配分国家ニッポン【その②】
✦配分国家ニッポン【その②】
………
■第九章
AIは雲じゃない。
水を飲み、
電気を貪る鉄の怪物だ
「日本も
国産AIサーバーを作るってよ!」
ひろしは、
少し興奮した顔でスマホを見せた。
NVIDIA。
Foxconn。
ソフトバンク。
国産AIサーバー。
未来の言葉が、
画面の中で光っている。
隆一は、
しばらく黙って読んだ。
そして、
ゆっくり首を振った。
「ひろし。
AIは雲なんかじゃない」
「クラウドって
言うじゃないですか」
「言葉に騙されたらいけん」
隆一は、
テーブルの上に指で四角を描いた。
「AIはな、
山奥や工業団地に並ぶ、
巨大な鉄の棚じゃ」
ひろしは黙った。
「電気を食う。
水を飲む。
熱を吐く。
変圧器を必要とする。
非常用発電機を抱える。
冷却装置を回し続ける」
「そんなに?」
「そうじゃ。
AIは賢くなるほど、
町の電気を食い始める」
ひろしの表情が変わった。
隆一は続けた。
「これからは、
誰にAIの計算力を回すか、
誰のクエリを後回しにするか、
それが新しい権力になる」
「クエリの順番……」
「想像してみろ。
君の家族が病気になった。
AI診断を受けたい。
だが同じ時間に、
防衛省も、
大企業も、
金融機関も、
自治体も、
AIを使いたがっている」
ひろしの顔色が変わった。
「一般市民は、
後回しになるかもしれない?」
「なるかもしれん」
隆一は、
静かに言った。
「AI時代の本当の格差は、
情報量でも才能でもない。
計算力の配分順位じゃ」
ひろしは、
スマホの画面を見つめた。
さっきまで
未来に見えたニュースが、
突然、
電気を食う怪物に見えた。
隆一はノートに書いた。
「AIは雲ではなかった。
水を飲み、
電気を貪り、
人間の順番を決める
鉄の怪物だった」
………
■第十章
歌声までナフサになった瞬間
東京旅行の帰り。
隆一は、
中古CD店で
七十年代の洋楽CDを買った。
九枚。
若いころの記憶が、
ジャケットの色と
一緒に戻ってくる。
レコード針の音。
深夜ラジオ。
証券会社に入る前の自分。
まだ未来が、
もう少し大きく見えていた頃。
店の隅で、
若い男の子が
スマホを差し出した。
「おじいちゃん、
これAIで作った曲です。
昔の歌手っぽい声で、
新しい曲を歌わせてるんです」
隆一は聴いた。
うまい。
本当にうまい。
声も似ている。
息づかいも近い。
メロディーも悪くない。
けれど、
何かが足りなかった。
傷がない。
汗がない。
録音室の空気がない。
人生の重さがない。
「本人か?」
隆一が聞くと、
若者は笑った。
「違います。
でも、ほぼ本人です」
ほぼ本人。
その言葉が、
隆一の胸に刺さった。
ほぼ愛。
ほぼ記憶。
ほぼ涙。
ほぼ人生。
隆一は、
CD棚を見た。
そこに並んでいたのは、
思い出ではなかった。
著作権。
原盤。
声。
名前。
肖像。
ファンの記憶。
AIが欲しがる油田だった。
「歌まで、
ナフサになったんか」
若者が首をかしげる。
「ナフサ?」
「石油からできる原料じゃ。
プラスチックや
包装の元になる」
「それと歌が?」
「AIにとって、
昔の歌は原料になる。
人間が泣いた歌を、
機械が材料として
食べ始めたんじゃ」
若者は、
スマホの画面を見た。
さっきまで面白かったAI曲が、
急に少し怖く見えた。
隆一はCDを一枚、
大事そうに胸に抱えた。
「本物いうんはな、
うまいだけではない。
その人が生きた跡が入っとる」
その夜、
隆一は書いた。
「AIは音楽を増やした。
だが、
思い出は増やせなかった」
………
■第十一章
AI小説家は、
人生の“原盤”で勝負する
隆一は、
AIと一緒に小説を書いていた。
ニュースを拾う。
違和感を言葉にする。
AIに深掘りさせる。
小説アイテムにする。
タイトルを考える。
章立てを作る。
投稿する。
最初は、
少し恥ずかしかった。
「AIに書かせとるだけ」
と言われるかもしれない。
「じいさんが何を今さら」
と笑われるかもしれない。
だが、
続けるうちにわかってきた。
AIは文章を整える。
構成を助ける。
比喩を探してくれる。
だが、
何に引っかかるかは、
隆一が決めていた。
卵パックに文明を見る。
ツナマヨに戦争を見る。
AIサーバーに電力配分を見る。
国債に若者の給料明細を見る。
歌声にナフサを見る。
ロシア原油に
北の酸素ボンベを見る。
それは、
AIだけではできない。
なぜならAIは、
隆一の人生を生きていないからだ。
兜町の匂い。
支店長室の空気。
深夜のメール。
追い詰められた顧客の声。
東京を歩いた足の疲れ。
横浜の夜景。
渋谷横丁の黒ラーメン。
妻とケンカしながら笑う時間。
六十七歳から
もう一度輝きたいという祈り。
それが、
隆一の原盤だった。
AIは筆。
隆一は原盤。
小説は、
その二つがぶつかって出る
火花だった。
隆一は書いた。
「わしは
AIに小説を
書かせとるんやない。
わしの人生を、
AIと一緒に
掘り起こしとるんじゃ」
その一文を書いた時、
隆一は初めて、
自分が年を取ったことを
少しだけ許せた。
年を取るとは、
終わることではない。
原盤が厚くなることだった。
………
■第十二章
同じ棚の前で、
僕だけ“空白”を見ていた
スーパーの棚は、
きれいに埋まっていた。
だが、
隆一は立ち止まった。
前列だけが美しい。
奥が浅い。
同じ商品が横に広がっている。
欠けた場所を、
陳列で隠している。
美代子は言った。
「いっぱいあるじゃない」
近くの主婦も言った。
「今日はまだマシね」
店員も言った。
「入荷はしてますよ」
隆一だけが、
別のものを見ていた。
空白。
棚の奥の空白。
そこには、
軽油の不足があった。
ナフサの詰まりがあった。
食品工場の不安があった。
商社マンの電話があった。
港の遅れがあった。
保険会社の慎重な判断があった。
同じ棚を見ているのに、
同じ世界には住んでいなかった。
隆一は、
自分が少しおかしいのかもしれない
と思った。
説明すればするほど、
変人に見える。
話せば話すほど、
相手の目が曇る。
「また始まった」
「考えすぎ」
「煽りすぎ」
「普通に買えてるじゃない」
その言葉が、
隆一の胸に積もっていく。
だが、
彼はもう知っていた。
伝わらないのは、
説明が足りないからだけではない。
人にはそれぞれ、
頭の中の地図がある。
隆一の地図には、
棚の向こうにホルムズ海峡があった。
商社があった。
国債があった。
AIサーバーがあった。
若者の未来があった。
だが、
多くの人の地図では、
棚の向こうは倉庫で終わっていた。
隆一はノートに書いた。
「同じ棚を見ていた。
だが、彼らは商品を見ていた。
僕だけが、
棚の奥の空白を見ていた」
その時、
背後から声がした。
「僕にも、少し見えます」
蒼太だった。
隆一は振り返った。
少年は、
棚の奥を見ていた。
初めて、
隆一は孤独ではないと思った。
………
■第十三章
八十歳の自分が、
六十七歳の俺を詰問する
その夜、
隆一は眠れなかった。
見えている。
気づいている。
つながっている。
だが、
伝えられない。
ホルムズ。
サハリン2。
国債。
AI。
ナフサ。
著作権。
スーパーの棚。
若者の未来。
全部が一本の線になって、
頭の中で燃えていた。
だが、
話すと笑われる。
投稿すると、
煽りと言われるかもしれない。
小説にすると、
大げさだと言われるかもしれない。
隆一は、
布団の中で目を閉じた。
その時、
暗闇の中に、
八十歳の自分が立っていた。
痩せこけた体。
震える手。
深く刻まれた皺。
だが、
目だけは異様に鋭かった。
八十歳の隆一が言った。
「お前、見えとったやろ」
六十七歳の隆一は、
声が出なかった。
「棚の奥が薄くなっていくのも、
若者が子ども部屋を
物置に変えていくのも、
国債の利息が未来を食い潰すのも、
AIの計算力に順番がつくのも、
全部、見えとったやろ」
隆一は、
胸を押さえた。
八十歳の自分は、
さらに詰め寄った。
「なんで黙っとったんや!」
その声は、
怒鳴り声ではなかった。
だから余計に痛かった。
「失敗するのが怖かったんか?
笑われるのが怖かったんか?
煽り屋と言われるのが
怖かったんか?」
隆一は、
震える声で言った。
「怖かった」
八十歳の自分は言った。
「黙って老いる方が、
もっと怖いやろ」
隆一は跳ね起きた。
汗で背中が濡れていた。
彼はノートを開き、
震える手で書き殴った。
「一番重い後悔は、
失敗したことじゃない。
見えていたのに、
黙っていたことだ」
朝になるまで、
隆一は書き続けた。
その文章は、
小説というより、
未来の自分への謝罪文だった。
………
■第十四章
百軒ばあさんの昭和地図が、
令和に引き裂かれる
町には、
百軒ばあさんと呼ばれる
女がいた。
借家を百軒持っている。
地元の名士。
土地持ち。
銀行の上客。
昔は、
彼女の歩く道には、
人が頭を下げた。
百軒ばあさんの地図では、
世界は簡単だった。
土地は持っていれば勝ち。
借金は相続税対策。
金利は低い。
職人は呼べば来る。
建材は買える。
家賃は入る。
借主は大家に逆らわない。
それが昭和から平成にかけての、
彼女の成功方程式だった。
だが、
令和の町は違っていた。
金利が上がる。
建材が高い。
塗料が足りない。
シンナーが高い。
エアコンが入らない。
給湯器が遅れる。
職人が来ない。
若い借主はAIで法律を調べる。
退去費用を録音する。
敷金の精算を
スクリーンショットに残す。
「私の家じゃ!」
百軒ばあさんは叫んだ。
「私が決める!」
隆一は静かに言った。
「ばあさん。
家賃は土地が生む果実やない。
毎月、
住める状態を納品した者だけが
受け取れる代金じゃ」
ばあさんは顔を赤くした。
「何を偉そうに!」
「偉そうに言っとるんじゃない。
時代がそうなったんじゃ」
そこへ、
蒼太がスマホを持って現れた。
「大家さん。
国交省の
原状回復ガイドラインって
知ってますか?」
ばあさんの顔が固まった。
少年の手の中にあるスマホが、
彼女には刃物に見えた。
昭和の地図が、
令和の画面に引き裂かれていく。
隆一は思った。
百軒ばあさんは、
悪人ではない。
努力もした。
我慢もした。
家を守った。
だが、
自分の地図を疑わなかった。
それが、
彼女を地獄へ連れていった。
隆一は書いた。
「ばあさんは
百軒の家を持っていた。
だが、
令和の地図を
一枚も持っていなかった」
………
■第十五章
Z世代、
AIを杖に壊れた世界を疾走する
蒼太は、
最初から強い少年ではなかった。
家は古い借家。
父は夜勤。
母はパート。
家賃が五千円上がるだけで、
夕飯の会話が減る。
父は疲れて黙る。
母は笑う回数が減る。
蒼太は、
聞きたいことを親に聞けなかった。
だから、
AIに聞いた。
敷金って何?
家賃値上げは断れる?
奨学金は借金?
AIに仕事を奪われる?
これから何を勉強すればいい?
日本は本当に大丈夫?
AIは答えた。
完璧ではない。
間違えることもある。
だが、
蒼太にとってAIは、
初めて自分の質問を最後まで
聞いてくれる相手だった。
隆一は、
蒼太に言った。
「AIを神様にしたらいけん」
「はい」
「でも、杖にはなる」
「杖?」
「壊れた橋を渡る時、
杖が一本あるだけで違う。
ただし、
どの橋を渡るかは、
自分で決めんといけん」
蒼太は黙ってうなずいた。
彼はもう、
ただの高校生ではなかった。
AIで調べる。
ニュースをつなげる。
大人の言葉を疑う。
契約書を読む。
家賃を計算する。
世界の借金と、
自分の未来をつなげる。
Z世代は、
かわいそうな世代ではない。
壊れた世界の上を、
AIを杖にして走り始めた世代だった。
隆一は、
蒼太の背中を見ながら思った。
この子たちには、
正解よりも非常口が必要だ。
立派な説教より、
一枚の地図が必要だ。
そして、
地図は与えるものではない。
一緒に描くものだ。
………
■最終章
日本は沈没しなかった。
ただ配分表に名前を刻まれた
夏の夕暮れ。
空は赤く、
町はいつも通りに見えた。
スーパーには商品がある。
コンビニには弁当がある。
スマホはつながる。
AIは返事をする。
銀行の残高も表示される。
日本は沈没していない。
だが隆一には、
見えていた。
すべてに、
順番がつき始めている。
誰に油を回すか。
誰に電気を回すか。
誰にAIの計算力を回すか。
誰の荷物を先に運ぶか。
誰の手術を先にするか。
誰の工場を先に動かすか。
誰の未来を後回しにするか。
蒼太が隣に立っていた。
「隆一さん」
「なんじゃ」
「僕、ニュースを見る時、
棚の奥を見るようにします」
隆一は笑った。
「それでええ」
「数字の裏も見ます」
「ええ」
「AIも使います。
でも、歩く方向は自分で決めます」
隆一は、
少しだけ目を細めた。
「上出来じゃ」
夕暮れの光が、
二人の影を長く伸ばした。
隆一は、
最後の言葉を蒼太に伝えた。
「日本は沈没しない。
スーパーも空っぽにならない。
電気も完全には止まらない。
ただ、
すべてに順番がつく」
蒼太は、
真剣な目で聞いていた。
「君の未来が、
後回しにされるか。
それとも優先されるか。
それは、
これから
君がどう動くかで決まる」
隆一は、
小さく笑った。
「配分表に名前を書かれる側で
終わるな」
蒼太はうなずいた。
「表を読む側になれ」
蒼太の目が、
少しだけ強くなった。
「そしていつか」
隆一は、
夕暮れの町を見た。
「新しい表を作る側になれ」
その夜、
隆一は小説の最後にこう書いた。
「ほんまに怖い未来いうんは、
何もなくなることやない。
物はある。
技術もある。
金もある。
AIもある。
それでも、
君のところへ届く順番が、
もう誰かに
決められ始めている
ことなんじゃ」
書き終えた時、
隆一のスマホが震えた。
蒼太からだった。
《隆一さん。
僕、将来、
配分表を作る側になります。
でも、
人を後回しにしない表を
作りたいです》
隆一は、
その画面を見て、
しばらく黙っていた。
そして、
誰にも見られないように、
少しだけ泣いた。
………
❥Z世代のあなたへ
君たちは、
不幸な世代じゃない。
ただ、
とんでもなく刺激的で、
危険で、
チャンスに満ちた時代の、
最初のプレイヤーだ。
昔の配給は、
紙の切符だった。
コロナの配分は、
予約サイトだった。
これからの配分は、
アプリの在庫表示、
AIの利用制限、
電気料金、
病院の予約枠、
航空券の価格、
就職のアルゴリズム、
そして君の給料明細に現れる。
だから君に必要なのは、
ニュースを暗記することじゃない。
つなげる力だ。
卵パックとホルムズ海峡をつなげ。
家賃五千円と世界の借金をつなげ。
AIの歌声とナフサをつなげ。
国債の利息と給料明細をつなげ。
スーパーの棚と君の未来をつなげ。
歴史の配給切符と、
令和のAI利用制限をつなげ。
そのつなげる力こそが、
これからの最強の武器になる。
怖がるな。
でも、
何も考えずに安心するな。
AIを使え。
でも、
AIに人生を丸投げするな。
棚の奥を見ろ。
数字の裏を見ろ。
大人のきれいな言葉の下にある、
配分表を読め。
君の未来は、
まだ完全には決められていない。
だから走れ。
配分表に名前を書かれる側で
終わるな。
表を読む側になれ。
そしていつか、
人を切り捨てない、
新しい表を作る側になれ。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの
笑いの骨頂
――ボケとツッコミ、
笑いと涙の
配分国家講座――
ワトソン
「ホームズ、
今回の事件、
犯人が多すぎますよ。
戦時配給、コロナ、ウクライナ、
ベネズエラ、ホルムズ、
AI、国債、ナフサ、ツナマヨ。
もう推理小説というより、
冷蔵庫の中身全部入り鍋です」
ホームズ
「ワトソン君。
それが現代だ」
ワトソン
「雑にまとめましたね!」
ホームズ
「現代の事件は、
単独では起きない。
ツナマヨおにぎり一個にも、
海峡と石油と包装フィルムと
軽油が入っている」
ワトソン
「いや、
ツナとマヨネーズと
米じゃないんですか?」
ホームズ
「君は表面しか見ていない」
ワトソン
「じゃあホームズには
何が見えるんです?」
ホームズ
「ツナの向こうに漁船。
マヨネーズの向こうに
食用油。
包装の向こうにナフサ。
配送の向こうに軽油。
そして棚の奥にホルムズ海峡」
ワトソン
「おにぎり一個で世界一周してる!」
ホームズ
「現代のコンビニは、
世界経済の縮図だよ」
ワトソン
「でも戦時配給まで出てくると、
さすがに重いですね」
ホームズ
「重いからこそ、
忘れてはいけない。
昔の配給切符は紙だった。
今の配分表は画面の中にある」
ワトソン
「画面の中?」
ホームズ
「ワクチン予約サイト。
病院の予約枠。
航空券の残席。
AIの利用制限。
抽選販売。
お一人様一点まで。
全部、現代の配分表だ」
ワトソン
「うわあ。
急にスマホが
配給手帳に見えてきました」
ホームズ
「よろしい。
少し見えてきたようだ」
ワトソン
「でもホームズ、
見えすぎると疲れませんか?」
ホームズ
「疲れる。
だから笑うのだ」
ワトソン
「笑う?」
ホームズ
「怖い現実を
笑いに変えられる人間は、
まだ負けていない」
ワトソン
「なるほど。
じゃあ、
ツナマヨおにぎりを
半分こしましょう」
ホームズ
「いいだろう」
ワトソン
「これは配給ですか?」
ホームズ
「違う。
友情による自主的な配分だ」
ワトソン
「言い方!」
ホームズ
「覚えておきたまえ、
ワトソン君。
最悪の配分国家とは、
物が足りない国ではない」
ワトソン
「では?」
ホームズ
「誰が決めているのか、
誰も見えなくなる国だ」
ワトソン
「それは怖い」
ホームズ
「だから、棚の奥を見ろ。
数字の裏を見ろ。
配分表を読め」
ワトソン
「そして?」
ホームズ
「いつか、
人を後回しにしない表を
作る側になれ」
ワトソン
「ホームズ……
今日は泣かせに来ましたね」
ホームズ
「たまにはね」
ワトソン
「では、いただきます」
ホームズ
「いただきます」
二人は、
小さなツナマヨおにぎりを
半分ずつ分けた。
笑いながら食べた。
少し泣きながら食べた。
その白いご飯の中に、
戦時配給の記憶と、
コロナの予約画面と、
ホルムズの海と、
商社マンの胃痛と、
若者の未来が、
ほんの少し混ざっていることを、
二人はもう知っていた。
………
おしまい。
【その② ここまで】




