タンカーは財布だった ――67歳の元証券マン仙人が、ホルムズの裏金と金融の便秘を読んで、Z世代に「出口に近い場所で生きろ」と伝えた話――
✦タンカーは財布だった
………
――67歳の元証券マン仙人が、
ホルムズの裏金と
金融の便秘を読んで、
Z世代に
「出口に近い場所で生きろ」
と伝えた話――
………
戦争は、
ミサイルで始まるんじゃない。
先に動くんは、
タンカーと、
銀行口座と、
言い訳のうまい人間じゃ。
そして
一番最後に気づくんが、
スーパーの棚の前に立った
日本人なんじゃ。
………
★目次
■第一章
タンカーは財布だった
■第二章
35の名前が、
世界の銀行を黙らせた
■第三章
ティーポットで
戦争を沸かす国
■第四章
海に浮かぶ銀行口座
■第五章
凍った三億四千四百万ドル
■第六章
シンガポールの
取引部門が震えた日
■第七章
銀行員は探偵になった
■第八章
ガソリン不足を予言した男
■第九章
敵の財布、自分の財布
■第十章
債券は黙って沈む
■第十一章
英国ギルト危機の亡霊
■第十二章
信用不況を知らない
子どもたち
■第十三章
昨日できたことは、
明日もできるという病気
■第十四章
金融護身術
❥Z世代の君へ
――出口に近い場所で
生きろ
………
■第一章
タンカーは財布だった
そのおじいちゃんは、
ふるさとの
古い家に住んでいた。
年齢は六十七歳。
昔は
証券会社に勤めていた。
若い頃は、
口八丁手八丁だった。
相場が荒れても、
客が怒鳴っても、
支店長会議で詰められても、
言葉で切り抜けた。
「ここは一度、
様子を見ましょう」
「損切りは
負けではありません」
「相場は逃げません。
逃げるのは信用です」
そんなことを、
昔はすらすら言えた。
ところが今は違った。
言葉が出てこない。
頭の中では、
世界が一本の線で
つながっている。
ホルムズ海峡。
イラン。
アメリカ財務省。
シャドーバンキング。
中国の製油所。
タンカー。
保険。
銀行。
ナフサ。
卵パック。
スーパーの棚。
全部つながっている。
それなのに、
嫁さんのまゆみちゃんに
説明しようとすると、
「つまりな、
タンカーが……
財布なんじゃ」
と言ってしまう。
まゆみちゃんは、
味噌汁をかき混ぜながら
言った。
「また始まった。
今度は船が財布かね」
おじいちゃんは黙った。
昔なら、
十秒で相手をつかめた。
今は、
嫁さんひとりにすら
伝わらない。
それでも、
スマホのニュースだけは
毎朝見ていた。
ゴールデンウィーク前の朝。
アメリカの財務長官、
ベッセントの発言が
目に入った。
✲「イランの石油生産は、
間もなく崩壊する」
次は、
ガソリン不足が起こる。
おじいちゃんの指が
止まった。
「これは……
ただの原油の話じゃない」
胸の奥で、
昔の証券マンの勘が、
小さく鳴った。
チリン。
それは、
証券会社の店頭で、
大暴落の前に
感じた音に似ていた。
まだ誰も騒いでいない。
まだ
テレビは
普通の顔をしている。
まだ
スーパーには商品がある。
まだ
ガソリンスタンドは
営業している。
だからこそ、
怖かった。
おじいちゃんは、
ノートを開いた。
震える字で書いた。
タンカー=財布
銀行=水門
保険=鍵
制裁=蛇口を締める
生活=最後に濡れる場所
自分で読んでも、
わけがわからなかった。
「わし、
ほんまに
ボケてきたんかのう」
そう言いながら、
もう一度スマホを見た。
ホルムズ海峡を通る原油。
影の銀行。
制裁対象。
暗号資産凍結。
中国のティーポット製油所。
そこに並んでいた言葉は、
ニュースのようでいて、
昔見た
倒産寸前の会社の決算書
にも似ていた。
数字はまだ動いている。
だが、
血流が悪い。
おじいちゃんはつぶやいた。
「これは金融の……
便秘じゃな」
まゆみちゃんが
台所から言った。
「朝から
汚いこと言わんで」
おじいちゃんは、
少しだけ笑った。
だが、
その目は笑っていなかった。
■第二章
35の名前が、
世界の銀行を黙らせた
✲「米財務省は、
イラ●の影の銀行網に
関わる
三十五の個人や
団体を制裁対象にした」
ニュースでは、
さらりと流れた。
三十五団体。
普通の人は、
そこで読むのをやめる。
三十五という数字は、
多いようで、
遠い。
けれど、
元証券マンの
おじいちゃんには
違って見えた。
三十五の名前は、
三十五人を止めるためだけの
名前ではなかった。
世界中の銀行に向けた、
大きな赤い札だった。
✲関わったら、
お前も危ない。
→その札を見た銀行は、
急に慎重になる。
→昨日まで通った送金が、
今日は止まる。
→昨日まで
普通だった取引が、
今日は確認中になる。
昨日まで笑顔だった
銀行員が、
今日は小さな声で言う。
「念のため、
確認させてください」
おじいちゃんは、
この言葉を知っていた。
証券会社時代、
危ない会社の
資金繰りが詰まり始める時、
必ず似た言葉が出た。
「本部確認になります」
「追加資料を
お願いします」
「今回は少し
時間をいただきます」
言葉が変わる。
空気が変わる。
それから金が止まる。
ゴールデンウィーク明け、
町の小さな
機械部品会社の社長が、
信用金庫の前で怒っていた。
「わしは普通に
部品を輸出しとるだけじゃ。
なんで相手の親会社まで
聞かれるんじゃ」
銀行員は、
申し訳なさそうに
頭を下げた。
「海外送金の確認が
厳しくなっておりまして」
「相手は何十年も
付き合いのある
会社じゃぞ」
「その先の取引関係も、
確認が必要になって
おります」
社長は言った。
「わしゃ部品屋じゃ。
探偵じゃない」
おじいちゃんは、
少し離れた場所で
それを聞いていた。
そして小さくつぶやいた。
「今は、
銀行員も探偵にならんと、
金を流せん時代なんじゃ」
昔、
銀行は川だった。
お金が上流から下流へ流れた。
けれど今、
銀行は水門になった。
開けるか。
閉めるか。
少しだけ流すか。
全部止めるか。
それを決める人間が、
世界中で震え始めていた。
三十五の名前は、
ただの名簿ではなかった。
世界の銀行の
喉に引っかかった、
小さな骨だった。
■第三章
ティーポットで
戦争を沸かす国
おじいちゃんは、
ニュースの中で
妙な言葉を見つけた。
✲ティーポット製油所
かわいい名前だった。
湯気の立つ紅茶。
小さなポット。
午後のお茶。
そんなものを
想像してしまう。
しかし記事を読んで、
おじいちゃんは
顔をしかめた。
ティーポット製油所とは、
中国の独立系製油所の
ことだった。
そしてその一部が、
イラ●の原油を買う出口に
なっているという。
イラ●が原油を売る。
普通に売ると制裁で止まる。
そこで船名を変える。
書類を変える。
会社名を変える。
仲介業者を挟む。
そして遠く離れた製油所で、
別の顔をした油になる。
おじいちゃんは、
ノートに書いた。
ティーポット
=紅茶ではない
ティーポット
=火種を沸かす鍋
自分で読んで、
少し笑った。
「また変なこと
書いとるな、わし」
その日の夕方、
近所の大学生が、
おじいちゃんの家に来た。
親戚の子で、
都会の大学に通っている。
スマホを見ながら言った。
「じいちゃん、
ティーポット製油所
って何?
名前かわいいけど」
おじいちゃんは、
待ってましたとばかりに
顔を上げた。
しかし、
言葉が詰まった。
「ええか。
ティーポットいうんはな……
紅茶を……
いや、
紅茶じゃないんじゃ。
火を……
世界の……
ええと……」
大学生は笑った。
「じいちゃん、
ゆっくりでいいよ」
おじいちゃんは、
深呼吸した。
昔の営業トークではなく、
今の自分の言葉を探した。
「盗んだ
リンゴがあるとする」
「急にリンゴ?」
「そのリンゴを、
盗んだまま売るとバレる。
じゃけえ、
別の箱に入れる。
別の店のシールを貼る。
ジュースにする。
そうしたら、
元がどこのリンゴか
わからんようになる」
大学生はうなずいた。
「つまり、
イラ●の原油を
別物に見せる場所?」
「そうじゃ。
ティーポットで紅茶を
沸かしとるんじゃない。
世界の火種を
沸かしとるんじゃ」
大学生は、
少しだけ目を丸くした。
「その言い方、
ちょっと怖いね」
おじいちゃんは、
うれしそうに笑った。
伝わった。
久しぶりに、
言葉が人の中へ
入った気がした。
■第四章
海に浮かぶ銀行口座
タンカーは、
船だと思われている。
巨大な鉄の腹に、
原油を積んで、
海を渡る船。
だが、
おじいちゃんには
違って見えた。
タンカーは、
海に浮かぶ銀行口座だった。
口座名義は船名。
通帳は航跡。
印鑑は保険証書。
残高は、
積んでいる原油のバレル数。
その船がどこから来たのか。
どこへ向かうのか。
途中で誰と接触したのか。
どの港に入ったのか。
いつ船名を変えたのか。
それは、
お金の足跡そのものだった。
おじいちゃんは昔、
証券会社で
怪しい資金移動を
見たことがあった。
名義を変える。
会社を挟む。
親族を挟む。
別口座を使う。
悪い金は、
いつも名札を変えて歩く。
海の上でも同じだった。
船が名前を変える。
船から船へ積み替える。
書類上の産地が変わる。
保険会社が変わる。
それでも、
本当に消えるわけではない。
足跡は残る。
おじいちゃんは、
大学生に言った。
「人間は嘘をつく。
けど、
足跡はようしゃべる」
「船の足跡?」
「そうじゃ。
船の動きは、
株価チャートに似とる。
大事なのは、
言い訳やない。
どこへ動いたかじゃ」
大学生は
スマホで地図を見た。
ホルムズ海峡。
ペルシャ湾。
インド洋。
南シナ海。
日本。
画面の上では、
ただの線だった。
けれど、
おじいちゃんには見えていた。
その線の上を、
原油だけでなく、
信用と不安と裏金が
流れている。
そしてある日、
その流れが止まる。
船が止まる。
保険が止まる。
銀行が止まる。
支払いが止まる。
商品が止まる。
最後に、
スーパーの棚の
奥行きが薄くなる。
大学生は言った。
「じいちゃん、
なんか全部
つながってるんだね」
おじいちゃんはうなずいた。
「そうじゃ。
世界は
便利になったんじゃない。
細い管で
つながりすぎたんじゃ」
■第五章
凍った三億四千四百万ドル
おじいちゃんは、
暗号資産が苦手だった。
ビットコイン。
ウォレット。
ブロックチェーン。
ステーブルコイン。
横文字が多すぎる。
昔の証券マン時代なら、
新商品を覚えるために
必死で勉強した。
だが今は、
単語を見ただけで
疲れる。
それでも、
ある数字だけは
目に刺さった。
三億四千四百万ドル。
✲「イラ●関連とされる
暗号資産が、
凍結されたという」
おじいちゃんは、
しばらくその数字を見ていた。
三億四千四百万ドル。
日本円にすれば、
何百億円という金になる。
昔の裏金は、
紙袋に入っていた。
金庫に入っていた。
貸金庫に入っていた。
今の裏金は、
スマホの中にいた。
しかし、
スマホの中に逃げた金も、
凍れば動かない。
ただの数字の氷になる。
おじいちゃんは、
大学生に言った。
「わしには
暗号資産はようわからん」
「じいちゃん、
無理しなくていいよ」
「けどな、
凍ったお金は動かん。
それだけはわかる」
大学生は笑った。
「それはわかりやすい」
おじいちゃんは続けた。
「昔は金庫破りいうたら、
泥棒がドリルで
穴を開けた。
今は違う。
遠くの国の役所が、
この財布は使えませんと
言うだけで、
金庫が凍る」
「デジタル金庫破りだね」
おじいちゃんは目を細めた。
「そうじゃ。
お前の方が
言葉がうまいのう」
大学生は照れた。
だが、
おじいちゃんは
心の中で少し焦っていた。
若い人は、
新しい言葉を早く覚える。
自分は、
言葉を忘れていく。
しかし、
忘れていないものもある。
お金は、
動いている時は強い。
止められた瞬間、
ただの数字になる。
証券会社時代に、
何度も見た。
評価額はあった。
含み益もあった。
でも、
売れない相場では、
数字は数字でしかなかった。
おじいちゃんは
ノートに書いた。
デジタルのお金も、
流れなければ氷。
そしてその下に、
もう一行書いた。
流動性こそ命。
■第六章
シンガポールの
取引部門が震えた日
制裁は、
対象になった会社だけを
止めるのではない。
その会社と
握手したことのある会社。
同じ船を使った会社。
同じ銀行を使った会社。
同じ請求書に
名前が出た会社。
みんなが急に、
自分の手を見始める。
汚れていないか。
危ないものに
触れていないか。
おじいちゃんは、
それを
「金融の蜘蛛の子散らし」
と呼んだ。
ある中国系の
製油所が制裁を受ける。
すると、
シンガポールの
取引部門が震える。
ブローカーが逃げる。
船舶仲介業者が黙る。
デリバティブの相手方が、
契約書を読み直す。
昨日まで
儲かる取引だったものが、
今日から
触りたくない取引になる。
おじいちゃんは、
昔のことを思い出した。
ある会社の株が
急落した時。
最初に逃げたのは、
その会社の
株主ではなかった。
取引先だった。
次に銀行。
次に仕入れ先。
最後に社員。
危ないという噂は、
火より早く回る。
大学生が聞いた。
「じいちゃん、
会社が
悪いことしてなくても、
逃げられるの?」
おじいちゃんは答えた。
「相場で一番怖いんは、
悪いこと
そのものやない」
「じゃあ何?」
「あいつと付き合うと
危ない、
という匂いじゃ」
大学生は黙った。
おじいちゃんは、
さらに言った。
「人間関係でも同じじゃ。
悪い人間とつるんどる
と思われたら、
何もしてなくても
距離を置かれる。
金融も同じじゃ」
「それって、
かなり怖いね」
「怖い。
じゃけえ、
昔の証券会社では、
信用という言葉を
軽く使わんかった」
✲信用
それは、
ある時までは
空気のようにある。
しかし
一度なくなると、
どこにも売っていない。
■第七章
銀行員は探偵になった
ゴールデンウィークが
明けた。
町は普通に見えた。
小学生は
ランドセルを背負い、
会社員は眠そうな顔で
駅へ向かい、
スーパーには
広告のチラシが
貼られていた。
けれど、
銀行の中だけは
違っていた。
海外送金の窓口で、
行列ができていた。
ある社長は怒っていた。
ある輸入業者は
困っていた。
ある若い担当者は、
額に汗をかいていた。
「最終需要者を
確認させてください」
「この会社の
実質的支配者は
どなたですか?」
「船会社との
関係はありますか?」
「イラ●関連の
制裁対象との
接点はありませんか?」
町工場の社長が叫んだ。
「わしゃネジを
売っとるだけじゃ!」
銀行員は頭を下げた。
「今は、
ネジの先まで
確認が必要でして…」
おじいちゃんは、
後ろの椅子に座って
それを聞いていた。
そして心の中で
つぶやいた。
銀行員は、
お金を流す人から、
探偵になった。
証券会社時代にも、
同じような顔を見た。
信用不安の時、
銀行員の声は変わる。
最初は丁寧になる。
次に慎重になる。
最後に冷たくなる。
「本部審査です」
「追加資料をお願いします」
「保証をもう一枚」
「今回は見送りとさせて
いただきます」
その四つの言葉が
増えた時、
町の血流は細り始める。
おじいちゃんは、
大学生に言った。
「信用不況いうんはな、
お金がなくなる
ことじゃない」
「じゃあ何?」
「金を持っとる人間が、
急に
貸さなくなることじゃ」
大学生は、
銀行の窓口を見た。
そこには、
ミサイルも、
戦車も、
爆発音もなかった。
ただ、
書類が一枚増えていた。
確認事項が一つ増えていた。
印鑑を押す場所が、
ひとつ増えていた。
おじいちゃんは言った。
「危機はな、
大きな音で来るとは
限らん。
“確認させてください”
という声で
来ることもあるんじゃ」
■第八章
ガソリン不足を
予言した男
ベッセント財務長官は
言った。
「イラ●の石油生産は、
間もなく崩壊する」
次は、
「ガソリン不足が起こる」
ニュースの字幕は
勇ましかった。
敵の石油を止める。
敵の財布を締める。
敵の国内に不満を起こす。
戦争を直接しなくても、
お金と油の流れを
締めれば、
相手は苦しむ。
それは、
現代の兵糧攻めだった。
けれど、
おじいちゃんは
拍手しなかった。
テレビに向かって、
小さく言った。
「敵の蛇口を締めたら、
世界の配管全体が
揺れるんじゃ」
イラ●のガソリンが
足りなくなる。
それは確かに、
イラ●にとって痛みだろう。
だが、
世界の油は、
国ごとに完全に分かれた
水道ではない。
✲どこかの蛇口を
急に締めれば、
別の場所の圧力も変わる。
→中国の製油所が震える
→タンカーの保険が震える
→米国の
ガソリンスタンドが
震える
→日本のナフサが震える
→卵パックが震える
→惣菜容器が震える
→スーパーの値札が震える
大学生が聞いた。
「でも、
イラ●を止めたら、
いいことじゃないの?」
おじいちゃんは、
少し考えてから答えた。
「悪い金を
止めるのは必要じゃ。
けどな、
蛇口を締める時は、
配管全体を見る
必要がある」
「配管?」
「世界は
一軒家じゃない。
古い団地
みたいなもんじゃ。
隣の部屋の
水道をいじったら、
こっちの風呂の湯も
濁ることがある」
大学生は笑った。
「じいちゃん、
急に団地の話?」
「それくらいにせんと、
わしにもわからん」
おじいちゃんは、
自分で言って笑った。
けれど、
心の奥では
別のものを感じていた。
強い言葉ほど、
裏に弱い場所がある。
証券会社時代、
何度も見た。
「絶対大丈夫」
「ここが底です」
「今こそ買い場です」
そんな強い言葉のあとに、
何度も板が消えた。
おじいちゃんは、
テレビの中の
強い言葉を見ながら、
昔の相場の匂いを
思い出していた。
■第九章
敵の財布、自分の財布
アメリカは産油国だった。
シェールがある。
油田がある。
掘る技術がある。
だから、
原油高になれば、
雇用が増える人もいる。
石油会社は儲かる。
油田サービス会社も
忙しくなる。
その町では、
ホテルが埋まり、
トラックが走り、
食堂がにぎわう
かもしれない。
けれど、
アメリカ国民全員が、
油田で働いている
わけではない。
多くの人は、
車で通勤する。
車で子どもを送る。
車で買い物に行く。
ガソリンが上がれば、
毎朝、財布を殴られる。
おじいちゃんは、
スマホで
アメリカのニュースを
見ながら言った。
「イラ●の油田の名前は
知らんでも、
近所のガソリンスタンドの
数字は知っとる」
大学生がうなずいた。
「日本でも同じだね」
「そうじゃ。
戦争の説明は
テレビで聞く。
けど、
戦争の代金は
レシートで払う」
米国では、
イラ●を締め上げることを
支持する人もいる。
一方で、
ガソリン代と生活費に
怒る人もいる。
シェールで
働く人にとって、
原油高は仕事かもしれない。
シェールで
働かない人にとって、
原油高はただの
高いガソリンである。
おじいちゃんは
ノートに書いた。
✲敵の財布を締めると、
自分の財布もきしむ
それは、
証券会社時代に
何度も見た構図だった。
ある会社を叩けば、
取引先も沈む。
ある銀行を締めれば、
借り手も詰まる。
ある国を制裁すれば、
その国とつながる世界の
管も揺れる。
大学生が聞いた。
「じゃあ、
何もしない方が
いいの?」
おじいちゃんは
首を振った。
「違う。
悪い金は
止めにゃいけん。
でも、
止めた時に
何が揺れるかを、
見んといけん」
「それがリスク管理?」
「そうじゃ。
正義だけでは、
請求書は消えん」
大学生は黙った。
おじいちゃんは、
テレビの中の
アメリカの
ガソリンスタンドを
見ながら、
小さく言った。
「戦争の成果は
会見で語られる。
戦争の代金は、
庶民が一ガロンずつ
払うんじゃ」
■第十章
債券は黙って沈む
株は叫ぶ。
為替は走る。
原油は燃える。
だが、
債券は黙って沈む。
これが、
おじいちゃんの
口癖になった。
大学生は最初、
意味がわからなかった。
「債券って、
国債とかのこと?」
「そうじゃ」
「安全なやつじゃないの?」
おじいちゃんは苦笑した。
「安全なものほど、
危なくなった時に怖い」
✲ホルムズ海峡の緊張で
原油が上がる
→原油が上がると、
物流費が上がる
→物流費が上がると、
物価が下がりにくくなる
→物価が下がらないと、
金利も下がりにくくなる
→金利が高止まりすると、
債券価格は下がる
→政府は
借金の利払いに苦しむ
→銀行や保険会社や
年金基金は、
持っている国債の
値下がりに悩む
表向き、
町は普通に見える。
スーパーも開いている。
電車も走っている。
会社員も出勤している。
だが、
金融の地下では、
地盤が少しずつ沈む。
おじいちゃんは言った。
「株が下がると、
みんなニュースを見る。
原油が上がると、
ガソリンスタンドを見る。
でも国債が沈んでも、
普通の人は気づかん」
「でも、
あとから効く?」
「そうじゃ。
見えにくい刃物ほど、
深く刺さる」
おじいちゃんは、
昔の顧客を思い出した。
安全だと思って、
債券や投信に
大金を入れていた人たち。
金利が動いた時、
「安全」の意味が
変わった。
絶対安全など、
相場にはない。
あるのは、
しばらく安全に見えていた
だけのものだ。
大学生は言った。
「じいちゃん、
怖いこと
ばっかり言うね」
おじいちゃんは
首を振った。
「怖がらせたいんじゃない。
見えにくい場所を
見る癖を
つけてほしいんじゃ」
そしてノートに書いた。
金利は、
庶民には見えにくい。
だが、
見えにくい刃物ほど、
深く刺さる。
■第十一章
英国ギルト危機の亡霊
おじいちゃんは、
英国の話をした。
若者には、
少し遠い話だった。
英国。
ギルト。
年金基金。
LDI。
担保差し入れ。
単語だけ聞けば、
眠くなる。
大学生も、
あくびをしそうになった。
おじいちゃんは、
それに気づいて言った。
「難しい言葉は忘れろ。
ベルトの話じゃ」
「ベルト?」
「安全のために
締めたベルトで、
首が締まった話じゃ」
英国では、
金利が急に上がり、
国債価格が下がった。
✲安全だと思っていた
国債が下がる
→担保を出せと
言われる
→担保を出すために、
また国債を売る
→売るから、
もっと下がる
→もっと下がるから、
もっと担保を出せと
言われる
それは、
雪だるまではなかった。
坂道を転がる、
鉄の玉だった。
おじいちゃんは、
茶碗を持ちながら言った。
「安全ベルトを
締めたつもりが、
そのベルトで
首が締まった。
これがギルト危機じゃ」
大学生は、
ようやく顔を上げた。
「それならわかる」
「じゃろ」
「日本でも起こるの?」
おじいちゃんは、
すぐには答えなかった。
庭の小さな木を見た。
風はない。
葉はほとんど
揺れていない。
それでも、
遠くの空は
少し暗かった。
「同じ形では
起きんかもしれん。
けど、
同じ匂いは
出るかもしれん」
「匂い?」
「金利が上がる。
国債が下がる。
担保を出せと言われる。
誰かが売る。
みんなが売る。
買い手が消える。
これが流動性の崩壊じゃ」
大学生は黙った。
おじいちゃんは続けた。
「信用不況いうんは、
お金がなくなる
ことじゃない。
金を持っとる人が、
急に貸さなくなる
ことじゃ」
遠くで、
救急車の音がした。
町はまだ普通だった。
しかしおじいちゃんには、
その普通さが、
少し怖かった。
■第十二章
信用不況を知らない
子どもたち
若い市場参加者は、
リーマンショックを
知らない。
知識としては知っている。
映像も見た。
本も読んだ。
グラフも見た。
しかし、
体では知らない。
電話が鳴り止まない
営業店。
売りたくても
売れない株。
借り換え
できない会社。
昨日まで
笑っていた社長が、
急に電話に出なくなる朝。
銀行の声が、
一段低くなる瞬間。
そういうものを、
体で知らない。
おじいちゃんは、
それを責めなかった。
若い人が
悪いわけではない。
長く起きていない危機は、
危機が去ったのではない。
人間の記憶から
退場しただけなのだ。
大学生が言った。
「でも今はAIがあるよ。
データも多いし、
昔より
予測できるんじゃない?」
おじいちゃんは、
しばらく黙った。
そして言った。
「AIはな、
昨日までの道を
覚えるのは得意じゃ」
「うん」
「けど、
橋が落ちた日に、
川を泳いだ経験はない」
大学生は、
言葉を失った。
おじいちゃんは、
自分でも驚いた。
今のは少し、
昔の自分に近かった。
証券会社時代、
顧客に説明していた時の、
あの言葉の手触り。
戻ってきた。
少しだけ。
おじいちゃんは続けた。
「モデルいうんは、
過去の経験を
食べて育つ。
長く起きてないことは、
食べ物として足りん。
じゃけえ、
危機が消えたように
見える」
「でも本当は?」
「本当は、
人間が忘れただけじゃ」
大学生は、
スマホを閉じた。
初めて、
画面ではなく、
おじいちゃんの顔を見た。
おじいちゃんは、
少し恥ずかしくなって、
湯呑みに口をつけた。
それは、
久しぶりに
誰かへ届いた言葉だった。
■第十三章
昨日できたことは、
明日もできるという病気
おじいちゃんは、
毎朝同じ時間に起きる。
顔を洗う。
仏壇に手を合わせる。
コーヒーを飲む。
スマホでニュースを見る。
同じ道を歩く。
同じスーパーに行く。
同じ棚を見る。
同じレジに並ぶ。
そして、
同じように帰ってくる。
そのたびに思う。
今日も普通じゃった。
けれど、
ある朝、
おじいちゃんは気づいた。
わしも同じじゃ。
日本人は
正常化バイアスに
かかっとる、
などと言いながら、
自分も昨日と同じ朝に
すがっていた。
昨日できたことは、
今日もできる。
今日できたことは、
明日もできる。
人間は、
そう思いたい。
そう思わないと、
毎日が怖すぎる。
だから、
危険を小さく見る。
少し高いガソリン。
少し薄い棚。
少し長い銀行の確認。
少し遅い配送。
少し増えた前払い条件。
少し消えた求人。
少し上がった家賃。
ひとつひとつは、
たいしたことではない。
だが、
全部が同じ方向を
向いた時、
それは危機になる。
おじいちゃんは、
スーパーで
ツナマヨおにぎりを見た。
少し小さくなった
気がした。
気のせいかもしれない。
包装フィルムも、
少し薄くなった気がした。
気のせいかもしれない。
値段も、
少し上がった気がした。
気のせいではなかった。
おじいちゃんは、
そのおにぎりを買わずに、
しばらく見ていた。
ツナ。
マヨネーズ。
米。
海苔。
油。
酢。
卵。
フィルム。
ラベル。
配送。
冷蔵。
廃棄管理。
小さな白い具の中に、
世界が詰まっていた。
そして世界は今、
少しずつ
目詰まりしていた。
大学生が横から言った。
「じいちゃん、
おにぎり買わないの?」
おじいちゃんは答えた。
「買う。
けど、
今日はこのおにぎりに、
世界の配管が
見えたんじゃ」
大学生は笑った。
「また変なこと言ってる」
おじいちゃんも笑った。
けれど、
今度の笑いは、
以前とは違っていた。
変な言葉でもいい。
伝えることの方が
大事だった。
■第十四章
金融護身術
おじいちゃんは、
大学生と
数人の若者を集めた。
場所は、
町の小さな公民館だった。
ホワイトボードには、
大きくこう書いた。
✲金融護身術
若者たちは笑った。
「じいちゃん、
投資セミナー?」
「違う」
「じゃあ詐欺対策?」
「それも少し違う」
「じゃあ何?」
おじいちゃんは、
ゆっくり言った。
✲「危ない場所に、
最後まで
立たない練習じゃ」
若者たちは黙った。
おじいちゃんは続けた。
「護身で
本当に大事なのは、
相手を倒す力ではない。
危ない匂いを感じて、
離れる力じゃ」
昔、
おじいちゃんは
証券マンだった。
儲かる銘柄を探した。
上がる株を勧めた。
相場の波に乗った。
けれど、
長い時間を経て、
最後に残った教訓は違った。
本当に大事なのは、
勝つことではない。
✲逃げ遅れないことだ
おじいちゃんは、
ホワイトボードに書いた。
一、強い言葉ほど疑え
二、昨日できたことが
明日もできると思うな
三、お金が詰まる前に
言葉が詰まる
四、人が笑っている時ほど
出口を見ろ
五、逃げることは
負けではない
若者の一人が聞いた。
「逃げるって、
かっこ悪くないですか?」
おじいちゃんは笑った。
「危ない場所に
最後まで立つ方が、
よっぽどかっこ悪い」
別の若者が聞いた。
「じゃあ、
何を見れば
いいんですか?」
おじいちゃんは言った。
「ニュースの
大見出しより、
小さな変化じゃ」
ガソリンスタンドの看板。
銀行員の声。
スーパーの棚の奥行き。
配送の遅れ。
会社の支払い条件。
求人票の数。
家賃の値上げ通知。
お一人様一点までの紙。
納期未定のメール。
おじいちゃんは言った。
「危機はな、
怖い顔で来るとは限らん。
“確認させてください”
“納期未定です”
“お一人様一点まで”
という顔で来る」
若者たちは、
もう笑っていなかった。
おじいちゃんは、
少しだけ
昔の顔に戻っていた。
言葉はまだ、
時々つまずいた。
でも、
伝わっていた。
………
❥Z世代の君へ
――出口に近い場所で生きろ
ホルムズ海峡は、
まだ完全には
落ち着いていなかった。
ニュースは言った。
市場は落ち着きを
取り戻しつつあります。
株価は反発しました。
原油価格は一服しました。
一部タンカーが
通航を再開しました。
人々は少し安心した。
SNSには、
旅行の写真が戻った。
スーパーでは、
特売の札が揺れていた。
テレビでは、
芸能ニュースが流れていた。
町は、
また普通の顔をし始めた。
けれど、
おじいちゃんは知っていた。
市場は先に安心する。
生活はあとから
請求書を払う。
おじいちゃんは、
最後に若者たちへ言った。
「Z世代の君へ」
若者たちは、
少し照れた顔をした。
おじいちゃんは続けた。
「わしは、
君らに怖がれと
言いたいんじゃない」
怖がるだけでは、
人は動けなくなる。
不安だけでは、
生活は細る。
怒りだけでは、
判断を間違える。
「怖がる前に、
見る癖をつけろと
言いたいんじゃ」
ニュースの
強い言葉を見る。
その裏にある
弱い場所を見る。
株価が上がった時、
船は本当に戻ったのかを
見る。
政府が大丈夫と言った時、
現場の銀行員の声を見る。
ガソリン価格を見る。
スーパーの棚を見る。
自分の固定費を見る。
借金を見る。
歩いて帰れる道を見る。
スマホが止まっても、
誰に連絡できるかを見る。
「便利さを捨てろとは
言わん」
おじいちゃんは言った。
「スマホも使え。
AIも使え。
キャッシュレスも使え。
ネット通販も使え。
便利なもんは使えばええ」
そして、
少し声を低くした。
✲「けど、
便利さに
全財産を預けるな」
若者たちは黙った。
✲銀行アプリが
止まっても、
少しは
動けるようにしとけ。
✲カードが使えん日が
あっても、
慌てんようにしとけ。
✲コンビニが
棚を減らしても、
一週間くらいは
飯が食えるようにしとけ。
✲会社が急に
冷たくなっても、
自分の頭で
次の道を考えられる
ようにしとけ
若者の一人が聞いた。
「じいちゃん、
出口ってどこですか?」
おじいちゃんは笑った。
「それを
人に聞いとるうちは、
まだ入口じゃ」
みんなが笑った。
おじいちゃんも笑った。
でも、
その目は少し濡れていた。
昔、
彼は株を売っていた。
今はもう、
そんな仕事はしていない。
けれど、
最後に
若い人へ渡せるものがある。
✲危ない流れを見る目
✲強い言葉を疑う力
✲昨日と同じ明日が
来るとは限らない
という感覚
✲危ない場所に
最後まで立たない勇気
おじいちゃんは、
ノートを開いた。
最後の一行を書いた。
生き残るとは、
勝つことではない。
危ない流れに、
最後まで付き合わない
ことである。
遠い海の方で、
タンカーは
まだ
迷っていた。
世界の銀行は、
まだ
探偵の顔をしていた。
債券は、
まだ
黙って沈んでいた。
けれど、
公民館の小さな部屋で、
若者たちの目だけは、
少しだけ出口の方を
向いていた。
▣▣▣
あなたに伝えたいことは、
恐怖ではありません。
準備です。
戦う準備ではありません。
逃げる準備でもありません。
危ない流れを感じた時に、
半歩だけ出口に近い場所へ
立つ準備です。
強い言葉に
飲まれないでください。
「絶対大丈夫」
「もう落ち着いた」
「今こそチャンス」
「影響は限定的」
こういう言葉が出た時こそ、
一度だけ
立ち止まってください。
お金が詰まる前に、
言葉が詰まります。
物流が止まる前に、
納期未定が増えます。
信用が消える前に、
確認事項が増えます。
生活が苦しくなる前に、
小さな値上げが重なります。
危機は、
大声で名乗って来ません。
いつもの値札。
いつもの請求書。
いつもの銀行員の声。
いつものアプリのエラー。
いつもの棚の薄さ。
そういう顔で来ます。
だから、
怖がりすぎず、
でも見ないふりを
しないでください。
便利さは使っていい。
でも、
便利さに魂まで
預けないでください。
スマホを持つなら、
スマホが止まった時の道も
持ってください。
キャッシュレスを使うなら、
少しの現金も
持ってください。
冷凍食品を使うなら、
常温で食べられるものも
持ってください。
会社に勤めるなら、
会社だけが人生ではないと
覚えてください。
投資をするなら、
勝つことよりも、
逃げ遅れないことを
覚えてください。
あなたが生きる時代は、
情報が速い時代です。
けれど、
速い情報ほど、
人を流します。
流されないために、
一度だけ
足元を見てください。
自分は今、
入口にいるのか。
出口に近い場所に
いるのか。
それを考えるだけで、
生き方は少し変わります。
勝たなくてもいい。
派手でなくてもいい。
最後まで危ない流れに
付き合わない。
それが、
これからの時代の
サバイバルです。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの
笑いの骨頂
――やすきよ漫才風――
✲ワトソン
「ホームズさん、結局この話、
株を買えいう話ですか?」
✲ホームズ
「違う、ワトソン君。
これは株の話ではない。
出口の話だ」
✲ワトソン
「出口?」
✲ホームズ
「そうだ。
火事になってから
非常口を探す者は遅い。
火事になる前から、
自分がどこに座っているかを
知っている者が生き残る」
✲ワトソン
「じゃあ、
Z世代は何をすれば
ええんです?」
✲ホームズ
「まずスマホの充電」
✲ワトソン
「急に現実的!」
✲ホームズ
「次に財布の中身」
✲ワトソン
「さらに現実的!」
✲ホームズ
「そして心の中に非常口だ」
✲ワトソン
「なんか急に名言みたいに
なりましたね」
✲ホームズ
「たまには言わせろ。
わしも六十七歳じゃ」
✲ワトソン
「ホームズさん、
六十七歳だったんですか?」
✲ホームズ
「設定じゃ」
✲ワトソン
「メタ発言やめなさい」
✲ホームズ
「だいたいな、
ワトソン君。
今の時代は、
探偵より
銀行員の方が
探偵をしとる」
✲ワトソン
「どういうことです?」
✲ホームズ
「送金先は誰ですか。
実質支配者は誰ですか。
船会社はどこですか。
制裁対象と関係ありますか。
これはもう銀行窓口ではない。
取調室だ」
✲ワトソン
「それは怖いですね」
✲ホームズ
「しかも犯人は、
だいたい請求書の中に
隠れている」
✲ワトソン
「ホームズさん、
今回の犯人は誰なんです?」
✲ホームズ
「犯人は一人ではない。
正常化バイアスだ」
✲ワトソン
「出ました、むずかしい言葉」
✲ホームズ
「簡単に言えば、
昨日できたことは
明日もできると
思い込む病気だ」
✲ワトソン
「それ、私もかかってますわ。
昨日食べたカレー、
今日もあると思ってました」
✲ホームズ
「それはただの食い意地だ」
✲ワトソン
「失礼な!」
✲ホームズ
「だが似ている。
人間は、
あると思ったものが
消えた時、
初めて依存に気づく」
✲ワトソン
「カレーも、
ガソリンも、
銀行送金も?」
✲ホームズ
「そうだ」
✲ワトソン
「じゃあホームズさん、
最後に読者へ一言」
✲ホームズ
「危ない時代を生きるコツは、
強くなることではない」
✲ワトソン
「では?」
✲ホームズ
「危ない流れに、
最後まで
付き合わないことだ」
✲ワトソン
「おお、締まりましたね」
✲ホームズ
「それとな」
✲ワトソン
「まだあるんですか?」
✲ホームズ
「ツナマヨを食べる時は、
世界の物流に感謝しろ」
✲ワトソン
「最後それですか!」
✲ホームズ
「あの白い具は、
マヨネーズではない」
✲ワトソン
「では何です?」
✲ホームズ
「世界の配管だ」
✲ワトソン
「やっぱりこのホームズ、
ちょっと
おとぼけ気味やな」
………
二人は笑った。
けれど、
笑い声の向こうで、
ガソリンスタンドの看板だけが、
また一円、
静かに上がっていた。
〜終わり




