AIが3分で止まった日 ――電気を食う怪獣と、赤ちゃんが消えた世界――
✦AIが3分で止まった日
――電気を食う怪獣と、
赤ちゃんが消えた世界――
………
世界は、
人間が減れば
静かになると思っていた。
違った。
人間が減ったぶん、
AIが動き始めた。
AIが動くほど、
電気が足りなくなった。
電気が足りなくなるほど、
遠い海峡が熱くなった。
そしてある夏の日。
高校一年生のゆづきは、
スマホの画面を見て息をのんだ。
「本日のAI相談は、
電力逼迫のため、
あと三分までです」
ゆづきは、
画面をじっと見つめた。
「え……AIにも節電があるの?」
隣で、
六十七歳の元証券マンの
おじいちゃんが、
麦茶を飲みながら笑った。
「あるで、ゆづき。
AIは雲の上に
浮かんどるんじゃない。
でっかい倉庫の中で、
電気をバクバク食っとる
怪獣なんじゃ」
その瞬間、
ゆづきはまだ知らなかった。
十年後の世界を動かしているのは、
石油王でも、
IT王でも、
軍隊でもなかった。
本当に強いのは、
**人間が減っても、
社会を止めない国**
だったことを。
………
★目次
■第一章
AIは雲じゃなく、
電気を食べる怪獣だった
■第二章
世界人口は増えているのに、
若い手が消えていく
■第三章
人間が減るほど、
ロボット労働人口が増える
■第四章
ホルムズ海峡は
AI文明の喉になった
■第五章
イラ●は海峡を関所に変えた
■第六章
UAEは石油の国から
AI電源商社へ変わった
■第七章
パキスタ●は和平の顔で
LNG通行証を取りに行った
■第八章
●ラクには米軍がいた。
でも電気の鍵はイラ●にあった
■第九章
中国は老いる工場帝国になった
■第十章
インドは若者ボーナスか、
若者不満タンクか
■第十一章
日本は終わりではなく、
人口減少の実験場だった
■第十二章
移民は人間のLNGになった
■第十三章
AIは国を救った。
でも赤ちゃんの泣き声は
作れなかった
■第十四章
国家代替率
――人間不足をどこまで
知恵で埋められるか
■第十五章
十年後、
世界は静かに痩せながら
希望を探した
❥Z世代のあなたへ
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
………
■第一章
AIは雲じゃなく、
電気を食べる怪獣だった
二〇三六年、夏。
エアコンの音が、
教室の天井で
弱々しく鳴っていた。
高校一年生のゆづきは、
夏休みの課題を片づけようとして、
スマホのAIに質問した。
「人口減少と世界経済を、
小学生でもわかるように教えて」
いつもなら、
一秒もたたずに返事が来る。
けれど、その日は違った。
画面に、
見慣れない文字が出た。
「ただいま
地域の電力が逼迫しています。
長文回答は
夜十一時以降にお願いします」
ゆづきは思わず叫んだ。
「AIって順番待ちするの!?」
台所で麦茶を飲んでいた
おじいちゃんが、
くすっと笑った。
「するで」
「AIって、ネットの中に
あるんじゃないの?」
「違う違う。
AIは魔法やない。
電気で動く
巨大な怪獣なんじゃ」
「怪獣?」
「そうじゃ。
昔の怪獣は火を吹いた。
今の怪獣は、
電気と冷却水を食う」
ゆづきはスマホを見た。
小さな画面の向こうに、
雲のようなAIがいると
思っていた。
でも本当は、
どこかの町にある
巨大な建物の中で、
サーバーが熱を出し、
冷却ファンが回り、
電気が流れ続けている。
AIは軽くなかった。
画面は薄い。
でも、その裏側には、
発電所と送電線と
水道管があった。
「じゃあ、
電気が止まったら?」
ゆづきが聞くと、
おじいちゃんは真顔で答えた。
「AIはただの黒い箱になる」
その言葉が、
ゆづきの胸に刺さった。
AIはすごい。
でも、
電気なしでは何もできない。
その当たり前のことが、
この夏、
初めて本当に怖く見えた。
■第二章
世界人口は増えているのに、
若い手が消えていく
夕方のニュースで、
キャスターが言った。
「世界人口は
九十億人に近づいています」
ゆづきは首をかしげた。
「人間、増えてるんでしょ?
なのに、
なんでどこの国も
人手不足なの?」
おじいちゃんは
冷蔵庫から豆腐を取り出しながら、
ゆっくり答えた。
「そこが罠なんじゃ」
「罠?」
「人数は増えとる。
でも、働く若い人が
増えとる国と、
減っとる国に
分かれとるんじゃ」
日本。
韓国。
中国。
ヨーロッパ。
そこでは若者が減り、
おじいちゃん、
おばあちゃんが増えていく。
一方で、
インドやアフリカの一部には、
若い人がたくさんいる。
同じ地球なのに、
ある国は老人ホームのようになり、
ある国は満員電車のように
若者であふれている。
「じゃあ、
若い人が多い国が
勝つんじゃないの?」
ゆづきが聞くと、
おじいちゃんは
静かに首を振った。
「仕事と電気と
教育があれば宝になる。
でも、それがなければ……」
「なければ?」
「怒りのタンクになる」
ゆづきは黙った。
人口は、ただの数字ではない。
若い人がいても、
仕事がなければ不満になる。
学校がなければ、
力を伸ばせない。
電気がなければ、
工場もAIも動かない。
食料が高ければ、
街に怒りがたまる。
おじいちゃんは、
豆腐を皿にのせながら言った。
「人口が多い国が
勝つんやない。
人口を
仕事と希望に変えられる国が
勝つんじゃ」
その一言で、
ゆづきの中の世界地図が
少し変わった。
人口は宝でもあり、
爆弾でもある。
その違いを決めるのは、
政治と電気と教育だった。
■第三章
人間が減るほど、
ロボット労働人口が増える
夜のコンビニには、
店員が一人しかいなかった。
それでも店は、
きちんと動いていた。
セルフレジ。
AIカメラ。
自動発注。
掃除ロボット。
商品棚のセンサー。
顔認証の年齢確認。
ゆづきは店内を見回した。
「店員さん一人なのに、
なんで回ってるんだろ」
おじいちゃんは、
床をゆっくり進む
掃除ロボットを指さした。
「これが、
ロボット労働人口じゃ」
「ロボット労働人口?」
「人口統計には出てこん。
でも働いとる。
給料はいらん。
文句も言わん。
ただし、電気は食う。
壊れたら修理もいる」
ゆづきは、
ロボットの小さな背中を見た。
それは黙って床を磨いていた。
まるで、
見えない夜勤の店員だった。
おじいちゃんは言った。
「人間が減る。
ロボットが増える。
ロボットが増える。
電気が増える」
ゆづきはハッとした。
人口減少と聞くと、
人が減るから消費も減り、
電気も減るように思っていた。
でも違う。
人間が減るから、
人間の代わりに機械が働く。
機械が働くから、
電気が必要になる。
人口減少は、
省エネ社会の入口では
なかった。
新しい
電力大食い社会の
入口だった。
おじいちゃんは、
缶コーヒーを手に取りながら
言った。
「昔は、
人間が働いて機械を使った。
これからは、
機械が働いて人間を支える」
ゆづきは、
スマホのメモに書いた。
ロボット労働人口。
その言葉は、
少し未来っぽくて、
少し寂しかった。
■第四章
ホルムズ海峡は
AI文明の喉になった
テレビで、
ホルムズ海峡のニュースが
流れた。
タンカー。
LNG船。
通航制限。
保険料高騰。
中東情勢。
ゆづきは最初、
遠い海の話だと思った。
でも、
おじいちゃんの顔が
急に真剣になった。
「ここが大事なんじゃ」
「ホルムズって、
石油の道でしょ?」
「昔はそう思われとった。
でも今は、もっと深い」
おじいちゃんは、
広告の裏に線を書いた。
ホルムズ海峡
↓
LNG船
↓
発電所
↓
データセンター
↓
AI
↓
病院予約
↓
介護ロボット
↓
配送
↓
ゆづきのスマホ
ゆづきは目を丸くした。
「え……海峡が止まったら、
私のスマホにも関係あるの?」
「ある。
発電所の燃料が高くなる。
電気代が上がる。
データセンターの
運転費が上がる。
AIの利用制限も起きる。
病院の予約システムも、
介護ロボットも、
冷凍倉庫も影響を受ける」
ホルムズ海峡。
地図で見ると、
ペルシャ湾の出口にある
細い水路。
けれどその細い水路は、
東京の電気代とつながっていた。
ゆづきのスマホとつながっていた。
おじいちゃんは言った。
「ホルムズは、
石油文明の喉だった。
でもこれからは、
AI文明の喉になる」
喉。
その言葉が、
妙に怖かった。
喉を押さえられたら、
人は息ができない。
ホルムズを押さえられたら、
AI文明も息が苦しくなる。
遠い海のニュースは、
急に、
ゆづきの手の中の
スマホとつながった。
■第五章
イラ●は海峡を関所に変えた
イラ●は、
ホルムズ海峡を完全には
閉じなかった。
その代わり、
もっと怖いことを始めた。
選んで通す。
味方に近い船は通す。
中立の船は条件つきで通す。
敵に近い船は止める。
保険会社が危ないと思えば、
そもそも船は出ない。
ゆづきは言った。
「それって、
通行止めじゃなくて、
えこひいき?」
おじいちゃんは笑った。
「そうじゃ。
でも国際政治では、
それを外交カードと言う」
イラ●は、
世界一豊かな国ではない。
制裁もある。
経済も苦しい。
若者の不満もある。
でも、
ホルムズ海峡という関所を
持っている。
全部止めれば、
世界中を敵に回す。
けれど、
一部を止め、
一部を通せば、
世界はイラ●の顔色を見る。
「まるで時代劇の関所みたい」
ゆづきが言うと、
おじいちゃんはうなずいた。
「そうじゃ。
ただし通るのは侍やない。
LNG船、タンカー、保険証書、
制裁対象リスト、
データセンターの電気代じゃ」
ゆづきは想像した。
海の上にある見えない関所。
そこを通れるかどうかで、
遠い国の発電所が動き、
東京のAIが答え、
病院の予約画面が開く。
おじいちゃんは言った。
「イラ●は海峡を
閉じたんやない。
関所にしたんじゃ」
その言葉は、
ゆづきのノートに太く残った。
■第六章
UAEは石油の国から
AI電源商社へ変わった
中東には、
イラ●とは逆の動きをする国も
あった。
UAE。
ドバイ。
アブダビ。
高層ビル。
空港。
金融。
港湾。
ゆづきにとってUAEは、
お金持ちの国という
イメージだった。
でも、おじいちゃんは言った。
「UAEはな、
石油の国から、
AI電源商社になろうとしとる」
「AI電源商社?」
「石油を掘るだけの国やなく、
ガス、港、金融、
データセンター、冷却水、
投資、イスラエルとの技術、
アメリカとの安全保障。
全部を組み合わせて売る国じゃ」
UAEは、
昔のように
OPECの会議室だけを
見ているわけではない。
石油価格を守るより、
AI時代の電力と資本を動かす方へ
向かっている。
石油だけではない。
電気。
データ。
港。
金融。
安全保障。
それを
束ねる国になろうとしていた。
ゆづきは言った。
「油を売る国じゃなくて、
未来のコンセントを売る国?」
おじいちゃんは目を細めた。
「ええ表現じゃ。
その通りじゃ」
砂漠の国が、
未来のコンセントになる。
ゆづきは、
中東の地図を見つめた。
そこにはもう、
石油の井戸だけではなく、
データセンターの冷却塔が
見える気がした。
■第七章
パキスタ●は和平の顔で
LNG通行証を取りに行った
ニュースでは、
パキスタ●が仲介役として
動いていると言っていた。
アメリカとイラ●。
中東の緊張。
和平の努力。
ゆづきは感心した。
「パキスタ●、
平和のために頑張ってるんだね」
おじいちゃんは、
少しだけ苦い顔をした。
「もちろん和平は大事じゃ。
でも国は、
きれいごとだけでは動かん」
パキスタ●は、
深刻なエネルギー不足を
抱えていた。
人口は多い。
若者も多い。
暑さも厳しい。
工場も電気を欲しがる。
家庭も冷房を欲しがる。
停電は、
ただ暗くなるだけではない。
病院が困る。
工場が止まる。
冷蔵庫が止まる。
学校が止まる。
人々の怒りが広がる。
だからパキスタ●は、
和平の顔をしながら、
本当はこう言っていた。
「うちのLNG船だけは
通してください」
ゆづきは黙った。
和平の書類の下に、
航路図が隠れている。
そんな世界を、
今まで考えたことがなかった。
おじいちゃんは言った。
「外交とはな、
きれいな言葉で包んだ
生活防衛なんじゃ」
パキスタ●にとって和平は、
理想であり、
同時に
電気を守るための交渉だった。
ゆづきはノートに書いた。
和平案の裏に、
LNG船の航路図。
■第八章
●ラクには米軍がいた。
でも電気の鍵はイラ●にあった
イラ●には米軍がいた。
だからゆづきは、
イラ●はアメリカ側の国だと
思っていた。
でも、おじいちゃんは言った。
「軍隊がいることと、
発電所が動くことは
別なんじゃ」
●ラクには石油がある。
けれど、
石油があるからといって、
電気が安定するわけではない。
発電用のガスが足りない。
送電網が弱い。
夏になると停電が起きる。
国民は怒る。
政府は揺れる。
そして、
電気の一部はイラ●との関係に
左右される。
ゆづきは驚いた。
「米軍がいても、
イラ●に頼るの?」
「そうじゃ。
安全保障はアメリカ。
でも電気の蛇口はイラ●。
これが現代のややこしさじゃ」
国は一枚の国旗だけでは動かない。
軍事の顔。
電力の顔。
財政の顔。
宗教の顔。
国民生活の顔。
それぞれが別の方向を向く。
●ラクは、
そのすべてに引っ張られていた。
おじいちゃんは言った。
「これからの同盟は、
軍事基地だけでは決まらん。
発電所を
誰が動かしとるかで決まる」
ゆづきは、
ノートに大きく書いた。
米軍基地より、
ガスの蛇口。
その一文は、
世界地図の見方を変えた。
■第九章
中国は老いる工場帝国になった
中国はまだ巨大だった。
人口は十億人を超えている。
工場がある。
港がある。
AIがある。
軍事力がある。
巨大な市場もある。
でも、おじいちゃんは言った。
「中国は、もう昔の中国やない。
老いる工場帝国じゃ」
昔の中国は、
人が多いから安く作れた。
でも十年後の中国は、
人が減るから機械で作る。
工場にはロボット。
港には自動クレーン。
道路には自動配送。
行政にはAI。
街には監視カメラ。
工場の中には、
人間より機械が多いラインも
増える。
ゆづきは聞いた。
「じゃあ中国は弱くなるの?
強くなるの?」
おじいちゃんは少し考えた。
「両方じゃ」
若者が減るのは弱み。
でも、
ロボットとAIを
一気に社会へ入れる力は強み。
中国は、
人海戦術の国から、
ロボット工場帝国へ
変わっていく。
ただし、
ロボットにも電気がいる。
部品がいる。
半導体がいる。
メンテナンスがいる。
水もいる。
電力網もいる。
中国の本当の敵は、
アメリカだけではなかった。
少子化。
高齢化。
地方の借金。
若者の不安。
消費の弱さ。
つまり中国は、
巨大な国でありながら、
老いと戦う国になった。
ゆづきは思った。
人が多い国も、
永遠に若いわけではない。
■第十章
インドは若者ボーナスか、
若者不満タンクか
インドは、
世界最大の
人口大国になっていた。
若者が多い。
IT人材がいる。
英語を使える人も多い。
市場が大きい。
中東のエネルギーも
必要としている。
米国も中国も、
インドを無視できない。
ゆづきは言った。
「インド、最強じゃん」
おじいちゃんは首を振った。
「人口はな、宝にもなるし、
爆弾にもなる」
「爆弾?」
「若者に仕事があれば宝じゃ。
電気があれば工場が動く。
教育があればAIを使える。
水があれば都市が生きる。
でも仕事がなければ、
若者の多さは不満になる」
ゆづきは、
満員電車のような都市を想像した。
スマホを持った若者たち。
夢はある。
でも仕事がない。
電気が止まる。
食べ物が高い。
SNSには怒りが流れる。
「それが、
若者不満タンクじゃ」
おじいちゃんの声は静かだった。
インドは、
世界最大の
成長エンジンになるかもしれない。
でも、
世界最大の
不満タンクになる危険もある。
人口が多いだけでは足りない。
仕事。
電気。
水。
教育。
希望。
それを与えられるかどうか。
ゆづきは思った。
人口とは、
国に与えられた巨大な宿題なのだ。
■第十一章
日本は終わりではなく、
人口減少の実験場だった
日本の人口は減っていた。
地方の学校は統合され、
バスの本数は減り、
病院の予約は取りにくくなり、
介護施設は人手不足だった。
ニュースはいつも言う。
人口減少。
高齢化。
地方衰退。
年金不安。
人手不足。
ゆづきは、
少し暗い気持ちで言った。
「日本、終わりなの?」
おじいちゃんは優しく笑った。
「終わりじゃない。
苦しいけど、終わりではない」
「でも、人が減ってるんでしょ?」
「そうじゃ。
でも日本は、
世界で一番先に
人口減少を経験しとる
実験場でもある」
介護ロボット。
遠隔診療。
無人店舗。
AI農業。
見守りセンサー。
少人数工場。
高齢者向け移動支援。
自動配送。
AI行政。
日本が今、
苦しみながら試していることは、
十年後、
世界中が欲しがるかもしれない。
おじいちゃんは言った。
「成功ノートより、
失敗ノートの方が
役に立つことがある」
「失敗ノート?」
「何をしたら詰むか。
何を直せば回るか。
どこで高齢者が困るか。
どこでロボットが止まるか。
それを知っとる国は強い」
ゆづきの胸が少し熱くなった。
日本の苦労は、
ただの衰退ではない。
未来の誰かを助ける
実験かもしれない。
自分たちの失敗が、
世界の教科書になるかも
しれない。
ゆづきは初めて、
人口減少という言葉の中に、
小さな希望を見つけた。
■第十二章
移民は人間のLNGになった
十年後、
人手不足の国は、
外国から人を呼んだ。
介護。
建設。
農業。
清掃。
工場。
配送。
病院。
外食。
足りない場所に、
人間が流れていく。
おじいちゃんは、
少し悲しそうに言った。
「移民は、
人間のLNGみたいに
扱われ始める」
ゆづきは顔をしかめた。
「それ、なんか嫌な言い方」
「嫌な言い方じゃ。
でも、
世界はそういう目で
人を見始めとる」
エネルギー不足の国は、
LNGを輸入する。
人手不足の国は、
移民を受け入れる。
でも、人間はガスではない。
家族がある。
言葉がある。
宗教がある。
夢がある。
不安がある。
差別される痛みがある。
子どもの学校がいる。
住む場所がいる。
国は言う。
人手不足解消。
企業は言う。
労働力確保。
でも、
来る人にとっては
人生そのものだ。
おじいちゃんは言った。
「LNG船は港に着けば
燃料になる。
でも人間は、
空港に着いても、
すぐに社会の燃料にはならん」
ゆづきは黙った。
移民という言葉の向こうに、
一人ひとりの顔が見えた。
働きに来た人ではなく、
生きに来た人たち。
その人たちを、
ただの燃料みたいに扱う社会は、
きっとどこかで壊れる。
そう思った。
■第十三章
AIは国を救った。
でも赤ちゃんの泣き声は
作れなかった
AIはたくさんのものを助けた。
病院の予約。
学校の授業。
会社の事務。
災害予測。
農業の管理。
高齢者の見守り。
文章の作成。
翻訳。
進路相談。
ゆづきも
毎日AIを使っていた。
でも、ある日、
おじいちゃんは言った。
「AIにも、できんことがある」
「何?」
「赤ちゃんの泣き声を
作ることじゃ」
ゆづきは黙った。
AIは画像を作れる。
声も作れる。
音楽も作れる。
会話もできる。
でも、
本物の赤ちゃんは作れない。
赤ちゃんを育てるには、
安心がいる。
若い人の給料。
住む場所。
夫婦の時間。
教育費への不安の少なさ。
職場の理解。
未来への希望。
それがなければ、
人は子どもを持とうと思えない。
AIが便利になるほど、
若者は不安になるかもしれない。
「自分の仕事も
AIに奪われるかもしれないのに、
子どもなんて育てられるの?」
おじいちゃんは言った。
「子どもが少ないから
AIを入れる。
AIを入れるから
仕事が不安になる。
不安になるから、
さらに子どもを持ちにくくなる。
これが怖い輪っかなんじゃ」
ゆづきは、
その輪っかを想像した。
便利なのに、
どこか寂しい未来。
AIは国を延命する。
でも、
未来そのものを
産むことはできない。
おじいちゃんは、
静かにつぶやいた。
「AIは国を救うかもしれん。
でも、泣き声までは作れん」
その言葉は、
ゆづきの胸の奥に残った。
■第十四章
国家代替率
――人間不足をどこまで
知恵で埋められるか
おじいちゃんは、
新しい言葉を作った。
国家代替率。
ゆづきは首をかしげた。
「何それ?」
「足りない人間を、
AIとロボットと知恵で、
どれだけ埋められるかという
力じゃ」
介護職員が十万人足りない。
AI見守りと介護ロボットと
制度改革で、
三万人分を補える国。
一万人分しか補えない国。
まったく補えない国。
この差が、
十年後の国力になる。
農業も同じ。
配送も同じ。
病院も同じ。
行政も同じ。
建設も同じ。
下水も同じ。
水道も同じ。
電力も同じ。
人間が足りない時、
どこまで社会を止めずに
回せるか。
それが国家代替率だった。
「じゃあ日本は?」
ゆづきが聞くと、
おじいちゃんは少し考えた。
「人口では負ける。
でも、
代替率で勝てば生き残れる」
日本には、
ロボット技術がある。
精密機械がある。
現場改善の文化がある。
高齢化の経験がある。
失敗ノートがある。
もちろん問題も多い。
電気代。
古い制度。
人手不足。
地方の疲弊。
財政の重さ。
でも、
人が足りない社会を
どう回すかという問題に、
日本は世界で早くぶつかっている。
ゆづきは思った。
日本は小さくなる。
でも、
小さくなっても止まらない
仕組みを作れたら、
それは新しい強さになる。
おじいちゃんは言った。
「これからの国の強さは、
大きさだけでは決まらん。
止まらない力で決まる」
ゆづきはノートに書いた。
国家代替率。
それは、
未来を測る新しい物差しだった。
■第十五章
十年後、
世界は静かに痩せながら
希望を探した
十年後。
世界は、
映画のように
爆発していなかった。
ビルは立っていた。
スマホもあった。
AIもあった。
スーパーもあった。
病院も学校もあった。
でも、
少しずつ痩せていた。
病院の予約は取りにくくなった。
修理業者は三週間待ちになった。
電気代は上がった。
介護施設は人手不足だった。
データセンターからの
電力制限を受ける家庭。
ホルムズ海峡のニュースで、
東京の電気料金が揺れた。
若者の多い国では、
仕事が足りずに怒りがたまった。
若者の少ない国では、
ロボットが夜中も働き続けた。
世界は壊れてはいなかった。
ただ、
静かに痩せていた。
その日の夕方、
ゆづきは学校の屋上で
夕焼けを見ていた。
空は赤く、
遠くのビルの窓が光っていた。
隣には、
おじいちゃんがいた。
「おじいちゃん」
「なんじゃ」
「未来って、怖いね」
おじいちゃんは、
夕焼けを見ながら言った。
「怖い。
でも、
見えたら少し怖くなくなる」
「どうして?」
「準備できるからじゃ」
ゆづきはスマホを開いた。
AIに質問しようとした。
でも、やめた。
代わりに、
自分のノートを開いた。
そして書いた。
人間が減る。
AIが増える。
電気が足りない。
海峡が強くなる。
若者が多い国は、
仕事を作らないと危ない。
若者が少ない国は、
ロボットを使わないと回らない。
日本は終わりじゃない。
日本は、未来の実験場。
最後に、
ゆづきはこう書いた。
「未来は
クラウドにあるんじゃない。
送電線と、
LNG船と、
まだ生まれていない赤ちゃんの
泣き声の上にある」
おじいちゃんは、
そのノートを見て
静かにうなずいた。
「ええ言葉じゃ」
ゆづきは笑った。
「AIに聞かずに書いたよ」
「それが一番ええ」
風が吹いた。
夕焼けの中で、
遠くの送電線が細く光っていた。
世界はまだ終わっていない。
ただ、
人間が減っても
社会を止めないための競争が、
始まっただけだった。
そしてその競争の中で、
ゆづきたちの世代は、
ただ巻き込まれるだけではない。
読み解くことができる。
選ぶことができる。
作り直すことができる。
未来は怖い。
でも、
ちゃんと見つめれば、
未来はまだ、
人間の手に残っている。
………
❥Z世代のあなたへ
この物語を読んでくれてありがとう。
AIはすごい。
ロボットもすごい。
でも結局、
社会を本当に支えているのは、
電気を止めないこと、
水を流すこと、
人を育てること、
修理できること、
誰かを孤独にしないことです。
スマホの画面の向こうには、
遠い海峡があります。
発電所があります。
送電線があります。
データセンターがあります。
介護士さんがいます。
配送員さんがいます。
農家さんがいます。
修理屋さんがいます。
そして、
まだ生まれていない赤ちゃんの
未来があります。
あなたが生きる時代は、
ただAIを使う時代では
ありません。
AIの裏側にある世界を読み解き、
自分で未来を作る時代です。
電気代を気にすることも、
友達と未来の話をすることも、
進路を真剣に考えることも、
政治や経済を
少しだけ知ろうとすることも、
全部つながっています。
未来は怖くない。
いや、
正直に言えば、
少し怖いです。
でも、
ちゃんと見つめた人は、
少しだけ強くなれます。
怖い未来ほど、
先に見た人が、
誰かを助ける側に
回れるからです。
もしこの物語を読んで、
「世界って、
こんなふうにつながってるのか」
と思ってくれたなら、
それだけで十分です。
もし、
「続編があるなら、また読みたい」
と思ってくれたなら、
それは最高の褒め言葉です。
次はたぶん、
「ブレーカーを落とした瞬間に、
世界経済が見えた」
そんな話になるかもしれません。
未来は、
誰か偉い人だけが作るものでは
ありません。
あなたの目で見て、
あなたの頭で考えて、
あなたの手で
照らしていくものです。
未来は、
あなたの番です。
………
★あとがき
――ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
笑いと涙の締め――
ワトソン
「ホームズさん、
今回の話、
えらい大きかったですなあ。
AI、電気、ホルムズ、
人口減少、移民、赤ちゃん。
もう頭の中が
国連サミットですわ」
ホームズ
「ワトソン君、
落ち着きたまえ。
一言で言えば簡単だ」
ワトソン
「ほう、お願いします」
ホームズ
「人間が減る」
ワトソン
「いきなり暗いわ!」
ホームズ
「人間が減るからAIを入れる」
ワトソン
「ちょっと未来っぽい」
ホームズ
「AIを入れるから電気がいる」
ワトソン
「現実に戻された」
ホームズ
「電気を作るにはガスがいる」
ワトソン
「だんだん
台所の話になってきましたな」
ホームズ
「ガスは海峡を通る」
ワトソン
「えらい遠くへ行った!」
ホームズ
「つまり、
赤ちゃんが減ると
ホルムズ海峡が強くなる」
ワトソン
「飛びすぎや!
少子化からホルムズまで、
乗り換え案内でも
出てきませんわ!」
ホームズ
「しかし、
それが現代経済だ。
家庭の中の
赤ちゃんの泣き声と、
中東のタンカーの汽笛は、
もうつながっている」
ワトソン
「怖いこと言いますなあ」
ホームズ
「怖いが、見えれば準備できる」
ワトソン
「ほな、
わしらは何をしたら
ええんです?」
ホームズ
「まず、
AIを魔法だと思わないこと」
ワトソン
「うん」
ホームズ
「電気を当たり前だと
思わないこと」
ワトソン
「うんうん」
ホームズ
「修理屋さんを
軽く見ないこと」
ワトソン
「これは大事ですな。
エアコン壊れた時、
神様に見えますもん」
ホームズ
「そして、
赤ちゃんの泣き声を
経済指標だと思うこと」
ワトソン
「そこまで来ましたか!」
ホームズ
「GDPだけでは未来は読めない。
電気、海峡、AI、
ロボット、若者、赤ん坊。
この全部を見なければならない」
ワトソン
「つまり、
これからの名探偵は、
虫眼鏡だけでは足りませんな」
ホームズ
「そうだ。
電気料金の請求書と、
出生率のグラフと、
タンカーの航路図が必要だ」
ワトソン
「探偵というより、
家計簿つける
おじいちゃんですやん」
ホームズ
「そこに真実がある」
ワトソン
「ほな最後に、
読者のみなさんへ一言」
ホームズ
「未来は怖い。
だが、怖い未来ほど、
先に見た者が少しだけ強くなる」
ワトソン
「わしからも一言」
ホームズ
「何だね?」
ワトソン
「AIに聞く前に、
まず家のブレーカーの場所を
確認しましょう」
ホームズ
「地味だが重要だ」
ワトソン
「世界経済も、
家のブレーカーから
始まりますねん」
ホームズ
「ふむ。今日の君は冴えている」
ワトソン
「続編のタイトル、
決まりましたな」
ホームズ
「何だね?」
ワトソン
「『電気を消したら、
AI帝国が見えた』」
ホームズ
「悪くない」
ワトソン
「ほな、読者のみなさん。
次はブレーカーを落とした瞬間、
世界の裏側が見える話で
お会いしましょう」
ホームズ
「ただし、
本当にブレーカーを落とす時は、
冷蔵庫に注意したまえ」
ワトソン
「最後だけ生活感すごいな!」
――おしまい。
でも本当は、
ここから始まる。




