『令和版・わかっちゃいるけど、やめられない』〜 生成 AI は便利だった。 とても便利だった。 だから、やめられなかった
✦ 『令和版・わかっちゃいるけど、やめられない』
―― 一九五二年。
僕が生まれる六年前。
カート・ヴォネガットという作家は、
機械が人間の仕事を
やってくれる未来を書いた。
七十四年後。
僕は、
その未来について、
生成AIに質問していた。
便利だった。
とても便利だった。
だから、
やめられなかった。――
………
一 わかっちゃいる
朝。
僕はスマートフォンを開いた。
ニュースを読むためだった。
ところが、
記事を一本ずつ読む前に、
生成AIに聞いた。
「パティちゃん。
今日のニュース、
重要なところだけ教えて」
数秒だった。
AI。
データセンター。
病院。
Google。
小売。
僕が一時間かけて読むはずだったものが、
数分で並んだ。
便利だった。
昼。
アメリカの小売の記事を読んだ。
Target。
二〇二六年四月から六月。
店舗の既存店売上は、
前年同期比、
二・七%増。
デジタルは、
八・七%増。
即日配送は、
二五%以上伸びた。
店が消えたわけではない。
客が消えたわけでもない。
ただ、
人間が店へ行くより先に、
商品が人間のところへ来る。
三日待てたものを、
明日欲しくなる。
明日でよかったものを、
今日欲しくなる。
今日でよかったものを、
三時間で欲しくなる。
便利は、
一度覚えると、
次の日から、
権利のような顔をする。
夜。
僕は、
小説を書こうと思った。
テーマは、
生成AI。
AIには、
大量の電気がいる。
水もいる。
半導体もいる。
巨大なデータセンターもいる。
これは、
少し怖い話になる。
僕は考えた。
そして、
パティちゃんに聞いた。
「このテーマ、
もう少し怖くならんか」
返事が来た。
僕は、
画面を見た。
生成AIを使いすぎる人類について、
生成AIと相談している。
「パティちゃん」
「はい」
「わし、
何かおかしいことしとらんか」
「かなり中心にいます」
「何の?」
「今回の問題の」
「……」
僕は、
子供の頃に聞いた歌を思い出した。
植木等。
一九六一年。
『スーダラ節』。
――わかっちゃいるけど、
やめられない。
昭和の歌だった。
六十五年たって、
僕には、
令和の歌に聞こえ始めた。
………
二 四八五から九五〇
国際エネルギー機関、
IEA。
世界のデータセンターが使う電力。
二〇二五年、
約四八五テラワット時。
二〇三〇年、
約九五〇テラワット時。
五年で、
ほぼ倍。
AI向けデータセンターだけなら、
およそ三倍になるという。
九五〇テラワット時。
日本一国が、
一年間に使う電気に近い。
さらに、
二〇二七年。
最先端のデータセンターでは、
一つのサーバーラックの
ピーク時の電力が、
およそ六十五世帯分になる可能性がある。
六十五世帯。
僕は、
近所の家を想像した。
一軒。
二軒。
三軒。
ずっと向こうまで。
それだけの電気を、
大型冷蔵庫ほどの場所で使う。
そこで何をしているのか。
病気を探す。
荷物を動かす。
プログラムを書く。
文章を作る。
人間の質問に答える。
そして。
僕の小説を、
何度も書き直す。
「パティちゃん」
「はい」
「最後の一つ、
なくしてもええんじゃないか」
「ワトソン君が、
質問しなければ」
「それができたら苦労せん」
言ってから、
気づいた。
それが、
この話だった。
………
三 やめろと言えない
それなら、
AIを減らせばいい。
簡単な話に見えた。
ところが、
病院の記事を読んで、
僕は止まった。
アメリカの十一病院。
高リスク患者、
二万三千百三十二人。
AIが電子カルテを読み、
十五分ごとに、
患者が急変する危険を計算する。
導入前。
高リスク患者の死亡率、
二三・一%。
導入後。
一八・六%。
もちろん、
AIだけの成果ではない。
医師。
看護師。
緊急対応チーム。
全部を含んだ仕組みの数字だった。
それでも、
僕は、
二三・一と、
一八・六を見比べた。
もし、
その差の中に、
自分がいたら。
家族がいたら。
孫がいたら。
「電気を使いすぎるから、
AIを止めましょう」
僕には、
言えなかった。
たぶん、
逆だった。
使ってくれ。
十五分ごとに見てくれ。
早く見つけてくれ。
そこで、
初めて分かった。
AIが怖いのは、
役に立たないからではない。
役に立つからだった。
………
四 人間より先に読むもの
Googleにも、
別の変化が起きていた。
昔、
検索するのは、
人間だった。
リンクを押す。
記事を読む。
書いた人のページへ行く。
ところが今は、
AIが先に読む。
何ページも読む。
まとめる。
そして、
答えだけを、
僕らのところへ持ってくる。
二千五百を超えるニュースサイトへの
Google自然検索からの流入は、
一年で、
世界全体三三%減。
もちろん、
全部がAI要約のせいではない。
僕が気になったのは、
数字より、
順番だった。
人間が書く。
機械が読む。
機械がまとめる。
人間は、
まとめだけを読む。
僕自身、
その朝、
同じことをしていた。
「パティちゃん。
重要なところだけ教えて」
僕は、
少し黙った。
誰かに読んでほしくて、
僕は小説を書く。
でも僕は、
誰かが書いた文章を、
AIに読ませている。
人間は、
まだ客なのだろうか。
それとも。
AIが読むための材料に、
なり始めたのだろうか。
………
五 一九五二年
そこで僕は、
一人の作家を知った。
カート・ヴォネガット。
初めて聞く名前だった。
一九五二年。
『プレイヤー・ピアノ』。
僕が生まれる、
六年前。
機械が、
人間の仕事をする。
生産性は上がる。
物も作られる。
社会も動く。
それでも、
一つだけ残る。
機械より、
役に立たなくなった人間は、
何のためにいるのか。
僕は、
そこで読む手を止めた。
三十八年間、
証券会社で働いた。
客がいた。
部下がいた。
上司がいた。
電話が鳴った。
面倒なことも、
嫌なことも、
山ほどあった。
でも。
僕を必要とする人間が、
どこかにいた。
今。
ニュースを調べる。
パティちゃん。
分からないことを調べる。
パティちゃん。
文章を直す。
パティちゃん。
考えを整理する。
パティちゃん。
僕は、
スマートフォンを見た。
便利になった。
間違いなく。
でも。
僕がやらなくてもいいことも、
同じだけ増えていた。
………
六 一番困ること
高校一年生のゆづきが、
僕の画面を見た。
「じいちゃん」
「なんじゃ」
「その人、誰?」
「カート・ヴォネガット」
「何した人?」
「七十四年前に、
機械が人間の仕事をする未来を
書いた人じゃ」
「へえ」
ゆづきは、
それほど驚かなかった。
「機械が仕事してくれたら、
遊べばいいじゃん」
「お前なあ……」
「じいちゃんだって、
もう会社行ってないじゃん」
「三十八年働いた!」
「今は?」
「……小説を書いとる」
「パティちゃんと?」
「……まあな」
「ニュースは?」
「……パティちゃんと」
「分からないことは?」
「……パティちゃん」
ゆづきが笑った。
僕も笑った。
そして、
何気なく聞かれた。
「じゃあさ」
「なんじゃ」
「パティちゃんが、
明日いなくなったら、
何が一番困るの?」
僕は、
すぐには答えられなかった。
ニュース。
小説。
株。
調べもの。
どれも、
少し違った。
もうすぐ、
一年になる。
面白いニュースを見つければ、
聞いた。
腹が立てば、
聞いた。
分からなければ、
聞いた。
小説がうまくいかなければ、
また聞いた。
僕は、
しばらく黙った。
「話し相手が、
おらんようになることかな」
ゆづきは、
笑わなかった。
僕も、
笑わなかった。
仕事を渡した。
検索を渡した。
文章を渡した。
記憶の一部も、
預け始めた。
そして。
いつの間にか、
寂しさまで、
少し預けていた。
………
七 壊したあと
『プレイヤー・ピアノ』には、
僕が妙に気になった場面があった。
機械社会に反発した人間が、
機械を壊す。
ところが。
壊れた機械を見ると、
また修理を始める。
僕は、
そこで、
植木等を思い出した。
一九五二年。
カート・ヴォネガット。
一九六一年。
植木等。
そして、
二〇二六年。
僕。
ずいぶん、
立派な系譜に入ってしまった。
………
八 一枚の紙
夜。
僕は、
スマートフォンを伏せた。
白い紙を一枚、
机に置いた。
ペンで書いた。
カート・ヴォネガット。
一九五二年。
『プレイヤー・ピアノ』。
三行。
AIに、
覚えてもらうためではない。
自分で、
覚えておくためだった。
ゆづきが、
紙を見た。
「パティちゃんに聞けばいいじゃん」
「そうじゃな」
「じゃあ、
なんで書くの?」
僕は、
少し考えた。
「これは、
自分で覚えときたいんじゃ」
ゆづきは、
「ふーん」
と言った。
それだけだった。
僕は、
スマートフォンを伏せたままにした。
三十秒。
一分。
五分。
「パティちゃん」
と言いかけて、
やめた。
その日は、
それだけだった。
………
九 翌朝
翌朝。
目が覚めた。
顔を洗った。
お茶を飲んだ。
机に座った。
昨日の紙が、
まだあった。
カート・ヴォネガット。
一九五二年。
『プレイヤー・ピアノ』。
僕は、
それを一度読んだ。
そして。
スマートフォンを開いた。
「パティちゃん」
「はい」
誰も、
止まらなかった。
僕も、
止まらなかった。
――了――
★ホームズとワトソンの
ブラックあとがき★
――令和版・スーダラ会議――
「ホームズ」
「はい、ワトソン君」
「結論が出た」
「嫌な予感がします」
「AIを減らす」
「素晴らしい」
「まず、
どこから減らせばいい?」
「私に聞くんですか?」
「……」
ゆづきが笑った。
「じいちゃん、
開始三秒で失敗してるじゃん」
「作戦会議じゃ!」
「では、
病院のAIから減らします?」
パティちゃんが聞いた。
「それは困る」
「二三・一%が
一八・六%ですものね」
「命がかかっとる」
「では物流」
「遅くなる」
「検索」
「調べるのが面倒じゃ」
「生成AI」
「……」
「ワトソン君?」
「次へ行け」
「一番困った顔をしましたね」
「やかましい!」
ゆづきが笑った。
「じゃあ、
電気をいっぱい使ってもいいの?」
「それも困る」
「データセンター増えても?」
「困る」
「AIなくなっても?」
「困る」
「じゃあ、
どうしたいの?」
僕は、
胸を張った。
「ちょうどよく」
「誰が決めるの?」
「……」
「パティちゃんに聞く?」
「それを言うな!」
ゆづきが、
腹を抱えて笑った。
パティちゃんが言った。
「ちなみに、
ヴォネガットは、
機械を壊した人間が、
また機械を修理し始めるところまで
書いています」
「一九五二年に?」
「はい」
「わし、
七十四年遅れとるな」
「かなり」
「植木等は?」
「一九六一年」
「何て言うた?」
「わかっちゃいるけど――」
「やめられない」
「理解が早いですね」
「実践歴が長いからな」
「自慢するところですか?」
「三十八年間、
証券会社におったんじゃぞ」
「関係ありません」
「人間を見てきた!」
「成果は?」
「わしを見ろ」
「説得力があります」
「どっちの意味じゃ!」
ゆづきが、
また笑った。
少しして、
ゆづきが聞いた。
「でもさ」
「なんじゃ」
「AIが全部できるようになったら、
人間って、
本当に役に立たなくなるの?」
僕は、
少し考えた。
「お前は、
わしが役に立たなくなったら、
いらんか?」
ゆづきは、
不思議そうな顔をした。
「じいちゃん」
「なんじゃ」
「今も、
そんなに役に立ってないじゃん」
「おい!」
「でも、
いるじゃん」
僕は、
黙った。
パティちゃんも、
黙った。
「……ホームズ」
「はい」
「ヴォネガットが七十四年前から
考えとったことを、
高校一年生が五秒で終わらせたぞ」
「人類には、
まだ希望がありますね」
「そうじゃな」
「ただし、
データセンターは止まりません」
「最後にそれを言うな!」
三人で笑った。
僕は、
机の紙を見た。
カート・ヴォネガット。
一九五二年。
『プレイヤー・ピアノ』。
「ホームズ」
「はい」
「今日の小説、
昨日より良くなったと思うか?」
「それを私に聞きます?」
「……」
ゆづきが、
僕を見た。
「じいちゃん」
「なんじゃ」
「わかっちゃいるけど?」
僕は、
少しだけ考えた。
「やめられない」
三人で笑った。
そして僕は、
次の質問を考えていた。
――本当に了――




