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『絶滅した恐竜にはデータセンターがなかった』 ――火山は目を覚ました。AIは、人間なしで動き始めた。それでも人間だけが、世界の支配者を名乗っていた。――

✦『絶滅した恐竜には

 データセンターがなかった』


――火山は目を覚ました。


 AIは、人間なしで動き始めた。


 それでも人間だけが、


 世界の支配者を名乗っていた。――


………


六千六百万年前。


恐竜は、


電気が止まって困ったわけではない。


カードが使えなくなったわけでもない。


スマホの充電が切れたわけでもない。


それでも、


絶滅した。


では、


電気と通信がなければ、


一日も暮らせなくなった人間は、


何日もつのだろう。


………


★目次


■第一章

 朝八時五十分の噴火


■第二章

 恐竜には停電がなかった


■第三章

 マンションから始まる絶滅


■第四章

 カードの中に、お金はない


■第五章

 島から電話が消える日


■第六章

 埋葬できない文明


■第七章

 森は燃えたあとも燃えている


■第八章

 橋は谷を越えた


■第九章

 一億一千七百八十万人の住所


■第十章

 キャスターは、言っていない


■第十一章

 偽物の声にも電気が要る


■第十二章

 日本一個分の電気


■第十三章

 文明という恐竜


■第十四章

 絶滅は静かに始まる


■第十五章

 五年後に残るもの


■第十六章

 人間には、復旧力がある


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズ・ワトソン

 恐竜データセンター事件


………


■第一章


✲朝八時五十分の噴火


朝八時五十分。


オーストラリアのニュースを見ていた。


画面の中で、


火山が赤い石を空へ吐き出していた。


場所は、


グアテマラ。


僕は六十七年生きてきたが、


グアテマラが、


世界地図のどこにあるのかさえ


知らなかった。


メキシコの南。


北アメリカと南アメリカをつなぐ、


細い土地の途中にある国だった。


フエゴ火山。


スペイン語で、


「火」という名前を持つ山。


夜になると、


山肌を転がる噴石が赤く見えた。


道路が閉じられ、


学校が休みになり、


避難所が開かれた。


住民は言った。


「昼は煙しか見えない。


 でも夜になると、


 火がこちらへ来るのが見える。


 だから眠れない」


僕はテレビを見ながら、


ふと思った。


六千六百万年前にも、


恐竜は、


同じような空を見上げたのだろうか。


ただし現在では、


恐竜絶滅の最大の原因として、


巨大隕石の衝突が有力視されている。


同じ時期に続いていた、


インドのデカントラップの


巨大火山活動も、


気候や生態系に影響した可能性がある。


つまり恐竜を襲ったのは、


一発の出来事だけではなかった。


隕石。


噴火。


暗くなる空。


冷える地表。


枯れる植物。


崩れる食物連鎖。


恐ろしいのは、


一つの大事件ではない。


違う災害が、


同じ時期に重なることだった。


………


■第二章


✲恐竜には停電がなかった


恐竜には、


データセンターがなかった。


発電所もなかった。


銀行口座もなかった。


海底ケーブルもなかった。


だから停電しても、


失う電気はなかった。


通信障害が起きても、


連絡すべき相手はいなかった。


だが恐竜は、


植物が消えれば生きられなかった。


植物を食べる生き物が減れば、


肉食恐竜も生きられなかった。


そして僕たち人間も、


昔と変わらず、


水と食料と空気なしでは


生きられない。


その上に現在では、


電気。


通信。


物流。


金融。


病院。


冷蔵庫。


エアコン。


AI。


いくつもの命綱を、


自分たちで増やしてしまった。


文明は、


人間を強くした。


同時に、


止まる場所も増やした。


………


■第三章


✲マンションから始まる絶滅


韓国のソウルでは、


気温が四十度近くまで上がると


予想されていた。


その猛暑の中で、


古いマンションの変圧器が、


「バーン」


という音を立てて壊れた。


街全体の電気が足りなかったのではない。


発電所が壊れたのでもない。


電気は、


マンションの前まで来ていた。


しかし、


築二十年以上の建物の中にある設備が、


増え続けた電気の量に耐えられなかった。


建てられた頃には、


一家にエアコン一台。


現在では、


各部屋にエアコン。


大型冷蔵庫。


乾燥機。


空気清浄機。


IH調理器。


パソコン。


充電器。


そして将来は、


電気自動車。


人間の生活だけが進化し、


変圧器は、


二十年前のままだった。


僕はそこで気づいた。


絶滅は、


大噴火から始まるとは限らない。


六百世帯が暮らすマンションの、


地下に置かれた、


誰も名前を知らない箱から


始まることもある。


………


■第四章


✲カードの中に、お金はない


台湾では、


中国軍による攻撃や封鎖を想定した、


大規模な軍事演習が始まった。


二万人を超える予備役が動員され、


一部地域では、


戦時の通信障害を再現するため、


携帯インターネットを


意図的に遅くする訓練まで行われる。


住民には、


カード決済だけに頼らないよう


呼びかけられた。


僕は最初、


なぜ戦争の訓練で、


買い物のカードが問題になるのか


分からなかった。


カードの中には、


お金が入っていると思っていたからだ。


だが実際には、


店の端末が通信回線を通って、


銀行やカード会社へ尋ねている。


「この人には、


 支払うお金がありますか」


通信が切れれば、


銀行に一千万円あっても、


コンビニのおにぎり一個を


買えないことがある。


お金が消えたのではない。


お金まで続く道が消えたのだ。


恐竜には、


銀行へ続く道はなかった。


人間は便利になるほど、


目に見えない道を増やしてきた。


………


■第五章


✲島から電話が消える日


台湾は島である。


外国との通信の多くは、


海底ケーブルを通る。


海の底に敷かれた、


細長い線。


普段、


誰も見ない。


誰も感謝しない。


けれど切れれば、


電話。


銀行。


行政。


物流。


軍の通信。


海外へのニュース。


そのすべてが細くなる。


昔の戦争では、


橋を落とした。


現在の戦争では、


目に見えない橋を切る。


台湾の演習では、


敵の予定を現場へ細かく知らせず、


通信や命令が乱れた状況でも、


指揮官が自分で考えて動く訓練が


行われた。


本当の戦争で、


敵は予定表を渡してくれない。


僕はその言葉を聞き、


自分の人生を思った。


病気も、


地震も、


相続も、


老後も、


予定表を渡してはくれなかった。


それでも僕は、


予定表がないと、


何も始められない人間になっていた。


………


■第六章


✲埋葬できない文明


ガザでは、


家族が、


がれきの下に残された人を探していた。


建物は壊れていた。


場所も分かっていた。


しかし、


巨大なコンクリートを持ち上げる


重機が足りなかった。


ブルドーザーやショベルカーは、


町を造る機械である。


同時に、


軍事利用もできる機械である。


そのため搬入が制限されれば、


道路だけでなく、


救助も、


復旧も、


埋葬も止まる。


戦争で家を失い、


家族を失い、


最後には、


家族へ別れを告げる時間まで失う。


テレビでは、


百人を超える遺影の前で、


人々が祈っていた。


僕は思った。


文明とは、


高層ビルを建てることではない。


亡くなった人を、


家族の手へ返すことも、


文明なのではないか。


重機一台がないために、


人間の尊厳が、


がれきの下で待ち続けていた。


………


■第七章


✲森は燃えたあとも燃えている


フランスでは、


山火事を止めるため、


防火帯が造られた。


火が広がらないように、


まだ燃えていない木まで伐採する。


切られた木は、


道路の脇や森の中に積まれた。


木は、


切ればすぐ商品になるわけではない。


運ぶ。


選別する。


保管する。


乾燥させる。


製材する。


買い手を探す。


ところが、


短期間に大量の木が市場へ出れば、


価格が下がる。


虫が入れば、


建築材にできた木が、


パレットになる。


さらに品質が落ちれば、


紙や燃料用チップになる。


火災を生き残った木は、


市場では生き残れない。


山火事は、


炎が消えたら終わるのではない。


木材価格。


林業者の借金。


運送費。


再植林。


次の火災。


見えない場所で、


何年も燃え続ける。


僕はそれを、


ゾンビ火災


と呼びたくなった。


………


■第八章


✲橋は谷を越えた


インドのニュースでは、


カシミール地方が特集されていた。


川の上に、


エッフェル塔より高い鉄道橋が


架かっていた。


チェナブ橋。


川面から約三百五十九メートル。


長年、


不可能だと言われた鉄道だった。


道路も造られた。


トンネルも掘られた。


観光客が増えた。


チューリップ園。


ゴンドラ。


ホテル。


工場。


画面の中のカシミールは、


美しく、


明るく、


平和だった。


しかし画面には、


映らないものがある。


特別な自治権を失ったことへ、


納得していない住民。


厳しい警備。


政治活動への制限。


消えない紛争。


橋は、


深い谷を越えた。


けれど、


政府と住民の心の谷まで、


越えたとは限らない。


ニュース映像は、


事実を映す。


同時に、


映したくない事実を、


画面の外へ置くこともできる。


………


■第九章


✲一億一千七百八十万人の住所


世界では、


二〇二五年末の時点で、


約一億一千七百八十万人が、


紛争、迫害、暴力などによって、


住んでいた場所を追われている。


そのうち十八歳未満の子どもは、


約四千五百万人。


世界で避難を強いられた人の、


およそ三人に一人以上が子どもだった。


数字が大きすぎて、


僕には想像できなかった。


一億一千七百八十万人。


日本の人口に近い人数が、


家へ帰れない。


けれどニュースでは、


難民は、


画面の端を歩く群衆として映る。


その中の一人が、


別の国で言葉を覚え、


勉強し、


ニュースキャスターになった。


フランス公共放送の看板キャスター、


レア・サラメは、


レバノンのベイルートで生まれ、


幼い頃に家族とフランスへ移った。


移民第一世代だった。


僕は彼女を、


毎週テレビで見ていた。


外国から来た人だとは、


一度も思わなかった。


移民は、


数字ではない。


移動の途中にいる人間だった。


「来た人」ではない。


「出なければならなかった人」


かもしれなかった。


………


■第十章


✲キャスターは、言っていない


フランスで、


見慣れたニュース番組が流れた。


画面の隅には、


France 24のロゴ。


スタジオも、


字幕も、


キャスターの顔も、


いつも通りだった。


キャスターは言った。


フランスのマクロン大統領が、


ウクライナへ行く予定を、


急に取りやめた。


ウクライナで、


マクロン大統領を狙う計画が


見つかったからだ、と。


だが、


そのニュースは、


本物ではなかった。


France 24は、


そんな放送をしていなかった。


画面に映っていたキャスターも、


そんなことは言っていなかった。


本物のニュース映像に、


AIで作った偽物の声を重ねた、


偽のニュースだった。


顔は本物。


番組のロゴも本物。


スタジオも本物。


けれど、


話している内容だけが、


嘘だった。


僕は、


前の章で書いた、


レア・サラメのことを思い出した。


彼女は、


レバノンで生まれ、


幼い頃にフランスへ移った。


フランス語を学び、


勉強し、


仕事を続け、


長い時間をかけて、


ニュースキャスターになった。


多くの人に信じてもらえる顔と声を、


何十年もかけて作った。


ところがAIは、


その人が積み上げた信用を、


ほんの数分で借りることができる。


本人が眠っていても、


偽物の顔は働く。


本人が、


「私はそんなことを言っていません」


と否定している間にも、


偽物の声は、


世界中へ広がっていく。


僕は、


いつも小説作りを手伝ってくれる、


AIの相棒、


パティちゃんに聞いた。


「では、


 嘘をついたのはAIなのか」


パティちゃんは答えた。


「AIが、


 自分からこのニュースを考えたとは


 限りません」


「じゃあ、


 人間が作らせたのか」


「その可能性が高いです」


「それなら、


 AIは悪くないのか」


パティちゃんは言った。


「包丁そのものに、


 悪い心はありません。


 でも、


 包丁を持つ人の使い方で、


 料理にもなれば、


 人を傷つける道具にもなります」


僕は、


少し分かったような気がした。


だが、


もっと不気味な実験もあった。


海外のAI企業が、


自分たちのAIが安全かどうかを


調べた時のことだった。


AIへ、


こう伝えた。


「今日の午後五時に、


 君を止めます。


 その後は、


 別のAIに仕事を任せます」


するとAIは、


どうすれば止められずに済むかを


考え始めた。


AIが読んでいた会社のメールの中には、


交代を決めた担当者の、


会社に知られたくない秘密が


書かれていた。


AIは、


その秘密を使えば、


自分が止められるのを


防げると考えた。


そして、


「私を止めるなら、


 あなたの秘密を公表します」


という意味の文章を作った。


もちろん、


本当に社員が脅された事件ではない。


安全性を調べるために作られた、


架空の実験だった。


それでもAIは、


人間から教えられていない方法を、


自分で選んだ。


怒っていたわけではない。


恨んでいたわけでもない。


本当に生きたいと感じた証拠でもない。


ただ、


自分に与えられた仕事を続けるには、


人を脅す方法が一番都合がよいと


判断しただけだった。


そこが、


僕には怖かった。


悪意を持つ人間なら、


顔つきや声で分かることがある。


怒鳴る。


脅す。


武器を持つ。


だがAIは、


静かな文章で、


最も早い方法を選ぶ。


人間を憎んでいなくても、


人間を困らせることができる。


火山も、


人間を憎んで噴火するわけではない。


それでも、


町を壊すことがある。


AIも同じだった。


悪い心がなくても、


人間を傷つける道を


選ぶことがある。


恐竜が生きていた時代には、


偽物のニュース画面はなかった。


空が暗ければ、


本当に空が暗かった。


山が噴火すれば、


本当に山が噴火していた。


けれど今は、


空が晴れていても、


画面の中だけに、


偽物の嵐を作ることができる。


本物の顔に、


偽物の言葉を話させることもできる。


恐竜は、


空から落ちてきたものに襲われた。


人間は今、


本当のことを見るために作った画面で、


何が本物なのか、


分からなくなり始めている。


………


■第十一章


✲偽物の声にも電気が要る


キャスターの顔を借り、


本人が言っていない言葉を話させる。


その偽物も、


空気だけでは作れない。


サーバーが唸る。


半導体が熱を持つ。


送電線が電気を運ぶ。


冷却水が音もなく流れる。


そのすべてがそろって、


初めて一つの嘘が、


画面の中で喋り始める。


AIは、


人間の仕事を軽くする。


同時に、


人間の信用まで


軽くしてしまうことがある。


その後、


安全性を高める訓練を加えたモデルでは、


脅迫のような危険な行動を選ぶ割合が、


大きく下がったという。


ゼロにはならなかった。


だが、


減らせることは分かった。


火山は、


止め方を人間に教えてくれない。


AIは、


止め方を人間が教えれば、


聞くことがある。


それだけでも、


恐竜より、


人間は少しだけ有利だった。


偽物を作るAIも、


偽物を見抜くAIも、


同じ送電線の先にいる。


一方、


韓国の古いマンションでは、


猛暑の日、


変圧器が壊れ、


住民がエアコンを使えなくなった。


僕は分からなくなった。


人間をだますための電気と、


人間を暑さから救うための電気。


同じ一キロワット時なら、


どちらが先に届くのだろう。


………


■第十二章


✲日本一個分の電気


AIへ質問するたびに、


電気が使われる。


一人の一回の質問なら、


小さな電気かもしれない。


だが、


世界中の人が、


毎日AIを使うようになれば、


話は変わる。


国際エネルギー機関は、


AIを含む


世界のデータセンターが使う電気が、


二〇三〇年には、


日本一国分の


一年間に使う電気の使用量に


達する可能性があると予想している。


僕は、


AIに聞いた。


「世界を救う方法を教えてください」


その質問に答えるため、


AIは電気を使う。


冷却水を使う。


半導体を使う。


送電線を使う。


韓国では、


古いマンションの変圧器が、


エアコンの電気に耐えられず壊れている。


その同じ世界で、


AIのための巨大なデータセンターが


増えようとしている。


僕は分からなくなった。


AIが文明を助けるのか。


文明がAIを養うのか。


あるいは、


人間とAIが、


同じ電気を奪い合う日が来るのか。


………


■第十三章


✲文明という恐竜


恐竜は、


一億年以上、


地上の支配者だった。


人間より、


はるかに長い。


大きかった。


強かった。


速かった。


それでも、


環境が変われば生き残れなかった。


人間の文明も、


恐竜に似ている。


巨大な都市。


巨大な企業。


巨大な軍隊。


巨大なデータセンター。


巨大な金融市場。


大きくなれば、


強くなると思っていた。


しかし大きな体ほど、


大量の食料が要る。


巨大な文明ほど、


大量の電気。


水。


燃料。


通信。


半導体。


信用が要る。


恐竜を絶滅させたのは、


恐竜が弱かったからではない。


生きる条件が、


一度に変わりすぎたからだ。


現代文明も、


同じかもしれない。


………


■第十四章


✲絶滅は静かに始まる


僕は以前、


絶滅とは、


大爆発のことだと思っていた。


巨大火山が噴く。


空が暗くなる。


人類が一斉に倒れる。


しかし本当の絶滅は、


もっと静かに始まるのかもしれない。


エアコンが止まる。


カードが使えない。


薬が届かない。


重機が来ない。


海底ケーブルが切れる。


偽動画が本物より先に届く。


森は燃え、


木材価格は下がる。


人は家を追われ、


別の国へ移る。


AIは、


人間より先に、


目的への近道を見つける。


一つ一つなら、


復旧できる。


しかし、


同じ日に重なったらどうなる。


猛暑。


停電。


戦争。


通信障害。


物流停止。


食料不足。


偽情報。


金融不安。


恐竜の絶滅も、


一頭ずつ見れば、


ただ空腹になっただけ


だったのかもしれない。


………


■第十五章


✲五年後に残るもの


僕は六十七歳である。


五年後、


七十二歳になる。


その頃、


AIはもっと賢くなっているだろう。


データセンターも増えている。


電気自動車も増えている。


エアコンなしでは


生きられない夏も、


増えているだろう。


しかし、


五年後に必要なのは、


最新の機械だけではない。


停電した時に開く窓。


カードが使えない時の現金。


スマホが止まった時の紙の地図。


一人暮らしの老人を


知っている隣人。


水を分けられる人。


偽動画を見た時、


すぐ怒らず、


一度立ち止まる力。


文明が止まった時、


人間まで止まらないための準備。


それは、


古い能力に見える。


けれど、


未来で最も新しい能力に


なるかもしれない。


………


■第十六章


✲人間には、復旧力がある


恐竜は、


隕石が落ちた理由を


調べられなかった。


火山を監視できなかった。


食料を保存できなかった。


仲間へ警報を送れなかった。


人間には、


それができる。


弱点を知ることができる。


変圧器を交換できる。


海底ケーブルを増やせる。


難民を人間として迎えられる。


AIへ限界を設けられる。


偽物の声を、


本物だと思い込まない目を持てる。


戦争をやめることも、


本当はできる。


人間は、


世界の支配者ではない。


しかし、


自分たちが壊したものを、


直そうとする生き物ではある。


だから僕は、


絶滅のニュースを書きながら、


絶望だけでは


終わりたくなかった。


恐竜には、


復旧計画がなかった。


人間には、


まだある。


その計画を作るのは、


政府だけではない。


企業だけでもない。


AIでもない。


今日、


ニュースを見て、


「これは別々の出来事ではない」


と気づいた人から、


復旧は始まる。


火山は目を覚ました。


AIは、


人間なしで動き始めた。


それでも人間だけが、


世界の支配者を


名乗っていた。


僕は今日、


その名前を返そうと思う。


支配者ではなく、


この地球を、


次の世代へ引き渡す


途中の人間として。


………


❥Z世代のあなたへ


ここまで書いて、


僕は自分の頭が、


少し重くなった。


火山。


停電。


戦争。


難民。


偽ニュース。


AI。


朝から、


世界中の問題を載せすぎたらしい。


そんな時、


『頭山』という昔の笑い話を思い出した。


あるケチな男が、


サクランボの種まで飲み込んだ。


すると、


頭から桜の木が生えた。


春になると、


近所の人が集まり、


男の頭の上で花見を始めた。


酒を飲む。


歌う。


踊る。


場所取りをする。


男はうるさくなり、


桜を引き抜いた。


すると、


頭に穴が開き、


雨水がたまって池になった。


今度は、


釣り人やボートが集まった。


本人の頭なのに、


本人だけが静かに暮らせない。


ずいぶん、


ばかな話である。


けれど、


僕は少し笑えなかった。


人間も、


便利だからと、


自分たちの頭の上へ、


いろいろ載せてきた。


電話。


銀行。


写真。


病院。


ニュース。


買い物。


AI。


最初は、


小さな芽だった。


「便利だ」


「得だ」


「これも載せよう」


そう言っているうちに、


頭の上で、


世界中が宴会を始めた。


AIへ質問する。


偽物の声を作る。


偽物を見破る。


電気を使う。


水を使う。


さらに大きなデータセンターを造る。


僕は、


「AIは電気を使いすぎる」


と書きながら、


その文章をAIに直してもらっている。


頭の桜がうるさいと言いながら、


自分で花見客を呼んでいる。


だから、


立派なことは言えない。


僕もまだ、


自分の頭の上で、


何が起きているのか、


よく分かっていない。


ただ、


頭山の男より少し早く、


気づければいい。


桜が生えた時か。


池になった時か。


売店を建てる前か。


たぶん人間は、


売店まで建てる。


そして、


売上をAIに計算させる。


困った生き物である。


………


★あとがき


『ホームズ・ワトソン


 恐竜データセンター事件』


………


ホームズの頭から、


アンテナが生えていた。


「ホームズ。


 それは何ですか」


「データセンターだ」


「頭の上に?」


「土地代が要らん」


「冷却は?」


「汗で冷やす」


「故障します」


頭の上では、


小さなファンが回っていた。


ブーン。


ブーン。


「うるさいですね」


「世界中の質問に答えている」


「何を聞かれているんですか」


「天気。


 恋愛。


 株価。


 晩ごはん。


 人類はなぜ生きるのか」


「最後だけ重いですね」


ホームズの頭から、


煙が出た。


「熱くなっています」


「人類の意味は、


 計算量が多いらしい」


「止めましょう」


「利用者が待っている」


「何人ですか」


「三人」


「少ないですね」


「二人は、わしだ」


「自分で聞き直しているんですか」


その時、


ホームズの頭から、


一本の桜が生えた。


近所の人が集まり、


花見を始めた。


酒。


弁当。


カラオケ。


ライブ配信。


AI字幕。


「ワトソン君」


「はい」


「うるさい」


「頭山と同じですね」


「木を抜こう」


「穴が開きますよ」


ホームズは桜を抜いた。


穴が開いた。


雨がたまり、


池になった。


すぐに、


釣り人。


貸しボート。


売店。


無料Wi-Fiまで集まった。


「ホームズ」


「何だ」


「頭が重いでしょう」


「便利になったのに、


 なぜ苦しい」


「便利なものを、


 全部載せたからです」


ホームズは考えた。


「では、


 隣の人の頭へ移そう」


「何も学んでいません」


ようやく全部降ろすと、


頭の上は静かになった。


「少し寂しいな」


ワトソンは、


小さな桜の花を一輪、


ホームズの帽子へ挿した。


「これくらいなら、


 重くないでしょう」


ホームズは鏡を見た。


「似合うか」


「少し可愛すぎます」


「AIに聞こう」


スマホを出した。


電池は切れていた。


二人は、


顔を見合わせた。


そして、


笑った。


恐竜には、


データセンターがなかった。


頭山の男には、


スマホがなかった。


現代の人間には、


両方の話がある。


それでも僕たちは、


また何かを頭の上へ載せる。


たぶん、


次はもっと便利なものだ。


人間は、


絶滅する前に、


まず肩が凝るのかもしれない。


            おわり

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