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停戦の二倍速 ――世界はまだ詰まっとるのに、みんなもう助かったことにした―― 

✦停戦の二倍速

――世界はまだ詰まっとるのに、

 みんなもう

 助かったことにした―― 


………


ホルムズ海峡を通る油は、

一日に二千万バレル。


世界で使う油の、

だいたい五分の一。


船で運ぶ油の、

だいたい四分の一。


ガスも、

世界の五分の一近くが、

ここを通る。


そんな大動脈が、

まだよう詰まっとるのに、

人間の頭の中だけは、

もう平和になっとった。


………


★目次


■第一章 世界は、

     いっしょに沈みよる

■第二章 株だけ先に助かった朝

■第三章 出ていく船と、戻らん船

■第四章 安いガソリンの正体

■第五章 王様は握手した。

     でも働く人は

     帰りたかった

■第六章 人はなんで、

     すぐ安心したがるんか

■第七章 誰が先に

     知っとったんじゃろうなあ

■第八章 そのうち、金より

     “持っとる物”が強うなる


★あとがき 

ホームズとワトソンのやすきよ漫才


………


■第一章 

 世界は、いっしょに沈みよる


67歳のおじいちゃんは、

朝のニュースを見ながら、

湯のみを机に置いた。


「また、みんな

 軽う考えとるな」


この話は、

日本だけが大変とか、

中東だけが危ないとか、

そんな話やない。


世界みんなで、

同じ細い首のところを

握られとる話なんよ。


ホルムズ海峡は、

地図で見たらほんまに細い。


でも2025年のデータ

(EIA・IEA)で、

一日に約2,000万バレルの

原油・石油製品が通る。

世界全体の石油消費の約20%。

海上輸送される石油の約25%。


液化天然ガス(LNG)も

世界の約20%。


その大半がアジア向け

——中国、インド、日本、韓国。


日本だけ助かる?

うちの国だけ平気?

そんな都合のええ話、

最初からない。


世界は豪華客船に見えて、

実は一本の細い

ホースでつながっとる。


ホースが詰まったら、

一等客室も二等客室も、

最後はみんな同じ顔になる。


ただ、上の方の人間は

ちょっと長う笑える。

下の方は先に青ざめる。


それだけじゃ。


■第二章 

 株だけ先に助かった朝


停戦の二文字が出た朝、

株は跳ねた。

原油は下がった。


ニュースも専門家も

「流れが変わりました」

「安心感が広がっています」

と大喜び。


おじいちゃんは思うた。


「助かったんは、だれじゃ?」


家族か? 港か? 工場か?

船を動かす人か?


いや、まず先に助かったんは

株価だけじゃ。


6週間の戦争で、

海峡を通る船の動きは

通常の一割未満にまで細った。


4月8日の時点でも、

湾内には数百隻の

タンカーが残り、

油や石油製品が

1億バレル超も滞留しとった

(S&P Global・Kplerデータ)。


海運会社は

「元に戻るまで最低6〜8週間」

と言うとる。


追加の保険料や迂回コストは、

週に数千万ドル単位で

跳ね上がっとる。


海はまだ詰まっとる。

港も重たい。

保険も高い。

働く人も怖い。


でも人の頭の中だけは早い。

チャートが上がったら、

心まで上がる。


人間、ほんま便利にできとる。  

悪い意味で。


■第三章 

 出ていく船と、戻らん船


ニュースは

「第一号が通過しました!」

「再開の兆しです!」

と盛り上がる。


でもおじいちゃんが

一番気に入らんかったんは、

そこじゃ。


ほんまに見るべきは


「次に海峡へ向かう船が

 どれだけおるか」


なんよ。


出ていく船は出る。

閉じ込められとったんじゃけえ。


でも新しく入る船はどうか?

荷主は予約を戻すんか?

船主は安全と思うとるんか?

船員は家族残して行くんか?


4月8日の停戦直後、

ギリシャ船籍とリベリア船籍の

2隻がやっと通っただけ。


西側に244隻、東側に156隻の

タンカーがまだ待機中

(MarineTraffic・S&P Global)。


無許可で通れば

標的になる警告も出とる。


一隻通っただけで

祭りみたいに騒ぐなや。


蛇口が一ミリ開いただけで

「ダム復活!」

言うようなもんじゃ。


人間は

“少し”を勝手に“全部”に

育ててしまう。


そこに、かわいさもある。

情けなさもある。


■第四章 安いガソリンの正体


日本はまだ

「見た目落ち着いとる」。

ガソリンも

「思うたほど上がっとらんな」

と思う人も多い。


でもな、それは

自然に安いんじゃない。


政府が予備費800億円

(8000億円規模の基金)

使って、

ガソリン価格を

170円/L前後に抑えとるんじゃ。


報道では月3000億円、

場合によっては

月5000億円規模の負担。


今は1リットルあたり

約50円の補助が出て、

基金はあと2ヶ月で底つく

可能性もある

(4月7日時点、政府推計)。


「こりゃ“安心”やのうて、

 “安心ごっこ”じゃな」


おじいちゃんは思う。


家の天井から雨漏りしとるのに、

床にかわいいバケツ置いて

「ほら、大丈夫」

言うてるようなもん。

まだ床が全部びしょびしょに

なっとらんだけじゃ。


値段を止めるのと、

現実を止めるのは別なんよ。


■第五章 

 王様は握手した。

 でも働く人は帰りたかった


ニュースには王様、大統領、

握手、共同声明ばっかり。


けど油を流すんは、

その人らやない。


世界の船員は約189万人。

その中心を担う85.8万人、

現場を回す103.5万人が、

名前も出ん人間じゃ

(ILOデータ)。


おじいちゃんは思う。


自分が外国で働く

現場の人間じゃったら?


親の心配、

子どものご飯、送金……


上から「戻れ」と言われても、

空からミサイルが

降るかもしれん。


一番強い言葉は、

王様の握手でも

会社の通達でもない。


家族からの一本の連絡じゃ。


危機の時、

働く人は国家で動かん。


家族で動くんよ。


紙の上の合意は燃えんでも、

人間の気持ちは先に折れる。


そこが、

いちばん怖いところじゃ。


■第六章 

 人はなんで、

 すぐ安心したがるんか


ここから先は経済じゃなくて、

人間の心の話。


でもこれが一番大事なんよ。


危機の時、人間は

冷静になるんじゃなくて、逆。

短い答えに飛びつきやすうなる。


研究(行動心理学)で言うと、

optimism bias(楽観バイアス)

——「まあ大丈夫じゃろ」

と思い込みやすい。


複雑な話は嫌で、

短い結論だけ欲しがる。


今は特に、

TikTok・Reels・2倍速の時代。


Z世代の君ら、

危機のニュース見ながら


「2倍速で飛ばして、

 結論だけ知りたい」


ってなるやろ?


doomscrolling

(絶望スクロール)したあと、

「停戦!株高!原油安!」

のショート動画1本で

脳みそが勝手に

「めでたしめでたし」

モードに切り替わる。


FOMO(取り残される不安)

も手伝って、

「みんなもう安心してるのに、

 俺だけまだ心配してる?」

って焦る。


でもこの危機は、

途中を飛ばしたら

一番大事なところを

見失う危機なんよ。


派手な見出しじゃなくて、

戻らん船、帰っていく人、

積み上がる補助金、

じわじわ暗うなる現場。


そういう

“ゆっくりした崩れ”が

一番不気味なんじゃ。


■第七章 

 誰が先に

 知っとったんじゃろうなあ


停戦発表の直前、

原油下がる方に賭けた大口取引が

約5億8千万ドル

(約880億円)規模で

一気に動いた、

という報道も出とる。


15分前とか、

タイミングが良すぎる。

おじいちゃんは思う。


「まあ、だれかは

 先に匂いを嗅いどるん

 じゃろうなあ」


戦争見て、まず

「だれが儲けたんじゃろ」

と思う世の中。


上では不安が値段になる。

真ん中では不安が言葉になる。

下では不安が夕飯になる。


汗もかかん人間がようけ儲けて、

ほんまに物を動かしとる人間が

家族の心配をしとる。


これが一番腹立たしい。


■第八章 

 そのうち、金より

 “持っとる物”が強うなる


今はまだ

株・ドル・原油・補助金で

世界が回っとるように見える。


でもこの詰まりが長引いたら、

空気が変わる。


肥料が高うなる

(ホルムズ経由の

 肥料関連資材が

 世界の3割近く影響、

 天然ガス価格も連動)。

食べ物の値段も重うなる。

運ぶコスト、工場コスト、

医療・冷蔵・包装……

全部じわじわ上がる。


IMF・UNCTADも警告しとる


✲エネルギー・肥料高で

 食料不安拡大、

 さらに数千万人が

 飢餓リスクに。


そうなると、

金だけ持っとっても

手に入らんもんが増える。


運べる人、直せる人、

冷やせる人、持っとる人、

分けてくれる人……

そういう“実物力”が急に強うなる。


Z世代の君ら、

「なんでも薄う安う

 早う届く世界」

は、

もう終わりに近づいとる。


金よりスキル、

物々交換みたいな理屈、

地元で作る・直す・助け合う力。


それが次の時代の本番なんじゃ。

停戦してからが、

人間の本性の勝負じゃ。


停戦は、海を開いたんじゃない。

みんなの頭の中だけを、

先に開通させたんじゃ。


株だけ先に助かり、

テレビだけ先に笑い、

現場だけがまだ震えとる。


世界が壊れる時、

先に止まるんは石油やない。


人の話を、

最後まで聞く力が

停止するんじゃ。


………


★あとがき 

ホームズとワトソンのやすきよ漫才


✲ワトソン


ホームズくん! 停戦です!

株高です! 原油安です!

もう全部めでたしめでたしです!


✲ホームズ


お前は、

お祝いの紅白まんじゅうか。

中身つまっとらんぞ。


✲ワトソン


だってTikTokの人が

笑うとりましたもん!


✲ホームズ


テレビもTikTokも、

天気が悪うても笑うし、

株下がっても笑うし、

最後は歯を見せるんじゃ。

数字を見ろ。

ホルムズは世界石油の2割、

海上石油の4分の1、

LNGも2割。

交通量まだ一割未満、

湾内に数百隻待機中、

保険料5〜10%爆上げ。

これで

「はい通常運転」

言う方が怖いわ。


✲ワトソン


うわあ、急に骨太になった……。


✲ホームズ


お前みたいな柔らか脳

(2倍速脳)には、

これくらい言わにゃ入らんのじゃ。


✲ワトソン

政府がガソリン抑えとるんでしょ?


✲ホームズ


抑えとる。

けどそれは安心やのうて、

月に何百億円も使って

現実を薄めとるだけじゃ。

今の政治は、

だいたい薄めたカルピスじゃ。


✲ワトソン


そのたとえ、

妙に腹立つけど

分かりやすいですね。


✲ホームズ


わしは

分かりやすさ担当じゃけえな。


✲ワトソン


世界を動かしとるんは

誰なんです?

王様?


✲ホームズ


王様やない。

大統領やない。

アナリストでもない。

船を動かす人、配管を直す人、

家族へ送金する人、

そういう名もない人間じゃ。


✲ワトソン


……なんか胸に来ますね。


✲ホームズ


来るじゃろ。

世界はいつも、

偉い人より

名もない人の肩で

回っとるんじゃ。


✲ワトソン


でも、

その人らが帰ってしもうたら? 


✲ホームズ


ほんなら握手だけ残る。

写真だけ残る。

ニュースだけ残る。

中身は空っぽじゃ。


✲ワトソン


それ、

めちゃくちゃ今っぽい……。


✲ホームズ


今そのものじゃ。


✲ワトソン


ホームズくん、

わし今日やっと分かりました。

停戦で助かったんやない。

みんなが、助かったことに 

しただけなんですね。


✲ホームズ


……そうじゃ。


✲ワトソン


でも、まだ間に合いますかね。


✲ホームズ


間に合うかどうかは知らん。

けどな、人の話を

最後まで聞く人間が、

まだ少しでも残っとるなら、

世界はそう簡単には終わらん。


✲ワトソン


なんか、笑うとったのに、

最後ちょっと泣けてきました。


✲ホームズ


阿呆。

そういう終わり方が、

いちばんええんじゃ。


          (了)

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