上げる。
柔らかな布。
丁寧に刺繍されたイニシャル。
——間違いない。
「準備は万端、ですわね」
そのとき。
「……あのっ」
後ろから、小さな声。
振り返ると、そこに立っていたのは——
平民の少女。
控えめな服装。
不安げな瞳。
——ヒロイン。
「それ、わたしの……」
か細い声。
だが、その先を言わせない。
「ええ、存じておりますわ」
微笑む。
完璧な角度で。
「落としていらっしゃいましたわよ」
差し出す。
——“イベントを奪う”形で。
「え……?」
少女が戸惑う。
本来なら、ここに王子が来る。
彼女はそこで拾われ、助けられ、関係が始まる。
だが。
その導線は、すでに消えた。
——代わりに。
「どうかされましたか」
低く、落ち着いた声。
振り向けば、そこに立つのは王子。
予定通りのタイミング。
ただし。
対象が違う。
「殿下」
ゆっくりと礼を取る。
「こちらの方が落とし物をなさっていたようですの」
自然な流れで、会話を繋ぐ。
王子の視線が、こちらに向く。
「そうか。親切なことだな、レティシア」
視界の端。
【好感度:41 → 45】
上がる。
少女の方へ視線が向くのは、一瞬だけ。
「気をつけるといい」
それだけ。
それ以上、関係は発展しない。
「……あ、ありがとうございます……」
少女の声が、小さく震える。
そのまま、彼女は去っていく。
何も残さずに。
——イベント終了。
視界に表示が浮かぶ。
【ヒロイン好感度:変動なし】
【王子好感度:上昇】
静かに、息を吐く。
「これで一つ」
振り返る。
もう誰もいない廊下。
ただ、結果だけが残る。
選択肢は奪った。
分岐は潰した。
これで、彼女が王子と関係を築く可能性は——消えた。
「運命、ですか」
小さく呟く。
この世界では、それは曖昧なものではない。
発生条件があり。
分岐があり。
結果がある。
ならば。
やることは一つ。
「運命とは、先に掴んだ者のものですわ」
微笑む。
すべては、予定通り。
すべては、最適解。
——誰よりも早く動けばいい。
それだけで、未来は書き換えられる。
……だから。
このときの私は、まだ知らなかった。
“奪えないもの”が、この世界に存在することを。
(第3話 終)




