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石油王が、ネジを探した日 ――ホルムズ海峡が閉じた夜、世界の値札は、油田から一本の小さな部品へ移った――

✦石油王が、ネジを探した日


――ホルムズ海峡が閉じた夜、

 世界の値札は、

 油田から一本の小さな部品へ移った――


………


世界はずっと、

石油を持つ国が勝つと思っていた。


地下に黒い血を抱えた国。

港にタンカーを並べる国。

海峡を握る国。


その国こそが、

次の時代の王様になるはずだった。


けれど、

ホルムズ海峡が閉じた夜、


世界中の会議室で、

本当に探されたものは違っていた。


石油ではなかった。


半導体工場を

止めないネジ。


AIデータセンターを

冷やす部品。


発電機を動かす

保守部材。


水処理施設を直す

技術者。


海外から届く

配当通知。


観光客が落としていく

小さな財布。


サイバー攻撃から

国を守るコード。


そして、

一本の油田よりもしぶとい、


細くても切れにくい、

いくつもの収入パイプだった。


その時、

世界は初めて気づいた。


油田を持つ国が、

必ず勝つわけではない。


油田がなくても、

沈まない国がある。


そして、


若さという油田を失っても、

まだ立ち上がれる人間がいる。


これは、

石油のない国が、

世界の危機の中で見つけた、


見えない油田の物語である。


………


★目次


■第1章 

 石油王が、

 ネジを探した日


■第2章 

 ワールドカップの空席


■第3章 

 十八万枚のチケットが

 語ったこと


■第4章 

 カナダの石油は、

 アメリカの門を通る


■第5章 

 オーストラリアは、

 ガソリン船を待っていた


■第6章 

 中東の油田は、

 金庫から倉庫へ変わった


■第7章 

 地球の家計簿を開け


■第8章 

 日本の見えない油田


■第9章 

 中国は胃袋を病んだ輸出怪物


■第10章 

 韓国はAIの記憶を売った


■第11章 

 イスラエ●は、

 砲弾を撃ちながらコードで稼いだ


■第12章  

 ロシ●とイラ●の

 黒字に見える貧血


■第13章 

 アメリカは

 赤字を世界に持たせる


■第14章 

 国は沈まない、 

 産業から干上がる


■第15章 

 ゆづきが見つけた

 七本の収入パイプ


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風


………


★本文


■第1章 

 石油王が、ネジを探した日


その日、

世界で一番高くなったものは、

石油ではなかった。


もちろん、

石油価格は跳ね上がった。


タンカーは止まり、

保険料は上がり、

航空券は高くなり、

ガソリンスタンドの電光掲示板は、

毎朝、違う数字を出した。


でも本当に怖かったのは、

石油そのものではなかった。


石油を使って動くはずの機械が、

小さな部品ひとつで

止まり始めたことだった。


発電機の

保守部品が足りない。


ポンプの

交換部品が届かない。


半導体工場の

配管部材が遅れる。


水処理施設の

センサーが止まる。


AIデータセンターの

冷却装置が、

一個の継ぎ手で納期未定になる。


ゆづきは、

スマホのニュースを見ながら

言った。


「おじいちゃん、

 ホルムズ海峡って、

 石油の話じゃないの?」


僕は、

朝のコーヒーを飲みながら答えた。


「最初は石油の話じゃ。

 でも最後は、

 ネジの話になる」


「ネジ?」


「そうじゃ。

 石油王でも、

 ネジがなければ機械は動かん」


ゆづきは笑った。


「石油王がネジ探すの?」


「そうじゃ。

 それが今の世界じゃ」


僕は、

机の上に一本の鉛筆を置いた。


「世界はな、

 強いものほど、


 小さいものに

 負けることがある」


「どういうこと?」


「油田は大きい。

 海峡も大きい。

 国家も大きい。


 でも、

 その大きなものを動かす

 最後のところに、

 小さなネジがある」


ゆづきは、

少し真顔になった。


「一本

 足りないだけで?」


「一本足りないだけで、

 止まることがある」


その瞬間、

僕は思った。


これは、

世界経済の話であり、


同時に、

人間の老い方の話でもある。


若さと油田を失った人間は、

終わりなのか?


天才という油田を持たない人間は、

負けなのか?


違う。


小さな習慣を、

何本も持てばいい。


朝の足湯。

ラジオ体操。


正信偈。

英語。

カラオケ。

AI小説。


娘とのLINE。

孫との会話。


一つ一つは、

油田ではない。


でも、

細いパイプは、

何本もあれば命を支える。


僕は、

ゆづきに言った。


「ゆづき。

 これからの世界は、

 油田の大きさでは決まらん」


「じゃあ何で決まるの?」


「パイプの本数じゃ」


ゆづきは、

ノートに大きく書いた。


『石油王が、ネジを探した日』


そして、

その下に小さく書き足した。


『一本の油田より、七本の細いパイプ』


………


■第2章 

 ワールドカップの空席


ワールドカップのチケットが、

売れ残っていた。


十八万枚。


ゆづきは、

スマホの画面を見ながら言った。


「おじいちゃん、

 これ、人気ないってこと?」


僕は、

朝のコーヒーを一口飲んだ。


「いや、

 それだけじゃない」


「じゃあ何?」


「世界が、

 チケットを買う前に、

 国境を計算する時代になったんじゃ」


ゆづきは首をかしげた。


「国境?」


「そうじゃ。チケットがあっても、

 入国できるか

 分からん。


 ビザが出るか

 分からん。


 飛行機が飛ぶか

 分からん。  


 ホテルが高すぎるかもしれん」


「サッカーなのに?」


「サッカーなのに、じゃない。

 サッカーだからこそ、

 世界のひび割れが見える」


チケットは、

ただの紙ではなくなっていた。


それは、

その人が、

どこの国のパスポートを持ち、

どこの空港を通り、

どこの政治に巻き込まれるかを示す、


小さな信用証明書になっていた。


ゆづきは言った。


「なんか怖いね」


「怖いけど、

 これはまだ入口じゃ」


「まだあるの?」


「ああ。

 次に売れ残るのは、

 チケットじゃない」


僕は、

古い証券会社時代の癖で、

指で机を二回たたいた。


「国そのものじゃ!」


………


■第3章 

 十八万枚のチケットが語ったこと


チケット転売サイトでは、

値段が下がっていた。


買った人は、

高く売れると思っていた。


でも、

買い手がつかない。


手数料を払うと、

売っても赤字になる。


ゆづきは、

目を丸くした。


「チケットなのに、

 株みたい」


「そうじゃ。

 今の世界では、


 チケットも株も船も石油も、

 みんな信用で動く」


「信用?」


「その国へ入れるか?

 その船が通れるか?

 その契約が守られるか?

 その会社が潰れんか?


 それが信用じゃ」


ワールドカップは、

世界を一つにする祭りだった。


でも五年後、

スタジアムの空席は、

世界が一つではなくなった

証拠になった。


コロンビア。

メキシコ。

ブラジル。

ポルトガル。

アルゼンチン。


サッカーを 

人生の一部にしている国の人々は、

何倍でも払った。


一方で、

日本、カナダ、アメリカ、

スイス、オーストラリアの人々は、

冷静に計算した。


高すぎる。

危ない。


面倒くさい。

テレビでいい。


ゆづきは言った。


「豊かな国の方が、

 お金を出さないんだ」


「豊かな国ほど、

 損得を計算する」


「じゃあ、熱い国が勝つの?」


「いや。

 熱だけでは勝てん。

 これからは、

 熱と信用の両方がいる」


その時、

僕のスマホに

別のニュースが流れてきた。


カナダのGDPが、

また弱い。


僕は、

小さくつぶやいた。


「次はカナダじゃな」


………


■第4章 

 カナダの石油は、

 アメリカの門を通る


ゆづきは言った。


「カナダって、

 資源国でしょ?」


「そうじゃ」


「石油もあるし、

 ガスもあるし、

 小麦もあるし、

 水もあるんでしょ?」


「ある」


「じゃあ、

 なんで景気が悪いの?」


僕は、

紙に大きくこう書いた。


『出口』


ゆづきは、

その字を見た。


「出口?」


「そうじゃ。

 資源は、

 地面から出ただけでは

 お金にならん。


 売る相手、

 運ぶ道、

 港、

 パイプライン、

 契約、

 国境。


 ここまで通って、

 初めてGDPになる」


「石油が

 あるだけじゃダメなの?」


「ダメじゃ。


 カナダの石油は、

 地面から出る。


 でもGDPになる前に、

 アメリカの門を通る」


ゆづきは、

少し黙った。


「アメリカが門番なの?」


「そうじゃ。

 カナダは資源国じゃが、

 売り先が

 アメリカに偏りすぎとる」


アメリカが機嫌を悪くする。


関税をちらつかせる。

協定を見直すと言う。

メキシコと先に話す。


そのたびに、

カナダの企業は投資を止める。


工場は迷う。

銀行は慎重になる。

家計は財布を閉じる。


「つまりね、ゆづき…」


僕は、

鉛筆で地図に線を引いた。


「カナダは油田を持っている。


 でも、

 油田の出口に、

 他人の門が立っとる」


ゆづきは言った。


「それって、

 広い家に住んでるのに、


 玄関の鍵を

 隣の人が持ってるみたい…」


「うまい。

 それじゃ…」


………


■第5章 

 オーストラリアは、

 ガソリン船を待っていた


次に僕は、

オーストラリアの地図を開いた。


ゆづきは笑った。


「ここは強そう。

 めちゃくちゃ広いし」


「広い」


「鉄鉱石もあるし」


「ある」


「LNGも石炭もあるんでしょ?」


「ある」


「じゃあ最強じゃん」


僕は首を振った。


「ところが、

 ここが一番小説向きなんじゃ」


「どういうこと?」


「オーストラリアは、

 資源を掘って

 売るのは得意じゃ。


 でも、

 自分たちが使う

 ガソリンや軽油やジェット燃料は、

 外から買う部分が大きい」


ゆづきは固まった。


「え?

 資源国なのに?」


「そうじゃ。

 原油やガスを売って、

 精製品を買い戻す。


 資源国なのに、

 町を動かす燃料の船を待つ」


「なんか変…」


「変じゃろ。


 でも、平和な時代には

 効率がよかった。


 自分で全部作るより、

 外に任せた方が安い。


 コスパがいい」


「でも危機になると?」


「逆コスパになる」


オーストラリアは、

地下に宝を持っていた。


でも、

その宝を朝の通勤車に入れる蛇口を、

よその国に預けていた。


ゆづきは、

ノートにこう書いた。


『掘れる国と、使える国は違う』


僕はうなずいた。


「それが、

 次の時代の怖い言葉じゃ」


………


■第6章 

 中東の油田は、

 金庫から倉庫へ変わった


中東には石油がある。


誰でも知っている。


世界の血液のような石油が、

地下に眠っている。


だから、

ホルムズ海峡が封鎖された時、

多くの人はこう思った。


石油国は儲かる。


ゆづきも言った。


「石油が高くなったら、

 中東は 

 お金持ちになるんじゃないの?」


「半分は正しい」


「半分?」


「石油価格は上がる。


 でも、

 出せない石油は

 売上にならん!」


僕は、

油田の絵を描いた。


その先に、

港を描いた。


そして、

その港の出口に、

大きな黒い扉を描いた。


『ホルムズ海峡』


「油田は金庫じゃと思われとった。

 でも海峡が閉じると、

 油田は倉庫になる」


「倉庫?」


「売れない在庫じゃ」


中東の強い国は、

まだ耐えられる。


石油収入。

政府系ファンド。

外貨準備。

ドルとの結びつき。


でも、

中東の弱い国は違う。


食料を輸入する。

若者の仕事が足りない。

補助金で生活を支える。


港が詰まると、

国民の食卓に出る。


ゆづきは言った。


「石油があるのに、

 食べ物で困るの?」


「ある。

 石油は食べられん」


ゆづきは、

その一言を何度も読み返した。


………


■第7章 

 地球の家計簿を開け


「おじいちゃん、

 じゃあ何を見ればいいの?」


「地球の家計簿じゃ」


「GDP?」


「GDPも大事じゃ。

 でも今回は、

 貿易収支と経常収支を見る…」


ゆづきは、

また難しい顔になった。


「それ、嫌なやつ。

 学校のプリントに出たら

 眠くなる…」


「小学生でも分かるように

 言うぞ」


僕は、

紙を二つに分けた。


左に、

『貿易収支』。


右に、

『経常収支』。


「貿易収支は、

 モノの売り買いじゃ」


車を売る。

石油を買う。


小麦を売る。

スマホを買う。


それが貿易収支。


「経常収支は、

 もっと大きい家計簿じゃ」


配当。

利息。

特許料。

旅行収入。

サービス。

海外子会社の利益。


「つまり、

 貿易収支は今日のレジ。


 経常収支は、

 その国が何十年かけて作った 

 稼ぎ方の履歴じゃ」


ゆづきは言った。


「家で言うと?」


「貿易収支は、

 今日の

 バイト代と買い物代…」


「経常収支は?」


「家賃収入、

 配当金、

 著作権料、

 副業、


 旅行客からの

 売上まで入れた家計簿…」


「なるほど」


「ここを見ると、

 国の本当の姿が見える」


僕は、

赤ペンで大きく書いた。


『資源量ではなく、収入パイプの本数』


………


■第8章 

 日本の見えない油田


日本には油田がない。

ガスも少ない。

鉄鉱石もない。


ホルムズ海峡が詰まれば、

普通なら真っ先に苦しくなる国だ。


でも、

地球の家計簿を開くと、

別の顔が見えてくる。


日本には、

見えない油田があった。


海外子会社の配当。

海外投資の利息。

特許。

観光収入。


車。

工作機械。

非鉄金属。

船。

素材。


水処理。

発電機。

保守部品。


AIデータセンターの床下で必要になる、

小さな部品たち。


「日本はAIの主役じゃない」


僕は言った。


「でも、

 AIの足元のネジを締めとる」


ゆづきは笑った。


「地味すぎ」


「地味なものほど、

 止まると怖い」


「スマホの中のネジみたいな?」


「そうじゃ。

 目立たん。

 でも一本足りんと動かん」


日本の油田は、

地面の下になかった。


それは、

世界中の工場と、

観光客の財布と、

海外子会社の決算書と、


一ミリのネジの中にあった。


ゆづきは、

ノートにこう書いた。


『見えない油田国家ニッポン』


………


■第9章 

 中国は胃袋を病んだ輸出怪物


「中国はどうなの?」


ゆづきが聞いた。


僕は少し考えた。


「中国は、

 胃袋を病んだ輸出怪物じゃ」


「なにそれ」


「国内は苦しい。

 不動産も弱い。

 若者の仕事も難しい。

 地方も大変。


 でも、

 世界へ売る力は

 まだ怪物みたいに強い」


AI関連機器。

集積回路。

自動データ処理機器。

電気製品。


レアアース。

安い商品。


中国は、

世界の台所と工場と倉庫を、

まだ握っている。


「つまり、

 中国は元気なの?」


「元気ではない。

 でも強い」


「病気だけど強い?」


「そうじゃ。

 胃袋は痛い。 


 でも腕と足は

 まだ世界一速く動く」


ゆづきは言った。


「それ、怖いね」


「怖い。

 なぜなら、


 内需が弱い国ほど、

 外へ安く売って

 生き残ろうとするからじゃ」


中国の安売りは、

ヨーロッパを苦しめる。

イギリスを苦しめる。


日本の一部企業も苦しめる。


でも同時に、

世界は中国製品なしでは動けない。


「中国は嫌われながら、

 必要とされる国になっとる」


僕は言った。


ゆづきは、

小さくうなずいた。


………


■第10章 

 韓国はAIの記憶を売った


韓国は、

AIゴールドラッシュの中で光っていた。


Samsung。

SK Hynix。

AIの記憶装置。

HBM。

半導体メモリー。


世界中のAIが、

韓国の記憶を必要としていた。


ゆづきは言った。


「じゃあ韓国は最強?」


「半分は強い」


「また半分?」


「韓国は、

 AIの記憶を売る力が強い。


 でも、国全体が

 全部元気なわけではない」


石化。

鉄鋼。

内需。


中小企業。

若者雇用。

エネルギーコスト。


韓国経済の足元には、

苦しい産業も多い。


「つまり、

 頭だけ強いの?」


「記憶装置は強い。


 でも体の他の部分が痩せると、

 国家全体はふらつく」


ゆづきは言った。


「テストで

 数学だけ100点だけど、

 体育も家庭科も保健も

 ボロボロみたいな?」


「うまい。

 それじゃ」


韓国は

AIの記憶を売った。


だが、

国家の体まで 

健康とは限らなかった。


………


■第11章 

 イスラエ●は、

 砲弾を撃ちながら

 コードで稼いだ


イスラエ●は、

モノの貿易では

赤字になりやすい。


石油大国ではない。

大きな資源国でもない。


戦争が起きれば、

観光客は消える。


ホテルは静かになる。

航空便は減る。


それでも、

イスラエ●は

すぐには干上がらない。


理由は、

コードだった。


サイバー。

防衛技術。


AI。

医療技術。


スタートアップ。

研究開発。


軍事と民間が混ざった技術の生態系。


「戦争で観光は死ぬ」


僕は言った。


「でも、サイバーの注文は

 増えることがある」


ゆづきは、

気持ち悪そうな顔をした。


「戦争で儲かるってこと?」


「言い方は悪いが、

 そう見える部分がある」


ミサイル。

ドローン。

迎撃。


監視。

サイバー防衛。

AI分析。


戦場で使われた技術は、

世界から見ると、

実戦済みの商品になる。


「戦争は悲劇じゃ。


 でも軍需産業にとっては、

 最悪の展示会にもなる!」


ゆづきは、

黙った。


僕も黙った。


しばらくして、

僕はノートに一行だけ書いた。


『砲弾を撃ちながら、コードで稼ぐ国』


………


■第12章 

 ロシ●とイラ●の

 黒字に見える貧血


「戦争してる国って、

 普通は貧しくなるよね?」


ゆづきが言った。


「なる」


「じゃあロシ●やイラ●は、

 すぐ倒れるの?」


「そこが逆説じゃ」


ロシ●は、

原油高で息をつなぐ。


制裁で苦しい。

戦費も重い。

技術も入りにくい。


でも、

中東危機で原油が上がると、

石油収入が一時的に助かる。


「ロシ●は 

 勝っているのではない」


僕は言った。


「原油高の点滴で、

 戦争を延命している」


イラ●は、

ホルムズ海峡をカードにできる。


世界を揺らせる。


でも握りしめすぎると、

自分の石油も出せなくなる。


「相手の首を絞めたロープが、

 自分の港にも巻きつく」


ゆづきは言った。


「怖い」


「もっと怖いのは、

 経常収支じゃ」


「なんで?」


「輸入できなくなると、

 外貨が出ていかない。 


 すると、

 数字だけ見ると

 黒字っぽく見えることがある」


「え?

 買えないから黒字?」


「そうじゃ」


黒字なのに、

薬がない。


黒字なのに、

部品がない。


黒字なのに、

若者が逃げる。


それは、

豊かさではない。


黒字に見える貧血だった。


………


■第13章 

 アメリカは赤字を世界に持たせる


「じゃあアメリカは?」


ゆづきが聞いた。


「アメリカは、

 普通の国ではない」


「ズルいの?」


「かなりズルい」


アメリカは経常赤字国だ。


輸入も多い。

世界中からモノを買う。


普通の国なら、

赤字は弱さになる。


でもアメリカは違う。


ドル。

米国債。


AI。

クラウド。


OS。

広告。


軍事。

農業。

エネルギー。

金融市場。


世界が不安になると、

お金はアメリカへ逃げる。


「赤字なのに?」


「そうじゃ。アメリカは 

 赤字を抱える国ではない。


 赤字を 

 世界に持たせる国じゃ!」


ゆづきは、

顔をしかめた。


「ラスボスみたい」


「かなりラスボスじゃ」


アメリカは、

世界にドルを配る。


世界は、

そのドルを欲しがる。


世界は、

米国債を買う。


アメリカは、

また赤字を出す。


そして世界は、

またドルを欲しがる。


「これ、

 永久機関じゃないの?」


「永久ではない。

 でも、

 普通の国より長持ちする」


ゆづきは言った。


「ずるい」


「世界の仕組みは、

 だいたいずるい人が

 長く作っている」


………


■第14章   

 国は沈まない、 

 産業から干上がる


僕は、

世界地図を机に広げた。


「これからは、

 国ごとに勝ち負けを見ると

 間違える」


「どう見るの?」


「産業ごとじゃ」


韓国は、

半導体は強い。

でも石化は苦しい。


日本は、

燃料輸入は苦しい。

でも部品、観光、海外所得は粘る。


中国は、

内需と不動産は弱い。

でも輸出工場は強い。


アメリカは、

庶民の生活は苦しい。

でもドル、AI、軍事、農業は強い。


オーストラリアは、

鉱山は強い。

でも燃料と加工は弱い。


イスラエルは、

観光は痛む。

でもサイバーは強い。


「つまり、

 国は沈まない」


僕は言った。


「先に、

 産業ごとに干上がる」


ゆづきは、

ノートに大きく書いた。


『国は沈まない。産業から干上がる。』


「これ、

 怖いけど分かりやすい」


「そうじゃ。スーパーの棚が 

 全部空になる前に、

 まず一つの棚が薄くなる。

 会社も国も同じじゃ」


………


■第15章 

 ゆづきが見つけた

 七本の収入パイプ


「じゃあ、

 生き残る国って何?」


ゆづきが聞いた。


僕は、

紙に七本の線を引いた。


「これが収入パイプじゃ」


一、資源パイプ。


石油、ガス、鉄鉱石、食料。


二、工業パイプ。


車、工作機械、部品、素材、船、電源、冷却。


三、サービスパイプ。


ソフト、金融、保険、設計、研究開発。


四、所得パイプ。


配当、利息、特許、海外子会社利益。


五、観光パイプ。


旅行客、食、街、文化、治安、歴史。


六、デジタルパイプ。


クラウド、OS、広告、AI、決済。


七、サイバーパイプ。


防衛、監視、セキュリティ、情報戦。


ゆづきは言った。


「多い国ほど強い?」


「そうじゃ」


「一本だけの国は?」


「その一本が切れると干上がる」


「じゃあ日本は?」


「資源パイプは細い。

 でも、

 工業、所得、観光はある。


 デジタルは弱い。

 サイバーもまだ弱い。

 でも一本足ではない」


「アメリカは?」


「全部持っとる。

 赤字でも強い」


「中国は?」


「資源は一部弱いが、

 工業とデジタルと

 レアアースが強い」


「オーストラリアは?」


「資源は太い。

 でも工業と加工と

 所得パイプが細い」


「韓国は?」


「AIメモリーのパイプが太い。

 でも偏りが怖い」


「イスラエ●は?」


「サイバーとハイテクが太い」


ゆづきは、

しばらく黙ってから言った。


「国って、

 人間みたいだね」


「どういうこと?」


「勉強だけできてもダメ。

 運動だけでもダメ。

 お金だけでもダメ。

 友達だけでもダメ。

 いろんな力がいる」


僕は笑った。


「その通りじゃ。

 国も人間も、

 パイプの本数が大事なんじゃ」


年末になっても、

ホルムズ海峡は

完全には戻らなかった。


石油は高い。

肥料も高い。

ナフサも詰まる。

船の保険料も高い。

航空券も高い。


世界は疲れていた。


資源国は勝つはずだった。


でも、

不思議なことが起きた。


資源国の一部が、

先に苦しくなった。


カナダは、

アメリカの門を

見ていた。


オーストラリアは、

燃料船の到着予定表を

見ていた。


中東の一部は、

油田を倉庫のように

眺めていた。


ロシ●は、

原油高の

点滴を受けていた。


イラ●は、

海峡カードを握りしめすぎて、

自分の港も苦しくしていた。


ヨーロッパは、

高い電気代と

安い中国製品に挟まれていた。


韓国は、

AIの記憶で光りながら、

足元の産業に火傷を負っていた。


イスラエ●は、

観光客を失いながら、

コードで外貨を稼いでいた。


アメリカは、

赤字を世界に持たせながら、

AIとドルでまだ立っていた。


中国は、

胃袋を病みながら、

輸出の腕を振り回していた。


そして日本は。


資源のない日本は?

石油のない日本は?


何度も終わったと言われた日本は?

まだ立っていた。


もちろん、

楽ではなかった。


ガソリンは高い。

電気代も高い。

中小企業は苦しい。


若者の給料も十分ではない。

地方は静かに痩せている。


それでも、

日本には見えない油田があった。


海外から届く配当。

観光客の財布。

工場の小さな部品。


半導体工場を支える素材。

水処理。

発電機。

工作機械。

保守部品。


「おじいちゃん」


ゆづきが言った。


「日本って、

 弱いけど、

 全部弱いわけじゃないんだね」


「そうじゃ」


「強いけど、

 全部強いわけでもない」


「その通りじゃ」


僕は、

コーヒーを飲み干した。


そして、

最後にノートへ一行書いた。


世界は、

油田を探していた。


でも五年後、

本当に値段がついたのは、

油田ではなかった。


配当通知。

半導体の記憶。

小さなネジ。


観光客の財布。

サイバー防衛のコード。


そして、

海峡が閉じても沈まない、

収入パイプの本数だった。


ゆづきは、

その一行を見て言った。


「おじいちゃん、

 これ、小説のタイトルにしようよ」


僕は笑った。


「長すぎるわ」


「じゃあ短くする」


ゆづきは、

スマホにこう打った。


『石油王が、ネジを探した日』


僕は、

少しだけ泣きそうになった。


なぜなら、

それは日本の話であり、


同時に、

僕自身の話でもあったからだ。


僕には、

若さという  

油田はなかった。


天才という

油田もなかった。


でも、

毎朝のラジオ体操。

足湯。

正信偈。

英語。

カラオケ。

e - bike

NMN サプリ

AI小説。


娘とのLINE。

ゆづきとの会話。


一つ一つは小さい。


でも、

それは僕の収入パイプであり、

命のパイプだった。


油田がなくても、

人は生きられる。


一本の才能がなくても、

人は残れる。


小さなパイプを、

毎日一本ずつ増やせばいい。


僕は、

ゆづきに言った。


「国も人間も同じじゃ。

 一本足で立とうとするから倒れる」


「じゃあどうするの?」


「細いパイプを、

 たくさん持つんじゃ」


ゆづきは笑った。


「それ、

 Z世代にも言えるね」


「言える」


「じゃあ書いて」


「よし。

 最後に書こう」


………


❥Z世代のあなたへ


君たちは、

これから大きな時代を生きる。


AIが来る。

戦争が来る。


エネルギー危機が来る。

物価高が来る。


求人AIが君を採点する。

学校だけでは守ってくれない。

会社だけでも守ってくれない。


親だけでも守ってくれない。


でも、

絶望しなくていい。


これから大事なのは、

一つの大きな才能ではない。


一つの会社でもない。

一つの資格でもない。


細いパイプを、

何本も持つことだ。


学ぶパイプ。

働くパイプ。

発信するパイプ。


健康のパイプ。

友達のパイプ。

家族のパイプ。


AIを使うパイプ。

お金を守るパイプ。


逃げ道のパイプ。

やり直すパイプ。


世界は、

油田を持つ国だけが

勝つわけではなかった。


人間も同じだ。


生まれつきの才能だけで、

人生は決まらない。


毎日、

小さなパイプを増やせばいい。


一行メモする。

一つ調べる。

一つ質問する。

一つ歩く。

一つ直す。

一つ謝る。

一つ笑う。

一つ投稿する。

一つ学び直す。


それが、

五年後の君を救う。


油田がなくてもいい。


君には、君だけの

見えない油田を掘る力がある。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風


ホームズ

「ワトソン君、

 今回の事件は実に奇妙だった」


ワトソン

「何が奇妙なんや」


ホームズ

「石油を持つ国が勝つと思ったら、

 ネジ屋が生き残った」


ワトソン

「なんでやねん。

 石油王よりネジ屋が強いんかい」


ホームズ

「そうだ。 


 AIデータセンターも、

 半導体工場も、

 発電機も、 

 水処理設備も、


 ネジがなければ止まる」


ワトソン

「ほな石油王も、

 最後はホームセンター行くんか」


ホームズ

「その通りだ」


ワトソン

「いやいや、

 石油王が軍手して

 ネジ探してたら嫌やな」


ホームズ

「しかも、レジで言うのだ。

 “このネジ、在庫ありますか?”」


ワトソン

「店員に言われるわ。

 “ホルムズの影響で納期未定です”」


ホームズ

「そこで石油王は気づく」


ワトソン

「何に?」


ホームズ

「石油があっても、

 ネジがなければ何も動かない」


ワトソン

「深いなあ」


ホームズ

「そして日本は言う」


ワトソン

「何て?」


ホームズ

「うち、油田はありません。

 でもネジなら少しあります」


ワトソン

「かっこええのか

 地味なのか分からんわ!」


ホームズ

「地味なものほど強いのだ」


ワトソン

「ほな、

 わしも明日から地味に生きるわ」


ホームズ

「まず何をする?」


ワトソン

「朝起きて、

 白湯飲んで、

 ラジオ体操して、

 AIに質問して、

 ネジ締める」


ホームズ

「完璧だ」


ワトソン

「いや、

 ネジ締める場所ないわ!」


ホームズ

「君の頭のネジだ」


ワトソン

「失礼やな!

 わしの頭のネジはな、

 最初から三本くらい余っとるわ!」


ホームズ

「それは締めるのではなく、

 探すところからだな」


ワトソン

「もうええわ!」


二人

「ありがとうございました」


………


終わり

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