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AI電力帝国 ――クラウドは空じゃなかった。君の町の水道管と送電線の先にあった――

✦AI電力帝国

――クラウドは空じゃなかった。

 君の町の水道管と

 送電線の先にあった――


………


AIって、

雲の上にあると思ってたよね。


スマホの中で答えてくれる。

画像を作ってくれる。

宿題も手伝ってくれる。

なんなら、

友だちよりやさしい時もある。


でも本当は違った。


AIは、

誰かの町の水道管と、

送電線と、

銅管と、

エンジンオイルと、

シンナーの一斗缶の上に

建っていた。


そしてある夏。


ゆづきの家に、

新品のエアコンだけが

届いた。


箱は届いた。


涼しさは、

まだ届いていなかった。


………


★目次


■第一章 

 米中が握手した夜

 ――それは平和ではなく、

  請求書の打ち合わせだった――


■第二章 

 CEOたちが

 本当の外交官になった

 ――スマホの中の生活まで、

  交渉材料になる――


■第三章 

 一兆ドルの引っ越し

 ――中国はアメリカの中に

  中国を建て始めた――


■第四章 

 迂回された島国

 ――日本は

  中国の代わりになる前に、

  飛ばされた――


■第五章 

 燃やす石油、作る石油

 ――ガソリンは守られ、

  ポテチの袋は痩せた――


■第六章 

 油膜が切れた朝

 ――ガソリン不足は

  走れない危機。

  オイル不足は

  戻ってこない危機――


■第七章 

 箱は届いた。

 涼しさは届かなかった

 ――本体あり、工事なし経済――


■第八章 

 冷房権の夏

 ――AIは冷え、

  人間は汗をかいた――


■第九章 

 シンナーの匂いが消えた町

 ――仕事はある。でも塗れない――


■第十章 

 軍民両用の罠

 ――軍用品を止めたはずが、

  町の刷毛まで止まった――


■第十一章 

 AI戦争は町内会で始まった

 ――未来は正義と悪ではなく、

  正しいもの同士の衝突で来る――


■第十二章 

 昼は握手、

 夜はスマホを捨てた

 ――世界一安全なスマホが、

  世界一大事な会談に

  持ち込まれなかった――


■第十三章 

 大学は兵器庫になった

 ――日本の大学は就職予備校、

  中国の大学は

  国家の頭脳工場――


■第十四章 

 白い錠剤が国を溶かした

 ――AIが仕事を奪う前に、

  人間が消えていく――


■第十五章 

 人手は輸入できた。

 安心は輸入できなかった

 ――社会の器は、

  コンテナでは運べない――


■最終章 

 クラウドは空じゃなかった

 ――ゆづきは、 

  世界の配線図を見た――


………


■第一章 

 米中が握手した夜

――それは平和ではなく、

  請求書の打ち合わせだった――


ニュースは、明るすぎた。


「米中首脳会談、

 友好的な雰囲気で終了」


画面の中で、

トランプ大統領と

習近平国家主席が

笑顔で握手していた。


赤い絨毯。

花を振る子どもたち。

拍手するCEOたち。

きれいな照明。

美しい晩餐会。


世界は、

安心していいように見えた。


ゆづきは、

夕飯の唐揚げを

箸でつまみながら言った。


「戦争しなくて

 よかったじゃん」


その向かいで、

67歳の元証券マンの

おじいちゃんは、

味噌汁をすすりながら

首を横に振った。


「違うで、ゆづき」


「え?」


「これは仲直りやない。

 請求書の打ち合わせじゃ」


「請求書?」


ゆづきは

唐揚げを持ったまま固まった。


おじいちゃんは

紙ナプキンを一枚取り、

ボールペンで三つの丸を描いた。


アメリカ。

中国。

日本。


「アメリカは

 AIを全力で育てたい。

 でもAIは電気食いじゃ」


「電気食い?」


「そうじゃ。

 データセンター、半導体、

 変圧器、銅、冷却装置、送電線。

 AIを動かすには、

 画面の中だけじゃなく、

 現実の巨大な設備がいる」


おじいちゃんは次に、

中国の丸を指さした。


「中国は、

 部品と市場を握っとる。

 電池、レアアース、電子部品、

 工場、消費者。

 アメリカは中国と

 喧嘩しとるように見える。

 でも完全には切れん」


ゆづきは眉をひそめた。


「敵なのに?」


「敵のふりをした

 取引相手じゃ」


「こわっ」


おじいちゃんは最後に、

日本の丸を指さした。


「そして日本は、

 その請求書を受け取る側に

 なるかもしれん」


「なんで日本が払うの?」


「米国のLNGを買う。

 半導体工場に投資する。

 データセンターを誘致する。

 防衛費も増やす。

 電気代も上がる。

 そういう形で、

 少しずつ届くんじゃ」


テレビでは、

「米中関係は新時代へ」

という字幕が流れていた。


ゆづきはスマホで検索した。


電気料金。

燃料費調整額。

データセンター需要。

LNG長期契約。

AIインフラ投資。


知らない言葉が、

暗い水のように画面に並んでいた。


「これ、ニュースっていうより……」


「家計簿じゃ」


おじいちゃんは静かに言った。


「世界のニュースは、

 遠い国の話じゃない。

 翌月の電気料金に、

 小さな数字で届く話なんじゃ」


ゆづきは、唐揚げを口に入れた。


さっきまで

美味しかった唐揚げが、

少しだけ重たく感じた。


米中が握手した夜。


日本の台所には、

まだ何も起きていなかった。


でも、

請求書はもう、

どこかで印刷され始めていた。


■第二章 

 CEOたちが本当の外交官になった

 ――スマホの中の生活まで、

  交渉材料になる――


翌日、

学校でゆづきはその話をした。


「昨日の米中会談、見た?」


友だちのこはるは、

購買で買ったメロンパン

をかじりながら言った。


「見てない。政治、眠い」


「でもさ、

 政治家だけじゃなくて、

 アメリカの

 大企業の社長たちも

 一緒に行ってたらしいよ」


「社長が外交すんの?」


「らしい」


こはるは

メロンパンの袋を丸めた。


「なんか、世界って会社じゃん」


放課後、

ゆづきは

おじいちゃんの家へ行った。


おじいちゃんは

古い手帳を開いていた。

証券会社時代の手帳だった。


「昔はな、

 外交いうたら

 外務大臣や大使の

 仕事じゃった」


「今は違うの?」


「今はCEO外交の時代じゃ」


「CEOって社長でしょ?」


「ざっくり言えばな。

 Apple、NVIDIA、Tesla、

 Meta、Boeing。

 そういう会社のトップが、

 大統領について

 首脳会談に行く」


「なんで社長が

 国の会談に行くの?」


おじいちゃんは、

ゆづきのスマホを指さした。


「その中に何が入っとる?」


「え?」


「写真、連絡先、友だちとの会話、

 買い物履歴、位置情報、

 AIチャット、音楽、宿題、動画」


「まあ、ほぼ全部」


「そうじゃ。

 スマホは、ただの機械やない。

 君の生活そのものじゃ」


ゆづきは、自分のスマホを見た。


小さな画面の中に、

自分の毎日が折りたたまれていた。


「それを作る会社の社長が

 首脳会談に行くということは、

 君の生活そのものが

 交渉材料になっとると

 いうことじゃ」


「え、わたしの生活が?」


「もちろん。

 スマホ、AI、半導体、

 クラウド、電池、データ。

 それらはもう、

 国の力そのものじゃ」


ゆづきはぞっとした。


政治は眠いと思っていた。

でも本当は、

自分のポケットの中まで

政治だった。


おじいちゃんは手帳を閉じた。


「外交官の席にCEOが座った日、

 国家は会社になったんじゃ」


その言葉は、

チャイムよりも鋭く、

ゆづきの耳に残った。


■第三章 

 一兆ドルの引っ越し

 ――中国はアメリカの中に

  中国を建て始めた――


「一兆ドルって、いくら?」


夕食後、

ゆづきは突然聞いた。


母は皿を洗いながら言った。


「知らん。

 とにかく多いんじゃない?」


ゆづきは

おじいちゃんに電話した。


「おじいちゃん、

 一兆ドルっていくら?」


「円にしたら、

 ざっくり百五十兆円ぐらい

 じゃな」


「国じゃん」


「そうじゃ。

 国が一つ動くぐらいの

 お金じゃ」


ニュースでは、

中国がアメリカ国内に

巨大投資をするかもしれない、

という話が流れていた。


中国企業が、

アメリカの中に工場を建てる。


ゆづきは首をかしげた。


「中国とアメリカって、

 貿易戦争してるんじゃないの?」


「しとる」


「関税かけるんじゃないの?」


「かける」


「なのに中国が

 アメリカに工場建てるの?」


「だから建てるんじゃ」


「え?」


おじいちゃんは

電話の向こうで笑った。


「外から売れば関税を取られる。

 なら、中で作ればええ」


「それ、ずるくない?」


「ずるいというより、

 現実的じゃ。

 壁を越えられないなら、

 壁の中に家を建てる」


翌日、

ゆづきはこの話をこはるにした。


こはるは目を丸くした。


「中国、

 アメリカに引っ越すの?」


「そういう感じ」


「こわ。国ごとワープじゃん」


「おじいちゃんは、

 中国はアメリカに

 輸出するのをやめて、

 アメリカの中に

 中国を建て始めたって

 言ってた」


「名言っぽい」


でも笑えなかった。


日本は、

中国の代わりに

なるつもりだった。


中国が危ない。

中国依存を減らそう。

じゃあ日本が代わりになれる。


そう思っていた。


けれど中国は、

日本に代わりを譲る前に、

アメリカの中へ

自分の工場を植え始めた。


ゆづきはノートに書いた。


一兆ドルの引っ越し。


その下に、小さく書いた。


中国は海を渡って

商品を送るのをやめた。

海の向こうに、

工場そのものを植えた。


■第四章 

 迂回された島国

 ――日本は

  中国の代わりになる前に、

  飛ばされた――


地理の授業で、

先生が日本地図を黒板に貼った。


「日本は島国です。

 海に囲まれています」


それは小学生の頃から

知っていることだった。


けれど、

その日は少し違って聞こえた。


海は守りにもなる。


でも同時に、

海を渡らなければ

何も届かない壁にもなる。


放課後、

ゆづきはおじいちゃんに聞いた。


「日本って、

 中国の代わりになれるの?」


おじいちゃんは

少し困った顔をした。


「一部はなれる。

 素材、部品、

 精密加工、品質管理。

 日本には強みがある」


「じゃあ大丈夫?」


「大丈夫とは言えん」


「なんで?」


「日本はコストが高い。

 人も足りない。

 電気代も高い。

 土地も狭い。

 許認可も時間がかかる」


「でも

 アメリカの味方じゃん」


「味方であることと、

 安く大量に作れることは

 別じゃ」


おじいちゃんは

ノートに三つの丸を描いた。


中国本土。

アメリカ国内の中国系工場。

日本。


「これから日本企業は、

 中国本土の会社だけでなく、

 アメリカの中にある

 中国系工場とも

 戦うことになる」


「え、日本は

 中国の代わりじゃなくて、

 中国の分身と戦うの?」


「そういうことじゃ」


ゆづきは思わず言った。


「めんどくさっ」


おじいちゃんは笑わなかった。


「世界は、

 めんどくさい方へ進むんじゃ」


テレビでは、

「日本企業に

 米中摩擦の追い風」

という明るい特集が流れていた。


けれど、

おじいちゃんは首を横に振った。


「追い風に見えるじゃろ。

 でも風向きは変わる」


「じゃあ日本は?」


「中国の代わりになる前に、

 中国の引っ越しを

 見せつけられた島国に

 なるかもしれん」


ゆづきは地図を見た。


日本は

太平洋の上に浮かんでいた。


とても小さく。


そして、少しだけ寂しそうに。


■第五章 

 燃やす石油、作る石油

 ――ガソリンは守られ、

  ポテチの袋は痩せた――


ガソリンスタンドの看板は、

まだ百七十円台だった。


父は車の中で言った。


「補助金があるから助かるな」


ゆづきもそう思った。


ガソリンが高くなれば、

通勤も配送も

買い物も苦しくなる。


けれどその日の夕方、

スーパーで変なものを見た。


ポテトチップスの袋が、

いつもの赤や黄色ではなく、

白っぽい簡素なデザインに

なっていた。


「限定デザイン?」


ゆづきがつぶやくと、

近くにいたおじいちゃんが

言った。


「違うかもしれん。

 節約デザインじゃ」


「袋まで節約するの?」


「袋も石油でできとるからな」


おじいちゃんは、

ポテチの袋を手に取った。


「石油には二つの顔がある。

 燃やす石油と、作る石油じゃ」


「燃やす石油はガソリン?」


「そう。

 車を走らせる。

 飛行機を飛ばす。

 船を動かす」


「作る石油は?」


「袋、容器、接着剤、樹脂、建材、

 テープ、ホース、部品。

 ナフサという原料から、

 いろんなものができる」


ゆづきは袋を見た。


ただの

お菓子の袋だと思っていた。


でもそれは、

石油化学の薄い皮だった。


「ガソリンに補助金が出ると

 どうなるの?」


「燃やす石油は守られる。

 でも作る石油は、

 市場に任される」


「つまり?」


「車は走る。

 でも袋が痩せる」


ゆづきは、ぞっとした。


おじいちゃんは言った。


「政府は

 ガソリン価格を守った。

 だが、

 ポテチの袋までは

 守れなかった」


その言葉は、

妙におかしくて、

妙に怖かった。


その夜、

ゆづきは白っぽい

ポテチ袋を写真に撮った。


SNSに上げようとして、

やめた。


これは映える写真ではない。


未来が、

少しだけ色を失った写真だった。


■第六章 

 油膜が切れた朝

――ガソリン不足は走れない危機。

 オイル不足は

 戻ってこない危機――


朝のニュースは、

たった二十秒だった。


「エンジンオイルの入荷が滞り、

 一部の整備工場で

 修理ができない事態が

 出ています」


ゆづきは、

トーストをかじりながら言った。


「うち、車ないし」


おじいちゃんは

テレビの音量を上げた。


「車の話やない」


「え?」


「救急車も、消防車も、

 宅配トラックも、冷凍車も、

 建設機械も、発電機も、

 みんな油で動いとる」


画面には、

地方の整備工場が映っていた。


棚には空いたスペース。

社長は困った顔で言った。


「注文が受け付けて

 もらえないんです」


ゆづきは、

ようやく箸を止めた。


「エンジンオイルって、

 そんなに大事なの?」


「人間で言えば

 血液みたいなもんじゃ。

 いや、関節の潤滑液でもある」


「なくなったら?」


「すぐには止まらん。

 でも摩耗する。

 壊れる。

 修理できなくなる」


おじいちゃんは、紙に書いた。


ガソリン不足

=走れない危機。


エンジンオイル不足

=戻ってこない危機。


「戻ってこない?」


「動いた車が、

 整備できずに壊れる。

 壊れた機械が、

 現場に戻ってこない」


ゆづきは想像した。


救急車が点検待ち。

冷凍車が修理待ち。

宅配トラックが部品待ち。

建設機械がオイル交換待ち。


それは爆発ではない。


じわじわ

町の動きが鈍る感じだった。


テレビの次のニュースでは、

新しい

AIデータセンター建設計画が

紹介されていた。


「国内最大級の

 AI処理能力を目指します」


ピカピカの完成予想図。

白い巨大な建物。

青い空。

美しい未来。


おじいちゃんは、

ぽつりと言った。


「AIの頭は電気で動く。

 でもな、AIの手足は

 油で動いとるんじゃ」


ゆづきは初めて、

AIが少し泥臭く見えた。


クラウドの裏側には、

油まみれの作業着があった。


■第七章 

 箱は届いた。

 涼しさは届かなかった

――本体あり、工事なし経済――


六月の終わり、

ゆづきの家に

新品のエアコンが届いた。


白い箱。

省エネ性能、星五つ。

最新モデル。

スマホ連動。


母は安心した顔で言った。


「これで

 今年の夏は大丈夫じゃね」


けれど、その日の午後、

取り付け業者から

電話が来た。


「すみません。

 配管部材が入らなくて、

 工事日が未定になります」


母の声が固まった。


「未定って、いつですか?」


「申し訳ありません。

 分かりません」


玄関には、

新品のエアコンが

置かれたままだった。


ゆづきは箱を見た。


箱はある。

商品はある。

保証書もある。

説明書もある。


でも、涼しさはない。


おじいちゃんがやって来て、

箱を見て言った。


「本体あり、

 工事なし経済じゃな」


「なにそれ」


「物はある。

 でも使える形にならない」


おじいちゃんは説明した。


エアコンには本体だけでなく、

銅管、断熱材、ドレンホース、

配管カバー、電線、パテ、

テープ、職人が必要だと。


「一つ足りんだけで、

 この白い箱は壁に付かん」


ゆづきは箱を軽く叩いた。


コン、という

空っぽの音がした。


テレビでは、

最新AIデータセンターの

冷却設備が紹介されていた。


「液冷技術で

 高性能AIサーバーを

 安定稼働させます」


ゆづきは画面を見つめた。


「AIは冷えるんだ」


おじいちゃんは、

うちわを動かしながら

言った。


「そうじゃ。

 AIには冷却水が届く。

 人間には銅管が届かん」


その日、

最高気温は三十七度だった。


白い新品のエアコンは、

玄関で黙っていた。


まるで、

涼しさの抜け殻みたいに。


■第八章 

 冷房権の夏

――AIは冷え、

 人間は汗をかいた――


七月に入ると、

ニュースの天気予報は

毎日同じ言葉を繰り返した。


危険な暑さ。

不要不急の外出を控えて。

室内でも熱中症に注意。

適切にエアコンを

使用してください。


ゆづきは思った。


使えるなら使ってるよ。


取り付け工事はまだ来ない。


扇風機は

熱い空気を混ぜるだけ。

冷凍庫の保冷剤は

すぐぬるくなる。

夜になっても、

部屋の壁が熱を持っていた。


隣の団地では、

一人暮らしのおばあさんが、

公民館の涼み処へ

避難していた。


「家にエアコンは

 あるんだけどねえ。

 壊れてて、

 修理が来ないのよ」


その声は、

文句というより、

あきらめに近かった。


おじいちゃんは言った。


「これからは

 冷房権の時代じゃ」


「冷房権?」


「暑さから命を守る権利じゃ。

 昔はエアコンは

 ぜいたく品じゃった。

 今は生存インフラじゃ」


「水道とか電気みたいな?」


「そうじゃ。

 でも水道や電気と違って、

 工事部材と職人がいないと

 使えん」


ゆづきは、

データセンターのニュースを

思い出した。


AIのための巨大冷却設備。

専用電源。

非常用発電機。

管理された温度。

二十四時間監視。


一方で、

人間の部屋は三十七度。


「なんか、変じゃない?」


「変じゃ。

 でも市場では、

 単価の高い方に

 材料も職人も流れる」


「AIの方が高いから?」


「そうじゃ」


おじいちゃんは、

少し悲しそうに言った。


「AIの熱は逃がされた。

 人間の熱は部屋に残った」


その夜、

ゆづきは暑さで眠れなかった。


スマホのAIに聞いてみた。


「暑くて眠れない時は

 どうしたらいい?」


AIは丁寧に答えた。


水分補給。

冷たいタオル。

通気性の良い服。

エアコンを

適切に使用しましょう。


ゆづきは画面を閉じた。


AIは正しかった。


でも、

銅管は持ってきてくれなかった。


■第九章 

 シンナーの匂いが消えた町

――仕事はある。

 でも塗れない――


ゆづきの通学路に、

古い塗装屋があった。


いつもなら、

朝から少し甘いような、

ツンとするような匂いがした。


シンナー。

塗料。

刷毛。

ローラー。

養生テープ。


けれどある朝、

その匂いが消えていた。


シャッターは

半分だけ開いていた。


中では社長が、

空っぽの棚を見つめていた。


「どうしたんですか?」


ゆづきが聞くと、

社長は苦笑いした。


「材料が来んのよ」


「塗料ですか?」


「塗料もじゃけど、

 シンナーがきつい。

 仕事はある。

 でも塗れん」


おじいちゃんが後から来た。


「供給目詰まり型倒産じゃな」


社長はうなずいた。


「まさにそれです。

 仕事がないんじゃない。

 仕事があるのにできない」


足場は組んだ。

客は待っている。

職人もいる。

天気もいい。


でも、缶が空。


ゆづきは倉庫を見た。


そこにあるはずの

一斗缶がないだけで、

仕事が止まる。


「シンナーって、

 そんなに大事なんですか?」


おじいちゃんは言った。


「塗装は見た目だけじゃない。

 防水、防錆、保護じゃ。

 橋も、工場も、発電所も、

 変電所も、データセンターも、

 塗装に守られとる」


「AIにも関係あるの?」


「ある。

 AIは空に浮いとるんじゃない。

 シンナーの匂いがする

 工事現場に建っとる」


ゆづきは、

データセンターの

白い完成予想図を思い出した。


あの白さの裏にも、

塗装屋の手がある。


その手が止まれば、

未来の建物も止まる。


社長は空き缶を指で叩いた。


カン、と乾いた音がした。


おじいちゃんは言った。


「戦争はな、

 砲弾より先に、

 一斗缶の底で

 鳴ることがあるんじゃ」


その音は、

ゆづきの胸の奥で、

しばらく響き続けた。


■第十章 

 軍民両用の罠

――軍用品を止めたはずが、

 町の刷毛まで止まった――


ニュースで、

「軍民両用品の輸出規制」

という言葉が流れた。


ゆづきは首をかしげた。


「軍民両用って何?」


おじいちゃんは、

冷たい麦茶を飲みながら答えた。


「軍にも民間にも

 使えるものじゃ」


「たとえば?」


「ドローン。

 半導体。

 AI。

 レアアース。

 電池。

 特殊な樹脂。

 溶剤。

 センサー。

 工作機械」


「多すぎない?」


「現代社会は、

 ほとんど軍民両用になっとる」


ゆづきはぞっとした。


「じゃあ

 軍事を止めるための規制で、

 普通の会社も止まるの?」


「そうじゃ」


おじいちゃんは、

塗装屋の空の棚を

思い出すように言った。


「軍用品を

 止めたつもりだった。

 だが止まったのは、

 町の塗装屋の刷毛だった」


「それ、理不尽じゃん」


「でも現実じゃ」


AIも軍民両用。

ドローンも軍民両用。

半導体も軍民両用。

データセンターも、

民間用にも軍事用にも使える。


境目が溶けている。


ゆづきは言った。


「じゃあ、

 普通の生活も安全保障なの?」


「その通りじゃ」


「ポテチの袋も?」


「ナフサが絡めばな」


「エアコンの銅管も?」


「銅は送電線にも使う」


「スマホも?」


「もちろん」


ゆづきは頭を抱えた。


「世界、めんどくさすぎる」


おじいちゃんは笑った。


「めんどくさい世界を、

 簡単に説明するのが

 大人の仕事なんじゃがな。

 最近の大人は、

 それをサボっとる」


その夜、

ゆづきはノートに書いた。


軍民両用の罠。


その下に、こう続けた。


戦争は

兵士だけで起きるんじゃない。

材料の棚で始まる。


■第十一章 

 AI戦争は町内会で始まった

 ――未来は正義と悪ではなく、

  正しいもの同士の

  衝突で来る――


町内会の回覧板に、

見慣れない紙が挟まっていた。


「大型データセンター

 建設に関する住民説明会」


ゆづきは思わず声を出した。


「え、うちの町に?」


公民館には、

いつもより

多くの人が集まっていた。


スーツ姿の企業担当者が、

明るい声で説明した。


「地域経済に貢献します」

「税収が増えます」

「雇用を生みます」

「最先端AIの拠点になります」


スクリーンには、

きれいな完成予想図。


白い箱。

広い駐車場。

緑の植栽。

青い空。


しかし質疑応答になると、

空気が変わった。


「電気代は

 上がらないんですか?」


「水は

 どれくらい使うんですか?」


「騒音は?」


「災害時、

 地域の電気は

 守られるんですか?」


「うちの井戸水は

 大丈夫なんですか?」


企業担当者は笑顔のまま、

少しずつ汗をかいていた。


ゆづきは小声で言った。


「AI戦争って、

 国境で起きるんじゃないの?」


おじいちゃんは答えた。


「違う。

 AI戦争は、

 町内会で始まるんじゃ」


「でもデータセンターって、

 仕事も増えるんでしょ?」


「増える。

 税収も入る。

 それは本当じゃ」


「じゃあ

 反対する人が悪いの?」


「そうでもない」


「じゃあ

 賛成する人が悪いの?」


「それも違う」


おじいちゃんは言った。


「AIは必要じゃ。

 でも電気と水は

 無限じゃない。

 誰かが多く使えば、

 誰かの請求書や蛇口に混ざる」


ゆづきは会場を見回した。


未来が来ることに

ワクワクする人。

水が心配な人。

税収に期待する人。

騒音を恐れる人。

雇用を求める人。

静かな暮らしを守りたい人。


全員が間違っていなかった。


だから怖かった。


未来は、

正義と悪の戦いではなく、

正しいもの同士の

ぶつかり合いで来るのだ。


■第十二章 

 昼は握手、

 夜はスマホを捨てた

 ――世界一安全なスマホが、

  世界一大事な会談に

  持ち込まれなかった――


米中会談のニュースで、

もう一つ奇妙な話が流れた。


米国企業の幹部たちが、

中国に自分のスマホを持ち込まず、

使い捨て携帯や

初期化端末を使ったという。


ゆづきは目を丸くした。


「世界一安全って言われる

 スマホの会社の人も?」


おじいちゃんはうなずいた。


「そうじゃ」


「自分のスマホを

 信じてないの?」


「スマホを

 信じてないんじゃない。

 場所を信じてないんじゃ」


「場所?」


「どんなに鍵が強くても、

 建物全体が監視されとったら

 怖いじゃろ」


ゆづきはスマホを見た。


写真。

連絡先。

学校の予定。

友だちとの会話。

AIとの相談。

買い物履歴。


これが全部、

自分の小さな人生だった。


おじいちゃんは言った。


「企業の社長のスマホには、

 もっと恐ろしいものが

 入っとる」


「何?」


「価格表。

 図面。

 交渉メモ。

 AI戦略。

 半導体調達。

 データセンター計画。

 部品の納入先。

 不具合情報」


「スマホって、

 会社の金庫じゃん」


「そうじゃ。

 だからこれからは

 端末鎖国の時代になる」


「端末鎖国?」


「パスポートは通っても、

 スマホは通らない国境じゃ」


その夜、

ゆづきは

自分のスマホを机に置いた。


いつもなら

安心する小さな光が、

その日は少しだけ怖かった。


昼は握手。

夜はスマホを捨てる。


それが、

AI時代の外交だった。


■第十三章 

 大学は兵器庫になった

 ――日本の大学は就職予備校、

  中国の大学は

  国家の頭脳工場――


学校の進路説明会で、

先生は言った。


「大学は、

 将来の夢を見つける場所です」


ゆづきは、

その言葉を聞きながら、

昨日読んだ海外ニュースを

思い出していた。


中国の一部大学では、

軍事研究、AI、宇宙、

量子、材料科学が、

国家戦略と深く結びついている。


放課後、

ゆづきはおじいちゃんに聞いた。


「大学って、

 勉強する場所じゃないの?」


「もちろん勉強する場所じゃ」


「でも中国の大学って、

 軍事研究もすごいんでしょ?」


「一部はな。

 大学が

 国家の頭脳工場になっとる」


「頭脳工場?」


「AI、ドローン、衛星、

 半導体、材料、ロボット。

 そういう研究が、

 軍事にも産業にもつながる」


ゆづきは黙った。


日本では大学を、

偏差値や就職先で

見ることが多い。


でも世界では、

大学は

国家のエンジンになっている。


「日本の大学は?」


おじいちゃんは少し考えた。


「優秀な人は多い。

 でも研究費、人材、

 若手の待遇、国の本気度。

 そこが問われとる」


「日本、負けるの?」


「負けると

 決まっとるわけじゃない。

 でも、

 大学を就職予備校みたいに

 扱っとったら危ない」


ゆづきはノートに書いた。


大学兵器庫化。


その字面は怖かった。


でももっと怖いのは、

それを知らないことだった。


おじいちゃんは言った。


「日本の大学は

 就職予備校になった。

 中国の大学は、

 国家の兵器庫になった。

 この差を笑っとったら、

 十年後に笑えん」


ゆづきは、

自分の進路希望調査票を見た。


第一志望欄が、

急に小さく見えた。


■第十四章 

 白い錠剤が国を溶かした

 ――AIが仕事を奪う前に、

  人間が消えていく――


フェンタニル。


その言葉を、

ゆづきは初めて真剣に調べた。


アメリカで多くの人が、

薬物の過剰摂取で

亡くなっている。


それは戦争でも、

テロでも、

地震でもなかった。


小さな錠剤。

粉。

偽の薬。


「日本には関係ないよね」


ゆづきが言うと、

おじいちゃんは首を横に振った。


「関係ある」


「なんで?

 アメリカの話じゃん」


「AIを動かすには電気がいる。

 電気を作るには人がいる。

 送電線を直すにも、

 救急車を動かすにも、

 港を回すにも、

 病院を守るにも、

 人がいる」


「うん」


「その人間社会が壊れたら、

 どんなAIを持っていても

 国は弱る」


ゆづきは画面を見た。


若者。

家族。

救急隊。

病院。

街角。

白い錠剤。


そこには

戦車もミサイルもなかった。


でも町は壊れていた。


おじいちゃんは言った。


「AIは人間の仕事を奪うと

 言われた。

 でもその前に、

 白い錠剤が

 人間そのものを奪っていた」


ゆづきはぞっとした。


AI電力帝国は、

電気と半導体だけでは

できていない。


健康な若者。

働ける人。

支える家族。

救急。

病院。

学校。

地域社会。


それらが壊れれば、

帝国の土台が崩れる。


その夜、

ゆづきはスマホを置いて、

深呼吸した。


画面の中の未来より、

目の前の命の方が、

ずっと壊れやすい気がした。


■第十五章 

 人手は輸入できた。

 安心は輸入できなかった

――社会の器は、

 コンテナでは運べない――


最後のニュースは、

イギリスの移民政策だった。


移民を受け入れてきた国が、

住宅、病院、学校、仕事、

治安、地域社会の

問題で揺れている。


ゆづきは聞いた。


「人手不足なら、

 人を入れたら

 解決するんじゃないの?」


おじいちゃんは言った。


「人手は増える。

 でも社会の器も

 大きくしないといけん」


「器?」


「家。

 病院。

 学校。

 言葉。

 ルール。

 地域の受け入れ。

 仕事の訓練。

 生活の安心」


「人だけ増やしてもダメなの?」


「そうじゃ。

 人手は輸入できても、

 安心は輸入できん」


ゆづきは黙った。


日本も人が足りない。


介護。

建設。

物流。

農業。

工場。

IT。

エアコン工事。

塗装。

整備。

送電線。

データセンター。


どこも人が足りない。


AIが助けると言われている。


でもAIを動かすにも、

現場の人がいる。


おじいちゃんは言った。


「AI電力帝国は、

 GPUだけではできとらん。

 電気と水と油と素材と、

 それを扱う人間でできとる」


ゆづきは、

十五章分のノートを見返した。


米中の握手。

CEO外交。

中国の工場。

日本の迂回。

ナフサ。

エンジンオイル。

エアコン。

冷房権。

シンナー。

軍民両用。

データセンター内戦。

バーナーフォン。

大学。

フェンタニル。

移民。


全部、

別々のニュースだと思っていた。


でも違った。


一本の線でつながっていた。


その線の名前は、


AI電力帝国。


■最終章 

 クラウドは空じゃなかった

 ――ゆづきは、

  世界の配線図を見た――


その夏、

ゆづきの家のエアコン工事は、

まだ来なかった。


玄関には、

新品のエアコンの箱が

まだ置かれていた。


白い箱。

未使用。

保証書つき。

未来の顔をした、ただの荷物。


外では蝉が鳴いていた。


スマホの天気予報は、

今日も三十七度を表示していた。


ゆづきはノートを開いた。


最後のページに、

大きく書いた。


クラウドは空じゃなかった。

君の町の、

水道管と送電線の先にあった。


おじいちゃんはそれを見て、

静かに笑った。


「ようやく

 配線図が見えてきたな」


「配線図?」


「世界のニュースが、

 自分の生活の

 どこにつながっとるか。

 それが見えるようになったと

 いうことじゃ」


ゆづきはノートを閉じた。


その時、スマホに通知が来た。


こはるからだった。


『ねえ、続きあるの?

 これ、第十六章とか

 読みたいんだけど』


ゆづきは笑った。


『どんな続き?』


すぐに返事が来た。


『日本が逆転する夜』


その文字を見て、

ゆづきの胸が少しだけ熱くなった。


日本が逆転する夜。


量子コンピュータ。

核融合。

海洋温度差発電。

地方分散型データセンター。

使い捨てではない職人の技。

水の豊かな地方。

古い町工場。

小さな大学。

まだ残っている知恵。


もしかしたら、

この国には

まだ道があるのかもしれない。


おじいちゃんは言った。


「第十六章は、まだ書ける」


「ほんとに?」


「ただし、条件がある」


「何?」


「ニュースを見て

 終わりにせんことじゃ。

 ニュースを、

 自分の町の配線図に

 置き直すこと。

 それができる若者が増えたら、

 日本はまだ逆転できる」


ゆづきはスマホを見た。


画面の向こうには、

AIがいた。


けれどその背後には、

水道管と送電線と銅管と

エンジンオイルとシンナーと、

たくさんの人の手があった。


クラウドは空じゃない。


君の町の、すぐそばにある。


そのことを知った日から、

ゆづきの世界地図は変わった。


そして物語は、

まだ始まったばかりだった。


………


❥Z世代のあなたへ


AIはめっちゃ便利です。


宿題も手伝ってくれる。

画像も作ってくれる。

翻訳もしてくれる。

相談にも乗ってくれる。

眠れない夜に、

話し相手にもなってくれる。


でも忘れないでください。


AIはスマホの中だけで

動いていません。


AIの裏には、

巨大なデータセンターがあります。


そのデータセンターは、

電気を食い、

水で冷やされ、

銅でつながれ、

油で運ばれ、

シンナーで守られ、

職人さんの手で作られています。


あなたの部屋のエアコン。

コンビニの袋。

救急車のサイレン。

宅配トラック。

学校のネット。

病院の機械。

電気代の明細。

水道の水圧。


全部、

世界とつながっています。


ニュースを見るとき、

こう考えてみてください。


「これ、

 結局わたしの生活の

 どこにつながるの?」


米中握手

→ 電気代。


ナフサ不足

→ ポテチの袋。


エンジンオイル不足

→ 救急車と宅配。


エアコン部材不足

→ あなたの部屋の温度。


データセンター

→ 君の町の水道と送電線。


AIを使いこなす人は増えます。


でも次の時代に強いのは、

AIの答えをコピペする人では

ありません。


AIの足元にある、

泥臭い現実を見抜ける人です。


クラウドは空じゃない。


君の町の、

すぐそばにある。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風

 ――笑いと涙の締め――


ワトソン

「ホームズさん、

 今回の話、

 むずかしすぎますわ。

 AIやら、米中やら、

 ナフサやら、

 シンナーやら、

 もう頭の中が

 ホームセンターですわ」


ホームズ

「ワトソン君、

 実に正しい。

 現代経済を理解するには、

 ホームセンターを

 歩くのが一番だ」


ワトソン

「いや、

 経済学部ちゃいますの?

 ホームセンターなんですか?」


ホームズ

「そうだ。

 銅管、テープ、塗料、シンナー、

 発電機、工具、電線。

 そこにAI電力帝国の

 足元が並んでいる」


ワトソン

「AIいうたら、

 もっとピカピカした感じかと

 思ってましたわ。

 銀色のサーバーとか、

 青い光とか」


ホームズ

「その青い光を守っているのが、

 シンナーとエンジンオイルだ」


ワトソン

「急に匂いが昭和ですやん」


ホームズ

「未来は昭和の匂いを

 消せないのだよ」


ワトソン

「ほな、

 AIは雲の上に

 あるんやなくて?」


ホームズ

「水道管と送電線の先にある」


ワトソン

「ポテチの袋も関係ある?」


ホームズ

「ある」


ワトソン

「エアコン工事も?」


ホームズ

「ある」


ワトソン

「町内会も?」


ホームズ

「もちろんある」


ワトソン

「いやもう、

 AI関係ないもの探す方が

 難しいですやん」


ホームズ

「その通り。

 AIとは、

 世界の配線をむき出しにする

 装置なのだ」


ワトソン

「でもホームズさん、

 最後はちょっと

 希望がありましたな。

 第十六章、

 日本が逆転する夜」


ホームズ

「うむ。

 量子コンピュータ、核融合、

 海洋温度差発電、

 地方分散型データセンター。

 日本にも道はある」


ワトソン

「ほんまですか?

 また請求書だけ来るんと

 違いますか?」


ホームズ

「そこは君、鋭いツッコミだ。

 請求書だけ受け取る国になるか、

 配線図を描き直す国になるか。

 それはこれからの若者に

 かかっている」


ワトソン

「Z世代、責任重大ですやん」


ホームズ

「だが彼らには武器がある」


ワトソン

「AIですか?」


ホームズ

「AIだけではない。

 疑問を持つ力だ」


ワトソン

「疑問?」


ホームズ

「なぜ

 電気代が上がるのか。

 なぜ

 エアコン工事が遅れるのか。

 なぜ

 ポテチの袋が白くなるのか。

 なぜ

 米中が握手すると

 日本の財布が軽くなるのか。

 その疑問が、未来の入り口だ」


ワトソン

「ほな、最後に一言」


ホームズ

「クラウドは空じゃない」


ワトソン

「君の町の、すぐそばにある」


ホームズ

「そして

 エアコン工事は

 早めに頼みたまえ」


ワトソン

「結局そこが

 一番怖いやつですやん!」


二人は笑った。


けれどその笑いの向こうで、

電気料金の明細が、

静かにテーブルの上に

置かれていた。


そこには、

まだ誰も名前をつけていない

戦争の費用が、

小さな数字で印刷されていた。


そして、最後の余白に、

誰かが鉛筆でこう書いた。


第十六章

日本が逆転する夜。


物語は、

まだ始まったばかりだった。

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