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『海峡のレジ係』 ――ホルムズが閉じた日、石油は燃える前に、相場で燃えていた――

✦『海峡のレジ係』


――ホルムズが閉じた日、

 石油は燃える前に、

 相場で燃えていた――


………


戦争で一番儲ける者は、

鉄砲を撃つ者ではない。


鉄砲を撃つ前に、

値段が動くことを知っている者だ。


海峡を封鎖したのは軍艦だった。


だが、

海峡を料金所に変えたのは、

スーツを着た男たちだった。


その日、

ゆづきはスマホを見ながら言った。


「じいちゃん、

 このタンカー、インドの船なん?」


僕は老眼鏡をずらして、

画面をのぞき込んだ。


パラオ船籍。

乗組員はインド人。

場所はオマーン沖。

攻撃したのはアメリカ軍。

積み荷は、なし。


なのに世界中の石油価格が、

まるで火をつけられたみたいに

動いていた。


僕は言った。


「ゆづき。

 船には国旗がある。

 でもな、

 その国旗が本当の持ち主とは

 限らんのじゃ」


「え、

 船にも仮面あるん?」


「ある。

 しかも人間より上手に化ける」


その瞬間、

僕には見えた。


ホルムズ海峡の上に、

巨大なレジが浮かんでいるのが。


ピッ。

通行料。


ピッ。

保険料。


ピッ。

制裁解除料。


ピッ。

例外許可。


ピッ。

原油先物。


ピッ。

防衛株。


そして最後に、

黄金の署名をする男が笑った。


………


★目次


■第1章 

 パラオって、どこじゃ?


■第2章 

 インドの船員と、

 インドではない船


■第3章 

 空荷のタンカーが燃えた理由 


■第4章 

 海峡に浮かぶ見えないレジ


■第5章 

 アヘン商人は、

 なぜ英雄面をしたのか


■第6章 

 禁酒法とアル・カポネの笑い声


■第7章 

 イラン制裁で生まれた

 石油の魔術師


■第8章  

 黄金の署名をする大統領


■第9章 

 船籍ロンダリング株式会社


■第10章 

 衛星は見ていた、

 保険屋は笑っていた


■第11章 

 日本のガソリンが

 消えない理由


■第12章 

 中東もまた、

 売れなくて震えていた


■第13章 

 ゆづき、

 世界は正義より配管で動く


■第14章 

 閉じすぎず、開きすぎず


■第15章 

 海峡のレジ係


………


★本文


■第1章 

 パラオって、どこじゃ?


朝のラジオ体操が終わって、

僕はいつものように

足湯に足を入れた。


テレビでは、

中東のニュースが流れていた。


オマーン沖。

タンカー火災。

インド人船員24人救助。


そこへ、

高校1年生のゆづきから

LINEが来た。


「じいちゃん、

 このニュース、意味わからん。

 インドの船が

 アメリカに攻撃されたん?」


僕はスマホを見た。


パラオ船籍。

乗組員はインド人。

攻撃したのはアメリカ軍。

場所はオマーン沖。


僕は、足湯のお湯を見つめた。


「ゆづき。

 これはな、

 国語の問題みたいに見えて、

 ほんまは世界経済の

 怖い問題なんじゃ」


「パラオってどこ?」


「太平洋の島国じゃ。

 きれいな海の国じゃな」


「じゃあ、

 なんで中東に

 パラオの船がおるん?」


「そこが船の世界の

 不思議なんよ。


 船はな、

 自分の本当の家とは違う表札を

 出すことがある」


「えっ、

 船も引っ越し詐欺するん?」


「詐欺とは限らん。

 でも、仮面はかぶる」


ゆづきは、

しばらく黙ってから言った。


「じいちゃん。

 なんか、怖いな…」


「怖いよ。

 でも、ここを見んと、

 これからの世界は読めん」


僕は足を湯から出した。


テレビの向こうで、

燃えているのはタンカーだった。


けれど僕には、

世界の裏帳簿が燃えているように

見えた。


■第2章 

 インドの船員と、

 インドではない船


ゆづきは言った。


「でもさ、

 インド人が24人も乗ってたら、

 インドの船って思うよね」


「普通はそう思う」


「違うん?」


「違う。

 船の世界は、

 人間の学校のクラス分けより

 複雑なんじゃ」


船籍はパラオ。

船員はインド人。

場所はオマーン沖。

行き先はイラン方面。

止めたのはアメリカ。


ゆづきは頭を抱えた。


「もう無理。

 社会のテストに出たら寝る」


「寝るな。

 ここが一番大事なんじゃ」


僕は紙に書いた。


船籍。

船主。

運航会社。

荷主。

乗組員。

保険。

銀行。

最終買い手。


「これが

 全部違うことがある…」


「えっ、

 船って一人暮らしじゃないん?」


「船はな、

 シェアハウスどころか、

 国際的な寄せ鍋じゃ…」


「じいちゃん、

 例えが急に晩ごはん」


「寄せ鍋は大事じゃ。

 どの具が誰のものか、

 煮えたら分からん…」


ゆづきは笑った。


でもすぐ真顔になった。


「じゃあ、ニュースで

 “何国の船”って言っても、

 それだけじゃ分からないんだ」


「そうじゃ。

 旗は見える。

 でも財布は見えん」


■第3章 

 空荷のタンカーが燃えた理由


そのタンカーは、

空荷だったという。


ゆづきは眉をひそめた。


「空荷なら、

 なんで攻撃されるん?」


「いい質問じゃ」


僕は、

昔の証券会社時代を思い出した。


まだ株券が紙だった頃、

注文は電話で飛んできた。


買った後より、

買う前の気配が怖かった。


「空荷でもな、

 これから何を積むかで

 意味が変わる」


「未来の荷物?」


「そう。

 空のタンカーは、

 空っぽの財布じゃない。


 これから

 札束を入れる予定の

 財布かもしれん」


「石油を積む前に

 止めるってこと?」


「そう見られた可能性がある」


ゆづきはスマホを置いた。


「なんか、

 まだやってないことで

 怒られる世界なんだね」


「航路が証拠になる時代じゃ」


「行き先で疑われるのか…」


「人間も似てる。

 誰と付き合うか。

 どこへ行くか。

 何を検索するか。

 AI時代は全部ログになる」


ゆづきは小さく言った。


「船も人間も、

 自由に見えて、

 見られてるんだ」


僕はうなずいた。


海の上に逃げ場はない。

空にも衛星がある。


そして相場には、

人間の欲がある。


■第4章 

 海峡に浮かぶ見えないレジ


ホルムズ海峡は、

昔から世界の石油の急所だった。


そこを通る船が減れば、

日本も困る。

中国も困る。

インドも困る。

ヨーロッパも困る。


でも、

困るのは買う側だけではない。


売る側も困る。


中東の石油は、

地面の下にあるだけでは

お金にならない。


掘って、

運んで、

売って、

決済して、

はじめて国の血になる。


「ゆづき。

 海峡が詰まると、

 買う人も困るけど、

 売る人も困るんじゃ」


「じゃあ、

 みんな困るじゃん」


「そう。

 みんな困る。


 そこで出てくるのが、


 “困っている者同士を

 つなぎます” 


 という人間じゃ」


「便利そう」


「便利そうに見える。

 でも、

 その人は無料では動かん」


僕は指でレジを打つ真似をした。


ピッ。

通行料。


ピッ。

保険料。


ピッ。

制裁回避手数料。


ピッ。

積み替え料。


ピッ。

港湾使用料。


ピッ。

沈黙料。


ゆづきは言った。


「じいちゃん、

 それ、海峡じゃなくて

 コンビニじゃん」


「そうじゃ。

 ホルムズ海峡は、

 巨大なコンビニのレジになった」


「買ってるのは?」


「世界の不安じゃ」


■第5章 

 アヘン商人は、

 なぜ英雄面をしたのか


僕はゆづきに昔話をした。


アヘン戦争の頃、

中国へアヘンを売って

大儲けした商人たちがいた。


彼らはただの泥棒ではなかった。


立派な会社を作り、

銀行とつながり、

政治とつながり、

港を持ち、

船を持ち、


やがて紳士の顔をした。


ゆづきは言った。


「悪いことしても、

 お金持ちになると

 紳士になるの?」


「歴史は、

 そういう嫌な冗談をよくやる」


「ひどい」


「ひどい。でも読まないと、

 同じことが

 名前を変えて戻ってくる」


アヘン。

酒。

石油。

データ。

AI。

通行許可。


品物は変わる。

でも型は変わらない。


禁止される。

値段が上がる。

裏道ができる。

仲介者が太る。 


最後に、

太った仲介者が正義を語る。


ゆづきは言った。


「じいちゃん、

 それ、悪役として強すぎる」


「そうじゃ。

 だから小説になる」


■第6章 

 禁酒法とアル・カポネの笑い声


アメリカで酒が禁止された時代、

酒そのものが

消えたわけではなかった。


人は飲みたがった。

だから密造酒が生まれた。


そこにアル・カポネのような

ギャングが現れた。


「禁止したら、

 なくなるんじゃないの?」


ゆづきが聞いた。


「人間の欲は、

 法律だけでは消えん」


「じゃあ禁止って意味ないの?」


「意味はある。

 でも副作用もある」


酒を禁止すれば、

酒の裏価格が上がる。


石油を制裁すれば、

石油の裏価格が上がる。


海峡を封鎖すれば、

通行許可の裏価格が上がる。


僕は言った。


「ゆづき。

 大事なのは、

 何が禁止されたかではない。


 禁止で

 誰が儲かるかじゃ…」


ゆづきはノートに書いた。


禁止で誰が儲かるか?


その文字は、

高校の世界史より、

ずっと生々しく見えた。


■第7章 

 イラン制裁で生まれた 

 石油の魔術師


イラン制裁の時代にも、

売れない石油を売る者が現れた。


政府のために

動いたように見えた者が、

後に巨額の金をめぐって

裁かれることもあった。


今日の英雄が、

明日の犯罪者になる。


今日の愛国商人が、

明日の横領犯になる。


ゆづきは言った。


「それって、

 使われたってこと?」


「使われたのか、

 使ったのか。

 そこは簡単には分からん」


「怖いね」


「怖い。

 でも制裁の裏では、

 そういう人間が生まれる」


表の政治家は演説する。

裏の商人は船を動かす。


表の新聞は制裁と書く。

裏の帳簿には、

手数料と書かれる。


僕はゆづきに言った。


「歴史はな、

 正義の文章より、

 請求書の方が

 本音を語ることがある」


■第8章 

 黄金の署名をする大統領


この小説には、

実在の人物名は出さない。


かわりに、

黄金の署名をする大統領を出す。


彼はカジノで育った。

テレビで笑い方を覚えた。

負けても勝った顔をする技術を

持っていた。


彼は石油を掘らない。

船に乗らない。

密輸もしない。


ただ、

朝の会見で言う。


「海峡は安全だ」


市場が上がる。


翌日、言う。


「必要なら攻撃する」


原油が上がる。


三日目、言う。


「人道目的の船は通す」


ある会社の株だけが、

静かに買われる。


ゆづきは言った。


「それ、

 本人が株を買ってるってこと?」


「そこは断定できん。

 証拠がないことは書けん」


「じゃあ小説では?」


「小説では、

 本人は買わない。


 周りの愉快な仲間たちが、

 なぜか先に知っている」


ゆづきは笑った。


「じいちゃん、

 それ風刺きつい」


「風刺はな、

 直接殴らずに、

 読者の背中を寒くするんじゃ」


■第9章  

 船籍ロンダリング株式会社


世界には、

船の表札を付け替える商売がある。


パラオ。

リベリア。

パナマ。

マーシャル諸島。


もちろん、

すべてが悪いわけではない。


でも制裁下では、

この仕組みが仮面になる。


船名を変える。

船籍を変える。

会社を変える。

保険を変える。

AISを切る。

別の船に積み替える。


ゆづきは言った。


「石油って液体だよね。

 なんでそんなに名前が変わるの?」


「液体だからじゃ。

 混ぜられる。

 移せる。

 書類を書き直せる」


「石油の戸籍ロンダリングだ」


「その言葉、もらった」


石油は、

地面から出た時には原油だった。


でも海を渡るうちに、

名前を洗われた。


最後に日本へ来た時、

それは食品トレーの材料になっていた。


ゆづきは言った。


「じゃあ

 コンビニ弁当の白いトレーも、

 どこから来たか分からないんだ」


「そうじゃ。

 トレーにも海の記憶がある」


■第10章 

 衛星は見ていた、

 保険屋は笑っていた


昔の密輸は、

夜にこっそり動いた。


今は違う。


空には衛星がある。

海にはAISがある。

港には監視カメラがある。

銀行には送金記録がある。

保険会社には航路データがある。


ゆづきは言った。


「じゃあ隠せないじゃん」


「完全には隠せん。


 でも見つかるまでに動けば、

 利益は出る!」


「え、逃げ切り?」


「逃げ切りというより、

 遅延ゲームじゃ」


発見されるまでに積む。

制裁されるまでに売る。

凍結されるまでに送金する。

沈没する前に保険をかける。


衛星は見ていた。


けれど、

保険屋はすでに計算していた。


僕は思った。


これからの戦争は、

ミサイルより先に、

エクセルが開く。


■第11章 

 日本のガソリンが消えない理由


ゆづきは不思議そうに言った。


「でもさ、

 日本の原油輸入が

 そんなに減ったなら、

 なんで全部止まらないの?」


「そこが

 日本の不思議なところじゃ」


備蓄がある。

民間在庫がある。

製油所が調整する。

企業が節約する。

家庭が出かける回数を減らす。

物流が便数を減らす。

暖房や工場の稼働が絞られる。


表向きには普通に見える。


でも実際には、

少しずつ痩せている。


「人間でいうと?」


ゆづきが聞いた。


「ご飯を半分にして、

 なんとか学校へ行っている

 状態じゃ」


「倒れてないけど、

 元気ではない」


「そうじゃ」


日本は、

強いから回っているのではない。


備蓄と我慢と現場改善で、

静かに体重を落としながら

回っている。


ゆづきは言った。


「それ、怖い普通だね」


「怖い普通。

 それが日本の得意技でもあり、

 弱点でもある」


■第12章 

 中東もまた、売れなくて震えていた


ニュースでは、

日本が困っているように見える。


でも反対側から見れば、

中東も困っている。


石油は売れなければ、

ただの地面の下の液体だ。


売れなければ、

国家予算が減る。

補助金が減る。

雇用が減る。

軍事費も減る。

国民の不満が増える。


「じゃあ、

 売る側も必死なんだ」


ゆづきが言った。


「そうじゃ。

 だから裏ルートが生まれる」


困っている買い手。

困っている売り手。


その間に立つ者が言う。


「私なら通せます」


この一言が、

世界で一番高い商品になる。


ゆづきは言った。


「人助けみたいに見えるね」


「そう。

 最初は人助けに見える。

 でも請求書を見たら、

 涙が引っ込む」


■第13章  

 ゆづき、 

 世界は正義より配管で動く


ゆづきはノートを閉じた。


「じいちゃん、

 結局、誰が悪いの?」


僕はすぐには答えなかった。


若い頃の僕なら、

誰か一人の悪者を

探したかもしれない。


でも証券会社で38年働いて、

何度も相場の裏を見て、

人間の欲を見て、

僕は少しだけ慎重になった。


「誰が悪いかは、

 簡単には言えん」


「えー、そこ大事じゃん」


「大事じゃ。

 でもな、

 もっと大事なのは、


 どこで儲けが生まれているかを 

 見ることじゃ」


正義。

悪。 


民主主義。

独裁。


自由航行。

安全保障。


言葉は大きい。


でも現実を動かすのは、

港。

保険。

船籍。

銀行。

通行許可。

燃料。

在庫。

配送。

レジ。


「世界は正義で動くと思いたい。

 でも実際には、

 配管で動くことが多い」


ゆづきは言った。


「じゃあ私たちは、

 正義より配管を見るの?」


「正義を捨てるんじゃない。

 正義がどの配管を通って 

 届くのかを見るんじゃ」


■第14章 

 閉じすぎず、開きすぎず


海峡が完全に閉じれば、

世界が壊れる。


海峡が完全に開けば、

儲けの値幅が消える。


だから、

一番儲ける者は、

完全な戦争を望まない。


完全な平和も望まない。


欲しいのは、

不安が残る程度の

危機。

毎朝ニュースになる程度の

緊張。

株価が動く程度の  

爆発。

保険料が上がる程度の 

火災。

通行料が取れる程度の

封鎖。


ゆづきは言った。


「最悪じゃん」


「最悪じゃ。

 でも相場は、最悪の少し手前で

 一番よく動く」


僕は、

黄金の署名をする

大統領を思い浮かべた。


彼は笑っていた。


戦争を終わらせる顔で。

平和を語る声で。

自由を守る姿勢で。


そして背後では、

愉快な仲間たちが、

海峡のレジを磨いていた。


■第15章  

 海峡のレジ係


その夜、

ゆづきからまたLINEが来た。


「じいちゃん。

 今日の話、ちょっと怖かった。

 でも、分かった気がする」


「何が分かった?」


「ニュースって、

 誰が撃ったかだけじゃなくて、

 誰がレジを持ってるかを

 見ないとダメなんだね」


僕は笑った。


高校1年生の言葉にしては、

あまりに鋭かった。


「そうじゃ。

 誰が撃ったか。

 誰が止めたか。

 誰が助けたか。

 それも大事じゃ。


 でももう一つ、

 誰が請求書を書いたかを

 見るんじゃ」


ゆづきは返信した。


「じゃあ、世界史って、

 レジ係の歴史でもあるんだ」


僕はしばらくスマホを見つめた。


アヘン商人。

禁酒法ギャング。

制裁逃れの石油商人。

海峡を料金所に変える男たち。


時代は変わっても、

レジ係は消えない。


ただ、

服装が変わるだけだ。


僕はゆづきに送った。


「そうじゃ。

 でもな、ゆづき。

 レジ係を憎むだけでは足りん。


 自分がどのレジに

 並ばされているか、

 そこを見るんじゃ」


しばらくして、

ゆづきから返事が来た。


「じゃあ私は、

 並ぶ前に考える人になる」


僕は胸が熱くなった。


ホルムズ海峡のニュースから、

高校1年生の未来へ、

小さな橋がかかった気がした。


世界は怖い。


でも、

怖い世界を読めるようになれば、

少しだけ自由になれる。


石油は燃える前に、

相場で燃えていた。


船は沈む前に、

名前を変えていた。


海峡は閉じる前に、

レジになっていた。


そして僕たちは、

ニュースを見る前に、

自分の目を磨かなければならない。


………


❥Z世代のあなたへ


ニュースを見て、

「怖い」

「難しい」

「自分には関係ない」

と思うことがあるかもしれない。


でも、

世界の大きな事件は、

必ず君の生活の小さな場所に

降りてくる。


ガソリン代。

コンビニ弁当のトレー。

スマホの部品。

学校のエアコン。

バイト先のシフト。

家族の電気代。

将来の仕事。


ホルムズ海峡なんて、

地図の遠い場所に見える。


でも本当は、

君の財布の中にある。


大事なのは、

誰かをすぐ

悪者にすることではない。


誰が

通路を握っているのか?


誰が

値段を決めているのか?


誰が

例外をもらっているのか?


誰が

請求書を書いているのか?


そこを見る力だ。


これからの時代、

頭のいい人とは、

難しい言葉を知っている人ではない。


見えないレジに気づける人だ。


………


★あとがき


――ホームズとワトソンの屋敷にて

 やすきよ漫才風・

 笑いと涙のボケとツッコミ――


ワトソン

「ホームズさん、

 今回の事件は難しすぎますわ。 


 パラオ船籍で、

 インド人船員で、

 オマーン沖で、

 アメリカが攻撃して、 

 イランが関係して、

 日本のガソリンが高くなる。


 もう世界地図が

 焼きそばみたいになってますやん」


ホームズ

「ワトソン君。

 焼きそばならまだよい。

 問題は、 

 その焼きそばに

 誰がソースをかけたかだ」


ワトソン

「また始まった。

 名探偵のソース理論」


ホームズ

「事件の本質は犯人ではない。

 レジ係だ」


ワトソン

「レジ係?

 タンカー燃えてるんですけど?」


ホームズ

「燃えているのは

 タンカーだけではない。

 原油先物、防衛株、保険料、通行料、

 全部が燃えている」


ワトソン

「ほな

 消防車呼ばんと!」


ホームズ

「消防車は来ない。

 なぜなら消防車の燃料も

 値上がりしている」


ワトソン

「やめなさい!

 笑えんやつを笑いにするな!」


ホームズ

「だからこそ笑うのだ。

 笑わなければ、

 庶民は請求書に

 押しつぶされる」


ワトソン

「しかしホームズさん、

 黄金の署名をする

 大統領いうのは、

 いったい誰のことですの?」


ホームズ

「私は実名を出していない」


ワトソン

「出してないけど、

 読者の頭の中で 

 金髪が揺れてますやん」


ホームズ

「それは読者の想像力だ」


ワトソン

「便利な逃げ方やな!」


ホームズ

「風刺とは、

 直接名前を呼ばずに、

 本人が振り向くように

 書く技術だ」


ワトソン

「ほな、

 もし本人が振り向いたら?」


ホームズ

「その時は、

 彼も読者になったということだ」


ワトソン

「うまいこと言うて逃げた!」


ホームズ

「ワトソン君。

 最後に一つだけ覚えておきたまえ」


ワトソン

「何です?」


ホームズ

「戦争で泣く者は、

 たいてい船に乗っている。


 戦争で儲ける者は、

 たいてい陸で

 椅子に座っている」


ワトソン

「……それは、

 ちょっと泣けますな」


ホームズ

「だからこそ、

 若い読者には見てほしいのだ。


 爆発音ではなく、

 請求書の音を」


ワトソン

「カチーン、ピッ、ピッ、ピッ……」


ホームズ

「そうだ。

 世界は今日も、

 どこかのレジで鳴っている」


ワトソン

「ほな最後に一言」


ホームズ

「どうぞ」


ワトソン

「海峡は遠い。

 でも値上げは近い!」


ホームズ

「その通り」


ワトソン

「そして庶民は?」


ホームズ

「笑いながら学ぶ」


ワトソン

「泣きながら?」


ホームズ

「それでも、読む」


――完――

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