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お金は配られた。でも米は来なかった。――チュラチュラ納税の国で、Z世代が見つけた“仏心リテラシー”――

✦お金は配られた。でも米は来なかった。


――チュラチュラ納税の国で、

 Z世代が見つけた

 “仏心リテラシー”――


………


戦争は、

ミサイルで始まると思っていた。


でも日本では、

給付金のニュースと、

「高配当株やばい」のSNSと、


スーパーの米棚が

ガラ空きになった朝が、

同じスマホ画面に並んだ。


………


★目次


■第一章 

 毎月なにか払ってる国


■第二章 

 給料はボス戦前に削られる


■第三章 

 過去の自分から請求書が来た


■第四章 

 大熊さんの退職金は震えていた


■第五章 

 百軒ばあさんの大きなつづら


■第六章 

 ホルムズ海峡は

 冷蔵庫の奥にあった


■第七章 

 給付金では米は増えない


■第八章 

 仏心には利回りがない


■第九章 

 物々交換という未来


■第十章 

 Z世代と、手を合わせる朝


■第十一章 

 日本人に戻る入口


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風

 笑いと涙の締め


………


■第一章 

 毎月なにか払ってる国


高校一年生のゆづきは、

夜中に布団の中でスマホを見ていた。


本当は寝るつもりだった。


でも、寝る前の五分だけ。


その五分は、だいたい四十分になる。


画面をスクロールしていると、

妙な投稿が流れてきた。


「日本人、

 毎月なんか払ってる」


ゆづきは、

思わず声を出して笑った。


「なにこれ」


投稿には、こう書いてあった。


一月、固定資産税。

二月、国民健康保険料。

三月、所得税。

四月、固定資産税。

五月、自動車税。

六月、住民税。

七月、また固定資産税。

八月、国保と住民税。

九月、国保。

十月、住民税と国保。

十一月、国保。

十二月、固定資産税と国保。


最後に、

太い文字でこう書いてあった。


無税の月、ゼロ。


ゆづきは、

布団の中で吹き出した。


「これ、ロシア民謡じゃん」


隣の部屋から、

六十七歳の元証券マンの

おじいちゃんが顔を出した。


「なんじゃ、夜中に笑うて」


「これ見て。

 日本人、

 毎月なんか払ってるって」


おじいちゃんは老眼鏡をかけ、

スマホをのぞき込んだ。


そして、少し笑った。


「ほんまじゃな。

 ようできとる」


ゆづきは、ふざけて歌った。


月曜日は所得税。

火曜日は住民税。

水曜日は国保料。

木曜日は年金保険料。

金曜日は固定資産税。


チュラチュラチュラ。

チュラチュラチュラ。


おじいちゃんは、

最初は笑っていた。


でも途中で、ふっと真顔になった。


「笑えるけど、笑えん歌じゃな」


「なんで?」


ゆづきはスマホを置いた。


おじいちゃんは、

湯のみを両手で包みながら言った。


「わしら日本人は、

 そのチュラチュラで

 戦後を生きてきたんじゃ」


「どういうこと?」


「税金で道路を作った。

 学校を作った。

 病院を残した。

 消防車を走らせた。

 警察が町を守った。

 年金も振り込まれた。

 自衛隊もある。


 全部、

 どこかで税金につながっとる」


「じゃあ、

 税金って悪者じゃないの?」


「悪者ではない」


おじいちゃんは、

ゆっくり首を振った。


「ただな、

 問題はそこじゃない」


「どこ?」


「何のために払うのか。

 その心が

 薄れてしもうたことじゃ」


ゆづきは、黙った。


税金なんて、

ただ取られるものだと

思っていた。


でも、

おじいちゃんの言い方は

少し違った。


税金は、国を動かす燃料。


けれど、

その燃料をどこへ向けるのか。


そこに心がないと、

ただの取り立てになる。


その時、玄関の方で音がした。


カタン。


ポストに

何かが落ちた音だった。


おじいちゃんは苦笑いした。


「ほれ。

 また国から歌詞が届いたぞ」


ゆづきが玄関へ行くと、

白い封筒が入っていた。


表には、

納付書と書かれていた。


ゆづきは、

それを見て小さくつぶやいた。


「チュラチュラの新曲じゃん」


おじいちゃんは笑わなかった。


ただ、仏壇の方をちらりと見た。


■第二章 

 給料はボス戦前に削られる


月曜日の朝。


ゆづきの父親は、

食卓で給与明細を見ながら

ため息をついていた。


「また、

 けっこう引かれとるなあ」


ゆづきは、

パンをかじりながら

画面をのぞいた。


所得税。

住民税。

健康保険。

厚生年金。

雇用保険。

介護保険。


数字がずらりと並んでいた。


ゆづきは目を丸くした。


「え、給料って

 全部もらえるんじゃないの?」


父親は、苦笑いした。


「もらう前に、

 もういろいろ座っとる」


「座ってる?」


おじいちゃんが

新聞をたたんで言った。


「ゲームで言うたら、

 ボス戦に入る前に

 HPが削られとるような

 もんじゃ」


ゆづきは、すぐに理解した。


「毒ダメージじゃん」


「そうじゃ。

 給料という

 ダンジョンに入る前から、

 じわじわ減る」


父親は笑った。


「笑いごとじゃないけど、

 ほんとそれ」


ゆづきは明細をじっと見た。


「でもさ、

 これ全部なくしたら、

 手取り増えるんじゃないの?」


おじいちゃんは言った。


「一瞬はな」


「一瞬?」


「健康保険がなかったら、

 病気になった時に困る。


 年金がなかったら、

 老後に困る。


 雇用保険がなかったら、

 仕事を失った時に困る。


 税金がなかったら、

 道路も学校も病院も

 警察も消防も困る」


「じゃあ、必要なんだ」


「必要じゃ」


「じゃあ、

 文句言っちゃダメなの?」


「いや、文句は言っていい」


おじいちゃんは、きっぱり言った。


「大事なのは、

 払うことを嫌うだけではなく、

 使い道を見張ることじゃ」


ゆづきは、少し驚いた。


「見張る?」


「そうじゃ。

 税金は、

 国民から預かったお金じゃ。


 政治家の財布ではない。

 役所のものでもない。

 弱い人や未来のために

 使うべきお金じゃ」


父親が、ぼそっと言った。


「でも最近、

 払う方も使う方も、

 その心が薄れてる気がするな」


おじいちゃんはうなずいた。


「そこに仏心がいる」


ゆづきは、

またその言葉を聞いた。


「仏心って、結局なに?」


おじいちゃんは、

すぐには答えなかった。


そして、こう言った。


「目の前の人を、

 見捨てない心じゃ」


ゆづきは、

給与明細をもう一度見た。


数字の向こうに、人の顔がある。


病院に行く人。

学校に通う子ども。

年金で暮らす老人。

救急車を待つ誰か。


お金は道具。


でも、

その道具をどこへ向けるかは、

人間の心で決まる。


ゆづきはノートに書いた。


お金は道具。

でも道具を動かすのは、心。


■第三章 

 過去の自分から請求書が来た


六月。


近所の内藤さんが、

青い顔でおじいちゃんの家に

やってきた。


手には、

住民税の通知書を持っていた。


「これ、

 何かの間違いじゃないですか」


内藤さんは、

去年会社を辞めたばかりだった。


今は再就職活動中で、

収入はかなり減っている。


おじいちゃんは通知書を見た。


「ああ、住民税じゃな」


「去年の所得で計算されるって

 書いてあります。

 今はこんなに収入ないのに」


おじいちゃんは、

静かに言った。


「去年の元気な自分が、

 今年の弱った自分に

 請求書を送ってくるんじゃ」


ゆづきは、

その言葉にゾッとした。


「なにそれ、ホラーじゃん」


内藤さんは、力なく笑った。


「働いていた頃の僕に、

 辞めた後の僕が

 取り立てられてるんですね」


「そういうことじゃ」


おじいちゃんは、

通知書を丁寧にたたんだ。


「税金は、

 時間差で来る。

 人生も同じじゃ」


ゆづきは、

その夜ノートに書いた。


住民税は、過去からの請求書。


じゃあ、未来の自分に何を残す?


お金?

借金?

後悔?

人間関係?

仏心?


ゆづきは、

最後の言葉のところで

ペンを止めた。


✲仏心


まだ少し古くさい言葉に思えた。


でも、なぜか消せなかった。


翌日、学校でその話をすると、

こはるが言った。


「過去の自分が

 請求書送ってくるとか、

 怖すぎ」


ゆづきはうなずいた。


「だから今の自分も、

 未来に何か送ってるんだと思う」


「何を?」


「まだわかんない。

 でも、請求書だけじゃ嫌だな」


こはるは、

少しだけ真面目な顔になった。


「じゃあ、何を送りたい?」


ゆづきは考えた。


そして答えた。


「困った時に、

 誰かが思い出してくれる自分」


こはるは、

スマホを見る手を止めた。


「それ、ちょっと刺さる」


■第四章 

 大熊さんの退職金は震えていた


近所に、

大熊さんという人がいた。


六十五歳。


地元の進学校を、

優秀な成績で卒業した。


それから

地元の国立大学へ進み、

卒業後は

地元の堅い上場メーカーへ

就職した。


その会社は、

自動車や機械の揺れを抑える

部品を作っていた。


車の乗り心地をよくする

防振ゴム。


精密機械の小さな震えを消す

除振装置。


建物を地震から守る

免震技術。


つまり、

揺れを抑える会社だった。


大熊さんは、

四十年近く、

その会社で真面目に働いた。


遅刻はほとんどない。

転職もない。

派手な遊びもない。

地元からも、ほとんど出なかった。


ただ、

親から相続した借金が少しあった。


それも大熊さんは、

毎月きっちり返した。


一円単位まで帳面につけた。


電気代。

水道代。

固定資産税。

車検代。

町内会費。

墓の管理費。

親の病院代。

借金の返済。


全部、

大学ノートに書いた。


赤いボールペンで支出。

青いボールペンで収入。

黒いボールペンで残高。


大熊さんは、

それを見ると安心した。


数字が合う。


それが、

大熊さんにとっての平和だった。


親から受け継いだ家から会社へ通い、

会社から家へ帰る。


同じ道。

同じ駅。

同じ食堂。

同じ散髪屋。

同じ銀行。


人生は、

揺れないことが一番だと

思っていた。


大熊さんの口ぐせは、

いつも同じだった。


「堅実が一番じゃ」


退職金は、

ほとんどそのまま残った。


二千万円。


それに長年の預金を合わせると、

大熊さんには

十分すぎるように見える

老後資金があった。


通帳に並んだ数字を見た時、

大熊さんは少し誇らしかった。


「わしの人生は、

 間違っとらんかった」


そう思った。


けれど、

ホルムズ海峡二重封鎖の

ニュースが流れ始めた頃から、

その通帳の数字は、

別のものに見え始めた。


安心ではなく、

砂時計に見えた。


しかもSNSには、

毎日のように金融指南が

流れてきた。


「退職金を眠らせるな」


「高配当株で月五万円」


「新NISAで出口戦略」


「元大企業勤務こそ資産運用」


「お金を働かせろ」


「老後に差がつくのは

 マネーリテラシー」


大熊さんは、

それを真面目に読んだ。


真面目な人ほど、

真面目そうな言葉に弱い。


大熊さんは、

退職金の一部を動かした。


高配当株。

投資信託。

外貨建て商品。

個人年金。

不動産小口商品。


全部が悪い商品というわけでは

なかった。


むしろ、

一つ一つは、

それなりに

説明のつく商品だった。


問題は、商品ではなかった。


大熊さんの心が、

時代の揺れに

慣れていなかったことだった。


大熊さんは、

会社で揺れを抑える仕事を

してきた。


車の振動を抑える。

機械の震えを止める。

建物の揺れをやわらげる。


でも、

世界そのものが揺れた時、

自分の心の揺れは

止められなかった。


ホルムズ海峡が詰まった。


原油が上がった。

円が揺れた。

電気代が上がった。

物流費が上がった。

株価が乱れた。

金利が動いた。

物価が追いかけてきた。


夜、

大熊さんはスマホを見た。


前日より、

評価額が一万七千三百二十円

減っていた。


大損ではなかった。


破産でもなかった。


若い人なら、

「それくらい普通じゃん」

と言うかもしれない。


けれど、

大熊さんには普通ではなかった。


一万七千三百二十円。


その数字が、

頭の中で何度も点滅した。


一万七千三百二十円。

一万七千三百二十円。

一万七千三百二十円。


大熊さんは、

スマホを閉じた。


けれど、

頭の中の数字は閉じなかった。


布団に入っても、

まぶたの裏に数字が浮かんだ。


明日、

さらに下がったらどうする。


来月、

十万円減ったらどうする。


一年後、

百万円減ったらどうする。


八十歳になって暴落が来たら、

自分は売れるのか。


認知症になったら、

証券口座にログインできるのか。


暗証番号を忘れたら、

どうなるのか。


大熊さんの胸が、

どくどく鳴り始めた。


息が浅くなった。


手が冷たくなった。


胃が重くなった。


夜中の二時に起きて、

またスマホを開いた。


市場はもう閉まっている。


数字は変わらない。


それなのに、

大熊さんは何度も

画面を更新した。


朝になると、

顔色は土のようになっていた。


妻が言った。


「病院、

 行った方がええんじゃない?」


大熊さんは首を振った。


「ただの寝不足じゃ」


しかし、

その夜も眠れなかった。


次の日も。

その次の日も。


一週間後、

大熊さんはスーパーの駐車場で

ふらついた。


救急車までは呼ばれなかったが、

家族に連れられて病院へ行った。


検査では、

命に関わる異常は

見つからなかった。


医者は、

静かに言った。


「強い不安と不眠で、

 自律神経がかなり

 乱れていますね」


大熊さんは、

意味がよく分からなかった。


医者は、

もう少し分かりやすく言った。


「体が、ずっと

 非常ベルを鳴らしている

 状態です」


大熊さんは、

その言葉で少し震えた。


非常ベル。


会社員時代、

工場で非常ベルが鳴ると、

全員が動いた。


原因を探し、

ラインを止め、

安全を確認した。


けれど、

今鳴っている非常ベルは、

自分の体の中にあった。


医者は続けた。


「適応障害に近い状態です。

 環境の変化や

 強いストレスに、

 心と体が

 追いつかなくなっているんです」


適応障害。


大熊さんには、

それが少し悔しかった。


自分は怠けていない。

真面目に働いた。

家族を守った。

借金も返した。

退職金も残した。


それなのに、

なぜ適応できないのか。


大熊さんは、

二日だけ入院した。


点滴を受け、

睡眠薬を出され、

スマホを見る時間を

減らすように言われた。


退院の日、

医者はこう言った。


「評価額を

 毎日見ないことです。

 見れば安心すると

 思っているかもしれませんが、

 今の大熊さんには逆です。

 数字を見るたびに、

 体が危険だと

 勘違いしています」


大熊さんは、

黙ってうなずいた。


けれど家に帰ると、

またスマホを見そうになった。


指が勝手に動いた。


証券アプリのアイコンに

触れかけた時、

大熊さんは手を止めた。


そして、

その足で、

六十七歳の元証券マンの

おじいちゃんの家へ向かった。


夕方だった。


大熊さんは、

証券会社の資料と、

スマホと、

古い通帳を持っていた。


顔色はまだ悪かった。


玄関先で、

大熊さんは言った。


「すまん。

 わし、もう一人では見られん」


おじいちゃんは、

何も言わずに中へ通した。


ゆづきは、

台所でお茶を入れていた。


大熊さんは座ると、

しばらく黙っていた。


そして、

ぽつりと言った。


「わしは四十年、

 揺れを止める仕事を

 してきたんじゃ」


おじいちゃんは、

黙って聞いた。


「車の振動も、

 機械の震えも、

 建物の揺れも」


大熊さんは、

通帳を見つめた。


「なのに、

 退職金が減っていく

 通帳の震えだけは、

 どうしても止められんかった」


ゆづきは、

その言葉を聞いて、

胸の奥が冷たくなった。


お金はあった。


退職金もあった。


学歴もあった。


会社員としての信用もあった。


親孝行もした。


借金も返した。


でも、

大熊さんの手の震えを

止めるものはなかった。


ゆづきは、

思わず聞いた。


「でも、ちょっと

 下がっただけなんでしょ?

 なんで、

 そこまで怖くなるの?」


大熊さんは、

ムッとしてゆづきを見た。


だが、

怒らなかった。


ただ、

疲れた顔で言った。


「わしの六十五年はな、

 数字が減らんように

 生きてきた六十五年なんじゃ」


ゆづきは、

何も言えなかった。


大熊さんは続けた。


「給料をもらったら貯める。

 借金は返す。

 無駄遣いはしない。

 通帳の残高を減らさん。

 それが正しいと思ってきた」


おじいちゃんが静かに言った。


「大熊さんは、

 失われた三十年を

 堅実という名前で

 生き抜いたんです」


「そうじゃ」


大熊さんは、

小さくうなずいた。


「けれど、

 ホルムズ海峡のニュースを

 見た日から、

 世の中が別のものになった」


原油。

円安。

電気代。

物流費。

金利。

株価。

物価。

防衛費。


どれも、

大熊さんの人生には

ほとんど出てこなかった

言葉だった。


いや、

新聞では見ていた。


ニュースでも聞いていた。


でも、

自分の通帳が震えるまでは、

遠い世界の言葉だった。


おじいちゃんは言った。


「大熊さん。

 これは投資の問題だけじゃ

 ありません」


「投資の問題じゃない?」


「はい。

 大熊さんの心が、

 六十五年かけて

 作ってきた地図では、

 今の世界を

 歩けなくなっとるんです」


大熊さんは、

資料を握りしめた。


「わしの地図が、古いんか」


おじいちゃんは、

すぐには答えなかった。


そして、ゆっくり言った。


「古い地図が悪いわけじゃない。

 その地図で、

 ここまで家族を守ってきた。

 それは立派です」


大熊さんの目が、

少し赤くなった。


「でも、

 新しい道ができたら、

 地図に書き足さんといけん」


ゆづきは、

その言葉をノートに

書きたくなった。


古い地図が悪いんじゃない。

新しい道を書き足せばいい。


おじいちゃんは続けた。


「大熊さん。

 評価額を毎日見るのは、

 非常ベルを

 毎日鳴らすようなものです」


「非常ベル……」


「はい。

 工場で毎日非常ベルが鳴ったら、

 社員は働けません」


大熊さんは、

少しだけ笑った。


「そりゃそうじゃ」


「心も同じです。

 毎日数字を見て、

 毎日危険だと思っていたら、

 体が壊れます」


大熊さんは、

スマホを見た。


まるで、

小さな爆弾を見るような

目だった。


おじいちゃんは言った。


「まず、

 見る回数を減らしましょう」


「それだけでええんか」


「最初は、

 それだけでええんです。


 次に、

 生活費の現金を分ける。


 十年使わんお金と、

 今年使うお金を分ける。


 投資は投資。

 生活は生活。

 心は心。


 全部を一つの画面で見たら、

 人間は壊れます」


ゆづきは、

びっくりした。


おじいちゃんが、

急に証券マンの顔になっていた。


でも、ただ

お金の話をしているわけでは

なかった。


心を守るために、

お金を分けている。


そう見えた。


大熊さんは、

深く息を吐いた。


「わしは、

 お金を守っとるつもりで、

 自分の心を

 痛めつけとったんか」


おじいちゃんは、

静かにうなずいた。


「お金は大事です。

 でも、

 お金を守るために

 人間が壊れたら、

 本末転倒です」


大熊さんは、

しばらく黙っていた。


そして、

小さな声で言った。


「わしは、

 堅実が一番じゃと

 思ってきた」


「はい」


「でも、

 堅実だけでは、

 この揺れには

 耐えられんのじゃな」


おじいちゃんは言った。


「堅実に、

 柔らかさを

 足せばいいんです」


「柔らかさ?」


「はい。

 人に相談する柔らかさ。

 毎日見ない柔らかさ。

 全部を自分で決めない

 柔らかさ。

 誰かに弱音を吐く

 柔らかさ」


大熊さんは、

ゆっくり顔を上げた。


「防振ゴムみたいじゃな」


おじいちゃんは笑った。


「そうです。

 硬すぎるものは、

 強い揺れで割れます。

 少し柔らかいものが、

 揺れを逃がすんです」


大熊さんは、

その日初めて笑った。


「わしは、

 自分の心に

 防振ゴムを

 つけ忘れとったんじゃな」


ゆづきは、

その言葉を聞いて、

胸の奥が少し温かくなった。


人は、

失敗で壊れるだけじゃない。


成功体験でも、固まる。


でも、

固まった心にも、

あとから柔らかさを

足すことはできる。


ゆづきはノートに書いた。


大熊さんは、

お金で病気になったんじゃない。


お金だけで安心しようとして、

心の逃げ場をなくしたんだ。


そして、

最後にこう書いた。


心にも、

防振ゴムがいる。


■第五章 

 百軒ばあさんの大きなつづら


その町には、

もう一人、有名な人がいた。


人は陰で、

その人をこう呼んでいた。


百軒ばあさん。


六十二歳。


若いころは、

普通の家の娘だった。


父は高校教師だった。


外では評判のよい

先生だったが、

家の中ではワンマンだった。


母は引っ込み思案で、

父に強く言い返すことは

ほとんどなかった。


百軒ばあさんは、

父の大きな声と、

母の小さな声のあいだで育った。


だから彼女は、

知らないうちに

覚えてしまった。


強い人には逆らわない。


家のルールには従う。


自分の気持ちは、

あと回しにする。


若いころ、

彼女は地元の名士の家に

嫁いだ。


そこには、

嫁ぎ先の義母が作った、

もっと

強い家のルールがあった。


その家は、

借家を百軒持っていた。


古い借家。

小さな借家。

駅から遠い借家。

坂の上の借家。

雨どいの古い借家。

給湯器の古い借家。

エアコンの壊れかけた借家。


百軒ばあさんは、

その一つ一つを

「資産」と呼んだ。


けれど本当は、

そこには人が住んでいた。


朝ごはんを食べる人。

仕事へ行く人。

学校へ行く子ども。

夜にお風呂へ入る人。

暑い日に

エアコンをつけたい人。

雨漏りを心配する人。


でも百軒ばあさんには、

その人たちの顔が

見えていなかった。


見えていたのは、

家賃だった。


修繕費だった。


相続税だった。


借金だった。


つまり、

人間が数字に見えていた。


ここが怖いところだった。


嫁ぎ先の義母は、

町では有名な凄腕だった。


何もない家を、

何十年もかけて、

地元でうらやましがられる

家にした女だった。


その義母には、

口ぐせがあった。


「土地は手放すな」


「情けをかけるな」


「家賃は血筋を守る米びつ」


「相続は戦じゃ」


「貧乏人に同情すると、

 家が傾く」


「人に優しくする前に、

 まず家を守れ」


百軒ばあさんは、

その言葉を

何十年も聞いて生きた。


最初は、

少し怖いと思った。


少し変だとも思った。


けれど、

毎日聞いているうちに、

その言葉は百軒ばあさんの中へ

染みこんでいった。


雨が土に染みこむように。


匂いが服に染みつくように。


いつの間にか、

義母の言葉が、

自分の考えになった。


自分の声で

しゃべっているつもりなのに、

本当は義母の声で

しゃべっている。


そんな人になっていった。


ゆづきは、

おじいちゃんから

その話を聞いて言った。


「それって、

 洗脳みたいなもの?」


おじいちゃんは、

少し考えてから言った。


「まあ、家の中で

 何十年も聞かされる

 価値観は、

 人の心の骨になることがある」


「心の骨?」


「そうじゃ。

 体の骨ならレントゲンに写る。

 でも心の骨は見えん。

 だから怖い」


ゆづきは、

スマホを置いた。


「百軒ばあさんの心の骨は、

 お金でできてたってこと?」


おじいちゃんは、

静かにうなずいた。


「そういうことじゃ」


ある年、

百軒ばあさんの

実の父が亡くなりかけた。


病院から連絡が来た。


「今なら、まだ会えます」


普通なら、

そこで人は迷う。


行くべきか。

会うべきか。

最後に何を言うべきか。


ありがとう。

ごめんね。

お疲れさま。


そんな言葉を、

胸の奥で探す。


けれど、

百軒ばあさんが最初に考えたのは、

父の顔ではなかった。


財産だった。


通帳。

証券。

不動産。

相続分。

税金。

書類。

印鑑。

誰が何を持っているか。


父の息が細くなっている時に、

百軒ばあさんの頭の中では、

電卓が鳴っていた。


カチ。

カチ。

カチ。


ゆづきは、

その話を聞いて顔をしかめた。


「うそでしょ」


おじいちゃんは言った。


「人間はな、

 お金に心を支配されると、

 いちばん近い人の苦しみが

 見えなくなることがある」


「お父さんなのに?」


「お父さんなのに、じゃ。

 そこが怖い」


父の財産は、

結局、

百軒ばあさんのものには

ならなかった。


その多くは、

実の母の名義になった。


それから年月が過ぎた。


今度は、

その母が弱っていった。


百軒ばあさんは、

母の見舞いにも 

ほとんど行かなかった。


母の死に目にも、

会おうとしなかった。


けれど、

実の母が亡くなり

相続の話になると、

急に声が大きくなった。


「これは

 私が面倒を見た分です」


「母は、これは私にくれると

 言っていました」


「兄は母の面倒なんて

 見ていません」


「私は嫁いだ家を守るために

 長らく苦労してきました」


「だから

 母のお見舞いに行く時間が

 なかったのです」


「税務署から

 問い合わせが来ています」


「証券会社からも、

 書類を出すように

 言われています」


本当か嘘か分からない言葉を、

次々に並べた。


けれど、

おじいちゃんには分かった。


金融機関が、

そんなもめごとの

火種になるような話を

簡単にするはずがない。


税務署の話も、

どこかおかしい。


話の順番が合わない。


書類の流れも合わない。


まるで、

つじつまの合わない紙を、

無理やり貼り合わせたようだった。


ゆづきは聞いた。


「じゃあ、百軒ばあさんは

 嘘をついてたの?」


おじいちゃんは言った。


「たぶん最初は、

 相手を動かすための

 嘘だった」


「最初は?」


「でもな、

 人間は何度も同じ嘘を言うと、

 自分でも本当のように

 思い始めることがある」


「自分の嘘を、

 自分で信じちゃうってこと?」


「そうじゃ」


ゆづきは、

少し怖くなった。


おじいちゃんは続けた。


「他人についた嘘は、

 相手にばれることがある。


 でも自分についた嘘は、

 自分の中で育つ。


 そしてある日、

 火山の溶岩みたいに流れ出して、

 自分を焼く」


「仏教でも、

 そういう話があるの?」


「ある」


おじいちゃんは、

ゆっくり言った。


「仏教では、

 自分がしたことは、

 すぐには返ってこなくても、

 心の奥に残ると考える。


 やったこと。

 言ったこと。

 見捨てたこと。

 ついた嘘。


 それらが心の奥に沈んで、

 いつか別の形であらわれる。


 難しい言葉で言えば、

 カルマというものじゃ」


ゆづきは首をかしげた。


「業って、

 罰みたいなもの?」


「ただの罰とは少し違う」


おじいちゃんは言った。


「たとえば、

 誰かをだました人は、

 次に人を信じられなくなる。


 誰かを見捨てた人は、

 自分が見捨てられることを

 怖がるようになる。


 お金しか見なかった人は、

 人の優しさを見ても、

 裏にお金があるように

 感じてしまう。


 それが業じゃ」


ゆづきは黙った。


おじいちゃんは続けた。


「百軒ばあさんは、

 母親を本当に

 ●したわけではない。


 けれど、弱った母の心を

 崖っぷちまで追い込んで、

 それでも知らん顔をした」


「それって……」


「人間として、

 してはいけんことじゃ」


おじいちゃんは、

とても静かに言った。


「昔の仏教の物語には、

 親を傷つける罪の重さを

 語る話がある。


 Z世代には

 分かりにくいかもしれんが、

 要するにこういうことじゃ。


 親が弱っている時に、

 最後のありがとうも

 言わない。


 ごめんねも言わない。


 会いに行けるのに、

 会いに行かない。


 それどころか、

 財産の計算を先にする。


 それは、

 体を傷つけていなくても、

 心を深く傷つけている」


ゆづきは、

ぞっとした。


「そんなの、

 SNSの炎上より怖いね」


おじいちゃんは苦笑いした。


「炎上は外から燃える。

 これは内側から燃える」


「内側から?」


「そうじゃ。

 人間の中にある仏心が

 燃え尽きる」


ゆづきは、

仏心という言葉を思い出した。


目の前の人を、

見捨てない心。


それなら、

百軒ばあさんは、

一番近くにいた母を

見捨てたことになる。


それなのに、

自分を悪人だとは

思っていなかった。


むしろ、

家を守っている。

子どもや孫のために

頑張っている。

嫁ぎ先の名を守っている。

相続に強い賢い女だ。


そう思っていた。


百軒ばあさんの中では、

お金を守ることが

善だった。


資産を増やすことが

正義だった。


損をしないことが

勝利だった。


だから、

母の涙は見えなかった。


兄の困惑も見えなかった。


周囲の不信も見えなかった。


見えていたのは、

数字だけだった。


借家の数。

預金の額。

相続分。

評価額。

借金の残高。

税金の計算。


ゆづきは言った。


「それって、

 スマホゲームみたい」


「スマホゲーム?」


「数字を増やすことだけが

 目的になって、

 キャラクターの顔が

 見えなくなる感じ」


おじいちゃんは笑った。


「なるほど。

 百軒ばあさんにとって、

 人間は数字の背景に

 なってしもうたんじゃな」


「こわ」


「こわいんじゃ」


おじいちゃんは、

少し声を低くした。


「しかも、

 お金に支配されている人ほど、

 自分は支配されていると

 思っていない」


「どう思ってるの?」


「自分は賢い。

 自分は家を守っている。

 自分は損をしていない。

 自分は正しい。

 そう思っとる」


ゆづきは、

百軒ばあさんの顔を

思い浮かべた。


いつも背筋を伸ばし、

きちんとした服を着て、

声だけは立派な人。


けれど、

その目はいつも、

人ではなく、

人の後ろにある金額を

見ているようだった。


百軒ばあさんには、

もう一つ大きな問題があった。


借金だった。


嫁ぎ先の家は、

資産を守るため、

相続税を抑えるため、

大きな借金を抱えていた。


土地もある。

借家もある。

家賃も入る。


でも、

その裏には借金があった。


百軒ばあさんは、

借金を怖がっていた。


けれど、

怖がっているとは

言わなかった。


代わりに、

強い言葉を使った。


「家を守るためです」


「子や孫のためです」


「私は苦労しているんです」


「私がしっかりしないと、

 この家は終わります」


そう言えば言うほど、

百軒ばあさんの心は固くなった。


おじいちゃんは言った。


「怖い人は、

 時々、

 強欲な人に見える」


「ほんとは怖いの?」


「そうじゃ。

 失うのが怖い。


 借金を返せなくなるのが怖い。


 下に落ちるのが怖い。


 嫁ぎ先で認められんのが怖い。


 だから金を守っとるつもりで、

 心を捨てたんじゃ」


ゆづきは言った。


「でも、

 心を捨てたら、

 何を守ってるのか

 分からなくない?」


おじいちゃんは、

ゆっくりうなずいた。


「それが、

 この話の一番怖いところじゃ」


ある日、

ホルムズ海峡二重封鎖の影響が、

百軒ばあさんの借家にも届いた。


塗料。

シンナー。

樹脂部品。

給湯器。

エアコン。

配管部材。

屋根材。

職人の軽油。


修繕材料が入りにくくなった。


職人の手配も遅れた。


百軒の借家から、

電話が鳴り始めた。


それは、

まるで地獄の窯の蓋が

開いたようだった。


「雨漏りしています」


「エアコンが壊れました」


「給湯器がつきません」


「床が沈んでいます」


「トイレの水が止まりません」


「子どもが暑くて眠れません」


「おばあちゃんが転びました」


「このままでは住めません」


百軒ばあさんは叫んだ。


「順番にしてください!」


けれど、

入居者は待てなかった。


夏は暑い。

冬は寒い。

雨漏りは止まらない。

トイレは毎日使う。

お風呂は毎日必要だ。

子どもは

夜に眠らなければならない。

老人は段差で転ぶ。


百軒ばあさんは、

初めて気づいた。


百軒の家は、

百軒の資産ではなかった。


百軒分の暮らしだった。


百軒分の体温だった。


百軒分の泣き声だった。


百軒ばあさんは、

電話を切ったあと、

ため息をついた。


「まったく、

 どいつもこいつも、

 お金ばかり言いやがって」


ゆづきは、

その背中を見た。


そして思った。


この人が一番、

お金の話しかしていないのに。


百軒ばあさんは、

入居者を

「修繕費がかかる人」

と見ていた。


実の母を

「相続の計算に関係する人」

と見ていた。


兄を

「取り分を減らす相手」

と見ていた。


借金を

「自分を追い立てる影」

と見ていた。


人間が、

全部お金の形に変わっていた。


ゆづきは、

おじいちゃんに聞いた。


「百軒ばあさんは、

 もう戻れないの?」


おじいちゃんは答えた。


「分からん」


「分からない?」


「人は、

 自分が間違っていたと

 気づくことが、

 一番難しい」


「なんで?」


「自分の人生を

 否定するようで、

 怖いからじゃ」


「じゃあ、

 百軒ばあさんは、

 ずっとこのまま?」


おじいちゃんは、

少しだけ首を振った。


「でも、

 地獄の蓋が開いた時に、

 人は初めて自分の姿を

 見ることがある」


「地獄の蓋?」


「母親の死。

 相続の争い。

 借家の苦情。

 借金の重さ。

 誰にも感謝されない孤独。


 そういうものが一気に来た時、

 自分が何をしてきたか、

 少しだけ見えることがある」


ゆづきは、

百軒ばあさんの背中を見た。


その背中は、

強そうに見えた。


でも、本当は

何かに追われているようにも

見えた。


義母の声。


借金の影。


相続の計算。


母に言えなかった

「ありがとう」。


全部が、

百軒ばあさんの後ろから

追いかけているようだった。


その夜、

ゆづきはノートに書いた。


百軒ばあさんは、

大きなつづらを開けた。


中から出てきたのは、

宝ではなかった。


百軒分の泣き声。


返しきれない借金。


母に言えなかった

ありがとう。


そして、

自分で自分についた嘘だった。


ゆづきは、

最後にもう一行書いた。


仏心をなくすと、

人はお金持ちになっても、

心の中では

ひとりぼっちになる。


そして、

ふと思った。


もしかすると、

失われた三十年で

日本が本当に失ったものは、

お金だけではなかったのかも

しれない。


給料が増えなかった。

物価が上がらなかった。

会社はコストを削った。

人は失敗を恐れた。

家族は余裕をなくした。

SNSは勝ち組と負け組を分けた。


そのあいだに、

日本人は少しずつ、

人を見る力を

失っていったのかもしれない。


人を、

コストで見る。


人を、

リスクで見る。


人を、

相続分で見る。


人を、

家賃で見る。


人を、

フォロワー数で見る。


人を、

年収で見る。


けれど、

仏心は違う。


仏心は、

人を数字にしない心だ。


弱った人を、

負け組と呼ばない心だ。


失敗した人を、

自己責任で終わらせない心だ。


最後に会える人に、

ありがとうを言う心だ。


目の前の人を、

見捨てない心だ。


ゆづきは、

ノートを閉じた。


百軒ばあさんの話は、

ただの意地悪ばあさんの

話ではなかった。


これは、

お金ばかり見ている日本への

小さな警告だった。


お金は必要だ。


でも、

お金だけを見た瞬間、

人間は人間を見失う。


その時、

国は貧しくなる。


通帳ではなく、

心の中から。


■第六章 

 ホルムズ海峡は

 冷蔵庫の奥にあった


ニュース速報が流れた。


ホルムズ海峡周辺で緊張。

タンカー通航に遅れ。

原油価格に警戒。


ゆづきには、

遠い国の話に聞こえた。


地図で見ても、

どこにあるのか

すぐには分からない。


「ホルムズ海峡って、

 日本と関係あるの?」


ゆづきが聞くと、

おじいちゃんは言った。


「大ありじゃ」


「遠い海でしょ?」


「遠い海じゃ。

 でも冷蔵庫の奥にある」


「は?」


おじいちゃんは、

冷蔵庫を開けた。


卵。

牛乳。

納豆。

マヨネーズ。

食用油。

味噌。

野菜。

冷凍食品。


「これのどこに

 ホルムズ海峡があるの?」


「まず船が動く。

 船には燃料がいる。

 工場にも電気がいる。

 トラックには軽油がいる。

 包装材には

 石油由来の材料が

 使われる。


 食用油も、物流も、冷蔵も、

 全部エネルギーと

 つながっとる」


ゆづきは冷蔵庫の中を見た。


いつもの冷蔵庫だった。


でも、急に世界地図に見えた。


数日後、

スーパーの値札が変わり始めた。


食用油。

マヨネーズ。

パン。

米。

肉。

魚。

洗剤。

ゴミ袋。


全部が、少しずつ高い。


母が言った。


「なんか全部、

 ちょっとずつ高いね」


おじいちゃんは言った。


「ミサイルだけが戦争じゃない。

 値札も戦争の影じゃ」


ゆづきは、

その言葉をノートに書いた。


ミサイルだけが戦争じゃない。

値札も戦争の影。


大熊さんにも、

その影は届いていた。


地元の堅い上場会社にも、

燃料、電気、物流、

部品の値上がりが届いた。


百軒ばあさんにも、

その影は届いていた。


修繕費、職人代、部材不足、

入居者からの苦情が届いた。


遠い海の揺れが、

地元の通帳と、

百軒の借家と、

ゆづきの家の冷蔵庫を

同時に揺らしていた。


ゆづきは思った。


世界って、

思っていたより狭い。


そして、お金って、

思っていたより弱い。


■第七章 

 給付金では米は増えない


政府が

生活支援給付金を検討すると

発表した。


SNSは

一気に騒がしくなった。


「もらったらNISAにぶち込む」

「高配当株を買う」

「暗号資産に入れる」

「旅行に使う」

「どうせ税金で回収される」


ゆづきは、

おじいちゃんに聞いた。


「お金配ったら助かるよね?」


おじいちゃんはうなずいた。


「助かる人はおる。

 今日食べるものがない人には、

 現金は命綱じゃ」


「じゃあ、いいことじゃん」


「半分はな」


「半分?」


おじいちゃんは、

食卓の米びつを指さした。


「米が少ない時に、

 全員にお金を配ったら

 どうなる?」


ゆづきは考えた。


「みんな米を買いに行く」


「米は増えるか?」


「増えない」


「じゃあ?」


「値段が上がる」


おじいちゃんはうなずいた。


「そうじゃ。

 お金は印刷できる。

 でも米は印刷できん」


ゆづきは、思わず黙った。


小学生でも分かる話だった。


十人が一個のおにぎりを

欲しがっている時、

全員にお金を配っても、

おにぎりは十個にならない。


むしろ、

いちばん高く払える人が

買って終わる。


「じゃあ、

 どうすればいいの?」


「お金も必要じゃ。


 でも、物も必要じゃ。

 作る人、運ぶ人、直す人、

 分ける人、見守る人。

 全部いる」


「お金だけじゃダメなんだ」


「そうじゃ」


おじいちゃんは、

ゆっくり言った。


「お金だけ配る国は、

 最後に人の心を

 配り忘れる」


ゆづきは、

その言葉に鳥肌が立った。


大熊さんは、

給付金のニュースを見ても

安心できなかった。


百軒ばあさんは、

給付金のニュースを見て

言った。


「どうせ

 回収されるんだから、

 もらえるものは

 もらわなきゃ損よ」


二人とも、

お金を見ていた。


でも、

見ているものは違っていた。


大熊さんは、

減っていくお金に怯えていた。


百軒ばあさんは、

取れるお金に目を光らせていた。


ゆづきは、

その二人を見て思った。


お金がある人も、

お金に怯える。


お金を持っている人も、

お金に縛られる。


お金だけで人間を見ていると、

最後は人間の方が見えなくなる。


■第八章 

 仏心には利回りがない


週末。


ゆづきは、

おじいちゃんに連れられて

近所の小さなお寺へ行った。


本堂は静かだった。


古い畳の匂い。

金色の仏具。

線香の細い煙。


住職は、

難しい話をしなかった。


ただ、こう言った。


「勝った人だけが、

 えらいわけでは

 ありません」


ゆづきは顔を上げた。


「増やした人だけが、

 救われるわけでも

 ありません」


住職の声は、

ゆっくりだった。


「老いた人。忘れる人。病む人。

 失敗する人。働けなくなる人。

 泣いている人。


 そういう人を

 見捨てない心を、

 仏心と言います」


ゆづきは、

胸の奥が少し熱くなった。


帰り道、ゆづきは言った。


「仏心って、

 投資と真逆っぽいね」


おじいちゃんは笑った。


「真逆ではない。

 もっと前からある力じゃ」


「前?」


「お金より前からある」


「でも、利回りないよ」


「ない」


「配当もない」


「ない」


「ランキングにも入らない」


「入らん」


「SNSでバズらない」


「たぶんバズらん」


「じゃあ、なんで大事なの?」


おじいちゃんは立ち止まった。


「人を生かすからじゃ」


ゆづきは、

何も言えなかった。


NISAには

成長投資枠がある。


高配当株には

配当利回りがある。


不動産には

家賃収入がある。


個人年金には

予定利率がある。


でも、仏心には利回りがない。


その代わり、

震える大熊さんの話を

黙って聞くことができる。


借家で困っている人の声を

「コスト」ではなく

「生活」として

聞くことができる。


米を

半分分けることができる。


おにぎりを

渡すことができる。


弱った人を、

見捨てないことができる。


ゆづきは、初めて思った。


もしかして、

これが一番古くて、

一番新しいインフラなのかも

しれない。


■第九章 

 物々交換という未来


ホルムズ海峡のニュースから

数週間。


町の空気が少し変わった。


ガソリンスタンドには

列ができた。


スーパーの米棚は

薄くなった。


薬局には「入荷未定」の札が

増えた。


宅配便は一日遅れることが

増えた。


そんな中、

近所の人たちが

自然に動き始めた。


狭間さんは、

畑の野菜を持ってきた。


「形は悪いけど、

 食べられるから」


内藤さんは、車を出した。


「病院行く人がいたら、

 ついでに乗せますよ」


おじいちゃんは、

お金や税金の相談に乗った。


「納付書は捨てたらいかん。

 まず中身を見よう」


大熊さんも、

少しずつ外へ出るようになった。


最初は、

ぎこちなかった。


大熊さんは、

人に頼るのが苦手だった。


会社ではずっと、

頼られる側だった。


若い社員に教え、

部品の品質を見て、

工程の揺れを止めてきた。


だから、

自分が弱音を吐くのは

恥ずかしかった。


でもある日、

大熊さんは町内の集まりで

言った。


「わし、

 機械のことなら

 少し分かります」


その一言から、

空気が変わった。


古い扇風機の音が大きい家。

ポンプの振動が気になる家。

エアコン室外機が

ガタガタ鳴る家。

洗濯機の揺れがひどい家。


大熊さんは、見て回った。


もちろん、

専門業者ではない。


直せないものも多かった。


でも、

原因を見ることはできた。


「これは

 脚の高さが合っとらん」

「これは下にゴムをかませば

 少し静かになる」

「これはもう業者を呼ばんと

 危ない」

「これは無理に

 使わん方がええ」


大熊さんの顔が、

少しずつ変わっていった。


退職金の評価額ばかり

見ていた目が、

人の家の困りごとを見る目に

戻っていった。


一方、

百軒ばあさんは、

なかなか変われなかった。


入居者からの電話に、

最初はこう言った。


「それは

 そちらの使い方が

 悪いんじゃないですか」

「修理は順番です」

「家賃を下げる話はできません」

「うちも大変なんです」


けれど、ある日、

小さな借家に住む

若い母親が言った。


「お金の話じゃないんです。

 子どもが暑くて

 眠れないんです」


百軒ばあさんは、

言い返そうとした。


でも、言葉が出なかった。


その子どもは、

汗で髪を額に貼りつけていた。


百軒ばあさんは、

初めて、

借家の向こうに人の顔を見た。


資産ではなく、

暮らし。


家賃ではなく、

眠れない子ども。


その日、百軒ばあさんは、

おじいちゃんの家に来た。


「仏心って、

 今からでも

 間に合うものですか」


おじいちゃんは、

少し驚いた顔をした。


それから静かに言った。


「間に合うと思います」


「私みたいな人間でも?」


「気づいた日が、入口です」


百軒ばあさんは、

しばらく黙っていた。


その目は、

まだ完全には

柔らかくなっていなかった。


でも、少しだけ揺れていた。


ゆづきは思った。


大熊さんは、

固まった心が揺れ始めた。


百軒ばあさんは、

冷えた心が少し溶け始めた。


どちらも、まだ途中だ。


でも、

人間は途中からでも

変われるのかもしれない。


■第十章 

 Z世代と、手を合わせる朝


ある朝。


ゆづきは、

少し照れながら仏壇の前に

座った。


正直、

手を合わせるのは

まだ恥ずかしかった。


でも、座ってみた。


目を閉じると、

いろいろな顔が浮かんだ。


給与明細を見る

父。

買い物袋を重そうに持つ

母。

住民税の通知を握る

内藤さん。

通帳の数字を見て震える

大熊さん。

百軒の借家を

「資産」と呼んでいた

百軒ばあさん。

汗で眠れなかった

子ども。

おにぎりを食べた

こはる。


スーパーの空いた米棚。

ホルムズ海峡のニュース。

スマホに流れる

高配当株の投稿。


ゆづきは、心の中で言った。


お金は大事です。

でも、お金だけに

なりたくありません。


勝つことは大事です。

でも、負けた人を

笑いたくありません。


増やすことは大事です。

でも、分けることを

忘れたくありません。


後ろから、

おじいちゃんの声がした。


「珍しいのう」


ゆづきは振り向いた。


「これで何か変わるの?」


おじいちゃんは、

少し考えて言った。


「世界はすぐには変わらん」


「じゃあ意味ないじゃん」


「でも、

 自分の向きが少し変わる」


「向き?」


「自分だけを見る向きから、

 誰かを見る向きへ」


ゆづきは、

もう一度仏壇を見た。


スマホの画面より、

ずっと静かな光だった。


その光は、

何かを命令しなかった。


買えとも、増やせとも、

勝てとも言わなかった。


ただ、そこにあった。


ゆづきは思った。


手を合わせるって、

お願いすることだけじゃない。


自分の向きを、

少し変えることなんだ。


■第十一章 

 日本人に戻る入口


ゆづきは、

学校の作文にこう書いた。


タイトルは、


「お金は配られた。

 でもお米は来なかった。」


先生は、

タイトルを見て少し驚いた。


作文には、

こう書かれていた。


日本は、

税金で平和を買ってきた。


それは悪いことだけじゃない。


道路も、学校も、病院も、消防も、

警察も、年金も、

誰かが払ったお金でできている。


でも、

これからの日本は、

お金だけでは守れない。


ホルムズ海峡が詰まった時、

給付金だけでは米は増えない。


高配当株だけでは

薬は届かない。


NISAの残高だけでは、

停電した冷蔵庫は冷えない。


退職金二千万円があっても、

手の震えは止まらない。


百軒の借家があっても、

仏心がなければ

百軒分の泣き声になる。


だから、

これからのZ世代に必要なのは、

マネーリテラシーだけじゃない。


仏心リテラシーだと思う。


お金を増やす力。


そして、人を見捨てない力。


この二つを両方持たないと、

これからの日本では生き残れない。


作文の最後に、ゆづきは

大熊さんと

百軒ばあさんのことを

書いた。


大熊さんは、

揺れを止める会社で

四十年以上働いた。


でも、世界が揺れた時、

自分の退職金と心の揺れを

止められなかった。


それでも大熊さんは、

少し変わった。


通帳だけを見るのをやめて、

近所の人の困りごとを

見るようになった。


百軒ばあさんは、

百軒の借家を資産と呼んでいた。


でも、修繕が遅れ、

子どもが暑くて眠れない姿を

見た時、

初めて家賃の向こうに

人の顔を見た。


お金が増えたわけではない。


でも、

二人の人生は少しだけ、

人間の方へ戻ってきた。


私は、それを見て思った。


人間は、

お金で安心するだけではない。


誰かの役に立てた時にも、

安心する。


誰かを見捨てなかった時にも、

安心する。


先生は、

最後の一文を何度も読んだ。


放課後、こはるが言った。


「ゆづき、あの作文さ」


「うん」


「続き書いてよ」


ゆづきは驚いた。


「え、作文だよ?」


「でも、めっちゃ刺さった。

 なんか、お金の話なのに、

 お金だけじゃなくて。


 戦争の話なのに、

 ミサイルじゃなくて。


 仏教の話なのに、

 説教じゃなくて」


こはるは、

少し照れくさそうに言った。


「続編、読みたい」


ゆづきは、笑った。


家に帰って、

おじいちゃんに話すと、

おじいちゃんはうれしそうに

言った。


「ほうか。

 それなら、

 読者の評価受付を

 したいところじゃな」


「何それ?」


「いや、

 最近は評価が大事なんじゃろ?」


「この話、

 評価受付してないよ」


「それは残念じゃのう」


おじいちゃんは、

湯のみを持って笑った。


「じゃが、

 続編を書いてくれと

 言われたなら、

 それが一番の評価じゃ」


その時、

狭間さんがやってきた。


手には、

野菜の入った袋を持っていた。


「美果さんからもらったんじゃ。

 うちだけでは食べきれんけえ、

 少し持ってきた」


ゆづきは、袋を受け取った。


大根。

にんじん。

小さな白菜。


少し泥がついていた。


大熊さんは、

照れくさそうに言った。


「わしも、

 少しは配当を出さんとな」


おじいちゃんが笑った。


「それは野菜配当ですな」


そこへ、

百軒ばあさんもやってきた。


手には、

古い借家の修繕リストを

持っていた。


「全部は無理です。

 でも、子どもがいる家と、

 お年寄りがいる家から

 先に直すことにしました」


おじいちゃんは、

静かにうなずいた。


百軒ばあさんは、

少し悔しそうに言った。


「家は資産だと思っていました。

 でも、

 人が住んでいるんですね」


ゆづきは、

その言葉を聞いて、

胸が熱くなった。


まだ百軒ばあさんが

完全に変わったわけではない。


大熊さんの不安が

全部消えたわけでもない。


ホルムズ海峡のニュースが

消えたわけでもない。


米の棚が

満杯に戻ったわけでもない。


でも、その日、

何かが少し動いた。


お金では測れないものが、

少しだけ町に戻ってきた。


ゆづきは、ノートを開いた。


そして、最後にこう書いた。


日本は、

お金が足りなくて

滅びるのではない。


お金で何でも解決できると

信じた時、

人間を見失って滅びる。


でも、まだ間に合う。


手を合わせる人がいるなら。


味噌汁を分ける人がいるなら。


おにぎりを一つ渡す人がいるなら。


退職金の不安に震える人の話を、

黙って聞ける人がいるなら。


百軒の借家の向こうに、

百軒の暮らしを

見ようとする人がいるなら。


チュラチュラ納税の国は、

もう一度、

仏心の国になれる。


ゆづきは、ペンを置いた。


窓の外では、

夕方の空が

少し赤くなっていた。


スマホには、

また新しい通知が来ていた。


「今すぐ始める資産形成」

「老後に差がつく高配当株」

「給付金の正しい使い方」


ゆづきは、スマホを伏せた。


そして、

こはるにメッセージを送った。


「続き、書いてみる」


すぐに返信が来た。


「読む」


その一文字だけで、

ゆづきは少し泣きそうになった。


評価ボタンより、

ランキングより、

その一文字の方が、

ずっと温かかった。


………


❥Z世代のあなたへ


あなたは、

これから何度も言われると

思います。


投資しろ。

副業しろ。

NISAをやれ。

AIを使え。

老後に備えろ。

自己責任で生きろ。


たしかに、それは大事です。


お金の勉強は必要です。

制度を知ることも大事です。

税金や年金や保険を知らないと、

損をすることもあります。


でも、

それだけでは足りません。


一万円札は食べられません。


配当金は「おはよう」と

言ってくれません。


NISAの残高は、

病院まで付き添ってくれません。


暗号資産は、

隣のおばあちゃんの薬を

買って届けてくれません。


退職金二千万円があっても、

世界が揺れた時、

人の心は震えます。


借家百軒があっても、

仏心がなければ、

そこは百軒の泣き声になります。


本当に強い人は、

お金を増やせる人だけでは

ありません。


分けられる人。

声をかけられる人。

困った時に助けを求められる人。

弱った人を笑わない人。

自分だけで勝とうとしない人。


そういう人です。


仏心とは、

難しい宗教用語では

ありません。


目の前の人を、

見捨てない心です。


他力とは、

負けた人の言い訳では

ありません。


人間は一人では生きられないと

知る知恵です。


もしこの話を読んで、

少しでもこう思ったなら、


「お金以外のことも、

 ちょっと考えてみようかな」


それだけで、

この物語はあなたの中で

続編を始めています。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風

 笑いと涙の締め


ワトソン

「ホームズさん、

 今回の事件、

 犯人は誰ですの?」


ホームズ

「犯人は、

 『お金だけで全部解決できる』

 と思った心です」


ワトソン

「ええっ。わし、

 てっきり固定資産税やと

 思いましたわ」


ホームズ

「固定資産税は

 容疑者の一人です」


ワトソン

「住民税は?」


ホームズ

「共犯です」


ワトソン

「国保料は?」


ホームズ

「毎月現場に現れる

 常習犯です」


ワトソン

「自動車税は?」


ホームズ

「五月にだけ現れる季

 節犯です」


ワトソン

「所得税は?」


ホームズ

「給与明細に潜む

 忍者です」


ワトソン

「忍者! 

 そら見えんはずや。

 手取りが少ない思うたら、

 背後からシュッと 

 やられてたんですな」


ホームズ

「しかし、

 本当の問題は税金

 そのものではありません」


ワトソン

「まだあるんですか。

 わしの財布、

 もう事情聴取に

 耐えられませんで」


ホームズ

「問題は、 

 心を忘れたお金の使い方です」


ワトソン

「ほう。NISAは悪者ですか?」


ホームズ

「いいえ。道具です」


ワトソン

「高配当株は?」


ホームズ

「道具です」


ワトソン

「退職金二千万円は?」


ホームズ

「道具であり、

 砂時計でもあります」


ワトソン

「借家百軒は?」


ホームズ

「資産であり、

 百軒分の責任でもあります」


ワトソン

「大熊さんは、

 悪い人ちゃいますよね」


ホームズ

「悪人ではありません。

 真面目に生きた人です」


ワトソン

「ほな、何が問題なんです?」


ホームズ

「成功体験が固まりすぎた

 ことです」


ワトソン

「失敗で固まるんやなくて、

 成功で固まる?」


ホームズ

「その通り。


 地元の優等生。

 地元の大学。

 地元の上場会社。

 定年まで勤め上げた退職金。

 すべて立派です」


ワトソン

「でも、

 世界が揺れたら心が震えた」


ホームズ

「そうです」


ワトソン

「百軒ばあさんは?」


ホームズ

「お金を守るつもりで、

 仏心を失った人です」


ワトソン

「大きなつづらを選んだら、

 宝やなくて

 修繕リストが出てきた」


ホームズ

「見事な要約です」


ワトソン

「また小説から盗みました」


ホームズ

「正直でよろしい」


ワトソン

「しかしホームズさん、

 これからの日本人は

 どうしたらいいんです?」


ホームズ

「お金を学ぶ。

 だが、

 お金だけを信じない」


ワトソン

「ほう」


ホームズ

「税金を払う。

 だが、

 使い道を見張る」


ワトソン

「ほうほう」


ホームズ

「備蓄をする。

 だが、独り占めしない」


ワトソン

「ほうほうほう」


ホームズ

「自力で努力する。

 だが、

 他力を忘れない」


ワトソン

「最後に仏心ですな」


ホームズ

「その通り」


ワトソン

「つまり、

 令和の名探偵が見つけた答えは、

 NISAでも高配当株でもなく、

 仏心だったと」


ホームズ

「NISAも使えばよろしい」


ワトソン

「使うんかい!」


ホームズ

「お金は否定しない。

 だが、

 お金を主人にしてはいけない」


ワトソン

「お金は道具。

 主人は人間。

 心の奥に仏心」


ホームズ

「見事です」


ワトソン

「ほな、

 わしも仏心を持って

 スーパー行ってきますわ」


ホームズ

「何をするのです?」


ワトソン

「米があったら一袋買って、

 隣のおばあちゃんと

 半分こします」


ホームズ

「それはよろしい」


ワトソン

「でもポイントは、

 わしのカードにつけます」


ホームズ

「そこに

 まだ煩悩が残っています」


ワトソン

「煩悩即菩提ですわ!」


ホームズ

「うまいこと言って

 逃げましたね」


ワトソン

「ホームズさん、

 最後に一言」


ホームズ

「どうぞ」


ワトソン

「日本は、

 お金が足りなくて

 滅びるんやない」


ホームズ

「続けて」


ワトソン

「お金で何でも解決できると

 思った時、

 人間を見失って滅びる」


ホームズ

「では、どうすればいい?」


ワトソン

「手を合わせる。

 声をかける。

 米を分ける。

 弱った人を見捨てない。


 退職金で震える

 大熊さんの話を、

 黙って聞く。


 百軒の借家の向こうに、

 百軒の暮らしを見る」


ホームズ

「それが?」


ワトソン

「仏心です」


ホームズ

「見事です、ワトソン」


ワトソン

「ほな、

 評価受付しときましょか」


ホームズ

「なぜ急に

 作家目線になるのです」


ワトソン

「読者が続編読みたい

 言うてくれたら、

 またチュラチュラ

 書けますやん」


ホームズ

「では最後に」


二人

「利回りより回向。

 配当より、名前を呼ぶ声。

 出口戦略より、

 人間に戻る入口!」


チュラチュラチュラ。

チュラチュラチュラ。


納付書の国に、

小さな仏心の歌が戻ってきた。

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