第14話:魔法の“軽さ”
指先を、わずかに動かす。
——セーブ。
世界が、静かに固定される。
時間も。
空気も。
言葉も。
すべてが、そのままの形で留められる。
そして。
——ロード。
瞬間。
景色が巻き戻る。
同じ場所。
同じ光。
同じ立ち位置。
何も変わらない。
変わるのは——自分だけ。
「……」
王子が、こちらを見る。
穏やかな表情。
優しい声。
——見慣れた流れ。
「今日は、いい天気だな」
同じ言葉。
何度目かも、もう数えていない。
「ええ、本当に」
返す。
声は整っている。
微笑みも、崩れない。
——完璧。
会話が続く。
同じ話題。
同じ順序。
同じ結末。
途中で、指先を動かす。
——スキップ。
言葉が流れる。
音が早まる。
意味だけが、残る。
感情は、追いつかない。
「……」
また、セーブ。
また、ロード。
繰り返す。
少しだけ選択を変える。
言葉の順番を変える。
視線の角度を調整する。
——結果。
ほとんど、同じ。
数値は安定する。
評価も崩れない。
むしろ、より洗練される。
無駄が削られていく。
最適化されていく。
「……」
もう一度。
セーブ。
ロード。
同じ場面。
同じ会話。
同じ流れ。
違うのは。
“回数”だけ。
何度も繰り返した言葉。
何度もなぞった笑顔。
何度も見た反応。
そのすべてが。
少しずつ、薄くなっていく。
削れていく。
すり減っていく。
「……」
指先を止める。
王子が、何かを話している。
穏やかに。
丁寧に。
変わらない声で。
——だが。
その言葉は。
もう、重さを持っていない。
最初に聞いたときの響きは。
もう、残っていない。
「……何度でも、やり直せる」
静かに、呟く。
それは、事実。
この世界では、可能なこと。
失敗はなかったことにできる。
選択はやり直せる。
結果は調整できる。
——完璧な力。
そのはずだった。
けれど。
ゆっくりと、目を閉じる。
思い返す。
何度も繰り返した会話。
何度も見た表情。
何度も聞いた言葉。
そのすべてが。
どこか、遠く感じる。
触れていたはずなのに。
重なっていたはずなのに。
——残っていない。
指の間から、こぼれ落ちるように。
何も、掴めないまま。
「だからこそ——軽い」
言葉にする。
はっきりと。
逃げずに。
やり直せる。
失敗しない。
間違えない。
完璧に近づく。
——その代わりに。
何かが、削れていく。
少しずつ。
確実に。
気づかないうちに。
「……」
視線を落とす。
自分の手を見る。
何も変わっていない。
何も失っていないように見える。
それでも。
確かに。
中身が、軽くなっている。
言葉も。
時間も。
感情も。
すべてが。
消費されている。
使うたびに、価値を失う。
繰り返すほどに、意味が薄れる。
——まるで。
最初から、消耗品だったかのように。
「……恋は」
小さく、呟く。
その先の言葉は、すぐに出る。
「消費できるもの、ですのね」
否定はできない。
もう、気づいてしまったから。
この力は。
やり直すたびに。
確実に。
価値を削っている。
取り戻せない形で。
見えないまま。
静かに。
——すべてを、軽くしていく。
(第14話 終)




