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一階の水道管 ーーAIの上階を支える日本ーー

✦一階の水道管


ーーAIの上階を支える日本ーー


「三階にAIの未来を増築しても、

 一階の水道管が破れたら、

 家じゅうの電源を

 落とすしかないんじゃ」


………


世界はAI、

ロボット、

宇宙開発の話題で沸いている。


ところが、

その足元では水道管が破裂し、

下水道が陥没し、

港湾施設が老朽化し、

道路や橋を直す人が消え始めていた。


人口は減る。


高齢者は増える。


食料とエネルギーの多くは

海外から届く。


資格証明は電子化されても、

本当に技術を持つ人は不足する。


高校一年生のゆづきは、

六十七歳の

元証券マンのおじいちゃんとともに、

日本の

「見えない一階」

を調べ始める。


水道。


下水道。


港湾。


道路。


人口。


食料。


エネルギー。


修理人材。


資格制度。


AI。


一見、

別々に見える問題は、

すべて一本の配管でつながっていた。


これは

日本が壊れる物語ではない。


日本が、壊れる前に

直す国へ変われるかを

問う物語である。


★目次


■第一章 

 蛇口から届いた警告


■第二章 

 地下四十九万キロの迷路


■第三章 

 港を止める一本のボルト


■第四章 

 橋は黙って年を取る


■第五章 

 一億二千二百八十五万人の国


■第六章 

 百人に二十九人のお年寄り


■第七章 

 働く世代が毎年消える


■第八章 

 三百七十三万人の新しい隣人


■第九章 

 十六・三%の電源


■第十章 

 三十八%の食卓


■第十一章 

 直す人がいなくなる日


■第十二章 

 資格証明書の幽霊


■第十三章 

 AIは水漏れを予言できるか


■第十四章 

 自治体をたたむという選択


■第十五章 

 一階から未来を建て直す


………


■第一章 

 蛇口から届いた警告


朝六時四十分。


ゆづきが洗面所の蛇口をひねると、

水が一度だけ茶色く濁った。


「うわ。

 麦茶が無料で出た」


台所から、

おじいちゃんの声が飛んできた。


「飲んだらいかんぞ。

 しかも麦茶に謝れ」


「分かっとるよ」


しばらく水を流すと

透明になった。


学校へ行く準備をしながら、

ゆづきはスマートフォンで

ニュースを開いた。


海外の大都市で水道本管が破裂し、

道路が川のようになっている。


車が水につかり、

消防隊が出動し、

周辺道路が閉鎖されていた。


「外国の話かと思ったら、

 日本も水道管が古いんじゃな」


おじいちゃんは新聞を畳んだ。


「外国だけの話なら

 気楽なんじゃがな」


日本の水道管は、

全国に約七十四万キロ延びている。


地球を十八周以上できる長さだ。


その多くは、

高度経済成長期から

都市化の時代に埋められた。


普段は見えない。


見えないから、

壊れるまで忘れられる。


「新しい駅はニュースになる。

 水道管を千メートル交換しても、

 誰も拍手せん」


「でも止まったら、困る」


「そういう物が、一階なんじゃ」


ゆづきは、

今日から一階を調べることにした。


豪華な上階ではなく、

その下で音もなく

暮らしを支える物を。


【第一の気づき】


社会で最も重要な設備ほど、

普段は見えず、

壊れてから価値に気づく。


【第一の新しいトレンド】


新規建設中心の都市政策から、

地下インフラの

点検・更新中心への転換。


【第一のリアルな数字】


日本の水道管路の総延長は

約七十四万キロ。

建設後五十年以上となる割合は、

二〇二三年時点の約九%から、

二〇三〇年には約二十一%へ

上昇する見通しである。


【第一の未来予想】


水道料金は

水そのものの代金ではなく、

「古い管を交換する費用」

として上昇する。

自治体による料

金差も大きくなる。


■第二章 

 地下四十九万キロの迷路


「水道管が一階なら、

 下水道は

 地下室みたいなもの?」


ゆづきが聞くと、

おじいちゃんは

新聞から顔を上げた。


「地下室というより、

 普段は誰も気にせんのに、

 止まった瞬間、

 家じゅうが大騒ぎする設備じゃな」


「トイレが流れなくなったり、

 水が逆流したりするから?」


「そうじゃ。

 水道は、

 きれいな水を家へ届ける。


 下水道は、

 使い終わった水を

 家や町から運び出す。


 入ってくる方ばかり

 注目されるが、

 出ていく方が止まっても、

 暮らしはすぐに動かなくなる」


「なるほど。


 水道が町の入口なら、

 下水道は出口なんじゃな」


「入口だけ立派でも、

 出口が詰まったら、

 家の中が大渋滞じゃ」


「水の交通渋滞?」


「しかも、

 あまり近づきたくない方の

 渋滞じゃ…」


「それは早く直してほしいな」


下水道は、

台所や風呂、

トイレなどで使い終わった水を、

人の暮らしから遠ざける。


家庭だけではない。


工場。


病院。


商業施設。


道路へ降った雨水。


町から出る大量の水を

地下の管へ集め、

処理場まで運んでいる。


普段は見えないまま、

町の衛生と安全を守っているのだ。


問題は、

水道よりも

内部を確認しにくいことだった。


人が入れないほど細い管もある。


腐食。


亀裂。


木の根。


土砂。


道路の下の空洞。


一か所の破損が、

突然の道路陥没として

現れることもある。


「道路に穴が開いた時、

 道路だけ直しても

 駄目なんじゃな…」


「地下の原因を見んと、

 絆創膏を貼っただけになる」


日本の下水道管は、

約四十九万キロ。


だが交換速度は遅い。


古くなる速度が、

直す速度を上回り始めていた。


【第二の気づき】


道路陥没は

地上の事故に見えても、

原因が地下の下水道や

空洞にある場合がある。


【第二の新しいトレンド】


事故後の緊急修理から、

カメラ、ドローン、

センサーを使った

予防点検への移行。


【第二のリアルな数字】


日本の下水道管渠は

約四十九万キロ。

標準耐用年数を超えた管は

約三万キロ、

管路更新率は

年間約〇・一五%にとどまる。


【第二の未来予想】


道路工事会社と

下水道会社の境界が薄れ、

「地上と地下を

 同時に診断できる企業」

が成長する。


■第三章 

 港を止める一本のボルト


学校から帰ったゆづきは、

おじいちゃんが

港の映像を見ていることに

気づいた。


巨大なクレーン。


コンテナ船。


燃料タンク。


倉庫。


「港って、

 船が着くだけの

 場所じゃないん?」


「日本にとっては

 台所の玄関じゃ」


原油。


天然ガス。


小麦。


大豆。


飼料。


肥料。


医薬品原料。


工業部品。


港が止まれば、

島国の日本は呼吸が浅くなる。


だが、

港湾施設も老朽化している。


岸壁。


防波堤。


荷役機械。


配電設備。


クレーンのレール。


一つの設備が故障するだけで、

港の荷役作業は止まる。


クレーンが動かなければ、

船から荷物を下ろせない。


電気が止まれば、

コンテナを運ぶ機械も動かない。


制御装置が故障すれば、

安全を確認できず、

作業を続けることもできない。


「大きな船や港があっても、

 機械が一つ壊れたら

 荷物を運べなくなるんじゃな」


「そうじゃ。

 港は造るだけでは役に立たん。


 毎日点検して、

 壊れた時にすぐ直せてこそ、

 使い続けられるんじゃ」


これからの港に必要なのは、

新しい施設を

増やすことだけではない。


古い設備を点検すること。


交換用の部品を準備すること。


故障を直せる技術者を

育てること。


災害や故障が起きても、

早く作業を

再開できるようにすること。


港の政策は、

新しい港を造ることから、

今ある港を安全に使い続けることへ

変わり始めていた。


【第三の気づき】


巨大な物流設備も、

電源、ボルト、制御装置、

技能労働者の一つが欠ければ

停止する。


【第三の新しいトレンド】


港の競争力が

「処理能力」

から

「災害後の復旧速度」

「保守人材」に移っている。


【第三のリアルな数字】


日本の港湾施設は

約六万二千施設。

建設後五十年以上の割合は、

二〇二三年の約二十七%から、

二〇三〇年には約四十四%となる

見込みである。


【第三の未来予想】


主要港では、

部品の共通化、

予備品備蓄、

遠隔操作、

複数港での代替荷役が

国家安全保障として整備される。


■第四章 

 橋は黙って年を取る


休日、

ゆづきとおじいちゃんは

川沿いを歩いた。


頭上には

古い道路橋がかかっていた。


トラックが通るたび、

橋の下で小さな振動音が響く。


「橋って、

 何歳まで生きるん?」


「人間と同じで、

 使い方と手入れ次第じゃ」


雨。


潮風。


凍結防止剤。


大型車両。


猛暑。


地震。


橋は毎日、少しずつ傷つく。


しかし橋の疲労は、

風邪のように熱を出さない。


黙って進む。


「壊れる前に

 全部直せばいいじゃん」


「七十三万橋を、

 誰が、

 どの順番で直す?」


日本には、

長さ二メートル以上の

道路橋が 

約七十三万ある。


全部を同時には直せない。


だから必要になるのは、

優先順位だった。


通学路か。


救急病院へつながるか。


港への物流路か。


迂回路があるか。


一つの橋の価値を、

橋だけで判断できない

時代になった。


【第四の気づき】


インフラの価値は

設備単体ではなく、

「その設備が止まった時に

 何が連鎖して止まるか」

で決まる。


【第四の新しいトレンド】


一律更新から、

重要度・劣化度・代替経路を

組み合わせた

選択的更新への移行。


【第四のリアルな数字】


日本の道路橋は

約七十三万橋。

建設後五十年以上の割合は、

二〇二三年の約三十七%から、

二〇三〇年に約五十四%、

二〇四〇年には

約七十五%へ達する

見込みである。


【第四の未来予想】


利用者の少ない橋は、

架け替えではなく、

重量制限、片側通行、

歩行者専用化、撤去が選ばれる。


■第五章 

 一億二千二百八十五万人の国


「日本って、

 一年でどれくらい人が

 減ってるの?」


ゆづきの質問に、

おじいちゃんは電卓を取り出した。


「最近の数字では、

 前年より

 五十三万人ほど少ない…」


「毎年、

 人口五十万人ほどの都市が

 一つ消えるぐらい?」


「そうじゃな…」


人口減少は、

ある日突然町から

人が消える事件ではない。


一年に一軒、店が閉まる。


バスが一本減る。


診療所が週三日になる。


水道料金が上がる。


学校が統合される。


除雪する人が足りなくなる。


少しずつ、

日常の選択肢が減っていく。


水道や道路の長さは、

人口と同じ速度では

短くならない。


百人で維持していた設備を、

八十人、七十人で支える。


「人が減ったら、

 一人当たりの負担が

 増えるんじゃな」


「インフラは、

 人が減れば

 自然に小さくなるわけじゃ

 ないからな」


人口減少は、

働き手不足だけの話ではない。


広すぎる国土と、

長すぎる配管を、

少ない人数で守る問題だった。


【第五の気づき】


人口減少の本当の負担は、

人の数より、

人口に対して

設備が過剰になることにある。


【第五の新しいトレンド】


全国一律サービスから、

居住地域を集約する

「コンパクト化」

への移行。


【第五のリアルな数字】


日本の総人口は

二〇二六年六月一日時点の概算で

一億二千二百八十五万人。

前年同月より

約五十三万人減少した。


【第五の未来予想】


自治体は

人を呼び込む競争だけでなく、

「維持できる範囲へ

 住民とサービスを集める政策」

を始める。


■第六章 

 百人に二十九人のお年寄り


商店街で、

おじいちゃんは

ゆづきより先に

重い米袋を持った。


「おじいちゃん、

 腰、

 大丈夫?」


「六十七歳を老人扱いするな。

 元証券マンは、

 暴落相場で鍛えとる!」


「腰と株価に

 何の関係があるん…」


「どちらも

 底を確認してから持ち上げる」


「うまいこと言った顔せんで」


日本では、

高齢者の人口そのものは

ほぼ横ばいになりつつある。


しかし総人口が減るため、

割合は上がる。


高齢者が

増えるだけではない。


高齢者を支える

現役世代が減る。


一方で、

六十五歳を超えて働く人も

増えている。


「お年寄りは

 支えられる側だけじゃ

 ないんじゃな」


「直す側、運ぶ側、

 教える側にも残っとる」


問題は、

その人たちが引退した後に、

技術が引き継がれるかだった。


【第六の気づき】


高齢化問題は、

高齢者の人数より、

技術を持つ高齢者が

一斉に現場を離れることにある。


【第六の新しいトレンド】


定年後の高齢技術者を、

短時間勤務、指導員、

緊急支援員として活用する動き。


【第六のリアルな数字】


二〇二五年の

六十五歳以上人口は

三千六百十九万人で、

総人口の二十九・四%。

六十五歳以上の就業者は

九百三十万人に達した。


【第六の未来予想】


六十五歳以上の熟練者が

若者へ技能を教える

「地域技術学校」が、

自治体や企業の

共同事業として増える。


■第七章 

 働く世代が毎年消える


「AIが働くなら、

 人が減っても

 大丈夫じゃない?」


ゆづきが聞いた。


おじいちゃんは、

庭の古い蛇口を指さした。


「じゃあAIに、

 あれを交換してもらおうか?」


「今は

 無理じゃろう…」


「図面を読む。

 土を掘る。

 錆びた部品を外す。

 水を止める。

 住民に説明する。

 全部できて初めて仕事じゃ」


AIは計画を作れる。


異常を予測できる。


報告書も書ける。


だが現場には、

形の違う古い設備が無数にある。


同じ型番でも、

設置環境が違う。


図面と現実が違うこともある。


「現場では、

 正解が最初から

 用意されとらんのじゃな…」


「じゃから、

 人が減る影響は大きい」


十五歳から六十四歳までの人口は、

すでに毎年減っている。


AIは人を

完全に置き換えるのではない。


少ない人で、

より多くの設備を 

守るために必要になる。


【第七の気づき】


AI導入の目的は

人間をゼロにすることではなく、

一人の技術者が守れる設備を

増やすことにある。


【第七の新しいトレンド】


全面自動化から、

人間一人と

AI・ロボット複数台による

少人数運用への移行。


【第七のリアルな数字】


二〇二六年一月時点の

十五歳から六十四歳人口は

七千三百四十万九千人で、

前年同月より

二十万三千人減少した。


【第七の未来予想】


保守技術者はAIを使う側となり、

配管、電気、土木とデータ分析を

組み合わせた職種が生まれる。


■第八章 

 三百七十三万人の新しい隣人


駅前の工事現場で、

外国人作業員が

日本人の先輩から

測量機器の使い方を教わっていた。


ゆづきは立ち止まった。


「これから外国の人が、

 インフラを

 直してくれるんかな」


「すでに多くの現場で働いとる。

 問題は人数だけじゃない」


言葉。


安全教育。


資格。


住居。


家族。


長期雇用。


技能を学んでも、

数年で帰国する制度なら、

熟練者が日本へ残らない。


「人手不足だから呼ぶ、

 だけじゃ駄目なんじゃな」


「地域の一員として

 暮らせるかが大事じゃ」


外国人は、

一時的な労働力ではなく、

日本の水道、介護、物流、

農業、製造業を支える

住民になりつつある。


社会基盤は、 

設備だけでできていない。


そこで働く人が、

安心して暮らせる

住宅、学校、医療も含まれる。


【第八の気づき】


外国人労働者を呼ぶだけでは

インフラは維持できず、

定着できる生活基盤が

必要になる。


【第八の新しいトレンド】


短期労働力の受け入れから、

家族を含む地域定住と

技能継承への移行。


【第八のリアルな数字】


二〇二六年一月時点の

外国人人口は

三百七十三万人で、

前年同月より

三十二万八千人、

九・六四%増加した。


【第八の未来予想】


自治体は

外国人住民向けの

生活相談だけでなく、

多言語の技術教育、

国家資格取得支援、

家族の教育支援を

競うようになる。


■第九章 

 十六・三%の電源


夜、突然の停電を想定して、

おじいちゃんが

懐中電灯を確認していた。


「防災訓練?」


「冷蔵庫のプリンを守る

 国家安全保障じゃ」


「自分のプリンでしょ」


「家庭の備蓄は

 国家備蓄の最小単位じゃ」


日本のエネルギー自給率は、

少し改善した。


それでも

六分の一ほどしか

国内で賄えない。


原油。


天然ガス。


石炭。


多くを海外へ頼る。


発電所があっても、

燃料が届かなければ動かない。


再生可能エネルギーがあっても、

送電線や蓄電池が

足りなければ使い切れない。


「発電する物だけじゃなく、

 運ぶ線も必要なんじゃな」


「電気にも水道管がある。

 送電線じゃ」


AIデータセンターが増えれば、

電力需要も増える。


AIの上階を支えるには、

発電所、送電線、変電所、 

冷却水という一階が

必要だった。


【第九の気づき】


エネルギー安全保障は

燃料の確保だけでなく、

送電、蓄電、冷却を含む

システム全体の問題である。


【第九の新しいトレンド】


大型発電所中心から、

地域発電、蓄電池、

需要調整を組み合わせた

分散型電力への移行。


【第九のリアルな数字】


日本の二〇二四年度の

エネルギー自給率は

十六・三%。

前年度より

一・一ポイント上昇したが、

依然として低い。


【第九の未来予想】


AIデータセンターは

電気料金だけでなく、

水資源、送電余力、

非常用燃料を確保できる地域へ

集まる。


■第十章 

 三十八%の食卓


夕食の皿には、

国産米、輸入小麦のパン、

海外産飼料で育った肉が

並んでいた。


「国産って書いてあれば、

 日本だけで

 作ったことになるん?」


「そこが、食料自給率の

 難しいところじゃ」


国内で育てた家畜でも、

飼料を輸入している場合がある。


野菜を国内で作っても、

肥料や農業機械の燃料を 

海外に頼る。


食料は

畑だけでは完成しない。


種。


肥料。


水。


燃料。


冷蔵。


包装。


運送。


「一皿の中に、

 世界が入っとるんじゃな」


「そして、

 世界のどこかが止まると、

 値札が変わる」


人口減少で国内需要は縮む。


しかし農家も減り、

高齢化する。


食べる人が減る速度より、

作る人が減る速度が

速い地域もある。


食料問題は

不足だけではない。


作物があっても、

収穫し、運び、

売る人がいない問題へ変わる。


【第十の気づき】


食料自給は農地面積だけでなく、

肥料、飼料、燃料、物流、

人材まで含めて考える必要がある。


【第十の新しいトレンド】


大量生産・長距離輸送から、

地域生産、保存加工、

共同配送への移行。


【第十のリアルな数字】


日本の食料自給率は、

カロリーベースで約三十八%と、

主要先進国の中でも

低い水準にある。


【第十の未来予想】


自治体は農地を守るだけでなく、 

冷蔵倉庫、加工場、配送車、 

燃料備蓄まで含む

地域食料網を整備する。


■第十一章 

 直す人がいなくなる日


家の給湯器が故障した。


修理業者へ電話すると、

訪問は十日後と言われた。


「冬じゃなくてよかった」


ゆづきが言うと、

おじいちゃんはうなずいた。


「設備より、

 直す人の順番待ちじゃ」


日本では、

壊れた設備が増える。


同時に、

修理できる人が減る。


自治体の上下水道職員も

減っている。


民間企業でも、

老朽化した管路の長さに対する

作業員数が少なくなっている。


「AIに

 故障箇所を見つけてもらえば?」


「見つけた後、

 誰が泥の中へ入る?」


修理は、

完全に自動化しにくい。


現場ごとに条件が違う。


古い部品が手に入らない。


図面が残っていない。


住民への説明も必要だ。


だから、

修理人材は新しい希少資源になる。


【第十一の気づき】


設備不足より先に、

「設備を直せる人の不足」

が社会を止める可能性がある。


【第十一の新しいトレンド】


新品交換中心から、

部品再生、予防修理、

長寿命化サービスへの移行。


【第十一のリアルな数字】


国土交通省は、

地方公共団体の

上下水道職員が年々減少し、

とくに下水道職員の減少が

建設業全体より

顕著だと指摘している。


【第十一の未来予想】


配管工、電気工、設備保守員は

高収入化し、

企業や自治体による

奨学金付き養成制度が

一般化する。


■第十二章 

 資格証明書の幽霊


ゆづきは、海外で

「実体の乏しい学校」や

偽造資格が問題になった

ニュースを思い出した。


「資格があっても、

 技術がない人がおるん?」


「紙が本物でも、

 能力が保証されるとは限らん。

 紙そのものが

 偽物の場合もある」


学校名。


卒業証書。


研修修了証。


国家資格。


企業の認定。


社会は、

書類を信用して動いている。


だが人手不足が深刻になると、

確認を急ぎ、

偽造や名義貸しが

入り込む余地が広がる。


一方で、

必要な技術を持っているのに、

日本の資格へ変換できず

働けない外国人もいる。


「厳しくするだけでも

 駄目なんじゃな」


「本物を早く認め、

 偽物を早く止める仕組みが要る」


資格制度は、

人を排除する壁ではない。


命を守る仕事を、

誰に任せてよいかを決める

社会の信用装置だった。


【第十二の気づき】


人手不足の時代ほど

資格確認を省略したくなるが、

事故の危険は逆に高くなる。


【第十二の新しいトレンド】


紙の資格証明から、

発行元、実務経験、研修履歴を

追跡できる電子資格台帳への移行。


【第十二のリアルな数字】


日本の十五歳未満人口は

二〇二六年一月時点で

一千三百八十八万二千人となり、

前年同月より三十六万人、

二・六二%減少した。

若い技能人材の

母数そのものが縮小している。


【第十二の未来予想】


資格は一度取得して

終わりではなく、

定期更新、実務記録、事故歴、

継続教育をまとめた

「技能パスポート」 

になる。


■第十三章 

 AIは水漏れを予言できるか


自治体の水道局が、

AIで破裂しそうな管を

予測するというニュースを、

ゆづきは見つけた。


「ほら。

 AIで全部解決するじゃん」


おじいちゃんは笑った。


「病気を予測するだけで

 治療せん医者を、

 名医と言うか?」


「直す予算と人が

 要るってこと?」


「そうじゃ」


AIは役に立つ。


管の材質。


埋設年。


過去の漏水。


地盤。


交通量。


水圧。


気温。


それらを組み合わせ、

危険な場所へ優先順位を付ける。


だが

AIが九十%の確率で

破裂を予測しても、

交換費用がなければ管は残る。


政治家が決断しなければ

掘れない。


作業員がいなければ

工事は始まらない。


「AIは聴診器にはなれる。

 でも手術する手には

 ならんのじゃな」


「その手を助ける

 道具にはなれる」


AIの役割は、

人を消すことではない。


限られた人と予算を、 

最も危険な場所へ

向かわせることだった。


【第十三の気づき】


AIの予測精度より、

予測後に予算と人員を

動かせる行政能力の方が重要になる。


【第十三の新しいトレンド】


一律点検から、

AIによるリスク順位付け

と重点修繕への移行。


【第十三のリアルな数字】


二〇四〇年には、

建設後五十年以上となる

水道管路が

約四十一%、

下水道管渠が

約三十四%に達する見込みである。


【第十三の未来予想】


自治体はAIの予測結果を公開し、

「なぜこの地区を先に直すのか」

を住民へ説明するようになる。


■第十四章 

 自治体をたたむという選択


「町って、

 会社みたいに倒産するん?」


ゆづきが聞いた。


「名前は残っても、

 サービスが減ることはある」


人口の少ない地域に、

水道、学校、病院、道路、バス、

消防をすべて同じ水準で

維持するのは難しくなる。


だから

自治体は選択を迫られる。


配管を交換するか。


地区を統合するか。


小型浄水設備へ変えるか。


井戸を使うか。


隣の自治体と共同運営するか。


「住民に

 引っ越してもらうこともあるん?」


「簡単には言えん。

 故郷は数字だけでは

 決められんからな」


効率だけを見れば

集約した方がよい。


だが墓、家族、仕事、

思い出がある。


社会基盤の再編には、

計算では測れない痛みが伴う。


それでも

「全部残す」と言い続け、

最後に突然すべて失うより、

早く話し合う必要がある。


【第十四の気づき】


人口減少社会では、

何を造るかより、

何を残し、何を統合し、

何を終えるかを決める

政治が必要になる。


【第十四の新しいトレンド】


市町村単独運営から、

上下水道、消防、交通、

病院の広域共同運営への移行。


【第十四のリアルな数字】


二〇四〇年には、

建設後五十年以上となる

港湾施設が約六十八%、

道路橋が約七十五%へ達すると

予測されている。


【第十四の未来予想】


自治体は 

「新しく造った施設」

ではなく、

「廃止・統合して

 将来負担を減らした実績」

も評価される。


■第十五章 

 一階から未来を建て直す


春休みの終わり、

ゆづきは十五章分のノートを

食卓へ並べた。


水道。


下水道。


港湾。


橋。


人口。


高齢化。


外国人。


エネルギー。


食料。


修理人材。


資格。


AI。


自治体再編。


「暗い話ばっかり

 調べた気がする」


おじいちゃんは首を振った。


「壊れる場所が分かれば、

 次の仕事も分かる」


漏水を見つけるセンサー。


配管を調べる小型ロボット。


部品を再生する工場。


外国人技術者を育てる学校。


地域の食料倉庫。


分散型電源。


資格を確認する電子台帳。


「全部、

 未来の仕事なんじゃな」


「AIの仕事もある。

 ただし、

 AIだけの仕事ではない」


未来とは、

空中に浮かぶ新しい産業ではない。


水、電気、食料、道路、港、

人材という古い土台を、

新しい技術で

組み直すことでもある。


窓の外では、

水道工事の作業員が

道路を掘っていた。


泥の中から、

錆びた管が姿を現した。


ゆづきはそれを見て言った。


「日本の未来って、

 地下に埋まっとったんじゃな」


おじいちゃんは笑った。


「掘り出すのに、

 ずいぶん時間がかかった」


【第十五の気づき】


日本の新しい成長産業は、

まったく新しい物を

造る産業ではなく、

古い社会基盤を賢く

再生する産業である。


【第十五の新しいトレンド】


新築・大量消費型経済から、

点検・修理・再生・

共有を中心とする 

循環型社会への移行。


【第十五のリアルな数字】


二〇二六年一月時点で

七十五歳以上人口は

二千百三十六万五千人。

前年同月より

四十五万五千人増えており、 

医療、介護、移動支援と

インフラ維持を

同時に考える必要がある。


【第十五の未来予想】


二〇三〇年代の日本では、

AI企業と建設会社、水道局、

農業法人、

物流会社が一体となった

「社会基盤再生企業」

が主要産業になる。


❥Z世代のあなたへ


AIに

仕事を奪われるのではないか。


日本は人口が減って、

何もできなくなるのではないか。


将来、

年金や水道や道路は残るのか。


そんな不安を感じることが

あるかもしれない。


でも、

人口が減り、

設備が古くなる社会には、

仕事がなくなるのではない。


やらなければならない仕事が、

はっきり見えてくる。


水を守る。


電気を運ぶ。


食料を作る。


道路を直す。


機械を点検する。


資格が本物か確かめる。


外国から来た仲間へ技術を教える。


地域をどう残すか話し合う。


AIを使い、

少ない人数で社会を支える。


こうした仕事は、

地味に見える。


SNSで大きく話題にならないかも

しれない。


けれど、

水道が止まれば、

動画もゲームもAIも使えない。


電気が止まれば、

未来は一秒で暗くなる。


食料が届かなければ、

株価のニュースを見る

余裕さえなくなる。


未来を作る仕事とは、

派手な発明だけではない。


明日も蛇口から

水が出るようにする仕事。


病院へ電気が届くようにする仕事。


橋を安全に渡れるようにする仕事。


その一つ一つが、

未来を今日へ運んでいる。


三階のAIに憧れてもいい。


宇宙を目指してもいい。


新しいアプリを作ってもいい。


ただ、

ときどき一階へ降りてほしい。


床の下で、

水の流れる音を聞いてほしい。


そこには、

まだ誰も気づいていない仕事と、

新しい産業と、

誰かを救える未来が眠っている。


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 昭和高速漫才風

 「AIより先に蛇口を直せ!」


ワトソン

「ホームズ先生、大事件です!」


ホームズ

「水道管が破裂したのかね?」


ワトソン

「違います。

 最新のAIが、

 百年後の都市を予測しました!」


ホームズ

「明日の水道工事の日程は?」


ワトソン

「分かりません」


ホームズ

「百年後より、

 明日の断水を教えたまえ!」


ワトソン

「夢がないなあ!」


ホームズ

「夢を語る前に

 トイレを流せるか

 確認するのが文明だ」


ワトソン

「先生は何でも

 水道へ結びつけますね」


ホームズ

「人間の体の六割は水だ」


ワトソン

「急に理科!」


ホームズ

「残り四割は

 不安と住宅ローンだ」


ワトソン

「そんな成分表はありません!」


ホームズ

「日本には

 約七十四万キロの水道管がある」


ワトソン

「長いですね」


ホームズ

「君の話より長い」


ワトソン

「まだ話し始めたばかりです!」


ホームズ

「下水道は約四十九万キロ」


ワトソン

「それも長い」


ホームズ

「君の言い訳よりは短い」


ワトソン

「私、今日まだ

 何も失敗してませんよ!」


ホームズ

「朝、

 蛇口を閉め忘れた」


ワトソン

「あれは

 水道の流動性を高めたんです」


ホームズ

「無駄遣いを

 金融用語で隠すな!」


ワトソン

「元証券マンみたいな

 ツッコミですね」


ホームズ

「株価も水道管も、

 上がったり下がったりする」


ワトソン

「水道管は上がりませんよ」


ホームズ

「破裂したら

 道路の上まで上がる」


ワトソン

「嫌な上昇相場!」


ホームズ

「しかも道路は下がる」


ワトソン

「陥没ですか!」


ホームズ

「見事な逆相関だ」


ワトソン

「分析してる場合じゃない!」


ホームズ

「そこでAIの出番だ」


ワトソン

「やっと未来の話ですね!」


ホームズ

「AIが破裂箇所を予測する」


ワトソン

「すごい!」


ホームズ

「予算がないので見守る」


ワトソン

「役に立ってない!」


ホームズ

「予測精度九十九%」


ワトソン

「なおさら

 直してください!」


ホームズ

「作業員がいない」


ワトソン

「人も育ててください!」


ホームズ

「資格を持った人を採用しよう」


ワトソン

「それです!」


ホームズ

「資格証が偽物だった」


ワトソン

「全部駄目じゃないですか!」


ホームズ

「安心したまえ。

 電子資格証にする」


ワトソン

「今度こそ!」


ホームズ

「サーバーが停電した」


ワトソン

「電力も直して!」


ホームズ

「非常用発電機を動かそう」


ワトソン

「はい!」


ホームズ

「燃料が届かない」


ワトソン

「港も物流も直して!」


ホームズ

「ようやく気づいたかね」


ワトソン

「何にです?」


ホームズ

「社会は、

 一本の配管ではなく、

 配管だらけなのだ」


ワトソン

「水道、電気、食料、

 物流、人材、資格……」


ホームズ

「一つだけ立派でも、

 他が詰まれば全部止まる」


ワトソン

「じゃあ、

 AIだけ発展しても

 駄目なんですね」


ホームズ

「AIは優秀な頭脳だ。

 だが頭だけ二階に置いても、

 階段が腐っていたら

 降りてこられない」


ワトソン

「エレベーターを付けましょう!」


ホームズ

「停電した」


ワトソン

「また電気!」


ホームズ

「なら非常階段だ」


ワトソン

「錆びてます!」


ホームズ

「では

 ドローンで移動しよう」


ワトソン

「飛行許可がありません!」


ホームズ

「資格制度も必要だな」


ワトソン

「話が一周した!」


ホームズ

「社会基盤とは、

 そういうものだ。

 全部つながっている」


ワトソン

「先生。

 未来って、

 思ったより面倒なんですね」


ホームズ

「面倒だから、仕事になる」


ワトソン

「でも若い人は、

 地味な仕事を選びませんよ」


ホームズ

「給料を上げれば来る」


ワトソン

「急に現実的!」


ホームズ

「感謝だけで水道管は直らない。

 拍手を

 給料へ換えなければならん」


ワトソン

「良いことを言いましたね」


ホームズ

「配管工へ

 『ありがとう』

 を一万回言っても、

 工具は買えない」


ワトソン

「確かに」


ホームズ

「社会は、必要な仕事へ

 必要な金を払うことで維持される」


ワトソン

「それを

 今まで先送りしてきたんですね」


ホームズ

「新しい建物には

 名前を付けられる。

 地下の管には

 名前を付けにくいからな」


ワトソン

「じゃあ付けましょう。

 ホームズ記念水道管!」


ホームズ

「破裂したら

 私の名がニュースになる」


ワトソン

「嫌ですか?」


ホームズ

「新品の時だけ名前を付け、

 壊れたら

 君の名前へ変更したまえ」


ワトソン

「責任まで流してくるな!」


二人の前を、

水道工事の車が通った。


夕方の道路で、

作業員たちが

古い管を掘り出していた。


泥の付いた手袋。


傷だらけの工具。


誰にも見えない地下で働く人たち。


ワトソンは、

しばらく黙って眺めた。


「先生。

 あの人たちは、 

 未来を作っているんでしょうか」


ホームズは、

いつもの皮肉を言わなかった。


「未来を作る人も大切だ」


少し間を置き、静かに続けた。


「だが、

 未来が来るまで

 社会を壊さずに待たせる人は、

 もっと少ない」


作業員の一人が、

新しい管を穴の中へ下ろした。


古い管から、

最後の水が一滴落ちた。


ワトソンが笑った。


「これで明日も、

 水が出ますね」


ホームズもうなずいた。


「それが最も地味で、

 最も確かな未来予想だ」


翌朝。


ワトソンが蛇口をひねると、

勢いよく水が出た。


「ホームズ先生! 

 水が出ました!」


「騒ぐことではない」


「でも昨日の話を聞いたら、

 奇跡みたいです」


ホームズはコップへ水を注ぎ、

一口飲んだ。


「文明とは、

 奇跡を毎日に変える仕事

 なのだよ」


ワトソンは

感動して目を潤ませた。


その瞬間、

ホームズが言った。


「ところで、

 水道料金の支払い期限は

 今日だ」


「先生が払ってください!」


「私は推理担当だ」


「私は支払い担当じゃない!」


「ではAIに頼もう」


「口座残高まで予測されますよ!」


「それは恐ろしい」


「水道管より先に、

 私の財布が破裂します!」


二人の笑い声の向こうで、

水は今日も静かに流れていた。

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