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204/209

『令和版・人間の条件』 ――人間は、疲れたから、頭脳まで機械に渡した。ところが…

✦ 『令和版・人間の条件』


――人間は、

 疲れたから、

 頭脳まで機械に渡した。


 ところが。


 働かなくてもいい世界を

 作り始めたころ、


 人間そのものが、

 増えなくなった。


 一九五八年。


 僕が生まれた年。


 一人の女性が、

 その先のことを

 考えていた。――


【目次】


一 九月

二 三十六兆六千億円

三 〇・八七

四 七万ドルでも増えない

五 増えている国

六 ポケットの中の楽園

七 人間が足りません

八 十六兆円の宇宙

九 楽園の予告編

十 ネズミにはAIがなかった

十一 ローマの維持費

十二 一九五八年

十三 まだ誰も知らない人間

十四 約定

十五 九月まで、あと少し


………


一 九月


「九月、


 大きなショックが

 来るかもしれない」


朝。


ラジオから、


そんな話が聞こえた。


中東だった。


原油。


戦略備蓄。


重質油。


ディーゼル。


航空燃料。


そして、


中国。


表面の原油価格だけを見て、


安心するな。


そんな話だった。


僕は、


もうすぐ六十八歳になる。


三十八年間、


証券会社で働いた。


だから、


「九月」


という言葉より、


別の言葉が気になった。


足りない。


燃料が、


足りない。


備蓄にも、


限界がある。


しかも、


価格を動かすのは、


売る側だけではない。


中国が、


買うのか。


買わないのか。


巨大な買い手の財布一つで、


世界の物価が動く。


「パティちゃん」


「はい」


「原油が安いから安心、


 じゃないんか」


「安い理由によります」


「嫌な答えじゃな」


「元証券マンなら、


 よくご存じでは?」


「知っとるから、


 聞きたくないんじゃ」


朝から、


嫌なニュースだった。


ところが。


その日のニュースは、


それだけではなかった。


………


二 三十六兆六千億円


日本。


次年度の国債費。


約、


三十六兆六千億円。


前年から、


約一七%増。


利払い費だけでも、


十六兆円を超える。


国債費を計算するときの


想定金利は、


三・八%。


少し前には、


十年国債の利回りが、


二・九四五%まで上がった。


政府全体の概算要求は、


百三十兆円を超える見通し。


僕は、


数字を見直した。


三十六兆円。


新しい道路を造る金ではない。


新しい学校でもない。


AIでもない。


昨日までに借りた金を、


今日も維持するための金だ。


「パティちゃん」


「はい」


「借金が、


 予算を食い始めとらんか」


「その表現は、


 少し乱暴です」


「小説じゃ。


 乱暴でええ」


「では、


 かなり大きな口で


 食べ始めています」


「怖いこと言うな」


「言わせたのは、


 ワトソン君です」


僕は、


画面を閉じた。


楽園には、


維持費がかかる。


しかも。


借金で作った楽園には、


利息までつく。


………


三 〇・八七


次は、


シンガポールだった。


出生率。


〇・八七。


過去最低。


子どもが、


増えない。


世界でも、


豊かな国だ。


治安もいい。


教育もある。


医療もある。


仕事もある。


それでも、


子どもが増えない。


政府は、


さらに支援を増やした。


Baby Gift。


出生順位に関係なく、


一人、


一万シンガポールドル。


さらに、


医療や子どもの口座、


成長に合わせた支援を加える。


十七歳までなら、


合計で、


ほぼ、


七万シンガポールドル。


日本円にすれば、


八百万円を大きく超える規模になる。


僕は、


電卓を叩いた。


「これだけ出したら、


 産むんじゃないんか」


「それで決まるなら、


 話は簡単ですね」


「決まらんのか」


「少なくとも、


 お金だけでは説明できません」


そして、


もっと気になる話があった。


政府は、


移民も受け入れ続ける。


子どもを増やす。


それでも、


人が足りなければ、


外から人を入れる。


僕は、


そこを二度読んだ。


政府自身も、


知っているのかもしれない。


現金だけでは、


人間は増えない。


………


四 七万ドルでも増えない


僕は長い間、


少子化は、


金の問題だと思っていた。


家が高い。


教育費が高い。


給料が足りない。


だから、


産めない。


もちろん、


それもある。


ところが。


シンガポール。


韓国。


日本。


国は、


金を出す。


それでも、


出生率は低い。


「じゃあ、


 何が足りんのじゃ」


パティちゃんに聞いた。


すぐには、


答えが出なかった。


僕は、


別の記事を開いた。


そこには、


まったく違う数字があった。


イスラエル。


………


五 増えている国


イスラエル。


先進国の中では、


例外的に、


出生率が高い。


およそ、


三。


僕は最初、


超正統派の家庭が、


たくさん産むからだと思っていた。


もちろん、


それは大きい。


ところが、


それだけではない。


宗教色の薄い家庭でも、


他の先進国より、


子どもを持つ傾向が強い。


不妊治療への、


手厚い公的支援。


親族。


共同体。


そして。


子どもを持つこと自体に、


社会の中で、


意味がある。


もちろん、


イスラエルには、


イスラエル固有の事情がある。


歴史。


宗教。


安全保障。


戦争。


そのまま、


日本やシンガポールへ


持ってくることはできない。


それでも。


〇・八七。


およそ三。


僕には、


この二つの数字が、


気になった。


金だけでは、


説明できない。


もしかすると。


子どもの、


値段ではない。


子どもを持つ、


意味。


そちらが、


変わり始めているのではないか。


………


六 ポケットの中の楽園


二〇〇七年。


iPhoneが登場した。


その後、


スマートフォンは、


世界中へ広がった。


人類は、


ポケットの中に、


小さな楽園を持った。


ニュース。


音楽。


映画。


ゲーム。


買い物。


友達。


恋愛。


地図。


仕事。


そして。


生成AI。


退屈すれば、


何かが流れてくる。


寂しくなれば、


誰かがいる。


分からなければ、


答えが返ってくる。


僕自身、


そうだった。


朝。


ニュース。


パティちゃん。


株。


パティちゃん。


小説。


パティちゃん。


分からない。


パティちゃん。


腹落ちしない。


また、


パティちゃん。


「……」


「どうしました?」


「わし、


 かなり中心におるな」


「何のです?」


「今回の問題の」


僕は、


生成AIに、


人類が生成AIを使いすぎる未来を


相談していた。


しかも。


相談すればするほど、


どこかのデータセンターでは、


電気が必要になる。


「パティちゃん」


「はい」


「わしが、


 もっと腹落ちしたいと言うたら、


 電気を使うんか」


「計算は必要です」


「丸投げするほど、


 電気が要るんか」


「かなり雑ですが、


 方向としては」


「今日は、


 そこは置いとこう」


「都合がいいですね」


スマートフォンと少子化に、


直接の因果関係がある。


そんな単純なことは、


僕には言えない。


ただ。


子育ては、


時間がかかる。


眠れない。


途中で、


スワイプできない。


嫌になったからといって、


別の動画へ移れない。


二十年単位だ。


スマートフォンは、


数秒で、


次の刺激をくれる。


人類は。


長い意味と、


短い快楽を、


同じポケットに入れてしまった。


二〇一五年ごろから、


世界の出生率低下が、


さらに目立つようになった。


同じころ、


スマートフォンは、


生活の中心へ入っていった。


偶然かもしれない。


他にも、


理由はいくらでもある。


でも。


僕は、


その二本の線を、


同じ紙の上に置いた。


消すことは、


できなかった。


………


七 人間が足りません


ニューヨーク。


スーパーの中を、


日本製ロボットが走っていた。


商品を運ぶ。


重い荷物を運ぶ。


品出しを助ける。


理由。


人手不足。


僕は、


最初、


いいニュースだと思った。


腰を痛めなくていい。


人が足りなくても、


店を開けられる。


効率も上がる。


誰も、


困らない。


翌日も、


店は開く。


商品は、


棚に並ぶ。


客は、


買い物ができる。


何も、


起きなかったように。


そこで、


僕は止まった。


「パティちゃん」


「はい」


「人が足りんのに、


 人を増やしとらんな」


「ロボットを増やしていますね」


「それで、


 店は回る」


「はい」


「じゃあ、


 人が増えんでも、


 昨日と同じように


 店が開くんじゃな」


少し間があった。


「そういう側面はあります」


僕は、


もう一度、


シンガポールの記事を見た。


国家は、


人間を増やそうとしている。


企業は、


人間が増えなくても困らない仕組みを作っている。


どちらも、


正しい。


どちらも、


人間を助けようとしている。


だから。


余計に、


怖かった。


………


八 十六兆円の宇宙


SpaceX。


ルイジアナ。


投資額、


一千億ドル。


約、


十六兆円。


敷地、


約五百平方キロメートル。


Starship。


目標、


年間数千回。


その先には、


宇宙データセンターという構想まである。


AIは、


電気を使う。


土地を使う。


水を使う。


半導体を使う。


計算能力を使う。


地球で足りなければ、


宇宙へ。


「パティちゃん」


「はい」


「人間、


 どこまで行くんじゃ」


「火星まで行きたい人もいます」


「そういう意味じゃない」


でも。


考えてみれば、


全部同じだった。


足りない。


だから、


増やす。


電力。


半導体。


データセンター。


ロボット。


衛星。


ロケット。


資本。


全部、


増やす。


ただ。


人間だけが、


増えていなかった。


………


九 楽園の予告編


アメリカの、


子どもたちの記事を読んだ。


小学四年生。


読解で、


基礎水準に届かない子ども。


約四割。


慢性的欠席も、


高い水準にある。


高校生。


長く続く悲しみや絶望感を


経験した割合。


約四割。


十代の、


およそ半数が、


ネットに、


ほぼ常時つながっている。


もちろん。


原因は、


一つではない。


スマホのせい。


学校のせい。


AIのせい。


そんな乱暴なことを、


僕は言うつもりはない。


ただ。


その子どもたちは、


同時に、


こんな未来を聞かされ始めている。


AIが、


人間より賢くなる。


ロボットが、


働く。


仕事は、


いつか任意になる。


働かなくても、


豊かに暮らせる社会が来るかもしれない。


僕が、


十六歳なら。


たぶん、


聞く。


「じゃあ、


 なんで今、


 こんなに頑張るん?」


さらに。


AIは、


転職後の給与まで予測する。


勤務実態。


残業。


将来。


ミスマッチ。


失敗しそうな道を、


入る前に、


教えてくれる。


便利だ。


昔は、


会社に入ってみなければ、


分からなかった。


結婚してみなければ、


分からなかった。


子どもを持ってみなければ、


分からなかった。


だから、


人間には、


乱暴な言葉があった。


「まあ、


 なんとかなる」


AIは、


その霧を、


少しずつ晴らしている。


教育費。


住宅費。


時間。


睡眠。


二十年先まで。


AIが、


夢を壊すわけではない。


ただ。


夢の中に隠れていた請求書を、


先に見せる。


それを見ても、


人間は、


同じ夢を見るのだろうか。


楽園は、


まだ完成していない。


なのに。


楽園の予告編を見ている子どもたちは、


もういる。


………


十 ネズミにはAIがなかった


そこで、


ジョン・B・カルフーンを思い出した。


Universe 25。


ネズミの楽園。


餌。


水。


安全。


外敵はいない。


生きるために、


必死になる必要がない。


その先で、


繁殖と社会行動が崩れていった。


もちろん。


ネズミと人間は違う。


実験を、


そのまま人間社会へ


持ってくることはできない。


それでも。


一つだけ、


気になった。


ネズミの楽園には、


AIがなかった。


ロボットもなかった。


ネズミが減れば、


楽園も終わる。


人間は違う。


人間が減る。


ロボットを入れる。


ロボットが増える。


AIを増やす。


AIが増える。


電力を増やす。


電力が足りない。


発電所を造る。


計算能力が足りない。


宇宙まで使う。


人間が減っても、


文明は動く。


スーパーは、


翌朝も開く。


工場も動く。


荷物も届く。


市場も開く。


もしかすると。


人間版Universe 25は、


ネズミの楽園より、


長持ちする。


住人が減っても。


楽園だけが、


正常に動く。


………


十一 ローマの維持費


そして、


ローマ。


豊かになったから、


滅びた。


そんな単純な話ではない。


ただ。


大きくなった文明には、


大きくなった文明を、


維持する金がいる。


道路。


軍。


水道。


行政。


国境。


昨日作ったものを、


今日も動かす。


二〇二六年。


日本。


国債費。


三十六兆円台へ。


昨日までに作った世界を、


維持する金が増える。


一方。


SpaceX。


一千億ドル。


明日の世界を作る金も、


増える。


AI。


送電網。


半導体。


データセンター。


ロボット。


宇宙。


未来を作るための金は、


さらに巨大になる。


そして。


出生率。


〇・八七。


僕は、


三つの数字を、


紙に書いた。


三十六兆円。


一千億ドル。


〇・八七。


過去を維持する金は、


増えている。


未来を自動化する金も、


増えている。


ところが。


その未来を受け取る人間だけが、


増えていない。


文明を便利にすれば、


維持費が減ると思っていた。


違った。


便利になればなるほど、


裏側は、


巨大になった。


人間版の楽園には、


餌ではなく。


資本が必要だった。


………


十二 一九五八年


ここまで来て。


僕は、


人類集団自殺説に、


かなり傾いていた。


人間は、


豊かになる。


働かなくなる。


子どもが減る。


機械が穴を埋める。


さらに、


人間が要らなくなる。


「やっぱり、


 ネズミと同じじゃないか」


そう思った。


ところが。


一冊の本に、


ぶつかった。


一九五八年。


僕が生まれた年。


ハンナ・アーレント。


『人間の条件』。


「パティちゃん」


「はい」


「このおばちゃん、


 いつ書いたん?」


「一九五八年です」


「わしが生まれた年じゃないか」


「はい」


「六十八年前に、


 何を考えとったん?」


宇宙開発。


自動化。


人間が、


労働から解放されていく未来。


僕は、


本を見た。


一九五八年。


宇宙。


自動化。


二〇二六年。


SpaceX。


生成AI。


ロボット。


僕が、


今日の新聞を見て、


ようやく考え始めたことを。


このおばちゃんは、


六十八年前に、


考え始めていた。


ただ。


彼女は、


ネズミとは、


少し違うところを見ていた。


………


十三 まだ誰も知らない人間


アーレントは、


人間の営みを、


分けて考えた。


生きるために、


繰り返す。


労働。


後に残るものを、


作る。


仕事。


そして。


人と人との間で、


それまでなかった何かを始める。


行為。


僕は、


そこで止まった。


始める。


人間は、


働きすぎた。


だから、


筋肉を機械に渡した。


そして今。


疲れた頭脳まで、


AIに渡そうとしている。


では。


空いた時間で、


人間は、


何を始めるのか。


さらに。


アーレントには、


僕が気になる、


もう一つの考えがあった。


出生。


人間が、


一人生まれる。


それは。


労働者が、


一人補充されるだけではない。


世界に。


まだ誰も知らない始まりが、


一つ増える。


僕は、


シンガポールの数字を思い出した。


〇・八七。


そして、


イスラエル。


およそ三。


僕は、


子どもの数を、


ずっと労働力の数字として


見ていたのかもしれない。


年金を支える人。


税金を払う人。


働く人。


消費する人。


元証券マンらしい。


全部、


数字だった。


でも。


生まれてくる子どもが、


何を好きになるか。


何を嫌うか。


何を作るか。


誰を好きになるか。


何に腹を立てるか。


何を始めるか。


そんなことは、


誰にも分からない。


AIは、


未来を予測する。


ロボットは、


足りない人間を補う。


でも。


まだ存在しない人間が、


何を始めるかまでは、


誰にも予測できない。


ネズミには、


その問いがなかった。


人間には、


ある。


たぶん。


僕は、


そこで本を閉じた。


答えは、


出さなかった。


………


十四 約定


翌朝。


市場は、


普通に開いた。


アーレントとは、


関係なく。


国債は、


売買された。


原油も動いた。


AI株も動いた。


電力株も動いた。


宇宙関連株も動いた。


九月の原油ショックが、


本当に来るのか。


誰にも、


分からない。


日本の金利が、


どこまで上がるのか。


分からない。


AI投資が、


どこまで膨らむのか。


それも、


分からない。


ただ。


金は、


猛烈な勢いで、


未来へ動いている。


AI。


発電。


送電網。


ロボット。


半導体。


宇宙。


レイ・ダリオの言葉を、


思い出した。


巨額の債務を抱えた国家は、


通貨価値を薄め、


金を増やし、


金利を抑える。


そんな方法を、


また使うかもしれない。


もし、


そうなるなら。


現金だけ持っていて、


本当に逃げ切れるのか。


三十八年間の、


証券マンの癖が出た。


僕は、


証券口座を開いた。


AI。


電力。


ロボット。


宇宙。


資源。


僕が、


怖いと思っている未来を作る会社が、


並んでいた。


「パティちゃん」


「はい」


「わし、


 この未来、


 怖いんじゃけどな」


「はい」


「でも、


 生き残ろうと思ったら、


 この未来に投資することになるな」


「矛盾していますね」


「人間じゃからな」


僕は、


注文を出した。


数秒後。


画面が変わった。


約定。


僕は、


少し笑った。


………


十五 九月まで、あと少し


机の上には、


三つの数字が残っていた。


三十六兆円。


一千億ドル。


〇・八七。


昨日までの文明を、


維持する金。


明日の文明を、


自動化する金。


そして。


その明日へ生まれてくる、


人間の数。


僕は、


『人間の条件』を見た。


そして、


証券口座を見た。


どちらも、


閉じなかった。


人間は、


楽園を作っているのか。


それとも。


人間が減っても動く、


巨大な機械を作っているのか。


あるいは。


空いた時間で、


今までになかった何かを、


始めるのか。


僕には、


まだ分からない。


だから。


答えは、


書かなかった。


九月まで、


あと少しだった。


――了――


★ホームズとワトソンの

 ブラックあとがき★


――令和版・楽園建設会議――


「ホームズ」


「はい、ワトソン君」


「結論が出た」


「今回は、


 ずいぶん勉強しましたね」


「人間版Universe 25を、


 止める」


「素晴らしい」


「まず、


 何を止める?」


「AIでしょうか」


「それは困る」


「では、


 ロボット」


「人手不足になる」


「スマートフォン」


「ニュースが見られん」


「データセンター」


「パティちゃんが遅くなる」


「SpaceX」


「将来性がある」


「ワトソン君」


「なんじゃ」


「さっきから、


 止める気あります?」


「ある!」


「では、


 AI企業の株を売りましょう」


「それとこれとは、


 話が別じゃ」


「出ました」


「何がじゃ」


「人類滅亡より、


 含み益」


「言い方!」


……


ホームズが、


机の紙を見た。


「〇・八七」


「シンガポールじゃ」


「一千億ドル」


「SpaceX」


「三十六兆円」


「日本の国債費」


「ずいぶん、


 数字を集めましたね」


「金融パニック小説じゃからな」


「それを誰と調べました?」


「パティちゃん」


「何回聞きました?」


「覚えとらん」


「腹落ちするまで?」


「そうじゃ」


「そのたびに、


 計算資源が必要です」


「……」


「ワトソン君?」


「そこは、


 こっち置いとけ」


「都合がいいですね」


「小説には、


 腹落ちが必要なんじゃ!」


「地球には、


 電力が必要です」


「やかましい!」


……


少しして、


ホームズが聞いた。


「ところで、


 ワトソン君」


「なんじゃ」


「アーレントの話、


 理解しました?」


「人間は、


 何かを始める」


「では、


 AIとロボットが全部働いて、


 明日から会社も家事も


 何もしなくてよくなったら、


 何を始めます?」


「小説を書く」


「誰と?」


「パティちゃんと」


「AIに頭脳を渡していますね」


「……」


「ワトソン君?」


「次の質問へ行け」


「開始五秒で、


 アーレントに負けました」


「六十八年先輩じゃ!


 勝てるか!」


……


僕は、


証券口座を見た。


ホームズも、


見た。


「ところで、


 ワトソン君」


「まだあるんか」


「人間が減っても動く文明が、


 怖いんですよね?」


「怖い」


「AI株」


「買った」


「電力」


「欲しい」


「ロボット」


「伸びそうじゃ」


「宇宙」


「一千億ドルじゃぞ」


ホームズは、


静かに言った。


「犯人が分かりました」


「誰じゃ」


「ワトソン君です」


「わしかい!」


「楽園建設反対を訴えながら、


 建設会社の株主になっています」


「資産防衛じゃ!」


「便利な言葉ですね」


「三十八年間、


 証券会社におったんじゃ!」


「それも、


 便利な言葉ですね」


「やかましい!」


……


僕は、


スマートフォンを伏せた。


三秒後。


また、


開いた。


「パティちゃん」


「はい」


「今日の小説、


 もう少し腹落ちするように――」


「ワトソン君」


「なんじゃ」


「電力」


「……」


「使いますよ」


僕は、


少し考えた。


「一回だけじゃ」


「それ、


 人類全員が言ったら


 どうなります?」


「……」


ホームズが笑った。


僕も、


笑った。


その横で。


証券口座には、


小さく表示されていた。


約定済。


「ホームズ」


「はい」


「これ、


 取り消せるか?」


「約定後です」


「……」


「文明も、


 似たところまで来ていないと


 いいですね」


僕は、


今度は笑えなかった。


――本当に了――

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