第24話:アルトとの“ズレた再会”
放課後。
空は、ゆるやかに色を変え始めていた。
夕焼けには、まだ早い。
だが、昼の光は確実に薄れている。
——境界の時間。
「……」
廊下を歩く。
予定は、すでに消化した。
無駄のない一日。
淀みのない流れ。
——“整えられた日常”。
そのはずなのに。
足取りは、どこか定まらない。
向かう先が、決まっていない。
決める必要も、ないはずなのに。
「……」
ふと、立ち止まる。
見慣れない廊下。
いや。
見たことはある。
ただ、“通る理由がなかった”場所。
それだけのこと。
なのに。
なぜか、ここにいる。
「……妙ですわね」
小さく呟く。
予定外。
非効率。
無意味な寄り道。
——今までなら、選ばなかった行動。
それでも。
足は、止まらなかった。
そのまま、歩く。
静かな廊下。
人の気配は、ほとんどない。
窓から差し込む光が、長く伸びている。
その先。
影の中に。
ひとり。
「……」
足が、止まる。
視線が、重なる。
そこにいたのは——
アルト。
いつものように。
壁際に寄りかかるでもなく。
ただ、立っている。
何も変わらない。
それなのに。
ここにいること自体が、ありえない。
——予定には、なかった。
「……」
息が、わずかに詰まる。
胸の奥が、かすかに動く。
理由は、分からない。
だが。
確かに、揺れた。
「……どうして、ここに」
思わず、口にする。
問いというより。
確認に近い。
アルトは、少しだけ目を細める。
そして。
いつも通りの声音で、答えた。
「避けられてるみたいですね」
静かな一言。
感情は、乗っていない。
責めるでもなく。
問い詰めるでもなく。
ただ、事実を置くように。
「……」
言葉が、出ない。
否定しようとする。
だが。
できない。
思い当たるから。
偶然が消えたこと。
タイミングが合わなくなったこと。
会えなくなった理由。
すべて、説明できる。
——だが。
それは、自分の意思ではない。
「……違いますわ」
ようやく、言葉を返す。
小さく。
曖昧に。
否定とも、言い訳とも取れる声音で。
「そうですか」
アルトは、特に追及しない。
ただ、それだけ。
それ以上、踏み込まない。
その距離感が。
逆に、逃げ場をなくす。
「……」
沈黙が落ちる。
重くはない。
だが。
消えない。
残る。
そのまま。
言葉がなくても。
途切れない。
「……」
ふと、気づく。
この沈黙は。
どこにも“用意されていない”。
台本も。
流れも。
最適解も。
何もない。
——それでも。
成立している。
崩れない。
消えない。
「……」
胸の奥が、わずかに温かくなる。
小さく。
確かに。
さっきまでの“整った空虚”とは違うもの。
形はない。
意味もない。
だが。
残る。
「……どうして」
小さく呟く。
理解しようとして。
言葉にしようとして。
アルトは、少しだけ首を傾げる。
「何がですか」
「……会えなかったはずですのに」
正確に言うなら。
“会えないようにされていた”。
そのはずなのに。
今、ここにいる。
予定外に。
理由もなく。
「……さあ」
アルトは、短く答える。
いつも通りに。
曖昧に。
だが。
その曖昧さが。
この状況に、妙に合っていた。
「たまたま、です」
その一言が、落ちる。
たまたま。
偶然。
非効率。
無意味。
——排除されたはずのもの。
「……」
息が、ゆっくりと抜ける。
胸の奥の重さが、少しだけ軽くなる。
理由は、説明できない。
理屈にも、合わない。
それでも。
確かに、ここにある。
この時間。
この空気。
この“ズレ”。
「……」
視線を上げる。
アルトは、変わらずそこにいる。
何も求めず。
何も決めず。
ただ、存在している。
——排除しきれなかった存在。
「……妙ですわね」
小さく呟く。
だが。
今度は、少しだけ違う意味で。
予定通りでないこと。
効率的でないこと。
それが。
わずかに。
心地よく感じられる。
「……」
沈黙が続く。
だが。
それは、苦しくない。
埋める必要もない。
そのままでいいと、思える。
——初めて。
「……」
ふと、思う。
もし、これを“修正”したら。
この時間は、消えるのだろうか。
このズレは。
この感覚は。
すべて。
なかったことにされるのだろうか。
「……」
答えは、出ない。
だが。
ひとつだけ、分かる。
これは——
消したくない。
理由は、ない。
説明もできない。
それでも。
確かに、そう思っている。
「……」
夕焼けが、少しずつ深くなる。
影が伸びる。
時間が、ゆっくりと流れる。
予定にはない時間。
意味のない時間。
それでも。
確かに、残る時間。
“排除されるはずだったもの”が。
ここにある。
(第24話 終)




