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原油が半値になった夜、世界中が逃げ始めた ――「150ドル、200ドル」と叫ばれた石油が、戦争が終わる前に70ドルを割った。 世界は助かるはずだった。なのに、街はなぜか怒り始めた――

✦ 原油が半値になった夜、

 世界中が逃げ始めた


――「150ドル、200ドル」

 と叫ばれた石油が、

 戦争が終わる前に70ドルを割った。


 世界は助かるはずだった。


 なのに、

 街はなぜか怒り始めた――


………


みんなが怖がったのは、

石油がなくなることだった。


でも本当に怖いのは、

石油が余ると気づいた投資家が、

一斉に売り始めることだ。


そして、もっと怖いのは。


「原油はもっと上がる」 

と煽った人が、

みんなに買わせたあと、


自分だけ先に売っているかも

しれないことだ。


………


★目次


■第1章

 百五十ドルの予言


■第2章

 午前二時、原油が70ドルを割った


■第3章

 予想を反対にして読んでごらん


■第4章

 中国の巨大タンクは、

 まだ満腹だった


■第5章

 買い方は希望を握り、

 売り方は電話を取った


■第6章

 石油王は、

 みんなが買う日に売っていた


■第7章

 タンカーは高い。

 原油は安い


■第8章

 金まで売られた理由


■第9章

 眠らない市場が、

 世界の不安を先に映した


■第10章

 宇宙とAIが、

 世界の現金を吸い込んだ


■第11章

 ガソリンは下がらず、

 大統領まで怒った


■第12章

 ヨーロッパの街で

 燃えていたもの


■第13章

 暑さとフェイク動画は、

 怒りを増幅した


■第14章

 無風の日本で、

 ゆづきが見たもの


■第15章

 阿波踊りから降りる日


………


■第1章

 百五十ドルの予言


五年後。


世界は、

あの原油暴落を

まだ忘れていなかった。


2026年のある日、

深夜十一時。


西日本のある田舎の、

古い居間。


高校一年生のゆづきは、

スマホを見ながら笑った。


「じいちゃん、これ見て」


画面には、

派手な文字が踊っていた。


《原油150ドル突破へ》


《次は200ドル!》


《石油だけは確実に上がる!》


六十七歳。


元証券会社勤務の祖父は、

湯のみを置いた。


「すごい言い方じゃな」


「でも本当に上がるんじゃろ?


 戦争でしょ。


 海峡も危ないんでしょ。


 石油が届かなくなるんでしょ?」


「上がる可能性はある」


「可能性?」


「市場で一番怖い言葉はな。


 “絶対”じゃ」


ゆづきは、

スマホを見た。


《絶対に上がる》


《今しかない》


《乗り遅れたら損》


「でもさ。


 皆が同じこと言ってるよ」


祖父は窓の外を見た。


「多くの人には、

 そう見えたんじゃ」


「石油がなくなるって?」


「そうじゃ。


 でもな。


 戦争は地図の上で起きる。


 原油の値段は、

 倉庫の中で決まる」


その夜。


世界中の投資家が、

先を争って石油を買っていた。


なくなる前に。


もっと上がる前に。


自分だけ取り残される前に。


誰もが同じ夢を見ていた。


百五十ドル。


二百ドル。


大もうけ。


………


■第2章

 午前二時、原油が70ドルを割った


6月25日。

午前二時十四分。


祖父のスマホが震えた。


《ブレント原油

 70ドル割れ!》


ゆづきが飛び起きた。


「え?」


祖父も画面を見た。


「百十ドル台まで上がった石油が、

 もう四十ドル以上も落ちとる」


ゆづきは、

画面を見たまま言った。


「“二百ドルになる”って

 あれだけ煽ってた評論家。


 今ごろ何て言うんだろうね。


 人の財布で

 火遊びしてただけじゃん」


祖父は黙った。


「戦争、終わったの?」


「終わってない」


「海峡は完全に開いたの?」


「まだ危ない」


「じゃあ、なんで!」


祖父はすぐには答えなかった。


スマホの画面では、

赤い数字だけが、

静かに下へ流れていた。


その向こうで、

世界中の誰かが石油を売っていた。


一人ではない。


高い値段で石油を買い、


「まだ上がる」


「二百ドルまで行く」


そう信じていた人たちが、

急に怖くなって、

石油を手放し始めていた。


一人が売る。


値段が下がる。


下がった数字を見た次の人が、


「やばい。


 自分も売らないと」


と怖くなる。


そしてまた売る。


「じいちゃん……


 みんな、逃げてるの?」


「そうじゃ」


祖父の声は低かった。


「でもな。


 逃げている人だけじゃない」


「え?」


「“もっと下がれ”と待っていた

 大口投資家もいる」


「どういうこと?」


「石油を持っていなくても、

 石油が下がれば

 儲かる人たちじゃ」


ゆづきは画面を見た。


「下がったら困る人を見て、

 もっと下がれって

 思う人がいるの?」


「おる」


祖父は少し間を置いた。


「下がる方に賭ける人が、

 みんな悪いわけじゃない。


 会社や国を守るために、

 保険として売る人もおる。


 でもな。


 人が逃げ始めた時、

 その逃げ道で儲けようとする人も、

 必ず出てくる」


そこへ、

大口の売りが落ちてくる。


まるで、

出口へ走る人たちの背中に、

上から大きな石が

転がってくるようだった。


売り。


また売り。


さらに売り。


石油は、

地下からはゆっくり出てくる。


でも恐怖は違う。


恐怖は、

スマホの画面から、

一秒で世界中へ広がる。


ゆづきは、

スマホを握ったまま

動けなくなった。


数字がまた下がった。


「じいちゃん……


 これって、

 石油が安くなってるんじゃ

 ないよね」


祖父は、

画面を見たまま言った。


「人が逃げとるんじゃ」


「人が?」


「昨日まで

 “まだ上がる”と言っていた人が、


 今は

 “誰か売る前に、

 自分が売らなきゃ”


 と思ってる」


「そんなに急に?」


「相場は急じゃ。


 一人が逃げる。


 次の人がそれを見る。


 “自分も逃げなきゃ終わる”


 そうして、

 全員が同じ出口へ走る」


ゆづきは息をのんだ。


「石油が落ちてるんじゃない」


祖父は言った。


「人間の足元が、

 一斉に崩れたんじゃ」


………


■第3章

 予想を反対にして読んでごらん


「じいちゃん。


 テレビで喋ってる人、

 みんな原油は上がるって

 言ってたじゃん」


祖父は、

少しだけ笑った。


「昔、証券会社におった頃な。


 わしも毎日のように聞いた」


「どんなこと?」


「“これは絶対に上がります”


 “今しかありません”


 “乗り遅れたら損です”」


「うわぁ……」


「ゆづき。


 そういう予想を見たらな。


 まず、

 反対にして読んでごらん」


「反対に?」


「そうじゃ」


ゆづきは、

画面の文字を指でなぞった。


《原油150ドルへ》


「原油70ドルへ……?」


「そう」


「変な感じ」


「でもな。


 現実には、

 そっちが起きた」


ゆづきは黙った。


祖父は続けた。


「次は、

 予想そのものを

 反対から読むんじゃ」


「予想を?」


「“絶対に上がる”」


「……“絶対に下がらないとは

 言えない”?」


「そうじゃ」


「“今しかない”」


「“今、買わせたい人が

 いるかもしれない”」


ゆづきは、

スマホをゆっくり伏せた。


「じゃあ……


 “原油は二百ドルになる”

 って言って、


 みんなに買わせた人が、


 本当は先に売ってたら?」


祖父はうなずいた。


「それが一番怖い」


「そんな人が、

 評論家って顔して

 テレビで喋るの?」


「喋る人もおる」


「たくさん給料をもらって?」


「もらう人もおる」


「笑えないね」


「笑えん」


祖父は窓の外を見た。


「講談師はな。


 見てきたような嘘を言う」


「うん」


「でも講談師は、

 人を笑わせるために言う」


「じゃあアナリストは?」


「見てきたような未来を言うて、

 人を動かす」


「同じじゃん」


「違う」


祖父は、

ゆづきを見た。


「講談師の話は、

 終わったら拍手で済む」


「うん」


「でもマーケットの予想は、

 信じた人の金が動く。


 間違えたら、

 口座が減る。


 家のローンが重くなる。


 老後のお金が消える。


 子どもの進学まで、

 巻き込まれることがある」


ゆづきの顔から、

笑いが消えた。


「怖いね」


「怖い。


 だからな。


 “誰が言ったか”より、


 “何を根拠に言っているか”


 を見るんじゃ」


「でも、

 そんなこと分からないよ」


「最初から全部は分からん」


祖父は言った。


「でも、

 人を見ることはできる」


「人?」


「その人が、

 自分のお金を賭けて

 言っているのか。


 人に買わせるだけで、

 自分は逃げ道を作っているのか。


 不安を煽って、

 こっちを急がせていないか。


 人の顔と、

 言葉の間に、

 ちゃんと責任があるか」


ゆづきは、

祖父の顔を見た。


「顔で分かるの?」


「全部は分からん」


祖父は苦笑した。


「でもな。


 長く生きると、

 顔には少しずつ出てくる。


 人を安心させるために

 働いた人か。


 人を焦らせて、

 自分だけ得をした人か」


少し間を置いて、

祖父は真顔になった。


「リンカーンの言葉だと

 よく言われる言葉がある」


「なに?」


「四十歳になったら、

 自分の顔に責任を持て」


ゆづきは首をかしげた。


「顔に責任?」


「そうじゃ。


 毎日、

 何を信じて。


 誰を助けて。


 誰をだまして。


 何から逃げて。


 何を恥じて生きたか。


 それが少しずつ、

 顔に出てくる」


祖父は静かに言った。


「これから先、

 誰かが“絶対に儲かる”と言ったら、


 まず、

 その人の顔を見なさい」


「顔?」


「そして聞くんじゃ。


 “その話、

 あなた自身も同じだけ信じて、


 自分のお金で

 買ってるんですか?”


 って」


ゆづきは、

しばらく黙っていた。


「じいちゃん」


「うん?」


「私は、

 阿波踊りは踊らない」


祖父は笑った。


「それでええ。


 踊りたくなったら、

 まず音楽をかけた人を見なさい」


「誰が太鼓を叩いてるかも?」


「そうじゃ。


 そして、

 太鼓を叩いていた人が

 先に帰ろうとしていないか。


 そこまで見たら、

 もう半分は勝っとる」


………


■第4章

 中国の巨大タンクは、

 まだ満腹だった


「石油が足りないから

 上がったんじゃろ?」


「正しく言えばな。


 石油が足りなくなるかもしれん。


 そう思われたから上がった」


「同じじゃないの?」


「全然違う」


祖父は立ち上がり、

台所の米びつを開けた。


「少し前、

 日本で米が高くなったじゃろ」


「うん。


 スーパーで米がないって

 大騒ぎだった」


「みんな、

 米が消えたと思った」


「実際、

 棚が空っぽだったよ」


「そうじゃ。


 でもな。


 日本から米が

 全部消えたわけじゃない」


祖父は、

米びつの奥を指さした。


「暑さで

 作りにくくなった米もある。


 流れが遅れた米もある。


 先に抱え込まれた米もある。


 農家の倉庫。


 集荷業者の倉庫。


 卸の倉庫。


 スーパーへ行く前の倉庫。


 米は、

 あちこちで止まっていた」


ゆづきは、

米びつの奥をのぞいた。


「ここにまだ米があるのに、

 買いに行ったみたいなこと?」


「そうじゃ」


「でも棚になかったら

 買いたくなるよ」


「それがパニックじゃ」


祖父は言った。


「冷蔵庫に

 牛乳が一本しかないと思ったら、

 人は買いに走る」


「うん」


「でも奥に十本あったら?」


「買わない」


「世界の原油も同じじゃ」


港のタンク。


国家の備蓄。


製油所の在庫。


海の上のタンカー。


そして中国の巨大な倉庫。


世界は、


《ホルムズが危ない!》


《石油が届かない!》


《原油がなくなる!》


と騒いだ。


だから石油を買った。


買える人は、

先に買った。


国も。


商社も。


投資家も。


「でも中国は?」


「中国は、

 すぐには飛びつかなかった」


「なんで?」


「タンクが、

 もういっぱいだったかもしれん」


ゆづきは目を丸くした。


「じゃあ世界中が、

 石油がないと思って

 走ったのに……」


「一番大きな買い手の一人は、

 倉庫の奥を見ていた」


「米騒動と同じだ」


「そうじゃ」


祖父はうなずいた。


「店の棚だけ見た人は、

 “米がない”と思う。


 でも倉庫まで見た人は、


 “米はある。

 ただ、まだ動いていない”


 と分かる」


「原油も?」


「原油もじゃ。


 ニュースだけ見た人は、

 “石油がなくなる”と思う。


 だが、

 船と港とタンクを見た人は、


 “石油は消えていない。


 みんなが先に買いすぎた”


 と気づく」


ゆづきは、

さっきの原油チャートを見た。


「じゃあ

 原油が下がったのは……」


「世界の倉庫の扉が、

 少し開いたからじゃ」


「中に石油が残ってた」


「そうじゃ」


「でも、

 皆が高い時に買っちゃった」


「そうじゃ」


祖父は静かに、

米びつのふたを閉めた。


「米でも油でも同じじゃ。


 “ないかもしれない”と聞いた時、

 人間は買う。


 でも後から、

 “実はあった”と分かった時、


 今度は、

 誰より早く売りたくなる」


ゆづきは小さく言った。


「だから百十ドルが、

 七十ドルまで落ちたんだ」


「そうじゃ。


 石油が急に消えたんじゃない。


 みんなの頭の中にあった


 “石油が足りない”


 という物語が、

 先に壊れたんじゃ」


………


■第5章

 買い方は希望を握り、

 売り方は電話を取った


原油を100ドルで買った人は、

90ドルで言った。


《そのうち戻る》


85ドルでも言った。


《戦争はまだ終わっていない》


80ドルになって、

証券会社から電話が来た。


《追加保証金をお願いします》


「保証金って何?」


「夢の家賃じゃ」


「え?」


「儲かるかもしれん夢を借りる時、

 先に入れておくお金じゃ」


「払えなかったら?」


「追い出される」


「夢から?」


「相場から」


原油は地下からゆっくり出る。


だが損切りは、

一秒で地上に噴き出す。


一人が売る。


値段が下がる。


次の人の担保が減る。


また売る。


買い方は希望を握る。


売り方は電話を取る。


相場はいつも、

電話の方が強い。


………


■第6章

 石油王は、

 みんなが買う日に売っていた


「でも石油会社は、

 原油高で儲かるんじゃろ?」


「だから売る」


「意味が分からん」


「高く売れる時に、

 未来の売値を決めるんじゃ」


「未来の石油を?」


「そうじゃ」


石油を掘る会社は、

原油が二百ドルになるかを

祈らない。


100ドルで売れるなら、

半年後の分も、

100ドルで売る約束をする。


戦争が長引くかもしれない。


だが、

高値は続かないかもしれない。


だから皆が買っている日に、

本当に油を持つ者は売る。


「ずるい」


「ずるくない。


 畑を持つ人は、

 天気予報より先に

 空を見るだけじゃ」


「じゃあ、

 普通の人はどうするの?」


祖父は答えた。


「阿波踊りを

 踊らんことじゃ」


「急に何?」


「“踊る阿呆に見る阿呆。


 同じ阿呆なら、

 踊らにゃ損損”


 と言うじゃろ」


「うん」


「市場ではな。


 踊っている人の横で、

 太鼓を叩いている人が

 先に帰ることがある」


「最悪じゃん」


「だから、

 皆が踊れと言う時ほど、

 自分の足元を見なきゃいけん」


………


■第7章

 タンカーは高い。

 原油は安い


「タンカー代は

 めちゃくちゃ高いんでしょ?」


「高い」


「保険も?」


「高い」


「じゃあ、

 原油も上がるんじゃないの?」


祖父は、

テーブルの上の

ペットボトルを二本並べた。


「ゆづき。


 これは同じ水じゃ」


「うん」


「でも一つは、

 家の冷蔵庫にある水。


 もう一つは、

 台風の中を船で運ぶ水。


 どっちが高くつく?」


「台風の中を運ぶ方」


「そうじゃ。


 船代や保険料が上がるのは、

 “運ぶお金”が

 高くなったからじゃ」


「じゃあ原油の値段は?」


「原油そのものの値段は、


 “世界のみんなが、

 どれだけ欲しいか”


 で決まる」


ゆづきは少し考えた。


「運ぶのは高い。


 でも欲しい人が減ったら、

 油は安くなる?」


「その通りじゃ」


祖父は、

ペットボトルを一本持ち上げた。


「たとえば、

 町に一台しかない

 高い配達トラックがあるとする」


「うん」


「台風で道が危ない。


 だから配達料は高くなる」


「それは分かる」


「でも町の人が、

 もう水を買いすぎて、


 家の中に

 百本ためこんでいたら?」


「新しく水を買わない」


「そうじゃ」


「配達料は高い。


 でも水そのものは売れない」


「だから水の値段は下がる」


「原油も同じじゃ」


海では、

船が足りなかった。


危険海域を通るから、

船員も怖い。


保険会社も言う。


『もし攻撃されたら、

 船も荷物も失います』


だから保険料が上がる。


船会社も言う。


『危ない海を通るなら、

 高い運賃をください』


だからタンカー代が上がる。


でも一方で、


中国の倉庫には石油がある。


国の備蓄にも石油がある。


製油所のタンクにも、

まだ石油が残っている。


そして世界中の投資家が、

高い時に石油を買いすぎていた。


「つまり?」


ゆづきが聞いた。


祖父は答えた。


「石油を運ぶ人は足りない。


 でも、

 石油を今すぐ買う人も足りない」


「だから、

 船は高いのに油は安い?」


「そうじゃ」


ゆづきは目を丸くした。


「世界って、

 分かりにくいね」


「分かりにくい。


 でもな。


 ここを分けて考えると、

 急に見えるようになる」


祖父は指を一本立てた。


「船の値段は、

 “海がどれだけ危ないか”」


次に、

二本目の指を立てた。


「原油の値段は、

 “世界がどれだけ

 石油を欲しがるか”」


「別々なんだ」


「別々じゃ」


祖父は続けた。


「船賃は、

 一つの船の奪い合いで

 決まる。


 原油は、

 世界中の油の買い手の数で

 決まる。


 同じ石油でも、

 見ている場所が違うんじゃ」


「じゃあニュースで、

 タンカーが高いって聞いても、


 原油が上がるって

 決めつけたらダメなんだね」


「そうじゃ」


祖父は笑った。


「ニュースは、

 一つの数字だけ見せる。


 でも市場ではな。


 船の不足と、

 油の余りが、

 同時に起きることがある」


ゆづきは、

スマホのチャートを見つめた。


「満員電車なのに、

 弁当だけ売れ残ってる感じ?」


「そうじゃ」


「電車はぎゅうぎゅう。


 でも皆、

 もう弁当を食べた後」


「完璧じゃ」


祖父はうなずいた。


「だから船は高い。


 でも油は安い。


 そして、

 その変な組み合わせが、


 世界のどこかで

 大きな値崩れを始めるんじゃ」


………


■第8章

 金まで売られた理由


翌朝。


金も下がった。


暗号資産も下がった。


ビットコインだけではない。


イーサリアムも、

小さなコインも、

世界中で売られ始めていた。


「じいちゃん。


 暗号資産って、

 ビットコインだけじゃないん?」


「違う」


祖父は言った。


「ビットコインは、

 暗号資産の中で一番有名な

 代表選手みたいなもんじゃ。


 でも市場が怖くなると、

 代表選手だけじゃない。


 チーム全体が

 一緒に売られることがある」


「なんで?」


「原油で損した人。


 株で損した人。


 急に現金が必要になった人。


 そういう人たちが、

 今すぐ売れるものから

 売り始めるからじゃ」


「金も?」


「金も…」


「暗号資産も?」


「暗号資産も…」


祖父は、

スマホの画面を見た。


「火事の時はな。


 重くて動かせない家より、

 まず持てる宝石を外へ出す」


「それが金?」


「そうじゃ」


「暗号資産は?」


「スマホの中に入った宝石じゃ。


 すぐ売れる。


 夜中でも売れる。


 世界中のどこからでも売れる」


「便利なのに、

 怖いね」


「便利なものほど、

 逃げる時にも便利なんじゃ」


金も下がった。


暗号資産も下がった。


それは、世界が急に

平和になったからではない。


市場は、


「誰かが次の朝までに

 現金を作らなければならない

 のかもしれない」


という不安を、

静かに映していた。


………


■第9章

 眠らない市場が、

 世界の不安を先に映した


「でもじいちゃん。


 暗号資産って、

 石油と関係ないじゃん」


「石油とは関係ない」


「じゃあ、

 なんで一緒に下がるの?」


祖父は、

暗いスマホの画面を見た。


「暗号資産はな。


 世界で一番眠らない市場なんじゃ」


「眠らない?」


「株は市場が閉まる。


 金の取引も、

 時間がある。


 でも暗号資産は、

 夜中でも、

 土日でも、

 戦争中でも、

 ずっと数字が動く」


「じゃあ、

 みんなが寝ている間に

 先に怖がるの?」


「そうじゃ」


原油が急落した夜。


アメリカの市場は

閉まりかけていた。


ヨーロッパは

眠り始めていた。


日本では、

ゆづきたちが

布団に入っていた。


でも暗号資産だけは、

世界中の不安を

一秒ごとに受け取っていた。


「誰かが怖がる」


「次の国の人が見る」


「また別の国の人が売る」


国境もない。


閉店時間もない。


先生もいない。


止める笛もない。


「なんか……


 夜中の学校みたい」


「そうじゃな」


祖父は苦笑した。


「誰もいない校舎で、

 一人が走り出したら、


 何があったか分からんまま、

 みんなが一緒に走り始める」


「怖い」


「暗号資産は、

 世界の人間が

 最初に悲鳴を上げる

 場所になることがある」


「じゃあ、

 ビットコインが下がったのは、


 お金が足りないから

 だけじゃない?」


「それだけじゃない。


 “何かおかしい”


 “朝になったら、

 もっと悪くなるかもしれない”


 そう思った人が、

 世界で一番先に反応したんじゃ」


ゆづきは、

原油のチャートと、

暗号資産の画面を並べた。


両方とも、

赤かった。


「石油が先に落ちて、

 暗号資産も落ちた」


「そう見える」


「でも本当は?」


祖父は言った。


「どちらも、

 世界中の人間が


 急に未来を信じられなくなった


 顔なんじゃ」


その夜。


石油は黒い液体ではなくなった。


ビットコインは、

ただの数字ではなくなった。


どちらも、


世界が眠れなくなった時の、

心電図みたいに

赤く揺れていた。


………


■第10章

 宇宙とAIが、

 世界の現金を吸い込んだ


アメリカでは、

宇宙とAIの会社に、

世界中のお金が集まっていた。


ロケット。


衛星。


半導体。


人工知能。


巨大なデータセンター。


「じいちゃん。


 みんな、そこへ

 お金を持っていくん?」


「持っていく…」


「原油を売って?」


「売る人がおる…」


「金も?」


「売る人がおる…」


「暗号資産も?」


「売る人がおる…」


ゆづきは首をかしげた。


「なんで、

 そんなにAIがええん?」


祖父は答えた。


「次の世界の入口を、

 自分の会社で作れるかもしれんと

 思われとるからじゃ」


「入口?」


「昔はな。


 港を持つ国。


 油田を持つ国。


 鉄道を持つ会社。


 そういう所にお金が集まった」


「今は?」


「人間の質問。


 仕事。


 買い物。


 勉強。


 宇宙からの通信まで。


 全部の入口になりそうな会社へ、

 金が集まっとる」


ゆづきは、

スマホを見つめた。


「すごいじゃん」


「すごい。


 でも怖い」


「なんで?」


祖父は、

テーブルの上に

二つの貯金箱を置いた。


片方は大きい。


もう片方は小さい。


「世界のお金を、

 この大きい貯金箱へ

 どんどん入れるとする」


「うん」


「大きい箱は、

 もっと大きくなる」


「当たり前じゃん」


「でもな。


 小さい箱には、

 何も入らなくなる」


「小さい箱って?」


「地方の会社。


 町の工場。


 小さな国。


 普通の店。


 普通の仕事。


 そして、今日の生活で

 困っている人たちじゃ」


ゆづきは、

小さい貯金箱を見た。


「でもAIが儲かったら、

 そのお金が下に

 流れてくるんじゃないの?」


祖父は少し黙った。


「流れてくる時もある。


 でも、

 待っている間に

 苦しくなる人もおる」


「どういうこと?」


「AIの会社は、

 何兆円も集める。


 その会社の株を持つ人は、

 もっと豊かになる。


 でも株を持てない人は、

 家賃を払う。


 電気代を払う。


 食費を払う。


 子どもの学費を払う」


「同じ国なのに?」


「同じ国でも、

 別々の景気になる」


祖父は言った。


「上の方では、

 ロケットが飛ぶ。


 下の方では、

 洗剤を一円でも安く買う」


「それ、

 変じゃない?」


「変じゃ。


 でも今、

 世界で起きとる」


AIと宇宙にお金が集まる。


その一方で、


町の店は客が減る。


地方の若者は、

仕事が見つからない。


小さな国は、

借金の金利が上がる。


暑いのに、

冷房をつけられない家がある。


病院へ行けない人がいる。


「じいちゃん。


 じゃあビッグテックが悪いん?」


「悪いと決めつけたら、

 見えんようになる」


「じゃあ何が悪いの?」


「お金が、一つの場所に

 集まりすぎることじゃ」


「AIが便利でも?」


「便利でもじゃ。


 便利さと、

 分け前は別物じゃからな」


ゆづきは、

小さい貯金箱を指で叩いた。


「小さい箱が

 空っぽになったら?」


祖父は低い声で言った。


「人はだんだん、

 自分の人生を信じられなくなる」


「信じられなくなる?」


「昨日まで友達だった人が、


 急に

 “世の中なんか壊れてしまえ”


 と思うことがある」


ゆづきは息を止めた。


「そんなこと、あるの?」


「誰でもそうなるわけじゃない。


 でもな。


 仕事がない。


 金がない。


 相談する人がいない。


 未来も見えない。


 そこへスマホで、


 “お前が苦しいのは、

 あいつのせいだ”


 という動画が

 何百本も流れてくる」


「それで?」


「怒りは、

 行き場を探す」


祖父は言った。


「でもな。


 AIが暴動を作るわけじゃない。


 ロケットが悪いわけでもない。


 ただ、


 家賃。


 仕事。


 学校。


 病院。


 水道。


 相談できる人。


 そういう土台を後回しにしたまま、

 上だけが光ると、


 置いていかれた人の怒りは、

 行き場を失うんじゃ」


ゆづきは、

大きな貯金箱と

小さな貯金箱を見比べた。


「マーケットだけ見てたら、

 そんなこと分からないね」


「分からん」


「株価が上がったら、

 みんな幸せだと思っちゃう」


「そこが一番危ない」


祖父は、

大きな貯金箱をそっと遠ざけた。


「株価が上がることと、

 人が安心して眠れることは、

 同じではない」


「じゃあ、

 これからの日本は

 どうしたらいいの?」


祖父は言った。


「AIを怖がって

 逃げるだけでもいかん。


 AIに金を集めるだけでもいかん。


 その間にいる人間を、

 置いていかないことじゃ」


「間にいる人間?」


「近所の若者。


 仕事を失いそうな人。


 介護している人。


 学校へ行けない子。


 町で店を続けている人」


祖父は、

ゆづきの目を見た。


「ロケットが飛ぶ国より、


 困った人が

 地面に落ちずに済む国の方が、

 最後には強い」


ゆづきは、

スマホの画面を消した。


「じゃあ、

 大きな磁石を見ながら、

 小さな釘も拾わないと

 いけないんだね」


祖父は笑った。


「そうじゃ。


 それが次の時代の仕事じゃ」


………


■第11章

 ガソリンは下がらず、

 大統領まで怒った


「じゃあガソリンは安くなるん?」


「いずれはな」


「いずれ?」


「すぐにはならん」


「なんで!」


原油は急落した。


百十ドル台まで上がった油が、

七十ドル台まで落ちた。


だが、

ガソリンスタンドの看板は、

昨日とあまり変わらなかった。


タンカー代は高い。


保険も高い。


途中で買った高い原油も、

まだタンクに残っている。


製油所で

ガソリンにする時間もいる。


税金もある。


「でも、

 アメリカの人は怒るよね」


「怒る」


「車がないと困るもんね」


「そうじゃ」


祖父はスマホを見た。


そこには、

アメリカの大統領の

強い言葉が出ていた。


《原油は下がったのに、

 なぜガソリンは下がらない》


《国民は、

 スタンドの看板を見ている》


大統領は、

石油会社を調べるよう

政府に命じた。


「大統領まで怒ったの?」


「怒った」


「なんで?」


「ガソリンの値段はな。


 国民が毎週見る

 政治の通信簿だからじゃ」


ゆづきは首をかしげた。


「政治の通信簿?」


「原油価格は、

 ニュースでしか見ん人もおる。


 でもガソリンは違う。


 車に乗る人は、

 スタンドの看板で毎週見る」


《高い》


その数字を見るたびに、


「大統領は何をしとるんじゃ!」


「政府は助けてくれんのか!」


となる。


「支持率も下がる?」


「下がる」


祖父は言った。


「政治家にとって、

 ガソリン価格は、


 国民の怒りが

 数字になったものじゃ」


原油が下がっても、

庶民の財布が楽にならなければ、

誰も安心しない。


だから大統領は、

石油会社を怒鳴った。


「原油が下がったなら、

 ガソリンも下げろ」


「じゃあ、

 そのうち下がるのかな?」


「下がる方向には働く」


「でも、すぐじゃない?」


「すぐではない」


祖父は、

ゆづきのノートに書いた。


原油価格

船・保険・製油所・在庫

ガソリンスタンド

やっと家計


「原油の値段が下がっても、

 庶民の財布まで届くには、

 何段も階段があるんじゃ」


「上の方では、

 もう安くなってるのに」


「そうじゃ。


 でも一番下にいる人ほど、

 最後まで高い値段を払う」


ゆづきは、

少し黙った。


「それじゃ、

 原油が暴落しても

 みんな怒るわ」


祖父はうなずいた。


「庶民は、

 原油のチャートで

 暮らしとらん」


「何で暮らしてるの?」


「レシートじゃ」


ニュースが言う。


《原油暴落!》


でも、

ガソリンスタンドの看板が変わらない。


スーパーの値札も変わらない。


電気代も変わらない。


その時、

人はこう思う。


「また上だけが先に助かった」


それが、

街の怒りになる。


………


■第12章

 ヨーロッパの街で

 燃えていたもの


ヨーロッパの街では、

火が上がっていた。


教育費。


住宅。


移民。


医療。


電気。


食費。


失業。


治安。


「何に怒っとるん?」


「一つじゃない」


「じゃあ何?」


「自分たちが、

 最後にされとることじゃ」


学校予算は削られる。


家賃は上がる。


暑くても冷房がない。


病院は混む。


その横で、


巨大なデータセンター。


防衛費。


宇宙開発。


そこには巨額の金が動く。


人々は思う。


「国は俺たちより、

 もっと別のものを大事にしている」


怒りの正体は、

石油でも移民でもなかった。


自分の人生の順番が、

永遠に来ないと思うことだった。


怒りは、

まだ街に火をつけていなかった。


ただ、

スマホの中で誰かが火をつけるのを、

待っていた。


………


■第13章

 暑さとフェイク動画は、

 怒りを増幅した


ヨーロッパは暑かった。


四十度を超える街。


止まる鉄道。


混む病院。


足りない水。


苦しい電力。


そこへ、

偽の動画が届く。


《政府は隠している!》


《あいつらが原因だ!》


《移民が全部奪った!》


《選挙も嘘だ!》


「じいちゃん。


 これ、本当かもしれんよ?」


「だから怖いんじゃ」


「嘘なん?」


「少し本当で、

 少し嘘なんじゃろ」


「一番困るやつじゃん」


「そうじゃ。


 全部嘘なら見抜ける。


 少し本当が混ざるから、

 怒りに刺さる」


フェイクニュースは、

火を作る道具ではない。


すでに燃えている心へ、

灯油をかける道具だった。


………


■第14章

 無風の日本で、

 ゆづきが見たもの


ゆづきは窓を開けた。


外は静かだった。


西日本のある田舎。


コンビニの明かり。


遠くを走る車。


自販機の音。


近所の犬の鳴き声。


「日本は平和じゃな」


祖父は、

すぐには答えなかった。


「日本は、

 まだ大きな炎に

 なっていないだけじゃ」


「じゃあ安心できないの?」


「安心するために、

 毎日の小さな火種を

 見ておくんじゃ」


「何を見ればいいの?」


「石油が上がると言われても、

 石油だけを見ないこと」


「じゃあ何を見るん?」


「倉庫。


 船。


 水。


 電気。


 学校。


 病院。


 人の怒り。


 そして、

 誰が最後に助かるかじゃ」


「それ、

 全部見られるかな?」


「全部は無理じゃ」


「じゃあどうするの?」


「一つだけでええ。


 誰かが“絶対”と言ったら、

 反対側を見てみる」


「反対側?」


「皆が右を向いたら、

 左を見る。


 皆が踊ったら、

 なぜ踊るか聞く。


 皆が煽ったら、

 誰が先に逃げるか見る」


………


■第15章

 阿波踊りから降りる日


翌朝。


ゆづきは学校へ行く前、

小さな箱を机の上に置いた。


箱には、

太い字で書いてあった。


✲『心意気ボックス』


中には、


モバイルバッテリー。


水。


少しの現金。


家族の連絡先。


防災ラジオ。


ノート。


ペン。


近所の人の電話番号。


「これ何?」


「世界がうるさくなった時に、

 自分の頭で考えるための箱」


「スマホは?」


「入れない」


「なんで?」


「スマホは外の声が多すぎる。


 これは、

 自分が戻る箱」


祖父は笑った。


「立派じゃな」


「Z世代は、

 何をすればいいん?」


祖父は言った。


「世界を救わんでええ」


「え?」


「でも、

 自分の町の水道を大事にする。


 電気を大事にする。


 近所の人を大事にする。


 嘘をすぐ拡散せん。


 困った人を一人で放っとかん」


「それで世界が変わる?」


「世界はな。


 大きな人が壊すより先に、

 小さな場所から守られるんじゃ」


原油は半値になった。


だが、

世界の怒りは半値にならなかった。


だからこそ、

次の時代の日本は、


石油を持つ国ではなく、


人が戻って来られる国に

ならなければならない。


そして、

誰かが「踊れ」と言った時に、


「ちょっと待って。


 音楽をかけたのは誰?」


と聞ける人を

増やさなければならない。


………


❥Z世代のあなたへ


昔の仏教のたとえ話に、

こんな話がある。


祝日の前の日。


国の王様が

青い蓮の花を好きだったので、

町の女たちは皆、

髪に青い蓮を飾ることになっていた。


ある女が男に言った。


「青い蓮を持って来てくれたら、

 あなたと結婚する。


 でも持って来られなかったら、

 これで終わり」


男は困った。


そこで王宮の池に入り、

得意なおしどりの鳴き真似をした。


「ピュイ、ピュイ」


池の番人が聞いた。


「そこにいるのは誰だ!」


男は答えた。


「おしどりです!」


番人は言った。


「おしどりが、

 人間の言葉をしゃべるか!」


男は捕まった。


連れて行かれる途中、

男はあわててまた鳴いた。


「ピュイ、ピュイ!」


番人は笑った。


「今頃、

 真似をしてどうする」


これが、

マーケットでも起きる。


みんなが買っている時に、

理由も分からず買う。


評論家が、


「絶対に上がる」


と言ったから買う。


SNSで、


「乗り遅れたら終わる」


と言われたから買う。


そして値段が下がる。


怖くなって売る。


売った後で、

初めて考える。


「なぜ買ったんだろう」


「誰の言葉を信じたんだろう」


「自分は本当に、

 その会社を知っていたんだろうか」


でもな。


捕まった後で、

おしどりの真似をしても遅い。


相場が崩れた後で、


「本当は

 慎重に考えるつもりでした」


と言っても、

失ったお金が

すぐ戻るわけではない。


だから大事なのは、

買う前じゃ。


皆が踊っている時に、

一度だけ立ち止まる。


「なぜ皆、

 今これを買っているんだろう」


「本当に足りないのか」


「誰が得をするのか」


「この話をしている人は、

 自分でも同じように買っているのか」


「自分が最後の一人になっても、

 持っていられるのか」


そこまで考える。


それが、


おしどりの真似をする前に、

池の深さを見るということじゃ。


マーケットは、

強欲な人がたくさんいる場所じゃ。


悪い人ばかりではない。


正しく会社を育てようとする人もいる。


新しい技術を作る人もいる。


町の雇用を守る人もいる。


水道を直す人もいる。


電気を守る人もいる。


でもその横で、


人の不安をあおる人。


人の欲を使う人。


「今だけ」


「絶対」


「乗り遅れる」


と言って、

阿波踊りの太鼓を叩く人もいる。


だからZ世代のあなたには、

儲け話を見抜け、

と言いたいのではない。


もっと大事なのは、


人を見る目。


世の中を見る目。


市場を見る目。


そして、


自分の心が今、

欲で動いているのか。


恐怖で動いているのか。


それを見る目じゃ。


自分の目で確かめる。


自分の頭で考える。


自分のお腹に落ちるまで待つ。


それから動く。


遅そうに見える。


でもな。


その一歩の遅さが、

人生では案外、

一番速い。


捕まった後で、

おしどりの真似をしないために。


………


★あとがき


✲ホームズ、ワトソン、やすきよ風

 「おしどりと原油二百ドル」


僕「百喩経に、

 おしどりの真似をした

 男の話があるんじゃ」


ゆづき「急に仏教?」


僕「青い蓮を盗むために、

 池でピュイピュイ鳴いた」


ゆづき「おしどりのふり?」


僕「そうじゃ」


ゆづき「で、成功したん?」


僕「番人に

 “おしどりが人間の言葉をしゃべるか”

 と言われて捕まった」


ゆづき「そりゃそうだ!」


僕「連れて行かれる途中で、

 またピュイピュイ鳴いた」


ゆづき「遅いわ!」


僕「番人も言った。


 “今頃、真似をしてどうする”」


ゆづき「それが原油と

 何の関係あるん?」


僕「原油二百ドルになると聞いて、

 皆が買ったじゃろ」


ゆづき「うん」


僕「七十ドルになってから、

 “本当は慎重でした”

 と言っても遅い」


ゆづき「おしどりと一緒じゃん!」


僕「そうじゃ。


 買う前に考えんと、

 売る時にピュイピュイ鳴くことになる」


ゆづき「証券会社って、

 そういう人を作るところなの?」


僕「昔のわしはな。


 阿波踊りの太鼓を、

 少しだけ叩いたことがある」


ゆづき「正直すぎる!」


僕「だから分かるんじゃ。


 踊る人より、

 太鼓を叩く人の方が、

 先に帰ることがある」


ゆづき「最悪じゃん!」


僕「だから、お前は踊る前に聞け」


ゆづき「何を?」


僕「“この曲、

 誰がリクエストしたん?”」


ゆづき「うまいこと言うな!」


僕「そして次に聞け」


ゆづき「何を?」


僕「“太鼓を叩いてる人、

 自分も踊ってるん?”」


ゆづき「それ大事!」


僕「踊ってないなら、

 ちょっと距離を取れ」


ゆづき「心意気ボックスへ戻る?」


僕「そうじゃ」


ゆづき「中身は?」


僕「水、電池、現金、ペン、連絡先」


ゆづき「あと?」


僕「青い蓮」


ゆづき「なんで!」


僕「原油二百ドルより、

 おしどりの方が

 まだ信用できる(笑)」

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