世界が「やるやる詐欺」になった日 ――ホルムズの見えない機雷、シドニー発ロンドン行き21時間便、韓国の“記憶外交”。 まだできていない安心を、国も企業も先に売り始めた――
✦ 世界が「やるやる詐欺」になった日
――ホルムズの見えない機雷、
シドニー発ロンドン行き21時間便、
韓国の“記憶外交”。
まだできていない安心を、
国も企業も先に売り始めた――
………
世界は、
できることを発表しなくなった。
できるかどうか
分からないことを、
大きな声で発表するようになった。
「機雷を除去します!」
「21時間の直行便を飛ばします!」
「防衛費をGDP5%にします!」
「AI時代を記憶でリードします!」
テレビの中で、
世界中の偉い人たちが、
まだ空っぽの未来に
金色のリボンをかけていた。
西日本のある田舎。
67歳の元証券マンの祖父は、
朝のニュースを見ながら、
味噌汁をすすっていた。
高校1年生の孫、ゆづきが言った。
「おじいちゃん、
最近の世界って、なんか
発表だけ大きくなっていない?」
祖父は笑った。
「ゆづき。
世界はいま、
“やるやる詐欺”になっとる」
「え、詐欺なの?」
「詐欺と言い切ると怒られる。
でもな、
まだできていない安心を
先に売っとるのは確かじゃ…」
………
★目次
■第1章
ホルムズ海峡の見えない爆弾
■第2章
保険会社が船を止める
■第3章
21時間、
白い空を見る飛行機
■第4章
燃料不安の時代に世界最長便
■第5章
NATOに届いた請求書
■第6章
欧州の掃海艇は勤務報告だった
■第7章
韓国は“記憶”を背負って歩く
■第8章
日本はテレビに映らない工具箱
■第9章
インドの試験問題とスマホ遮断
■第10章
フランスが
インドに親友と言った理由
■第11章
サポーターは
酔っぱらった外交官
■第12章
猛暑で
線路が曲がるヨーロッパ
■第13章
過去ログに追いつかれる権力者
■第14章
世界は何を売っているのか
■第15章
未来を動かすのは大声ではない
❥Z世代のあなたへ
★あとがき
ホームズ・ワトソン・やすきよ漫才
………
■第1章
ホルムズ海峡の見えない爆弾
テレビでは、
ホルムズ海峡のニュースが
流れていた。
世界の原油の大動脈。
日本のエネルギーにも関わる
海峡。
そこに、
機雷があるかもしれないという。
「除去には30日…」
「少数でも3週間から2か月…」
「数百個なら数か月…」
ゆづきが聞いた。
「本当に機雷ってあるの?」
祖父は箸を止めた。
「あるかもしれん。
ないかもしれん。
でも海運で一番怖いのは、
“あるかもしれん”なんじゃ」
「幽霊みたい…」
「そうじゃ。
幽霊物件と同じじゃ。
出るかどうか分からん。
でも“出るらしい”と言われたら、
借り手は逃げる」
「海の幽霊?」
「海の幽霊は、
保険料を上げる」
海底の機雷より先に、
船会社の心に機雷が沈む。
それがホルムズだった。
………
■第2章
保険会社が船を止める
「でもさ、
自衛隊の掃海って
すごいんでしょ?」
ゆづきが聞いた。
祖父はうなずいた。
「すごい。日本は
1991年の湾岸戦争後にも
ペルシャ湾で掃海した実績がある。
派手な空母より、
地味な掃海艇。
これは
日本の職人芸じゃ」
「じゃあ
日本が行けば早いじゃん」
「実務だけならな…。
でも
世界は実務だけでは動かん」
「どういうこと?」
「誰が“安全です”とハンコを押すか?
そこに政治がある」
欧州は
艦隊を見せる。
英国とフランスは
存在感を見せる。
ドイツやオランダも
無人機を語る。
保険会社は
安全確認を待つ。
船会社は
責任を分散したい。
祖父は言った。
「機雷除去は、
海の掃除じゃない。
安全認証ビジネスなんじゃ」
ゆづきはつぶやいた。
「安全にも、印鑑がいるんだ」
………
■第3章
21時間、白い空を見る飛行機
次のニュースは、
カンタス航空だった。
シドニーからロンドンへ、
およそ21時間ノンストップ。
世界最長級の直行便。
プロジェクト・サンライズ。
座席は約238席。
普通の大型機より少ない。
そのかわり燃料タンクを増やす。
ゆづきは目を丸くした。
「21時間?
映画10本見ても
まだ着かないじゃん」
祖父は笑った。
「スマホより先に、
人間の充電が
切れるかもしれん」
「しかも
燃料が足りない時代でしょ?」
「そこがニュースの
面白いところじゃ」
オーストラリアは、
ジェット燃料の多くを輸入に頼る。
ヨーロッパも燃料不安を抱える。
ホルムズ海峡も揺れている。
なのに、
世界最長便を発表する。
祖父は言った。
「これは航空券じゃない。
世界と切れないための
保険商品じゃ…」
………
■第4章
燃料不安の時代に世界最長便
「でも本当に飛ぶの?」
ゆづきが聞いた。
「そこが問題じゃ」
祖父はテレビを指さした。
「機材の納品は
何度も遅れとる。
計画は
2017年ごろから言われてきた。
でも開始はさらに先。
価格も高くなる…」
「じゃあ、
なんで大きく発表するの?」
「発表せんと、
不安の方が先に勝つからじゃ」
まだ飛んでいない飛行機。
まだ取れていない機雷。
まだ達成していない防衛費。
まだ実現していない平和。
でも世界は先に言う。
やります!
できます!
守ります!
飛ばします!
ゆづきは言った。
「未来の予約販売?」
祖父はにやりとした。
「そうじゃ。
世界は今、
安心を前売りしとる」
………
■第5章
NATOに届いた請求書
テレビでは、
アメリカの国防長官が
NATO諸国を叱っていた。
防衛費を増やせ!
ただ乗りするな!
GDP2%では足りない!
2035年までに5%だ!
ゆづきは言った。
「同盟って友達じゃないの?」
祖父は首を振った。
「昔は友情に見えた。
今はサブスクじゃ」
「サブスク?」
「安全保障プレミアムプラン。
月額料金はGDPの5%。
払わん国はサービス見直し」
「怖っ!」
祖父は続けた。
「アメリカは言っとる。
“もう無料の用心棒はやめる”とな」
NATOに届いたのは、
ラブレターではなかった。
請求書だった。
………
■第6章
欧州の掃海艇は勤務報告だった
欧州がホルムズ掃海を
大きく見せる理由も、
そこにあった。
「見てください、アメリカさん。
私たちも働いています。
艦隊も出します。
無人機もあります。
海の安全に貢献します」
ゆづきは笑った。
「会社で怒られた社員が、
急に大きな音で
コピー機使う感じ?」
祖父は吹き出した。
「それじゃ。
紙は3枚しか出とらんのに、
仕事してます音だけ大きい」
欧州の掃海艇は、
機雷だけでなく、
アメリカの不機嫌も処理していた。
それは、
安全保障の勤務報告だった。
………
■第7章
韓国は“記憶”を背負って歩く
韓国大統領は、
教皇と会い、
G7に出て、
トランプ大統領とも話していた。
ゆづきは言った。
「めちゃくちゃ元気だね」
祖父はうなずいた。
「韓国は今、
手ぶらじゃない」
「何を持ってるの?」
「記憶じゃ」
Samsung。
SKハイニックス。
AIサーバーに必要な高性能メモリ。
世界中のAIが考えるための記憶。
「昔は石油を持つ国が強かった。
これからは、
AIの記憶を持つ国が強い」
「だから韓国大統領は
堂々としてるの?」
「そうじゃ。背中に
世界の記憶装置を背負って、
トップ営業しとる」
ゆづきは言った。
「大統領が
巨大USB持って歩いてる感じ?」
「容量は国家級じゃ」
………
■第8章
日本はテレビに映らない工具箱
「じゃあ日本は?」
ゆづきが聞いた。
祖父は少し黙った。
「日本は、
テレビに映りにくい」
「弱いってこと?」
「違う。
床下におるんじゃ」
掃海。
素材。
電線。
水処理。
工作機械。
半導体装置。
センサー。
非常用電源。
鉄道保守。
日本の強みは、
止まった時に初めて分かる。
「韓国は看板。
日本は配管。
看板はテレビに映る。
配管は漏れた時しか映らん」
ゆづきは言った。
「地味すぎない?」
「地味じゃ。
でも水が出る家は、
配管で決まる」
世界が大声で発表するとき、
日本は小さなネジを締めている。
………
■第9章
インドの試験問題とスマホ遮断
インドでは、
医学部入試の漏洩疑惑で
再試験が行われることになった。
約720点満点の試験。
巨大な受験制度。
若者の人生がかかった試験。
政府は、
Telegramの利用制限まで行った。
ゆづきは驚いた。
「試験でアプリを止めるの?」
祖父は言った。
「昔のカンニングは、
袖の中の小さな紙じゃった。
今は国家が
スマホの蛇口を閉める」
問題が漏れる。
SNSで売られる。
偽情報が広がる。
政府が通信を止める。
若者が不信を抱く。
入試は、
教育ではなく、
国家安全保障になっていた。
「努力すれば報われるって、
信じられなくなるね」
「それが一番怖い。
若者の信頼は、
国の一番大事な資源じゃ」
………
■第10章
フランスが
インドに親友と言った理由
フランス大統領は、
インドの首相に
ヒンディー語で語りかけた。
親愛なる友よ。
来年インドに行きます。
あなたは私の親友です。
ゆづきは笑った。
「急にラブレター?」
祖父は言った。
「外交のラブレターじゃ。
ただし見積書つきじゃ」
フランスは
インドに言っている。
アメリカだけでは危ない!
ロシアは戦争で重い!
中国は強い!
だから
一緒に第三の道を作ろう!
武器。
原子力。
宇宙。
AI。
インド太平洋。
「つまり親友って言いながら、
共同事業の提案なんだ」
「そうじゃ。
外交の“好きです”には、
だいたい請求書と
カタログがついとる」
………
■第11章
サポーターは酔っぱらった外交官
ワールドカップでは、
スコットランド応援団が
アメリカの
バーのビールを飲み干していた。
ノルウェー応援団は、
バイキング船を漕ぐような
応援をしていた。
ゆづきは笑った。
「平和なニュースきた」
祖父も笑った。
「これはこれで外交じゃ」
「酔っぱらいが?」
「そうじゃ。
サポーターは、
酔っぱらった外交官じゃ」
国の印象は、
大使館だけでは作れない。
歌い方。
飲み方。
喜び方。
踊り方。
ゴミの拾い方。
SNSの動画。
それが世界に広がる。
「政治家より、
ビールを飲んでるおじさんの方が
国の印象を作ることもある」
「じゃあスコットランド大使、
飲みすぎじゃん」
「かなり優秀じゃ」
………
■第12章
猛暑で線路が曲がるヨーロッパ
フランスでは、
40度を超える猛暑。
鉄道運休。
学校の教室は34度。
子どもたちは30分以上集中できない。
ゆづきは言った。
「ヨーロッパって
涼しいイメージだった」
「その前提が壊れとる」
昔の気候を前提にした線路。
冷房のない学校。
古い石造りの建物。
暑さに弱い電力網。
猛暑は、
天気ではなく、
インフラへの攻撃になっていた。
祖父は言った。
「これからは、
偏差値の前に室温じゃ」
「怖いね」
「暑い教室では、
夢も集中力も蒸発する」
………
■第13章
過去ログに追いつかれる権力者
スペインでは、
元首相周辺の
マネーロンダリング疑惑。
娘たちの会社。
航空会社救済金。
宝石の金庫。
アメリカへのデータ照会。
ゆづきは言った。
「ドラマみたい」
「現実の方が脚本を盛りすぎる」
昔なら消えたはずの会食。
送金。
登記。
メール。
クラウド。
飛行記録。
秘書の資料。
家族会社。
全部があとからつながる。
祖父は言った。
「AI時代の権力者が
一番怖いものは、
野党ではない」
「何?」
「時系列表じゃ」
ゆづきは吹き出した。
「地味すぎて怖い」
………
■第14章
世界は何を売っているのか
ニュースが一巡した。
ゆづきはスマホを置いた。
「おじいちゃん。
結局、世界は何を売ってるの?」
祖父は少し考えた。
「安心じゃ」
「安心?」
「まだできていない安心。
まだ取れていない機雷。
まだ飛んでいない飛行機。
まだ守れていない同盟。
まだ実現していない平和。
まだ漏れないと証明できない試験。
それを先に売っとる」
「だから、やるやる詐欺?」
「詐欺と言い切ると怒られる。
でも、似とる」
祖父は笑った。
「元証券マンから見ると、
世界は今、
未来の期待値で値段をつけとる」
「株みたい」
「そうじゃ。
まだ利益が出ていない会社でも、
物語が強ければ株価は上がる。
国も企業も、
未来の物語で人を安心させとる」
………
■第15章
未来を動かすのは大声ではない
祖父は古いメガネを外した。
「ゆづき。
大事なのは、
大きな発表にだまされるな、
ということだけじゃない」
「じゃあ何?」
「その発表の裏で、
本当に手を動かす人を
見つけることじゃ」
掃海する人。
線路を見る人。
燃料を運ぶ人。
試験を守る人。
メモリを作る人。
水を処理する人。
電線をつなぐ人。
飛行機を整備する人。
暑い教室にエアコンを入れる人。
世界は大風呂敷を広げる。
でも、
その風呂敷が破れないように、
端っこを縫っている人がいる。
「おじいちゃん、
それが日本?」
「日本だけではない。
でも日本は、
そういう手を持っとる」
テレビでは、
また別のニュースが始まっていた。
誰かがまた、
新しい未来を発表していた。
やります!
守ります!
飛ばします!
変えます!
ゆづきは小さく笑った。
「また、やるやる?」
祖父は味噌汁を飲み干した。
「そうじゃ。
だから見るんじゃ。
口ではなく、手を」
世界は、
できないかもしれないことを
大声で発表する。
でも、
未来を本当に動かすのは、
大声ではない。
静かにネジを締める、
誰かの手だった。
………
❥Z世代のあなたへ
ニュースを見ると、
世界はすごい人たちが
動かしているように見える。
大統領。
首相。
CEO。
軍。
巨大企業。
国際会議。
でも本当は、
世界を止めない人たちは、
もっと見えにくい場所にいる。
試験を公正にする人。
電車を安全に走らせる人。
データを守る人。
燃料を運ぶ人。
半導体を磨く人。
水をきれいにする人。
誰かの不安を、
今日一日ぶんだけ軽くする人。
Z世代のあなたは、
大きな発表に焦らなくていい。
「世界を変えます!」
「未来を作ります!」
「全部解決します!」
そういう言葉が多すぎる
時代だからこそ、
小さくても、
本当に手を動かす人になればいい。
世界が
「やるやる詐欺」
になった日に、
あなたが選ぶべきなのは、
一番大きな声ではない。
一番まじめに、
ネジを締めている手だ。
………
★あとがき
ホームズ・ワトソン・
やすきよ漫才
ホームズ
「ワトソンくん、
今回の事件は簡単だ。
世界中が
“やります”と言っている」
ワトソン
「それなら安心ですね、
ホームズ」
ホームズ
「いや、そこが事件だ。
やると言っているが、
まだやっていない」
ワトソン
「えっ?それ、
普通に“やるやる詐欺”では?」
ホームズ
「しっ。国際政治では、それを
戦略的コミュニケーションと言う」
ワトソン
「名前を変えただけやないですか!」
✲やすし
「怒るでしかし!
ホルムズは機雷除去します。
カンタスは21時間飛ばします。
NATOは5%払います。
全部、ほんまにやるんかい!」
✲きよし
「まあまあ、やっさん。
大人の世界には準備というものが」
✲やすし
「準備ばっかりやないか!
わしも明日から腹筋やる言うて、
もう30年準備しとるわ!」
✲きよし
「それはただのサボりです」
✲やすし
「何を言うとんねん!
わしの腹筋も
プロジェクト・サンライズや。
いつか夜明けが来るんや!」
ホームズ
「なるほど。
世界最長の未実行計画だ」
ワトソン
「やっさんの腹筋、
ホルムズより深いところに
沈んでますね」
✲やすし
「機雷か、わしの腹か、
どっちが先に除去されるんや!」
✲きよし
「どっちも保険会社が困ります」
ホームズ
「結論を言おう。
世界は大きな声で未来を語る。
だが未来を動かすのは、
大きな声ではない」
ワトソン
「では何です?」
ホームズ
「静かな手だ。
ネジを締める手。
線路を見る手。
掃海する手。
水を守る手。
そして、孫にニュースを説明する、
少ししつこいおじいちゃんの手だ」
✲やすし
「誰が
しつこいおじいちゃんや!」
✲きよし
「でも、そのしつこさが
世界を救うんですわ」
✲やすし
「ほな、
最後に一言だけ言わせてもらうで」
✲きよし
「どうぞ」
✲やすし
「世界が
“やるやる詐欺”になってもな、
こっちは
“見る見る力”を
つけたらええんや!」
✲きよし
「うまい!」
ホームズ
「事件解決だ」
ワトソン
「いや、
やっさんの腹筋だけ未解決です」
✲やすし
「それは次回作や!」
………
了




