予想が外れた夜、鮭は瓦礫へ帰った ――原油は上がるはずだった。戦争は終わるはずだった。日本は沈むはずだった。 でも世界は、いつも人間の予想の反対側で、見えない手にそっと押されていた――
✦ 予想が外れた夜、鮭は瓦礫へ帰った
――原油は上がるはずだった。
戦争は終わるはずだった。
日本は沈むはずだった。
でも世界は、
いつも人間の予想の反対側で、
見えない手に
そっと押されていた――
………
世の中は、
だいたい外れる。
証券会社に三十八年いた祖父は、
それを骨で知っていた。
みんなが上がると言えば、
下がる!
みんなが下がると言えば、
上がる!
みんなが安心すると、
どこかで火がつく!
みんなが終わったと言うと、
そこから次の物語が始まる!
テレビは言った。
「ホルムズ海峡は開きました」
「覚書が結ばれました」
「原油価格は落ち着きます」
「世界は平和へ向かっています」
でも祖父は、
湯呑みを置いて言った。
「違うな!」
孫のゆづきが聞いた。
「何が違うの?」
祖父は、画面の中の
G7の笑顔を見ながら言った。
「戦争は終わっとらん。
広がり方が
変わっただけじゃ!
原油は
上がると言われとる。
でも下がるかもしれん。
インフレになると言われとる。
でも、デフレになるかもしれん。
利上げじゃと言われとる。
でも、利下げになるかもしれん。
人間の予想は、
よう外れるんじゃ…」
中学二年生のこはるが
スマホを止めた。
「じゃあ、
何を信じればいいの?」
祖父は少し黙った。
「数字だけ見たら迷う。
ニュースだけ見たら
振り回される。
でもな、世界には、
人間の思い通りにはならん
流れがある。
それを昔の人は、
見えない手と呼んだんじゃ」
………
★目次
■第1章
みんなが原油高と言った夜、
油は下を向き始めた
■第2章
ホルムズ海峡は、
世界の料金所になった
■第3章
機雷は海底より、
人間の頭の中で爆発する
■第4章
G7の写真では、
戦争は終わっていた
■第5章
非常ベルを握る国、
電卓を叩く国
■第6章
インド人船員という、
海の床下労働者
■第7章
AIは仕事を奪うのではなく、
値段を下げに来た
■第8章
FRBは金利の番人から、
見えない手の通訳になる
■第9章
日本は沈むはずだったのに、
なぜか床下で生き残った
■第10章
韓国は看板、日本は工具箱
■第11章
Telegramを止められた
インドの若者たち
■第12章
フランスの運河に飛び込む人々
■第13章
オーストラリアのオウムが
ゴミ箱を開けた朝
■第14章
レバノンの車列は、
瓦礫へ帰っていった
■第15章
東京湾で太った鮭は、
自分の川を思い出すか
………
■第1章
みんなが原油高と言った夜、
油は下を向き始めた
ホルムズ海峡が危ない。
そう聞けば、
誰もが思う。
原油は上がる。
ガソリンは上がる。
電気代は上がる。
食費は上がる。
老後はもっと苦しくなる。
ニュースもそう言う。
評論家もそう言う。
スマホの中の知らない人も、
同じような顔で
同じことを言う。
でも祖父は、
その同じ方向へ流れる声が
怖かった。
「みんなが
同じことを言い始めた時、
相場はだいたい、
別の場所へ歩き始めとる…」
祖父は、
証券会社で何度も見た。
上がる上がると言われた株が、
翌月には泣いていた。
もう終わりだと言われた会社が、
五年後に大化けしていた。
原油も同じかもしれない。
戦争で油が上がる。
そう思った瞬間、
世界は逆に考え始めた。
油に頼るのは
危ない!
海峡に頼るのは
危ない!
中東だけに頼るのは
危ない!
AIで
物流を減らせ!
省エネしろ!
別の航路を探せ!
在庫を見直せ!
戦争は、
原油を高くしたのではない。
人間の頭の中に、
「油から離れろ」
という小さな声を植えたのだ。
祖父は言った。
「次のショックは、
油が足りんショックやのうて、
油が余るショックかも
しれんぞ!」
こはるが目を丸くした。
「戦争なのに?」
「そうじゃ。
世界は、
人間が思った通りには動かん!」
………
■第2章
ホルムズ海峡は、
世界の料金所になった
ホルムズ海峡は、
ただの海ではなくなった。
そこには、
見えない料金所ができた。
通行料。
保険料。
護衛費。
掃海費。
ドローン監視費。
復興基金。
凍結資産返還。
原油先物。
G7の笑顔。
海峡を船が通るたび、
世界のどこかで、
誰かが電卓を叩く。
昔の海賊は、
船に乗っていた。
令和の海賊は、
保険料の表に住んでいる。
でも、
それを悪いとだけは言えない。
人間は怖いから、
値段をつける。
値段をつけることで、
怖さを少しだけ飼いならす。
恐怖を保険料に変え、
不安を先物価格に変え、
戦争を覚書に変える。
人間は弱い。
だから、
紙に書く。
サインする。
写真を撮る。
そして少しだけ、
眠れるようになる。
………
■第3章
機雷は海底より、
人間の頭の中で爆発する
イランは本当に、
機雷を撒いたのか?
誰にも分からない。
でも、
「あるかもしれない」
だけで船は止まる。
海運会社は悩む。
保険会社は値上げする。
G7は掃海艇を出す。
テレビはCGを作る。
機雷とは、
鉄の爆弾だけではない。
人間の不安を爆破する、
海底の噂である。
祖父は言った。
「機雷は沈んどるかもしれん。
でもたくさん沈んどるのは、
人間の疑心暗鬼じゃ!」
ゆづきが言った。
「じゃあ、
世界って噂で動いてるの?」
祖父はうなずいた。
「そうじゃ。
株も、原油も、戦争も、
半分は事実で動く。
もう半分は、
人間の心の揺れで動く!」
数字は冷たい。
でも、
数字を動かしているのは、
怖がる人間である。
………
■第4章
G7の写真では、
戦争は終わっていた
G7の写真では、
みんな笑っていた。
トランプ大統領。
ゼレンスキー大統領。
マクロン大統領。
モディ首相。
韓国大統領。
高市首相。
世界の大人たちが、
きれいなテーブルに座っていた。
でも、
その同じ時間に、
レバノンでは家が壊れ、
ホルムズでは船が止まり、
ウクライナでは塹壕が濡れ、
フランスでは子どもたちが、
教室のファンの下で汗を拭いていた。
写真は涼しい。
でも世界は、
まだ熱を持っていた。
祖父は言った。
「写真は、世界が
まとまったように見せる。
でも本当は、
まだまとまっとらん!」
こはるが言った。
「じゃあ、
写真って嘘なの?」
「嘘ではない。
ただし全部ではない」
事実は小説より奇なり。
でも、
写真は事実より少しだけ、
人間に都合よく笑う。
………
■第5章
非常ベルを握る国、
電卓を叩く国
アメリカは言った。
「イラ●と話す!」
「核を止める!」
「復興基金を作る!」
「原油を落ち着かせる!」
でもイスラエ●は言った。
「その契約書、
爆発物チェックしましたか?」
トラン●大統領は、
市場を安心させたい。
イスラエ●は、
防空壕を安心させたい。
同じ安心でも、
ウォール街の安心と、
ミサイルを受ける町の安心は違う。
非常ベルを握る国と、
電卓を叩く国。
どちらも必死だった。
祖父は言った。
「悪い国、良い国。
そんな簡単には分けられん。
人間はみんな、
自分の怖さを抱えて動いとる」
ゆづきは黙った。
世界は、
0と1では割り切れない。
悪人と善人の間に、
震えている人間がいる。
………
■第6章
インド人船員という、
海の床下労働者
ホルムズ海峡で、
インド人船員が亡くなった。
その時、
世界は少しだけ気づいた。
原油を運んでいるのは、
タンカーではない。
人間である。
海の上には、
インド人船員がいる。
フィリピン人船員がいる。
名も知られない若者たちがいる。
日本のガソリン。
回転寿司の魚。
百円ショップの商品。
肥料。
プラスチック。
電気。
それは、
誰かの息子が乗った船で
運ばれていた。
モディ首相は言った。
「航路の安全を守れ。
うちの国民が乗っている」
その一言で、
インドは人口大国から、
海の労働者を持つ大国へ変わった。
祖父は言った。
「世界経済は、
偉い人の握手だけで
動いとるんじゃない。
名前も出ん人の手で、
動いとるんじゃ!」
………
■第7章
AIは仕事を奪うのではなく、
値段を下げに来た
AIは怖い。
そう言う人は多い。
仕事がなくなる。
人間がいらなくなる。
若者の未来が奪われる。
それも半分は正しい。
でも、
祖父は別の方向を見ていた。
AIは、
値段を下げに来る。
翻訳。
設計。
在庫管理。
物流。
広告。
事務。
分析。
プログラム。
診断補助。
教育。
知的作業の値段が、
一十分の一、
百分の一になるかもしれない。
そうなると、
世界の物価の土台が揺れる。
インフレだと言われていた時代に、
デフレの種がまかれる。
利上げだと言われていた時代に、
利下げの風が吹く。
祖父は言った。
「みんなはAIを怪物として見る。
でもな、
見えない手は時々、
怪物の着ぐるみを着て
やって来るんじゃ!」
こはるが言った。
「それ、ちょっと
怖いドラえもんじゃん」
祖父は笑った。
「そうじゃ。
ポケットの中身が便利すぎると、
人間はまた怖がる」
………
■第8章
FRBは金利の番人から、
見えない手の通訳になる
昔のFRBは、
金利を見ていた。
物価。
雇用。
景気。
でもこれからは、
AIを見る。
AIが仕事を速くする。
AIが人件費を下げる。
AIが物流を変える。
AIが電気を食う。
AIが原油需要を削る。
だからFRB議長は、
ただの銀行番ではなくなる。
見えない手が、
どちらへ世界を押しているのか。
その風を読む、
通訳になる。
利下げライト。
国債信用バリア。
インフレ測定メガネ。
ただし、
トラン●大統領は横で叫ぶ。
「早く利下げしろ!」
祖父はテレビを見て言った。
「人間は、
金利を動かしているつもりになる。
でも本当は、もっと大きな流れに
動かされとる!」
………
■第9章
日本は沈むはずだったのに、
なぜか床下で生き残った
ホルムズが危ない。
そう言われた時、
誰もが思った。
一番まずいのは日本だ。
原油が来ない。
ナフサが足りない。
電気代が上がる。
貿易赤字になる。
物価が上がる。
生活が苦しくなる。
でも、
現実は少し違った。
日本は弱いようで、
意外にしぶとかった。
輸出は残った。
経常黒字も残った。
水処理がある。
非常用発電がある。
プラントがある。
工作機械がある。
商社がある。
省エネがある。
もったいない精神がある。
派手な油田はない。
でも、
床下の配管はあった。
祖父は言った。
「日本は、
表舞台では弱そうに見える。
でも床下に、
まだ使える工具が残っとる」
ゆづきが言った。
「それって救いなの?」
祖父は少し考えた。
「救いというのは、
光って降ってくるとは限らん。
古い工具箱の中から、
錆びたレンチみたいに
出てくることもある」
………
■第10章
韓国は看板、日本は工具箱
G7の夕食会で、
韓国大統領は目立っていた。
サムスン。
SKハイニックス。
造船。
防衛。
原発。
Kカルチャー。
韓国は看板を持って、
宴会場に入った。
一方、
日本は目立たない。
水処理。
非常用発電。
原子力部品。
工作機械。
素材。
プラント。
商社金融。
日本は工具箱を持って、
裏口から入った。
こはるが聞いた。
「それって負けなの?」
祖父は首を振った。
「違う。
停電した時、
みんなが探すのは歌手やのうて、
配電盤の場所を知っとる人じゃ」
目立つ者が勝つとは限らない。
世界が壊れた時、
最後に呼ばれるのは、
目立たない修理屋かもしれない。
………
■第11章
Telegramを止められた
インドの若者たち
インドでは、
医学部入試の問題が漏れた。
二百万人を超える受験生。
Telegram。
詐欺師。
偽の問題。
本物っぽい解答。
人生をかけた不安。
政府はTelegramを止めた。
でも学生は言った。
「悪いのはアプリですか?
それとも
問題を漏らした制度ですか?」
試験問題より先に、
若者の未来が漏洩していた。
人口が多い国は強い。
でも、
公正な出口がなければ、
その多さは怒りになる。
祖父は言った。
「若者を虫みたいに扱ったらいけん。
あの子らは、
未来へ行きたいだけなんじゃ」
こはるは、姉のゆづきの
進路希望票を思い出した。
世界のどこでも、
若者は同じだった。
点数で測られ、
順位で並べられ、
不安を売る大人に囲まれている。
でも、
その心の中には、
まだ消えていない火がある。
………
■第12章
フランスの運河に飛び込む人々
フランスは暑かった。
平年より十度高い夜。
教室のファン。
窓の遮熱フィルム。
移動式空調。
水遊び。
朝のジョギング。
夜の外出。
そして人々は、
運河へ飛び込んだ。
水は濁っていた。
でも暑さは、
人間の判断力を奪う。
「汚いかも」より、
「今すぐ冷えたい」が勝つ。
都市は、観光ポスターから、
災害対応マニュアルへ
変わっていた。
空にはドローン。
遊泳禁止の川を、
見回っていた。
祖父は言った。
「戦争だけが、
人間を追い詰めるんじゃない。
暑さも、水も、家賃も、試験も、
人間をじわじわ追い詰める」
でも人間は、
水を探す。
たとえ濁っていても、
体を冷やす場所を探す。
生きようとするものは、
理屈より先に水へ向かう。
………
■第13章
オーストラリアのオウムが
ゴミ箱を開けた朝
オーストラリアでは、
オウムがゴミ箱を開けていた。
カフェのテーブルに乗り、
食べ物をさらい、
人間の町で堂々と暮らしていた。
サメもニュースになる。
チンパンジーもニュースになる。
ポニーもニュースになる。
猫の毛皮もニュースになる。
国会議員もニュースになるが、
オウムもニュースになる。
たまに、
オウムの方が賢そうに見える。
祖父は笑った。
でも、
すぐに真顔になった。
「人間だけが救われるんじゃない。
鳥も、魚も、馬も、猿も、
みんな生きようとしとる!」
ゴミ箱を開けるオウムは、
迷惑かもしれない。
でもそれは、
生きる知恵でもある。
人間の町に割り込んでくる
動物たちは、
こう言っているのかもしれない。
ここは、
人間だけの世界では
ありませんよ。
………
■第14章
レバノンの車列は、
瓦礫へ帰っていった
レバノン南部へ、
車が走っていた。
荷物。
子ども。
ペットの小鳥。
布団。
古い鍋。
壊れた町への帰り道。
人々は言った。
「家が壊れていても戻る」
「寝る場所がなくても戻る」
「店がなくても戻る」
「何が残っているか見たい」
安全だから帰るのではない。
そこに、
自分の時間が染みているから帰る。
瓦礫にも、
ただいまは言える。
祖父はテレビの前で、
黙っていた。
自分のふるさとの古い家を、
思い出していた。
父の声。
母の背中。
仏壇の前の沈黙。
深夜放送。
怒り。
寂しさ。
それでも戻ってしまう家。
家とは、
幸せな記憶だけではない。
傷ついた記憶も含めて、
そこに自分がいた証拠なのだ。
………
■第15章
東京湾で太った鮭は、
自分の川を思い出すか
北海道の養殖場で生まれた鮭は、
川へ戻る。
人間も同じだ。
本当は、
自分の水の匂いを覚えている。
でも日本人は、
地方から東京へ出ていく。
仕事。
大学。
病院。
給料。
刺激。
便利さ。
経済の引力は、
ふるさとの引力より強かった。
やがて東京も、
第二のふるさとになる。
子どもが生まれ、
友だちができ、
行きつけの店ができ、
思い出が積もる。
でも祖父は思った。
東京湾で太った鮭は、
いつか自分の川の匂いを
思い出すのだろうか?
東京は心臓だ。
でも、
心臓だけで人間は生きられない。
手足がいる。
胃袋がいる。
水がいる。
記憶がいる。
ふるさとの川がいる。
祖父は言った。
「世界は、
予想の反対へ動くことがある。
戦争は終わると言われても、
終わらないかもしれん。
原油は上がると言われても、
下がるかもしれん。
インフレと言われても、
デフレかもしれん。
日本は沈むと言われても、
床下で生き残るかもしれん。
人間は都会へ行くと言われても、
最後にはどこかへ帰るかもしれん」
ゆづきは聞いた。
「それって、
誰かがそうしてるの?」
祖父は笑った。
「分からん。
ただ、世界には、
人間の計算だけでは
説明できん流れがある。
昔の経済学者は、
それを見えない手と言った。
わしは、その手は
冷たい手じゃないと思う。
たぶん、
少し温かい」
………
❥Z世代のあなたへ
あなたは、
どこで生きてもいい。
東京でもいい。
大阪でもいい。
九州でもいい。
中国地方のある田舎でもいい。
海外でもいい。
スマホの中でもいい。
でも、
ひとつだけ覚えておいてほしい。
みんなが同じ方向を向いた時、
世界はもう反対側へ
歩き始めていることがある。
戦争が終わると言われたら、
戦争の形が変わるかも
しれない。
原油が上がると言われたら、
油の時代が終わり始めるかも
しれない。
インフレが来ると言われたら、
AIが値段を下げに来るかも
しれない。
日本は終わったと言われたら、
工具箱を持った日本が、
床下から世界を直すかも
しれない。
あなたの人生も同じだ。
偏差値で終わりじゃない。
会社名で終わりじゃない。
フォロワー数で終わりじゃない。
AIに要約された三行で終わりじゃない。
人間は、いつも予想の外に
逃げ道を持っている。
その逃げ道は、
派手ではない。
古い家かも
しれない。
小さな町かも
しれない。
誰にも見られない努力かも
しれない。
一匹のオウムを守る手かも
しれない。
沈みかけた船の船員を思う心かも
しれない。
瓦礫の前で言う、
小さな「ただいま」かも
しれない。
世界は冷たく見える。
でも、
本当に冷たいだけの世界なら、
人は瓦礫へ帰らない。
鳥はゴミ箱を開けない。
鮭は川を目指さない。
若者は試験に怒らない。
老人はAIで小説を書かない。
生きているものは、
みんな何かに押されている。
見えないけれど、
たぶん温かいものに。
………
★あとがき
ホームズ・ワトソンの
やすきよ漫才風
ホームズ:
「ワトソン君、
今回の事件の犯人は誰だと思う?」
ワトソン:
「そら、イラ●ですか?
イスラエ●ですか?
ジャイアン大統領ですか?」
ホームズ:
「違う。
犯人は“人間の予想”だ」
ワトソン:
「なんやそれ。
予想が犯人なら、
証券会社は毎日
事件現場やないか」
ホームズ:
「その通りだ」
ワトソン:
「認めるんかい!」
ホームズ:
「みんなが
原油高と言えば、
原油は下を向く。
みんなが
インフレと言えば、
AIが値段を下げに来る。
みんなが
日本は終わりと言えば、
日本は床下から工具箱を出す」
ワトソン:
「ほな、わしの人生も、
みんなが無理や言うたら
いけるんか?」
ホームズ:
「可能性はある」
ワトソン:
「ほんまか?
わし、今から
K-POPアイドルになれるか?」
ホームズ:
「それは見えない手でも
少し難しい」
ワトソン:
「そこは救えよ!」
ホームズ:
「救いとは、何でも
思い通りになることではない」
ワトソン:
「急に深いこと言うなや。
こっちは漫才のつもりやぞ」
ホームズ:
「救いとは、思い通りに
ならなかった人生にも、
帰る場所が見つかることだ」
ワトソン:
「ほな、レバノンの人が
瓦礫へ戻るのも?」
ホームズ:
「そうだ」
ワトソン:
「東京湾で太った鮭が、
ふるさとの川を
思い出すのも?」
ホームズ:
「そうだ」
ワトソン:
「オーストラリアのオウムが
ゴミ箱を開けるのも?」
ホームズ:
「それは少し迷惑だ」
ワトソン:
「救いから
急に町内会問題やないか!」
ホームズ:
「しかし、
あのオウムも生きている」
ワトソン:
「ほな最後に一言」
ホームズ:
「人間の予想は外れる。
でも、
見えない手は外さない!」
ワトソン:
「ええこと言うたな。
けど、
わしの馬券は当たらんぞ」
ホームズ:
「それは見えない手ではなく、
見えている欲だ」
ワトソン:
「やかましいわ!」
――世界は、
人間の予想を笑いながら、
少しだけ温かい方へ動いていた。
戦争が終わった夜、
鮭は瓦礫へ帰った。
それは敗北ではなかった。
まだ、
帰る場所があるという
知らせだった(嬉)。




