第28話:王子=完成された選択肢
広間は、明るかった。
高い天井に反射する光。
磨かれた床。
整えられた装飾。
すべてが、完璧に整っている。
——“未来”のように。
「来てくれてありがとう」
王子の声が、静かに響く。
振り向く。
そこにいる。
変わらない姿。
変わらない笑顔。
変わらない距離。
——完成された存在。
「お呼びとあらば、当然ですわ」
自然に言葉が出る。
迷いなく。
淀みなく。
その滑らかさが、今は少しだけ重い。
「今日は、君に見てほしいものがある」
王子が手を差し出す。
穏やかに。
確信を持って。
「……」
一瞬、間が空く。
だが。
その間も、すぐに埋められる。
手を取る。
自然に。
“そうするのが正しい”ように。
歩き出す。
広間の奥へ。
開かれた扉の先。
そこに広がっていたのは——
未来だった。
庭園。
整えられた花々。
計算された配置。
無駄のない美しさ。
そして。
その中心に。
自分と、王子が立っている光景。
——想像ではない。
“用意された未来”。
「……」
息が、わずかに止まる。
見える。
流れが。
ここから先のすべてが。
手を取り合い。
周囲に祝福され。
地位を得て。
役割を果たし。
安定した日々を過ごす。
何も欠けない。
何も崩れない。
完璧な軌道。
「君となら、この国はより良くなる」
王子の声が重なる。
穏やかで。
確信に満ちている。
「共に歩んでほしい」
視線が合う。
逃げ場はない。
これは——
“告白”ではない。
“確定”だ。
未来の提示。
選択肢の提示。
そして。
ほぼ、唯一の正解。
「……」
胸の奥が、静かに波打つ。
これは、間違いではない。
むしろ。
理想に最も近い形。
積み上げてきたものの、完成形。
「……」
ゆっくりと、息を吸う。
言葉が、浮かぶ。
自然に。
抵抗なく。
「……間違いでは、ありませんわ」
口に出す。
はっきりと。
その言葉は、真実だった。
否定できない。
何一つ、誤っていない。
この選択は。
正しい。
完璧に。
——だからこそ。
「……」
その先が、続かない。
言葉が、止まる。
胸の奥に、わずかな引っかかり。
消えない違和感。
小さく。
だが、確実に。
「……」
視線を落とす。
繋いだ手。
温かい。
安定している。
何も問題はない。
——なのに。
あの感覚が、ない。
あの“ズレ”の中で感じたもの。
説明できない何か。
意味のない時間。
それでも、残ったもの。
それが、ここにはない。
「……」
息が、わずかに揺れる。
思考が、重なる。
セラフィーナの言葉。
正しさ。
最適化。
結果。
そして。
アルトの言葉。
ズレ。
歪み。
現実。
「……」
ゆっくりと、顔を上げる。
王子は、変わらず微笑んでいる。
完璧に。
欠けることなく。
すべてが整った存在。
——完成された選択肢。
「……」
小さく、呟く。
自分にだけ聞こえるように。
確かめるように。
「……正しいだけですの?」
その一言が。
静かに、空気を変える。
王子の表情は、変わらない。
世界も、変わらない。
だが。
確かに、何かがズレた。
見えてしまった。
“正しさ”の外側が。
「……」
その瞬間。
背後で、空気が動く。
わずかに。
だが、確実に。
振り返る。
そこに——
ひとり。
セラフィーナが立っている。
静かに。
完璧に。
すべてを見通すように。
そして。
もう一方。
影の中。
光の届かない位置に。
もうひとり。
アルト。
何も言わず。
ただ、そこにいる。
予定にはなかった存在。
排除されるはずだった存在。
それでも、ここにいる。
——三者が、揃う。
「……」
空気が、張り詰める。
逃げ場はない。
選択も、先延ばしにできない。
正しさ。
不確定。
そして、自分。
すべてが、同時に存在する。
ここに。
今、この瞬間に。
——ぶつかる準備が、整った。
(第28話 終)




