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色が消えた国で、ビットコインが泣いた ――ポテチの袋、米国債、ナフサ、ステーブルコイン。世界の危機は、スーパーの棚から始まった――

✦色が消えた国で、ビットコインが泣いた


――ポテチの袋、米国債、ナフサ、

 ステーブルコイン。

 世界の危機は、

 スーパーの棚から始まった――


………


戦争は、

ミサイルで始まると思っていた。


でも日本では、

ポテチの袋から

「色」が消えた朝に始まった。


赤も、黄色も、

金色の限定ラベルも、

スーパーの棚から、

誰かがこっそり

消しゴムでこすったみたいに

消えていった。


同じ朝、

スマホの中では

ビットコインが急落していた。


金も売られた。

株も売られた。

債券も売られた。


「安全」と呼ばれていたものまで、

まとめて売られていた。


ニュースの解説員は、

いつもより

少し硬い顔で言った。


「日本勢が、

 米国債を大幅に

 売却しています」


高校一年生のゆづきは、

白黒になったポテチの袋を

握ったまま、

スマホの赤いチャートを

見つめた。


「え……ポテチの袋と、

 アメリカの国債って、

 つながってるの?」


六十七歳の元証券マンの

おじいちゃんは、

静かにうなずいた。


「つながっとる。

 世界いうんはな、

 大統領の派手な会見より先に、

 袋の色と金利に

 本音を出すんじゃ」


………


★目次


■第一章 

 全部下がった日

 ――逃げ場消失相場――


■第二章 

 日本が米国債を売った朝

 ――静かな債権者の逆襲――


■第三章 

 ドルはスマホへ逃げた

 ――ステーブルコインという

  新しいドル――


■第四章 

 燃やす石油、作る石油

 ――ナフサ危機の正体――


■第五章 

 色が消えた国

 ――白黒パッケージと

  見た目インフレ――


■第六章 

 再調達価格という怪物

 ――値札は

  未来の仕入れ値になる――


■第七章 

 自社分だけは守れ

 ――大企業優先配給の始まり――


■第八章 

 四パーセントの警報

 ――国債が

  株のライバルになる日――


■第九章 

 AIより袋を持つ会社

 ――調達力資本主義――


■第十章 

 一億円の家に住む貧乏人

 ――都市インフレと

  高齢者の現金不足――


■第十一章 

 生活半径二キロ

 ――地方中核都市の

  新しい勝ち筋――


■第十二章 

 アメリカという関税の城

 ――売りたいなら中で作れ――


■第十三章 

 消えた航跡

 ――貨物機とタンカーが

  相場を動かす――


■第十四章 

 満員の国

 ――豊かな国ほど

  玄関に札をかける――


■第十五章 

 審判の財布

 ――政治と市場の境目が溶ける――


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンのやすきよ漫才風


………


★本文


■第一章 全部下がった日

――逃げ場消失相場――


その朝、

ゆづきのスマホは真っ赤だった。


株も下がっていた。


ナスダックも下がっていた。


ビットコインも下がっていた。


イーサリアムも下がっていた。


金も下がっていた。


銀も下がっていた。


債券も下がっていた。


原油まで下がっていた。


チャートの赤い線が、

まるで世界中の血圧計みたいに、

いっせいに

危険な数字を示していた。


「え、待って。

 全部下がるって、

 どういうこと?」


ゆづきは思わず声に出した。


ふつう、

経済の世界には逃げ道がある。


株が危ない時は、

金に逃げる。


暗号資産が危ない時は、

ドルに逃げる。


景気が怪しい時は、

国債に逃げる。


でもその日は違った。


どの避難所のドアにも、

鍵がかかっているように見えた。


ゆづきは、

近所の喫茶店にいた

六十七歳の元証券マンの

おじいちゃんに

スマホを見せた。


「おじいちゃん。

 みんなのお金、

 どこに行っちゃったの?」


おじいちゃんは、

冷めかけたコーヒーを

一口飲んだ。


「現金じゃ」


「現金?」


「そうじゃ。

 次に何を買って儲けるか、

 ではない。

 今はとにかく、

 借金を返すための現金、

 証拠金を入れるための現金、

 損を埋めるための現金が

 必要になっとる」


「ビットコインでも?」


「起きとる。

 借金して

 ビットコインを

 買っとった人たちが、

 値下がりで追い込まれた。


 取引所から、

 “今すぐ追加のお金を

 入れてください。

 できなければ強制退場です”

 と言われたようなもんじゃ」


ゆづきは、

赤いチャートを見つめた。


「つまり、

 自分で売ったんじゃなくて……」


「売らされたんじゃ」


借金でふくらませた夢が、

機械の手で

一つずつしぼまされていく。


それが、

スマホの画面に

赤い線となって現れていた。


「じゃあ、犯人は誰なの?」


ゆづきが聞くと、

おじいちゃんは首を振った。


「一人やない。

 世界中が、

 “安い金利はずっと続く”

 “借りたお金で増やせばいい”

 と信じすぎた。

 そのツケが、

 一気に回ってきたんじゃ」


その日、

市場は避難所を探していた。


けれど、

逃げ込める場所はなかった。


あるのはただ、

現金へ戻れという、

冷たい命令だけだった。


■第二章 

 日本が米国債を売った朝

 ――静かな債権者の逆襲――


数日後、

ニュースの見出しがまた弾けた。


「日本勢、米国債を大幅売却」


ゆづきは首をかしげた。


「日本が、

 アメリカにお金を貸してたの?」


おじいちゃんは、

机の上に古い電卓を置いた。


「そうじゃ。

 日本は長い間、

 アメリカにお金を貸してきた」


「えっ。日本って、

 アメリカに

 守ってもらってる

 側じゃないの?」


「軍事ではそういう面もある。

 でも経済では、

 日本はアメリカを支えてきた

 大口の貸し手でもある」


おじいちゃんは、

紙に丸い矢印を書いた。


日本が

アメリカに車や機械を売る。


ドルを稼ぐ。


そのドルで米国債を買う。


アメリカは

安い金利でお金を借りる。


アメリカ人はまた消費する。


日本企業はまた売る。


「これが

 長い間の回転寿司じゃ」


「回転寿司?」


「アメリカが皿を流す。

 日本が食べる。

 日本が払ったお金で、

 アメリカがまた皿を流す」


ゆづきは少し笑った。


でも、

おじいちゃんの顔は

笑っていなかった。


「その日本が、

 少し席を立ち始めた」


理由は単純だった。


円安。


エネルギー高。


中東の不安。


ホルムズ海峡の緊張。


日銀の利上げ観測。


そして、

ドルを円に戻す時の

ヘッジコスト。


日本は

アメリカを攻撃したのではない。


自分の台所が苦しくなったから、

貸していたお金を

少し手元に戻し始めたのだ。


「日本が買ってくれなくなると、

 アメリカはどうなるの?」


「もっと高い利息を払わんと、

 国債を買ってもらえなくなる」


「つまり、

 アメリカの金利が上がる?」


「そうじゃ」


ゆづきは息をのんだ。


「日本が弱って

 お金を戻しただけなのに、

 世界中の金利が揺れるんだ」


おじいちゃんはうなずいた。


「弱った巨人が

 寝返りを打つと、

 隣の家まで揺れるんじゃ」


ゆづきは、

スマホのニュースをもう一度見た。


日本は

小さく見える国ではなかった。


世界の財布の奥にある、

大きな古い引き出しだった。


その引き出しが、

ギィ、と音を立てて

開き始めていた。


■第三章 

 ドルはスマホへ逃げた

 ――ステーブルコインという

  新しいドル――


その夜、

SNSにこんな投稿が流れてきた。


「アメリカはドルを諦めた。

 これからは暗号資産の時代だ」


ゆづきは、

すぐにおじいちゃんへ聞いた。


「アメリカって、

 ドルを捨てるの?」


おじいちゃんは笑った。


「逆じゃ」


「逆?」


「アメリカは

 ドルを捨てるんやない。

 ドルをスマホの中へ逃がして、

 もっと遠くまで

 広げようとしとる」


「スマホの中のドル?」


「ステーブルコインじゃ」


おじいちゃんは、

ノートに書いた。


ステーブルコイン。


値動きが激しい

ビットコインとは違って、

一コインが

一ドルになるように作られた

デジタルのお金。


「世界には、

 自分の国の通貨が不安な人が

 たくさんおる。

 銀行口座を持てない人もおる。

 でもスマホは持っとる。

 そういう人たちが、

 ドル建ての

 デジタル通貨を

 持てるようになる」


「便利じゃん」


「便利じゃ。

 でも同時に、

 気づかないうちに

 ドル圏に入るという

 ことでもある」


昔のドルは、

銀行、

石油取引、

国際送金、

米国債を通じて世界へ広がった。


これからのドルは、

ウォレット、

取引所、

AI決済、

ステーブルコインを通じて

広がる。


「つまり、

 紙のドルが弱っても、

 デジタルのドルが

 世界のスマホへ広がれば、

 ドルの力は残る」


ゆづきは考え込んだ。


「ドルは

 死んだんじゃなくて、

 着替えたんだ」


「そうじゃ。

 紙の服を脱いで、

 ブロックチェーンの

 ジャケットを着たんじゃ」


そして、

おじいちゃんは

もう一つ大事なことを言った。


「ステーブルコインを

 出す会社は、

 裏付けとして

 アメリカの短期国債を

 買うことが多い」


ゆづきは目を開いた。


「じゃあ、日本が

 米国債を買いにくくなった分を、

 世界中のスマホユーザーが

 少し支えるってこと?」


「そういう流れが

 生まれるかもしれん」


スマホの中の小さなドルが、

アメリカの巨大な借金を支える。


ゆづきには、

それが少し怖くて、

少し未来っぽく見えた。


■第四章 

 燃やす石油、作る石油

 ――ナフサ危機の正体――


石油危機と聞いて、

ゆづきが思い浮かべたのは、

ガソリンスタンドに並ぶ

車だった。


でも、

おじいちゃんは

人差し指を振った。


「本当に怖いのは、

 燃やす石油だけやない」


「じゃあ何?」


「作る石油じゃ」


「作る石油?」


「ナフサじゃ」


ナフサ。


聞いたことのない言葉だった。


おじいちゃんは、

スーパーの買い物袋を指さした。


「この袋。

 この惣菜トレー。

 ペットボトルのラベル。

 印刷インク。

 シャンプーのボトル。

 薬の包装。

 ゴム。

 接着剤。

 シンナー。

 半導体の材料。

 こういうものの多くが、

 石油化学とつながっとる」


「石油って、

 車だけじゃないんだ」


「そうじゃ。

 石油は燃やすだけやない。

 ものを作る材料でもある」


中東の海峡が緊張する。


タンカーが遠回りする。


洋上で積み替える。


保険料が上がる。


船が遅れる。


すると、

ガソリンだけでなく、

ナフサやナフサ由来の材料も

不安定になる。


「ガソリンはまだある。

 でも袋がない。

 インクがない。

 包装材がない。

 薬を包めない。

 商品を出荷できない。

 そういう危機が来る」


ゆづきは、

自分の手元の菓子袋を見た。


それは

ただの袋ではなかった。


遠い海峡、

タンカー、

化学工場、

インク会社、

食品メーカー、

スーパーの棚まで続く、

長い長い線の

最後にあるものだった。


おじいちゃんは言った。


「車が走らない危機ではない。

 物が完成しない危機じゃ」


その言葉は、

ゆづきの頭の中で、

ずっと残った。


■第五章 

 色が消えた国

 ――白黒パッケージと

  見た目インフレ――


次の日の朝、

スーパーの棚で、

ゆづきは足を止めた。


いつものポテトチップスの袋が、

白黒になっていた。


昔のテレビみたいな、

グレーと黒だけの袋。


「限定デザイン?」


母が言った。


でも違った。


それは、

おしゃれでも、

懐かしさ演出でもなかった。


おじいちゃんは、

その袋を手に取って言った。


「これが、

 ナフサとインクの危機が

 店頭に出てきた姿じゃ」


「袋の色が?」


「そうじゃ。これを

 見た目インフレと

 呼んでもええ」


「見た目インフレ?」


「値段が上がるだけが

 インフレではない。

 色が減る。

 包装が薄くなる。

 個包装がなくなる。

 限定デザインが消える。

 種類が減る。

 売り場のワクワクが削られる。

 これも

 生活が痩せていく

 インフレじゃ」


ゆづきは棚を見た。


商品はある。


でも、

前より少し静かだった。


派手な赤も、

黄色も、

金色の文字も、

少なくなっていた。


お腹は満たせるかもしれない。


でも、

選ぶ楽しさが削られていた。


「色って、平和だったんだね」


ゆづきが言うと、

おじいちゃんは

小さくうなずいた。


「そうじゃ。

 カラフルな袋は、

 材料も物流も

 余裕がある時代の証拠

 だったんじゃ」


白黒の袋は、

何も言わなかった。


でも、

ゆづきには聞こえた。


見栄えより、

まず中身を届けます。


ブランドより、

棚に並べます。


余裕より、

継続を選びます。


その日、ゆづきは

白黒のポテチをカゴに入れた。


未来の新聞を買うような

気持ちで。


■第六章 

 再調達価格という怪物

 ――値札は未来の仕入れ値になる――


夜、

父がテレビを見ながら怒っていた。


「まだ在庫はあるはずなのに、

 なんで今日から値上げなんだ。

 便乗値上げじゃないのか」


ゆづきも、

最初はそう思った。


でもおじいちゃんは、

電卓を取り出した。


「ここに、

 昔100円で仕入れた商品が

 あるとする」


「うん」


「店がそれを100円で売った。

 一見、

 損はしていないように見える」


「そうだよね」


「でも、明日

 同じ商品を仕入れるには

 150円かかるとしたら?」


ゆづきは少し黙った。


「次に仕入れられない」


「そうじゃ」


おじいちゃんは、

紙に大きく書いた。


再調達価格。


「値札は、

 昔いくらで仕入れたか

 だけでは決まらん。

 次に

 同じ商品を棚へ戻すには、

 いくら必要なのか。

 それで決まる」


父の顔つきが変わった。


「じゃあ、

 昔安く仕入れた在庫でも、

 今の高い値段で売らないと、

 次が続かないのか」


「そういうことじゃ」


米でも同じ。


パスタでも同じ。


ナフサ由来の樹脂でも同じ。


インクでも同じ。


シンナーでも同じ。


古い値段で売ってしまえば、

客は一瞬喜ぶ。


でも店は

次を仕入れられなくなる。


すると棚は空になる。


ゆづきは、

値札を思い浮かべた。


値札は過去ではなかった。


未来も

その商品を買い続けるための、

小さな入場券だった。


「値札って、

 過去の記録じゃないんだね」


おじいちゃんはうなずいた。


「そうじゃ。

 値札は未来の仕入れ値に

 追いつこうとしとるんじゃ」


■第七章 

 自社分だけは守れ

 ――大企業優先配給の始まり――


ニュースで、

大手化学メーカーの社長が言った。


高いお金を払ってでも、

自社分のナフサは確保する。


ゆづきは、

その言葉の一部が気になった。


「自社分?」


おじいちゃんは、

そこに赤線を引くように言った。


「そこが大事じゃ」


大企業が、

高いお金を払って

自社分を押さえる。


医療に必要なものが

優先される。


食品包装が

優先される。


防衛関連が

優先される。


大手メーカーが

優先される。


その後ろに、

中小企業が並ぶ。


「材料があるなら、

 みんなに回ればいいのに」


「そう簡単ではない。

 あるにはある。

 でも、

 誰でも普通の値段で

 買えるわけではない」


買える会社にはある。


買えない会社にはない。


長期契約の会社にはある。


スポットで買う会社にはない。


高値を払える会社にはある。


薄利の町工場にはない。


「これって、配給?」


ゆづきが聞くと、

おじいちゃんは答えた。


「自由市場の顔をした、

 見えない配給じゃ」


注文はある。

でも材料がない。


材料はある。

でも高すぎる。


納期は守れと言われる。

でも値上げは

認めてもらえない。


銀行金利も上がる。

すると、

忙しい会社ほど苦しくなる。


売上があるのに

倒れる。


注文があるのに

倒れる。


材料が買えなくて

倒れる。


「デフレ時代の勝者が、

 インフレ時代の

 敗者になることがある」


おじいちゃんは言った。


在庫を持たない会社。


ぎりぎりまで効率化した会社。


安く売ることで勝ってきた会社。


それらが、

有事には真っ先に止まる。


ゆづきはメモした。


コスパの勝者が、

有事の敗者になる。


■第八章 

 四パーセントの警報

 ――国債が

  株のライバルになる日――


ニュース速報が出た。


日本の30年国債利回り、

4%に上昇。


おじいちゃんが、

低く「ほう」と言った。


「これは警報じゃ」


「4%って、

 そんなにすごいの?」


ゆづきにはピンとこなかった。


おじいちゃんは説明した。


「国債は、

 国が出す借用書じゃ。

 国が潰れない限り、

 約束された利息をもらえる」


「安全な貯金箱みたいなもの?」


「そうじゃ。

 その安全な貯金箱が、

 毎年4%近い利息を出すと

 言い始めた」


「それって

 いいことじゃないの?」


「買う側にはな。

 でも株には困る」


おじいちゃんは、

紙に数字を書いた。


株式の益回り、5.3%。

30年国債、4%。

差は1.3%。


「株には

 値下がりリスクがある。

 会社の 

 業績が悪くなるリスクもある。

 それで5.3%。

 一方で国債は4%。

 投資家は考える。

 リスクを取って

 株を買う意味はあるのか、

 と」


ゆづきはうなずいた。


「安全なものが

 4%もくれるなら、

 危ないものを買う

 理由が減るんだ」


「そうじゃ。

 国債が株のライバルになる」


AI株。


成長株。


高配当株。


REIT。


どれも国債と比べられる。


夢の値段が、

金利で測られるようになる。


同じ朝、

スーパーでは白黒の袋が並び、

パスタの値上げが発表されていた。


ゆづきは思った。


金利は、

銀行の中だけの話ではない。


金利は、

袋の色と晩ごはんの値段にも

混ざってくる。


■第九章 

 AIより袋を持つ会社

 ――調達力資本主義――


少し前まで、

世界はAIの話で

いっぱいだった。


AIが仕事を変える。


AIが薬を作る。


AIが小説を書く。


AIが投資を変える。


でも、

おじいちゃんは言った。


「AIも大事じゃ。

 でも袋がなければ

 商品は売れん」


ゆづきは笑った。


「AIより袋?」


「そうじゃ。

 これからは、

 AIを語る会社より、

 材料を確保できる会社が

 強くなる場面が増える」


おじいちゃんは、

指を折って数えた。


在庫がある会社。


倉庫がある会社。


長期契約がある会社。


上流に近い会社。


価格転嫁できる会社。


医療、食品、防衛、電力に近い会社。


「それを何て呼ぶの?」


「調達力資本主義じゃ」


「ちょっと硬いね」


「簡単に言えば、

 いいものを作れるだけでは

 足りん。

 作るための

 材料を持っている会社が 

 勝つ時代じゃ」


画面の中では、

AI銘柄が揺れていた。


一方で、

物流、

電力、

素材、

食品、

医療、

防衛が注目されていた。


世界は、

夢から現実へ戻っていた。


クラウドの上の未来より、

倉庫の棚にある在庫が

強くなっていた。


ゆづきはつぶやいた。


「未来って、

 意外と段ボール箱の中にも

 あるんだね」


おじいちゃんは笑った。


「そうじゃ。

 未来は

 キラキラした画面だけに

 あるんやない。

 地味な倉庫にもあるんじゃ」


■第十章 

 一億円の家に住む貧乏人

 ――都市インフレと

  高齢者の現金不足――


おじいちゃんの昔の同僚は、

東京のマンションに住んでいた。


価格は、

いつの間にか一億円を

超えていた。


ローンは終わっていた。


年金も少なくはなかった。


それでも、

その人はコンビニで 

働き始めた。


ゆづきは驚いた。


「一億円の家に住んでるのに、

 どうして働くの?」


おじいちゃんは言った。


「資産はある。

 でも

 毎月使える現金が

 足りんのじゃ」


管理費。


修繕積立金。


固定資産税。


火災保険。


電気代。


医療費。


介護費。


給湯器交換。


エアコン交換。


マンションの大規模修繕。


都会に住むには、

見えない家賃がある。


「売ればいいじゃん」


ゆづきが言うと、

おじいちゃんは

静かに首を振った。


「売ればお金になる。

 でも売ったら

 住む場所がなくなる」


一億円の部屋は、

食べられない。


資産価格は高い。


でも生活費は毎月出ていく。


東京は、

住む場所であると同時に、

お金を吸う金庫になっていた。


「これから大事なのは、

 年収ではなく、

 年収から固定費を引いた

 残りじゃ」


年収700万円でも、

東京で家賃や管理費が

重ければ苦しい。


年収450万円でも、

福岡や富山や福井で

固定費が軽ければ、

生活は守れる。


ゆづきはメモした。


年収 − 固定費 = 本当の生活力。


一億円のマンションは、

その日、

ゆづきには

勝ち組の証に見えなかった。


毎月財布を食べる、

静かな怪物に見えた。


■第十一章 

 生活半径二キロ

 ――地方中核都市の

  新しい勝ち筋――


「じゃあ、

 田舎に行けば勝ちなの?」


ゆづきが聞くと、

おじいちゃんは首を振った。


「極端な田舎は

 危ないこともある」


家は安い。


土地も広い。


空気もきれい。


でも、

病院が遠い。


スーパーが遠い。


バスがない。


ガソリンスタンドがない。


修理業者が来ない。


冬の灯油が高い。


介護人材がいない。


安い家が、

孤立の入口になることもある。


「じゃあ、どこがいいの?」


「地方中核都市じゃ」


おじいちゃんは地図を広げた。


福岡。

広島。

岡山。

熊本。

富山。

福井。

静岡。

仙台。

金沢。

高松。


「大事なのは、

 生活半径二キロじゃ」


「二キロ?」


「その範囲に、

 スーパー、

 病院、

 ドラッグストア、

 駅、

 役所、

 郵便局、

 避難所があることじゃ」


歩ける。


自転車で行ける。


車でもすぐ。


固定費は東京ほど重くない。


でも生活機能は残っている。


「完全な田舎ではなく、

 都市機能のある地方。

 そこが強くなる」


東京にはチャンスがある。

でも高い。


田舎は安い。

でも孤立する場所もある。


これからの勝ち筋は、

都会か田舎かではない。


固定費が軽く、

生活の心臓が近くにあること。


ゆづきは、

自分の町を思い浮かべた。


近くにスーパーがある。


病院もある。


駅もある。


ドラッグストアもある。


派手ではない。


でも強い。


「地味な場所が、

 これからは強いんだね」


おじいちゃんはうなずいた。


「地味な強さが、

 最後に生活を守るんじゃ」


■第十二章 

 アメリカという関税の城

 ――売りたいなら中で作れ――


テレビの向こうで、

アメリカ大統領が言っていた。


関税が嫌なら、

アメリカ国内に

工場を建てればいい。


アメリカ人を雇えばいい。


アメリカで作ればいい。


ゆづきは眉をひそめた。


「関税って、

 外国を締め出す壁じゃないの?」


おじいちゃんは言った。


「トランプ流では、

 壁というより料金所じゃ」


「料金所?」


「外から商品だけ投げ込むなら、

 高い通行料を払え。

 嫌なら、

 城の中に工場ごと入ってこい。

 そこで人を雇え。

 そこで税金を払え。

 ということじゃ」


ゆづきには、

アメリカが巨大な城に見えた。


その中には、

工場がある。


AIデータセンターがある。


発電所がある。


半導体工場がある。


EV工場がある。


クラウドは

空の上にあると思っていた。


でも本当は、

土地と電気と水の上に

建っている。


「中国企業も、

 アメリカに入ったら

 自由なの?」


「自由ではない。

 アメリカの電気を使い、

 アメリカの水を使い、

 アメリカの法律に従い、

 アメリカの

 安全保障の目で見られる」


売りたいなら、

中で作れ。


使いたいなら、

中で雇え。


クラウドは国境を越える。


でも、

データセンターは国境の中に建つ。


ゆづきはつぶやいた。


「ネットの時代なのに、

 最後はやっぱり土地なんだ」


「そうじゃ。

 デジタルの夢も、

 最後はリアルな地面に降りてくる」


■第十三章 

 消えた航跡

 ――貨物機とタンカーが

  相場を動かす――


ある夜、

ゆづきのSNSに

不気味な投稿が流れてきた。


中国の貨物機が、

位置情報を切って

中東へ向かった。


武器を運んでいるかもしれない。


トランスポンダーが消えた。


本当かどうかは分からない。


でも、

数分後には市場が反応した。


原油が動いた。


ビットコインが動いた。


株価が動いた。


ゆづきは驚いた。


「まだ

 本当かどうか分からないのに、

 どうしてお金が動くの?」


おじいちゃんは言った。


「今の世界は、

 事実だけで動くんやない。

 事実になるかもしれない

 恐怖で動くんじゃ」


昔の投資家は、

大統領の会見を待った。


中央銀行の発表を待った。


企業決算を待った。


でも今は違う。


貨物機の航跡。


タンカーのAIS。


衛星写真。


港の混雑。


保険料。


制裁リスト。


SNSの投稿。


そういう小さな情報が、

AIと投資家の手で

一瞬で読み込まれる。


「これを、

 航跡マーケットと呼んでもええ」


おじいちゃんは言った。


空の上の点が消える。


海の上の船が進路を変える。


港にタンカーが溜まる。


それだけで、

何兆円ものお金が動く。


ゆづきはスマホの地図を見た。


空の点。


海の線。


その小さな光が、

世界の株価を震わせていた。


戦争は、

爆発音だけで始まるのではない。


スマホの地図から、

静かに消えた光でも始まる。


■第十四章 

 満員の国

 ――豊かな国ほど

  玄関に札をかける――


ニュースでは、スイスが

人口を1000万人以下に抑える

国民投票を行うと報じていた。


ゆづきは驚いた。


「人口を制限するの?

 日本は人が

 減って困ってるのに?」


おじいちゃんは言った。


「豊かな国には、

 世界中から人が集まる」


給料が高い。


治安が良い。


医療が強い。


教育が強い。


仕事がある。


だから人が来る。


働く人。


学ぶ人。


逃げてきた人。


投資する人。


未来を探す人。


でも人が増えれば、

家賃が上がる。


病院が混む。


学校が足りない。


電車が混む。


道路が混む。


社会保障が重くなる。


「豊かな国ほど、

 玄関に“満員です”という

 札をかけたくなる」


日本は人口減少の国だ。


でも都市部では、

外国人労働者、

観光客、

留学生、

技能人材が増えている。


人手は必要。


でも、

どこに住むのか。


病院は足りるのか。


学校はどうするのか。


ゴミは誰が集めるのか。


地域の不安は誰が受け止めるのか。


「人が足りない国と、

 人が集まりすぎる国が、

 同時に困ってるんだね」


ゆづきが言うと、

おじいちゃんはうなずいた。


「そうじゃ。

 これからは、

 人口の数だけではなく、

 受け入れる器が問われる

 時代になる」


豊かな国の満員化。


それは遠い

スイスだけの話ではなかった。


日本の未来の玄関にも、

いつか

同じ札がかかるかもしれなかった。


■第十五章 

 審判の財布

 ――政治と市場の境目が

  溶ける――


最後に、ゆづきは

一番信じにくいニュースを見た。


巨大な権力を持つ政治家が、

大量の証券取引をしていた

という話だった。


AI企業。


半導体。


銀行。


巨大IT。


債券。


何千回もの売買。


ゆづきは怒った。


「これって、ずるくない?

 自分でルールを変えられる

 立場なのに」


おじいちゃんは、

少し悲しそうに言った。


「違法かどうかは、

 簡単には決められん。

 でも、

 見え方が問題なんじゃ」


「見え方?」


「サッカーの審判が、

 試合中に

 片方のチームのグッズを

 買ったり売ったりしている

 ように見える。

 それだけで観客は疑う」


この政策は国民のためか。


それとも資産のためか。


この利下げ発言は経済のためか。


それとも市場のためか。


この関税は国益のためか。


それとも政治のためか。


民主主義は、

法律だけで動いているのではない。


信用で動いている。


この人は

公正にやっているはずだ。


この制度は

自分たちのためにあるはずだ。


その信用が薄れると、

株価より先に、

国の土台が下がる。


ゆづきは、

白黒のポテチの袋を見つめた。


袋の色。


アメリカの金利。


消えた貨物機の航跡。


政治家の財布。


別々に見えていた小さな点が、

一本の線になっていた。


「世界って、

 こんなに裏側で

 つながってるんだね」


おじいちゃんは静かに言った。


「そうじゃ。

 大きな危機は、

 大きな音で始まるとは限らん。

 小さな違和感が、

 ある日、線になるんじゃ」


窓の外では、

夕方の空が

少しだけ赤く染まっていた。


スーパーの棚から消えた色が、

空の端にだけ、

まだ残っているように見えた。


………


❥Z世代のあなたへ


あなたが見ている世界は、

たぶん大人が思っているより、

ずっと複雑で、

ずっとスリリングです。


学校では、

ポテチの袋と米国債が

つながっているとは習いません。


中東の海峡と、

スマホの中の半導体と、

薬の包装と、

スーパーの値札が

つながっているとも、

なかなか教えてくれません。


でも本当の世界は、

裏側でつながっています。


ビットコインの急落。


白黒になったパッケージ。


上がる国債利回り。


高くなるパスタ。


都市の管理費。


消えた貨物機の航跡。


AIデータセンターの電気代。


それらは

別々のニュースではありません。


同じ世界の、

違う場所に出た症状です。


これからの時代に必要なのは、

ニュースを

丸暗記する力ではありません。


「これは

 何とつながっているんだろう?」


と考える力です。


スーパーで値上げを見たら、

企業を責める前に、

次に仕入れる値段を

考えてみる。


白黒の袋を見たら、

デザイン変更ではなく、

ナフサとインクと海峡を

考えてみる。


都会の高いマンションを見たら、

資産価格だけでなく、

管理費と固定資産税と

老後の現金を

考えてみる。


AIの未来を聞いたら、

電気、水、半導体、

冷却、土地を

考えてみる。


これからのサバイバル能力は、

偏差値だけではありません。


つながりを見る力。


見えない原価を見る力。


固定費を減らす力。


分からない時に、

分からないと言える力。


そして、

自分だけではなく、

まわりの人と一緒に生きる力です。


世界は難しくなります。


でも、

仕組みが分かれば、

世界はただ怖いだけの場所では

ありません。


最高に面白い

謎解きの舞台になります。


怖いニュースを、

怖いままで

終わらせないでください。


その裏側を読み解く力は、

あなたの

未来の武器になります。


次にスーパーで、

白黒の袋を見つけたら。


その袋の向こうにある、

海峡と国債とスマホのドルを、

少しだけ想像してみてください。


そこから、

あなたの時代の

物語が始まります。 


………


★あとがき

 ――ホームズとワトソンの

  やすきよ漫才風――


ワトソン

「ホームズさん、

 今回の事件、

 結局犯人は誰なんですか?」


ホームズ

「犯人は一人ではない」


ワトソン

「出ました。

 難しいこと言って

 煙に巻くやつ」


ホームズ

「煙ではない。

 ナフサ由来のインク不足だ」


ワトソン

「そこに

 つなげんでええんです。

 あとがきです」


ホームズ

「今回の事件は、実に興味深い。

 株も下がった。

 金も下がった。

 ビットコインも下がった。

 債券も下がった」


ワトソン

「わしのテンションも

 下がりましたわ」


ホームズ

「だが、

 一番ショックだったのは、

 ポテチの袋から

 色が消えたことだ」


ワトソン

「色が消えたら、

 事件なんですか?」


ホームズ

「事件だ。

 赤や黄色の袋は、

 平和の証拠だった」


ワトソン

「ポテチの袋に、

 そんな重い役目を

 背負わせんといてください」


ホームズ

「いや、袋は文明の末端だ。

 末端に異変が出た時、

 上流では

 すでに何かが起きている」


ワトソン

「上流って、川ですか?」


ホームズ

「ナフサ、インク、物流、

 海峡、保険、国債、金利だ」


ワトソン

「一気に話が

 太平洋越えましたな」


ホームズ

「世界はつながっている」


ワトソン

「便利な言葉やなあ」


ホームズ

「たとえば、

 日本が米国債を売る」


ワトソン

「はい」


ホームズ

「米国金利が上がる」


ワトソン

「はい」


ホームズ

「株が揺れる」


ワトソン

「はい」


ホームズ

「レバレッジ投資家が

 清算される」


ワトソン

「はい」


ホームズ

「ビットコインが泣く」


ワトソン

「タイトル回収しましたな」


ホームズ

「同じ頃、ナフサが高くなる」


ワトソン

「はい」


ホームズ

「インクが足りなくなる」


ワトソン

「はい」


ホームズ

「ポテチの袋が白黒になる」


ワトソン

「結局、

 ポテチに戻ってきましたな」


ホームズ

「名探偵は必ず現場へ戻る」


ワトソン

「現場、 

 スーパーの菓子売り場

 ですけどね」


ホームズ

「そこがいいのだ。

 世界経済は、

 ウォール街だけに

 あるのではない。

 スーパーの棚にもある」


ワトソン

「それは分かりやすい」


ホームズ

「そして、

 これから大事なのは

 生活半径二キロだ」


ワトソン

「急に不動産屋みたいに

 なりましたな」


ホームズ

「スーパー、病院、駅、

 役所、避難所。

 これらが近くにあることが、

 未来の富になる」


ワトソン

「東京の

 一億円マンションより?」


ホームズ

「一億円の資産があっても、

 毎月の管理費で

 財布が痩せるなら、

 それは

 金庫に住んでいるようなものだ」


ワトソン

「金庫に住むって、寒そうやなあ」


ホームズ

「しかも固定資産税つきだ」


ワトソン

「さらに寒いわ」


ホームズ

「だから、

 これからは年収より

 固定費を見る時代だ」


ワトソン

「年収マウントより、

 固定費マネジメントですな」


ホームズ

「その通り」


ワトソン

「でもホームズさん。

 最後に希望はあるんですか?

 袋は白黒、金利は上がる、

 ビットコインは泣く。

 読者まで泣きますよ」


ホームズ

「希望はある」


ワトソン

「どこに?」


ホームズ

「気づく力だ」


ワトソン

「気づく力?」


ホームズ

「白黒の袋を見て、

 “安っぽくなった”で

 終わらせない。

 その裏にナフサを見る。

 海峡を見る。

 再調達価格を見る。

 金利を見る。

 生活を見る。

 そこまで見える人間は、

 時代に飲まれにくい」


ワトソン

「つまり、 

 スーパーは教科書なんですな」


ホームズ

「そうだ。

 しかも毎日更新される」


ワトソン

「値札という名の最新ニュース」


ホームズ

「うまい」


ワトソン

「最後だけ褒めるんかい!」


ホームズ

「次に

 白黒のポテチを見かけたら、

 ただのパッケージ変更だと

 思ってはいけない」


ワトソン

「そこには

 世界経済が印刷されている」


ホームズ

「ただし、インクは節約中だ」


ワトソン

「それ、

 わしのオチ取らんといて

 ください!」


ホームズ

「ワトソン、世界は変わる。

 だが、

 笑いながら考える人間は

 強い」


ワトソン

「笑いと涙で、

 なんとか生きるしか

 ありませんな」


ホームズ

「その通り。

 そして、

 次の章を書くのは読者自身だ」


ワトソン

「ええ締めや。

 では読者のみなさん、

 スーパーへ行ったら、

 袋の色と値札を見てください」


ホームズ

「そこに、未来のヒントがある」


ワトソン

「ただし、

 買いすぎには注意です」


ホームズ

「再調達価格を考えながらな」


ワトソン

「最後まで経済かい!」


――おしまい――

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