スマホは光るのに、先にトイレが●んだ ――ホルムズ海峡封鎖、蓄電池の春、計画停電の日本で、◯ンヨーと月◯が走った七十二時間――
◆スマホは光るのに、
先にトイレが●んだ
――ホルムズ海峡封鎖、
蓄電池の春、
計画停電の日本で、
◯ンヨーと月◯が走った
七十二時間――
……
本当に怖い時代いうんは、
真っ暗闇で始まるんやない。
スマホは光っとる。
コンビニも明るい。
なのに、
町の腹が先に止まる。
それが、
この国のいちばん現代的で、
いちばんみじめな壊れ方じゃった。
………
★目次
■第一章
蓄電池の春
■第二章
ナフサの冬
■第三章
こはる、姉を追い抜きたい
■第四章
日本の化学工場が止まる日
■第五章
三ナノの細い橋
■第六章
政府対策本部、午後六時
■第七章
七十二時間の壁
■第八章
◯ンヨーの箱
■第九章
病院は光っていた
■第十章
月◯に電話が鳴る朝
■第十一章
トイレが先に死んだ
■第十二章
コンビニは明るい
■第十三章
アメリカは遠くで咳をした
■第十四章
まだら生存
■第十五章
こはるが見た未来
■あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
♡Z世代のあなたへ
………
■第一章 蓄電池の春
二〇二六年の春、
世界はやけに明るい顔をしとった。
ニュースでは毎日のように、
大型蓄電池の話が流れる。
テキサス。
内モンゴル。
シドニー郊外。
バッテリー価格は、長い目で見れば
二〇一〇年比で約九割近く下落。
世界の蓄電池導入量も、
前年比四三%増。
司会者は笑顔で言う。
「いよいよ世界は、
電気をためる時代です」
中学二年のこはるが、
スマホを持ってわしの前に来た。
「おじいちゃん、
これってすごいんじゃろ?」
「すごい」
「じゃろ?」
「でもな、こはる。
すごいことと、
助かることは別なんよ」
こはるは眉をしかめた。
十四歳。
テニス部。
走るのは好き。
理屈をこねるのは得意。
特に、
姉のゆづきを
追い抜きたい気持ちだけは強い。
「なんで別なん?」
「電気をためる箱は増えた。
でも文明は、
まだ石油を食うとるけえじゃ」
「また難しい話」
「難しゅうない。
コンセントだけ守っても、
その外側の世界が死ぬことがある、
いうことじゃ」
その時、テレビはまた笑顔で言うた。
『蓄電池で、
電力網はもっと強く、
もっとしなやかになります』
わしはその言葉を聞いて、
逆に少し寒うなった。
希望の言葉いうんは、
だいたい見たくない現実の上に乗る。
■第二章 ナフサの冬
四月十三日。
ホルムズ海峡封鎖。
速報は短かった。
けど、その短い一行の後ろに、
長い影がぶら下がっとった。
多くの人はガソリン代を思う。
飛行機代を思う。
旅行のキャンセルを思う。
けど、わしが最初に思うたんは
ナフサじゃった。
ナフサ。
石油化学の入口。
透明な袋。
軽い容器。
フィルム。
チューブ。
医療用プラスチック。
半導体材料の、
さらに手前にある地味な油。
「ナフサって、そんなに大事なん?」
と、こはる。
「ガソリンは車の話じゃ。
ナフサは文明の薄皮の話じゃ」
「薄皮?」
「納豆の容器。
おにぎりのフィルム。
点滴袋。
薬の包装。
工場の材料。
そういう
“いつもあるから見えんもの”
の正体じゃ」
ホルムズ海峡が詰まるいうんは、
燃料ショックでもある。
けどそれ以上に、
薄くて軽くて透明な文明が、
先に●に始めるいうことなんよ。
そこを誰も主役にせん。
じゃけえ怖い。
■第三章 こはる、姉を追い抜きたい
姉のゆづきは十六歳。
高校一年。
ついこの前まで受験で、
家の空気を一人で重たくしとった。
模試。
過去問。
夜食。
塾。
泣きそうな顔。
でも泣かん意地。
こはるは、その背中を見て育った。
「わたし、
ゆづき姉ちゃん追い抜く」
「何をな」
「全部」
「全部?」
「勉強も。
ピアノも。
ニュース読むんも。
先に分かる人になるもん」
その気持ちが、
こはるのエンジンじゃった。
部活中心。
でも最近は少しだけ、
帰ってから机に向かう時間を
増やそうと思っとる。
どこにでもおる女の子じゃ。
だけど、
そういう子が時代の
ど真ん中に立たされた時、
小説は急に怖うなる。
世界の大きな話は、
いつも最後、
どこにでもおる子の
生活へ落ちてくるけえな。
■第四章 日本の化学工場が止まる日
ホルムズが詰まった。
その瞬間、
日本の化学工場の煙突が、
頭の中でひとつずつ暗くなった。
わしはノートに線を引いた。
中東原油
→ ナフサ
→ 日本の化学素材
→ 台湾・韓国の先端半導体
→ NVIDIAや米ビッグテック
こはるがのぞき込む。
「ほんまにつながっとるん?」
「つながっとる」
「そんなに?」
「そんなにじゃ。
日本の化学屋が
止まるいうんは、
日本だけが困る話やない。
台湾も韓国も、
その向こうのアメリカも、
じわじわ首を絞められる」
日本は派手やない。
でも素材では強い。
見えんところで強い。
舞台のネジみたいなもんじゃ。
役者は拍手される。
ネジは誰も見ん。
でも、そのネジが外れたら、
舞台ごと前に倒れる。
「NVIDIAまで行くん?」
こはるが、
さっきまでより
少し低い声で聞いた。
わしはうなずいた。
「行く」
「そんなに?」
「そんなにじゃ。
すぐ世界が終わる、
そこまで雑な話はせん。
でもな――」
わしは、
机の上のノートを指で叩いた。
「日本のナフサが細る。
化学屋の釜が鈍る。
台湾と韓国の
先端ラインが
“まだ動いとるけど
前ほど回らん”
いう顔になる。
その時いちばん先に
風邪をひくんは、
町のパン屋やのうて、
AIの王様の方なんよ」
こはるは黙った。
わしは続けた。
「NVIDIAみたいな会社はな、
ただの半導体会社やない。
今のアメリカ経済にとっては、
未来そのものの
値札みたいなもんじゃ。
そこが
“供給が少し遅れます”
“歩留まりが少し悪いです”
“引き渡しが
少し後ろへずれます”
そう言い出しただけで、
何兆円いう期待が
一気に震え始める」
「何兆円……」
「そうじゃ。
怖いのは
工場の煙突やない。
その先で、
AIで無敵みたいな
顔をしとった会社の
決算説明が、
急に言い訳だらけになる
ことなんよ」
わしは、
少しだけ笑うた。
笑うたけど、声は乾いとった。
「市場は最初、
ただの風邪みたいに
扱うかもしれん。
けどな、こはる。
今の相場にとって
NVIDIAが熱を出すいうんは、
昔の町医者の話やない。
未来そのものが
咳き込み始めるいうことなんよ」
こはるは、
学校のノートの端っこに
丸い字で書いた。
未来は、
細い橋の上にある…
その下に、
少し迷ってから、
もう一行書き足した。
橋が揺れたら、
最初に落ちるんは
いちばん高いところに
おるやつかもしれん…
ええ言葉じゃった。
ちょっと悔しいくらい、
時代の芯を突いとった。
AIの神様みたいな
顔をしとる会社ほど、
日本の地味な
化学工場のくしゃみで、
先に高熱を出す時代になった。
■第五章 三ナノの細い橋
AI。
半導体。
未来。
成長。
そういう派手な言葉が並ぶたび、
わしは逆に、
地味で、黒うて、
誰も見向きもせんもんを思う。
ナフサ。
フォトレジスト。
高純度フッ化水素。
EUVまわりの素材。
三ナノの工程。
未来いうんは、
案外こういう
地味な液体と粉と膜で
吊られとる。
Apple。
Microsoft。
Google。
Amazon。
Meta。
NVIDIA。
みんな
雲の上で金を刷りよるみたいな
顔をしとる。
けど実際には、
台湾や韓国の工場、
日本の化学屋、
中東の海の上のタンカーに
足首をつながれとる。
「アメリカって、
なんでも自分で
できるんじゃないん?」
こはるが聞いた。
わしは首を振った。
「王様が自分で
茶碗を焼くか?」
「焼かん」
「そういうことじゃ」
王座は立派でも、
厨房は別。
皿も別。
火も別。
そして今のアメリカは、
その“火”のかなりの部分を、
自分の家のかまどやのうて、
日本の化学工場の釜と
ホルムズの向こうの
油に預けとる。
たとえばじゃ。
ホルムズが詰まる。
ナフサが細る。
日本の石化プラントが
フルで回せんなる。
すると何が起きるか。
まず、
名前も知られてない
材料が遅れる。
次に、
台湾や韓国の先端ラインが
“まだ止まっとらんけど、
前みたいには回せん”
いう顔になり始める。
その次に、
アメリカの巨大テック企業が
一番嫌う言葉が増える。
遅延。
歩留まり。
引き渡し時期未定。
部材不足。
供給制約。
株価の世界では、
たったそれだけで十分なんよ。
NVIDIAが一社でどうこう、
いう話やない。
AIいう名の豪邸を
支えとる柱が、
思ったより
日本のナフサと化学素材に
近い場所に
刺さっとるいうことじゃ。
読者はここで、
ようやく気づく。
アメリカがくしゃみするんは、
アメリカ国内の
ニュースの時だけやない。
日本の化学屋の煙突が細り、
台湾のクリーンルームの
空気が重うなり、
韓国のラインで
“今日も綱渡りじゃ”
いう空気が流れた時、
そのずっと先で、
アメリカのAIバブルが
高熱を出し始めるんよ。
「そんなに効くん?」
と、こはるが言うた。
「効く。
すぐ世界が終わるとまでは
言わん。
でもな、こはる。
未来を動かしよる会社ほど、
“未来っぽくないもん”で
首を締められることがあるんよ」
「未来っぽくないもん?」
「油じゃ。
膜じゃ。
粉じゃ。
液体じゃ。
そういう、
TikTokにも映えんもんじゃ」
こはるは黙った。
AIはきらびやかじゃ。
でもその足元は、
真っ黒い油と、
無口な工場と、
海の上の細い道でできとる。
今の世界は、
見た目ほど独立しとらん。
どころか、
アメリカの未来そのものが、
日本の地味な
化学屋の釜の温度で
風邪をひく時代に入っとる。
■第六章 政府対策本部、
午後六時
政府対策本部、午後六時
政府は会見で落ち着いとった。
落ち着いた顔が仕事じゃけえな。
声は静か。
言葉は丁寧。
表情は崩さん。
「国民の皆さまには、
冷静な対応をお願いしたい」
その言い方だけ聞けば、
まだ国は回っとるように見える。
けど、地下の対策本部は違った。
机の上には、
きれいな言葉で書かれた
残酷が並ぶ。
電力需給。
LNG調達。
ナフサ配分。
医療資材。
物流優先。
下水道BCP。
計画停電案。
紙の上では整っとる。
言葉だけなら立派じゃ。
でも実際に中で起きとるんは、
もっとみじめなもんじゃった。
誰が決めるんか分からん。
誰も先に責任を取りたがらん。
前例がない。
法的整理が未了。
関係省庁で認識が違う。
地方と連絡がつかん。
民間在庫の実数が読めん。
補給車は足りん。
優先順位だけは紙の上で増えていく。
要するに、
全部分かっとるのに、
全部遅い。
本当の議題は一つじゃ。
どこを先に生かして、
どこを後回しにするか。
病院か。
下水か。
港か。
工場か。
避難所か。
自治体施設か。
全部は守れん。
それは、みんな分かっとる。
分かっとるのに、
誰も最初の一言を言いたがらん。
「下水は後ろでええんですか」
そう聞いた若い官僚に、
部屋の空気が一瞬だけ冷えた。
誰もすぐには答えん。
答えた瞬間、
誰かが切られるからじゃ。
政治家は言う。
「国民生活への影響を
最小限に抑えます」
その言葉の裏で、
技術官僚だけが青ざめる。
最小限いうんは、
誰かには最大限いうことじゃ。
誰かのトイレ。
誰かの手術。
誰かの透析。
誰かの工場。
誰かの町。
“最小限”いう言葉の中には、
もうそういう犠牲が
最初から折り込まれとる。
しかも政府のまずさは、
ここからが本番じゃった。
会議は長い。
会見は早い。
現場への指示は遅い。
紙は回る。
ハンコも回る。
責任の所在も回る。
けど燃料だけは回らん。
地方自治体は、
「国からまだ正式通知が来ていない」
と言う。
中央は、
「自治体の実情を精査中」
と言う。
電力会社は、
「需給バランスを見極めたい」
と言う。
病院は、
「あと何時間持つかで判断したい」
と言う。
下水の現場は、
そんな言葉を聞く暇もなく、
タンクの残量計を見とる。
ここがこの国の怖いところなんよ。
爆発的に無能なんやない。
むしろ、
一人ひとりは真面目にやっとる。
でも真面目に、
丁寧に、
慎重に、
前例どおりに、
確認に確認を重ねて、
間に合わん。
だから余計に救われん。
その日、
紙に何度も出てきた数字があった。
72時間。
三日。
数字としては短い。
でも官僚の会議では、
その三日がやたら長う見積もられる。
「まだ三日あります」
「今夜決めれば」
「まずは関係機関と調整を」
「明朝もう一度集まって」
そうやって言うてるうちに、
一日目が終わる。
二日目には、
まだ会議しとる。
三日目には、
会見の言葉だけが上手うなる。
そして四日目、
現場だけが急に現実になる。
病院は燃料が足りん。
下水ポンプは止まりかける。
補給車は来ん。
優先順位の表だけが完成しとる。
その表の下で、
町の腹が静かに終わり始める。
政府の対応が
全部まちがっとるわけやない。
むしろ、
やれることはやっとるのかもしれん。
けど読者が震えるんは、
そこやない。
“やっとるのに遅い”
“真面目なのに間に合わん”
“丁寧に後手へ回る”
この国らしい壊れ方そのものが、
いちばん恐ろしいんよ。
その夜、
会見の画面の下には
こう流れとった。
政府は引き続き、
関係省庁と連携し、
万全の対応を進めています
そのテロップを見ながら、
わしは思うた。
万全いう言葉が出た時は、
だいたい現場は
もう半分終わっとる。
■第七章 七十二時間の壁
病院には、
三日分程度の燃料。
下水ポンプ場も、
だいたい七十二時間。
紙に書けば、それだけじゃ。
数字だけ見たら、
たった三日。
まだ少し余裕があるようにも見える。
けど、現場でその数字は、
もう時計やない。
首しめ縄の目盛りじゃ。
一日目。
人はまだ、
非常時いう顔をしとる。
発電機の音に耳を澄ます。
燃料計を何度も見る。
冷蔵庫が動いとるだけで
ちょっと安心する。
水が出る。
トイレも流れる。
スマホも充電できる。
“助かった”
そんな気がする。
二日目。
ここで空気がゆるむ。
「意外と持っとるな」
「思ったより大丈夫じゃん」
「これ、案外なんとかなるんじゃね?」
そういう声が出始める。
この瞬間が、
いちばん危ない。
ほんまに壊れる国いうんは、
爆発音の時に壊れるんやない。
“まだ大丈夫そう”
と思った瞬間から、
内側で腐り始める。
三日目。
テレビが言う。
「重要施設は守られています」
アナウンサーの声は落ち着いとる。
政府の会見も静かじゃ。
専門家も、神妙な顔で
「現時点では」を繰り返す。
けど、現場はもう違う。
病院では、
燃料タンクの残量が
“数字”から“恐怖”に変わっとる。
ポンプ場では、
次の朝まで回るかどうかを
誰も声に出せん。
補給車は来ん。
電話はつながりにくい。
指示は遅い。
決裁は遅い。
けど燃料だけは
容赦なく減る。
そして四日目。
その数字は、
祈りから選別に変わる。
病院。
避難所。
下水。
物流。
ごみ。
どこを生かすか。
どこを削るか。
どこを少し遅らせるか。
どこを先に見捨てるか。
順番が始まる。
しかも、
町は真っ暗にはならん。
そこが地獄なんよ。
コンビニはまだ明るい。
スマホもまだ光る。
信号もいくつかは生きとる。
自販機の明かりすら残っとる。
じゃけえ人は、
自分が切られ始めとることに
気づかん。
暗闇なら、
誰でも非常時を認める。
けど明るいままだと、
人は自分の番が来るまで
平常のふりをする。
その間に、
下水の水位がじわじわ上がる。
トイレの流れが鈍る。
汚泥の引き取りが遅れる。
ごみが溜まる。
病院の在庫表から
透明な袋の名前が消えていく。
誰にも見えん場所から、
町の腹が腐り始める。
本当に怖いのは停電やない。
停電のあと、
燃料の順番で
町そのものが
解体されていくことじゃ。
明かりの残った病院の横で、
下水が息を切らす。
避難所に電気を回したぶん、
どこかのポンプが止まりかける。
誰かを守るいうことは、
誰かを後ろへずらす
いうことになる。
その現実だけが、
四日目から急に生々しくなる。
七十二時間。
それは猶予やない。
助かった証拠でもない。
文明が、
まだ人間の顔をしとれる
最後の時間じゃ。
その先はもう、
明るいまま壊れていく。
トイレが流れん。
病院に袋が来ん。
ごみが動かん。
町が臭い始める。
それでもテレビは、
たぶんまだ言う。
「落ち着いて行動してください」
その言葉の下で、
国は静かに、
切られていく。
■第八章 ◯ンヨーの箱
停電二日目。
町へ最初に入ってきたんは、
ヒーローやなかった。
◯ンヨーの発電機を積んだ
トラックじゃった。
病院の裏口。
仮設の給水拠点。
ポンプ場の脇。
避難所の冷蔵庫。
そこへ運ばれてくる、
電気をその場で作る箱。
「これが、前に言っとった会社?」
「そうじゃ。
停電の時にまず要るんは、
電気を運んでくる人やない。
電気をその場で発生させる
箱なんよ」
発電機はうなる。
ケーブルがつながる。
明かりが戻る。
人は安心する。
でも、わしは知っとる。
こういう箱は、
救済やない。
遺言を書く時間をくれるだけ
いうこともある。
「おじいちゃん、それ言い方えぐい」
「現実の方がえぐい」
■第九章 病院は光っていた
病院は明るかった。
廊下も。
ナースステーションも。
ICUのモニターも。
だから、
外から見た人は思う。
“助かっとる”
でも、その明るさは
助かった証拠やない。
残り時間の照明じゃ。
点滴袋。
チューブ。
使い捨て手袋。
滅菌まわり。
包装資材。
薬そのものより前に、
薬を運び、包み、使うための
透明な部品が細る。
「病院って、
電気があれば
大丈夫なんじゃないん?」
「違う。
病院は医者と機械だけで
できとるんやない。
袋と管と、
届くはずやった物流で
できとるんよ」
病院は光っていた。
けど、その光の下で、
静かに在庫表が死んでいった。
■第十章 月◯に電話が鳴る朝
四日目の朝。
町の腹が最初に悲鳴を上げた。
下水ポンプ。
汚泥。
送泥。
臭気。
圧送。
逆流。
現場から一本の電話が入る。
「月◯さん、
来てもらえますか」
月◯ホールディングス。
派手な会社やない。
ニュースの主役にもならん。
でも、こういう時に
国が最後に本気で頼るのは、
町の腹のしくみを
知っとる会社じゃ。
「◯ンヨーが前衛なら、
月◯は本隊じゃな」
「前衛と本隊?」
「そう。
明かりをつなぐのが前。
流れを止めんのが本隊じゃ」
文明いうんは、
案外この二段構えで延命しとる。
でも延命は、
治癒やない。
それが一番きつい。
■第十一章 トイレが先に●んだ
人は…
半導体が止まる未来を怖がる。
株価が落ちる未来を怖がる。
AIがこける未来を怖がる。
けど、
生活がほんまに壊れるんは、
もっと低い場所からじゃ。
トイレじゃ。
最初は、
ちょっと流れが悪いだけに見える。
レバーを回しても、
水の勢いが弱い。
一回で流れん。
二回押す。
三回押す。
それでも、
紙だけがゆっくり渦を巻いて、
肝心のもんは残る。
まだこの段階では、
人は笑う。
「うわ、やば」
「詰まっとる?」
「今日だけじゃろ」
そう思いたい。
けど、次の日になると、
笑えん臭いが部屋に残り始める。
排水口の奥から、
ぬるい空気みたいな
臭いが上がってくる。
廊下に出ても残る。
玄関までついてくる。
服にも髪にも、
見えん膜みたいにまとわりつく。
仮設トイレの列は伸びる。
朝。
昼。
夕方。
列の前の人間は無口になり、
後ろの人間は足をもじもじさせる。
子どもは泣く。
年寄りは顔をしかめる。
腹の弱い人間は、
順番いう制度そのものに
絶望し始める。
そして、
もっと嫌なことが起きる。
水が流れんいうんは、
ただ不便なだけやない。
残るんよ。
便器の中に。
床の隅に。
配管の奥に。
見えんところに。
それが時間をかけて、
町じゅうの空気を変えていく。
蒸し暑い日ほどきつい。
雨の前はもっときつい。
古い建物は特に逃げ場がない。
トイレのドアを開けた瞬間、
鼻の奥が ヒリヒリする。
胃がひっくり返る。
さっき食べたもんが
喉元まで戻ってくる。
それでも人は、
使わんわけにいかん。
ここが残酷なんよ。
電気なら、
少し我慢できる。
冷房も、
少しなら我慢できる。
スマホも、
電池が切れたら諦められる。
でも排泄だけは、
人間の体が待ってくれん。
限界が来たら、
体の方が先に決める。
だから町は、
きれいごとでは壊れん。
体の都合で壊れる。
こはるが小さい声で言うた。
「なんでこんな終わり方なん」
わしは答えた。
「立派な国ほど、
腹が止まった時の
恥が大きいんよ」
しかも怖いのは、
臭いと汚れだけやない。
その次に来るんは、
不衛生じゃ。
手を洗う水を惜しみ始める。
トイレのあとに
石けんを飛ばす人が出る。
消毒液も薄うなる。
掃除の回数も減る。
ごみ袋の口もゆるむ。
そうすると、
町の空気そのものが変わる。
だれかが触ったドアノブ。
だれかが持った手すり。
だれかが押した
エレベーターのボタン。
見えん汚れが、
人から人へ
静かに渡っていく。
腹をこわす人が増える。
吐く人が出る。
熱を出す子が出る。
病院へ行きたい人が増える。
でも、その病院もまた、
袋や水や人手が細り始めとる。
ここが地獄なんよ。
トイレが●ぬ
→ 不衛生になる
→ 体調を崩す人が増える
→ 病院へ行く人が増える
→ その病院も弱っとる
社会が、
自分で自分の首を絞め始める。
株価が落ちるのも痛い。
NVIDIAがこけるのも大事件じゃ。
でもな、生活いうんは最後、
トイレで答え合わせされるんよ。
そこが、
読者に一番刺さる現実じゃ。
派手な未来の話やない。
遠い戦争の話でもない。
逃げ場のない、
今日の話じゃ。
しかも一番怖いのは、
この地獄が
映画みたいに一気に来んことじゃ。
最初は少し流れが悪いだけ。
次に臭いが残る。
その次に列ができる。
その次に我慢できん人が出る。
その次に、町の空気が変わる。
気づいた時には、
もう“普通の衛生”には戻れん。
トイレが●ぬいうんは、
町の品と理性と健康が、
まとめて腐り始めるいう
ことなんよ。
■第十二章 コンビニは明るい
コンビニは明るかった。
レジも動く。
冷蔵庫もまだ冷えとる。
スマホも充電できる。
だから人は、
まだ“普通”やと思う。
でも棚が薄い。
納豆。
冷凍食品。
透明容器の惣菜。
マスク。
ビニール袋。
フィルム包装。
「豆がなくなったんじゃなくて、
器が先にしんどいん?」
「そういうことじゃ」
ナフサショックは、
ドーンと来ん。
軽い。
薄い。
透明。
安かった。
そういうもんから先に痩せる。
そして人は、
なくなってから初めて
その名前を覚える。
■第十三章 アメリカは遠くで咳をした
日本の化学工場が痩せる。
台湾と韓国の先端工程が
“まだ動いとるけど、
前みたいには回らん”
いう顔になる。
その向こうで、
アメリカの
巨大テック企業の数字が
少しずつ曇り始める。
最初は、ほんの少しじゃ。
納期の遅れ。
部材不足。
引き渡し時期未定。
歩留まり低下。
説明会で増える言い訳。
たったそれだけ。
けど、
今のアメリカにとって
それは風邪やない。
王冠のてっぺんに入る、
最初のひびなんよ。
AI。
半導体。
クラウド。
時価総額。
未来。
アメリカはそれを、
自分の当然の王座みたいな
顔で持っとる。
けど、その王座の脚を、
ほんまに支えとるのは何か。
中東の海を通る油。
日本の化学屋の釜。
台湾と韓国の工場。
見えん素材。
安くて、臭うて、
汗のにじむ仕事の積み重ね。
アメリカいう国は、
昔から、
きれいな場所と汚い場所を
分けるのがうまかった。
きれいな家。
広いリビング。
強いドル。
笑う株価。
天国みたいな消費。
その裏で、
臭い仕事、
危ない仕事、
汗を流す仕事、
汚れを引き受ける仕事を、
ずっと下へ押しやってきた。
昔は奴隷。
その後はもっと見えにくい形で、
安い労働、
立場の弱い人間、
よそから来た人間、
“そこにおるのに、
王座には座れん人たち”
へ押しつけてきた。
こはるは、
わしの顔をじっと見た。
「それって、
アメリカの中に、
昔の名残が
残っとるってこと?」
「そういうことじゃ。
昔みたいに
鞭を見せてはおらん。
でもな、
“汚い仕事は見えん人間がやる”
いう癖は、
国の骨の中に残るんよ」
ナフサが細るいうんは、
ただの化学原料不足やない。
その“見えん下支え”が、
一気に表へ
めくれてくるいうことなんよ。
透明な袋が足りん。
包装が足りん。
工場が詰まる。
物流が乱れる。
病院が息切れする。
物価が跳ねる。
そうなると、
王様の部屋だけでは
もう済まん。
台所が荒れる。
倉庫が荒れる。
港が荒れる。
トラックが荒れる。
街角が荒れる。
そしてその時、
アメリカがいちばん困るんは、
外の敵やない。
内側の不満じゃ。
もともと家賃は高い。
医療は高い。
食料も高い。
保険も高い。
そこへ物不足と
物流の詰まりが重なる。
すると、
一番下で支えとった人間から先に、
怒りが噴く。
移民問題も、
そこで火に油を注ぐ。
王国はずっと、
都合のええ時は
安い手として使い、
苦しくなると
先に責任を押しつける。
“お前らがいるからだ”
“出ていけ”
“でも仕事は回せ”
そんな矛盾が、
平時はごまかせても、
ナフサ不足みたいな
地味で残酷な
供給ショックの前では、
一気にむき出しになる。
こはるが小さな声で言うた。
「じゃあ、
アメリカって
外から壊れるんじゃなくて、
中から割れるん?」
「そうじゃ」
わしはうなずいた。
「外から爆弾を落とされて
終わるんやない。
王国の台所が止まり、
倉庫が荒れ、
下で支えとった人間が怒り、
上で笑うてた数字だけが
急に言い訳を始める。
それが、
いちばんアメリカらしい
崩れ方かもしれん」
NVIDIAが一社こける、
そんな単純な話やない。
AIの王様が咳をする時、
その背後では
アメリカ王国そのものが
肺の奥から
変な音を立て始めるんよ。
最初は咳じゃ。
市場はまだ笑う。
テレビもまだ強気じゃ。
けど、
その咳が長引き始めた時、
読者はようやく気づく。
アメリカは
無敵の天国なんかやなかった。
見えんところへ押しこんできた
汚れ、臭い、汗、
安い労働、危ない仕事、
そういうものの上に、
きれいな未来を
積み上げとっただけじゃった。
そしてナフサが細る時、
そのきれいな未来は、
いちばん下の泥の方から
崩れ始める。
「アメリカって、
ほんまに強いんじゃろ?」
こはるがもう一度聞いた。
「強い。
でも強い国ほど、
足首やなくて
下水口の方から
割れることがあるんよ」
こはるは黙った。
未来が急に、
スマホの向こうの
キラキラした話やなくなった。
納豆の容器と、
病院の袋と、
トイレの匂いと、
遠いアメリカの怒号が、
一本の線でつながった
瞬間じゃった。
■第十四章 まだら生存
町は、まだ全部は
終わっとらん。
それが一番たちが悪かった。
全部止まれば、
人は腹をくくる。
真っ暗になれば、
これは非常時じゃと誰でも分かる。
けど、この国は
そんな親切な壊れ方をせんかった。
A地区はまだ電気がある。
B地区はトイレが弱る。
C地区は給食が変わる。
D地区は病院が紹介制になる。
E地区は物流が詰まる。
F地区はごみが二日遅れで積み上がる。
G地区はドラッグストアの棚だけが薄い。
H地区は水は出るのに、流れが悪い。
どこかはまだ普通。
どこかはもう終わりかけ。
この**“半分だけ壊れる”**いうのが、
人間の心を一番すり減らす。
まだらに生きる。
まだらに腐る。
まだらに我慢する。
まだらに見捨てられる。
「これ、戦争なん?」
こはるが聞いた。
「爆発音のない戦争じゃな」
「じゃあ、みんな気づかんの?」
「気づく。
けど、自分の番が来るまで
人はだいたい他人事にするんよ」
それが、
この国のいちばん弱いところ
じゃった。
隣町のトイレが止まっても、
うちはまだ流れる。
駅前の病院が紹介制になっても、
うちの近所のクリニックは
まだ開いとる。
スーパーの棚が一段空いても、
奥の方には
まだカップ麺が残っとる。
だから人は言う。
「まだ大丈夫」
「そこまでじゃない」
「騒ぎすぎ」
「そのうち戻る」
その“まだ”の間に、
町は深いところから壊れていく。
下水は、
いきなり空へ吹き上がらん。
じわじわ水位が上がる。
物流も、
いきなり全部止まらん。
一本遅れ、二本遅れ、
気づいた時には棚の奥が空になる。
病院も、
いきなり閉まらん。
紹介制になり、
予約が伸び、
検査が後ろへずれ、
その“少しずつ”の先で
命の順番が狂い始める。
これが、
真っ暗闇より怖い理由じゃ。
暗闇なら、
人はすぐに家へ帰る。
ろうそくを探す。
非常時を認める。
けど、まだら生存は違う。
普通に見える顔をしたまま、
中身だけを削ってくる。
コンビニは明るい。
けど棚が痩せる。
病院は光る。
けど袋が消える。
トイレはまだある。
けど流れが鈍る。
学校は開く。
けど給食が変わる。
町は生きとるように見える。
けど、生活の骨だけが
先に抜かれていく。
そして一番残酷なんは、
この壊れ方には
はっきりした
始まりの音がないことじゃ。
ドーンとも鳴らん。
サイレンも鳴らん。
町内放送も追いつかん。
代わりに聞こえるのは、
流れの悪いトイレの音。
発電機の低いうなり。
いつもより静かな配送センター。
列の長い仮設トイレの前で、
黙って順番を待つ人の咳。
この国は、
真っ暗になる前に壊れた。
そして人は、
自分の地区が切られるその日まで、
うっすら平常のふりを続けた。
まだら生存の方が、
暗闇よりずっと長く、
ずっと深く、
人を苦しめる。
暗闇は一気に来る。
けど、まだら生存は
毎日少しずつ
人間の理性を削っていく。
隣の地区の不幸を見て、
「まだうちはまし」と思う。
誰かの列の長さを見て、
「まだ自分は早い方」と思う。
その小さな安心を
繰り返すうちに、
町全体が、
ゆっくり、確実に、
助からん方向へ滑っていく。
全部止まる方が、
まだ人は団結できる。
半分だけ生き残る時、
人は一番ばらばらになる。
それが、
まだら生存の
本当の恐ろしさじゃった。
■第十五章 こはるが見た未来
こはるは十四歳。
中学二年。
テニス部。
姉に負けたくない。
少しずつ勉強も増やしたい。
どこにでもおる女の子じゃ。
じゃけど、この春、
その子の目に入ったもんは、
もう“普通の中学生の春”では
なかった。
学校へ行く。
帰りにコンビニへ寄る。
姉のゆづきが
机に向かう音を聞く。
おじいちゃんの変なニュースを
ノートに書く。
それだけの毎日じゃった。
けど、その
“それだけ”の景色の中に、
少しずつおかしなもんが混じり始めた。
コンビニは明るいのに、
棚が薄い。
病院は光っとるのに、
なんか空気が固い。
仮設トイレの前だけ、
人の顔が急に歳を取る。
大人はみんな、
「まだ大丈夫」
「今のところは」
「落ち着いて」
そう言う。
けど、こはるには
その言葉がむしろ怖かった。
大丈夫な時の声やなかった。
こわれかけのものを
見て見ぬふりする時の声に
聞こえたんよ。
ある晩、
こはるは姉の使い終わった
ルーズリーフの裏に、
英単語みたいに言葉を書き始めた。
battery
naphtha
sewage
semiconductor
flow
そのあと、
しばらく手が止まった。
わしは黙って見とった。
何を書くんか、少し怖かった。
こはるは、
唇を少しかんで、
その下に日本語でこう書いた。
明るいのに、安心できない
さらにもう一行。
流れているように見えるのに、
どこかが止まり始めている
その字は、
いつもの丸い字じゃった。
でも、読んだ瞬間、
わしの背中がぞくっとした。
大人は…
ナフサがどうとか、
半導体がどうとか、
株価がどうとか、
説明を長うする。
けど子どもは違う。
先に、気味の悪さを書く。
こはるは、
また少し考えて、
今度はもっと短く書いた。
この国は、
止まる前に
変なにおいがする
わしは、
その一行にやられた。
それじゃ。
ほんまにその通りじゃった。
パニックいうたら、
みんな音を想像する。
爆発音。
サイレン。
怒号。
速報。
けど、この春のパニックには、
先ににおいがあった。
流れの悪いトイレのにおい。
ごみの遅れたにおい。
病院の張りつめた消毒液のにおい。
人が我慢しすぎた時の、
言葉にならん空気のにおい。
こはるは、
ノートのいちばん下に、
最後の一文を書いた。
未来って、
キラキラした新しいものが
来ることじゃなくて、
今ある当たり前が、
音もなく減っていくこと
なんかもしれん
わしはその文を読んで、
少しの間、何も言えんかった。
十四歳の子が、
未来を希望や夢やなく、
“減っていく当たり前の世界”
として書いた。
それが、
何より恐ろしかった。
こはるは、
自分がすごいことを書いたとは
思っとらん顔をして、
そのペンを置いた。
「おじいちゃん」
「なんじゃ」
「なんかさ」
「うん」
「みんな
戦争とか、株とか、AIとか、
そういう
でかい話ばっかりしとるけど……」
「うん」
「ほんまは、
トイレがちゃんと流れるとか、
病院に袋があるとか、
コンビニに
普通にごはんが並ぶとか、
そういう方が
未来やったんじゃないん?」
わしは、
返す言葉を失うた。
その通りじゃった。
未来は、
空を飛ぶ車やなかった。
未来は、
AIの神様みたいな株価やなかった。
未来は、
当たり前がちゃんと回り続けること
そのものじゃった。
そして、その未来が、
今この国では
静かに、順番に、
見えんところから痩せ始めとる。
スマホは光っとる。
コンビニも明るい。
学校もいちおう開いとる。
なのに、
町の腹が弱る。
病院の袋が消える。
トイレの流れが鈍る。
物流が細る。
半導体の未来も、
そのずっと先で熱を出し始める。
それが、
この国の
いちばん静かで、
いちばん現代的で、
いちばん恥ずかしい
パニックじゃった。
けど、
最後にいちばん怖かったんは、
その景色そのものやなかった。
十四歳の子が、
それを見て、
もう子どもらしい
未来の書き方をせんように
なったことじゃ。
希望を失ったんやない。
もっと残酷な形で、
希望の値段を
知ってしもうたんよ。
わしは、
こはるのノートをそっと閉じた。
その中には、
国の白書よりも、
市場のレポートよりも、
ずっと正確な未来が書かれとった。
この国は、
崩れる前に真っ暗にはならない。
明るいまま、
子どもが先に
異変のにおいを覚えてしまう。
それが、
大人にとって
いちばん腰の抜ける未来じゃった。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
――停電・トイレ・半導体の巻――
▲ホームズ
「ワトソン君、
今回の事件は実に単純じゃ」
▲ワトソン
「お前の“単純じゃ”ほど
信用ならんもんはない」
▲ホームズ
「ホルムズ海峡が詰まり、
ナフサが細り、
日本の化学工場が痩せ、
台湾と韓国の
先端半導体が揺れ、
米ビッグテックが
遠くで咳をし、
日本政府は
七十二時間の壁に
追い詰められ、
◯ンヨーが前衛として
電気を持ち込み、
月◯が本隊として
下水を延命し――」
▲ワトソン
「長い!
お前は事件より
先に息継ぎのBCP作れ!」
▲ホームズ
「要するに、
スマホは光るのに
トイレが●ぬ、
いう話じゃ」
▲ワトソン
「急に雑にするな!
でも、腹立つけど合うとる!」
▲ホームズ
「文明の正体は半導体やない。
最後は下水で分かる」
▲ワトソン
「また名言っぽいこと言いよる!
読者が“なんでここまで読んで
トイレで締められるんや”
言うとるぞ!」
▲ホームズ
「トイレを笑う者は、
最後にトイレに泣く」
▲ワトソン
「それが悔しいほど
本当なんよ!」
▲ホームズ
「それにしても、
◯ンヨーが前衛、
月◯が本隊。
実に美しい布陣じゃ」
▲ワトソン
「お前また相場師みたいな
顔しとるな。
読者が今ごろ
銘柄コード調べ始めるやろが」
▲ホームズ
「それもよい。
ただし覚えよ。
有事に上がる株を探す前に、
有事に止まる流れを見よ、
じゃ」
▲ワトソン
「最後だけ
妙にええこと言うな!」
▲ホームズ
「わしはいつも
ええことしか言わん」
▲ワトソン
「お前は九割
うるさいんじゃ!」
▲ホームズ
「残り一割で国は回っとる」
▲ワトソン
「そんな国いやじゃ!」
……
けど、ほんまは、じゃ。
世界がおかしゅうなる時、
最初に異変に気づくんは、
偉い人やないことがある。
学校帰りの中学生。
受験を終えたばかりの姉。
納豆の棚を見とる
おばちゃん。
病院の裏口に入る
発電機の音を聞いた人。
下水の臭いに
最初に気づいた町の人。
そういう、
名もない生活者の方が
先に時代を読むことがある。
もしこの小説が、
誰か一人にでも
「明るいからって安心したら
いけんのじゃな」
そう思わせたなら、
このトイレまみれの話にも、
少しは値打ちがある。
………
♡Z世代のあなたへ
あなたは、
停電いうたら
何を思い浮かべるじゃろう。
スマホの充電。
Wi-Fi。
配信。
冷房。
ゲーム。
もちろん、それも大事じゃ。
でも、ほんまに怖いのは
その次に
何が流れんなるか、じゃ。
水。
下水。
物流。
医療。
包装。
燃料。
半導体。
今の社会は、
“動いとる時は見えんもの”
でできとる。
わしは、不安だけ
渡したいんやない。
ただ一つだけ、
早めに持っといてほしい目がある。
明るいニュースの裏で、
どこが先に痩せるか。
それが見えたら、
時代に食われる側やなくて、
少しだけ先に読む側へ回れる




