『イーロン・マスクと、もう一つのマスク』 ――AIは、世界の記憶を増やした。その夜から、世界は何を忘れればいいのか分からなくなった。――
✦『イーロン・マスクと、
もう一つのマスク』
――AIは、世界の記憶を増やした。
その夜から、
世界は何を忘れればいいのか
分からなくなった。――
………
AIは、記憶を忘れない。
だが市場は、
前のメモリ不況をすぐ忘れる。
………
★目次
■第1章
世界から、記憶が消えた日
■第2章
GPUは頭、HBMは机
■第3章
韓国市場が空へ飛んだ朝
■第4章
粗利率85%の殿様商売
■第5章
客が前金を置く工場
■第6章
五年で二倍にする国
■第7章
マスク工場の亡霊
■第8章
Googleは記憶を減らし始めた
■第9章
AIメモリという、
雑すぎる言葉
■第10章
倉庫の記憶、
脳の記憶
■第11章
PERが安いほど怖い日
■第12章
工場の完成式で株が下がる
■第13章
世界が電気と水を奪い合う
■第14章
記憶の値段が一円になった夜
■第15章
人間だけが、
忘れることを選べる
………
■第1章
世界から、記憶が消えた日
五年後。
ゆづきは二十一歳になっていた。
スマホを見ながら、
祖父に聞いた。
「おじいちゃん。AIって、
何が足りなくて困ってるの?」
祖父は湯飲みを置いた。
「記憶じゃ」
「AI、頭いいのに?」
「頭がよくても、
机が狭かったら困るじゃろ」
「机?」
「そう。AIが考える時、
計算する場所がいる。
GPUが頭なら、
HBMは頭の横にくっついた、
ものすごく広い机じゃ」
ゆづきは笑った。
「AIって、
机がなくて困ってるん?」
「今の世界はな。
机を奪い合っとる」
ニュースでは、
AI企業の社長が言っていた。
《GPUはある。
しかし、メモリが足りない…》
別の企業の社長も言った。
《AIを動かすための
記憶がない…》
世界は、石油でも米でもなく、
“考えるための机”を
取り合っていた。
………
■第2章
GPUは頭、HBMは机
「でも、
メモリってスマホの容量でしょ?」
ゆづきが聞いた。
「それもメモリじゃ。
ただし、
同じ“記憶”でも役が違う」
祖父は、
チラシの裏に絵を描いた。
「DRAMは、机の上じゃ。
電気を切ったら、
置いていた物は消える」
「え、忘れるの?」
「そうじゃ。だから速い」
「じゃあ、スマホの写真は?」
「NAND。押し入れじゃ。
電気を切っても残る」
「HBMは?」
祖父は、
机の横に太い矢印を書いた。
「AIの頭に、
直接くっついた机。
すごく速い。
GPUが一瞬で
何兆回も考えるには、
そこに情報を置かんと
間に合わん」
ゆづきは、
画面を見た。
「じゃあHBMがないと、
AIは頭がよくても、
ずっと押し入れまで走って
取りに行く感じ?」
「そうじゃ。
天才が、毎回
二階までノートを取りに行っとる
ようなもんじゃ」
「めちゃくちゃ
不便じゃん」
「だから今、
世界中がHBMを欲しがっとる」
………
■第3章
韓国市場が空へ飛んだ朝
その朝、
韓国の株式市場は空を飛んでいた。
AIメモリ会社の株が上がる。
上がる。
上がる。
大学生の投資家が、
朝の通学電車で株価アプリを開いた。
昨日までの
自分のバイト代より大きい数字が、
わずか一時間で
増えたり減ったりしていた。
「これ、ゲームじゃないよね…」
誰かがSNSに書いた。
SK hynixは、
かつて大きな赤字を出した会社だった。
だがAIブームが来ると、
世界が見方を変えた。
「AIの脳を支える会社」
「未来を記憶する会社」
「韓国の新しい国家資産」
株価は、
未来を先に食べ始めた。
ゆづきが言った。
「株って、
会社が良くなったから
上がるんじゃないの?」
祖父は首を振った。
「会社が良くなる前に、
“良くなるはずじゃ”で上がる」
「じゃあ、
もし違ったら?」
「未来を食べすぎた分、
あとで胸やけする」
市場は、
未来の定食を三人前食べていた。
しかも、
まだ朝飯前なのに。
………
■第4章
粗利率85%の殿様商売
Micronの決算が出た。
売上は、前年より大きく増えた。
粗利率は約85%。
ゆづきは数字を見て、
首をかしげた。
「粗利率85%って、
どういうこと?」
祖父は言った。
「百円で売ったら、
材料費などを引いても
八十五円近く残る感じじゃ」
「えっ、そんな商売あるの?」
「足りない時にはある」
「ずるくない?」
「ずるくはない。
足りない物を作っとる会社が、
値段を決められる時が
あるだけじゃ」
AI企業はHBMが欲しい。
GPUを作っても、
メモリがなければ動かない。
データセンターを建てても、
記憶が足りなければ計算できない。
だから客は言う。
「高くてもいい。
とにかくくれ!」
祖父は、
ニュース画面を消した。
「でもな。
粗利率85%の商売を見たら、
世界中の会社が
どうすると思う?」
ゆづきは答えた。
「真似する」
「そうじゃ!」
………
■第5章
客が前金を置く工場
Micronは、
顧客と長い契約を結び始めた。
受け取らなくても、
一定額は払う。
将来の分まで予約する。
前金を置く。
まるで、人気アイドルの
ライブ会場を
五年先まで押さえるみたいだった。
「そこまでして欲しいの?」
ゆづきが言った。
「今はな」
「今は?」
「怖いからじゃ。
足りなくなるのが怖い。
AIの競争に負けるのが怖い。
自分の会社だけ
机が足りなくなるのが怖い」
祖父は続けた。
「怖い時、
人間は必要な量より多く買う」
「トイレットペーパーみたいに?」
「マスクもじゃ!」
ゆづきは黙った。
祖父は、
押し入れの奥を見た。
そこには、
コロナの頃に買った
未開封のマスク箱が
まだ残っていた。
………
■第6章
五年で二倍にする国
韓国政府は言った。
「五年で、
メモリ生産能力を二倍にする!」
SamsungもSK hynixも、
新しい工場を作る。
国が道路を整える。
電気を引く。
水を引く。
工場のために、
町が作り変えられる。
ゆづきが聞いた。
「AIが必要なんだから、
二倍にしていいんじゃない?」
祖父は、
すぐには答えなかった。
「需要が二倍ならな」
「ならないかも?」
「AIは伸びるかもしれん。
だが、メモリの値段まで
二倍のままとは限らん」
「どうして?」
「供給が二倍になったら、
机を作る会社が増えるからじゃ」
ゆづきは考えた。
「机が余ったら?」
「安くなる」
「じゃあ、
AIは助かる?」
「AIを使う人には助かる。
だが、机だけ作っていた会社は
泣くかもしれん」
未来は、
誰かの便利と、
誰かの在庫でできていた。
………
■第7章
マスク工場の亡霊
祖父は、
コロナの話をした。
最初、マスクがなかった。
薬局に並んでも買えない。
ネットでは高値で売られる。
みんなが言った。
「マスクを増産しろ!」
世界中が工場を作った。
機械を入れた。
人を雇った。
補助金も出た。
そして、数年後。
マスクは余った。
安くなった。
倉庫に積まれた。
「あれ、ひどい話じゃね」
ゆづきが言った。
「誰も悪くない」
祖父は答えた。
「足りない時には、
みんな本気で必要だった。
だが、
必要だったからこそ、
みんな同じ方向へ走った」
「半導体も?」
「半導体はもっと難しい。
HBMは簡単には作れん。
だから、
マスクと同じではない」
祖父は、
指を一本立てた。
「でもな。
人間の“足りないぞ”という恐怖は、
マスクも半導体も同じじゃ!」
………
■第8章
Googleは記憶を減らし始めた
AIメモリが高くなりすぎた頃。
世界の大きな会社は、
静かに別の研究を始めた。
AIに、
少ない記憶で考えさせる。
データを小さくする。
同じ答えを、
少ないメモリで出す。
忘れてもいい部分は、
忘れさせる。
ゆづきは驚いた。
「AIも忘れるの?」
「忘れるというより、
必要な物だけ残すんじゃ」
「人間みたい」
「人間の方が先にやっとった。
試験前には、
どうでもいいことを忘れるじゃろ」
「私は全部忘れるけど」
「それは、
ちょっと違う」
AI企業は、
メモリ会社に高い金を払っていた。
だが高い金を払うほど、
“メモリを減らす研究”も
進んでいった。
祖父は言った。
「値段が高いものは、
必ず節約される」
「じゃあ、HBMの会社は困る?」
「困るかもしれん。
だが、
もっと賢いHBMを作るかもしれん」
未来は、一本道ではなかった。
高くなれば、
代わりの道が掘られる。
………
■第9章
AIメモリという、
雑すぎる言葉
株式市場は、急いでいた。
HBMも。
DRAMも。
NANDも。
SSDも。
半導体材料も。
製造装置も。
全部まとめて、
《AIメモリ関連》
と呼んだ。
ゆづきは言った。
「雑すぎない?」
「雑じゃ」
「机と押し入れと、ノートと、
家を建てる大工さんまで
一緒じゃん」
「市場が興奮すると、
細かい違いを忘れる」
祖父は笑った。
「株式市場は、
急いでいる時ほど、
ひとまとめにしたがるんじゃ」
「じゃあ、後で?」
「後で分ける」
「どうやって?」
「上がる時は、みんな友達。
下がる時は、
“お前は違う”と言い始める!」
ゆづきはスマホを伏せた。
「人間って、
相場になると急に仲悪いね」
「相場にならんでも、
まあまあ仲悪い」
………
■第10章
倉庫の記憶、
脳の記憶
キオクシアのような会社は、
HBMの会社とは少し違う。
AIの頭の横の“高速机”より、
AIが作った動画や文章や会話をしまう
“巨大倉庫”に近い。
「じゃあ、
AIが増えたら
倉庫も必要じゃん」
ゆづきが言った。
「必要じゃ」
「なら、ずっと儲かる?」
祖父は首を振った。
「倉庫は、増やしやすい」
「え?」
「机は特殊で作るのが難しい。
だが倉庫は、
たくさん作れるようになると、
値段が下がりやすい」
AIは毎日、画像を作る。
動画を作る。
会議録を作る。
偽物の声も作る。
世界はデータであふれる。
だが、
そのデータは本当に全部必要なのか。
誰も読み返さない会議録。
誰も見ないAI動画。
死んだ人の声を真似した会話ログ。
倉庫は増える。
けれど、
人間の心は少しずつ狭くなる。
………
■第11章
PERが安いほど怖い日
「PERが16倍なら安いの?」
ゆづきが聞いた。
祖父は苦笑した。
「普通の会社なら、
そう見えることもある」
「じゃあメモリ会社は?」
「いちばん儲かっている時ほど、
安く見えることがある」
「意味分からん」
祖父は、紙に書いた。
「今年、利益が百円ある会社の
株価が千六百円なら、
PERは十六倍じゃ」
「うん」
「でも来年、
メモリの値段が下がって、
利益が四十円になったら?」
「同じ株価でも、
急に高く見える」
「そうじゃ」
「じゃあPERって、
未来の成績表じゃないんだ」
「去年までの答案用紙じゃ」
ゆづきは、
しばらく黙っていた。
「株って、テストが終わってから
答えを書き換えるんだね」
「だいたいそうじゃ。
しかも先生も生徒も、
途中で泣く…」
………
■第12章
工場の完成式で株が下がる
二〇三一年。
韓国の新しいメモリ工場が完成した。
真っ白な建物。
巨大なクリーンルーム。
政治家がテープを切る。
社長が笑う。
AIの未来を祝う花火が上がる。
「この工場が、
世界の記憶を支えます!」
社長が叫んだ。
人々は拍手した。
だが、その同じ瞬間。
海外の市場では、
メモリ株が急落していた。
ゆづきはテレビを見て叫んだ。
「なんで?
工場完成したのに!」
祖父は静かに答えた。
「工場が完成したからじゃ」
「え?」
「工場は、希望の建物じゃ。
だが株式市場から見れば、
供給が増える建物でもある」
「みんな待ってたんじゃないの?」
「待っていた。
だから株は、
完成する前に上がった」
「じゃあ完成したら?」
「次の話を探す」
テレビでは、
工場の照明が夜空を白くしていた。
その明るさは、
どこか病院の廊下に似ていた。
………
■第13章
世界が電気と水を奪い合う
AIの本当の問題は、
半導体だけではなかった。
電気。
水。
変圧器。
送電線。
冷却装置。
AIデータセンターは、
静かな建物に見える。
だが中では、
何万台もの計算機が熱を出す。
まるで、町の中に
小さな太陽を置くようなものだった。
ある町では、
工場のために
水道の増強計画が出た。
別の町では、住民が言った。
「AIのために、
私たちの電気代が上がるのか」
ゆづきは聞いた。
「AIって、
画面の中にいるんじゃないの?」
「画面の中に見えるだけじゃ」
祖父は言った。
「本当は、電線の上。
水道管の中。
発電所の横におる」
AIは雲の中にいると思われていた。
しかし雲の正体は、
電気を食べる工場だった。
………
■第14章
記憶の値段が一円になった夜
二〇三二年。
AIは止まらなかった。
むしろ、
もっと使われるようになった。
学校でも。
病院でも。
工場でも。
農業でも。
人間はAIを使った。
だがメモリの値段は下がった。
高かったHBMも、
次の世代が出ると古くなる。
NANDも、
倉庫が増えれば安くなる。
数年前まで、
世界が奪い合った記憶が、
今では投げ売りされていた。
ニュースは言った。
《メモリ価格、急落!》
《韓国株、AI関連が大幅安!》
《日本の記憶株も連れ安!》
《工場投資の見直し!》
市場は、
何度も同じ顔をする。
足りない時の顔。
儲かる時の顔。
増産する時の顔。
そして、余った時の顔。
祖父は、
あのマスク箱を開けた。
中には、
真っ白なマスクが残っていた。
「おじいちゃん」
ゆづきが言った。
「これ、まだ使えるよ」
祖父はうなずいた。
「使える。
だが、
あの時みんなが思っていたほど、
特別な物ではなくなった」
………
■第15章
人間だけが、
忘れることを選べる
ゆづきは、
AIに祖父の昔話を全部記録させていた。
声も。
写真も。
笑い方も。
言い間違いも。
「これで、
おじいちゃんのこと忘れないよ」
祖父は、
少し困った顔をした。
「忘れんでもええ。
だがな、
全部残さんでもええ」
「どうして?」
「人間は、
忘れながら生きるんじゃ」
「忘れたら悲しいじゃん」
「悲しい。
だが、忘れるから次へ行ける」
祖父は窓の外を見た。
町には、
AI工場の赤いランプが並んでいた。
昔は、
未来の灯りに見えた。
今は、
記憶を冷やす冷却塔の灯りに見えた。
「AIは何でも覚えられる」
祖父は言った。
「けれど人間は、
何を残して、
何を手放すかを決められる」
ゆづきは、
しばらく何も言わなかった。
スマホの画面には、
《保存しますか?》
という文字が出ていた。
ゆづきは、
初めてその画面を閉じた。
………
❥Z世代のあなたへ
昔、マスクが足りなかった。
店に並んでも買えない。
ネットでは高く売られる。
みんなが言った。
「もっと作れ!」
世界中が工場を建てた。
そして数年後。
マスクは余った。
誰も悪くなかった。
足りない時には、
本当に必要だったからだ。
でも人間は、
必要な物を見つけると、
「足りない」
という恐怖で走り出す。
走り出すと、
みんな同じ方向へ走る。
AIも、半導体も、
今はその途中かもしれない。
AIは消えない。
GPUも消えない。
HBMも、NANDも、
未来に必要になる。
ただし、
「AIが必要なこと」と、
「AIの部品が永遠に高いこと」は、
同じではない。
いちばん怖いのは、
AIが失敗することではない。
AIが成功すると信じて、
世界中が同じ工場を建てることだ。
工場は、すぐには完成しない。
「足りない!」
と叫ばれた時に着工し、
「次は別の技術だ!」
と世界が走り去り始めた頃、
夜の町に完成する。
真っ白で。
巨大で。
未来そのものみたいな工場。
その中にあるのは、
数年前の恐怖から生まれた
“作りすぎた記憶”かもしれない。
だから、誰かが言う。
「AIだから絶対上がる!」
そんな時は、
一度だけ立ち止まってほしい。
「これは、本当に足りないのか」
「それとも、みんなが
足りないと叫んでいるだけなのか」
未来は、GPUの中だけにない。
未来は、
完成したばかりなのに
誰も拍手していない工場の中にもある。
………
★あとがき
ホームズとワトソン、やすきよ風
――ポケットの中のAIと、
急に消えた未来――
ホームズ
「ワトソン君。
メモリ株が急落した…」
ワトソン
「メモリ株って何です?」
ホームズ
「AIが考える時に使う、
頭の横の机を作る会社じゃ」
ワトソン
「机?」
ホームズ
「そうじゃ。
AIが一秒で何万回も考えるには、
情報を置く机がいる」
ワトソン
「じゃあ、机が足りないから
株が上がったんですか?」
ホームズ
「そうじゃ」
ワトソン
「じゃあ今、
机が壊れたんですか?」
ホームズ
「違う」
ワトソン
「AIがバカになった?」
ホームズ
「違う!」
ワトソン
「じゃあ何で下がったんです?」
ホームズ
「みんなが、
机を作りすぎるかもしれんからじゃ」
ワトソン
「え?」
ホームズ
「最初は足りない。
だから高く売れる」
ワトソン
「はい」
ホームズ
「高く売れると分かったら、
世界中が机を作り始める」
ワトソン
「そりゃ作りますよ」
ホームズ
「韓国も作る!
アメリカも作る!
日本も作る!
中国も作る!」
ワトソン
「みんな同じこと考えてる」
ホームズ
「そうじゃ」
ワトソン
「じゃあ最後は?」
ホームズ
「机が余る」
ワトソン
「ええっ」
ホームズ
「机が余ると、
値段を下げてでも売らんといけん」
ワトソン
「新品の机が、
メルカリで千円みたいな話ですか」
ホームズ
「だいたいそんな感じじゃ」
ワトソン
「めちゃくちゃ怖いですね」
ホームズ
「怖いのは、
机が余ることだけではない」
ワトソン
「まだあるんですか」
ホームズ
「AIを使う会社も、
高い机をずっと買う気はない!」
ワトソン
「そりゃそうでしょう」
ホームズ
「だから今、
“少ない机でAIを動かす方法”を
必死で作っとる」
ワトソン
「つまり、
AIも節約を始めるんですか?」
ホームズ
「そうじゃ」
ワトソン
「AIまで値上げ対策…」
ホームズ
「人間が作ったAIじゃ。
人間の財布を見とる」
ワトソン
「AIは終わらないんですよね?」
ホームズ
「終わらん」
ワトソン
「じゃあメモリ会社も安泰?」
ホームズ
「それは別じゃ」
ワトソン
「また難しい話になった」
ホームズ
「スマホは必要じゃろ」
ワトソン
「必要です」
ホームズ
「でも、昔のスマホ会社が
全部いまも勝っとるか?」
ワトソン
「……負けた会社もあります」
ホームズ
「AIも同じじゃ。
AIは残る。
だが、AIの周りで儲かった会社が
全部残るとは限らん」
ワトソン
「じゃあ、どうすればいいんです?」
ホームズ
「“AIだから上がる”
という言葉だけで買わんことじゃ」
ワトソン
「でもみんな儲かってるって言うし」
ホームズ
「みんなが儲かってる時ほど、
人は置いていかれるのが怖くなる」
ワトソン
「FOMOですね」
ホームズ
「何じゃそれは」
ワトソン
「みんなが楽しそうで、
自分だけ乗れてない気がして、
焦って買うやつです」
ホームズ
「昔からある!」
ワトソン
「昔から?」
ホームズ
「昔は“乗り遅れるぞ”と言った。
今は英語になっただけじゃ」
ワトソン
「人間、進化してないですね」
ホームズ
「スマホだけ新しくなった」
ワトソン
「心は昭和のまま」
ホームズ
「その通りじゃ」
ワトソン
「でも先生。
株が下がると、
若い人の就職とか
生活にも関係ありますか?」
ホームズ
「関係ある!」
ワトソン
「どうして?」
ホームズ
「工場が増える時は、
人を採る。
町が浮かれる。
家を借りる人も増える。
店もできる」
ワトソン
「景気がいい」
ホームズ
「だが、工場が完成した頃に
机が余ったらどうなる?」
ワトソン
「……採用が止まる」
ホームズ
「給料も伸びにくくなる。
家を買った人は不安になる。
町は急に静かになる」
ワトソン
「株の話じゃなくて、
人の人生の話になるんですね」
ホームズ
「そうじゃ」
ワトソン
「怖いなあ」
ホームズ
「だから祖父ちゃん世代は、
浮かれている時ほど
昔の不況を思い出す」
ワトソン
「若い人は?」
ホームズ
「未来を信じる」
ワトソン
「どっちが正しいんです?」
ホームズ
「両方じゃ」
ワトソン
「え?」
ホームズ
「未来を信じないと、
新しい工場もAIも生まれん」
ワトソン
「はい」
ホームズ
「だが、未来を信じすぎると、
同じ工場を世界中に建ててしまう」
ワトソン
「それが、マスクの話ですか」
ホームズ
「そうじゃ」
ワトソン
「足りない!
だから作る!
作りすぎる!
余る!」
ホームズ
「人間の歴史は、
だいたいその繰り返しじゃ」
ワトソン
「じゃあ最後に残るのは、
AIでもメモリでもなくて?」
ホームズ
「熱くなった時に、
一度だけ立ち止まれる人じゃ」
ワトソン
「スマホを見ながら?」
ホームズ
「スマホを伏せてじゃ」
ワトソン
「先生…」
ホームズ
「なんじゃ」
ワトソン
「ポケットに手を入れて、
何を考えるんです?」
ホームズ
「これは本当に足りないのか」
ワトソン
「うん」
ホームズ
「それとも、
みんなが“足りない”と
叫んでいるだけなのか」
ワトソン
「……先生」
ホームズ
「なんじゃ」
ワトソン
「その前に、
ポケットからスマホ出して
株価アプリ消してください」
ホームズ
「それはちょっと待て!」
ワトソン
「未来は信じる。
でも、
今日の値札まで信じるな!」
ホームズ
「うまいこと言うな!」
――AIは、未来を作る。
だが未来を買う時、
人間はだいたい少し急ぎすぎる。――




