マンホールの下のAI ――データセンターが空を食い、うん●処理場が日本を守った日――
◆マンホールの下のAI
――データセンターが空を食い、
うん●処理場が
日本を守った日――
………
Z世代のあなたへ。
AIの未来は、キラキラしている。
生成AIで宿題のヒントが出る。
動画のおすすめは勝手に刺さる。
株価ニュースでは、AI企業が爆上げ。
世界はまるで、
スマホの画面の中だけで
進化しているように見える。
でも。
スマホの充電が切れた瞬間、
その未来はただの黒い板になる。
そして、
トイレが流れなくなった瞬間、
人間はAIどころではなくなる。
この物語は、
AIの話である。
同時に、
うん●の話である。
笑ってもいい。
でも、
笑ったあとで気づいてほしい。
人間は、
どれだけAIが賢くなっても、
食べて、出して、生きている。
社会も同じだ。
AIが脳なら、
下水道は腸である。
脳だけで生きる人間はいない。
そしてある朝、
高校1年生のゆづきは、
マンホールの下から聞こえた音で、
そのことを知る。
ゴボッ。
ゴボボッ。
それは、
町の腸が鳴った音だった。
そして、
未来が地下からノックした音だった。
………
★目次
■第一章
マンホールが鳴った朝
■第二章
ビル・ゲイツは、
なぜミサイルより
ウイルスを怖がったのか
■第三章
世界をスマホにたとえると、
全部わかる
■第四章
AIは脳、海底ケーブルは神経、
下水道は腸
■第五章
うん●は流したら
終わりではなかった
■第六章
町の体温計は、
マンホールの下にある
■第七章
データセンターの青いランプが
怖く見えた日
■第八章
計画停電の優先順位表
■第九章
豪華客船は、
海に浮かぶ小さな地球だった
■第十章
ホルムズ海峡が閉じると、
トイレまで不安になる
■第十一章
月島という地味な未来企業
■第十二章
うん●発電の時代
■第十三章
AIより止めてはいけないもの
■第十四章
ゆづきのマンホールノート
■第十五章
マンホールの下で、
未来が光った
❥Z世代のあなたへ
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
笑いと涙の締め
………
■第一章
マンホールが鳴った朝
高校1年生のゆづきは、
朝の通学路で足を止めた。
イヤホンからは、
流行りの曲が流れていた。
スマホには通知が並んでいた。
AI新時代。
データセンター建設ラッシュ。
韓国KOSPI急騰。
Google、日本で円建て資金調達。
生成AI、教育を変える。
AIが仕事を奪う。
AIが人類を救う。
世界は、
画面の中でピカピカしていた。
そのときだった。
ゴボッ。
ゆづきはイヤホンを外した。
ゴボボッ。
道路の下から、
何かが鳴った。
雨は降っていない。
川も近くにない。
工事もしていない。
あるのは、
歩道の端にある
古いマンホールだけ。
「……なに、これ」
マンホールが、
生き物みたいに息をしていた。
ゆづきはスマホで検索した。
下水道 異音
マンホール ゴボゴボ
排水 逆流
ポンプ 異常
出てくる言葉は地味だった。
地味すぎた。
そのすぐ下に、
AIデータセンターの記事が出てきた。
巨大な建物。
青いランプ。
大量のサーバー。
冷却装置。
非常用発電機。
消費電力は地方都市並み。
世界は上へ上へ向かっている。
クラウド。
AI。
宇宙。
半導体。
データ。
でも、
ゆづきの足元では、
マンホールが鳴っていた。
家に帰ると、
67歳の元証券マンの
おじいちゃんが、
テレビの前で湯のみを
握っていた。
ゆづきは言った。
「おじいちゃん。
今日、
マンホールが変な音してた」
おじいちゃんは
湯のみを置いた。
「来たか」
「何が?」
おじいちゃんは、
なぜか真剣な顔で言った。
「うん●の時代じゃ」
「最悪の言い方やめて!」
「いや、ここから未来が見える」
「見たくない未来すぎる」
おじいちゃんは、
テレビのAIニュースを指さした。
「ゆづき。
AIが未来の脳なら、
下水道は都市の腸じゃ」
「腸?」
「脳だけで人間は生きられん。
腸が止まれば、
どれだけ頭が良くても
終わりじゃ」
ゆづきは、
その言葉を笑おうとした。
でも、
朝のマンホールの音が
耳に残っていた。
ゴボッ。
それは、
ただの下水の音ではなかった。
未来が、
地下から小さく鳴った音だった。
■第二章
ビル・ゲイツは、
なぜミサイルより
ウイルスを怖がったのか
おじいちゃんは、
古い動画を見せた。
そこには、
ビル・ゲイツが映っていた。
ゆづきは言った。
「パソコンの人でしょ?」
「そうじゃ。
でもこの人は、
パソコンだけ見とったわけやない」
動画の中で、
ゲイツは昔、
こんなことを警告していた。
もし将来、
1000万人以上の人が
亡くなるようなことがあるなら、
それは戦争ではなく、
急速に広がる感染症かもしれない。
ミサイルではなく、
微生物かもしれない。
ゆづきは首をかしげた。
「なんで?
戦争の方が怖いじゃん。
爆弾とかミサイルとか」
おじいちゃんは、
紙に大きな絵を描いた。
大砲。
ミサイル。
その横に、
小さな丸。
「戦争は見える。
煙も出る。
爆発音もする。
ニュースも大きく報じる」
「うん」
「でもウイルスは見えん」
「見えないから怖い?」
「そうじゃ。
しかも、人が動けば一緒に動く。
空港に乗る。
船に乗る。
学校に入る。
病院に入る。
会社に入る。
家族に入る」
ゆづきは黙った。
おじいちゃんは続けた。
「ゲイツさんが見ていたのは、
病気そのものだけじゃない。
社会がどれだけ簡単に止まるか、
ということじゃ」
「社会が止まる?」
「学校が休校。
病院が満杯。
工場が停止。
飛行機が欠航。
観光が消える。
物流が遅れる。
マスクが足りない。
薬が足りない。
検査キットが足りない」
ゆづきは、
コロナの記憶を思い出した。
マスク。
消毒。
休校。
オンライン授業。
行けなかった行事。
静かな街。
おじいちゃんは言った。
「つまりゲイツさんは、
こう言っとったんじゃ」
おじいちゃんは、
ゆっくり言った。
「本当に怖いのは、
敵が攻めてくることだけではない。
見えないものが、
人間の移動と生活を
一斉に止めることじゃ」
ゆづきは、
ノートに書いた。
ミサイルは建物を壊す。
ウイルスは社会の動きを止める。
その一文は、
妙にわかりやすかった。
おじいちゃんは続けた。
「そしてな、ゆづき。
ウイルスの怖さは、
見えないだけではない」
「まだあるの?」
「見えないうちに
広がることじゃ」
ゆづきは、
画面の中のゲイツを見た。
穏やかに話しているのに、
言っていることはかなり
怖かった。
「じゃあ、
早く見つけるしかないんだ」
「そうじゃ。
見えない敵を見る仕組みがいる」
「どこで見るの?」
おじいちゃんは少し笑った。
「それが、
マンホールの下じゃ」
ゆづきは顔をしかめた。
「またそこに戻るの?」
「戻る。
未来は、しつこいんじゃ」
■第三章
世界をスマホにたとえると、
全部わかる
おじいちゃんは言った。
「ゆづき。
世界をスマホにたとえると
分かりやすい」
「また始まった」
「ええから聞け」
おじいちゃんは、
紙にスマホを描いた。
画面。
バッテリー。
通信ケーブル。
アプリ。
ウイルス対策。
冷却。
充電器。
「スマホの画面はきれいじゃ。
AIも使える。
動画も見られる。
友達ともつながる」
「うん」
「でも、バッテリーが切れたら?」
「終わり」
「通信が切れたら?」
「ネット見られない」
「ウイルスに入られたら?」
「危ない」
「熱くなりすぎたら?」
「止まる」
おじいちゃんはうなずいた。
「世界も同じじゃ」
そして、
紙にこう書いた。
✲AI
= アプリ
✲電力
= バッテリー
✲石油・LNG
= 充電の元
✲海底ケーブル
= 通信ケーブル
✲病院
= ウイルス対策ソフト
✲下水道
= いらないものを
外に出す仕組み
✲ナフサ
= スマホの部品や
ケースの材料
ゆづきは笑った。
「世界ってスマホなの?」
「そう思えば分かる。
AIだけ強くしてもだめ。
電池が切れたら終わり。
通信が切れたら終わり。
ウイルス対策が弱ければ終わり。
そして、
いらないものを
外に出せなければ、
中が腐る」
「最後だけ急に汚い」
「でも大事じゃ」
おじいちゃんは、
マンホールの絵を描いた。
「スマホはキャッシュを消す。
人間はうん●を出す。
都市は下水道で処理する」
「その並べ方やめて」
「忘れんじゃろ」
「忘れたくても忘れられない」
おじいちゃんは満足そうだった。
「これが教育じゃ」
「違うと思う」
でも、
ゆづきはノートに書いてしまった。
世界はスマホ。
AIはアプリ。
下水道は、
都市の不要物を外に出す仕組み。
確かに、
一気に分かった。
おじいちゃんは、
さらに言った。
「ビル・ゲイツさんは、
世界の画面だけを
見ていなかったんじゃ」
「画面だけ?」
「便利なアプリや、
きれいな未来だけではない。
その下にある電池、通信、
ウイルス対策、冷却、部品。
つまり、見えない土台を見とった」
ゆづきはスマホを見た。
画面は明るい。
でも、
その明るさの下には、
バッテリーがある。
電波がある。
サーバーがある。
海底ケーブルがある。
発電所がある。
そして、
人間が住む町には、
下水道がある。
ゆづきは少しだけ、
世界の見え方が変わった。
■第四章
AIは脳、海底ケーブルは神経、
下水道は腸
次の日、
おじいちゃんは
人体図を出してきた。
「今日は人間の体で説明する」
「昨日はスマホだったじゃん」
「たとえは多い方がええ」
おじいちゃんは、
頭に丸をつけた。
「AIデータセンターは脳じゃ」
次に、
体中に線を引いた。
「海底ケーブルは神経じゃ。
世界中の情報を運ぶ」
赤い線を引いた。
「石油とLNGは血液じゃ。
電気、燃料、化学品、
物流を動かす」
骨を描いた。
「ナフサは骨や皮膚を作る
材料じゃ。
包装、樹脂、ゴム、塗料、
薬の包装にも関係する」
白い丸を描いた。
「病院は免疫じゃ。
感染症から体を守る」
最後に、
お腹のあたりに太い線を描いた。
「下水道は腸じゃ」
ゆづきは、
ため息をついた。
「やっぱりそこに戻るんだ」
「戻る。
なぜなら人間は
そこから逃げられん」
「AIと下水道って、
遠すぎない?」
「遠くない。
AIは電気を食う。
データセンターは水で冷やす。
都市は人間が住むから
下水が出る。
感染症を見つけるにも
下水が役に立つ」
おじいちゃんは、
人体図を指さした。
「脳だけ光っても、
腸が止まったら体は壊れる」
ゆづきは、
その言葉に少し黙った。
学校では、
AIの使い方を教わる。
将来はAIを使える人が強いと
言われる。
でも、
誰も下水道の話はしない。
誰も、
マンホールの下を
未来とは呼ばない。
ゆづきはノートに書いた。
AIは脳。
海底ケーブルは神経。
石油は血液。
ナフサは骨。
病院は免疫。
下水道は腸。
そして最後に、
こう書いた。
社会は、体だった。
おじいちゃんは、
そのノートを見て言った。
「ええぞ。
これが分かれば、
ニュースが一本の線になる」
「一本の線?」
「AIのニュースも、
ホルムズ海峡のニュースも、
感染症のニュースも、
海底ケーブルのニュースも、
下水道のニュースも、
全部、
社会という
体のどこかの話なんじゃ」
ゆづきは、
はじめてニュースが
少し面白くなった。
難しいニュースは、
バラバラの言葉ではなかった。
体のどこが弱っているかを知らせる、
小さなサインだった。
■第五章
うん●は流したら終わりではなかった
おじいちゃんは突然言った。
「トイレを流してみい」
「なんで?」
「未来を見るんじゃ」
「トイレで?」
「そうじゃ」
ゆづきは、
仕方なくトイレに行った。
ジャー。
いつもの音。
戻ると、
おじいちゃんが待っていた。
「今、文明が動いた」
「大げさ」
「大げさやない。
今の水は、
家の排水管を通り、
道路の下の下水管へ行き、
ポンプで運ばれ、
処理場で微生物に分解され、
薬品で処理され、
汚泥が取り出され、
乾かされ、
燃やされ、
時には燃料やガスになる」
ゆづきは、
目を丸くした。
「うん●って、
めちゃくちゃ旅してるじゃん」
「世界一地味な旅行者じゃ」
「嫌な旅行者!」
「でも毎日出発しとる」
「やめて!」
おじいちゃんは笑った。
でもすぐ真顔になった。
「その旅には電気がいる。
ポンプの電気。
空気を送る電気。
機械の電気。
汚泥を乾かす燃料。
焼却する燃料。
薬品。
人手。
修理部品」
ゆづきは、
さっきまで笑っていた顔を止めた。
「じゃあ
電気が足りなくなったら?」
「下水処理も苦しくなる」
「燃料が足りなくなったら?」
「汚泥処理も苦しくなる」
「薬品が足りなくなったら?」
「水をきれいにするのも
苦しくなる」
おじいちゃんは言った。
「うん●は、
流したら消えるんじゃない。
都市が引き受けてくれるだけじゃ」
ゆづきは、
その言葉をノートに書いた。
流したら終わりではない。
見えなくなっただけ。
その一文は、
なぜか少し怖かった。
でも、
少し面白かった。
自分が毎日なにげなく使っている
トイレの先に、
ポンプがあり、
処理場があり、
機械があり、
人がいて、
燃料があり、
電気がある。
それを知っただけで、
トイレの水音が、
ただの水音ではなくなった。
ゆづきは言った。
「おじいちゃん。
これ、
学校で教えた方がいいと思う」
「そうじゃろ」
「でも、
うん●って言ったら笑われる」
「笑われたら勝ちじゃ。
みんな覚える」
ゆづきは少し悔しかった。
確かに、
もう忘れられなかった。
■第六章
町の体温計は、
マンホールの下にある
その夜、
ゆづきはスマホで
「下水監視」と
検索した。
最初は、
正直に言えば、
少し気持ち悪かった。
下水。
トイレ。
うん●。
おしっこ。
マンホール。
未来とかAIとか、
そういうキラキラした言葉とは、
いちばん遠い場所に見えた。
けれど、
読み進めるうちに、
ゆづきの目が止まった。
下水には、
町の人たちの体から出た
小さな情報が流れている。
風邪をひいた人。
まだ症状が出ていない人。
病院に行かない人。
検査を受けない人。
そういう人たちの体から出た、
目に見えないウイルスのかけらが、
下水に少しずつ混ざる。
そして科学者は、
その下水を少しだけ採って、
特別な機械で調べる。
すると分かることがある。
この町でインフルエンザが
増え始めている。
新しいウイルスが
入ってきたかもしれない。
病院の患者数が増える前に、
町の中で何かが起きている。
ゆづきは、
思わず画面を見つめた。
「え……下水って、
町の健康診断なの?」
後ろから、
おじいちゃんの声がした。
「そうじゃ。町の体温計じゃ」
「体温計?」
「人間は熱があるかどうかを、
体温計で測るじゃろ。
町も同じじゃ。
町全体が熱を出し始めたかどうかを、
マンホールの下で測るんじゃ」
ゆづきは、
朝に聞いたマンホールの音を
思い出した。
ゴボッ。
ゴボボッ。
あの時は、ただ不気味だった。
道路の下で
何かが詰まっているようで、
少し怖かった。
でも今は、
少し違って聞こえた。
それは、
町がまだ生きている音だった。
そして、
町が自分の体調を
知らせようとしている
音でもあった。
おじいちゃんは言った。
「ビル・ゲイツさんは、
昔から感染症の怖さを
言っとった。
戦争は見える。
ミサイルも爆弾も見える。
けど、ウイルスは見えん。
見えんものほど、
広がった時に止めにくい」
ゆづきはうなずいた。
「だから、
見えないウイルスを
見るために、
下水を見るの?」
「そうじゃ。
見えない敵を見るために、
見えない場所を見る。
そこが面白いんじゃ」
ゆづきはノートを開いた。
下水監視。
町の体温計。
マンホールの下のセンサー。
そう書いたあと、
少し考えて、
もう一行足した。
未来は、
空だけにあるんじゃない。
町の足元にもある。
おじいちゃんは、
ゆづきのノートをのぞき込んで
笑った。
「ええ言葉じゃ」
「でも、なんか変だよね。
AIとかデータセンターとか
言ってる時代に、
マンホールが未来って」
「変やない。
むしろ本当の未来は、
そういうところにある」
おじいちゃんは、
湯のみを置いた。
「AIの頭が
どれだけ賢くなっても、
町の腸が弱ったら、
人間は暮らせん。
病気が広がっても気づけない。
トイレも流れない。
汚泥も処理できない。
そんな町で、
AIだけが元気でも意味がない」
ゆづきは、少し笑った。
「AIは脳。
下水道は腸」
「そうじゃ」
「脳だけじゃ生きられない」
「その通り」
ゆづきは、
またノートに書いた。
AIは未来の脳。
下水道は都市の腸。
下水監視は町の体温計。
そして最後に、こう書いた。
マンホールの下では、
うん●だけじゃなく、
未来のサインも流れている。
書いたあとで、
ゆづきは自分で吹き出した。
「これ、
学校で発表したら絶対笑われる」
おじいちゃんも笑った。
「笑われたら勝ちじゃ。
みんな忘れん」
けれど、
ゆづきはもう分かっていた。
これはただの笑い話ではない。
感染症。
AI。
データセンター。
下水道。
電力。
病院。
海底ケーブル。
全部、
見えないところでつながっている。
ビル・ゲイツが怖がったのは、
ウイルスそのものだけでは
なかった。
見えないものに気づくのが遅れ、
社会全体が止まってしまう
ことだった。
だから、
マンホールの下を見る。
そこには、
町の体温がある。
町の疲れがある。
町の危険信号がある。
そして、
もしかしたら、
次の未来を守るヒントも
流れている。
ゆづきは、
スマホを閉じた。
画面の中では、
AIが未来を語っていた。
でも、
足元のずっと下では、
町の腸が静かに動いていた。
ゴボッ。
ゴボボッ。
それはもう、
ただの下水の音ではなかった。
町が、
「まだ生きている」と
知らせる音だった。
■第七章
データセンターの青いランプが
怖く見えた日
町の郊外に、
巨大なデータセンターが
建つことになった。
説明会には、
住民と企業の人と市役所の人が
集まった。
スクリーンには、
美しい未来の絵が映っていた。
地域活性化。
AI時代の拠点。
災害に強い設備。
世界とつながる町。
雇用創出。
最先端クラウド。
企業の担当者は笑顔で言った。
「この施設は、
日本のAI社会を支える
重要インフラになります」
会場から拍手が起きた。
ゆづきも、
最初は少しワクワクした。
自分の町が未来になる。
すごいことに思えた。
その時、
おじいちゃんが手を上げた。
「質問です」
ゆづきは小声で言った。
「おじいちゃん、
変な質問しないでよ」
おじいちゃんは立ち上がった。
「計画停電が起きた時、
このデータセンターと
下水処理場では、
どちらに電気を優先しますか」
会場が静かになった。
担当者の笑顔が少し止まった。
「ええと……
もちろん
地域の重要インフラとは
連携し……」
おじいちゃんは続けた。
「AIは止められない。
病院も止められない。
通信も止められない。
鉄道も止めにくい。
でも下水処理場も止められない。
では家庭はどうなりますか」
空気が重くなった。
ゆづきは、
初めてデータセンターの
青いランプが怖く見えた。
それは未来の光だった。
でもその光は、
どこかから電気を持ってくる。
その「どこか」には、
病院があり、
家庭があり、
下水処理場があり、
人間の生活があった。
ゆづきは思った。
AIの未来は、
ただ空から降ってくるわけではない。
誰かの電気を使って、
地上に建つのだ。
帰り道、
おじいちゃんは言った。
「ゆづき。
AIは悪者ではない」
「うん」
「でも、
AIを動かすための電気が、
どこから来るのかを
見ないといかん」
「データセンターも
お腹が空くんだね」
「そうじゃ。
AIは電気を食べる。
冷却水も使う。
止めないための
非常用電源もいる」
「じゃあ、AIって軽くないね」
「ものすごく重い」
ゆづきは、
青いランプを振り返った。
画面の中では、
AIは空気みたいに軽い。
でも本当は、
電線と水道と冷却装置と
発電機の上に立っている。
未来は、
重かった。
■第八章
計画停電の優先順位表
その夜、
おじいちゃんのノートには、
変な表が書かれていた。
計画停電の優先順位表。
✲第1優先
病院、救急、消防、上下水道、
通信、防災
✲第2優先
鉄道、物流、金融決済、
重要工場
✲第3優先
データセンター、半導体、
行政システム
✲第4優先
家庭、商業施設、娯楽、観光、
夜の看板
ゆづきは言った。
「なんか
ゲームのランキングみたい」
「命に関わるランキングじゃ」
「データセンターって第3なの?」
「実際にはもっと上に
置かれるかもしれん。
銀行、クラウド、
会社のシステム、
AI、行政データが乗っとるからな」
「じゃあ下水道は?」
「第1じゃ。
止めたら町が病気になる」
「町が病気?」
「そうじゃ。
トイレが流れにくい。
汚水が滞る。
悪臭が出る。
大雨であふれる。
感染症リスクが上がる」
ゆづきは眉をひそめた。
「怖い」
「だから
下水は地味でも重要なんじゃ」
おじいちゃんは言った。
「ビル・ゲイツなら、
こういうかもしれん」
ゆづきは身構えた。
「世界を守るには、
AIの頭脳だけでは足りない。
病院と下水道と電力を守れ」
ゆづきはノートに書いた。
AIより先に、
止めてはいけないものがある。
その夜、
ゆづきは夢を見た。
真っ暗な町。
青く光るデータセンター。
静かな病院。
そして、
マンホールの下で鳴る音。
ゴボッ。
ゴボッ。
それは、
町が必死に生きている音だった。
■第九章
豪華客船は、
海に浮かぶ小さな地球だった
ニュースで、
豪華客船の感染症問題が流れた。
乗客は多国籍。
船内で珍しい感染症が確認。
隔離。
検査。
寄港地の受け入れ。
各国の保健当局が連絡。
飛行機で帰国する人。
港で待つ人。
ゆづきは言った。
「船の中で病気が出ると、
こんなに大変なんだ」
おじいちゃんは言った。
「豪華客船は、
海に浮かぶ小さな地球じゃ」
「地球?」
「食堂がある。
客室がある。
空調がある。
トイレがある。
下水がある。
医療室がある。
ゴミ処理がある。
国籍の違う人が乗っている」
「小さな都市みたい」
「そうじゃ。
だから感染症が出ると、
都市の弱点が全部見える」
ゆづきは、
白く大きな豪華客船を想像した。
上では、
きれいな食事。
音楽。
ダンス。
海の景色。
下では、
排水。
空調。
清掃。
消毒。
医療室。
隔離部屋。
表と裏。
キラキラと地味。
AIと下水。
全部同じ構造だった。
おじいちゃんは言った。
「ゲイツさんの警告は、
病気だけの話やない。
病気が出た時に、
社会の仕組みが
持ちこたえられるかという
話なんじゃ」
ゆづきはノートに書いた。
豪華客船は、
海に浮かぶ小さな地球。
感染症は、
都市の裏側をあぶり出す。
おじいちゃんは続けた。
「船は逃げ場が少ない。
都市も、
危機が来たら同じじゃ。
水、食料、空調、下水、
医療、通信。
どれか一つでも止まると、
不安が広がる」
「つまり、
船のニュースは
遠い話じゃない?」
「遠くない。
船は小さな都市。
都市は大きな船じゃ」
ゆづきは、
その言葉をゆっくり書いた。
都市は、大きな船。
その船に、
自分も乗っている。
■第十章
ホルムズ海峡が閉じると、
トイレまで不安になる
中東のニュースが増えていた。
ホルムズ海峡。
原油タンカー。
LNG船。
海底ケーブル。
軍事緊張。
保険料。
航路変更。
ゆづきは言った。
「おじいちゃん。
もう何が何だかわからない。
石油の話?
インターネットの話?
戦争の話?
下水の話?」
おじいちゃんは言った。
「全部じゃ」
「全部?」
「石油は血液。
海底ケーブルは神経。
下水道は腸。
病院は免疫。
AIデータセンターは脳。
全部、同じ体の中にある」
「ホルムズ海峡って、
血管なの?」
「世界の太い血管の一つじゃ。
そこが詰まると、
燃料、電気、ナフサ、物流、
下水処理にも響く」
「下水処理にも?」
「汚泥を乾かす。
燃やす。
運ぶ。
設備を動かす。
そこには電気や燃料がいる」
ゆづきは、
頭を抱えた。
「ホルムズが閉じたら、
トイレまで不安になるの?」
「極端に言えば、そうじゃ」
「世界つながりすぎ」
「そうじゃ。
便利な世界は、
つながりすぎた世界でもある」
おじいちゃんは、
またスマホの絵を描いた。
「充電器が中東。
通信ケーブルが海底。
アプリがAI。
ウイルス対策が病院。
キャッシュ削除が下水道」
「最後だけ嫌すぎる」
「でも分かるじゃろ」
「分かるのが悔しい」
ゆづきはノートに書いた。
ホルムズが詰まると、
世界の体が便秘になる。
書いたあと、
さすがに消そうとした。
でも、おじいちゃんが言った。
「残しとけ。
ええ比喩じゃ」
ゆづきはため息をついた。
「私のノート、
どんどん変になっていく」
でも、
どんどん分かりやすくもなっていた。
おじいちゃんは言った。
「世界は難しい言葉で
隠れとる。
でも、
体にたとえれば
見えることがある」
「見える?」
「血液が止まれば体は弱る。
神経が切れれば
情報が届かん。
腸が詰まれば苦しくなる。
免疫が弱れば病気に負ける。
社会も同じじゃ」
ゆづきは、
ホルムズ海峡の地図を見た。
細い海。
そこを通る船。
その近くを走る見えない
ケーブル。
その先にある日本の電気。
下水処理場の機械。
家のトイレ。
遠い海が、
急に自分の家の中まで伸びてきた。
■第十一章
月島という地味な未来企業
おじいちゃんは、
ある会社の資料を見せた。
月島ホールディングス。
ゆづきは首をかしげた。
「月島?
もんじゃ焼き?」
「そう思うじゃろ」
「違うの?」
「水処理、下水、汚泥処理、
焼却、燃料化、設備運転。
そういう都市の裏側を
支える会社じゃ」
「地味だね」
「地味じゃ。
でも止まったら町が困る」
ゆづきは資料を見た。
下水汚泥燃料化。
消化ガス発電。
水処理設備。
運転管理。
老朽化更新。
遠隔監視。
PPP。
知らない言葉ばかりだった。
おじいちゃんは言った。
「AI関連株は派手じゃ。
でもAI社会が広がるほど、
水、電気、冷却、下水、
汚泥処理が重要になる」
「AIが増えると、
下水の会社も大事になるの?」
「直接AIだけではない。
人が住み、都市が動き、
病院が動き、
データセンターが動く。
その足元を支える会社が
大事になる」
「月島って、
うん●処理会社?」
「雑に言えばそう見える。
でも本当は、
都市の免疫会社じゃ」
「都市の免疫会社?」
「感染症、豪雨、停電、
燃料不足、老朽化。
そういう危機から町を守る」
ゆづきは、
月島という名前をノートに書いた。
派手ではない。
キラキラしていない。
でも、止まったら困る。
それは、
AIとは違う未来の会社だった。
おじいちゃんは言った。
「株式市場は
派手なものを先に買う。
でも社会は、
止まると困るものを
最後に思い出す」
ゆづきは、
その一文を大きく書いた。
株式市場は
派手なものを先に買う。
社会は止まると困るものを
最後に思い出す。
「おじいちゃん」
「なんじゃ」
「月島って、
地味だけど強いの?」
「強い可能性はある。
ただし、
必要だから必ず
儲かるわけではない。
公共事業は採算、資材高、
人手不足、
自治体の予算も関係する」
「難しいね」
「そこが現実じゃ。
でも、
時代の必要性は高まる」
ゆづきは、
少し考えた。
AIが脳なら、
月島のような会社は、
都市の腸を守る医者なのかも
しれない。
地味な名前が、
急に未来っぽく見えた。
■第十二章
うん●発電の時代
ゆづきは聞いた。
「おじいちゃん。
うん●って電気になるの?」
「正確には、
下水汚泥から
バイオガスを取り出したり、
固形燃料にしたりする」
「すごいけど、言葉がすごい」
「うん●発電と言えば
分かりやすい」
「分かりやすすぎる」
おじいちゃんは笑った。
「未来はな、
ピカピカの太陽光パネルや、
白い風車だけで
できとるわけではない。
町から毎日出るものを
資源に変える力も未来なんじゃ」
ゆづきは考えた。
食べる。
出る。
集める。
処理する。
ガスを取り出す。
燃料にする。
電気にする。
それは少し笑える。
でも、
かなりすごい循環だった。
「これってサステナブル?」
「そうじゃ。
サーキュラーエコノミーじゃ」
「横文字にすると急に意識高い」
「中身は、
うん●を無駄にしない話じゃ」
「やっぱり戻るんだ」
おじいちゃんは言った。
「ビル・ゲイツの
気候変動の話も
ここにつながる。
エネルギーをどう作るか。
無駄をどう減らすか。
危機の時にも
止まらない仕組みを
どう作るか」
ゆづきはノートに書いた。
うん●はゴミではない。
都市が
まだ使い切っていない資源。
それを書いた瞬間、
自分でも笑った。
でも、
その笑いは馬鹿にした笑いでは
なかった。
世界が少し分かった笑いだった。
おじいちゃんは言った。
「昔の人は、
出たものを肥料にして、
また畑へ戻していた。
現代の都市は、
それを巨大な設備でやる」
「昔に戻るってこと?」
「戻るんやない。
新しい技術で、
循環を作り直すんじゃ」
ゆづきは、
その言葉が少し好きだった。
戻るのではない。
作り直す。
未来は、
上に伸びるだけではない。
下に流れたものを、
もう一度使うことでも作れる。
■第十三章
AIより止めてはいけないもの
夏の夜、
節電要請が出た。
商店街の看板は暗くなった。
駅の照明も少し落ちた。
家庭には節電のお願いが届いた。
遠くでは、
データセンターの青い光が
見えた。
病院も光っていた。
消防署も光っていた。
そして町の外れでは、
下水処理場も静かに動いていた。
ゆづきは言った。
「おじいちゃん。
AIって止めちゃだめなの?」
「止めにくい」
「病院は?」
「止められん」
「下水道は?」
「止められん」
「水道は?」
「止められん」
「じゃあ、何を止めるの?」
おじいちゃんは言った。
「止めやすいものから止まる」
「たとえば?」
「夜の派手な看板。
不要不急のイベント。
急ぎすぎる配送。
過剰な冷房。
観光。
ぜいたくな消費。
便利すぎる暮らし」
ゆづきは黙った。
便利なものほど、
実は止めやすい。
止められないものは、
派手ではない。
病院。
水道。
下水道。
通信。
電気。
物流。
そこに、
文明の本体がある。
おじいちゃんは言った。
「AIより
止めてはいけないものがある。
でもAIは、
それらを守るためにも使える」
「どういうこと?」
「下水処理場の故障を予測する。
電気の使い方を最適化する。
病気の流行を
下水から早く見つける。
水や薬品を無駄にしない」
「AIは敵じゃない?」
「敵でも味方でもない。
道具じゃ。
でも道具を使う人間が、
足元を見ていないと危ない」
ゆづきはノートに書いた。
AIは未来を作る。
でも足元を見ないAIは、
未来を踏み外す。
その一文を書いたとき、
ゆづきは自分でも少し驚いた。
昔なら、
そんな言葉は思いつかなかった。
マンホールの音を聞く前の自分なら、
AIのニュースを見て、
「すごいな」で終わっていた。
でも今は違う。
AIの光の下に、
電線がある。
水がある。
燃料がある。
下水がある。
人間がいる。
そこまで見て初めて、
未来が立体に見えた。
■第十四章
ゆづきのマンホールノート
ゆづきのノートは、
変な言葉でいっぱいになった。
AIは脳。
海底ケーブルは神経。
石油は血液。
ナフサは骨。
病院は免疫。
下水道は腸。
在庫は白血球。
下水は町の体温計。
マンホールは未来のセンサー。
月島のような会社は
都市の胃腸科医。
うん●発電は
地味なサステナブル。
ホルムズが詰まると
世界の体が便秘になる。
ゆづきは、
自分で読んで笑った。
「おじいちゃん。
私のノート、やばい」
「ええノートじゃ」
「学校で出したら先生困るよ」
「先生も勉強になる」
「ならないと思う」
おじいちゃんは言った。
「ゆづき。
これが21世紀の社会科じゃ」
「AIとうん●が
同じノートにある社会科?」
「そうじゃ。
それが現実じゃ」
ゆづきは、
ノートを見つめた。
たしかに、
ニュースはバラバラに見える。
AI。
感染症。
海底ケーブル。
ホルムズ海峡。
データセンター。
下水処理。
電力。
ナフサ。
株価。
でも、
全部つながっていた。
つながっていると分かった瞬間、
世界は怖くなった。
でも同時に、
面白くなった。
ゆづきは言った。
「おじいちゃん。
世界って、
めちゃくちゃ難しいけど、
つながりが見えると面白いね」
おじいちゃんは笑った。
「それが学ぶということじゃ」
ゆづきは、
ノートの最後に書いた。
未来は、空にもある。
海の底にもある。
マンホールの下にもある。
少し考えて、
もう一行足した。
私は、
見えない場所を見る人になる。
その言葉は、
ゆづき自身への約束のようだった。
■第十五章
マンホールの下で、
未来が光った
計画停電の夜だった。
町の明かりは少なかった。
コンビニの看板は暗く、
商店街のネオンは消え、
遠くのマンションも
ところどころ黒く沈んでいた。
でも、
病院の明かりは
消えていなかった。
消防署も光っていた。
そして、
町の外れの下水処理場にも、
小さな灯りがともっていた。
遠くには、
データセンターの
青いランプが見えた。
未来の脳が光っていた。
ゆづきは、
通学路のマンホールの前に
立った。
あの日と同じように、
下から音がした。
ゴボッ。
ゴボボッ。
でも今は、
怖くなかった。
それは、
町がまだ生きている音だった。
人が食べ、
人が出し、
町が受け止め、
処理し、
水を戻し、
汚泥を燃料に
変えようとしている音だった。
スマホにニュース速報が出た。
AI関連株、再び高値更新。
ゆづきは笑った。
今度は、
悲しい笑いではなかった。
AIも必要。
下水も必要。
電気も必要。
病院も必要。
海底ケーブルも必要。
石油も必要。
ナフサも必要。
人間の知恵も必要。
上だけ見てもだめ。
下だけ見てもだめ。
両方を見る人に
ならなければならない。
家に帰ると、
おじいちゃんが待っていた。
「どうじゃった?」
ゆづきは言った。
「マンホール、鳴ってた」
「怖かったか?」
「ううん」
「何に聞こえた?」
ゆづきは少し考えた。
「日本が、まだ生きてる音」
おじいちゃんは、
静かにうなずいた。
ゆづきはノートを開き、
最後にこう書いた。
未来は空にあるんじゃない。
マンホールの下にも、
ちゃんとある。
そして、
小さく付け足した。
ビル・ゲイツが怖がったのは、
ミサイルだけではなかった。
見えないものが、
社会を止めることだった。
だから私は、
見えない場所を見る人になる。
………
❥Z世代のあなたへ
この話は、
うん●の話ではない。
いや、
半分はうん●の話だ。
でも本当は、
未来の全体像の話だ。
AIの未来は大事だ。
でも、
AIだけ見ていると、
世界の半分を見落とす。
AIは電気で動く。
電気は燃料や送電網で届く。
データは海底ケーブルを通る。
人間は病気になる。
病気の兆候は下水に出る。
都市は
うん●を処理しないと住めない。
処理には
電気も燃料も薬品も人手もいる。
つまり、
未来はキラキラした画面だけでは
ない。
未来は、
病院にある。
発電所にある。
海底ケーブルにある。
下水処理場にある。
マンホールの下にある。
ビル・ゲイツの警告を、
わかりやすく言うならこうだ。
世界はスマホみたいなものだ。
AIはアプリ。
電力はバッテリー。
海底ケーブルは通信。
病院はウイルス対策。
下水道は、
いらないものを外に出す仕組み。
どれか一つが止まるだけで、
便利な画面はただの板になる。
これからの時代、
強い人は、
AIを使える人だけではない。
AIの足元を見られる人だ。
マンホールの下を想像できる人だ。
派手なニュースの裏にある、
地味なインフラを見抜ける人だ。
君が将来、
AIエンジニアになっても、
投資家になっても、
政治家になっても、
先生になっても、
会社員になっても、
作家になっても。
これだけは覚えていてほしい。
脳だけで生きる人間はいない。
社会も同じだ。
AIが脳なら、
下水道は腸。
そして、
腸を笑う国は、
いつか脳も守れなくなる。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
笑いと涙の締め
ホームズ
「ワトソン君、
今回の事件は実に深い」
ワトソン
「深いどころやない。
地下や。
マンホールの下まで
行ってしもうたがな」
ホームズ
「そこに真実があったのだよ」
ワトソン
「真実って、うん●かい!」
ホームズ
「表現は慎みたまえ。
都市インフラと言いたまえ」
ワトソン
「本文で散々
うん●言うとったやないか!」
ホームズ
「読者に覚えてもらうためだ」
ワトソン
「便利な言い訳やなあ」
ホームズ
「AIが脳なら、下水道は腸だ」
ワトソン
「それは分かった。
けど、
こんな小説を
読書感想文で出したら
先生びっくりするで」
ホームズ
「むしろ先生に読んでほしい」
ワトソン
「先生、
赤ペンで何て書くやろな。
『着眼点はよいが、
うん●が多いです』」
ホームズ
「改善の余地はある」
ワトソン
「認めるんかい!」
ホームズ
「しかし、考えてみたまえ。
人間は毎日トイレを使う。
でもその先を考えない」
ワトソン
「まあ、考えたくはないわな」
ホームズ
「だが、
その考えたくない場所に
文明の本体がある」
ワトソン
「せやな。
AIがどれだけ賢くても、
トイレ流れんかったら
会議どころやない」
ホームズ
「その通り」
ワトソン
「データセンターが
青く光っても、
町が臭かったら
未来感ゼロや」
ホームズ
「実に鋭い」
ワトソン
「わし、今日は冴えとるな」
ホームズ
「下水の話になると
冴えるのかね」
ワトソン
「やめんかい!」
ホームズ
「ビル・ゲイツは、
ミサイルより微生物を恐れた。
つまり、
見えないものが
社会を止めることを
恐れたのだ」
ワトソン
「海底ケーブルも見えん。
ウイルスも見えん。
ナフサも見えん。
下水の中も見えん。
見えんもんだらけやな」
ホームズ
「そこが21世紀の急所だ」
ワトソン
「ほな名探偵は
虫眼鏡だけでは足りんな」
ホームズ
「その通り。
これからは
下水データも見る」
ワトソン
「探偵がマンホールの前で
腕組んどったら、
完全に怪しい人やで」
ホームズ
「未来を見る者は、
時に怪しまれる」
ワトソン
「かっこよく言うな!」
ホームズ
「最後に一つ」
ワトソン
「何や?」
ホームズ
「石油が止まると車が止まる。
電気が止まるとAIが止まる。
下水が止まると、文明が止まる」
ワトソン
「おお……ええこと言うやないか」
ホームズ
「だから、
未来を見る者は
空だけを見てはいけない」
ワトソン
「マンホールも見ろ、
いうことやな」
ホームズ
「その通り」
ワトソン
「でも歩きスマホで
マンホール見てたら
危ないで」
ホームズ
「安全第一だ」
ワトソン
「最後、
急に町内会の
標語みたいになったな」
ホームズ
「文明とは、
町内会の標語に
支えられていることもある」
ワトソン
「うまいこと言うたつもりか」
ホームズ
「締めよう」
ワトソン
「どうぞ」
ホームズ
「AIは未来の脳だった。
しかし、
町の下で
腸が動いていなければ、
その脳に朝は来ない」
ワトソン
「泣けるなあ」
ホームズ
「泣いているのかい?」
ワトソン
「いや、
ちょっと
トイレ行きたくなっただけや」
ホームズ
「行きたまえ。
そして文明に感謝したまえ」
ワトソン
「トイレで感謝する時代が
来るとはなあ」
二人は笑った。
けれど、
その笑いの下で、
マンホールが静かに鳴った。
ゴボッ。
ゴボボッ。
それは、
ただのうん●の
音ではなかった。
都市がまだ生きている
音だった。
そして、
誰も見たがらない場所で、
未来が働いている音だった。




