屋根が先に消える国 ――ホルムズ封鎖の夏、建たん家と帰れんローン――
✦屋根が先に消える国
――ホルムズ封鎖の夏、
建たん家と帰れんローン――
………
家が壊れるんは、
壁が崩れた時やない。
最後の一枚が、
乗らんようになった時なんよ。
屋根がある家と、
明日も屋根を直せる家は、
まるで別もんじゃ。
いま日本は、
その違いが見えんまま、
静かに「屋根のない国」へ
歩き始めとる。
「家を作るなら
(家を建てるならば)
家を作るなら
(どうしようかな)
草のはえる
においのする
カーペットを
ひきたいと
思うのであります」
(家を作るなら…加藤和彦)
………
★目次
■第一章
電信柱の上の一億円
■第二章
屋根は瓦より先に死ぬ
■第三章
風呂が入らん家は、家か
■第四章
ケーキ屋が先に泣く理由
■第五章
建設株は上がる。
けど現場は凍る
■第六章
梅雨の夜、
屋根のない町に線が引かれる
■第七章
台風が去った朝、
庶民の家に残るもの
■第八章
屋根のない国で、
若い人は何を信じるか
■第九章
ドミノの最後――
日本経済の“屋根”が落ちる日
■第十章
世界が家を
建てられなくなった朝
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才
❥Z世代の若いあなたへ
………
■第一章
電信柱の上の一億円
わしは六十七歳、
元証券会社勤務の
おじいちゃんじゃ。
今でこそ、
株はスマホで買える。
けど、
わしが二十代の頃は違うた。
営業いうたら、
飛び込み外交が
当たり前じゃった。
多い日は三百件近う回る。
電話も四十件、五十件。
夏でも背広。
汗だく。
心の中では半分泣いとる。
その日も、
結果が出んまま
町を歩いとった。
そしたら、
どこからか声がした。
「おい」
見上げたら、
電信柱の上じゃった。
ヘルメットを
かぶったおっさんが、
高いところから
わしを見下ろして言うた。
「お前、どこの営業じゃ」
嫌じゃったよ。
怖いし、暑いし、
もう放っといてくれと思うた。
けど若かったけえ、
断るより返事が先に出た。
「証券会社です」
そしたらおっさん、
するする降りてきて、
こう言うた。
「ちょうどええ。
わし、証券に興味ある。
夕方、アパート来い」
行きとうなかった。
けど行った。
二階建ての古いアパート。
階段はぎしぎし。
廊下は狭い。
部屋は、
金持ちの匂いなんか
一つもせんかった。
「なんでわしは
こんなとこまで
来とるんじゃろう」
そう思いながら座ったら、
おっさんがぽつんと言うた。
「実はな。
山口の大島に
土地があってな。
相続で売ったから、
一億入ったんよ」
わしは耳を疑うた。
部屋は貧しい。
服も古い。
暮らしだけ見たら、
金なんか無さそうじゃった。
けど中身は違うた。
その人の人生の奥には、
一億円がぶら下がっとった。
その時、
わしは知ったんよ。
見た目と中身は違う。
今ある姿と、
これから先も成り立つ姿は
違う。
今の日本も、
それと同じなんじゃ。
表面はまだ家が建っとる。
スーパーも開いとる。
コンビニも明るい。
けど中身
――下葺き材、接着剤、
防水の命綱――
そこが静かに死に始めとる。
■第二章
屋根は瓦より先に死ぬ
「屋根がなくなる」
そう言うと、
たいていの人は笑う。
「何を大げさな」
「家にはちゃんと屋根がある」
「町を見ても普通じゃないか」
と。
違うんよ。
ほんまに先に消えるんは、
瓦やスレートの表面やない。
屋根の下にある、
命綱の方なんよ。
✲「2026年4月上旬、
日新工業は、
屋根下葺き材に当たる
アスファルトルーフィング・
フェルト類について、
出荷制限ののち、
4月9日17時から
受注停止を公表した。
理由として、
供給逼迫と出荷対応の
困難さが示された。
しかも止まっとるんは、
そこだけやない。
防水関連の活性剤、
プライマー、
接着剤、
溶着剤、
そういう
見えんけど絶対いる部材が
一緒に細り始めとる」
つまり今起きとるんは、
「瓦がない」より先に、
瓦の下に敷くもんがない。
貼るもんがない。
雨を止めるもんがない。
そういう状態なんよ。
それでも人は言う。
「でも、あの家の屋根あるで」
「町を見たら普通じゃん」
と。
そうじゃない。
見るべきなんは、
今ある屋根やない。
今から直せる屋根が
残っとるかどうかなんじゃ。
■第三章
風呂が入らん家は、家か
若い人には、
この話の方がもっと
分かりやすいかもしれん。
家いうても、
壁と床と天井だけじゃ
住みとうないじゃろ。
風呂がいる。
トイレがいる。
洗面台がいる。
給湯がいる。
そこで一つ止まっただけで、
家は「完成」せん。
✲「四月中旬、TOTOは
接着材調達不安を背景に、
ユニットバスの
新規受注停止を公表した。
さらにLIXIL、
Panasonic、Cleanupも、
配送や納期への影響を
出し始めた」
(Reuters、ほかに 1 件)
想像してみい。
若い夫婦が家を買う。
引っ越し日を決める。
今の賃貸を解約する。
冷蔵庫もカーテンも頼む。
ローン返済も始まる。
けど風呂が入らん。
施工日未定。
引き渡し未定。
その瞬間、
人生設計が崩れる。
大家さんは
「早く出てほしい」
工務店は
「材料が来ん」
銀行だけが
「返済は始まります」と言う。
家は建っとるように見える。
けど暮らしは始まらん。
壁はある。
屋根も見える。
でも風呂なし。
それはもう、
建物ではあっても、
家とは言いにくい。
■第四章
ケーキ屋が先に泣く理由
「建築の話なんて、
わしには関係ない」
そう思う若い人もおるじゃろう。
じゃあ、
ケーキ屋の話をする。
ショートケーキいうんは、
平和の顔をしとる。
けど中身は、
戦争に弱い。
小麦。
砂糖。
卵。
バター。
生クリーム。
苺。
箱。
フィルム。
保冷剤。
冷蔵ケース。
配送トラック。
つまり、
文明の仕上げ材の塊なんよ。
✲「中東情勢の悪化で、
肥料や燃料の高騰が
農業と物流を
押し上げる懸念が強まり、
欧州では農業・
輸送向けに
一時支援策の検討まで出とる。
EUでは、
燃料費や肥料費の
追加負担の
最大50%を補う案まで浮上し、
窒素肥料価格は
2024年平均より
58%高いとされた」
(Reuters)
ケーキ屋は、
ある日突然消えん。
先に苺が小そうなる。
先にクリームが薄うなる。
先に箱が簡素になる。
先に値段が上がる。
先に営業時間が短うなる。
屋根が消える国では、
先にケーキの角が丸うなる。
それは、
町の平和の角が丸うなる、
いうことでもある。
■第五章
建設株は上がる。
けど現場は凍る
ここが、
元証券マンのわしには
いちばん皮肉に見える。
この一年、
大手ゼネコン株は強かった。
✲「TOPIXが37%上がる中で、
建設セクターは
57%上昇した。
しかも大手ゼネコン
4社平均では、
上昇率は116%に達した」
株だけ見たら、
建設はまだ夢の続きに見える。
けど現場では、
屋根の下に敷く
命綱の方が先に切れ始めとる。
ルーフィングが読めん。
シンナーが足りん。
コーキングが不安。
防水材が細る。
ユニットバスが止まる。
工期がずれる。
✲「Reutersでは、
塗装業界で通常通り
シンナーを確保できる
企業は
わずか**2.7%**という
調査結果も出た」
百社あったら、
九十七社は
「いつも通りじゃない」
んよ。
ここで先に苦しむんは、
小さい会社じゃ。
倉庫在庫が薄い。
資金繰りが弱い。
工程が一回止まっただけで、
息が出来ん。
株は元請けの夢を見る。
現場は下請けの現実を見る。
このねじれが、
いまの日本の怖さなんよ。
■第六章
梅雨の夜、屋根のない町に
線が引かれる
気象庁の最新見通しでは、
✲「2026年夏は
全国的に気温が高い見込みで、
梅雨や夏の降水量は
おおむね平年並みとされとる」
ただし「平年並み」は
安全いう意味やない。
気象庁は、
2026年5月下旬から
「線状降水帯直前予測」を
運用開始する予定じゃ。
2~3時間前を目標に、
危険な大雨の可能性を
伝える仕組みじゃ。
逆に言えば、
それだけ危ない雨が
日常へ近づいとる
いうことでもある。
想像してみい。
補修できん屋根がある。
防水材が薄い。
工務店は順番待ち。
そこへ夜中、
線状降水帯が一本引かれる。
最初は天井の染み。
次に照明の周り。
次にコンセントが怖うなる。
最後に布団まで濡れる。
朝になっても、
すぐ直せるとは限らん。
雨が止んでも、
材料と職人の順番が
来んからじゃ。
今年の梅雨の怖さは、
雨量だけやない。
補修能力の落ちた社会に、
まとまった雨が乗ること。
そこなんよ。
■第七章
台風が去った朝、
庶民の家に残るもの
台風のニュースは、
だいたい風速ばっかりじゃ。
けど庶民の地獄は、
だいたいその後に始まる。
屋根が一部飛ぶ。
雨どいが外れる。
窓から水が入る。
給湯器が濡れる。
冷蔵庫の中身が傷む。
停電でエアコンが切れる。
夏なら、
一晩で部屋が蒸し風呂になる。
2026年4月時点では
今年の日本上陸台風は
まだ0じゃが、
平年でも接近・上陸は
夏から秋に増える。
「まだ来ていない」と
「今年は大丈夫」
は別の話じゃ。
翌朝、
みんな同じことを考える。
ブルーシート。
養生テープ。
乾電池。
雑巾。
簡易ガス。
そこで初めて人は、
災害いうんは
来た瞬間より
去った後の段取りの方が長い、
と知るんよ。
去年までなら直せた。
けど今年は材料がない。
業者も詰まっとる。
保険査定も遅れる。
建設不全の社会では、
この「去った後」が
去年よりずっと長くなる。
■第八章
屋根のない国で、
若い人は何を信じるか
Z世代の若い人に、
わしは説教したいわけじゃない。
ただ、
これだけは言いたい。
この国で今起きとることは、
ある日突然
全部ゼロになる話じゃない。
そうじゃなくて、
昨日までより少し遅い。
昨日までより少し高い。
昨日までより少し届かない。
昨日までより少し終わらない。
その積み重ねなんよ。
屋根の修理が遅れる。
風呂が入らん。
引っ越しが延びる。
ケーキが小そうなる。
コンビニの棚が少し痩せる。
ローンだけ始まる。
人間は、
一個一個なら我慢できる。
けど文明いうんは、
その「一個一個」を
同時に食らった時に壊れる。
国が大丈夫と言う時こそ、
現場を見てくれ。
今ある屋根を見て
安心するんじゃなくて、
今から直せるかを見てくれ。
■第九章
ドミノの最後――
日本経済の“屋根”が落ちる日
屋根が直せん。
家が完成せん。
工期がずれる。
それだけなら、
建設業界の話で
終わるように見える。
けど終わらん。
新築着工が鈍る。
売買が止まる。
引っ越しが止まる。
家具家電も鈍る。
賃貸の入れ替わりも狂う。
銀行の目論見も狂う。
そこへ、
零細工務店の
資金繰りが詰まる。
下請けが折れる。
職人が抜ける。
地域の補修能力が落ちる。
そうなると、
家の屋根だけやのうて、
日本経済そのものの
屋根が傾き始める。
接着剤一本の欠品は、
ただの欠品やない。
それは、
倒産、失業、信用収縮へ
つながる最初のヒビなんよ。
■第十章
世界が家を
建てられなくなった朝
これは日本だけの話やない。
✲「アメリカでも、
住宅業者景況感は
低水準で、
4月には指数が34、
建設業者の62%が
資材コスト上昇、
70%が価格設定に
苦しんどると
報じられた。
欧州でも、
燃料と肥料の高騰を受けて、
農業・漁業・輸送向けに
一時支援策が検討されとる。
追加負担の最大50%補填案や、
窒素肥料価格が
2024年平均より
58%高いという数字も出とる」
(Reuters、ほかに 1 件)
つまり、
人類の基本的な信頼――
「家は建つ」
「幸せだね」
「壊れても直せる」
「ああ よく寝れた」
「暮らしは戻る」
「いただきます」
「美味しいね」
「ごちそうさまでした」
その当たり前が、
世界中で少しずつ
細くなっとるんよ。
当たり前が
当たり前じゃなくなるんよ。
表から見たら、
まだ町は町じゃ。
けど中身は違う。
誰も気づかんうちに、
世界は
「家を建てられなくなる朝」
へ歩いとる。
………
■あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才
✲ホームズ
いやあワトソン君、
今回の事件は深刻じゃったな。
国じゅうの屋根が
見えんところから死による。
✲ワトソン
先生、言い方が怖いです。
屋根はまだあります。
✲ホームズ
今ある屋根を数えて
安心するな言うとるんじゃ!
今から直せる屋根が
減っとるんじゃ!
✲ワトソン
急に声でかいです。
近隣クレーム来ます。
✲ホームズ
近隣クレームも
建設業のリアルじゃ!
✲ワトソン
それより先生、
なんで途中からケーキ屋が
主役みたいになったんです。
✲ホームズ
お前なあ、
ショートケーキをなめるな。
あれは平和の完成形じゃ。
生クリーム、冷蔵、
包装、配送、
全部そろわんと
店に出んのじゃ!
✲ワトソン
でも最後は
屋根へ戻るんですね。
✲ホームズ
当たり前じゃ。
世界が壊れる時、
最初に消えるんは
勇者の剣じゃない。
だいたい防水材じゃ。
✲ワトソン
名言みたいで嫌ですねえ。
✲ホームズ
嫌でも事実は地味なんじゃ。
文明は、
派手な爆発より
地味な欠品で先に終わる。
✲ワトソン
若いあなたへ。
「まだ大丈夫じゃろ」で
自分の人生を
預けんでください。
✲ホームズ
今ある町を見て安心するな。
次の雨のあと、
何日で戻せるかを考えろ。
✲ワトソン
うわ、
最後ちょっと泣けますね。
✲ホームズ
泣け。
その代わり明日は、
ホームセンターの棚と、
工事現場のシートと、
空の色を見て帰れ。
✲ワトソン
結局そこなんかい!
………
❥Z世代の若いあなたへ
この話を読んで、
「さすがに大げさじゃろ」
そう思うてもええ。
けどな。
目の前の小さい出来事から、
目をそらさんでほしいんよ。
工事が妙に長い。
ホームセンターの
棚が少し薄い。
ケーキがちょっと小さい。
引っ越し日がずれる。
雨漏り修理の返事が遅い。
そういう
小さい違和感を、
笑わんでほしい。
アインシュタインは、
「The important thing is
not to stop questioning.」
――大事なのは、
問い続けることを
やめないことだ――
と残しとる。
わしは思うんよ。
疑うことは、
ひねくれることやない。
疑うことは、
生き方を
取り戻すことなんじゃ。
みんなが
「まだ大丈夫」
と言う時に、
ほんまにそうか。
どこが細っとるんか。
何が先に止まるんか。
自分は何を備えるべきか。
そうやって
小さく疑うことが、
新しい生き方の芽になる。
人生を変えるんは、
派手な革命やない。
たいていは、
最初の小さい疑いなんよ。
屋根のない国では、
最後に自分を守るんは
自分の想像力だけじゃけえ。




