第22話:王子ルートの強制加速
午後の陽射しが、やわらかく差し込む。
中庭は、穏やかだった。
風も。
光も。
人の流れも。
すべてが、ちょうどいい。
——整いすぎているほどに。
「……」
ベンチに腰を下ろす。
予定は、なかったはずだ。
少なくとも、自分で組んだ記憶はない。
それでも。
ここにいることに、違和感がない。
——“自然に来た”感覚。
それが、逆に引っかかる。
「待たせたかな」
声がする。
振り向く前に、分かる。
王子。
穏やかな足取りで、こちらへ歩いてくる。
完璧な距離で止まる。
完璧な笑顔。
完璧なタイミング。
「いいえ、今来たところですわ」
自然に、言葉が出る。
用意していたかのように。
迷いなく。
——それもまた、違和感。
「今日は、少し時間が取れてね」
王子が隣に座る。
距離が近い。
だが、不快ではない。
むしろ——
“ちょうどいい”。
その感覚が、怖い。
「最近、よく顔を合わせるね」
「そうですわね」
返す。
滑らかに。
自然に。
会話は、途切れない。
話題も、流れも。
すべてが、噛み合っている。
まるで、最初から決められていたかのように。
——いや。
実際に、そうなのかもしれない。
「君と話していると、落ち着く」
王子が、少しだけ声を落とす。
柔らかく。
親密に。
「……光栄ですわ」
答える。
正しい返答。
完璧な反応。
そのはずなのに。
「……」
一瞬。
“何か”を言いかけた気がする。
別の言葉。
違う返し。
——だが。
それは、すぐに消える。
形になる前に。
思考が、飛ぶ。
「そういえば」
王子が続ける。
話題が切り替わる。
自然に。
流れるように。
——早すぎる。
何かを考える隙もなく。
会話が進んでいく。
「来週の舞踏会、一緒にどうかな」
微笑みながら。
確信を持ったように。
「……」
少しだけ、間を置く。
考えようとする。
選ぼうとする。
だが。
その“前に”。
「ええ、ぜひ」
口が、動く。
勝手に。
淀みなく。
迷いなく。
——選んでいない。
「良かった」
王子が、安堵したように笑う。
その表情も、完璧で。
何一つ、欠けていない。
だからこそ。
何かが、決定的に足りない。
「……」
会話が続く。
途切れない。
止まらない。
思考が追いつく前に。
次の言葉が、差し込まれる。
質問。
返答。
相槌。
すべてが、滑らかに繋がる。
まるで——
“スキップ”されているかのように。
「……」
ふと。
違和感が、はっきりと形になる。
今。
いくつかの言葉を。
“思い出せない”。
確かに話していたはずなのに。
内容が、抜け落ちている。
会話は続いているのに。
記憶が、追いついていない。
「……」
息が、わずかに乱れる。
視界が、ほんの少しだけ揺れる。
時間の流れが、歪んでいる。
連続していない。
“飛んでいる”。
「どうしたの?」
王子が、優しく覗き込む。
心配そうに。
距離が、さらに近づく。
その距離感。
——近すぎる。
だが。
嫌ではない。
むしろ。
“自然すぎる”。
「……いえ、少し」
言葉を探す。
説明しようとする。
だが。
できない。
何が起きているのか。
正確に、言語化できない。
「少し、疲れているのかもしれませんわ」
無難な答え。
整った言葉。
それしか、出てこない。
「無理はしないで」
王子が、そっと手を取る。
優しく。
自然に。
——触れる。
その瞬間。
「……」
何も、感じない。
温もりはある。
感触もある。
だが。
それ以上が、ない。
心が、動かない。
まるで。
“結果だけが置かれている”ような感覚。
「……」
視線を落とす。
繋がれた手。
理想的な構図。
誰が見ても、美しい関係。
——完成している。
そのはずなのに。
「……」
胸の奥が、静かなまま。
波もない。
揺れもない。
ただ、空白が広がっている。
「……」
ゆっくりと、息を吐く。
そして。
ようやく、理解する。
これは——
自分の選択ではない。
気づかないうちに。
調整されている。
誘導されている。
整えられている。
“正しい形”へと。
その結果。
今、この関係がある。
完璧な距離。
完璧な流れ。
完璧な未来。
——自分が、望んでいたはずのもの。
それなのに。
「……」
小さく、呟く。
確認するように。
否定できないまま。
「……選んでいないのに、進んでいる?」
その言葉は、誰にも届かない。
王子は、変わらず微笑んでいる。
世界も、変わらない。
ただ。
自分だけが、気づいてしまった。
この“正しさ”の中に。
自分の意思が、ないことに。
「……」
手を、そっと引く。
不自然にならない程度に。
違和感を残さないように。
——それすら、計算されている気がした。
会話は、続く。
時間は、流れる。
すべてが、予定通りに。
完璧に。
そして。
何も、残らないまま。
(第22話 終)




