韓国AIバブルの裏で、子どものPCが消えた日(笑) ――世界が韓国の「記憶」を奪い合った夜、家庭の値札だけが先に泣き始めた――
✦ 韓国AIバブルの裏で、
子どものPCが消えた日(笑)
――世界が韓国の「記憶」を奪い合った夜、
家庭の値札だけが先に泣き始めた――
………
★目次
■第一章
160万ウォンのノートPC
■第二章
記憶を作る国
■第三章
海外マネーは、
708億ドルを売った
■第四章
AIメモリーという新しい石油
■第五章
8.4ギガワットの賭け
■第六章
人間の部屋か、
AIの部屋か
■第七章
家は高い。
なのに、冷やせない
■第八章
地球は、
ドライマウスで頻尿になった
■第九章
人が足りない国は、
人を住ませる家を作ったのか
■第十章
ガラス張りの託児所と、
見えない下請け
■第十一章
AI企業に入っても、
勝ち組とは限らない
■第十二章
国境は、
空港の外にも続いている
■第十三章
夢がない夜、
スマホが賭場になる
■第十四章
日本は、
韓国の未来を笑えない
■第十五章
記憶を増やす国、
忘れない人
❥Z世代のあなたへ
★あとがき
ホームズとワトソン、
室外機を取り調べる(笑)
………
■第一章
160万ウォンのノートPC
「お父さん。
このPC、去年より高くない?」
ソウル近郊のマンション。
高校二年生の娘が、
通販サイトの画面を
父親へ見せた。
百六十万ウォン。
日本円なら、
十数万円台。
大学へ行けば使う。
授業でも使う。
就職活動でも使う。
AIを使う課題も、
これから増える。
だから、
買わないわけにはいかない。
父親は、
画面を見たまま言った。
「夏のボーナスまで、
少し待とうか」
娘は、
小さくうなずいた。
だが、
学校の課題は待たない。
受験も待たない。
就職も待たない。
未来も待たない。
二〇二五年の終わり。
韓国の
コンピューター機器・周辺機器の価格は、
わずか三か月で
一五・二%上がった。
メモリーなど
半導体部品の価格も、
前年より二八・四%上がった。
百万円分なら、
一年で百二十八万円分。
十万円分なら、
十二万八千円分。
PCの箱の中に入る部品としては、
十分すぎる上がり方だった。
だが韓国は、
PCが高くなって困る国であり、
PCを高くする部品を
世界へ売る国でもある。
そこから、
AI時代のねじれが始まった。
………
■第二章
記憶を作る国
スマホの写真。
ゲームのセーブデータ。
病院の画像。
銀行の残高。
AIとの会話。
世界は、
目に見えない記憶の上に
乗っている。
その記憶を作る大国が、
韓国だった。
サムスン。
SKハイニックス。
AIを動かすには、
計算するGPUだけでは足りない。
計算した内容を、
一瞬で受け渡す
超高速の記憶装置がいる。
HBM。
高帯域幅メモリー。
AIのすぐ横に置く、
特別に速いメモリーだ。
人間でいえば、
頭が良いだけでは足りない。
昨日の話。
さっき読んだ資料。
次にやる仕事。
それを一瞬で思い出せなければ、
会社では困る。
AIも同じだ。
だから世界中の企業が、
韓国の高性能メモリーを
取り合い始めた。
アメリカの巨大IT企業。
中国のAI企業。
欧州のクラウド企業。
日本のデータセンター。
みんな、
同じ部品を欲しがる。
韓国は今、
世界のAIが思い出すための
「記憶」を作る国になった。
だが、
世界中から注文が来た時、
工場はどちらを優先するのか。
普通のPCか。
学校の端末か。
安いスマホか。
それとも、
AIデータセンター向けの
高性能メモリーか。
答えは、
だいたい決まっている。
より高く売れる方だ。
………
■第三章
海外マネーは、
708億ドルを売った
株価は、
今日の会社を買うものではない。
十年後の夢を、
先に買うものだ。
AIが伸びる。
データセンターが増える。
HBMが足りなくなる。
韓国の半導体企業が、
ものすごくもうかる。
だから株が買われる。
韓国の株価指数KOSPIは、
AI半導体株に引っ張られ、
大きく上がった。
サムスン。
SKハイニックス。
この二社の動きだけで、
国全体の株価が揺れるほどだった。
だが、
上がりすぎた株には
次の人が来る。
売る人だ。
二〇二六年前半。
海外投資家は、
韓国株から
七百八億ドルを純流出させた。
日本円なら、
十兆円を超える。
これは、
「韓国は終わった」
という意味ではない。
むしろ逆だ。
AI半導体株が
上がりすぎたから、
利益を確定した。
資金が
サムスンとSKハイニックスへ
集まりすぎたから、
少し外へ逃がした。
海外投資家は考える。
「AIが伸びれば、
韓国は強い」
「だが、
AI投資が少し鈍ったら?」
「この国は、
どれだけ大きく揺れる?」
ここが怖い。
株価は未来を買う。
親が買うのは、
今日のPCだ。
今日の家賃だ。
今日の電気代だ。
株価が上がっても、
娘のPCは安くならない。
投資家は未来を買う。
親は今日を買う。
未来が高くなりすぎた時、
海外マネーは
真っ先に出口へ向かう。
………
■第四章
AIメモリーという新しい石油
昔、石油が高くなると、
世界中が困った。
車。
船。
工場。
電気。
野菜の値段まで動いた。
石油は、
見えないところで
世界を動かしていた。
今、
それに似たものがある。
AIメモリーだ。
二〇二六年。
世界の平均DRAM価格は、
前年より約四四%上がった。
NANDフラッシュも、
約五三%上がった。
DRAMは、
PCやスマホが
作業中のデータを置く机だ。
NANDは、
写真や動画やアプリを入れる
引き出しだ。
机も。
引き出しも。
一年で半分近く高くなった。
PCメーカーが
値札を書き換えるのは、
当たり前だった。
では、
なぜここまで上がったのか。
AI企業が言う。
「もっと速く」
巨大データセンターが言う。
「もっと大量に」
そこで工場は、
普通のPC向けメモリーより、
AIサーバー用。
HBMという超高速メモリー。
企業向けの大容量SSD。
そちらへ生産能力を寄せる。
同じ工場。
同じ電気。
同じ人手。
ならば、
十倍近い利益が取れる注文を
先に作る。
企業としては正しい。
だが家庭には、
かなり残酷だ。
SKハイニックスは、
二〇二六年一月から三月までの三か月で、
売上高、
五十二兆六千億ウォン。
営業利益、
三十七兆六千億ウォン。
売った百円のうち、
約七十二円が
本業のもうけになった計算だ。
ラーメン屋なら、
百杯売って、
七十二杯分が利益。
自動車会社なら、
百台売って、
七十二台分が利益。
そんな商売は、
普通はない。
それほどAI企業が、
韓国の高性能メモリーを
欲しがった。
世界中のAI企業は、
高くても買う。
買わなければ、
AIが動かないからだ。
だが普通の家庭は、
高くなったPCを見て、
「今年はやめよう」
と言える。
ここに差が出る。
AI企業は、
高くても買う。
家庭は、
買うのを遅らせる。
工場は、
高くても買う客へ
部品を回す。
その結果、
普通のPC。
安いスマホ。
ゲーム機。
学校の端末。
小さな会社のパソコン。
未来の入口にある物まで、
高くなっていく。
石油は、
車を止めた。
AIメモリーは、
人間が未来へ入るための画面を
遠ざけ始めた。
韓国は、
その中心にいる。
世界へ高性能メモリーを売るほど、
企業の利益は跳ね上がる。
だが同じ国の食卓には、
娘のノートPCの値札として、
AI競争の請求書が届く。
これが、
AIメモリーという
新しい石油の怖さだった。
………
■第五章
8.4ギガワットの賭け
二〇二六年六月。
韓国政府は、
SK。
GS。
NAVER。
巨大企業と一緒に、
AIデータセンターを
八・四ギガワット分作る
計画を出した。
八・四ギガワット。
これは、
小さなサーバールームを
少し増やす話ではない。
国の電気の設計を
変える話だ。
初期投資は、
五百五十兆ウォン。
日本円なら、
五十兆円台。
二〇三五年までには、
千兆ウォン超。
百兆円規模まで
膨らむ構想だ。
半導体。
AI。
データセンター。
送電線。
水。
土地。
大学。
人材。
地方開発。
国の資源が、
同じ方向へ流れ始める。
成功すれば、
韓国は強い。
メモリーを売る。
データセンターを貸す。
冷却設備を売る。
通信を売る。
電気設備を売る。
世界のAIが動くたび、
韓国にもお金が落ちる。
だが、
AIの設備投資が止まったら?
巨大な建物。
巨大な送電線。
巨大な電気契約。
巨大な借金。
それだけが残るかもしれない。
韓国の怖さは、
AIをやることではない。
半導体。
データセンター。
電力。
人材。
地方開発。
株価。
雇用。
全部を同じAIの波に
乗せ始めたことだ。
エンジンが一つなら、
追い風の日は速い。
でもエンジンが止まれば、
国全体が揺れる。
………
■第六章
人間の部屋か、
AIの部屋か
二〇二六年六月。
フランスに、
異常な熱波が来た。
暑かった、
という言葉では足りない。
六月二十日から二十八日まで。
フランスでは、
約二千二十五人の
超過死亡が出た。
いつもの週より、
二千人以上多く亡くなった。
しかも怖いのは、
病院だけではない。
自宅で亡くなる人が、
前の週より九一%増えた。
クーラーのない部屋。
熱をためた壁。
夜になっても下がらない室温。
一人で暮らす高齢者。
人々が欲しかったのは、
AIではなかった。
「今夜、眠れる部屋」
だった。
店の前に人が並ぶ。
扇風機。
移動式クーラー。
冷房機器。
十台しかない特売品へ、
何十人も集まる。
それは買い物ではない。
暑さから逃げるための
小さな避難行動だった。
その同じ週。
南フランスでは、山火事が
千六百ヘクタール以上を焼いた。
東京ドームなら、
三百四十個近い面積だ。
道路。
観光地。
キャンプ場。
ツール・ド・フランスの
コース周辺まで煙が流れた。
消防士は約七百人。
火の前線は、
十八キロにも伸びた。
夏を楽しむ場所が、
逃げる場所になった。
そして熱波は、
人間だけを苦しめなかった。
フランスは原発大国だ。
だが原発も、
川の水で冷やしている。
川の水が熱くなる。
すると原発は、
作った熱を
川へ戻しにくくなる。
二〇二六年六月。
フランスの原発出力は、
約四・一ギガワット落ちた。
人間が冷房を欲しがる日に、
発電所まで
冷えにくくなった。
そこにAIデータセンターが重なる。
AIデータセンターは、
夏でも止まらない。
夜でも止まらない。
猛暑の日ほど、
コンピューターの熱を逃がすため、
もっと電気を使う。
もっと冷却する。
もっと水を必要とする。
人間が冷房を欲しがる日ほど、
AIも冷房を欲しがる。
同じ電気。
同じ水。
同じ送電線。
一つは、
寝苦しい部屋のため。
もう一つは、
世界中のAIを止めないため。
フランスは、
「冷房が足りない国」でありながら、
AIデータセンターを
増やそうとしている。
韓国にとって、
これは他人事ではない。
豊かさとは、
AIの部屋が冷えていることか。
それとも、
二千人以上が増えて亡くなった週に、
自宅にいる人間が
眠れることか。
………
■第七章
家は高い。
なのに、冷やせない
二〇二五年七月。
ソウルでは、
二十二夜連続で
最低気温が二十五度を下回らなかった。
熱帯夜だ。
夜になっても、
部屋が冷えない。
しかもある夜は、
最低気温が二十九・三度。
昼の最高気温ではない。
夜の、
いちばん涼しいはずの時間の数字だ。
窓を開けても、
風は熱い。
高層マンションの壁は、
昼に吸った熱を
夜まで抱え込む。
窓の外には、
別のマンション。
その向こうにも、
マンション。
空が見えるより、
コンクリートの壁が見える。
若い夫婦は、
高い家賃を払う。
やっと借りた部屋。
だが夏になると、
安心して眠れるかどうかまで
別の問題になる。
韓国では、
すでに家庭の約九八%に
エアコンがある。
それでも二〇二五年夏、
サムスンの国内エアコン販売は
前年より約五〇%増えた。
LGも、
約六〇%増えた。
エアコンがないから
買うのではない。
今あるエアコンでは、
この暑さを越えられないから
買い替える。
もっと早く冷やしたい。
電気代を抑えたい。
夜を越えたい。
人々は、
涼しさを買い直していた。
だが高層マンションでは、
エアコン一台を増やすにも
問題がある。
室外機を置く場所が狭い。
ベランダの奥。
専用の小部屋。
外壁の金具。
狭い足場。
風が抜けない。
熱がこもる。
室外機は、
部屋から出した熱を
また吸い込みそうになる。
冷房は、
部屋を冷やす機械だ。
だが室外機は、
熱を外へ出さなければ
仕事ができない。
その「外」が、
高層マンションでは
足りなくなっている。
二〇二六年六月。
釜山の十一階建てマンションで、
室外機を取り付けていた
四十代の作業員二人が転落死した。
冷房は、
ボタン一つで始まる。
だがその前に、
誰かが高い階で、
重い室外機を運び、
手すりの外側で
作業している。
韓国は、
世界中へ家電を売る国だ。
サムスンもLGも、
世界中へエアコンを売っている。
なのに、
自分の国の若者は、
高い家賃を払いながら、
夜の最低気温二十九度の部屋で、
眠れるかどうかを心配している。
国は言う。
「世界のAIを冷やす設備を作る」
住民は言う。
「自分の部屋を
安全に冷やしたい」
片方は国家戦略。
片方は生活だ。
室外機を置く場所すら
ぎりぎりの都市で、
何万台ものGPUを
二十四時間冷やす国に
なろうとしている。
ソウルの熱い夜は、
その矛盾を
先に見せ始めていた。
………
■第八章
地球は、
ドライマウスで頻尿になった
南フランスでは、
森が燃える。
中国やインドでは、
短時間の豪雨で
町があふれる。
乾く国。
燃える国。
流される国。
一見、
別々のニュースに見える。
でも地球の体で考えると、
一つの病気に似ている。
人間が年を取ると、
のどが渇く。
水をためておけない。
夜中に目が覚める。
そして水を、
少しずつ出せずに
急にトイレへ走る。
地球も同じだ。
土が乾く。
森が水を抱えられない。
湿地が減る。
都市はコンクリートで固まる。
雨が降っても、
ゆっくり地面へ入らない。
だから、
雨が来ない所では
ずっと乾く。
雨が来た所では
一気にあふれる。
地球は水を失ったのではない。
水をゆっくり貯めて、
ゆっくり配る力を
失い始めている。
韓国のデータセンター電力需要は、
二〇二五年の
八・二テラワット時から、
二〇四〇年には
四十二・一テラワット時へ。
五倍以上になる見通しだ。
高層マンション。
地下駐車場。
地下鉄。
道路。
細い川。
そこへ猛暑と豪雨が来る。
さらに、
巨大な半導体工場。
巨大なAIデータセンター。
巨大な冷却設備。
を積む。
AIの城は、
電気と水だけでは動かない。
配線する人。
建てる人。
夜中に機械を直す人。
掃除する人。
食事を作る人。
子どもを預けて、
夜勤へ向かう親。
次に見なければならないのは、
AIの城の足元にいる
人間だった。
………
■第九章
人が足りない国は、
人を住ませる家を作ったのか
ソウルから少し離れた、
工業団地に近い町。
朝五時。
駅前に送迎バスが並ぶ。
工場の始業ベルより先に、
ベトナム語。
中国語。
ネパール語。
バスの中では、
韓国語ではない言葉が
小さく飛び交っている。
ここは韓国の中にある。
だが、
韓国の便利さを支える人だけが、
見えにくくされた町でもあった。
二〇二六年。
韓国政府は、
非専門職の外国人労働者を
十九万一千人受け入れる枠を
置いた。
工場。
農業。
建設。
漁業。
物流。
韓国人が集まりにくくなった仕事を、
外国人労働者が支えている。
工場は言う。
「人が足りない」
国は言う。
「生産を止められない」
だが、
人を呼べば終わりではない。
住む部屋がいる。
通訳がいる。
夜勤でも通えるバスがいる。
病院で症状を説明できる人がいる。
仕事でけがをした時、
「どこが痛いか」
だけでなく、
「何が起きたか」
まで
自分の言葉で話せる場所がいる。
それがなければ、
外国人労働者は
工場の部品のように扱われる。
動く間は必要。
壊れたら困る。
だが、
人生までは見てもらえない。
二〇二四年。
首都圏近郊の華城。
リチウム電池工場で、
大きな火災が起きた。
二十三人が亡くなった。
十七人は中国人。
一人はラオス人だった。
火は短時間で広がった。
電池が燃えた。
煙が工場を埋めた。
避難経路は、
全員に伝わっていたのか。
警報の意味は、
全員に届いていたのか。
出口の場所を、
全員が知っていたのか。
未来産業の工場で、
最初に問われたのは、
AIでもない。
電池でもない。
人間が、
自分の言葉で
逃げられる職場だったのか。
ということだった。
外国人労働者は、
危ない仕事。
暑い仕事。
言葉が通じにくい仕事。
機械の説明が分かりにくい仕事。
断りにくい仕事へ
集まりやすい。
仕事を変えたくても、
簡単には変えられない。
職場を離れれば、
寮も失う。
住む場所まで失う。
夏は暑い。
冬は寒い。
窓の少ない部屋。
工場の横の古い寮。
何人も入る狭い部屋。
帰る場所まで会社に握られたら、
危ないと思っても
黙って働くしかない。
これは雇用ではない。
人生ごと、
工場へ預けるような働き方だ。
だがその町を、
韓国の若者も見ている。
求人アプリを開く。
月給を見る。
地方勤務。
夜勤あり。
寮あり。
契約一年。
休みは少ない。
将来は見えない。
若者は画面を閉じる。
そして思う。
「これなら、
外国人を呼ぶ方が
会社には都合がええんじゃないか」
韓国の若者の失業率は、
七%を超える月がある。
働いてもいない。
学んでもいない。
就職活動も止まった。
そんな「休んでいる若者」が、
四十七万人近くいるとも言われる。
その横で工場は言う。
「人が足りない」
だから若者は思う。
「外国人が来るから、
自分の仕事がないんじゃないか」
その怒りは、
簡単には笑えない。
家賃は高い。
正社員は少ない。
地方へ行っても、
住む部屋も将来も見えない。
だが、
工場が外国人へ渡しているのは、
若者が行けないほど、
危なく。
暑く。
給料が低く。
寮が狭く。
将来が見えない仕事だ。
若者から遠ざけた仕事を、
外国人へ回しているだけだった。
若者と外国人労働者が、
互いをにらむ。
だが二人とも、
同じ家の一階にいる。
上の階では、
AI工場の完成式が
ニュースになっている。
データセンターの建設計画が、
株価を押し上げている。
半導体の輸出額が、
国の未来を明るく見せている。
一階では、
夜勤を終えた外国人労働者が、
狭い部屋へ帰る。
若者は、
親の家から出られない。
片方は働いているのに、
暮らせない。
片方は働きたいのに、
入れる仕事がない。
二人を争わせているのは、
国籍ではない。
人間が住める一階を作らず、
三階の工場だけを
先に豪華にした国の設計図だ。
三階では、
世界一のAIが動く。
一階では、
人間が住めない。
その国は、
本当に豊かになったのだろうか。
………
■第十章
ガラス張りの託児所と、
見えない下請け
インドのIT都市。
高層ビル。
AI企業。
クラウド。
世界中の仕事を受ける会社。
その敷地に、
社員の子どもを預かる
託児所があった。
親は思う。
「会社の中なら安心だ」
通勤の途中で預けられる。
仕事中も近い。
何かあれば、
すぐに行ける。
未来企業の中にあるから、
安全管理も進んでいる。
そう信じた。
だが、
託児所で
子どもへの虐待が疑われる
事件が起きた。
ここで怖いのは、
会社の名前ではない。
託児所は、
外部委託だったかもしれない。
大企業は、
社員に高い給料を払う。
優秀な技術者を集める。
株価も上がる。
だが社員が働くために必要な仕事は、
誰かが安く引き受ける。
掃除。
警備。
食堂。
夜勤の送迎。
保育。
その人たちは、
企業のパンフレットに
あまり写らない。
でも、
いなければ会社は動かない。
韓国の半導体工場も同じだ。
AIメモリーで利益が出る。
社員の賞与が上がる。
だが周りには、
協力会社。
警備員。
清掃員。
食堂の人。
夜勤の送迎。
子どもを預けて働く親。
がいる。
AIの利益は、
上の階へ集まりやすい。
生活の重さは、
下の階へ落ちやすい。
工場は二十四時間止まらない。
データセンターも
二十四時間止まらない。
だが子どもは、
二十四時間
保育園に預けられない。
ここに、
AI産業の
見えにくい穴がある。
………
■第十一章
AI企業に入っても、
勝ち組とは限らない
韓国の若者にとって、
サムスン。
SKハイニックス。
NAVER。
大企業に入ることは、
大きな夢だ。
給料。
会社の名前。
親の安心。
将来への期待。
全部がある。
でも、
AI企業に入っただけで
人生が安泰になるわけではない。
AIメモリーに近い部署は、
利益が大きい。
利益が大きければ、
賞与も増える。
だが同じ会社の中でも、
スマホ部門。
家電部門。
販売部門。
研究所。
協力会社。
受け取るものは違う。
AIに近い人ほど明るくなり、
少し遠い人ほど暗くなる。
国も似ている。
巨大企業が言う。
「ここに工場を建てる」
地方は言う。
「土地も電気も用意します」
国は言う。
「補助金も規制緩和も考えます」
これは独裁ではない。
でも、
巨大企業の投資発表が
国の未来を
先に決めてしまうことはある。
AI企業が強くなるほど、
国は企業の予定表に
引っ張られる。
株主は喜ぶ。
地方は期待する。
学生はAI学科へ集まる。
だが協力会社の人は、
別のメールを読む。
「単価を見直してください」
「コストを下げてください」
「納期を早めてください」
上の階には、
利益連動ボーナスが届く。
下の階には、
コスト削減のメールが届く。
だから本当に問われるのは、
会社が世界一になるかではない。
そこで働く人も。
下請けの人も。
子どもを育てる親も。
一緒に上がれるのか。
ということだ。
………
■第十二章
国境は、
空港の外にも続いている
韓国の若者が、
飛行機でカンボジアへ行く。
求人広告には書いてある。
「高収入」
「寮付き」
「韓国語だけで大丈夫」
「PCを使う仕事」
就職は苦しい。
家賃は高い。
一人暮らしは遠い。
だから、
「月に三十万円、四十万円」
という言葉が
少しだけ魅力的に見える。
飛行機に乗る。
空港に着く。
迎えの車に乗る。
その時にはもう、
国境を越えている。
仕事はITではない。
オンライン詐欺だ。
偽の投資話。
恋愛を利用した詐欺。
偽の銀行。
偽の警察。
AIで作る顔。
AIで作る声。
翻訳AIで作る文章。
人を信じ込ませるために、
スマホを打ち続ける。
二〇二五年。
カンボジアから韓国へ送還された
韓国人は六十四人。
警察は、そのうち五十八人について
拘束令状を求めた。
そこには、
だまされて連れて来られた人もいる。
だが、
金になるから来た人もいる。
被害者なのか。
加害者なのか。
境目が、
建物の中で崩れていく。
国境は、
空港では終わらない。
SNSのDM。
求人サイト。
送金アプリ。
偽の投資サイト。
そこに国境がある。
韓国がAI半導体で
世界を取りに行く時代に、
別の韓国人たちは、
AIで作った偽の顔と声で
人をだます現場へ
吸い寄せられている。
片方では、
世界最先端の記憶を作る。
片方では、
人をだますための記憶を
作っている。
同じデジタル社会でも、
使われる場所が違う。
若者を守るとは、
空港を閉めることではない。
「この求人、変だ」
と思った時に、
戻って来られる普通の仕事と
普通の生活を作ることだ。
………
■第十三章
夢がない夜、
スマホが賭場になる
オーストラリアでは、
スポーツと賭け事が
近すぎることが問題になった。
ゴールが決まる。
歓声が上がる。
その横に広告が出る。
「次は誰が点を取る?」
「今なら倍率が上がる」
子どもは、
スポーツを見ている。
でも同時に、
「勝負には金を賭けるものだ」
と覚えてしまう。
韓国では、
賭博は厳しく規制されている。
だが賭場は消えない。
スマホの中へ入る。
SNS。
ゲームのチャット。
海外サイト。
暗号資産。
「AI予想」
「副業」
「情報共有」
賭博は別の名前をつけて、
近づいてくる。
韓国の違法賭博市場は、
九十六兆ウォン規模とも
推計される。
日本円なら、
十兆円近い。
これは、
若者だけの問題ではない。
借金をする。
友人から借りる。
家族に隠す。
負けを取り返そうとして、
もっと深く入る。
そして最後には、
違法な貸付。
闇バイト。
詐欺の受け子。
海外の犯罪拠点。
そういう場所と
つながることもある。
賭け事をする若者が、
最初から遊びたいわけではない。
「このままでは、
追いつけない」
と思っている。
家賃。
就職。
格差。
PCの値段。
将来への不安。
そんな夜に、
「一万円が十万円になる」
という画面が出る。
働けば何日もかかる金を、
数分で手に入れられるように
見せる。
賭け事は、
お金の問題だけではない。
出口が見えない時、
人間の判断を
一番弱い方へ曲げる。
未来が見える若者は、
画面の中の賭場へ
人生を預けなくてすむ。
………
■第十四章
日本は、
韓国の未来を笑えない
韓国は、
日本の失敗例ではない。
日本より少し早く、
AI社会の請求書を
受け取り始めた国かもしれない。
東京への集中。
家賃。
少子化。
半導体工場。
データセンター。
電気。
水。
外国人労働者。
外注。
オンライン賭博。
日本にも、
似た問題はたくさんある。
日本も言う。
「工場を呼ぼう」
「データセンターを増やそう」
「AI人材を育てよう」
それは必要だ。
半導体も必要だ。
AIも必要だ。
データセンターも必要だ。
だが同時に、
若者が住める家。
子どもが使えるPC。
夜でも預けられる保育。
外国人も病院で困らない仕組み。
熱波の日に眠れる冷房。
そこを作らなければ、
技術だけが前へ走る。
韓国を見る時、
笑ってはいけない。
日本の少し先にある
鏡を見ているのかもしれない。
………
■第十五章
記憶を増やす国、
忘れない人
「おじいちゃん」
ゆづきが言った。
「AIって、便利なん?」
「便利じゃ」
「じゃあ、
なんでみんな困っとるん?」
僕は、
少し考えた。
AIは、
人間よりたくさん覚える。
世界の言葉。
病気の画像。
株価。
地図。
法律。
過去の会話。
何でも覚える。
だがAIは、
自分では決められない。
誰の部屋を先に冷やすのか。
誰へ利益を分けるのか。
誰のPCを安くするのか。
誰が子どもを守るのか。
誰が水と電気を使うのか。
そこは、
人間が決める。
韓国は、
世界の記憶を作ろうとしている。
でも国が忘れてはいけないのは、
高いPCを前にした娘。
暑いマンションで眠れない若者。
夜勤へ向かう親。
言葉が通じない外国人労働者。
スマホの求人へ手を伸ばす人。
AIで世界を取ることより、
その国で
普通に暮らせる人を
増やせるかどうか。
それが先だ。
AIは、未来を計算できる。
でも、
その未来で誰が暑く、
誰が眠れず、
誰が置いて行かれるか。
そこまでは、
人間が見なければならない。
………
❥Z世代のあなたへ
AIは、怖いものではない。
半導体も、
データセンターも、
悪いものではない。
問題は、
便利さの利益を
誰が受け取り、
便利さの熱風を
誰が受けるのか。
そこを見ないことだ。
PCが高い。
家賃が高い。
クーラーが足りない。
保育が足りない。
仕事はあるのに、
生活ができない。
そんな時、
「仕方ない」
で終わらせないでほしい。
未来の技術は、
偉い会社だけのものではない。
君たちが使うPC。
君たちが住む部屋。
君たちが働く会社。
君たちが育てる子ども。
そこへ届かなければ、
どれだけAIが賢くても、
社会は賢くならない。
AIにできるのは、
たくさん覚えること。
人間にしかできないのは、
誰の痛みを忘れないかを
決めることだ。
………
★あとがき
ホームズとワトソン、
室外機を取り調べる(笑)
ホームズ
「ワトソン君。
今回の犯人が分かった」
ワトソン
「また室外機ですか」
ホームズ
「違う。
犯人は、
便利さの代金を
見えない所へ押し込む心だ」
ワトソン
「長い名前の犯人ですね」
ホームズ
「韓国は記憶を作った。
フランスは熱を外へ出した。
企業は保育を外注した。
賭場はスマホの奥へ隠れた」
ワトソン
「みんな、
見えない場所へ
問題を押し込んどるんですね」
ホームズ
「そうだ。
見えなくした問題は、
消えたわけではない」
ワトソン
「室外機の熱風も、
スマホの賭場も?」
ホームズ
「その通りだ。
見えない所へ回した代金は、
いつか誰かの生活に届く」
ワトソン
「じゃあ先生。
解決策は?」
ホームズ
「まず、
人の窓へ熱風を向けないことだ」
ワトソン
「小学生でも分かる!」
ホームズ
「AIより先に、
そこから学ばんとな」
ワトソン
「でも先生。
僕も記憶を増やしたいです」
ホームズ
「何を覚えるんだ」
ワトソン
「妻に頼まれた買い物です」
ホームズ
「それはAIではない。
今すぐスーパーへ行け」
ワトソン
「僕の脳みそが、
一番アップデート待ちでした(笑)」
――世界は記憶で走り始めた。
だからこそ人間は、
誰かの痛みを忘れずに走りたい。




