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『ゾンビ停電』 ✲電気が消える前に、何が消えていたのか ――街の明かりは戻った。けれど、電気を支えるものは、まだ戻っていなかった。――

✦『ゾンビ停電』


✲電気が消える前に、何が消えていたのか


――街の明かりは戻った。


 けれど、


 電気を支えるものは、


 まだ戻っていなかった。――


………


【投稿時の一行あらすじ】


夕方、


突然、


家の電気が消えた。


冷房。


冷蔵庫。


Wi-Fi。


スマホの充電。


高校生のゆづきが送っていた動画は、


八十七%で止まった。


六十七歳の僕は、


向かいの古いマンションの


二十七階を見上げた。


そこには、


九十三歳の八重さんが、


一人で暮らしていた。


停電は、


たった三時間。


けれど調べてみると、


世界では、


川の水位が下がり、


原発が冷却水を失いかけ、


猛暑で無数のエアコンが一斉に動き、


AIデータセンターの電力需要が膨らみ、


戦争で送電網が狙われていた。


「停電は、


 電気が消えた時に


 始まるんじゃない」


これは予言ではない。


明かりが消える前に、


何を守り、


誰の名前を呼べばよいのかを考える、


電力の避難訓練であり、


そして、


遠くの危機を


「怖い」


「すごい」


だけで消費してしまう


自分自身への、


小さな警告でもある。


………


★目次★


■第一章

 スマホ三%と地域停電


■第二章

 二十七階の八重さん


■第三章

 韓国の古いマンション


■第四章

 ドナウ川の渇水


■第五章

 ルーマニアの原発と岩場爆破


■第六章

 貨物船の減載

 ――電気だけでなく物が届かない


■第七章

 インドの猛暑と一斉冷房


■第八章

 AIデータセンターと「もっと病」


■第九章

 ウクライナ

 ――電気を狙う戦争


■第十章

 日本のタワーマンション、

 非常用発電機、高齢者避難


■第十一章

 何でも停電につなげるな、

 そしてヒューマン・サファリ


■第十二章

 三本の赤い線

 ――世界から八重さんへ


■第十三章

 残り一%の町

 ――液漏れオチ


❥Z世代のあなたへ


★ホームズ・ワトソン


★あとがき

 やすきよ漫才風


………


■第一章

 スマホ三%と地域停電


夕方六時四十二分。


突然、


家の電気が消えた。


エアコンの音が止まった。


テレビが消えた。


冷蔵庫が黙った。


僕は、


手に持っていた


コーヒーカップを見た。


「停電か?」


高校生のゆづきが、


二階から駆け下りてきた。


「おじいちゃん!


 Wi-Fiが消えた!」


「家の明かりより、


 先にWi-Fiか」


「明日提出の動画、


 八十七%で


 止まったの!」


窓の外を見ると、


近所の家も暗かった。


信号機まで消えている。


電力会社の案内には、


こう表示されていた。


《設備故障》


《復旧見込み 三時間後》


「三時間なら、


 大したことないな」


僕は言った。


しかし、


十分後には、


部屋が暑くなった。


二十分後には、


冷蔵庫が気になった。


三十分後には、


ゆづきのスマホが、


残り三%になっていた。


「充電器は?」


「電気がないのに、


 どうやって充電するの」


「モバイルバッテリーは?」


「空っぽ」


「何のための


 モバイルバッテリーじゃ」


「安心するため」


「使えん安心を


 持つな」


僕のスマホは、


残り六十二%。


ゆづきは、


自分の画面を見つめた。


「三%って、


 こんなに怖い数字だったんだね」


僕は、


台所からストローを持ってきた。


「バケツに水があっても、


 ストローが詰まったら、


 飲めんじゃろ」


「電気のストローが、


 詰まったってこと?」


「発電所には、


 まだ電気があるらしい」


「じゃあ、


 どうしてうちは暗いの?」


「途中で、


 止まっとるんじゃろう」


ゆづきは、


スマホの電源を切った。


「どうした?」


「三%を、


 本当に必要な時まで残す」


充電が十分にある時、


人は、


何に使うかを考える。


残り三%になると、


何を捨てるかを


考え始める。


三十分が過ぎた頃、


僕は、


窓の外の


向かいのマンションを


見上げていた。


古い二十七階建て。


その最上階には、


九十三歳の八重さんが、


一人で暮らしている。


エレベーターは、


きっと止まっている。


………


■第二章

 二十七階の八重さん


「おじいちゃん、


 誰か見てるの?」


「八重さんじゃ」


ゆづきも、


二十七階を見上げた。


「大丈夫かな」


「電話してみる」


三度目の電話で、


八重さんが出た。


「もしもし」


小さな、


けれど落ち着いた声だった。


「八重さん。


 停電、


 大丈夫ですか」


「はい。


 懐中電灯があります」


「エレベーターは?」


「止まっています」


「降りられますか」


「膝が、


 二十七階分は


 持ちません」


僕は、


言葉に詰まった。


「水は?」


「まだ、


 少しあります」


「あと少しって、


 どれくらいです」


「分かりません」


電話の向こうで、


八重さんは笑った。


「大丈夫。


 三時間だけでしょう」


電話が切れた。


ゆづきが、


僕の顔を見た。


「大丈夫だって?」


「大丈夫だと、


 言っておった」


「本当に?」


「分からん」


僕は、


八重さんの声を


思い出していた。


不安がないのではない。


不安を、


誰かに背負わせたくない声だった。


二十七階には、


水があった。


懐中電灯もあった。


けれど、


「大丈夫」という言葉の下には、


誰にも見えない


残量表示があるように思えた。


百%ではない。


五十%でもない。


もしかすると、


八重さんも、


三%を残して


笑っていたのかもしれない。


三時間後。


電気は戻った。


エアコンが動き、


冷蔵庫が低くうなり、


ゆづきの動画は、


止まっていた八十七%から、


また動き始めた。


「終わったね」


「停電はな」


僕は、


電気が戻るとすぐ、


いつものラジオをつけた。


自分の町の停電の


原因を知りたかった。


けれど、


流れてきたのは、


もっと大きな話だった。


………


■第三章

 韓国の古いマンション


ラジオは、


隣国のニュースを伝えていた。


記録的な猛暑の夜、


築年数の古い集合住宅で、


停電が相次いだという。


原因は、


発電所の不足ではなかった。


建物内部の変圧器や配電設備が、


暑さと電力使用の増加に


耐えられなかったらしい、


と伝えられていた。


エレベーターが止まり、


冷房も止まり、


住民の一部は、


近くの避難所へ


移動したという。


「発電所は、


 元気なのに?」


ゆづきが聞いた。


「うん」


「途中で倒れたんだ」


「そうじゃ」


古いマンションほど、


設計された時代の電力使用量と、


今の暮らしの電力使用量との差が、


大きいらしかった。


昔は、


家にエアコンが一台。


今は、


部屋ごとに一台。


大型冷蔵庫。


食器洗い機。


衣類乾燥機。


パソコン。


ゲーム機。


電気で動く物は、


いつの間にか増えていた。


「建物は同じなのに、


 暮らしだけが


 電気だらけになったんだ」


僕は、


八重さんのマンションを


思い出した。


同じくらい、


古い建物だった。


「うちの近くのマンションも、


 同じくらい


 古いよね」


ゆづきが言った。


僕は、


すぐには答えられなかった。


隣の国の話だと思っていたものが、


自分の家から


二十七階分の距離まで、


近づいてきていた。


………


■第四章

 ドナウ川の渇水


次のニュースは、


さらに遠い、


ヨーロッパからだった。


ドナウ川の水位が、


大きく下がっているという。


その流域にある


原子力発電所のいくつかが、


冷却水の不足で、


出力を落とさざるを得なくなっていた。


「原発って、


 ウランで動くんでしょ?」


「ウランで熱を作る」


「うん」


「その熱で水を沸かす」


「うん」


「そして、


 熱くなりすぎんように、


 大量の水で冷やす」


「川の水で?」


「そうじゃ」


ゆづきは、


干上がりかけた川の映像を


思い浮かべたようだった。


「川が減ったら?」


「冷やせん」


「冷やせなかったら?」


「安全のために、


 出力を落とす」


「もっと減ったら?」


「止める」


その原発は、


国の電力の中で、


決して小さくない役割を


担っている、


と伝えられていた。


「原発って、


 ウランだけじゃ


 動かないんだね」


僕は、


新聞の余白に書いた。


『原発は、


 ウランで動く。


 けれど、


 川がなければ止まる。』


人間は、


大きな建物を見る。


煙突を見る。


巨大な機械を見る。


けれど、


その機械を止めるのは、


細くなった一本の川だった。


………


■第五章

 ルーマニアの原発と岩場爆破


さらに詳しく調べると、


一つの国では、


原発への冷却水を


確保するために、


川の流れを妨げていた


岩場の一部を


爆破したと報じられていた。


「川を爆破?」


ゆづきが目を丸くした。


「原発を守るためじゃ」


「川って、


 爆破していいの?」


「よいか悪いかより、


 電気を止められんかった、


 ということじゃろう」


石を積んだ船を沈め、


仮の堤防まで作り、


残った水を、


原発の方へ


流そうとしたという。


「すごいね」


「何がじゃ?」


「電気を作るために、


 川の形まで


 変えるんだ」


僕は、


返事ができなかった。


昔、


人間は川のそばに


町を作った。


今、


人間は町を守るために、


川の形を


変えようとしていた。


「でもさ」


ゆづきが言った。


「岩をどけても、


 水そのものは


 増えないよね」


「そうじゃ」


「だったら、


 時間を稼いでるだけ?」


「そうかもしれん」


川を爆破しても、


雨は降らない。


動かせるのは、


残った水だけだった。


………


■第六章

 貨物船の減載

 ――電気だけでなく物が届かない


そのニュースのあと、


ラジオは、


ドナウ川を進む


貨物船の話を伝えた。


水位が低いため、


満載すれば座礁する。


多くの船が、


積み荷を大きく減らして、


なんとか航行している


という内容だった。


燃料。


穀物。


工場の原料。


機械の部品。


運べる量が、


減っていた。


「川が細くなると、


 電気だけじゃなくて、


 荷物も減るんだ」


「そうじゃ」


「一つの川が、


 国の電気と、


 国の台所を


 両方支えてるんだね」


僕はうなずいた。


川は、


景色ではなかった。


経済の道路であり、


発電所の冷却装置であり、


人間の暮らしを運ぶ


長い血管だった。


「電気が止まる話をしてたのに、


 物が届かない話にまで


 つながるんだね」


ゆづきが言った。


「一つ細くなると、


 いろんな流れが


 同時に細くなる」


僕は、


ノートに書いた。


『渇水は、


 冷却水と、


 積み荷と、


 両方の道を


 同時に細くする。』


川が止めるのは、


発電機だけではない。


工場も、


台所も、


物価も、


少しずつ止めていく。


………


■第七章

 インドの猛暑と一斉冷房


翌朝のニュースは、


さらに遠い国から


届いた。


記録的な暑さの中、


ある国では、


電力使用量が


過去最高を更新していた。


変圧器が故障し、


変電所が止まり、


エレベーターや鉄道にも


影響が出た、


と伝えられていた。


「今度は、


 AIが電気を使ったの?」


ゆづきが聞いた。


「それだけではない」


僕は、


エアコンのリモコンを


持ち上げた。


「これじゃ」


「一台で?」


「一台なら問題ない」


「じゃあ?」


「無数のエアコンが、


 夕方に一斉に動いたら?」


ゆづきは、


天井を見上げた。


「町全体が、


 同じ時間に


 スイッチを入れるんだ」


「そうじゃ」


「でも、


 暑いのに使うなとは


 言えないよ」


「言えん」


「じゃあ、


 どうすればいいの?」


僕は、


またストローを持ってきた。


「またそれ?」


「便利じゃからな」


僕は、


ストローを指でつまんだ。


「発電所で、


 たくさん電気を作っても、


 途中の送電線や変圧器が


 細ければ、


 最後まで運べん」


「水はあるけど、


 ストローが細い」


「そうじゃ」


「だったら、


 発電所だけ増やしても


 駄目なんだ」


「道も、


 出口も、


 一緒に太くせんといけん」


電力不足とは、


発電所がないことだけではなかった。


電気を必要な場所へ、


必要な時間に、


運び切れないことでもあった。


………


■第八章

 AIデータセンターと「もっと病」


その夜、


僕は少し違うニュースを


探してみた。


世界のデータセンターの


電力需要は、


増え続けているという。


とくに、


AI向け施設の消費は、


急速に伸びていると


伝えられていた。


インドのある試算では、


AIデータセンターだけで、


将来的に、


原発何基分にも相当するような


大きな追加の電力負荷を


見込んでいる、


という記事もあった。


「AIが悪いの?」


ゆづきが聞いた。


僕は、


少し考えた。


「AIが悪者とは限らん」


「じゃあ、


 何が問題なの?」


「新しい需要が、


 あまりに速く


 増えていくことじゃ」


「速く増えると、


 何が困るの?」


「送電線や変電所を


 新しく作る速さが、


 追いつかん」


僕は、


紙に、


小さな言葉を書いた。


『もっと病』


「もっと冷房を」


「もっと高層階を」


「もっとAIを」


「もっと動画を」


「もっと便利に」


僕たちは、


電気を使う側だけを、


ずっと増やしてきた。


けれど、


「もっと送電線を」


「もっと変圧器を」


「もっと保守の技術者を」


「もっと非常用電源を」


「もっと修繕積立金を」


とは、


あまり考えてこなかった。


「片方だけが


 大きくなってるんだ」


ゆづきが言った。


「うん」


「支える側は、


 同じ速さで


 育ってないんだね」


「そうじゃ」


僕は、


その言葉を、


『もっと病』の下に


書き足した。


『需要だけが育ち、


 支える側は


 古くなっていく。』


これが、


ゾンビ停電の


正体に近いのかもしれない、


と僕は思った。


明かりが付いている間は、


停電には見えない。


けれど地下では、


使う側と、


支える側の差が、


少しずつ広がっている。


………


■第九章

 ウクライナ

 ――電気を狙う戦争


ラジオは、


戦争の続く国のニュースも


伝えていた。


発電所。


変電所。


送電線。


石油タンク。


エネルギー関連の施設が、


繰り返し攻撃の対象に


なっているという。


「どうして、


 電気を狙うの?」


ゆづきが聞いた。


「一か所壊せば、


 たくさんの物が


 同時に止まるからじゃ」


「病院も?」


「止まる」


「暖房も?」


「止まる」


「冷蔵庫も?」


「止まる」


「信号も?」


「止まる」


攻撃を受けた都市では、


高層の集合住宅で


エレベーターが止まり、


暖房も止まり、


高齢の住民が、


暗い階段に


取り残されているという


報道もあった。


ゆづきは、


しばらく黙った。


「それって」


「うん」


「八重さんと、


 同じ状況だよね」


「同じじゃ」


「戦争が起きてる国も、


 うちの近所も」


「電気が止まった瞬間、


 同じことが起きる」


昔の戦争は、


町を取るために、


兵士を送った。


今の戦争は、


町の電源を切り、


冷蔵庫と病院と暖房を止めて、


暗闇を待つ。


「発電所を壊すって」


ゆづきが言った。


「町全体を、


 人質にすることなのかもしれないね」


僕は、


答えられなかった。


………


■第十章

 日本のタワーマンション、

 非常用発電機、高齢者避難


翌週末。


僕とゆづきは、


八重さんの部屋を訪ねた。


エレベーターは、


もう動いていた。


玄関には、


二リットルの水が


一本置かれていた。


「管理人さんが、


 運んでくださったんです」


「停電の日に?」


「電気が戻る少し前に」


八重さんは、


ボトルに手を置いた。


「一階には、


 水が用意されていたそうです」


「じゃあ、


 安心だったんですね」


八重さんは、


ゆっくり首を横に振った。


「水は、


 一階にありました」


「はい」


「でも私は、


 取りに行けませんでした」


管理人は、


高齢者の部屋を一軒ずつ回り、


水を運んだという。


二十七階まで上る途中で、


三回休んだらしい。


水はあった。


家もあった。


けれど、


水と家の間にある高さを、


運ぶ力が足りなかった。


その後、


マンションの管理組合と


町内会が、


小さな停電訓練をした。


非常用発電機。


非常灯。


給水ポンプ。


連絡網。


一人暮らしの高齢者。


医療機器を使う人。


階段を上れない人。


非常用発電機が、


何時間動くのか。


給水ポンプまで、


電気が届くのか。


エレベーターは、


どこまで使えるのか。


燃料は、


本当に残っているのか。


これまで、


誰も詳しく確かめていなかった。


電気が消えた時に、


誰の部屋から確認するのか。


誰が水を運ぶのか。


誰が一階に残るのか。


初めて、


紙に名前を書いた。


ゆづきは、


八重さんの水を


階段で運ぶ役になった。


二リットルを二本。


五階までは、


元気だった。


十五階で、


黙った。


二十階で、


僕を振り返った。


「手伝って」


「若者の訓練じゃ」


「見物会じゃないよ!」


僕も一本持った。


二十七階へ着いた時には、


二人とも汗だくだった。


八重さんが、


冷たい麦茶を出してくれた。


「電気が止まる日に備える訓練なのに、


 冷蔵庫の麦茶を


 飲んでいいのかのう」


「今日は、


 電気が付いていますから」


八重さんは笑った。


ドナウ川も、


インドの猛暑も、


ウクライナの戦争も、


遠い国の話のはずだった。


けれど、


その全部が、


この二十七階にも、


小さな形で


存在していた。


………


■第十一章

 何でも停電につなげるな、

 そしてヒューマン・サファリ


その夜。


僕は机に向かい、


ここまで集めた


ニュースをノートに


書き写していた。


韓国。


ドナウ川。


ルーマニア。


貨物船。


インド。


AIデータセンター。


ウクライナ。


書きながら、


正直に言うと、


少し興奮していた。


「また小説の材料が


 増えたな」


そうつぶやいた時、


ゆづきが、


後ろに立っていた。


「おじいちゃん」


「何じゃ」


「八重さんを、


 助けたいの?」


「もちろんじゃ」


「それとも」


ゆづきは、


僕のノートを見た。


「停電を、


 見物したいの?」


僕は、


言葉に詰まった。


ドナウ川の渇水も、


ウクライナの暗い階段も、


安全な部屋の中から見れば、


「怖い」


「すごい」


「映画みたいだ」


と言って、


消費できてしまう。


安全な場所から、


誰かの暗闇を眺める。


それは、


災害の中にいる人間を


見物する、


ヒューマン・サファリのようだった。


八重さんの二十七階だけは、


そうではなかったはずなのに、


いつの間にか、


僕は、


世界中の停電を、


物語の材料として


集め始めていた。


「何でも停電に


 つなげてない?」


ゆづきが、


もう一つ聞いた。


「暑さも停電」


「うん」


「川も停電」


「うん」


「戦争も停電」


「うん」


「AIも停電」


「うん」


「何でもつながるなら、


 何も説明してないのと


 同じじゃない?」


僕は、


指を折った。


「一つだけなら、


 たいてい事故にはならん」


「じゃあ、


 何が違うの?」


「川が少し減った」


「うん」


「暑い日が続いた」


「うん」


「変圧器が古かった」


「うん」


「修理を、


 来年へ延ばした」


「うん」


「そこへ、


 みんなが一斉に


 冷房をつけた」


「最後の一つだけが、


 犯人じゃないんだ」


「そうじゃ」


「小さい問題が、


 同じ日に重なった時、


 停電になる」


僕は、


そこまで言って、


ノートを閉じた。


「もう一つ、


 大事なことがある」


「何?」


「集めることと、


 助けることは、


 違う」


ゆづきは、


黙って僕を見ていた。


「わしは、


 遠くの暗闇を


 安全な場所から眺めて、


 面白がっとった」


「うん」


「それも、


 一種の停電かもしれん」


「どういう意味?」


「誰かを心配する力が、


 途中で


 止まっとった」


その夜から、


僕のノートの使い方が、


少し変わった。


世界のニュースを


集めるだけでなく、


その隣に、


必ず一行、


書き加えることにした。


《これは、


 二十七階の


 誰かの話でもある。》


………


■第十二章

 三本の赤い線

 ――世界から八重さんへ


僕は、


引き出しから、


一枚の紙を取り出した。


中央に、


『停電』。


そこから伸びる、


三本の赤い線。


『自然』


猛暑。


干ばつ。


細くなる川。


『人間』


戦争。


増え続ける電力需要。


修理を先へ送る判断。


そして、


「もっと病」。


『時間』


古くなる変圧器。


劣化する送電線。


減っていく技術者。


これは、


もともと、


遠い国のための線だった。


ドナウ川。


ルーマニア。


インド。


ウクライナ。


けれど、


今見ると、


違って見えた。


八重さんの部屋にも、


暑さという


『自然』があった。


古いマンションと、


古くなった設備という


『時間』があった。


そして、


「もっと便利に」を


追いかけるあまり、


「誰かを支える」ことを


後回しにしてきた、


『人間』があった。


「三本とも」


ゆづきが言った。


「二十七階に


 あったんだね」


「うん」


「大きな川がなくても、


 停電は起きる」


「大きな戦争がなくても、


 起きる」


「じゃあ、


 三本の線って、


 世界の話じゃなくて」


ゆづきは、


紙の中央を指さした。


「隣の部屋の話でも


 あるんだね」


僕は、


赤い鉛筆を持った。


『停電』から、


八重さんの名前へ、


短い線を引いた。


「これは何?」


「戻る道じゃ」


「どこから?」


「世界の話から、


 一人の人間へ


 戻る道じゃ」


ゆづきは、


赤い鉛筆を受け取った。


八重さんの名前から、


今度は、


自分の名前へ


線を引いた。


「これも、


 つながってる?」


「うん」


「だったら、


 私が水を運ぶ」


三本の赤い線は、


停電へ向かう線だった。


けれど、


人の名前を結んだ


短い赤い線は、


暗闇から戻るための線に


見えた。


世界の危機を集めるだけの


ノートが、


初めて、


誰かを助けるための


地図に変わった。


………


■第十三章

 残り一%の町

 ――液漏れオチ


僕は、


ノートの最後に書いた。


《街の明かりは戻った。


 けれど、


 電気を支えるものは、


 まだ戻っていなかった。》


川の水。


丈夫な送電線。


新しい変圧器。


修理する技術者。


修繕のためのお金。


「もっと病」に


気づく人間。


そして、


二十七階まで


気づいてくれる人の存在。


町は、


今夜も明るい。


けれど、


何か一つを失うたびに、


見えない充電表示が、


少しずつ減っているのかもしれない。


九十%。


五十%。


三%。


一%。


一%になった時、


最後に町を支えるのは、


発電所とは限らない。


水を運ぶ手。


階段を一緒に上る足。


暗闇で名前を呼ぶ声。


その夜。


僕のスマホが、


短く鳴った。


八重さんからだった。


《懐中電灯、


 ちゃんと付きました》


その下に、


電池の写真が


添えられていた。


少しして、


ゆづきからも届いた。


《モバイルバッテリー、


 百%》


僕は、


二つの画面を


見比べた。


町の電気が、


あと何%残っているのかは、


誰にも分からない。


けれど、


今日、


少なくとも二つの明かりは、


消える前に


確かめられていた。


僕は、


自分の懐中電灯を探した。


机の引き出し。


台所の棚。


玄関の靴箱。


三か所探して、


ようやく見つけた。


スイッチを押した。


付かなかった。


電池が、


液漏れしていた。


ドナウ川から、


ウクライナまで、


世界中の停電の原因を


あれほど調べておきながら、


自分の懐中電灯だけは、


確かめていなかった。


僕は、


ゆづきへ電話した。


「乾電池を、


 もう一組買ってきてくれ」


「八重さんの分?」


「わしの分じゃ」


電話の向こうで、


ゆづきが笑った。


「ドナウ川まで調べたのに、


 自分の電池は


 見てなかったんだ」


「そうじゃった」


町の明かりは、


まだ付いている。


だから、


間に合う。


怖がることではない。


確かめること。


直すこと。


そして、


遠くの暗闇を眺めるだけでなく、


一人になっている人へ、


声をかけること。


停電は、


三時間で終わった。


けれど、


僕たちの訓練は、


明るいうちに


始まったばかりだった。


………


❥Z世代のあなたへ


スマホの充電が、


三%になった時、


急に不安になったことは


ありませんか。


けれど僕たちは、


自分の町の電気が、


あと何%残っているのかを、


普段は知りません。


発電所がある。


太陽光もある。


原子力発電所もある。


だから大丈夫。


そう見える日にも、


どこかで、


川の水が減り、


設備が古くなり、


新しい需要だけが


急速に増え続け、


修理が先送りされていることが


あります。


そして、


もう一つ。


遠い国の渇水や、


遠い国の停電を、


「怖い」


「すごい」


とニュースの向こうから


眺めるだけで、


満足していないでしょうか。


それも、


一種の停電かもしれません。


誰かを心配する力が、


途中で止まっている状態です。


だからといって、


いつも怖がり続ける必要は


ありません。


ただ、


一度だけ確かめてください。


水はあるか。


懐中電灯は付くか。


モバイルバッテリーは


充電されているか。


家族との連絡方法はあるか。


そして、


階段を上れない人が、


近くにいないか。


未来を守るのは、


巨大な発電所だけではありません。


小さな点検と、


隣にいる人を


忘れないことも、


立派な電力です。


………


★ホームズ・ワトソン


ワトソン


「ホームズ。


 世界は大停電へ


 向かっているのか?」


ホームズ


「分からない」


ワトソン


「名探偵が、


 最初から降参か」


ホームズ


「停電は、


 一人の犯人が起こすとは


 限らないんだよ」


ワトソン


「では、


 犯人は誰だ?」


ホームズ


「渇いた川」


ワトソン


「うん」


ホームズ


「岩を爆破してまで


 水を求めた原発」


ワトソン


「うん」


ホームズ


「積み荷を減らした貨物船」


ワトソン


「うん」


ホームズ


「猛暑と、


 一斉に動くエアコン」


ワトソン


「うん」


ホームズ


「膨らみ続ける


 AIの電力需要」


ワトソン


「うん」


ホームズ


「送電網を狙う戦争」


ワトソン


「多いな」


ホームズ


「そして、


 それを安全な部屋から


 面白がって眺めていた、


 わし自身」


ワトソン


「探偵が、


 容疑者に入ったな」


ホームズ


「大事件も、


 最初は三%から始まる」


ワトソン


「では、


 どうすればいい?」


ホームズ


「暗くなる前に、


 懐中電灯の場所を


 確認することだ」


ワトソン


「世界は救わないのか?」


ホームズ


「まず、


 隣の部屋の明かりから


 確認することだ」


………


★あとがき

 やすきよ漫才風


「おじいちゃん!」


「何じゃ!」


「世界の電気は


 なくなるんか!」


「なくなるとは


 言うとらん!」


「十三章も使って、


 何を言うとったんじゃ!」


「電気はある!」


「じゃあ、


 安心やないか!」


「届かんかもしれん!」


「宅配便みたいに言うな!」


「発電所から発送済み!」


「川が渇いて、


 配達が遅れとる!」


「天候のせいにするな!」


「原発は、


 冷却水がないと動けん!」


「岩まで爆破しとったな!」


「小説のために、


 川を爆破するな!」


「もっと病もあるぞ!」


「何じゃそれ!」


「もっと冷房!」


「うん!」


「もっとAI!」


「うん!」


「もっと動画!」


「わしのことか!」


「否定できんじゃろ!」


「じゃあ、


 何を準備すれば


 ええんじゃ!」


「水!」


「うん!」


「懐中電灯!」


「うん!」


「モバイルバッテリー!」


「うん!」


「それから、


 近所の人の名前を覚える!」


「急に真面目になるな!」


「電気が止まった時、


 最後に頼れるのは


 人間じゃ!」


「じゃあ、


 最初からそう言え!」


「最初に言うたら、


 ドナウ川の出番が


 なかったじゃろ!」


「その通りじゃ!」


「では皆さん!」


「今日のうちに、


 懐中電灯の場所を


 確認してください!」


「おじいちゃんの懐中電灯は、


 どこにあるんじゃ?」


「見つけた!」


「えらいやないか!」


「電池が液漏れしとった!」


「一番あかんやつやないか!」


「ゆづきに、


 買いに行ってもろうた!」


「自分で行け!」


「ドナウ川より、


 電池売り場の方が


 近いじゃろ!」


「その通りじゃ!」


「認めるのが遅いわ!」


おしまい

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