表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
173/173

午前8時10分、あなたのお金が使えなくなる ――口座に百万円あるのに、タクシーから降りられない。 67歳の元証券会社勤務の おじいちゃんが見抜いた、世界同時「流動性パニック」

※本作は、

実在する制度、市場、企業

および報道を参考にした

フィクションです。

作中の会話、人物、

ファンド、被害状況、

複数の事件を結びつける展開は

架空です。


………


✦午前8時10分、

 あなたのお金が使えなくなる


――口座に百万円あるのに、

 タクシーから降りられない。


67歳の元証券会社勤務の

おじいちゃんが見抜いた、

世界同時「流動性パニック」


………


✲第二弾


«「おじいちゃん。

口座にはお金があるのに、

タクシーから降りられない」


「それが今夜、

世界中のファンドで

起き始めとる」


「お金が消えたの?」


「違う。

お金へ続く道が消えたんや」»


---


★目次


■1.口座残高127万円、支払い不能

■2.午前8時10分、

   最初のカードが止まった

■3.改札の向こうへ帰れない

■4.資産はある。しかし今日払えない

■5.100円の資産が81円になった夜

■6.売れない融資、売られる金

■7.一つの商品に二つの値段

■8.追証120万件という速報

■9.二つの海峡が閉じる夜

■10.原油200ドルの投稿

■11.最後に国債を買うのは誰か

■12.NISAへ向けられた国債

■13.攻撃者は復旧時間を見ている

■14.嘘の通知、本物の行列

■15.世界を動かした一万円札


---


■第一章

 口座残高127万円、支払い不能


「警察を呼びます」


タクシー運転手がそう言ったとき、

ゆづきの銀行口座には、

百二十七万四千円あった。


高校入学までに貯めたお年玉。


アルバイトはしていない。


株取引もしていない。


おじいちゃんと一緒に作った

学習用の

仮想ポートフォリオだけが、

スマートフォンの中で動いていた。


それでも、

口座には金があった。


だが、タクシー代の

三千八百六十円を払えなかった。


QR決済は通信エラー。


クレジットカードは承認失敗。


配車アプリの決済画面は、

白い円を回し続けていた。


財布は家に忘れた。


スマートフォンの電池は残り四%。


「すみません。

 もう一度だけ

 試してもいいですか?」


「さっきから五回目です」


運転手の声が固くなった。


歩道では、誰かがこちらへ

スマートフォンを向けていた。


ゆづきの画面に通知が届く。


《駅前で無銭乗車?

 制服の女の子が

 タクシーと揉めてる》


添付された短い動画には、

後部座席で青ざめる自分が映っていた。


ゆづきは、

おじいちゃんへ電話した。


「迎えに来て!」


「どこじゃ…」


「タクシーの中」


「降りたらええ」


「払えないの!」


「口座に金は?」


「百二十七万円ある!」


「タクシー代は?」


「三千八百六十円!」


おじいちゃんは、三秒黙った。


「なるほど。

 百二十七万円持った貧乏人やな」


「笑ってる場合じゃない!」


「今から行く。

 運転手さんに代わってくれ」


三十分後。


現金を持ったおじいちゃんが、

息を切らして到着した。


運転手へ四千円を渡す。


「お釣りは結構です」


「おじいちゃん、太っ腹」


「違う。息が切れて、

 小銭を待つ体力がない」


ゆづきは笑えなかった。


歩道に立った瞬間、

スマートフォンの電池が切れた。


黒くなった画面へ、

泣きそうな自分の顔が映った。


「私、お金を持ってたのに…」


おじいちゃんは、

タクシーの赤いテールランプを見送った。


「持っとっただけや」


「同じでしょ?」


「使えるところまで届いて、

 初めて金になる」


その夜、同じことが

世界中の市場で始まっていた。


資産はある。


残高も表示されている。


だが、

期限までに支払えない。


ゆづきがタクシーから

降りられなかったように、

巨大なファンドが

市場から降りられなくなっていた。


«新しい気づき1


口座にお金があっても、

通信、認証、決済のどれかが止まれば、

そのお金は使えない。


現実の数字1


ゆづきの口座残高は

百二十七万四千円。


しかし、三千八百六十円の

タクシー代を決済できなかった。


未来予測1


次の金融危機は、

預金残高がゼロになることではなく、

残高を支払いへ変えられない

形で始まる。»


---


■第二章

午前8時10分、最初のカードが止まった


午前八時十分。


都内のコンビニで、

一台目のカード端末が止まった。


午前八時四十七分。


SNSに

「カードが使えない」

という投稿が

百件を超えた。


午前九時三十二分。


駅前のATMに、

二十七人が並んだ。


午前十一時四十分。


病院の会計窓口で、

現金を持たない患者が

帰れなくなった。


午後零時八分。


障害は復旧した。


約四時間。


「四時間だけだったんでしょ?」


ゆづきが聞いた。


「病院の心臓が四時間止まって、

『四時間だけ』

とは言わんやろ」


「でも、もう直った」


「機械はな」


「ほかに何が壊れたの?」


「安心や」


システムは元に戻った。


だが人々は、

別のことを覚えてしまった。


次も起きるかもしれない。


今度は

銀行振込かもしれない。


ATMが止まる前に、

現金を出しておいた方が

いいかもしれない。


障害が終わったあと、

駅前のATMの列は

三十四人に増えていた。


「直ったのに、並ぶ人が増えてる」


「次に備えとるんや」


「みんなが備えたら?」


「現金が先になくなる」


「壊れてないのに?」


「怖がった人間が、

 本当に壊してしまうことがある」


«新しい気づき2


システム障害の本当の怖さは、

止まった時間だけではない。


「また止まるかもしれない」

人々へ覚えさせることにある。


現実の数字2


午前八時十分ごろから

午後零時八分ごろまで。


約四時間の停止が、

朝の移動と買い物へ重なった。


未来予測2


同じ障害が短期間に続けば、

利用者は故障する前に

現金を引き出し、

正常なATMまで空にする。»


---


■第三章

 改札の向こうへ帰れない


夕方。


駅の改札前に、

人がたまっていた。


いつもなら一秒で通れる場所で、

数十人が立ち止まっている。


ピッ、という音がしない。


ゆづきのスマートフォンには、

交通系電子マネーの残高が

表示されていた。


二千四百三十六円。


「お金、入ってる」


「表示はな」


「じゃあ通れるでしょ」


「冷蔵庫にケーキがあっても、

 扉が開かなければ食べられん」


「また食べ物で説明する」


「お腹に届かんケーキは、

 絵と同じや」


駅員が声を張った。


「現在、モバイル端末での

 一部処理が

 不安定になっています!」


列の後ろで、

誰かが叫んだ。


「サイバー攻撃だ!」


別の誰かが、

その言葉を動画で配信し始める。


駅側は攻撃だとは発表していない。


原因も分かっていない。


だが、原因より早く、

恐怖だけが改札を通り抜けていった。


「本当に攻撃なの?」


「分からん」


「怖くないの?」


「分からんことを、

 分かった顔で広める人の方が怖い」


«新しい気づき3


デジタルのお金では、

残高、通信、本人確認、支払い完了が

別々に動いている。

一つでも止まれば使えない。


現実の数字3


ゆづきの残高は、

二千四百三十六円と表示されていた。

それでも改札は開かなかった。


未来予測3


今後は、残高があるのに使えない

「デジタル流動性停止」が、

銀行取り付けに似た不安を生む。»


---


■第四章

 資産はある。しかし今日払えない


帰宅すると、

おじいちゃんの 

スマートフォンが鳴った。


証券会社時代の元同僚だった。


「解約が止まらない!」


声が震えている。


富裕層向けの

プライベートクレジットファンド。


集めた金を、

非上場企業へ長期間貸していた。


「資産はあるんだ!」


元同僚は繰り返した。


「なら売れよ…」


「五年契約の融資だ。

 今日売れるものじゃない!」


「値段を下げたら…?」


「買う市場がない!」


画面の向こうで、

解約申請額が増えていった。


午前九時 二百億円。


正午 八百億円。


午後三時 二千四百億円。


ゆづきが数字を見た。


「ファンドには、

 二千四百億円ないの?」


「資産はそれ以上ある」


「じゃあ払えるじゃん」


「今日、現金にできるのは

 三百億円しかない」


「二千百億円、足りない」


「そうや」


「お金持ちのファンドなのに?」


「金持ちでも、

 今日払えなければ倒れる」


タクシー代を払えなかった自分と、

二千四百億円を払えないファンド。


金額は違う。


だが、問題は同じだった。


«新しい気づき4


倒産を決めるのは、

持っている資産の総額ではない。


支払日までに

現金へ変えられる金額である。


現実の数字4


解約申請は二千四百億円。


すぐ現金にできる資産は

三百億円。


二千百億円が足りなかった。


未来予測4


次の危機は、

融資先が一斉に倒産する前に、

ファンドが

解約へ応じられない形で

表面化する。»


---


■第五章

 100円の資産が81円になった夜


午後十一時四十二分。


ファンドが保有する融資資産の一つが、

百から八十一へ評価を下げられた。


「十九も消えたの?」


「一晩で消えたとは限らん」


「じゃあ?」


「前から八十一やったのに、

 誰も売らんから

 百と書いとったのかもしれん」


市場で毎日売買されない資産は、

計算式で値段を付けられる。


借り手の業績。


金利。


担保。


似た融資の価格。


だが、本当に現金が必要になれば、

買い手が出す価格しか意味を持たない。


「通知表で、

 ずっと五を付けてもらってたのに」


「実際に試験したら二やった」


「先生も気づかなかったの?」


「気づかんふりを

 しとったのかもしれん」


「学校なら大問題」


「金融なら、

 『評価方法を見直しました』

 で終わる」


«新しい気づき5


非公開資産の急落は、

一晩で損が生まれたとは限らない。


前からあった損が、

初めて表へ出ただけかもしれない。


現実の数字5


百から八十一への変更は、

十九%の評価損である。


未来予測5


一つのファンドが値下げすれば、

銀行や監査法人が

似た資産の再評価を求め、

損失がほかのファンドへ広がる。»


---


■第六章

 売れない融資、売られる金


プライベートクレジットは売れない。


そこで投資家は、

売れるものを売り始めた。


大型株。


国債。


ゴールド


「危機なら、

 金は上がるんじゃないの?」


「普通はな」


「じゃあ、どうして売るの?」


「今日の支払いは、

 金塊ではできん」


追証。


解約。


担保の差し入れ。


必要なのは現金だった。


安全資産が売られたのは、

安全でなくなったからではない。


まだ買い手がいたからだ。


「良いものを持ってる人が

 損するの?」


「悪いものは、

 もう売る相手がおらん」


「だから良いものを売る?」


「最後まで売れるものが、

 最後まで売られる」


«新しい気づき6


危機の初めには、

悪い資産より

良い資産が先に売られる。


悪い資産には、

すでに買い手がいないからである。


現実の数字6


半導体指数は

一週間で約十%下落した。


短期間の急落は、

換金売りが重なった可能性を示す。


未来予測6


株、金、国債が同時に下がり、

現金だけが買われる日が続けば、

不景気への不安が

現金争奪戦へ変わった合図になる。»


---


■第七章

 一つの商品に二つの値段


半導体ETFの画面に、

二つの価格が並んだ。


取引所で売買される値段。


中に入っている株から計算した値段。


市場価格 八千七百二十円。


基準価額 九千五百四十円。


差は八百二十円。


「同じ商品なのに?」


「普段は

 金融機関が差を埋める」


「今日は?」


「怖くて近づかん」


原株の価格が飛ぶ。


先物も荒れる。


金融機関が

ETFと株を交換する取引を止める。


その瞬間、

一つの商品に二つの値段が生まれる。


「どっちが本当?」


「売りたい人にとっては、

 今買ってくれる値段が本当や」


「安い方?」


「残念ながらな」


«新しい気づき7


ETFの売りやすさは、

ETFだけで

作られているわけではない。


中の株、先物、金融機関が

全部動いて初めて保たれる。


現実の数字7


市場価格は八千七百二十円。

計算上の価値は九千五百四十円。

八百二十円の差が開いた。


未来予測7


次の急落では、

ETFを売ることはできても、

表示された価値より

大幅に安い価格でしか

売れない商品が現れる。»


---


■第八章

 追証120万件という速報


深夜。


韓国市場を巡る速報が流れた。


《追証、百二十万件規模》


《強制整理、三十五万口座規模》


数字は速報値だった。


最終確認は取れていない。


それでも、その数字だけで

市場はさらに売られた。


「追証って?」


「借金で株を買った人に、

 追加の金を入れろという通知や」


「払えなかったら?」


「証券会社が株を売る」


「本人が売りたくなくても?」


「契約では、

 本人の希望より返済が先や」


「百二十万件が本当なら?」


「百二十万人が

 売りたいわけやない」


「売らされる?」


「そこが怖い」


弱気だから売るのではない。


契約によって売らされる。


機械が、決められた時刻に、

持ち主の気持ちとは

関係なく処理する。


「昔なら

 怖い人が取り立てに来た?」


「今はサーバーじゃ」


「どっちが怖い?」


「サーバーは

 泣いても止まらん」


«新しい気づき8


暴落時には、

自分の判断で売る人だけでなく、

契約で売らされる人が増える。


現実の数字8


市場では、

追証百二十万件、

強制整理三十五万口座という

速報が流れた。

数字は確定前だったが、

速報そのものが売りを加速させた。


未来予測8


強制売却は一日で終わらない。

証拠金を判定する

時刻の違いによって、

二日後、三日後にも

新しい売りが出る。»


---


■第九章

 二つの海峡が閉じる夜


中東から速報が入った。


ホルムズ海峡。


バベルマンデブ海峡。


世界の石油と物流が通る、

二つの細い道だった。


「二つとも止まったら?」


「家の玄関と非常口を、

 同時にふさがれるようなもんや」


完全に封鎖されたと

確認されたわけではない。


だが、危険が高まっただけで、

保険会社は船の保険料を上げる。


船会社は航路を変える。


燃料代が増える。


到着が遅れる。


「軍艦が止めなくても、

 船は止まるの?」


「保険が付かなければ、

 会社は船を出せん」


「海を止めるのは

 軍隊じゃないんだ」


「最後の一隻を止めるのは、

 保険会社の判子かもしれん」


«新しい気づき9


海峡の危機は、

石油が届かなくなる前に、

保険料、運賃、燃料代を上げる。


現実の数字9


船が実際に沈まなくても、

危険が高まれば費用はすぐ上がる。


未来予測9


完全封鎖がなくても、

保険を引き受ける会社が減れば、

船の数は急速に少なくなる。»


---


■第十章

 原油200ドルの投稿


SNSで、

《原油二百ドル》

という言葉が拡散した。


根拠の分からない画像。


専門家を名乗る匿名アカウント。


「来週、ガソリンは倍になる」


「航空会社が倒産する」


「今すぐ買え」


投稿は

数時間で何百万回も表示された。


「本当に二百ドルになるの?」


「分からん」


「また、それ?」


「分からんものは分からん」


航空会社や海運会社は、

将来の燃料価格を固定するため、

先物取引を使っている。


価格が急に動けば、

追加の現金を求められる。


「原油が届かなくなる前に、

 会社のお金がなくなる?」


「先物の支払いでな」


原油が上がれば、

燃料を使う会社が苦しくなる。


原油が急落すれば、

産油会社や融資銀行が苦しくなる。


怖いのは、上か下かではない。


動く速さだった。


«新しい気づき10


原油価格は、

上がっても下がっても

別の企業から現金を奪う。


現実の数字10


SNSでは、

一バレル二百ドルという

極端な予測が拡散した。


未来予測10


原油が急騰したあと、

景気後退の不安で急落すれば、

上昇と下落の両方で

企業が損失を受ける。»


---


■第十一章

 最後に国債を買うのは誰か


テレビでは、

日本国債の買い手を増やす案が

議論されていた。


日銀は、これまで

大量の国債を買ってきた。


だが、買う量を減らせば、

代わりの買い手が必要になる。


銀行。


保険会社。


年金。


個人。


「国債は安全なんでしょ?」


「満期になれば、

 約束した金額は戻る」


「なら安心じゃん」


「百万円が戻っても、

 物の値段が上がっていたら

 どうする」


「意味わからん?」


「今、百円のパンが

 十年後に百五十円になっとる」


「同じ百万円でも、

 買えるパンが減る」


「お金の数字は戻っても、

 お金の力は戻らんことがある」


「安全って、

 減らないことだけじゃないんだ」


「何が買えるかまで見て、

 初めて安全や」


«新しい気づき11


国債は、約束した金額が戻っても

安心とは限らない。

物価がそれ以上に上がれば、

買える物は少なくなる。


現実の数字11


日銀が国債を買う量を減らせば、

銀行、保険、年金、個人など、

別の買い手が必要になる。


未来予測11


これからは

「元本が戻るから安全」

という宣伝が増える。

しかし本当に見るべきなのは、

戻ったお金で

何を買えるかである。»


---


■第十二章

 NISAへ向けられた国債


テレビに、

新しい制度案が映った。


《NISAで国債を購入可能に》


「何が変わるの?」


ゆづきが聞いた。


「国債でもらった利息に、

 税金がかからなくなる」


「数字で」


「利息が一万円なら、

 普通は約二千円が税金で引かれる」


「残るのは約八千円」


「NISAなら一万円が残る」


「それなら、買う人が増えるね」


「国は、それを期待しとる」


「どうして国が?」


「国債を買う人が必要やからや」


「国は買い手が増える。

 私たちは税金を引かれない」


「そこまでは、

 両方に利点がある」


「じゃあ、買えばいい?」


「利息が低ければ買わん。

 長い間使う予定の金なら入れん」


「税金がゼロでも、

 必要なときに使えなければ困る」


「タクシーで学んだやろ」


ゆづきは、

三千八百六十円を払えなかった

夜を思い出した。


口座に金がある。


だが、使えない。


国債も同じだった。


持っていることと、

必要な日に現金があることは違う。


«新しい気づき12


NISAで国債を買えるようになれば、

国は買い手を増やせる。

個人は、国債の利息から

税金を引かれずに済む。


現実の数字12


普通の口座では、

一万円の利息から

約二千円が税金で引かれる。


未来予測12


国債がNISAの対象になれば、

銀行や証券会社は

個人へ勧め始める。

買う前に見るのは、

利息、期間、

必要な日に現金へ戻せるか。

その三つである。»


---


■第十三章

 攻撃者は復旧時間を見ている


決済障害は復旧した。


しかし、おじいちゃんは、

もし意図的な攻撃だったならと考えた。


盗みたいのは、

カード番号だけとは限らない。


何分で復旧するか。


どの障害でSNSが騒ぐか。


何分後にATMへ人が並ぶか。


別の決済へ移るまで何分かかるか。


「社会の避難訓練を、

 攻撃した側が見てる?」


「可能性の話や。

 証拠はない」


「じゃあ、どうして考えるの?」


「次に備えるためや。

 断定するためじゃない」


ゆづきは、

第一章で自分を撮っていた人を

思い出した。


事件が起きる。


誰かが撮る。


誰かが名前を付ける。


誰かが拡散する。


本当の原因が分かる前に、

社会の動きだけが

攻撃者へ見えてしまう。


«新しい気づき13


攻撃の目的は、

破壊や盗難だけとは限らない。

社会が何分で混乱し、

どう逃げるかを調べる攻撃も

考えられる。


現実の数字13


短時間の障害でも、

復旧時間、ATMの列、SNS投稿など、

大量の行動データが残る。


未来予測13


次の攻撃では、

一社を長時間止めるのではなく、

複数の業種を短時間ずつ止め、

原因を分かりにくくする

可能性がある。»


---


■第十四章

 嘘の通知、本物の行列


翌朝。


偽の銀行通知が拡散した。


《預金保護が

 一時停止されます》


《ATM停止前に

 現金を確保してください》


《確認のため

 暗証番号を入力してください》


すべて偽物だった。


だが、ATMの前には

本物の行列ができた。


三十人。


五十人。


七十八人。


現金を積んだ配送車が来る前に、

一台目のATMが空になった。


「嘘なのに、

 本当に現金がなくなった」


「銀行は、

 預金全部を紙幣で置いとらん」


「嘘を信じた人が、

 本物の不足を作ったんだ」


「取り付け騒ぎは、

 銀行の前から始まるとは

 限らん」


「スマホの通知から?」


「今の時代はな」


ゆづきの画面にも、

《今すぐ確認》

という通知が来た。


指を伸ばす。


途中で止める。


公式アプリを自分で開き直した。


通知は偽物だった。


「危なかった」


「詐欺師が

 一番嫌うものはなんじゃと思う?」


「警察?」


「考える時間や」


«新しい気づき14


現代の取り付け騒ぎは、

銀行の窓口ではなく、

スマートフォンの通知から始まる。


現実の数字14


偽通知のあと、

ATMの列は七十八人まで増え、

一台が現金切れになった。


未来予測14


本物の障害直後には、

偽の返金案内や本人確認が増え、

技術障害より大きな被害を生む。»


---


■第十五章

 世界を動かした一万円札


夜。


短時間の停電が起きた。


ATMが止まった。


一部のレジも止まった。


店内には、

水とパンを求める人が並んでいた。


電子決済の列は動かない。


現金レジだけが動いていた。


おじいちゃんは、

財布の奥から一万円札を出した。


「非常用?」


ゆづきが聞いた。


「朝、ばあちゃんに持たされた」


「おばあちゃんに?」


「『財布を忘れるのは、

  ゆづきだけとは限らん』

 と言われた」


「信用されてないね」


「夫婦四十年以上の実績や」


「悪い方の実績」


二人は、水、パン、電池を買った。


店を出ると、

おじいちゃんの

スマートフォンが鳴った。


おばあちゃんからだった。


『ちゃんと現金、持ってた?』


「持っとった」


『なくしてない?』


「使った」


『なら、

 帰りに牛乳も買ってきて』


電話が切れた。


ゆづきが笑った。


「世界が止まりかけてるのに、

 牛乳?」


「世界が動いとる証拠や」


翌日。


ゆづきは小さな小銭入れを買った。


千円札を二枚。


硬貨を数枚。


「二千円で世界を救うのか?」


「世界は無理」


ゆづきは、小銭入れを

制服のポケットへ入れた。


「でも、自分で家には帰れる」


おじいちゃんは、

少しだけ笑った。


改札から、

いつもの音が聞こえた。


ピッ。


ピッ。


市場では、

中央銀行が資金を供給した。


ETFの価格差は縮まった。


解約申請の一部は延期された。


世界は何事もなかったように、

もう一度動き始めた。


だが、ゆづきは知っていた。


世界は壊れなかったのではない。


壊れかけた場所へ、

誰かが急いで現金を流し込んだ。


ただ、それだけだった。


おじいちゃんは、

古い証券手帳へ書いた。


«資産があることと、

使えることは違う。


金があることと、

間に合うことは違う。


危機とは、

支払期限の方が

助けより早く来ることである。»


«新しい気づき15


便利な仕組みを

一つ増やすだけでは、

社会は強くならない。

一つが止まったときに使える

別の方法を残すことが

必要である。


現実の数字15


ゆづきが用意したのは、

千円札二枚と数枚の硬貨だった。


未来予測15


家計や企業は、

現金、複数の決済方法、

紙の連絡先を残す方向へ戻る。»


---


❥Z世代のあなたへ


スマートフォン一台で、

支払いも、移動も、

投資もできます。


それは、とても便利です。


でも、

スマートフォンの中にあるお金は、

通信、本人確認、

決済システムを通って、

初めて使えるお金になります。


現金だけを使え、

という話ではありません。


デジタルを怖がれ、

という話でもありません。


一つの道が止まったときのために、

もう一つの道を残してください。


支払い方法を

一つにしない。


全財産を

一つの商品へ入れない。


残高だけで

安心しない。


「今すぐ」

と急がせる通知を、

すぐに信じない。


未来は、

スマートフォンの中にあります。


でも、帰りの交通費くらいは、

ポケットにも残してください。


---


★あとがき


 流動性ホームズと

 財布なしワトソン


「今回も、

 私が事件を発見したね」


「財布を忘れた本人が

 偉そうにするな」


「事件を呼ぶ名助手」


「火をつけた人間が

 消防署へ表彰状を取りに行くな」


「おじいちゃんも、

 カードを三回試したよね」


「復旧確認や」


「店員さんに

『何度やっても無理です』

って言われてた」


「粘り強い現場検証や」


「ただの迷惑なお客さん!」


おじいちゃんは、

小銭入れを振った。


「これからは現金の時代じゃ!」


「さっきネットで、

 新しいスマホを注文してたでしょ」


「分散や」


「何でも投資用語で逃げる!」


背後で決済端末が鳴った。


ピッ。


支払い完了。


おじいちゃんは胸を張った。


「事件解決や」


「買い物が終わっただけ!」


「金融の平和なんて、

 だいたいそんな地味なもんや」


そのとき、

おじいちゃんの

スマートフォンが鳴った。


おばあちゃんからの

メッセージだった。


《牛乳を忘れないで》


ゆづきが画面を見て笑った。


「名探偵、次の事件だよ」


「これは難事件や」


「スーパーに戻るだけでしょ」


「財布の現金が残り三百円や」


「今度は私が払う」


「現金は?」


ゆづきは、

新しい小銭入れを持ち上げた。


「二千円」


「成長したな、ワトソン君」


「財布を持ってる方が

 ホームズだから」


二人の後ろで、

もう一度、決済端末が鳴った。


ピッ。


世界が当たり前に動く音は、

失いかけて初めて、

こんなにも優しく聞こえるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ