ゲバゲバ生コン90分で行く ――株は上がった朝、町の足元から先に固まり始めた――
✦ゲバゲバ生コン90分で行く
――株は上がった朝、
町の足元から
先に固まり始めた――
………
株価が二千円上がっても、
生コンは待ってくれん。
停戦合意。
爆撃停止。
原油急落。
日経平均急騰。
テレビの向こうじゃ
みんなが安心した顔をしとった。
だけど、
ミキサー車のドラムだけは、
そんなニュースに
一ミリも興味がなかった。
あれが止まったら、
家は建たん。
橋も直らん。
病院も学校も、
「また今度」で済まんようになる。
日本いう国は、
思った以上に
コンクリートでできとる。
ほんでそのコンクリートは、
九十分で死ぬ。
………
★目次
■第一章 停戦で上がったんは、
株だけじゃ
■第二章 日本は
スマホの国じゃのうて、
生コンの国じゃった
■第三章 ゲバゲバ九十分の恐怖
■第四章 軽油が痩せると、
定食屋が先に泣く
■第五章 家が建たん日、
若い職人から未来が消える
■第六章 オーストラリアが
くしゃみをしたら、
日本の現場が止まる
■第七章 政府は補助金で眠らせ、
現場は黙って痩せていく
■第八章 株を買う手は軽いのに、
生コンのドラムは重い
■第九章 世界が奪い合う、
いちばん地味で、
いちばん怖い材料
■第十章 止まるんはビルより先に、
会話じゃ
★あとがき
ホームズとワトソン、
ゲバゲバ九十分を語る
………
■第一章
停戦で上がったんは、
株だけじゃ
その朝、
六十七歳の元証券マンは、
湯のみ茶碗を片手に
テレビを見よった。
停戦合意。
二週間の爆撃停止。
市場は安心。
原油は下落。
日経平均は急騰。
ほうか。
そりゃよかったなあ、と思うた。
けど、
証券会社で三十年以上
人の欲と不安を見てきた男には、
ようわかっとった。
株価いうんは、
平和の値段やない。
ただの
「まだ死なんで済んだ」
いう値段じゃ。
ほんまに危ない時ほど、
相場は先に笑う。
現場は、そのあとで黙る。
その日もそうじゃった。
スマホの画面では、
朝から儲け話が飛び交う。
「今が買いだ」
「原油関連は利食いじゃ」
「停戦なら日経六万円もある」
「防衛から建設へ資金シフトじゃ」
みんな忙しそうに、
人より早う儲けようとしていた。
けど、その同じ朝に、
日本のどこかの現場では、
ミキサー車の運転手が
配車の電話を待ちながら
黙って煙草を吸っとった。
この国は、
上がる株価はよう見るくせに、
止まりかけたドラムの音は
ぜんぜん聞こうとせん。
元証券マンは知っとった。
生コン市場は
2025年時点で約24兆円規模。
建設業全体はGDPの5.4%を支え、
年間約30兆円の付加価値を
生み出してる。
でも、
停戦の喜びで誰も見とらん。
燃料高騰の影が、
もう忍び寄っとることを。
■第二章
日本はスマホの国じゃのうて、
生コンの国じゃった
今の若い人らは、
なんでもスマホの中に
世界がある思うとる。
AI。
半導体。
SNS。
動画。
二倍速。
投資アプリ。
たしかに、
それはそれで今の世界じゃ。
けどな、
スマホだけじゃ
家は建たん。
道路もできん。
橋もできん。
水道管も埋まらん。
学校も病院も、
物流倉庫も、
駅のホームも、
堤防も、
マンションも、
避難所も、
ぜんぶ
コンクリートの上に立っとる。
日本いう国は、
キラキラした画面より、
地味な灰色の材料の方で
持っとる国なんじゃ。
しかもその灰色の材料を、
実際に動かしとるんは
汗かく人間じゃ。
ネクタイ締めて
「成長戦略」を語る人やない。
朝五時に起きて、
トラックを出して、
手袋をして、
泥と粉と油のにおいの中で
働いとる人間じゃ。
元証券マンは思うた。
日本は、
株で儲ける国になりたがっとる。
けど本当は、
生コンで立っとる国なんじゃと。
2025年の生コン市場は
1580億ドル(約24兆円)規模で、
2035年までに
3倍超の成長予測が出とる。
でも、誰もその土台が
揺らぎ始めたことに気づかん。
■第三章 ゲバゲバ九十分の恐怖
昔、小学校の時に
大好きな親戚のおじちゃんから
聞いたことがあった。
「生コンいうんはな、
工場で練ったら
九十分が勝負なんじゃ」
子どもの頃は
意味がようわからんかった。
けど歳を取ると、
あの言葉の怖さがわかってきた。
生コンは
在庫で逃げられん。
作り置きができん。
工場で練った瞬間から、
もう時間との勝負が始まる。
じゃけえミキサー車は
あんなに必死で
ぐるぐる回っとる。
暇つぶしでも、
機械の癖でもない。
止めたら終わるからじゃ。
ほいで、
なんでこんな場所に
生コン工場があるんじゃ、
いう原っぱの隅みたいな場所にも
工場が立っとる。
あれは土地が安いからでも、
景色がええからでもない。
九十分以内に
現場へ届くためじゃ。
ゲバゲバ九十分。
昔のテレビ番組みたいな
ふざけた響きに聞こえるけど、
中身はぜんぜん笑えん。
日本の町は、
実はこの
ゲバゲバ九十分で
支えられとるんじゃ。
年間セメント生産は
今も3000万トン超。
一日の出荷が止まれば、
数万立方メートルの
現場が即死する。
それが全国で同時多発したら――。
■第四章
軽油が痩せると、
定食屋が先に泣く
生コンが足りんようになる。
すると何が起きるか。
たいていの人は、
「家が建たんなる」
そこまでしか思いつかん。
けど本当に怖いんは、
そこから先なんじゃ。
基礎工事が遅れる。
配筋がずれる。
型枠屋が待たされる。
左官屋が空く。
ポンプ車が呼べん。
電気屋が入れん。
設備屋が後ろへずれる。
引き渡しが遅れる。
施主は家賃とローンの二重払いになる。
そのころにはもう、
町の小さい定食屋のおばちゃんが
先に異変に気づいとる。
「あれ、最近
昼の兄ちゃんら減ったなあ」
国が崩れる時は、だいたい
食堂のおばちゃんが
いちばん先に知る。
軽油が細る。
配車が狂う。
現場が止まる。
すると真っ先に減るんは
現場の昼飯なんじゃ。
株価が上がった下がったいう話は、
みんなようする。
けど、
唐揚げ定食が五食減った、
いう話を
深刻に受け取る人は少ない。
じゃけどな、
ほんまの危機いうんは
だいたいそういう
地味な数字の方に先に出るんじゃ。
2026年現在、
中東情勢で軽油・重油が逼迫。
運送コストが10%超跳ね上がり、
すでにセメント運搬車が
減便を始めとる。
■第五章
家が建たん日、
若い職人から未来が消える
建設の仕事いうんは、
ただ家を建てる仕事やない。
人の暮らしの
時間を組み立てる仕事じゃ。
その仕事が
少しずつ遅れ始める。
最初は半日。
次は一日。
その次は一週間。
みんな最初は言う。
「まあ、しゃあない」
「ちょっと遅れるだけじゃ」
「そのうち戻るじゃろ」
けど、若い職人には
“ちょっと”が命取りになる。
日当が飛ぶ。
現場が飛ぶ。
予定が飛ぶ。
心が折れる。
ベテランは
まだ我慢ができる。
昔を知っとるからじゃ。
けど若い人は違う。
ただでさえ
暑い。
危ない。
汚れる。
重い。
朝が早い。
給料も、
世間が思うほど高くない。
そのうえ
現場まで不安定になったら、
そりゃあ離れる。
すると残るんは、
疲れた年寄りと、
人手不足と、
止まりかけた町だけじゃ。
日本が沈むいうんは、
海に沈むことやない。
若い手が現場から
消えていくことなんじゃ。
建設業の就業者数は
すでに減少傾向。
生コン停止が一週間続けば、
数万人の若手が次の現場を失い、
業界全体の崩壊が始まる。
■第六章
オーストラリアが
くしゃみをしたら、
日本の現場が止まる
多くの人は、
オーストラリアいうたら
資源の国じゃから安心、
そう思うとる。
けど現実は、
そんなに単純やない。
資源がある国と、
使える国は違う。
出る国と、
回せる国も違う。
遠い国の話に聞こえるけど、
あっちが国内優先じゃ、
いうた瞬間に、
こっちの火力発電が曇る。
火力が曇る。
電気が高うなる。
工場の採算が悪うなる。
重油も軽油も細る。
ミキサー車の段取りが崩れる。
つまり、
ホルムズ海峡だけ見とったら
足りんのじゃ。
オーストラリアが
自分の国を守る方へ動いたら、
日本の現場は
そのしわ寄せを食う。
セメント生産の
エネルギー40%は輸入石炭。
その約40%の総物質要求量が
オーストラリアなど
資源国に外部化されとる。
資源国でも止まる。
資源国でも配れん。
資源国でも国内優先になる。
その現実が見えてきた時、
元証券マンは思うた。
この国の政治家は、
まだその怖さを半分も
わかっとらんのじゃないかと。
■第七章
政府は補助金で眠らせ、
現場は黙って痩せていく
ガソリンが高うなる。
すると政府は補助金を入れる。
見た目はやさしい。
国民思いに見える。
テレビもそれっぽく伝える。
けど、元証券マンには
それがどうにも
ぬるま湯に見えた。
本来なら
「危ないぞ」
「使い方を変えろ」
「備えろ」
「優先順位を決めろ」
そう国民に
言わにゃいけんところを、
「まあまあ、
今だけは安う見せとくけえ」
と、
眠らせとるようにしか
見えんかった。
国民も国民で、その方が楽じゃ。
高い現実を見るより、
安う見える現実の方がええ。
けど、現場はごまかせん。
燃料が細れば、
止まるもんは止まる。
電気が高うなれば、
採算が合わんもんは合わん。
政府がいくら
数字を丸めても、
ミキサー車のドラムだけは
忖度してくれんのじゃ。
2026年の燃料危機で、
すでにセメント工場の一部が
稼働率を落とし始めとる。
■第八章
株を買う手は軽いのに、
生コンのドラムは重い
人間は危機の時ほど、
軽いもんへ逃げる。
スマホ。
数字。
ボタン。
チャート。
含み益。
それは触りやすい。
わかった気にもなれる。
けど、
生コンは重い。
石と砂と水とセメント。
燃料。
時間。
トラック。
人手。
段取り。
ぜんぶ重い。
重たいもんほど、
いざいう時は誰も見たがらん。
だからみんな、
株の話ばっかりする。
「ここで買えば儲かる」
「ここで売れば逃げられる」
「停戦なら次はこれじゃ」
そうやって
軽い指で売買しながら、
足元の重たい現実を
見んふりする。
元証券マンは
そんな画面を見ながら
苦笑いした。
お金を回す手は軽い。
けど国を回すドラムは重い。
その違いがわからんなった時、
国はだいたい
危ないところまで来とる。
■第九章
世界が奪い合う、
いちばん地味で、
いちばん怖い材料
戦争が起きる。
町が壊れる。
すると世界は、
まず何を欲しがるか。
ミサイルやない。
派手な最新兵器やない。
結局は
コンクリートなんじゃ。
道路を直す。
橋を直す。
港を直す。
病院を直す。
倉庫を直す。
住む場所を作る。
どこの国も、どこの政府も、
結局は灰色の材料を欲しがる。
片っぽでは
爆撃で壊される。
もう片っぽでは
都市化で足りん。
さらに別の国では
災害復旧がある。
世界中が同じ材料を
欲しがっとる。
グローバルコンクリート市場は
すでに1兆ドル超。
日本一国が止まれば、
国際価格が10-20%
跳ね上がる可能性がある。
その時に
日本だけが
「まあ、株が上がったけえ
大丈夫じゃろ」
いう顔しとったら、
そりゃあ負ける。
派手な話に弱くて、
地味な話に鈍い国は、
だいたい末端から痩せる。
ほんで最後に、
気づいた時には
土台がなくなっとる。
■第十章
止まるんはビルより先に、
会話じゃ
ほんまに怖いんは、
ビルが止まることやない。
会話が止まることじゃ。
「今日、無理です」
「来週もまだわかりません」
「軽油が」
「ポンプ車が」
「配車が」
「生コン、押さえられません」
こういう言葉が増え始めると、
人はだんだん
説明するんをやめる。
現場監督は無口になる。
施主は怒る元気をなくす。
職人は冗談を言わんようになる。
飯屋のおばちゃんも
余計なことを聞かんようになる。
ほんで町が静かになる。
国が崩れる時は、
爆発音の前に会話が減るんじゃ。
テレビでは
停戦。
株高。
期待。
安心。
けど、
日本中の現場の片隅で、
もっと静かな異変が
始まりよる。
ゲバゲバ九十分。
そのタイマーが、
あちこちで
静かに回っとるんじゃ。
そして一週間後――
元証券マンは、
現場の端で立ち尽くした。
ミキサー車が一台も来ん。
ドラムは止まったまま。
若い職人たちが荷物をまとめ、
「もう無理や」と去っていく。
株価はまだ高値圏。
でも、
町はもう固まり始めとった。
………
★あとがき
ホームズとワトソン、
ゲバゲバ九十分を語る
✲ワトソン
「ホームズ、今回の話、
ほんまに地味ですよ。
若い読者、
コンクリートで泣きますかね」
✲ホームズ
「ワトソン君。
人は派手な滅亡に憧れる。
だが、ほんとうの滅亡は
たいてい灰色だ」
✲ワトソン
「また出た。
ええこと言うた顔」
✲ホームズ
「株価二千円高で国民が喜び、
その足元で生コンが痩せていく。
これほど上等な喜劇があるかね」
✲ワトソン
「喜劇いうな!
現場の人に謝れ!」
✲ホームズ
「いや、私は現場に
敬意を払っている。
笑っているのは、
画面だけ見て安心しとる
人々の方だ」
✲ワトソン
「性格悪いなあ、あんたは!」
✲ホームズ
「それにしても
“ゲバゲバ生コン90分で行く”
いいタイトルだ。
軽そうに見えて、
中身はぜんぜん軽くない」
✲ワトソン
「たしかにのう。
ふざけた顔しとるのに、
読んだら胃が重うなる」
✲ホームズ
「文明いうんは、
そういうものだよ。
表では笑って、
裏では必死に回っとる」
✲ワトソン
「ミキサー車みたいに言うな!」
✲ホームズ
「実際そうだろう。
止まったら終わる。
でも回っとる間は、
みんな見向きもしない」
✲ワトソン
「……なんか、
現場の人の人生みたいじゃな」
✲ホームズ
「そうだ。
この国は、
止まった時に初めて
誰が支えとったかに気づく」
✲ワトソン
「遅いんよなあ……
いつも、気づくのが」
✲ホームズ
「気づかれないまま
働いとる人間ほど、
尊いものはない」
✲ワトソン
「……」
✲ホームズ
「朝早う起きて、
泥まみれで、
油のにおいの中で、
誰かの家を、橋を、
学校を支えとる。
その人らは、
株価の上げ下げなんかより、
よっぽど国を回しとる」
✲ワトソン
「そうじゃな……」
✲ホームズ
「笑いながら読んだ若い人が、
最後にちょっとだけ
そのことを思い出してくれたら、
この話はそれで十分だ」
✲ワトソン
「ホームズ」
✲ホームズ
「なんだね」
✲ワトソン
「今日からわし、
ミキサー車見たら
手ぇ振ることにするわ」
✲ホームズ
「やめたまえ。
向こうは仕事中だ」
✲ワトソン
「最後まで冷たいのう!」
✲ホームズ
「いや。ほんとうは、
ありがとうと
言いたいだけだよ」
✲ワトソン
「……うん」
✲ホームズ
「国がまだ立っとるうちにね」
(終)




