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全てをやり直せる悪役令嬢ですが、本命の好感度だけ操作できませんわ  作者: 南蛇井


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第29話:修羅場開幕

 庭園は、静まり返っていた。


 


 風は止み。

 葉は揺れず。

 音が、消えている。


 


 まるで——


 


 この場所だけ、切り取られたかのように。


 


「……」


 


 中央に立つ。


 


 石畳の上。


 


 整えられた花々に囲まれた、“選択の場”。


 


 逃げ道はない。


 


 視線を上げる。


 


 正面。


 


 セラフィーナ。


 


 完璧に整った姿勢。


 


 微笑み。


 


 揺らぎのない視線。


 


 ——“正しさ”そのもの。


 


 その対面。


 


 少し距離を置いて。


 


 アルト。


 


 力みもなく。


 


 構えもなく。


 


 ただ、そこにいる。


 


 ——“不確定”のまま。


 


 そして。


 


 その間に、自分。


 


 レティシア。


 


 三点が、ひとつの線で結ばれる。


 


 動けない。


 


 動かない。


 


 その均衡を。


 


 最初に崩したのは——


 


 セラフィーナだった。


 


 ゆっくりと、一歩前へ出る。


 


 足音が、やけに大きく響く。


 


 静寂を切り裂くように。


 


 そして。


 


 穏やかに、告げる。


 


「やり直せませんわ」


 その一言で。


 


 世界が、確定する。


 


 セーブも。

 ロードも。

 逃げ道も。


 


 ——すべて、閉ざされた。


 


「……」


 


 息が、止まる。


 


 分かっていた。


 


 気づいていた。


 


 だが。


 


 言葉として突きつけられると——


 


 重さが、違う。


 


「……それは」


 


 声が、かすれる。


 


 続かない。


 


 否定も。


 


 肯定も。


 


 できない。


 


 ただ。


 


 立っているだけ。


 


 選べないまま。


 


「選択は、常に一度きりであるべきです」


 


 セラフィーナは続ける。


 


 淡々と。


 


 揺らぎなく。


 


「繰り返しは、価値を損なう」


 


「誤差を増やし、結果を歪める」


 


 それは、すでに証明されたこと。


 


 否定できない事実。


 


 だからこそ。


 


 抗えない。


 


「……」


 


 言葉が出ない。


 


 思考が、縛られる。


 


 そのとき。


 


 別の声が、落ちる。


 


 静かに。


 


 だが、はっきりと。


 


「間違えればいい」


 アルト。


 


 短い一言。


 


 それだけ。


 


 それだけで——


 


 空気が、歪む。


 


「……」


 


 思考が、揺れる。


 


 今まで、存在しなかった選択肢。


 


 “正しくないこと”を、選ぶという発想。


 


 それは。


 


 今までのすべてを、否定する言葉。


 


「……何を」


 


 かろうじて、言葉が漏れる。


 


 理解が追いつかないまま。


 


 アルトは、少しだけこちらを見る。


 


 変わらない表情で。


 


「正しくなくても、進めるなら」


 


「それでいいと思います」


 


 淡々と。


 


 説明でもなく。


 


 説得でもなく。


 


 ただ、事実のように。


 


「……」


 


 胸の奥が、大きく揺れる。


 


 それは。


 


 怖い考えだ。


 


 不確定で。


 


 不安定で。


 


 保証がない。


 


 だが——


 


 確かに、“残る”何かがある気がする。


 


「……」


 


 その瞬間。


 


 セラフィーナが、わずかに笑う。


 


 否定するでもなく。


 


 怒るでもなく。


 


 ただ、評価するように。


 


「美しい選択ですわね」


 静かな声。


 


 だが。


 


 そこに含まれる意味は、明確だった。


 


 ——排除対象。


 


「非効率で」


 


「不安定で」


 


「再現性がない」


 


 一つ一つ、丁寧に。


 


 価値を切り分けていく。


 


「つまり、無価値ですわ」


 断言。


 


 揺らぎのない否定。


 


 それが、“正しさ”。


 


「……」


 


 息が、乱れる。


 


 両側から、引かれる。


 


 正しさ。


 


 不確定。


 


 どちらも、理解できる。


 


 どちらも、否定できない。


 


 だからこそ——


 


 選べない。


 


「……」


 


 そのとき。


 


 視界の端に、異変。


 


 薄く浮かび上がる、見慣れた表示。


 


【好感度】


 


 数値が、揺れる。


 


 上がる。

 下がる。

 意味を持たない動き。


 


 乱れる。


 


 崩れる。


 


 そして——


 


 消える。


 


「……!」


 


 息を呑む。


 


 さらに。


 


【SAVE】


 


 表示が、点滅する。


 


 一瞬、現れ。


 


 次の瞬間——


 


 完全に消失する。


 


 跡形もなく。


 


 まるで、最初から存在しなかったかのように。


 


「……」


 


 世界が、静まる。


 


 完全に。


 


 システムが——


 


 終わった。


 


「……」


 


 理解が、追いつく。


 


 逃げ道はない。


 


 やり直しは、ない。


 


 選択は——


 


 一度きり。


 


「……」


 


 胸の奥が、弾ける。


 


 言葉にならない感情が、溢れる。


 


 正しいものは、分かっている。


 


 ここにある。


 


 目の前に。


 


 選べばいい。


 


 それで、すべては整う。


 


「……」


 


 だが。


 


 それと同時に。


 


 分かっている。


 


 その“正しさ”が。


 


 何かを、失わせることも。


 


「……」


 


 言葉が、溢れる。


 


 抑えきれずに。


 


「正しいものは、ここにある」


 


「間違っているのも、分かっている」


 矛盾。


 


 両立しないはずのもの。


 


 それでも。


 


 どちらも、真実。


 


「……」


 


 息が、震える。


 


 心が、揺れる。


 


「それでも——」


 


 言い切れない。


 


 続かない。


 


 答えが、出ない。


 


 その瞬間。


 


 セラフィーナが、静かに言う。


 


「選びなさい」


 命令。


 


 確定。


 


 逃げ場はない。


 


 同時に。


 


 アルトの声。


 


「選ばなくてもいい」


 否定。


 


 拒絶。


 


 別の可能性。


 


「……」


 


 世界が、止まる。


 


 音が消える。


 


 時間が、凍る。


 


 視線が、交差する。


 


 正しさ。


 


 不確定。


 


 その間で——


 


 立ち尽くす。


 


 言葉が、出ない。


 


 選べない。


 


 決められない。


 


 ただ。


 


 感じる。


 


 初めて。


 


 はっきりと。


 


「——選択が、怖い」


 その一言だけが。


 


 静かに、落ちた。


 


 夜の中へ。


 


 深く。


 


 逃げ場のない場所へ。


(第29話 終)

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