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AIが最高益を出した朝、市場は未来を売り始めた ーー67歳の元証券会社勤務のおじいちゃんと高校一年生のゆづきが追う、半導体バブル「最後の三週間」ーー

✦AIが最高益を出した朝、

 市場は未来を売り始めた


ーー67歳の元証券会社勤務の

  おじいちゃんと

  高校一年生のゆづきが追う、

  半導体バブル「最後の三週間」ーー


………  


✲第1弾


「ゆづき。暴落は、

 悪い会社から始まるとは限らん」


「じゃあ、

 どんな会社から始まるの?」


「最高益を出したのに、

 もう誰も高値では

 買えなくなった会社からや」


---


★目次


■1.TSMC、最高益で株価下落

■2.六十%上昇の底なし穴

■3.休場中の韓国市場

■4.一千万から三千万へ

■5.三十八兆ウォンの借りた夢

■6.243.93倍の巨大IPO

■7.三百倍の利益倍率

■8.不足を作った工場、

  不足を殺す工場

■9.利益を分けろという国家

■10.売れない韓国、売られる東京

■11.指数は笑い、個別株は泣く

■12.三十六年前の電話

■13.バブル紳士の担保

■14.ゆづきの仮想ポートフォリオ

■15.今回も違わなかった


---


■第一章

 TSMC、最高益で株価下落


台湾の半導体受託製造最大手、

TSMC――台湾積体電路製造が、

前年同期比七十七%増という

記録的な利益を発表した朝だった。


四月から六月までの純利益は、

七千六十六億台湾ドル。


日本円にすれば、

三兆円を大きく超える規模だった。


NVIDIAのAI向けGPUも、

Appleのスマートフォン用半導体も、

その多くがTSMCの工場で

製造されている。


世界中のデータセンターが、

TSMCの先端半導体を待っていた。


高校一年生のゆづきは、

食パンをくわえたまま、

スマートフォンを差し出した。


「おじいちゃん、

 TSMCの利益、

 七十七%も増えたんだよ」


67歳の元証券会社勤務の

おじいちゃんは、

鼻の先まで眼鏡を下げた。


「食パンを落とす確率も、

 七十七%くらいやな」


「株の話!」


ゆづきの画面には、

TSMCの米国上場株を示す

赤い数字が表示されていた。


市場が開く前の取引では、

四%近く下落している。


決算は文句なしだった。


売上高も過去最高圏。


AI向け半導体の注文も強い。


TSMCは、

次の四半期の売上高についても、

市場予想を上回る見通しを示した。


それなのに

株価は下がっていた。


「故障じゃないの?」


「何がや」


「株価だよ。

 最高益を発表した会社の

 株が下がるなんて、

 おかしいでしょ」


「いや。

 むしろ正常じゃ」


「最高益なのに?」


おじいちゃんは冷蔵庫から、

百五十円のプリンを取り出した。


「このプリンが

 一万五千円でも買うか?」


「買わない」


「中身は同じじゃ」


「値段が百倍も違うもん」


「会社も同じや。

 世界一級の会社でも、

 株価が未来の利益を 

 先に食い尽くしとったら下がる」


「未来を食べるの?」


「株価は、

 今日の会社に付いた値札やない。

 未来の利益を先に競り落とす

 オークションじゃ」


市場が売ったのは、

TSMCの現在の利益ではなかった。


来年も再来年も、

その先も、

AI需要によって

利益が猛烈な勢いで増え続ける

――そんな未来だった。


七十七%増では足りない。


すでに株価の中では、

それ以上の奇跡が予定されていた。


最高益を発表しても上がらない。


それは市場が、

今日の成功ではなく、

明日の減速を売り始めた

合図だった。


ゆづきは

調査ノートへ書いた。


«新しい気づき1


バブルの終盤では、

悪い決算よりも、

「良い決算を発表しても

株価が上がらないこと」

の方が危険である。


現実の数字1


TSMCの2026年4~6月期純利益は

前年同期比七十七%増の

七千六十六億台湾ドルとなった。

それでも米国上場株は決算発表後、

一時四%近く下落した。


未来予測1


これからは、最高益、上方修正、

受注増加を発表した日が、

投資家にとって利益確定の日になる。

業績が悪いからではなく、

株価へ織り込まれた期待が

高すぎるからだ。»


「利益が増えたのに

 売られるなんて、

 ひどくない?」


「市場は会社の通知表やない。

 未来のオークションや」


「じゃあ市場って、性格悪いね」


「人間が集まっとるからな」


「おじいちゃんも、

 その中にいたんでしょ」


「昔はな」


「じゃあ性格が悪かった?」


「今は丸くなった」


「頭の形が?」


「人格の話をしとる!」


---


■第二章

 六十%上昇の底なし穴


米国の

フィラデルフィア半導体株指数

――SOX指数は、

  一週間で約十%下落していた。


六月の最高値からの下落率は

二十%を超え、

「弱気相場入り」

と報じられた。


テレビでは、

赤い矢印が画面の下へ

突き刺さっていた。


解説者は深刻な顔をしている。


しかし、

おじいちゃんが注目した数字は

別だった。


「年初から見れば、

 まだ六十%以上上がっとる」


ゆづきが眉を寄せた。


「二十%も下がったのに?」


「百円の株が

 百六十円になったとするやろ」


「うん」


「そこから

 二十%下がったら?」


ゆづきは

スマートフォンの電卓を押した。


「百二十八円」


「まだ出発地点より

 二十八%高い」


「じゃあ、

 二十%下がっても

 安いとは限らないんだ」


「下がった距離だけ見たらあかん。

 どこまで登った後かを見なあかん」


数日前まで、

SOX指数の年初来上昇率は

八十%を超えていた。


わずか数日間の急落で、

その上昇率は六十%台へ縮んだ。


だが、

それでも巨大な含み益が残っている。


大口投資家は、

まだ利益のあるうちに売れる。


半導体株を

一年以上前から持っていた投資家も、

含み損ではなく、

含み益が減っているだけだった。


「損をしてないなら、

 売らなくてもいいんじゃない?」


「人間は利益が減る方が

 怖いこともある」


「どうして?」


「百万円の含み益が

 五十万円になると、

 五十万円を失った気分になる」


「最初から

 なかったお金なのに?」


「画面に一度表示された金は、

 人間の頭の中では

 自分のものになる」


おじいちゃんは、

ゆづきのノートへ山の絵を描いた。


頂上から

二割落ちた登山者。


しかし出発地点までは、

まだ距離がある。


「ここで反発したら?」


「底打ちやと言う人が出る」


「本当に底なの?」


「含み益を守りたい人にとっては、

 逃げる二度目の機会になる」


ゆづきは書いた。


«新しい気づき2


二十%下落は底値の証明ではない。

巨大な上昇の後なら、

利益確定が始まった

最初の地点にすぎない場合がある。


現実の数字2


SOX指数は

六月の最高値から二十%以上

下落しながら、

なお年初来では

六十%を超えて上昇していた。


未来予測2


最初の反発では

「半導体バブル崩壊は終わった」

「絶好の買い場だ」

という発信が増える。

しかし高値で売り損ねた投資家が

戻り売りを出し、

反発と急落が

何度も繰り返される。»


「二十%下がったところから、

 さらに

 八十%下がることもあるの?」


「二十%下がった値段から

 八十%下がる、とは限らん。

 けどな」


おじいちゃんは電卓を押した。


「ピークから八十%下落を

 完成させるには、

 二十%下がった地点から、

 さらに七十五%下がる」


「算数が

 ホラー映画になった」


「金融市場は、

 電卓で人を脅すんじゃ」


---


■第三章

 休場中の韓国市場


2026年7月17日、金曜日。


韓国取引所は、

制憲節の祝日で休場していた。


Samsung Electronicsも、

SK hynixも、

韓国市場では

一株も取引されていない。


その間にも、

米国と日本の半導体株は

下落を続けていた。


米国市場では

NVIDIA、Micron、Intelが売られた。


日本市場では、

キオクシアホールディングス、

東京エレクトロン、

アドバンテスト、

SCREENホールディングスなどに

売りが殺到した。


ゆづきは、

世界地図をテーブルへ広げた。


「韓国市場が閉まってたら、

 韓国の投資家は

 被害を受けないんじゃないの?」


「雨戸を閉めた家が、

 台風そのものから消えるか?」


「でも、

 株価は動かないんでしょ」


「韓国の画面だけはな」


韓国企業の株価は、

海外でも値段を付けられていた。


SK hynixは、

米国市場でも取引されている。


さらに香港や米国では、

SK hynixの一日の値動きを

二倍にすることを目指す商品まで

存在した。


韓国本国の市場が閉まっていても、

海外市場が先に

翌営業日の価格を予告する。


「映画の予告編みたい」


「そうじゃ。

 ただし、この予告編は

 本編より先に観客を泣かせる」


その金曜日、

キオクシアの株価は

一日で約十六%下落した。


日本経済を代表する

株価指数である日経平均も

大きく下がった。


韓国の投資家は、

週末の間、

自国株を売ることも

買うこともできない。


ただ、海外市場で

自分たちの未来の価格が

下げられていくのを

見るしかなかった。


「月曜日になったら、

 みんな同時に逃げる?」


「逃げる人もおれば、

 安いと思って買う人もおる」


「じゃあ

 大丈夫かもしれない?」


「入口より

 出口へ向かう人数が多ければ、

 値段は一段ずつ下がる」


「誰も買わなかったら?」


「値段が付かん」


市場とは、巨大な機械ではない。


売りたい人と、

買いたい人が出会う場所にすぎない。


買い手が消えた瞬間、

画面に昨日の終値が残っていても、

その価格で売れる保証はない。


ゆづきは書いた。


«新しい気づき3


市場の休場はリスクを消さない。

海外上場株、先物、ETFなどへ

価格発見を移し、

再開日に注文を集中させる。


現実の数字3


2026年7月17日、

韓国市場は制憲節で休場した。

その間に日本のキオクシアは

一日約十六%下落し、

米国やアジアの半導体株にも

急落が広がった。


未来予測3


韓国市場の再開直後だけでなく、

追証判定や強制決済が行われる午後、

さらに翌営業日にも売りが出る。

暴落は寄り付きの

一回では終わらず、

時間差を伴って深くなる

可能性がある。»


「市場って、

 閉まってても動くんだね」


「人の恐怖に営業時間はない」


「コンビニみたい」


「恐怖は二十四時間営業、

 年中無休や」


「ポイントは?」


「付かん。

 利息だけ付くことがある」


「借金の?」


「怖いこと聞くなあ」


---


■第四章

 一千万から三千万へ


韓国政府は、

Samsung ElectronicsやSK hynixなど、

特定の一社へ連動する

レバレッジETFの規制を強化した。


新しい商品の上場を

一時停止する。


金融会社による

過度な広告も制限する。


そして、個人投資家が

こうした商品を取引するために

必要な最低預託金を、

一千万ウォンから

三千万ウォンへ引き上げる。


三倍だった。


「危ない商品なら、

 買いにくくするのは

 正しいんじゃない?」


「これから入る人にはな」


「もう持ってる人は?」


「中に残る」


「じゃあ、

 新しい買い手だけ減る?」


おじいちゃんは、

ノートに映画館を描いた。


客席は満員。


入口には「新規入場制限」の札。


出口には、

千人の観客が押し寄せている。


「火事の前なら、

 入場制限は正しい」


「火事が起きた後なら?」


「出口整理が先や」


韓国で

単一株レバレッジETFが

本格的に増えたのは、

この年の五月だった。


Samsung Electronicsや

SK hynixが急騰した後で、

二倍の値動きを狙う

商品が登場した。


個人投資家は、

上昇のスピードを

二倍にできると考えた。


しかし、

下落も二倍に近づく。


しかもレバレッジETFには、

単に値動きが二倍になる以上の

問題がある。


毎日の終値を基準に、

持ち高を調整する必要があるのだ。


下落した日には、

翌日も二倍の値動きを

維持するため、

先物やデリバティブを

売らなければならない場合がある。


その売りが、

翌日の下落要因になる。


「当局は遅かったの?」


ゆづきが尋ねた。


「相場が上がっとる間に

 規制すると、

 国が夢を壊したと怒られる」


「下がってから

 規制したら…?」


「遅すぎると怒られる」


「どっちにしても

 怒られるじゃん」


「政治は、

 相場より半歩遅れて走る

 仕事になることが多い」


ゆづきは書いた。


«新しい気づき4


投機規制は

長期的には市場を安定させる。

しかし危機の途中で

新規参加者を減らすと、

既存投資家の出口を

狭くすることがある。


現実の数字4


韓国では

単一株レバレッジETFの

最低預託金を

一千万ウォンから

三千万ウォンへ三倍に引き上げ、

新規上場も

一時停止することになった。


未来予測4


規制後は売買高が減少しても、

ETFの売値と買値の差が拡大する。

市場価格と基準価額の

乖離も大きくなり、

「売れるが、思っていた値段では

売れない」

状態が増える。»


「入口を狭くしたら、

 出口が広がるわけじゃないんだ」


「映画館の席数は同じやからな」


「おじいちゃん、

 映画館の例え好きだね」


「シニア料金があるからや」


---


■第五章

 三十八兆ウォンの借りた夢


韓国株を押し上げていたのは、

現金だけではなかった。


借金も流れ込んでいた。


株式を担保にした

信用融資や証拠金融資は、

一時三十八兆ウォンを超える規模へ

膨らんでいた。


一兆ウォンでも、

日本円で千億円を超える。


三十八兆ウォン。


個人投資家が借りた金の総額は、

巨大企業の

年間売上高に匹敵する規模だった。


「そんなに

 借りて株を買ったの?」


「全員が

 半導体株を買ったわけやない。

 けど、AI相場が

 信用取引を膨らませた中心の一つや」


「現金で買うのと何が違うの?」


「現金なら、

 株が下がっても待てる」


「借金だと?」


「担保が足りんと言われる」


「へぇ?」


「追加保証金。

 短くして、追証や」


株価が下がる。


証券会社は、

投資家へ追加の現金を要求する。


投資家が入金できなければ、

証券会社が

保有株を強制的に売却する。


本人が

「まだ上がる」と信じていても

関係ない。


「機械が勝手に売るの?」


「契約どおりにな」


「話し合いは?」


「サーバーは、

 お茶を飲みながら

 待ってくれん」


レバレッジは、

上昇中には成功を早める。


下落中には破綻を早める。


値段が下がったから

売るのではない。


下がったことによって、

売らなければならなくなる。


ゆづきは書いた。


«新しい気づき5


借金で作られた相場では、

売り手の意思に関係なく、

証拠金不足による

強制売却が発生する。

市場参加者の考えではなく、

契約が株を売る。


現実の数字5


韓国の株式信用関連融資は、

一時三十八兆ウォンを超える

過去最高圏まで膨らんだ。

単一株レバレッジETFを含む

投機的な取引も急増していた。


未来予測5


現物株が一度落ち着いても、

証拠金判定の時間差によって

翌日、翌々日に強制売却が出る。

特に取引終了前には、

ETFの持ち高調整と

証券会社の処分売りが重なり、

株価が再び急落しやすくなる。»


「人間が売るんじゃなくて、

 借金が株を売るんだ」


「その言い方、覚えとき…」


「名言?」


「ワシが先に本へ書く」


「私の言葉じゃん!」


「元証券会社勤務の編集権や」


---


■第六章

 243.93倍の巨大IPO


中国のDRAM大手、CXMT


――長鑫存儲技術が、

 上海市場で

 巨大な新規株式公開を

 実施しようとしていた。


調達予定額は五百七十九億元。


米ドルで約八十六億ドル。


2026年の

アジア最大級のIPOだった。


オンラインの

個人投資家向け部分には、

募集株数の243.93倍もの

申し込みが集まった。


当選率は、

わずか〇・四七%だった。


「倍率、二百四十三倍?」


「一株欲しい人が、

 入口へ二百四十三人

 並んどるようなもんや」


「全然当たらないじゃん」


「当たらんから、

 さらに人気に見える」


SNSには、

申込資金の巨大さを示す数字が

拡散していた。


七兆元を超える応募資金。


日本円へ換算すれば、

百数十兆円規模になる。


だが、その全額が

CXMTへ入るわけではない。


抽選へ参加するため、

一時的に拘束された

申込資金である。


「じゃあ、

 百数十兆円で

 会社を買うわけじゃないんだ」


「応募額と調達額は違う」


「大きい数字だけ

 広まったんだね」


「数字は大きくなるほど、

 説明を置いて走っていく」


CXMTが実際に調達するのは、

五百七十九億元前後。


それでも巨額だった。


その金は、

新しい工場、製造設備、

研究開発へ向かう。


つまり投資家は、

メモリー不足を信じて

CXMTへ金を入れる。


そしてCXMTは、

その金で

メモリー不足を解消する

工場を造る。


「投資家が、

 自分のお金で

 メモリーを余らせるの?」


「バブルの終盤では、

 全員が賢い顔で

 同じ矛盾をやる」


ゆづきは書いた。


«新しい気づき6


IPO応募額の巨大さは、

企業価値の正しさを証明しない。

同じ成長物語へ、

どれほど資金が

密集しているかを示す温度計である。


現実の数字6


CXMTのIPO調達額は

約五百七十九億元、

約八十六億ドル。

オンライン個人投資家向け部分の

応募倍率は243.93倍、

当選率は〇・四七%だった。


未来予測6


CXMTの初値が上昇しても、

抽選に外れた資金が

Samsung Electronics、S

K hynix、Micronなどへ向かわず、

預金や短期商品へ戻れば、

半導体セクター全体の熱狂は

ピークを越えたことになる。»


「人気があるなら

 安心じゃないの?」


「出口で人気投票はせん」


「入口の行列と出口の広さは別?」


「遊園地なら楽しい話やが、

 相場なら怪談や」


---


■第七章

 三百倍の利益倍率


CXMTのIPO価格は、

一株八・六六元に決まった。


問題は

価格そのものではなかった。


その価格が、

2025年の利益に対して何倍なのか。


一部の試算では、

三百倍を超えていた。


株価収益率――PER三百倍。


「三百倍って、どういう意味?」


「利益が変わらんと仮定したら、

 株価を利益で回収するのに 

 三百年かかる」


「三百年後、

 おじいちゃんは?」


「かなり長期保有しとるな。 

 墓石が」


「でも、CXMTが

 すごく成長すればいいんでしょ?」


「その通りや」


CXMTは実際に急成長していた。


中国政府も、

半導体の国産化を

国家目標に掲げている。


中国企業が海外製メモリーへ 

依存しなくなれば、

CXMTの売上高は

伸びる可能性がある。


高い評価が

すべて不合理とは限らない。


だが、

高倍率株には特殊な弱点がある。


失敗しなくても下がるのだ。


成長率が百から八十へ落ちただけで、

市場は失望する。


黒字でも売られる。


最高益でも売られる。


「百メートルを十秒で走る選手が、

 十秒一になっただけで

 失望されるようなもんじゃ」


「十分速いのに」


「期待は

 選手より先にゴールしとる」


CXMTは工場を増やす。


工場を造れば、

巨額の設備投資が必要になる。


設備は購入した年に

全額経費になるのではなく、

何年もかけて減価償却される。


売上が増えても、

減価償却費や研究開発費も増える。


利益と現金収支は一致しない。


「儲かってるのに

 現金が減ることもある?」


「工場へ使ったらな」


「じゃあ、

 売上だけ見てもダメなんだ」


「歩留まり、設備投資、在庫、

 自由現金収支。

 工場会社は見る場所が多い」


ゆづきは書いた。


«新しい気づき7


高成長企業の最大の敵は

赤字とは限らない。

市場が期待した成長率へ

届かないことが、

株価下落の原因になる。


現実の数字7


CXMTのIPO価格は

一株八・六六元。

2025年利益を基準にすると、

PERが三百倍を超えるとの

試算も出た。


未来予測7


上場後のCXMT株は

売上増加だけでは評価されなくなる。

DRAMの歩留まり、設備投資、

減価償却、在庫、

自由現金収支が期待を下回れば、

成長が続いていても

株価は下落する。»


「利益が増えてても、

 増え方が遅いと売られる?」


「そうじゃ」


「市場、厳しすぎない?」


「高い値札を付けたのも

 市場やからな」


---


■第八章

 不足を作った工場、

 不足を殺す工場


AI需要によって、

HBMやDRAMが不足した。


NVIDIAのGPUへ組み込む

高性能メモリー。


AIサーバーで

大量に使われるDRAM。


データセンター向けの

高速ストレージ。


供給が追い付かず、

価格が上がった。


SK hynix、Samsung Electronics、

Micronの利益率も上昇した。


高い利益を見て、

企業は増産へ動く。


韓国は工場を増やす。


米国も補助金を出す。


日本も半導体工場を支援する。


台湾も先端設備を増強する。


中国は国家戦略として

CXMTを育てる。


「全部の国で工場を造るの?」


「半導体を外国だけに頼るのは

 危険やと考えた」


「一つの国から見れば正しいね」


「世界全体では?」


ゆづきは少し考えた。


「同じ工場が

 多すぎるかもしれない…」


「そういうことじゃ」


国ごとの安全保障としては合理的。


しかし世界全体では、

重複投資になる。


不足しているとき、

すべての企業が同時に増産する。


工場が完成するのは、

二年後、三年後。


その頃には

需要の伸びが鈍っている

可能性もある。


不足を解消するために造った工場が、

供給過剰を生む。


「不足が不足を殺すんだ」


「今回の章のタイトルを取る気か」


AIは普及する。


利用者も増える。


しかしメモリー供給が

需要以上に増えれば、

価格は下がる。


メモリーは特別な宝石ではなく、

規格化された部品へ戻っていく。


これが

コモディティ化だった。


「AIが成功したのに、

 半導体株が下がるって変だね」


「鉄道が普及しても、

 鉄道会社は

 全部生き残らんかった」


「インターネットも?」


「本物やった。

 株価は本物以上やった」


「人間、

 未来を買うとき盛るんだね」


「プロフィール写真と同じや」


ゆづきは書いた。


«新しい気づき8


技術革命の成功が、

部品企業の超過利潤を

消すことがある。

AIの普及と半導体株の上昇は、

同じ意味ではない。


現実の数字8


CXMTは

約五百七十九億元を調達し、

生産能力と研究開発を拡大する。

一方、TSMCも米国で

追加千億ドル規模の投資を示し、

各国で半導体設備投資が

重複している。


未来予測8


HBMの一部では

供給不足が続いても、

通常DRAMやNANDでは

価格競争が起きる。

2027年以降、

需要増加と在庫増加が

同時に報告される可能性がある。»


---


■第九章

 利益を分けろという国家


韓国の半導体企業が

巨額利益を上げると、

取り分を求める声が増えた。


労働者へ還元せよ。


部品や素材を供給する

中小企業へ分けよ。


国内投資を増やせ。


米国内へ工場を建設せよ。


補助金を受けた企業は、

支援した国へ貢献せよ。


報道では、米国側が

韓国の半導体企業の

超過利益に関心を示しているとも

伝えられた。


正式な制度として

確定した話ではない。


匿名情報を基にした報道だった。


だが市場にとっては、

その可能性だけでも問題になる。


「利益は株主のものじゃないの?」


「教科書ではな」


「現実では?」


「国家戦略になった

 会社の財布には、

 政府の手も入る」


半導体は、

普通の商品ではなくなった。


軍事、通信、AI、エネルギー、

国家安全保障。


各国政府は、

半導体を石油や電力と同じように

扱い始めた。


企業は儲かっても、

その利益を自由に

配当や自社株買いへ回せない。


米国内の工場。


国内雇用。


供給義務。


補助金条件。


技術管理。


「利益が百あったとしても、

 工場や雇用に

 七十使わされたら?」


「株主へ自由に残る金は

 三十や」


「決算書には

 百って書いてあるのに?」


「せやから

 営業利益だけ見たらあかん」


企業価値を決めるのは、

利益の大きさだけではない。


政治的な義務を差し引いた後、

株主が自由に使える現金が

いくら残るかだった。


ゆづきは書いた。


«新しい気づき9


半導体企業の価値は、

営業利益だけでなく、

各国政府が求める工場建設、

雇用、供給義務を差し引いた後の

自由現金で測られるようになる。


現実の数字9


韓国では

超過利益を労働者や

取引先へ還元する議論が出ている。

TSMCも米国での累計投資計画を

二千六百五十億ドル規模へ

拡大すると説明した。


未来予測9


今後の決算説明会では、

売上高や利益以上に、

「どの国へ何兆円投資するか」

が株価を動かす。

設備投資を増やす発表が、

成長材料ではなく

株主資金の流出として売られる

場面が増える。»


「儲かっても

 自由に使えない会社って、

 会社なの?」


「国の財布の

 外付け

 ハードディスクみたいになる」


「急にパソコンの話に逃げた」


「半導体小説やからな」


---


■第十章

 売れない韓国、売られる東京


韓国株で損失が出ても、

韓国市場で十分に売れなければ、

海外投資家は

別の市場で現金を作る。


キオクシア。


東京エレクトロン。


アドバンテスト。


NVIDIA。


Micron。


日経平均先物。


S&P500先物。


金ETF。


売りやすいものから売られる。


「韓国の損を、

 日本の会社が払うの?」


「会社やない。

 日本株を持っとる投資家が払う」


「日本の会社が

 悪いわけじゃないのに?」


「危機のときに売られるのは、

 一番悪い資産やない」


「じゃあ何?」


「一番早く

 現金へ変えられる資産や」


キオクシアは、

その日一日で約十六%下落した。


SUMCO、

SCREENホールディングスなど、

半導体材料や製造装置の株にも

二桁の下落が出た。


韓国で開いた損失の穴を、

日本と米国の現金で埋める。


市場の損失は、

パスポートを持たずに

国境を越える。


「成績が悪い子じゃなくて、

 財布を持ってる子が

 払わされる感じ?」


「例えが物騒やが、

 だいたいそうや」


「市場って、

 カツアゲじゃん」


「合法で、

 画面がきれいな

 カツアゲに見える日もある」


ゆづきは書いた。


«新しい気づき10


危機時には、

最も悪い資産ではなく、

最も早く現金へ変えられる

大型株や先物が売られる。

損失の発生場所と、

価格が崩れる市場は一致しない。


現実の数字10


世界の半導体指数は

一週間で約十%下落した。

日本ではキオクシアが

一日約十六%安となり、

複数の半導体関連株へ

二桁下落が広がった。


未来予測10


韓国株が

一時的に下げ止まっても、

日本と米国の大型半導体株には、

ファンド解約や追証へ対応する

換金売りが数日遅れて現れる。»


---


■第十一章

 指数は笑い、個別株は泣く


日経平均株価は、

歴史的な高値圏にあった。


テレビでは

「日本株の新時代」

という言葉が繰り返された。


しかし

個別株へ目を向けると、

景色は違っていた。


任天堂。


日本オラクル。


太陽誘電。


住友金属鉱山。


第一三共。


フジクラ。


キオクシア。


日産自動車。


安川電機。


INPEX。


直近一年の高値から、

三割、四割、五割と

下落した大型株が増えていた。


すべて同じ理由で

下がったわけではない。


個別企業の業績悪化もある。


株式分割や特殊要因もある。


だが、業種をまたいで

高値から大幅に下落する企業が

増えていることは、

市場内部の弱さを示していた。


「日経平均が高いなら、

 みんな

 儲かってるんじゃないの?」


「クラスの平均点が高くても、

 一人の天才が

 全部引き上げとる場合がある」


「ほとんど赤点でも?」


「一人が一万点取ったら、

 平均だけは高くなる」


「平均点の意味ないじゃん」


「指数は便利やが、

 時々、

 化粧が濃い」


日経平均は、

値がさ株の影響が大きい。


一部の半導体株が上がれば、

何百社が下がっていても

指数を押し上げられる。


しかし、

その支柱となっていた

半導体株が崩れれば、

指数の化粧も落ちる。


ゆづきは、

日経平均の上向きの線の横に、

個別株の傷だらけの線を描いた。


「顔は笑ってるのに、

 体中けがしてる」


「それが今の市場や」


«新しい気づき11


指数の高値と、

市場全体の健全さは別である。

値上がり銘柄数、

52週安値銘柄数、

高値からの下落幅が、

指数より早く警告を出す。


現実の数字11


SOX指数は

六月の最高値から

二十%以上下落した一方、

年初来では

なお六十%超高かった。

少数の大型半導体株へ

上昇が集中した反動が

表れている。


未来予測11


半導体株が一時反発して

指数が上がっても、

52週安値銘柄や

値下がり銘柄が増え続ける

「指数だけの回復」

が起きる。»


---


■第十二章

 三十六年前の電話


おじいちゃんが

若い証券会社員だった1990年。


日本では、

株も土地も永遠に上がると 

言われていた。


東京の土地を全部売れば、

米国を買える。


そんな冗談が、

半分本気で語られていた。


顧客は

土地や株の含み益を担保に

借金した。


借りた金で、

さらに株を買った。


おじいちゃんも、

強く止めなかった。


営業成績が上がったからだ。


「会社から、

 売れって言われたの?」


「ノルマがあった」


「断れなかった?」


「断ろうと思えば断れた」


「じゃあ、どうして?」


おじいちゃんは答えなかった。


相場が上がっている間、

誰も被害者には見えなかった。


顧客は利益を喜んだ。


証券会社は手数料を得た。


銀行は融資を増やした。


企業は資金を調達した。


全員が

利益を得ているように見えた。


相場が崩れた後、

一人の顧客から電話が来た。


「大丈夫だと言ったから、

 買ったんです!」


その声だけが、

三十六年たっても消えなかった。


「謝ったの?」


「会社の資料を読み上げた…」


「それ、謝ってない」


「ああ…」


「逃げたの?」


「そうじゃ…」


日本の代表的株価指数は、

1989年末の高値から、

その後の長期安値まで 

約八割下落した。


最初の二割下落では、

多くの人が

「健全な調整」

と言った。


三割下落すると、

「買い場」

と言った。


半値になると、

「政府が助ける」

と言った。


最後には、

誰も何も言わなくなった。


ゆづきは 

昨日のメロンパンを

半分差し出した。


「反省してる人には半分…」


「固いなぁ…」


「三十八年熟成」


「証券市場より長期やないか」


二人は笑った。


笑わなければ、

昔の電話が部屋いっぱいに

響きそうだった。


ゆづきは書いた。


«新しい気づき12


バブルを支えるのは

詐欺師だけではない。

営業目標、

横並び意識、

顧客の欲望、

会社の説明が、

普通の人を沈黙させる。


現実の数字12


日経平均株価は

1989年末の最高値から、

その後の長期安値まで

約八割下落した。


未来予測12


今回も暴落後には、

販売会社、運用会社配信者が

「説明は適切だった」

「予測不能だった」

と責任を細かく分ける。

しかし投資家の損失だけは、

分割されず一つの口座へ残る。»


---


■第十三章

 バブル紳士の担保


※以下に登場する

「神崎礼司」および

「ネクサス・フロンティア・

キャピタル」 は、


本作のために設定した

架空の人物・架空の企業です。

実在する人物、企業、団体とは

関係ありません。


………


SNSで

「AI王」と呼ばれていた

投資会社、

ネクサス・フロンティア・

キャピタルの代表取締役、


神崎礼司が、

突然、姿を消した。


高級車。


高級時計。


豪華なオフィス。


海外の高級ホテルから

配信される動画。


画面の中では、

成功が永遠に続くように見えた。


だが、

それらは利益だけで

買われたものではなかった。


値上がりした

半導体株を担保に借りた金。


ファンドの

未実現利益。


将来入る予定の

成功報酬。


まだ受け取っていない金を、

すでに自分のものとして

使っていた。


株価が下がると、

担保価値が落ちた。


金融機関は追加資金を要求した。


………


「資産はあったんでしょ?」


「値札はあった」


「現金は?」


「なかった」


✲韓国市場の急落を巡っては、

百二十万件規模の追証が発生し、

三十五万前後の個人口座が

強制的に整理されたとの

報道も出た。

速報段階の推計であり、

公式な最終集計ではない。


それでも、

レバレッジが社会へ広がっていた

規模を示していた。


「お金持ちでも

 現金がないんだ」


「金持ちは資産を持つ」


「危機を生き残る人は?」


「時間を持つ」


「時間?」


「安値で売らずに待てる時間や」


富裕層の破綻は、

総資産がゼロになる瞬間から

始まるわけではない。


明日の支払いに間に合う

現金がない。


その瞬間から始まる。


ゆづきは書いた。


«新しい気づき13


富裕層や投資会社の破綻は、

純資産の不足より先に、

担保追加や返済期限へ

現金が間に合わないことで起きる。


現実の数字13


韓国市場の急落を巡り、

約百二十万件の追証と、

約三十五万口座の強制整理が

報じられた。

ただし速報的な推計であり、

最終確定値ではない。


未来予測13


最初に表面化する破綻は、

半導体メーカー本体ではなく、

半導体株を担保に融資した

投資会社、不動産会社、

富裕層向けファンドから出る。»


---


■第十四章

 ゆづきの仮想ポートフォリオ


ゆづきは、

実際の株を売買していなかった。


おじいちゃんが作った

仮想ポートフォリオで、

百万円の架空資金を管理していた。


TSMC、五万円。


NVIDIA、五万円。


SK hynix、五万円。


キオクシア、五万円。


半導体ETF、十万円。


ゲーム株、十五万円。


金、十五万円。


日本国債、十五万円。


現金、二十五万円。


毎日、終値をノートへ書き込む。


半導体株が急落した日、

仮想資産は大きく減った。


金も少し下がった。


国債価格も動いた。


現金二十五万円だけが、

二十五万円のままだった。


「何も生まない現金が、

 一番役立ってる」


「平時には退屈。

 危機には選択肢や」


「でも、

 現金を持ってたら、

 株が上がったとき

 損した気分になる」


「それを機会損失と言う」


「やっぱり損?」


「保険料みたいなもんや」


「保険?」


「全員が売らされとるときに、

 自分だけ待てる。

 安くなったものを買える。

 その権利を持つための保険や」


現金は利益を生まない。


インフレにも弱い。


長期間すべてを

現金で持つことが正解ではない。


しかし、

借金を返す期限や、

生活費を払う期限が近いとき、

価格が動かないこと自体が

価値になる。


ゆづきはノートへ書いた。


«儲ける前に、退場しないこと。»


おじいちゃんは、

その文字を長く見つめた。


自分が

十六歳で知りたかった言葉だった。


«新しい気づき14


現金の価値は

利回りだけではない。

他人が強制売却しているときに

待てること、

安値で買えること、

支払期限を越えられることにある。


現実の数字14


SOX指数は

七月に入って約十八%下落する一方、

年初来ではなお六十%以上

上昇していた。

極端な上昇と急落が同居していた。


未来予測14


暴落が進むほど、

「現金は機会損失」

という言葉が消え、

「現金は選択権」

「現金は生存時間」

という評価へ変わっていく。»


---


■第十五章

 今回も違わなかった


半導体株は、一度反発した。


NVIDIAも、

TSMCも、SK hynixも、

急落の翌日には買い戻された。


動画配信者たちは、

一斉に「底打ち」と叫び始めた。


《AI需要は本物》


《半導体不足は続く》


《暴落は最高の買い場》


どれも、 

完全な嘘ではなかった。


AI需要は本物だ。


半導体も必要だ。


CXMTの増産が始まっても、

すべてのメモリーが

すぐ余るわけではない。


だが、

おじいちゃんは

株価画面の別の場所を見ていた。


信用残。


証拠金。


ETFの売買スプレッド。


社債価格。


ファンドの解約状況。


銀行の融資姿勢。


そして、

決済システムの障害速報。


「株価が戻ったのに、

 何が怖いの?」


「株価下落は第一幕や」


「第二幕は?」


「レバレッジの清算」


「第三幕は?」


「資産はあるのに、

 現金へ変えられん人が出る」


「その次は?」


「倒産と不正や」


バブルの最中には、

資金が流れ込み続ける。


新しい投資家のお金で、

古い投資家へ返金できる。


高い株価を担保に、

新しい借金ができる。


損失を先送りできる。


だが、

資金流入が止まると、

すべてが表面へ出る。


循環取引。


粉飾。


過大評価。


ポンジ・スキーム。


返済できない融資。


売れない資産。


「今回は違うって言う人もいるよ」


「技術は違う」


「金融は?」


「いつもと同じや」


新技術が登場する。


本物の成長が始まる。


株価が未来を先取りする。


借金が加わる。


周辺商品が増える。


好材料でも上がらなくなる。


レバレッジが解消される。


現金が不足する。


倒産と不正が後から数字になる。


テレビに速報が流れた。


一部のカード決済で障害。


別の画面には、

交通系サービスの不具合。


ゆづきが小さく聞いた。


「これも同じ事件?」


「原因が同じとは言えん」


「でも、

 物語はつながってる?」


おじいちゃんは、

ゆっくりとうなずいた。


「株価が壊れた後は、

 現金へ向かう道が混み始める」


「次の事件?」


「もう始まっとるかもしれん」


窓の外で、

遠く救急車の音がした。


スマートフォンの画面だけが、

赤い光を放っていた。


ゆづきは

調査ノートの最後のページへ

書いた。


«新しい気づき15


バブル崩壊は

株価下落で完成しない。

信用収縮、換金制限、借り換え失敗、

倒産、不正発覚へ順番に移っていく。


現実の数字15


SOX指数は六月の最高値から

二十・二%下落し、

弱気相場入りした。

それでも年初来では

六十%を超える上昇が残っていた。


未来予測15


半導体株の次に

市場を動かす言葉は、

最高益や受注ではなくなる。

追証、ファンド解約、借り換え失敗、

設備投資延期、償還制限という

言葉がニュースの中心になる。»


………


❥Z世代のあなたへ


AIは本物です。


半導体も必要です。


TSMC、NVIDIA、Samsung Electronics、

SK hynix、Micron、CXMT。


これらの企業が造る技術は、

世界を変えるかもしれません。


だからこそ、


「必要なものなら、

 どんな値段で買ってもよい」


という言葉を疑ってください。


人気がある。


国が支援している。


何百万人が申し込んでいる。


利益が七十七%増えた。


それらは企業の強さを示します。


しかし、

株価の安全を保証しません。


一番危険なのは、

他人の熱狂を、

自分の判断だと思い込むことです。


有名な人が言った。


動画で何十万回も再生された。


友達も買っている。


国も成長産業だと言っている。


それでも

最後に損失を引き受けるのは、

自分の口座です。


失敗しても構いません。


小さな失敗を認め、

考え直し、

次の選択肢を残せる人は

退場しません。


未来を変える技術を

使ってください。


ただし、

「未来」という言葉に、

今日の財布を

丸ごと渡さないでください。


---


★あとがき

 半導体ホームズと赤字ワトソン


「今回の事件、

 ほとんど私が解決したよね」


ゆづきが胸を張ると、

おじいちゃんは腕を組んだ。


「ワシの三十八年の経験が

 あったからや」


「でも、おじいちゃん、

 プリンと映画館の話しか

 してないよ」


「難しい金融の話を、

 誰にでも分かるように説明する。

 それが天才の仕事や」


「ただプリンが

 食べたかっただけじゃない?」


「脳には

 糖分が必要なんや…」


ゆづきは、

おじいちゃんの頭をじっと見た。


「その糖分、

 髪には届かなかったの?」


「届く前に

 供給が止まったんや」


「半導体不足みたいに?」


「それより深刻や」


「じゃあ、増産すれば?」


「新しい工場がない」


「育毛剤は?」


「設備投資の予定もない」


「政府の補助金は?」


「対象外や」


「じゃあ、もう回復しないの?」


「そう簡単に言うな!」


ゆづきは笑いながら、

おじいちゃんの頭を

もう一度見た。


「でもさ、

 残ってる髪は

 大事にした方がいいよ」


「残ってる株みたいに言うな」


「損切りしないの?」


「髪を売る市場はない!」


「買う人もいないか」


「そこまで言うか!」


おじいちゃんが

本気で怒った顔をすると、

ゆづきは声を上げて笑った。


その笑い声を聞いて、

おじいちゃんも、

とうとう笑った。


「ワトソン君。

 事件も解決したことやし、

 メロンパンを持ってきなさい」


「ホームズが自分で買ってきて」


「電子決済が止まっとる」


「現金で買えばいいでしょ」


「財布を忘れた」


「それ、

 第二弾の主人公じゃん!」


二人の笑い声が、

静かな部屋いっぱいに広がった。


株価は上がったり、

下がったりする。


会社は儲かったり、

失敗したりする。


未来の予測は、

どれほど考えても外れることがある。


けれど、

失敗を隠さずに話せる相手と、

一緒に笑える時間だけは、

どんな暴落にも

奪うことができない。


TSMCの決算書にも、

SOX指数のチャートにも、

AIの計算式にも

表せないものがある。


それは、

長い人生で間違いを重ねた

おじいちゃんと、

これから自分の未来を選んでいく

ゆづきが、


同じ食卓で

笑っているということだった。


「おじいちゃん」


「なんや」


「次の事件も、

 一緒に調べようね」


おじいちゃんは少しだけ黙り、

照れたように眼鏡を上げた。


「しゃあないな。

 ワトソン君が、

 どうしてもと言うなら…」


「また私を助手にした!」


「名探偵はワシや」


「財布を忘れる

 名探偵なんていないよ」


「……第二弾へ続く」

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