ゆづき高校一年生 ――世界が壊れても、花は咲く――
✦ゆづき高校一年生
――世界が壊れても、花は咲く――
(Z世代向け・超読み切り
青春サバイバル小説)
………
戦争は、
遠い国のニュースじゃなかった。
それは、
高校一年生のゆづきが
机に広げた
進路希望調査票の上に、
チーンと黒い影を落としていた。
コロナで世界が止まり、
ウ●ライナの小麦が
値上がりし、
ホルムズ海峡がビビり、
イラ●と
イ●ラエルとアメリカのニュースで
原油価格がソワソワし、
ベ●ズエラではまた
「世界って、
ほんま大丈夫なん?」
と言いたくなるニュースが
流れていた。
それなのに大人たちは、
相変わらず同じことを言う。
「いい大学へ行きなさい」
「安定した会社に入りなさい」
「普通にしていれば大丈夫」
✲普通?
ゆづきは思った。
その普通、
コロナの時に
一回壊れませんでしたか?
その普通、
戦争でパンの値段になって
飛んできませんでしたか?
その普通、
ホルムズ海峡が止まったら、
コンビニおにぎりの
フィルムまで
泣きませんでしたか?
けれど、
六十七歳の元証券マンの
おじいちゃんだけは違った。
おじいちゃんは湯のみを置き、
ニュース画面を見たまま、
ぽつりと言った。
「ゆづき。
これからの時代はな、
卒業証書だけじゃ
湯は沸かんぞ」
ゆづきは顔を上げた。
おじいちゃんは続けた。
「世界が壊れた時に残るのは、
大きな声を出す人間じゃない。
食べ物を守る人。
水を守る人。
薬を守る人。
動物を守る人。
植物を育てる人。
電気を止めない人。
静かに、正確に、
命を支える人じゃ」
ゆづきは、
白紙の進路希望調査票を見つめた。
第一希望。
第二希望。
第三希望。
何も書いていない。
でも、不思議と怖くなかった。
その白紙は、
空っぽの紙ではなかった。
まだ何も植えられていない
畑みたいだった。
何を植えるかは、
これから決めればいい。
ゆづきは小さく息を吐いた。
世界は壊れかけている。
でも、
白紙の未来には、
まだ芽が出る余地があった。
………
★目次
■第一章
白紙のままが怖くない
■第二章
コロナが教えてくれたこと
■第三章
パンの値段が戦争だった
■第四章
ホルムズ海峡で
コンビニおにぎりが泣く
■第五章
ベ●ズエラのニュースと
世界の椅子取りゲーム
■第六章
日本は
「大学行っとけば安心」
病だった
■第七章
卒業証書が余り、
工具箱が足りない国
■第八章
高校生が奪い合われる時代
■第九章
求人票はラブレターか、罠か
■第十章
動物病院の静かな午後
■第十一章
植物園で、
ゆづきは自分を見つけた
■第十二章
検査室の白い光
■第十三章
ピアノは私の言葉だった
■第十四章
専門性ノート爆誕
■第十五章
世界が壊れても、花は咲く
❥Z世代のあなたへ
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
――笑いの骨頂、ボケとツッコミ、
笑いと涙――
………
■第一章
白紙のままが怖くない
高校一年生の春。
教室に、
進路希望調査票が配られた。
先生は明るく言った。
「まだ高校一年生ですからね。
今の時点の希望でいいですよ」
今の時点の希望。
その言葉が、
ゆづきには重かった。
周りの子たちは早かった。
「私、看護かな」
「美容系いいよね」
「保育士もあり」
「とりあえず大学」
「公務員って安定じゃない?」
「まだ決めてないけど、
東京行きたい」
声が飛び交う。
ゆづきは黙っていた。
鉛筆を握ったまま、
第一希望の欄を見つめていた。
人見知りだった。
自分の考えを、
すぐ言葉にするのが苦手だった。
でも、
何も考えていないわけじゃない。
むしろ逆だ。
考えすぎて、
頭の中が
満員電車みたいになっていた。
動物が好き。
植物も好き。
音楽も好き。
でも、人前で話すのは苦手。
勉強は、
中三の一年でかなり伸ばした。
吹奏楽は三年間続けた。
卒業式ではピアノも弾いた。
でも、
それが仕事にどうつながるのか
分からない。
夜。
ニュースではまた、
中東情勢が流れていた。
イラ●。
イ●ラエル。
アメリカ。
ホルムズ海峡。
画面の中の海は青かった。
でも、
ニュースの声は重かった。
おじいちゃんが
湯のみを持ったまま言った。
「海が止まると、
町の値札が変わるんじゃ」
「海が?」
ゆづきが聞くと、
おじいちゃんは
スマホで地図を開いた。
「ここじゃ。
ホルムズ海峡。
この細い海の道を、
油やガスが通る」
「油ってガソリン?」
「ガソリンだけじゃない。
薬も、
肥料も、
プラスチックも、
包装も、
食品トレーも、
船もトラックも、
みんな油とつながっとる」
ゆづきは、
自分の進路希望調査票を
思い出した。
大学。
専門学校。
就職。
未定。
全部、空欄。
でも、
その空欄が少し違って見えた。
まだ決めていない。
でも、
何もないわけじゃない。
世界が変わるなら、
必要とされる仕事も変わる。
だったら、
焦って何かを書くより、
まず世界を見る方が
いいのかもしれない。
ゆづきは、
引き出しからノートを出した。
一ページ目にこう書いた。
「止まっても必要な仕事」
それが、
ゆづきの進路探しの始まりだった。
■第二章
コロナが教えてくれたこと
ゆづきが小学生だった頃、
世界は一度、
本当に止まった。
コロナウイルス。
学校は休み。
マスク。
消毒。
黙食。
オンライン授業。
画面越しの先生。
画面越しの友だち。
「すぐ元に戻るよ」
大人たちは言った。
でも、
すぐには戻らなかった。
修学旅行は縮小。
行事は中止。
給食の時間は静か。
歌も控えめ。
笑い声まで、
少し小さくなった。
ゆづきはその時、
ぼんやり気づいた。
社会って、
意外と簡単に止まる。
そして、
止まった社会を
動かしていたのは、
テレビに出る
偉い人だけではなかった。
検査する人。
病院で働く人。
薬を運ぶ人。
スーパーを開ける人。
ごみを集める人。
下水を動かす人。
電気を止めない人。
物流をつなぐ人。
名前も知らない人たちが、
世界の底を支えていた。
おじいちゃんは言った。
「本当に強い仕事はな、
みんなが家にこもった時にも
必要とされる仕事じゃ」
ゆづきはノートに書いた。
止まっても必要な仕事リスト。
・看護
・薬剤師
・臨床検査技師
・食品
・物流
・電気
・水道
・ごみ処理
・農業
・動物医療
・植物
・環境
書いてみると、
派手な仕事は少なかった。
でも、
なくなったら困る仕事ばかりだった。
ゆづきは思った。
私は、
世界を派手に変える人には
なれないかもしれない。
でも、
壊れかけた世界を
少しだけ支える側には
なれるかもしれない。
その考えは、
小さな火みたいに、
ゆづきの中に灯った。
■第三章
パンの値段が戦争だった
ある朝。
食パンを食べながら、
ゆづきは
テレビのニュースを見ていた。
ウ●ライナ。
小麦。
輸出。
港。
戦争。
難しい言葉が続いた。
ゆづきは、
自分の皿の上のパンを見た。
一枚の食パン。
いつも通りの朝食。
でも、
おじいちゃんが言った。
「爆弾だけが戦争じゃない。
パンの値段も戦争じゃ」
「パンが?」
「そうじゃ。
小麦は畑でできる。
肥料がいる。
機械がいる。
軽油がいる。
船がいる。
港がいる。
スーパーまで運ぶ
トラックがいる。
遠い国の戦争が、
朝ごはんに
変身して来るんじゃ」
ゆづきは、
パンをもう一度見た。
ふわふわしている。
でも、
その裏には、
畑と船と港と
燃料と戦争があった。
パンが、
急に世界地図みたいに見えた。
その日、
学校の帰りに、
ゆづきは花壇の前で立ち止まった。
葉っぱが少し黄色くなっていた。
なぜだろう。
水が足りないのか。
土が悪いのか。
日が強すぎるのか。
病気なのか。
ゆづきは、
葉の色を見るのが
嫌いではなかった。
むしろ、
人の顔色を見るより、
葉の色を見る方が落ち着く。
植物は叫ばない。
でも、
ちゃんとサインを出している。
ゆづきはノートに書いた。
「植物は、しゃべらない。
でも、世界を支えている」
おじいちゃんはそれを見て、
にやっと笑った。
「ええ言葉じゃ。
それ、志望理由書に使えるで」
「何でも志望理由書にしないでよ」
ゆづきは少し笑った。
でも、
心のどこかで思った。
植物の道。
ありかもしれない。
■第四章
ホルムズ海峡で
コンビニおにぎりが泣く
おじいちゃんは、
また地図アプリを開いた。
「ゆづき、
ここがホルムズ海峡じゃ」
画面には、
細い海の道が映っていた。
ゆづきは正直、
最初こう思った。
細っ。
こんな細いところで、
世界がザワザワするの?
でも、
おじいちゃんは真顔だった。
「ここが止まると、
油が止まる。
油が止まると、
ガソリンだけじゃない。
コンビニおにぎりも泣く」
「おにぎりが?」
「そうじゃ」
おじいちゃんは、
テーブルの上の
コンビニおにぎりを指差した。
「この透明フィルム。
ラベル。
包装。
配送トラック。
冷蔵設備。
ツナマヨのマヨネーズ。
食品工場。
全部、油と関係しとる」
ゆづきは、
おにぎりを見た。
白い米。
黒い海苔。
白いツナマヨ。
今まで、
ただの昼ごはんだった。
でも実は、
世界の物流のかたまりだった。
おじいちゃんは言った。
「戦争はな、
ミサイルだけで来るんじゃない。
“本日入荷未定”という
紙で来ることもある」
ゆづきは想像した。
スーパーの棚に、
小さな張り紙。
本日入荷未定。
その一枚の紙が、
ニュース速報より怖いかもしれない。
ホルムズ海峡が止まる。
それは、
遠い海の話ではなかった。
おにぎりのフィルム。
豆腐のパック。
薬のシート。
点滴のチューブ。
食品トレー。
ゴミ袋。
町の中の透明なものたちが、
いっせいに不安そうな顔をする。
ゆづきはノートに書いた。
「油は、車だけじゃない。
暮らしの骨」
おじいちゃんは、
またうなずいた。
「ゆづき、
これから強いのは、
止まらない社会を作れる人じゃ」
止まらない社会。
食べ物を腐らせない人。
薬を切らさない人。
水を汚さない人。
電気を守る人。
植物を育てる人。
ゆづきの進路ノートに、
また線が一本増えた。
■第五章
ベ●ズエラのニュースと
世界の椅子取りゲーム
ベ●ズエラのニュースが流れた。
大統領拘束。
政治混乱。
石油。
制裁。
国際社会。
ゆづきには、
正直かなり難しかった。
ベ●ズエラって、
南米だよね。
遠い。
遠すぎる。
でも、
おじいちゃんは言った。
「世界は今、
巨大な椅子取りゲームになっとる」
「また変な例え始まった」
「聞け。
油の椅子。
食料の椅子。
薬の椅子。
半導体の椅子。
水の椅子。
電気の椅子。
平和な時は、
みんな座れるように見える。
でも危機になると、
音楽が止まる。
強い国から座る。
弱い国は後ろに回される」
ゆづきは、
音楽の授業の
椅子取りゲームを思い出した。
音楽が鳴っている間は、
みんな笑っている。
でも、
音楽が止まった瞬間、
目が変わる。
世界も同じなのかもしれない。
ゆづきは思った。
これからの時代、
ただ空いている椅子に
座るだけでは危ない。
自分で
小さな椅子を作れる人に
ならないといけない。
資格。
専門性。
経験。
ノート。
観察力。
継続力。
それらは、
自分で作る椅子なのかもしれない。
おじいちゃんは言った。
「ゆづきは、
椅子を奪う人間にならんでええ。
でも、
椅子が足りなくなる世界でも
必要とされる力は持たんといけん」
ゆづきは、
その言葉をノートに書いた。
「奪う人ではなく、
必要とされる人になる」
少しだけ、
かっこいいと思った。
■第六章
日本は
「大学行っとけば安心」
病だった
おじいちゃんは、
また新聞の切り抜きを持ってきた。
「ゆづき、
日本は過剰学歴の国らしいぞ」
「過剰学歴?」
「仕事に必要な学歴より、
本人の学歴の方が高い状態じゃ」
ゆづきは首をかしげた。
「高学歴ならいいんじゃないの?」
「高学歴が悪いんじゃない。
問題は、
その学歴が仕事で
使われていないことじゃ」
日本では、
大学や短大や
専門学校を出た人が多い。
でも、
その学びが
仕事にうまくつながらない人も
多い。
大卒なのに、
大学で学んだことと
関係ない仕事。
高い学費を払ったのに、
仕事ではほとんど
使わない知識。
卒業証書はあるのに、
何ができる人なのか
説明できない。
おじいちゃんは言った。
「日本はな、
勉強していない国ではない。
勉強した人を、
うまく働かせる場所を
作れなかった国なんじゃ」
ゆづきは黙った。
大学へ行けば安心。
その言葉は、
小さい頃から何度も聞いてきた。
でも、
本当にそうなのだろうか。
大学の名前だけでは、
ホルムズ海峡は開かない。
卒業証書だけでは、
パンは焼けない。
偏差値だけでは、
動物は治せない。
学歴だけでは、
湯は沸かない。
おじいちゃんは言った。
「大学へ行くな、
ではない。
大学の名前だけに
人生を預けるな、
ということじゃ」
ゆづきはノートに書いた。
「大学名ではなく、何ができるか」
その一行は、
少し怖くて、
少し自由だった。
■第七章
卒業証書が余り、
工具箱が足りない国
日本には、
卒業証書が増えた。
でも、
現場では人が足りない。
工場。
物流。
介護。
電気。
水道。
建設。
食品。
冷凍倉庫。
設備保全。
動物病院。
農業。
社会を実際に動かしている場所ほど、
若い人が足りない。
おじいちゃんは、
また変なことを言った。
「日本はな、
卒業証書は余っとるのに、
工具箱を持った若者が
足りんのじゃ」
「工具箱?」
「そうじゃ。
実際に直せる人。
動かせる人。
守れる人。
支えられる人。
そういう人が足りん」
ゆづきは、
少し考えた。
AIが進む。
資料作成はAIがする。
議事録もAIが作る。
翻訳もAIが手伝う。
文章もAIが書く。
でも、
壊れたエアコンを交換するのは
AIではない。
動物に注射するのも
AIではない。
葉の病気を現場で見るのも
AIだけでは無理。
検査の結果を正確に扱う責任も、
人間が必要だ。
おじいちゃんは言った。
「これからは、
頭だけでも、
手だけでも足りん。
頭と手がつながった人が強い」
頭と手。
知識と現場。
大学と技能。
AIと人間。
ゆづきはノートに書いた。
「頭と手をつなげる」
この言葉は、
自分の進路の鍵になる気がした。
■第八章
高校生が奪い合われる時代
進路室に、
求人票が並んでいた。
先生は言った。
「最近は高卒求人も多いです。
ただし、
会社選びはよく考えましょう」
ゆづきは求人票を見た。
製造。
物流。
食品。
医療事務。
介護。
販売。
設備。
地元企業。
意外と多い。
おじいちゃんは言った。
「今はな、
高校生が
奪い合われる時代なんじゃ」
「高校生が?」
「そうじゃ。
若い現場人材が足りん。
企業は高校生を欲しがっとる」
昔は、
大学へ行くことが
安全な道に見えた。
でも今は、
高卒で企業に入り、
給料をもらいながら資格を取り、
会社の中で育つ道もある。
ただし、
おじいちゃんは釘を刺した。
「求人が多いから安心、
ではないぞ」
「どういうこと?」
「若者を欲しがる会社と、
若者を育てられる会社は、
同じとは限らん」
その言葉は重かった。
採ってくれる会社。
育ててくれる会社。
似ているようで、
全然違う。
ゆづきは
求人票の小さな文字を見た。
資格取得支援。
研修制度。
女性の定着率。
産休育休。
残業時間。
離職率。
キャリアアップ。
おじいちゃんは言った。
「会社は、
入る場所ではなく、
育つ場所として見んといけん」
ゆづきはノートに書いた。
「入る会社ではなく、育つ会社」
少しずつ、
未来を見る目が変わっていった。
■第九章
求人票はラブレターか、罠か
ゆづきは、
進路室で求人票を見ながら思った。
求人票って、
なんだかラブレターみたいだ。
「あなたを求めています」
「若い力を歓迎します」
「未経験者歓迎」
「アットホームな職場です」
アットホーム。
この言葉が出た瞬間、
ゆづきの中の小さな警報が鳴った。
アットホームって、
本当にあったかい家なのか。
それとも、
家みたいに帰れない職場なのか。
おじいちゃんに聞くと、
大笑いされた。
「ゆづき、
なかなか鋭いな」
「笑わないでよ」
「求人票はな、
ラブレターでもあり、
広告でもある。
ええことは大きく書く。
都合の悪いことは小さく書く」
「じゃあ、どう見ればいいの?」
「育てる仕組みがあるか。
辞める人が多すぎないか。
資格を取らせてくれるか。
上司が若者を壊さないか。
女性が長く働けるか。
そこを見るんじゃ」
ゆづきは、
求人票の見方が少し分かった。
給料だけではない。
会社名だけでもない。
制服のかわいさでもない。
駅から近いだけでもない。
三年後、
自分が少し強くなっているか。
五年後、
「これなら私に任せてください」
と言えるようになっているか。
それが大事だった。
ゆづきは思った。
就職も、
進学も、
結局は同じかもしれない。
そこに入ったあと、
自分が育つかどうか。
その日、
ノートにこう書いた。
「未来は、入口ではなく、
育ち方で決まる」
■第十章
動物病院の静かな午後
夏休み。
ゆづきは、
近所の動物病院を見学した。
動物が好き。
その気持ちは本物だった。
でも、
病院に入ってすぐ、
ゆづきは分かった。
ここは、
かわいいだけの場所ではない。
注射。
血液検査。
点滴。
手術。
病気の説明。
看取り。
飼い主の涙。
言葉を話せない命を
相手にする仕事は、
想像よりずっと重かった。
待合室には、
老犬を抱いたおばあさんがいた。
その犬は、
小さく震えていた。
動物看護師が、
静かに体を支えていた。
大きな声は出していない。
派手なこともしていない。
でも、
その手は優しかった。
正確で、
落ち着いていて、
命を支えていた。
ゆづきは胸が熱くなった。
自分は人見知りだ。
初対面の人とすぐ話すのは苦手。
でも、
動物の体を支える手なら、
できるようになりたいと思った。
帰り道、
おじいちゃんが聞いた。
「どうじゃった?」
「かわいいだけじゃなかった」
「それに気づけたなら、
見学に行った意味がある」
「重かった。
でも、嫌じゃなかった」
おじいちゃんはうなずいた。
「重い仕事ほど、
本物じゃ」
ゆづきはノートに書いた。
動物看護師。
獣医師。
動物科学。
ペット栄養。
動物福祉。
好きという気持ちを、
仕事にするには、
勉強がいる。
覚悟もいる。
でも、
道はある。
それが分かった。
■第十一章
植物園で、
ゆづきは自分を見つけた
次の週。
ゆづきは植物園へ行った。
温室の中は、
湿った空気に包まれていた。
大きな葉。
細い葉。
丸い葉。
赤い葉。
黄色い花。
小さな芽。
植物は叫ばない。
騒がない。
SNSでバズらない。
フォロワーも増やさない。
でも、
光を浴び、
水を吸い、
根を伸ばし、
空気を変え、
実をつける。
静かに、
毎日、
世界を支えている。
ゆづきは、
ふと思った。
私も、
こういう感じで
いいのかもしれない。
無理に
明るくならなくてもいい。
無理に
クラスの中心にいなくてもいい。
静かに根を伸ばす生き方もある。
植物園の職員が説明してくれた。
農学。
園芸。
植物病理。
土壌。
森林。
造園。
環境調査。
スマート農業。
食品。
種苗。
植物の世界は、
思ったより広かった。
花を育てるだけではない。
食料。
防災。
環境。
水。
街づくり。
気候変動。
植物は、
世界の問題とつながっている。
おじいちゃんは言った。
「ゆづき、
農学は地味に見えて強いぞ」
「地味なのに?」
「地味なものほど、
止まったら困るんじゃ」
ゆづきは、
一枚の葉を見た。
葉脈が、
細い道のように広がっていた。
まるで、
世界地図みたいだった。
ゆづきはノートに書いた。
「植物は、叫ばない。
でも、世界を支えている」
その言葉を書いた時、
ゆづきの中で、
何かが静かに芽を出した。
■第十二章
検査室の白い光
秋。
ゆづきは、
臨床検査技師の
オープンキャンパスに行った。
白衣。
顕微鏡。
試験管。
血液。
細胞。
心電図。
超音波。
検査データ。
そこは、
病院の中でも
少し静かな世界だった。
医師のように
前に立つ仕事ではない。
看護師のように、
ずっと患者さんの
そばにいる仕事でもない。
でも、
検査がなければ
病気は見つからない。
数字が間違えば、
治療も間違う。
見えない異変を見つける。
それが、
検査の仕事だった。
ゆづきは顕微鏡をのぞいた。
小さな細胞が見えた。
こんな小さなものが、
人の命とつながっている。
そう思うと、
背筋が伸びた。
担当の先生が言った。
「臨床検査技師は、
大きな声で
目立つ仕事ではありません。
でも、
医療の土台を支える仕事です」
ゆづきは、
その言葉に惹かれた。
大きな声で目立たない。
でも、
大事な仕事。
それは、
自分に合っているかもしれない。
帰り道、
おじいちゃんは言った。
「大きな声で励ます人だけが、
命を救うんじゃない。
顕微鏡の前で、
静かに異変を見つける人も、
命を救うんじゃ」
ゆづきは黙ってうなずいた。
自分の中の進路地図に、
また新しい道が増えた。
■第十三章
ピアノは私の言葉だった
ゆづきは、
人前で話すのが
得意ではなかった。
発表の時間は苦手。
初対面の会話も苦手。
グループで盛り上がる空気に、
うまく入れないこともある。
でも、
音楽は違った。
吹奏楽部では、
トランペットを三年間続けた。
トランペットは、
なかなか厳しい楽器だった。
音を外すと、
すぐ分かる。
隠れられない。
まるで、
楽器に
「はい、今ミスりましたね」
と全員の前で言われるようなものだ。
それでも、
ゆづきは続けた。
卒業式では、
クラス代表としてピアノを弾いた。
人前でしゃべるのは怖い。
でも、
音なら出せた。
言葉にならない気持ちを、
音に乗せることができた。
おじいちゃんは言った。
「ゆづきは、
しゃべるのが苦手なんじゃない。
言葉以外の道を持っとるんじゃ」
音楽療法。
音響。
楽器リペア。
ピアノ調律。
福祉。
教育。
特別支援。
介護施設での音楽活動。
音楽を仕事にする道は、
演奏家だけではなかった。
もちろん、
音楽だけで食べていく道は
簡単ではない。
でも、
音楽を人生から消す必要はない。
医療に音楽を足す。
福祉に音楽を足す。
地域活動に音楽を足す。
自分の心を守るために音楽を残す。
ゆづきにとって音楽は、
職業名ではなく、
呼吸だった。
おじいちゃんは言った。
「人生はな、
大声の演説より、
毎日外さない一音の方が
強いことがある」
ゆづきは、
ピアノの鍵盤にそっと触れた。
私は、
大声で未来を語れない。
でも、
一音ずつなら、
未来へ進めるかもしれない。
■第十四章
専門性ノート爆誕
冬。
ゆづきは一冊のノートを作った。
表紙には、
少し照れながらこう書いた。
専門性ノート
名前だけ見ると、
ちょっと意識高い。
自分でも少し笑った。
でも、
中身は本気だった。
動物病院見学メモ。
植物園観察メモ。
臨床検査技師の仕事。
農学部。
生命環境学部。
愛玩動物看護師。
薬学。
登録販売者。
食品品質管理。
音楽療法。
ITパスポート。
簿記三級。
英語。
環境。
物流。
ホルムズ海峡。
コロナ。
ウ●ライナ。
過剰学歴。
高卒求人。
企業内教育。
最初はバラバラだった。
でも、
少しずつ線が見えてきた。
ゆづきは、
人と競争するより、
対象に向き合う方が向いている。
動物。
植物。
細胞。
薬。
食品。
音。
データ。
共通しているのは、
静かに観察し、
正確に扱い、
命や暮らしを支えることだった。
おじいちゃんは
ノートを見て言った。
「これはええ。
偏差値表より大事な地図じゃ」
「こんなので進路決まるかな」
「決まる。
というより、
自分で決められるようになる」
ゆづきは、
中三の一年を思い出した。
一万人中七千番あたりから、
千番あたりまで上げた。
あの時も、
最初は無理だと思った。
でも、
毎日少しずつやったら、
景色が変わった。
進路も同じかもしれない。
一日では決まらない。
でも、
一ページずつ書けば、
いつか道になる。
ゆづきは
ノートの最後にこう書いた。
「私は、
世界を派手に
変える人じゃなく、
壊れかけた世界を
静かに支える人になりたい」
書いたあと、
少し恥ずかしくなった。
でも、
消さなかった。
■第十五章
世界が壊れても、花は咲く
高校三年の秋。
ゆづきは、
総合型選抜の面接室に
座っていた。
心臓がうるさい。
トランペットよりうるさい。
面接官が聞いた。
「あなたはなぜ、
この学部を
志望したのですか?」
ゆづきは、
ゆっくり息を吸った。
人前で話すのは、
今でも得意ではない。
でも、
準備はしてきた。
ノートも書いた。
見学もした。
調べた。
考えた。
だから、
逃げなかった。
「私は、
人見知りです」
言ってから、
少しだけ怖くなった。
でも、
続けた。
「でもその分、
一つのことに
深く向き合う力があります。
中学三年生の時、
成績を大きく伸ばした
経験があります。
吹奏楽を三年間続け、
卒業式では
ピアノを担当しました。
コロナや戦争、
エネルギー危機や
食料不安を調べる中で、
これからの社会では、
命、食べ物、水、
動植物、環境を支える仕事が
とても大切になると感じました。
私は、
植物や動物、
食品や環境について学び、
人々の暮らしを
静かに支える専門性を
身につけたいです」
面接室は静かだった。
ゆづきの声は大きくなかった。
でも、
震えてはいなかった。
面接官の一人が、
小さくうなずいた。
「あなたは、
自分の性格を弱点ではなく、
専門性につなげようと
しているのですね」
ゆづきは、
小さくうなずいた。
「はい」
その瞬間、
ゆづきは思った。
人見知りは、
消さなくてもいい。
人見知りのままでも、
深く向き合う力に変えられる。
そして合格発表の日。
スマホの画面に、
番号があった。
合格。
ゆづきは叫ばなかった。
泣き崩れもしなかった。
ただ、
静かに息を吐いた。
世界は相変わらず不安定だった。
中東のニュースは続いている。
食料不安も消えない。
AIは仕事を変えている。
大学の卒業証書だけでは安心できない。
でも、
ゆづきの中には、
小さな芯ができていた。
おじいちゃんは言った。
「大きな声で世界を変えなくてええ。
一つの命を見つめる。
一枚の葉の色に気づく。
一つの検査を正確にする。
一つの食品を安全に届ける。
一音を外さないように生きる。
それで十分じゃ」
ゆづきは、
窓の外を見た。
鉢植えに、
新しい芽が出ていた。
世界は壊れかけている。
でも、
花は咲く。
何度でも、
小さく、
静かに、
確かに咲く。
ゆづきは思った。
私は、
大きな声で世界を変える人には
ならないかもしれない。
でも、
壊れかけた世界で、
誰かの暮らしを静かに支える人になりたい。
その日、
ゆづきの白紙だった
進路希望調査票は、
ようやく未来の色を持ち始めた。
………
❥Z世代のあなたへ
偏差値。
大学名。
フォロワー数。
年収。
コスパ。
タイパ。
コミュ力。
陽キャ度。
ガクチカ。
資格。
就職先。
なんでも点数化される時代で、
息苦しくない?
「早く決めろ」
「失敗するな」
「普通にしろ」
「将来困るぞ」
そんな言葉を浴びて、
まだ十代なのに、
もう人生の最終面接を
受けている気分になっていない?
でも、大丈夫。
最初から完璧な答えなんて
要らない。
大事なのは、
自分が静かに熱くなれるものを
探すこと。
人見知りでもいい。
目立たなくてもいい。
大声を出せなくてもいい。
クラスの中心じゃなくてもいい。
動物でもいい。
植物でもいい。
検査でもいい。
音楽でもいい。
コードでもいい。
データでもいい。
食品でもいい。
電気でもいい。
水でもいい。
絵でもいい。
文章でもいい。
あなたが静かに向き合えるものが、
あなたの武器になる。
これからの世界は、
たぶん簡単ではない。
感染症もある。
戦争もある。
エネルギー危機もある。
食料不安もある。
AIに仕事を変えられる不安もある。
大学を出ても
安心できない時代でもある。
でも、
だからこそ、
あなたにはチャンスがある。
世界が壊れても、
花は咲く。
そして、
その花を育てる土になる人が、
これからは強い。
目立つ花になれなくてもいい。
根でもいい。
土でもいい。
水でもいい。
光を待つ人でもいい。
あなたが
自分の役割を見つけた時、
進路は怖い紙ではなくなる。
未来を選びに行く旅になる。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
――笑いの骨頂、ボケとツッコミ、
笑いと涙――
ワトソン
「ホームズさん、
今回の事件は
難しかったですねえ。
コロナ、ウ●ライナ、
ホルムズ海峡、ベ●ズエラ、
過剰学歴、高校生の進路。
もう、わしの頭の中、
進路希望調査票が
台風で飛んでますわ」
ホームズ
「ワトソン君、
落ち着きたまえ。
今回の事件の犯人は
一人ではない」
ワトソン
「えっ、犯人おるんですか?」
ホームズ
「いる。
犯人の名は、
“とりあえず大学へ行けば安心”
という古い思い込みだ」
ワトソン
「うわっ、出た。
昭和の怪人。
名前は?」
ホームズ
「怪人・卒業証書だけ伯爵」
ワトソン
「弱そうやなあ。
でも家に
いっぱいおりそうやなあ。
押し入れに
卒業証書だけしまって、
“わしは昔すごかった”
言うタイプや」
ホームズ
「その通り。
彼は言う。
大学へ行けば大丈夫。
普通にしていれば大丈夫。
みんなと同じなら安心。
しかし令和の社会は、
そんなに甘くない」
ワトソン
「でもホームズさん、
大学が悪いわけでは
ないんでしょう?」
ホームズ
「もちろんだ。
大学は悪くない。
問題は、大学の名前だけで、
中身を作らないことだ」
ワトソン
「つまり、
高級な弁当箱だけ買って、
中身が白米一粒みたいな
もんですか?」
ホームズ
「そのたとえは貧しいが、
近い」
ワトソン
「貧しい言うな!
わしの比喩にも栄養をくれ!」
ホームズ
「では言い直そう。
学歴は皿だ。
専門性は料理だ。
皿だけ立派でも、
人は腹いっぱいにならない」
ワトソン
「おお、
急に高級レストラン
みたいになった。
でも、
ゆづきちゃんは偉いですね。
人見知りなのに、
自分の弱点から逃げなかった」
ホームズ
「そこが重要だ。
人見知りは、
必ずしも欠点ではない」
ワトソン
「えっ、そうなんですか?
学校では
明るい子が勝ちみたいな
空気ありますけど」
ホームズ
「明るいことは長所だ。
だが、
静かなことも長所になりうる。
静かな子は、
一つの対象に
深く向き合えることがある」
ワトソン
「動物、植物、検査、
音楽、食品、環境……。
ゆづきちゃんは、
そういうものに
向いていたんですね」
ホームズ
「そうだ。
大きな声で
世界を変える者もいる。
だが、
壊れかけた世界を
静かに支える者もいる」
ワトソン
「なんか泣けてきましたわ」
ホームズ
「泣くのはまだ早い」
ワトソン
「まだ何かあるんですか?」
ホームズ
「ある。
日本社会への警告だ」
ワトソン
「また重いやつ来た」
ホームズ
「日本で余っているのは、
若者ではない。
余っているのは、
仕事に接続されない卒業証書だ」
ワトソン
「うわっ、刺さる。
卒業証書が押し入れで
体育座りしとる」
ホームズ
「そして足りないのは、
大学だけではない。
若者を育てる会社。
学び直せる社会。
静かな子の力を見つける大人。
それが足りない」
ワトソン
「つまり、
ゆづきちゃんの物語は、
一人の女子高生の
進路の話でありながら、
日本の未来の話でもあるんですね」
ホームズ
「その通りだ」
ワトソン
「ホームズさん、
最後に一言ください」
ホームズ
「いいだろう」
ワトソン
「お願いします」
ホームズ
「世界が壊れても、
花は咲く。
だが、
花が咲くには、
土を見る人、
水をやる人、
光を待つ人が必要だ。
ゆづき君のような若者こそ、
その人になれる」
ワトソン
「ええなあ……。
でもホームズさん」
ホームズ
「何だね」
ワトソン
「わしも高校一年から
やり直したいですわ」
ホームズ
「君の場合は、
まず
宿題を提出するところからだな」
ワトソン
「そこからかい!」
ホームズ
「人生はいつでもリスキリングだ」
ワトソン
「かっこよく締めたつもりやろ!」
ホームズ
「事実だ。
十代でも、六十代でも、
人は学び直せる」
ワトソン
「ほな、
わしも専門性ノート作ります」
ホームズ
「何を書くのかね?」
ワトソン
「一ページ目に、
“ツッコミ検査技師”」
ホームズ
「そんな資格はない」
ワトソン
「じゃあ、
“ボケ病理学”」
ホームズ
「大学が認可しない」
ワトソン
「ほな、
“やすきよ式
人生リスキリング講座”」
ホームズ
「それは少し面白い」
ワトソン
「でしょ!」
ホームズ
「だが最後は
真面目に締めよう」
ワトソン
「はい」
ホームズ
「ゆづき君。
そして、これを読むZ世代の君。
無理に
大きな声を出さなくていい。
無理に
誰かと同じ道を選ばなくていい。
ただ、
君が静かに向き合えるものを
一つ見つけてほしい。
その一つが、
君の未来を守る。
君の家族を守る。
そしていつか、
壊れかけた世界を少しだけ支える」
ワトソン
「ホームズさん……」
ホームズ
「何だね」
ワトソン
「今日は、
ええ最終回でしたな」
ホームズ
「最終回ではない。
ゆづき君の物語は、
まだ高校一年生から
始まったばかりだ」
ワトソン
「ほな、続編ありますな」
ホームズ
「もちろんだ」
ワトソン
「タイトルは?」
ホームズ
「決まっている」
ワトソン
「何です?」
ホームズ
「ゆづき高校二年生
――世界が揺れても、
根は伸びる――」
ワトソン
「うまい!
座布団三枚!」
ホームズ
「座布団より、
進路ノートを一冊くれたまえ」
ワトソン
「ほな、また次回!」
――終わり――




