まだ棚にあるのに、もう終わっとる ――宮古5.4万人、八重山5.3万人。エネルギー自給率3%の島から見える、日本の食料危機の “本当の始まり”――
✦まだ棚にあるのに、もう終わっとる
――宮古5.4万人、八重山5.3万人。
エネルギー自給率3%の
島から見える、
日本の食料危機の
“本当の始まり”――
………
食料危機いうたら、
みんな
「米がなくなる」
「肉がなくなる」
そこから考える。
違うんよ。
ほんまに先に消えるんは、
水と、
「明日も今まで通り届く」
いう前提の方なんじゃ。
………
★目次
■第一章 島は最初に終わる
場所じゃのうて、
最初に終わり方が
見える場所じゃ
■第二章 地下に水はある。
けど蛇口には来ん
■第三章 四階から上は、
停電した瞬間に
別世界になる
■第四章 北海道のホタテは、
海で死ぬんじゃのうて
飛ばんようになる
■第五章 畑は青い。
けど朝ごはんがない
■第六章 魚は釣れても、
米がない
■第七章 ネットが壊すんは、
情報じゃのうて
段取りじゃ
■第八章 ゴミが来ん朝、
都会は高級住宅地から
腐り始める
■第九章 人間は、
崩れると分かっとる
生活ほど捨てられん
■第十章 67歳の元証券マンの
おじいちゃんは、
何もできん。
けど、よう見えとった
★あとがき
ホームズとワトソンの、
やすきよ漫才風しめ
………
■第一章
島は最初に終わる
場所じゃのうて、
最初に終わり方が
見える場所じゃ
67歳の元証券会社勤務の
おじいちゃんは、
ニュースを見るたびに
テレビを切ってから
考える癖があった。
株価。
円安。
停戦期待。
原油先物。
そんな言葉は、
もう耳にタコができとる。
けど、
おじいちゃんが見とるんは、
そこじゃない。
蛇口。
牛乳棚。
氷。
フェリーの時刻表。
港の張り紙。
四階のトイレ。
スマホのアンテナ。
ゴミ置き場。
そこが先に震える。
沖縄電力は
38の有人島に電気を送り、
11の独立系統を抱え、
化石燃料依存が大きい。
宮古島市の資料では、
✲島のエネルギー自給率は
約3%。
百あるうち、
自分の足で立っとるんは
三しかない。
残り九十七は、
外から来るもんで立っとる。
「島は最初に
終わるんじゃねえ。
最初に
終わり方が見えるんよ」
宮古は約5.4万人。
八重山は約5.3万人。
小さい島に見えて、
支える人数は
ちっとも小さゅうない。
ほんで、
便利すぎるほど便利なんよ。
観光。
空路。
フェリー。
コンビニ。
冷蔵。
スマホ決済。
便利いうんは、
止まり始めるまで
ありがたみが見えんのじゃ。
東京のサラリーマンは思う。
「離島の話やろ。
自分らは大丈夫」
でも
おじいちゃんは知っとる。
あの棚に並ぶ牛乳も、
スマホでポチる米も、
全部同じ細い糸で
つながっとることを。
島が先に煮え始める。
都会はまだぬるま湯。
それが一番怖い。
■第二章
地下に水はある。
けど蛇口には来ん
食料危機いう話になると、
みんな缶詰を数え始める。
焼き鳥缶何個。
サバ缶何個。
米何袋。
けど、
その前に詰むもんがある。
✲水じゃ。
宮古は地下水の島じゃ。
地下水採取許可水量の合計は
46万7098立方メートル/日。
数字だけ見たら
「なんじゃ、水はあるが」
と思う。
あるんよ。
地下には。
けど人間は、
地下に口つけて
生きるわけじゃない。
汲み上げる。
送る。
ためる。
押し上げる。
流す。
下水も回す。
全部、電気じゃ。
WHOは生きるための最低限の
安全な水を
1人1日2.5~3L程度、
緊急時でも
最低15L/人/日くらいは
要るという。
飲むだけじゃ足りん。
炊く。
洗う。
流す。
赤ちゃんのミルク。
トイレ。
全部、水なんよ。
おじいちゃんは、
そこだけは
妙に真顔で言うた。
「食料危機いうたらな、
半分は水危機の話なんよ」
最初は誰も気づかん。
蛇口の水圧が、
ほんの少し弱くなる。
「今日は暑かったからかな」
翌週はさらに弱うなる。
「メンテナンスやろ」
三週間後、朝の洗顔で
水が途切れ途切れになる。
四階の主婦はため息をつく。
「また停電の影響か」
でもまだ
「明日には直る」
と信じとる。
煮え始めの蛙は、
自分が茹でられてることに
気づかん。
■第三章
四階から上は、
停電した瞬間に別世界になる
宮古も石垣も、
もう平屋ばぁの島じゃない。
宮古の住宅は共同住宅が40.3%。
ほとんどが鉄筋コンクリート系。
石垣も空港ができてから
アパート建築ラッシュ。
住宅総数は2
万2710戸まで増えとる。
つまり、島の暮らしはもう
「庭の井戸と畑だけで
何とかなる世界」
ばぁではない。
受水槽。
加圧ポンプ。
共用設備。
エレベーター。
管理会社。
それで回っとる。
停電した時、島全体が
同じように
苦しむんじゃない。
まず先に困るんは、
共同住宅の上の階じゃ。
一階、二階は
まだ何とかなるかもしれん。
けど、四階、五階、六階は、
ポンプで
押し上げてもろうとる
水の世界じゃ。
計画停電なら、止まる。
戻る。
また止まる。
それでも何とか
持つかもしれん。
けど長引いたら、
水は「ある・ない」
じゃのうて、
思うように使えんになる。
赤ちゃん。
子ども。
高齢者。
汗だくの夏。
トイレの多い家。
そこから先に崩れる。
パニックいうんは、
ミサイルみたいに来ん。
四階の蛇口をひねって
「……あれ?」
と黙るところから
始まるんじゃ。
隣の奥さんは
「まだ大丈夫よ」
と笑う。
でも目が泳いでる。
三日後、
階段でバッタリ会うと、
誰も口に出さん。
「水、持っとる?」
という視線だけが交差する。
■第四章
北海道のホタテは、
海で死ぬんじゃのうて
飛ばんようになる
おじいちゃんは、
食料危機の話になると、
わざと北海道の話をした。
「ホタテはな、
海で死ぬんじゃねえ。
飛ばんようになるんよ」
若いもんは
最初その意味が分からん。
北海道でホタテが採れる。
じゃがいもが採れる。
白菜も大根も採れる。
ほんなら大丈夫じゃろ、
言う。
違うんよ。
沖縄へ届くまでに、
冷凍の電気がいる。
包装がいる。
軽油がいる。
トラックがいる。
港がいる。船がいる。
飛行機もいる。
今回の危機の本質は、
食料がないことより、
食料が存在しても
遠くへ届かんなることなんよ。
✲IMF、世界銀行、
WFPの共同声明は、
「石油・ガス・
肥料価格の急騰と
輸送ボトルネックで、
食料価格と食料不安は
避けられん言うとる」
つまり、畑の問題の前に、
運ぶ力が死ぬんじゃ。
航空ももう始まっとる。
ホルムズ海峡の影響で
ジェット燃料価格は跳ね上がり、
アジアの航空会社が
減便や追加給油に入っとる。
北海道のホタテは、
海で死ぬんじゃない。
飛ばんようになるんじゃ。
じゃがいもも、腐る前に、
遠くの食卓から先に消える。
東京のスーパーでは、
まだ「北海道産」と
ラベルが貼られとる。
でもおじいちゃんは知っとる。
あのラベルが、いつか
「入荷未定」に変わる日を。
■第五章
畑は青い。
けど朝ごはんがない
宮古島市の資料では、
食料品の地域内自給率は39.7%。
耕種農業は55.2%。
ここだけ見たら
「おっ、そこそこあるが」
と思う。
けど、
✲肥料みたいな化学製品は
0.6%しかない。
0.6%じゃ。
つまり畑はあっても、
肥料がない。
軽油がない。
袋がない。
集荷が弱る。
冷蔵も止まる。
主力はさとうきび。
ほかにゴーヤー、かぼちゃ、
とうがん、マンゴー。
青々しとる。
きれいじゃ。
写真映えもする。
けど、それは
今朝の白ごはんにはならん。
畑は青い。
けど朝ごはんがない。
これが今回の食料危機の
一番気味の悪いところなんよ。
何もかも消えるんじゃない。
食べられん形のもんだけ
残るんじゃ。
農家も苦しい。
世界銀行の数字どおり、
肥料は急騰しとる。
作っても赤字。
袋がない。
運べん。
出荷しても損。
そりゃあ
「もうやめようかな」
と思う農家が出るんよ。
危機は、
今年の収穫だけじゃない。
来年の作付け意欲まで削る。
農家の嫁はため息をつく。
「今年も種まくの?
肥料代で
借金増えるだけやん」
夫は黙って畑を眺める。
青い葉が、
まるで嘲笑ってるように
見える。
■第六章
魚は釣れても、米がない
燃料が細うなったら、
沖へ出る漁は減る。
そしたら人間は、岸へ出る。
港。堤防。磯。
とにかく竿を持って立つ。
最初のひと月、
海はまだ魚をくれる。
けど、
三か月後は場所取りになる。
半年後には、
魚が減るだけじゃのうて、
釣られやすい魚から
先に薄うなり、
残った魚は人間を覚える。
岸釣りは、
島を永遠に救う
答えじゃない。
最初の猶予なんよ。
ほんでそこから、
物々交換が始まる。
アジ三匹で白菜一玉。
ミーバイ一尾で水二本。
イカ一杯で米二合。
笑うかもしれん。
でも東京の高層マンションで、
それを替えてくれる相手が
どこにおるんじゃ。
島は先に苦しむ。
けど、
都会には逃げ道がない。
そこが一番寒い。
■第七章
ネットが壊すんは、
情報じゃのうて段取りじゃ
石垣も宮古も、
ネットが極端に弱い島
ではない。
むしろ観光地じゃけえ、
かなり強化されとる。
光海底ケーブルYUIは
60Tbps超の容量を持っとる。
平時は快適。
速い。
本土並みに見える。
けど停電は別じゃ。
家のWi-Fiが死ぬ。
みんなスマホへ逃げる。
基地局が混む。
長引けば非常電源が尽きる。
まだらに落ちる。
ここで壊れるんは、
動画の快適さじゃない。
段取りじゃ。
送金。
予約。
病院。
家族連絡。
仕事変更。
アジアの島のSNSで
先に見えたんも、
「全部止まった」
じゃなかった。
給油列。
営業時間短縮。
イベント中止。
フェリー燃料サーチャージ。
島が少しずつ
遠くなる感じじゃった。
危機は、
高くなる、減る、遅れる
で始まる。
東京のOLは
「まだネットつながるし、
大丈夫」
とLINEで呟く。
でもそのLINEすら、
いつか
「既読スルー」の海になる。
■第八章
ゴミが来ん朝、
都会は高級住宅地から
腐り始める
食料危機を考える時、
みんな買うことばっかり
考える。
けど、捨てることも
同じくらい大事なんよ。
ゴミ袋。
回収車。
焼却。
燃料。
これが止まる。
部屋の中。
廊下。
集積所。
裏路地。
そこから臭いが立つ。
食べ残し。
空き缶。
虫。
悪臭。
都会は、
食料だけで
終わるんじゃない。
きれいなまま腐る。
高級タワーマンションの
住人は最初
「管理組合が何とかする」
と信じる。
二週間後、
ゴミ袋が山積みになり、
近所の主婦が
「もう我慢できない」
と叫ぶ。
それでも
「まだ大丈夫」
と自分に言い聞かせる。
腐敗の臭いが
エレベーターにまで
染みつく頃、
ようやく気づく。
「これは、東京でも起きる」
とね。
■第九章
人間は、
崩れると分かっとる
生活ほど捨てられん
「そんなに危ないなら、
今のうちに動けばええが」。
正論じゃ。
けど、人間は正論では動かん。
棚にまだある。
品薄でも上手に並べてある。
じゃけえ、
「まだ大丈夫」
言うてしまう。
✲今の家を手放したくない。
✲今の便利さを捨てたくない。
✲ローンが終わった
マンションを
損切りしたくない。
五千万円で売って、
百万円の古民家へ移って、
井戸と畑と鶏に寄せる。
理屈では正しい。
でも人間は、
そこまでできん。
一番遅れるんは、
物流じゃない。
人間の決断の方なんじゃ。
おじいちゃんは静かに言う。
「みんな、煮えとるのに
『まだぬるい』
言うて動かん。
それが一番恐ろしい」
■第十章
67歳の元証券マンの
おじいちゃんは、
何もできん。
けど、よう見えとった
このおじいちゃんは、
漁師じゃない。
農家でもない。
かまども使えん。
薪ストーブも危なっかしい。
鶏も飼えん。
何もできん側の人間じゃ。
じゃけど、
何もできんからこそ、
よう見えることがある。
都会の人間が、いかに
「できる気」
で生きとるか。
島の人間が、
いかに少しの猶予で
しのごうとするか。
ほんで、世界が崩れる時、
最初に消えるんは
食料でも株価でものうて、
当たり前そのもの
だということを。
おじいちゃんは言う。
「全部いっぺんに消えんけえ、
みんな間に合う思うて
しもうるんじゃ。
ほんで、
ほんまに消えた時には
もう遅いんよ」
それは説教じゃない。
観察じゃ。
でも観察いうんは、
予言より残酷なんよ。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの、
やすきよ漫才風しめ
✲ワトソン
「先生、これ、怖すぎて
スーパー行けませんよ」
✲ホームズ
「行け。
行けるうちに行っとけ」
✲ワトソン
「そこは優しゅう
励ますとこでしょうが!」
✲ホームズ
「優しいが。
ほんまに怖い時はな、
スーパーが閉まる前に、
水の安心が閉まるんよ」
✲ワトソン
「笑うとこ全部
怖いんですって!」
✲ホームズ
「危機いうんはな、
派手に来んのよ。
牛乳棚が少し薄い。
フェリーが一本減る。
スマホが少し重い。
四階の水が弱い。
そういう顔で来るんじゃ」
✲ワトソン
「いきなり全部消えた方が
まだ分かりやすいですわ!」
✲ホームズ
「分かりやすい危機なら、
みんなもっと
早う逃げとるわ」
✲ワトソン
「ぐうの音も出ません……」
✲ホームズ
「しかもな、
人間は棚にまだあるうちは
動かん。
そこが一番おもろうて、
一番恐ろしい」
✲ワトソン
「先生、それ、
笑いながら
泣くやつですやん」
✲ホームズ
「喜劇いうんはな、
悲劇が少し遅れて
見えとる状態のことじゃ」
✲ワトソン
「じゃあこの話、
喜劇なんですか
悲劇なんですか」
✲ホームズ
「両方じゃ。
笑うてもええ。
泣いてもええ。
けど読んだあとで、
蛇口をひねる
手つきが変わるなら、
この話は勝ちじゃ」
✲ワトソン
「……先生。
明日の朝、何します?」
✲ホームズ
「水を見る」
✲ワトソン
「そのあと?」
✲ホームズ
「スーパーへ行く」
✲ワトソン
「何を買うんです?」
✲ホームズ
「味違いの焼き鳥缶ばっかり
積もうとしとるやつを、
止めに行くんじゃ」。
(了)




