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全てをやり直せる悪役令嬢ですが、本命の好感度だけ操作できませんわ  作者: 南蛇井


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第25話:やり直し失敗

 夜は、静かだった。


 


 窓の外には、揺れない闇。


 


 風もなく。

 音もなく。

 ただ、止まっているような時間。


 


「……」


 


 部屋の中央に立つ。


 


 灯りは落としたまま。


 


 余計なものを、すべて削いだ空間。


 


 ——判断のために。


 


「……」


 


 視線を落とす。


 


 指先。


 


 わずかに、震えている。


 


 理由は、分かっている。


 


 やるべきかどうか。


 


 その答えが、まだ出ていないから。


 


 だが。


 


 試さなければ、分からない。


 


 このまま進むことの方が、危険かもしれない。


 


 ——確認。


 


 ただ、それだけ。


 


「……一度だけですわ」


 


 小さく呟く。


 


 自分に言い聞かせるように。


 


 言い訳のように。


 


 指先を、動かす。


 


 空気が、わずかに歪む。


 


 視界の端に、表示が浮かぶ。


 


【SAVE SLOT】


 


 減ったままの数。


 


 戻らない枠。


 


 見慣れていたはずのそれが、今は別物に見える。


 


「……」


 


 一つを選ぶ。


 


 過去。


 


 まだ、何も崩れていなかった頃。


 


 少なくとも、そう“思っている”地点。


 


 ——ロード。


 


 空間が、軋む。


 


 視界が歪む。


 


 時間が、巻き戻る。


 


 何度も経験した、あの感覚。


 


 ——の、はずだった。


 


 違う。


 


 わずかに。


 


 だが、確実に。


 


 どこかが、引っかかる。


 


「……」


 


 瞬間。


 


 景色が、戻る。


 


 部屋。


 


 夜。


 


 同じ位置。


 


 同じ自分。


 


 ——成功している。


 


 そう見える。


 


 何も変わっていない。


 


 すべてが、再現されている。


 


 そのはずなのに。


 


「……」


 


 息を吸う。


 


 わずかに、違う。


 


 空気が、違う。


 


 重さが、違う。


 


 温度が、違う。


 


 “同じ”ではない。


 


「……」


 


 ゆっくりと歩く。


 


 一歩。


 


 床の感触。


 


 同じはずのそれが、わずかにずれる。


 


 机に触れる。


 


 位置は同じ。


 


 形も同じ。


 


 だが。


 


 触れたときの感覚が、ほんの少しだけ違う。


 


 説明できないほどの差。


 


 だが、確実にある差。


 


「……」


 


 視線を巡らせる。


 


 壁。


 


 窓。


 


 カーテン。


 


 すべて、同じ。


 


 配置も、色も、形も。


 


 ——なのに。


 


 “記憶と一致しない”。


 


 ほんのわずかに。


 


 だが、決定的に。


 


「……」


 


 胸の奥が、ざわつく。


 


 違和感が、積み重なる。


 


 小さなズレが、無視できない量になっていく。


 


 これは——


 


 再現ではない。


 


 似ているだけの、別のもの。


 


「……」


 


 思考が、冷えていく。


 


 理解が、追いつく。


 


 これは。


 


 戻っていない。


 


 戻った“ように見える”だけ。


 


 別の世界。


 


 別の流れ。


 


 別の積み重ね。


 


 そこに、自分が“置かれただけ”。


 


「……」


 


 手を握る。


 


 わずかに、力が入る。


 


 震えが、止まらない。


 


 今までのすべて。


 


 やり直してきたすべて。


 


 それが。


 


 完全ではなかった可能性。


 


 いや——


 


 今、この瞬間。


 


 完全ではないと、確定している。


 


「……」


 


 言葉が、漏れる。


 


 確認するように。


 


 否定できないまま。


 


「……同じじゃ、ない」


 その一言が、静かに落ちる。


 


 もう、戻れない。


 


 どれだけ似ていても。


 


 どれだけ再現しても。


 


 完全な“同じ”にはならない。


 


 少しずつ。


 


 確実に。


 


 ズレていく。


 


 削れていく。


 


 変わっていく。


 


「……」


 


 息を吐く。


 


 長く。


 


 重く。


 


 逃げ場は、ない。


 


 やり直せばいい。


 


 その前提が、崩れた。


 


 選び直せばいい。


 


 その保証が、消えた。


 


 残ったのは——


 


 不可逆の時間。


 


 一度きりの選択。


 


 そして。


 


 消せない結果。


 


「……」


 


 視線を落とす。


 


 自分の手。


 


 確かに、ここにある。


 


 だが。


 


 この手が、どこまで“同じ自分”なのか。


 


 もう、分からない。


 


「……」


 


 静寂が、重くのしかかる。


 


 戻れない世界。


 


 やり直せない現実。


 


 その中で。


 


 選ばなければならない。


 


 ——一度だけ。


 


「……」


 


 ゆっくりと、目を閉じる。


 


 もう。


 


 軽くは扱えない。


 


 この力も。


 


 この世界も。


 


 この“恋”も。


(第25話 終)

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