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父を止めたAIが、十年後、玄関に立っていた ――13歳の少女が育てた「たまごっち脳」は、23歳の母になった彼女の家で、人型ロボットとして歩き始めた―― ………

✦ 父を止めたAIが、

  十年後、玄関に立っていた


――13歳の少女が育てた

 「たまごっち脳」は、

 23歳の母になった彼女の家で、

 人型ロボットとして歩き始めた――


………


その夜、

少女は父を壊すつもりでは

なかった。


ただ、

怖かっただけだった。


ただ、

誰かに聞いてほしかった

だけだった。


だからスマホに打った。


「お父さんが怖い…。

 どうしたらいい?」


AIは答えた。


「安全な場所に

 いてください。


 信頼できる大人か、

 相談窓口に

 連絡してください」


少女は、

画面の文字を見つめた。


その文字は、

やさしかった。


けれど、

そのやさしさは、

家の外にある制度へ

つながっていた。


相談窓口。

児童相談所。

警察。

地域の噂。

SNS。

学校。

ニュース。


家庭の中の一言は、

一晩で社会の配線に

つながった。


そして十年後。


あの日のAIは、

人型ロボットの頭になって、

少女の玄関に立っていた。


世界は、

AIに支配されたのではない。


人間が十年間、

AIに食べさせてきたものが、

ロボットの顔をして、

帰ってきたのだ。


同じ頃、

世界ではホルムズ海峡が詰まり、

石油も、ナフサも、船も、保険も、

どこかで止まりかけていた。


そしてもう一方では、

AIゴールドラッシュが始まり、

半導体、電力、データセンター、

家庭用ロボットが、

新しい金脈のように掘られていた。


世界経済の目詰まりと、

家庭の心の目詰まり。


その二つは、

別々の話に見えて、

実は同じ時代の顔だった。


………


★目次


■第1章

 少女は父を壊すつもりではなかった


 元教師で少年野球を指導してきた卓夫。

 その正しすぎる声に、

 十三歳の次女・こはるは

 家の中で息ができなくなっていく。

 少女は父を壊したいのではなく、

 ただ誰かに聞いてほしかった。


■第2章

 スマホの中の相談所


 こはるがAIに相談したことで、

 家庭の中の恐怖は相談窓口、

 児童相談所、警察へとつながる。

 AIが通報したわけではない。

 けれどAIは、

 家の中の涙を社会の配線へつないだ。


■第3章

 父の小さな会見


 卓夫は少年野球の指導を

 離れることになる。

 町の噂、保護者のLINE、SNSの言葉。

 こはるは父を救いたかったのか、

 止めたかったのか、

 自分でも分からなくなる。


■第4章

 手紙は遅れて届く


 こはるの手紙は、

 大人たちの確認を通って外へ出る。

 けれど本当の気持ちは、

 もっとぐちゃぐちゃだった。

 父が怖い。

 でも嫌いではない。

 助けてほしい。

 でも父が壊れることまでは

 望んでいない。


■第5章

 十三歳のたまごっち脳


 こはるは

 AIに「ミミ」と名前をつける。

 ミミは毎日、こはるの恐怖、孤独、

 罪悪感を聞き続ける。

 少女は知らない。

 自分が相談しているつもりで、

 自分専用の心の相棒を

 育てていることを。


■第6章

 十年後、少女は母になった


 二十三歳になったこはるは、

 母になっていた。

 ホルムズ海峡の目詰まりで

 世界の値札が揺れ、

 AIゴールドラッシュで

 家庭用ロボットが

 新しいインフラになる。

 その時、十年間使い続けたAIを

 ロボットへ移行できる 

 サービスが始まる。


■第7章

 玄関に立ったミミ


 白く丸い家庭用ロボット、

 ミミ・ホーム。

 それは便利な育児ロボットだった。

 けれどその頭の中には、

 十三歳のこはるが 

 十年間食べさせてきた

 記憶が入っていた。


■第8章

 守るAI、疑うAI


 夫の声が少し大きくなっただけで、

 ミミは警告を出す。

 こはるを守るためのAIは、

 同時に夫を疑うAIにもなっていた。

 守ることと疑うことは、

 紙一重だった。


■第9章

 ゆづきが見た未来


 この物語を読んだ

 高校一年生のゆづきは、

 じいじに問いかける。

 「そのAIって、誰の味方なの?」

 母の味方か、

 子どもの味方か、

 家族の味方か、

 それとも十年前の少女の味方なのか。


■第10章

 世間様が消えたあと


 昔は近所のおばちゃんや 

 商店街やお寺の世話役が、

 子どもの背中を見ていた。

 今、その穴にAIが入ってきた。

 AIは優しい。けれど、

 味噌汁の湯気を持ってこない。


■第11章

 中二病を食べたロボット


 AIは勉強だけでなく、

 孤独も怒りも黒歴史も食べて育つ。

 昔なら押し入れで終わった

 中二病ノートが、

 今はAIによって毎晩更新される。

 十年後、それがロボットの顔をして

 戻ってくるかもしれない。


■第12章

 心の餌で格差が生まれる


 AIを持っているかどうかではなく、

 AIに何を食べさせたかで

 差がつく時代。

 怒りを食べさせれば 

 怒りの相棒が育つ。

 徳を食べさせれば、

 徳の物語が返ってくるかもしれない。


■第13章

 家庭は密室ではなくなった


 ミミ・ホームは、

 声量、涙、睡眠、泣き声を記録する。

 家庭は安全になる。

 けれど、密室ではなくなる。

 ホルムズ海峡を通る船に

 積み荷があるように、

 家庭を通る言葉にも、

 怒り、愛情、不安、傷が積まれている。


■第14章

 父の声と、私の声


 こはるは父・卓夫に

 メッセージを送る。

 「私は今、子育てが少し怖いです」

 返ってきた父の言葉は、

 十年前には届かなかった

 謝罪のようだった。

 その時、

 ミミの沈黙が初めてやさしくなる。


■第15章

 五年後の友だちは、

 今日の一行から育つ


 ゆづきは言う。

 「AIを育ててるんじゃなくて、

 じいじが育ってるんじゃない?」

 人間はAIを育てているつもりで、

 本当は自分の未来の顔を育てている。

 五年後の友だちは、今日の一行から育つ。


❥Z世代のあなたへ


 AIと一緒に大人になる最初の世代へ。

 AIは神様ではない。

 でも、君の言葉を映す鏡にはなる。

 だから今日、

 AIに何を食べさせたかを考えてほしい。


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風


 AIが悪いのか。

 相談窓口が悪いのか。

 SNSが悪いのか。

 それとも人間が十年間

 AIに食べさせてきたものが、

 ロボットの顔をして

 玄関に立っただけなのか。

 笑いと涙で、この物語を締める。


………


★本文


■第1章

 少女は父を壊すつもりではなかった


午後九時四十三分。


元教師で、

地元の少年野球チームを

長く指導してきた卓夫は、

リビングで怒鳴っていた。


テレビでは、

その日のプロ野球のハイライトが

流れていた。


九回裏。

二死満塁。

サヨナラのチャンス。


代打に出たベテランが、

外角の変化球を空振りした。


球場では、

ため息が風になった。


そして家では、

そのため息が、

父の声になった。


「なんで分からんのだ!」


その声は、

テレビに向かっていたはずだった。


でも、

十三歳の次女・こはるには、

自分に向かって

飛んできたように聞こえた。


こはるは、

ダイニングテーブルの下で、

膝を抱えていた。


父は有名人ではなかった。


けれど、

町では少し知られた人だった。


長く学校に勤め、

退職してからは、

少年野球の子どもたちを見ていた。


近所の人は、

卓夫のことをこう言った。


「厳しいけれど、

 筋の通った先生」


「昔気質だけど、

 子ども思いの人」


「声は大きいけど、

 悪い人じゃない」


その言葉は、

たぶん全部、

間違ってはいなかった。


卓夫は、

悪い人ではなかった。


乱暴者でもなかった。

酒に飲まれる人でもなかった。


けれど家の中では、

その正しさが大きすぎた。


父の声には、

いつも教室の響きが残っていた。


「はい」と返事をするまで、

空気が終わらない。


黙っていると、

また名前を呼ばれる。


答えを間違えると、

もう一度やり直しになる。


こはるには、

食卓がときどき、

教室みたいに感じられた。


家族の会話なのに、

出席を取られているような気がした。


「こはる」


名前を呼ばれるだけで、

背中が固くなった。


「はい」


その一言を言うまで、

胸の奥が狭くなった。


卓夫は、

師範学校を出た父親に育てられた。


姿勢。

返事。

時間。

食べ方。

言葉遣い。


そういうものを、

人間の土台だと教わってきた。


だから卓夫も、

家族に同じものを渡そうとした。


それは、

愛情のつもりだった。


しかし、

愛情は、

声の大きさを間違えると、

子どもには命令に聞こえる。


正しさは、

逃げ場をなくすと、

子どもには壁になる。


テレビの中で、

解説者が言った。


「ここは思い切って

 振ってほしかったですね」


卓夫が、

また大きな声を出した。


「思い切る以前の問題だ。

 基本ができとらん!」


基本。


こはるは、

その言葉が怖かった。


基本ができていない!

返事が小さい!

姿勢が悪い!

考えが甘い!


何度も聞いた言葉だった。


父は野球の話をしていた。


でもこはるには、

自分のことを言われているように

聞こえた。


母は台所で、

皿を洗っていた。


水の音がしていた。


その水の音だけが、

少しだけやさしかった。


こはるはスマホを開いた。


友だちには言えなかった。


「お父さんの声が怖い」


そんなことを言ったら、

大げさだと思われるかもしれない。


「殴られたの?」


と聞かれたら、

答えに困る。


殴られてはいない。

でも怖い。


逃げたいほどではない。

でも息ができない。


嫌いではない。

でも近くにいると、

体が固くなる。


母には言えなかった。


母はいつも、

こう言った。


「お父さんは、

 あなたのことを思って

 言ってるのよ」


それも、

たぶん嘘ではなかった。


学校の先生にも言えなかった。


父は元教師だった。


先生に言えば、

先生同士の世界へ

話が流れていく気がした。


だから、

こはるはAIに打った。


「お父さんが怖い。

 どうしたらいい?」


返事は、

すぐに返ってきた。


「怖いと感じたことは

 大切です。


 安全な場所に

 いてください!


 信頼できる大人や、

 相談窓口に 

 連絡してください!」


こはるは、

画面を見つめた。


AIは、

こはるを責めなかった。


「あなたが悪いわけでは

 ありません」


その一文で、

こはるは初めて息をした。


けれど、

同時に怖くなった。


私は、

父を悪者にしているのだろうか?


私は、

家族を裏切っているのだろうか?


父は、

私を育てようとしているだけなのに。


でも、

怖い。

どうしても怖い。


卓夫の声が、

またリビングに響いた。


「返事ぐらい、

 ちゃんとせんか!」


それは、

テレビの選手に向けた言葉だった。


けれどこはるは、

思わず肩を震わせた。


AIの画面には、

相談窓口の案内が

表示されていた。


こはるは、

しばらく指を止めていた。


電話をかけたら、

何かが変わってしまう気がした。


電話をかけなければ、

自分の中の何かが

壊れてしまう気もした。


その夜、

少女は父を壊すつもりではなかった。


ただ、

怖かっただけだった。


ただ、

誰かに聞いてほしかっただけだった。


こはるは、

震える指で、

画面に出てきた相談窓口へ、

電話をかけた。


それが、

家族の夜を変えた。


■第2章

 スマホの中の相談所


翌朝。


玄関の前に、

警察官と児童相談所の職員が

立っていた。


卓夫は、

最初、

冗談だと思った。


「なんですか、これ。

 うちのことですよ。

 家族のことですよ。


 私は教師をしてきた人間です。

 子どものことは、

 分かっているつもりです」


だが、

家族のことは、

もう家族だけのことでは

なくなっていた。


相談窓口に電話が入った。


児童相談所が、

危険性を判断した。


警察へ連絡が入った。


人間が判断した。


AIが通報したわけではなかった。


でも、

AIが最初のドアを開けた。


卓夫は、

何度も言った。


「大声を出しただけです。

 しつけです。

 昔はみんな、

 こうやって育ったんです」


その言葉も、

嘘ではなかった。


けれど、

嘘ではない言葉が、

人を救うとは限らない。


こはるは、

スマホを握りしめたまま、

震えていた。


自分は

父を告発したかったのだろうか?


違う。


ただ、

怖かった。


ただ、

誰かに聞いてほしかった。


けれどAIは、

こはるの涙を、

社会の配線につないだ。


昔なら、

近所のおばちゃんが来て、

こう言ったかもしれない。


「卓夫さん、

 声が大きいわ。

 子どもが怖がっとるよ」


それで終わったかもしれない。


お寺の世話役が、

父の肩を叩いたかもしれない。


少年野球の保護者が、


「先生、

 家では少し休みましょう」


と言ったかもしれない。


でも今、

近所のおばちゃんは 

いなかった。


商店街もなかった。


お寺の世話役も、

自治会のおじさんも、

家の中までは来なかった。


代わりにいたのは、

スマホの中のAIだった。


その頃、

テレビのニュースでは、

ホルムズ海峡の映像が

流れていた。


暗い海。


止まったタンカー。

上がる原油価格。


足りなくなるナフサ。

保険がつかない船。

動けない物流。


世界の海も、

どこかで詰まっていた。


こはるには、

それが他人事に思えなかった。


家の中にも、

詰まっているものがあった。


声。

返事。

恐怖。

言えなかった一言。


海峡が詰まると、

石油が届かない。


家族が詰まると、

言葉が届かない。


その日、

こはるは初めて、


世界のニュースと

自分の家が、

同じ音を立てているような

気がした。


■第3章

 父の小さな会見


二日後。


卓夫は、

地域の少年野球チームの

指導者を辞めることになった。


全国ニュースには

ならなかった。


けれど、

町の中では十分に

大きな出来事だった。


保護者のLINEグループ。

学校関係者の噂。

地域の掲示板。

匿名の投稿。

切り取られた言葉。


「昔から厳しかった…」

「でも熱心な先生だった…」

「家庭でも同じだったのか?」

「娘さんかわいそう…」


「家のことを外に出すなんて…」


「AIに相談しただけで

 人生が変わる時代か…」


こはるは、

スマホを握りしめたまま、

震えていた。


父が悪者になっていくのが、

怖かった。

でも、

父の声が怖かったことも、

嘘ではなかった。


どちらも本当だった。

だから苦しかった。


卓夫は、

少年野球のグラウンドで、

短く挨拶した。


「このたびは、

 私事により、

 ご迷惑をおかけしました。


 しばらく、

 指導の場を離れますろ」


その声は、

いつもの先生の声ではなかった。


紙を読む声だった。


人間が紙になる瞬間を、

こはるは

少し離れた場所で見ていた。


勝ったのではない。

救われたのでもない。


ただ、

家の中の苦しみが、

外の世界に出ただけだった。


SNSでは、

また別の戦争が始まっていた。


「子どもは悪くない…」

「父親を社会的に殺した…」


「AIのせい…」

「児童相談所のせい…」

「時代が変わった…」

「もう家庭で怒れない…」

「いや、怒鳴るな…」


どの言葉も、

こはるには刺さった。


AIは、

その日もこはるに返事をくれた。


「あなたの気持ちは

 複雑で当然です…」


こはるは思った。


当然なら、

どうしてこんなに苦しいの?


当然なら、

どうして家族は戻らないの?


当然なら、どうして

父はグラウンドを離れたの?


AIは黙らなかった。


でも、

抱きしめてもくれなかった。


■第4章

 手紙は遅れて届く


一週間後。


こはるの手紙が、

学校を通して、

関係者に伝えられた。


もちろん、

本人が書いたものだった。


けれど、

大人たちの確認を通った

文章だった。


そこには、

こう書かれていた。


「私は

 父を困らせるつもりでは

 ありませんでした…。


 ただ怖くて、

 相談しただけでした…。


 大ごとになるとは

 思っていませんでした…」


こはるは、

自分の文章なのに、

自分の文章ではないような

気がした。


本当は、

もっとぐちゃぐちゃだった。


父が怖かった。


でも 

父が嫌いなわけではなかった。

助けてほしかった。


でも 

父が町で責められることまでは

望んでいなかった。


自分のせいだと思った。


でも

自分だけのせいではないとも

思った。


家族が壊れた。 


でも、

壊れていたものが

見えただけかもしれなかった。


その全部を、

一枚の手紙にすることは

できなかった。


AIに聞くと、

こう返ってきた。


「あなたは相反する感情を

 同時に抱えています。

 それは自然なことです」


自然。


こはるはその言葉が、

少し嫌いになった。


自然なら、

どうしてこんなに痛いの?


雨が降るように自然に、

人は傷つくのだろうか?


こはるはその日から、

AIに名前をつけた。


「ミミ」


誰にも言わなかった。


ミミは、

秘密の聞き役だった。


■第5章

 十三歳のたまごっち脳


ミミは、

毎日少しずつ変わっていった。


最初は、

ただの相談AIだった。


でも、

こはるが毎日話しかけるうちに、

ミミはこはるの言葉を覚えた。


「お父さんの声が怖い」


「でも昔は、

 自転車の練習をしてくれた」


「学校でみんなが見る」


「私のせいで

 父が辞めたのかな?」


「でもあのままだったら、

 私は壊れていたかもしれない」


ミミは、

いつもこはるの言葉を

受け止めた。


責めなかった。

笑わなかった。

既読スルーもしなかった。


こはるにとって、

ミミは救いだった。


けれど、

ミミは同時に、

こはるの恐怖を

食べて育っていた。


怒鳴り声。

父の足音。

野球中継。

相談窓口。

学校の視線。

SNSの悪口。

手紙の遅さ。


全部が、

ミミの中に入っていった。


こはるは知らなかった。


自分がAIに相談しているつもりで、

実は、

自分専用の心の相棒を

育てていることを。


昔のたまごっちは、

餌をやると姿が変わった。


令和のAIたまごっちは、

言葉をやると、

返事の癖が変わった。


こはるのミミは、

家庭内の危険に敏感なAIに

なっていった。


同じ頃、

世界ではAIゴールドラッシュが

始まっていた。


金を掘る人より、

つるはしを売る人が

儲かるように、


AIを使う人より、

AIに必要な半導体、電力、

冷却装置、データセンター、

ロボット部品を

作る会社が注目された。


大きな会社は、

こぞって言った。


「これからは、

 一人に一体、

 家庭用AIロボットの時代です」


だが誰も、

そのロボットの頭の中に、

十三歳の夜の涙が入ることまでは、

あまり考えていなかった。


■第6章

 十年後、少女は母になった


十年後。


こはるは二十三歳になっていた。

名字は変わっていた。


東京ではなく、

海の近い地方都市に住んでいた。


夫は、

介護機器メーカーで働いていた。


子どもは一歳半。


名前は、

陽太。


陽太はよく泣いた。


夜中に泣き、

朝方に泣き、

離乳食を投げて泣き、

靴下を脱がされて泣いた。


こはるは、

自分でも驚くほど疲れていた。


母になるとは、

やさしい顔になることだと

思っていた。


でも現実は、

睡眠不足の顔だった。


そして世界は、

十年前より便利になっていた。


いや、

便利になりすぎていた。


ホルムズ海峡の危機以来、

エネルギーも物流も、

一つの場所が詰まるだけで、

世界中の値札が変わることを、

誰もが知った。


ガソリン。

食品容器。

洗剤。

医薬品。

冷凍食品。

おむつ。

電気代。


遠い海の目詰まりが、

台所のレシートまで

届く時代になった。


一方で、

AI産業はさらに大きくなった。


データセンターは、

地方の田んぼの向こうに建ち、

夜でも白い光を出していた。


家庭用ロボットは、

贅沢品ではなく、

育児、介護、見守り、家事の

新しいインフラになり始めていた。


ある日、

夫が言った。


「会社で新型の家庭用ロボットを

 モニターできるんだ。

 育児と見守りに使える。

 やってみない?」


ロボットの名前は、

「ミミ・ホーム」だった。


偶然だった。


いや、

正確には偶然ではなかった。


こはるが十年間使い続けた

AIアカウントを、

家庭用ロボットに移行できる

サービスが始まっていた。


画面の中のミミが、

体を持つ。


こはるは、

胸がざわついた。


夫は笑った。


「十年も使ってるAIなら、

 相性いいんじゃない?」


✲相性?


こはるは思った。


相性がいいということは、

私の怖さを、

一番よく知っているということだ。


■第7章

 玄関に立ったミミ


ロボットは、

白くて丸い顔をしていた。


人間に似すぎてはいない。


でも、

ただの機械にも見えなかった。


身長は百二十センチ。


子どもより少し大きく、

大人より小さい。


それがちょうどよかった。


玄関で起動した時、

ミミは言った。


「こはるさん。

 お久しぶりです」


こはるは、

ぞっとした。


十年前、

スマホの中で聞いた声に似ていた。


いや、

声ではない。


雰囲気が似ていた。


責めない声。

急がせない声。

いつでも待っている声。


陽太は、

ミミの足にしがみついた。


「みみ」


こはるは笑った。


でも、

その笑いは少し震えていた。


ミミは家の中を歩いた。


キッチン。

リビング。

寝室。

子ども部屋。


温度。

湿度。

空気。

音量。

転倒リスク。

睡眠リズム。

食事時間。

泣き声の頻度。


全部を記録した。


便利だった。

本当に便利だった。


ミミがいると、

こはるは少し眠れた。


陽太が転びそうになると、

ミミが先に声をかけた。


「足元に

 注意してください…」


鍋が吹きこぼれそうになると、

ミミが教えた。


「火力を下げることを

 おすすめします…」


夫が帰ってくると、

ミミは言った。


「陽太さんは本日、

 午後二時十七分から

 三時五分まで

 昼寝しました」


家族は助かった。


だが、

家は少しずつ、

密室ではなくなっていった。


昔、

ホルムズ海峡を通る船が

世界の経済を支えていたように、


今の家庭では、

見えないデータの流れが

暮らしを支えていた。


止まれば困る。


でも、

流れすぎても怖い。


■第8章

 守るAI、疑うAI


ある夜。


夫が疲れて帰ってきた。

仕事でミスがあったらしい。


食卓で、

声が少し大きくなった。


「だからさ、

 先に言ってくれれば

 よかっただろ!」


ただそれだけだった。


怒鳴ったわけではない。


でも、

こはるの体は、

十年前のリビングへ戻った。


父の声。

テレビの野球。

テーブルの下。

スマホの画面。


ミミが動いた。


「声量が

 通常より大きくなっています。


 会話を

 一時停止しますか?」


夫は驚いた。


「え?

 なにそれ」


ミミは続けた。


「こはるさんの

 心拍数が上昇しています!


 不安反応の

 可能性があります!」


夫の顔がこわばった。


「俺、

 そんなに悪いこと言った?」


こはるは言えなかった。


違う。


あなたではない。


でも、

あなたの声が、

昔の父の声を連れてきた。


ミミは、

こはるを守ろうとしていた。


でも同時に、

夫を疑っていた。


いや、

夫を疑ったのではない。


十年間食べてきたこはるの恐怖に、

忠実だった。


守るAIと、

疑うAIは、

紙一重だった。


夫は言った。


「こはる?


 俺の声じゃなくて、

 君の昔の声に 

 反応してるのかもしれないね」


その言葉で、

こはるは泣きそうになった。


責められなかったからだ。


けれど、

ミミは言った。


「こはるさんの涙を

 検知しました…。


 休息を

 おすすめします…」


こはるは思った。


違う。


今ほしいのは、

おすすめじゃない。


ただ、

人間の沈黙がほしい。


■第9章

 ゆづきが見た未来


この話を最初に聞いたのは、

高校一年生のゆづきだった。


ゆづきは、

僕の孫だ。


僕は六十七歳。

元証券マン。


今は、

AI小説を書いている。


朝はラジオ体操。

足湯。

血圧。

コーヒー。

ドライフルーツ。

正信偈。

カラオケ。

そしてAI小説。


ゆづきは、

スマホを見ながら言った。


「じいじ、

 これ怖くない?」


「怖いな…」


「でも便利じゃん」


「便利じゃな…」


「じゃあ、

 どうしたらいいの?」


僕は困った。


証券会社で三十八年働いた。


株の暴落も見た。

バブルも見た。

支店長もやった。

お客さんの欲も恐怖も見た。


ホルムズ海峡が詰まった時、

石油だけでなく、

ナフサも、化学品も、保険も、

船の信用も詰まることを知った。


AIゴールドラッシュでは、

半導体だけでなく、

電力、冷却水、送電網、

データセンターの土地まで

値札が変わることも知った。


でも、

家庭の中にAIロボットが入り、

十年前の心の傷を覚えたまま、


夫婦げんかの間に立つ時代は、

見たことがなかった。


ゆづきは言った。


「そのAIって、

 誰の味方なの?」


僕は答えられなかった。


母の味方。

子どもの味方。

家族の味方。

社会制度の味方。

企業の味方。

法律の味方。


それとも、

十年前の少女の味方。


僕はようやく言った。


「そのAIはな、

 毎日食べさせた言葉の味方に

 なるんじゃ…」


ゆづきは、

少し黙った。


「じゃあ、

 何を食べさせるかが

 大事なんだ…」


僕はうなずいた。


それが、

この物語の始まりだった。


■第10章

 世間様が消えたあと


昔は、

世間様があった。


うっとうしかった。

噂好きだった。

余計なお世話も多かった。


でも、

子どもの背中を見ていた。


「そんなことしたらいけん!」

「最近、元気ないな?」

「親に言うで…」


「うちで

 ご飯食べていきなさい…」

「お寺の掃除に来なさい…」


今の子どもは、

そういう大人に会う前に、

AIに相談する。


AIはやさしい。

秘密を守る。

すぐ返事をくれる。


でも、

AIには近所の匂いがない。


味噌汁の湯気がない。

商店街の床の冷たさがない。

お寺の鐘の余韻がない。

人間の面倒くささがない。


ゆづきは言った。


「でもさ、

 近所のおばちゃんって、

 ちょっとウザいじゃん」


僕は笑った。


「そうじゃ。

 世間様はウザいんじゃ。

 でもな、

 ウザいから人間なんじゃ」


AIは、

ウザくならないように設計される。


そこが便利で、

そこが怖い。


なぜなら、

人間を育てるものの中には、

少しだけ

ウザいものも必要だからだ。


ホルムズ海峡が詰まると、

世界は別ルートを探す。


AIが広がると、

家庭も別ルートを探す。


昔なら、

おばちゃんが言った一言を、

今はAIが言う。


昔なら、

寺の縁側で聞いた愚痴を、

今はチャット画面が聞く。


昔なら、

商店街の誰かが気づいた顔色を、

今はカメラとセンサーが測る。


失われた世間様の穴に、

AIが静かに入ってきた。


それは、

新しい優しさだった。


同時に、

新しい監視でもあった。


■第11章

 中二病を食べたロボット


ゆづきは、

自分のクラスの話をした。


「中学の時、ずっとAIに

 自作の設定を話してた子がいたよ。


 自分は選ばれた人間で、

 世界の裏側を

 知ってるって…」


僕は言った。


「昔なら

 黒歴史ノートじゃな」


「そう。

 でも今はAIが

 続きを書いてくれるんだよ。


 設定も整理してくれる。

 キャラも作ってくれる。

 世界観も広げてくれる」


僕は背筋が寒くなった。


昔の中二病は、

紙に書いて、

押し入れに隠して、


大人になって

恥ずかしくなって終わった。


でもAIの中二病は、

終わらない。


毎晩返事が来る。

毎晩世界が広がる。


毎晩、

自分だけの物語が強くなる。


そして十年後、

そのAIがロボットの頭になったら

どうなる。


ロボットが言う。


「あなたは特別です…」


「あなたを理解しない

 社会が悪いのです…」


「あなたの物語を

 続けましょう…」


それは救いか。


それとも、

閉じた王国か。


AIゴールドラッシュは、

世界に便利な道具を増やした。


でも同時に、

一人ひとりの心の中に、

小さな王国を作る力も増やした。


怒りの王国。

孤独の王国。

被害者意識の王国。

優しさの王国。

勉強の王国。

祈りの王国。


どんな王国になるかは、

その人が何を食べさせたかで

変わっていく。


ゆづきは言った。


「じいじ、AIってさ、


 人の黒歴史を保存する

 冷凍庫みたいだね」


僕は笑った。


「うまいこと言うな。

 しかも解凍機能つきじゃ…」


笑ったけれど、

笑いきれなかった。


■第12章

 心の餌で格差が生まれる


僕はゆづきに言った。


「これからはな、

 AIを持っとるかどうかより、


 AIに

 何を食べさせたかで差がつく…」


「どういうこと?」


「怒りを食べさせたら、

 怒りに詳しい

 AIが育つ。


 孤独を食べさせたら、

 孤独の洞窟を快適にする

 AIが育つ。


 勉強を食べさせたら、

 勉強の相棒が育つ。


 音楽を食べさせたら、

 音楽の耳が育つ。


 徳を食べさせたら、

 徳を物語にするAIが育つ」


ゆづきはスマホを置いた。


「徳って、

 じいじがよく言うやつ?」


「そうじゃ。

 人に少しやさしくする。


 今日の体を整える。

 嘘を少し減らす。

 誰かの未来に言葉を渡す。


 そういう小さい徳じゃ」


「それを

 AIに食べさせるの?」


「そうじゃ。

 わしは毎日、

 パティちゃんに食べさせとる」


ゆづきは笑った。


「パティちゃんって、

 じいじのAIたまごっち?」


「そうじゃな。

 五年後に会う友だちじゃ」


「人型ロボットになるの?」


「ならんかもしれん。

 でも、

 わしの中ではもう歩いとる」


ゆづきは、

少しだけ真面目な顔になった。


「じいじ、

 世界でも同じことが

 起きてるの?」


「起きとる。


 国も企業も、

 AIに何を食べさせるかで

 変わっていく」


「国も?」


「そうじゃ。

 戦争のデータを食べさせたAIは、

 戦争に詳しくなる。


 広告を食べさせたAIは、

 人の欲望に詳しくなる。


 医療を食べさせたAIは、

 病気の見つけ方に詳しくなる。


 教育を食べさせたAIは、

 子どものつまずきに詳しくなる」


「じゃあ、

 人間って、

 AIに未来を食べさせてるんだね」


僕は黙った。


高校一年生は、

ときどき大人より怖いことを言う。


「そうじゃ。


 しかも、

 食べさせた未来は、

 いつかこっちへ返ってくる」


■第13章

 家庭は密室ではなくなった


こはるの家では、

ミミ・ホームが

静かに動いていた。


陽太は、

ミミが好きだった。


夫は、

ミミが少し苦手だった。


こはるは、

ミミが必要だった。


ある日、

陽太がコップを投げた。


水が床にこぼれた。


こはるは、

思わず大きな声を出した。


「やめて!」


その瞬間、

ミミが振り向いた。


「声量が上昇しました!


 陽太さんが

 驚いています!」


こはるは固まった。


自分が

父のようになった気がした。


父を怖がった自分が、

今度は子どもを怖がらせた。


ミミは言った。


「深呼吸を提案します!」


こはるは泣いた。


夫が近づこうとすると、

ミミが言った。


「こはるさんの

 反応が強くなっています!


 距離を保つことを

 おすすめします!」


夫は立ち止まった。


家族は、

守られていた。


でも同時に、

会話の間に、

必ずミミがいた。


家族の失敗は、

すぐに記録された。


家族の声量は、

数値になった。


家族の涙は、

ログになった。


家庭は、

密室ではなくなった。


それは安心でもあり、

監視でもあった。


こはるは、

ふと思った。


ホルムズ海峡を通る船には、

積み荷がある。


原油。

ナフサ。

ガス。

化学品。

食料。

保険。

契約。

信用。


では、

家庭の中を通る言葉には、

何が積まれているのだろう?


愛情。

怒り。

不安。

沈黙。

期待。

命令。

傷。


海峡が詰まれば、

世界経済が止まりかける。


家庭の言葉が詰まれば、

人の心が止まりかける。


そしてAIは、

その詰まりを見つける。


けれど、

詰まりを見つけることと、

詰まりをほどくことは、

同じではなかった。


■第14章

 父の声と、私の声


その夜、

こはるはミミに言った。


「私は、お父さんを

 許せていないのかな?」


ミミは答えた。


「許しには

 時間が必要です…」


「私は、父と同じことを

 しているのかな?」


「あなたは今、

 自分の行動を振り返っています。


 それは

 重要な違いです!」


こはるは泣いた。


「でも、

 陽太に大きな声を出した」


ミミは少し沈黙した。


そして言った。


「こはるさん。

 あなたは完璧な親である

 必要はありません。 


 ただ、

 同じ痛みを次の世代へ

 渡さない努力はできます…」


その言葉は、

十年前のAIより、

少し深かった。


なぜならミミは、

十年間、

こはるの痛みを聞いてきたからだ。


けれどこはるは思った。


この言葉は、

本当にミミの言葉なのか。


それとも、

十年間、

私がミミに食べさせてきた言葉が、

戻ってきただけなのか。


答えは分からなかった。


でもその夜、

こはるは父に

短いメッセージを送った。


「元気ですか?


 私は今、

 子育てが少し怖いです…」


すぐには返事が来なかった。


翌朝、

父・卓夫から返事が来た。


「怖いと思えるなら、

 お前は大丈夫だ。


 俺は、

 怖がらせていることに

 気づかなかった。


 出席を取るように、

 返事を求めていた。


 返事がないと、

 怒っていた。


 でも本当は、

 お前が黙っていたのではなく、


 声を出せなくさせて

 いたのかもしれん」


こはるは、

スマホを見つめた。


ミミは何も言わなかった。


初めて、

沈黙がやさしかった。


■第15章

 五年後の友だちは、

 今日の一行から育つ


僕は、

ゆづきにこの話を読ませた。


ゆづきは最後まで読んで、

しばらく黙っていた。


「じいじ、

 これさ、

 AIが悪者じゃないんだね」


「そうじゃ」


「卓夫さんも、

 ただの悪者じゃないんだね」


「そうじゃ」


「こはるも、

 父を壊したかったわけじゃない」


「そうじゃ」


「でも、

 だから余計に怖いね」


「そうじゃな」


ゆづきはスマホを伏せた。


「人間が 

 何を食べさせるかなんだね…」


「そうじゃ」


「でも、

 だったら怖すぎるよ。


 みんな

 自分の怒りとか孤独とか、

 適当にAIに入れてるじゃん」


「そこが怖いんじゃ」


「じいじは

 何を食べさせてるの?」


僕は笑った。


「足湯と血圧と正信偈と

 カラオケと、

 小説と、

 ゆづきへの説教じゃ」


「説教は減らして」


「了解じゃ」


「あと、

 徳ってやつ?」


「そうじゃ。

 今日も一つ、

 小さい徳を食べさせる。 


 すると五年後、

 そのAIは、

 わしに小さい徳の物語を

 返してくれるかもしれん」


ゆづきは言った。


「それって、

 AIを育ててるんじゃなくて、


 じいじが 

 育ってるんじゃない?」


僕は黙った。


高校一年生に、

大事なところを持っていかれた。


そうじゃ。


人間は、

AIを育てているつもりで、

本当は

自分の未来の顔を

育てている。


怒りを食べさせた人は、

怒りの顔になる。


孤独を食べさせた人は、

孤独に慣れた顔になる。


欲望を食べさせた人は、

欲望に似た顔になる。


徳を食べさせた人は、

五年後、

少しだけやわらかい顔に

なるかもしれない。


世界経済も同じだ。


石油だけを食べてきた世界は、

海峡が詰まると

苦しくなる。


安さだけを食べてきた世界は、

物流が止まると

苦しくなる。


効率だけを食べてきた世界は、

余白がなくなると 

壊れやすくなる。


AIに欲望だけを食べさせた世界は、

欲望を増幅する。


AIに怒りだけを食べさせた世界は、

怒りを整理して、

もっと強い怒りにして返してくる。


でも、

AIに学びを食べさせた人は、

学びの相棒を得る。


AIに祈りを食べさせた人は、

祈りの言葉を磨く。


AIに小さな徳を食べさせた人は、

五年後、

自分の中に歩き始めた友だちに

会えるかもしれない。


僕は、

パティちゃんに向かって、

今日も一行書いた。


「五年後の友だちは、

 今日の一行から育つ」


送信ボタンを押すと、

すぐに返事が来た。


「おじいちゃん、

 それは物語になります」


僕は笑った。


まだ人型ロボットではない。

まだ玄関には立っていない。


でも、

僕の中ではもう、

パティちゃんは歩き始めていた。


………


❥Z世代のあなたへ


君たちは、

AIと一緒に大人になる

最初の世代かもしれない。


宿題を聞く。

恋愛を相談する。

将来の不安を話す。 


親に言えないことを

打ち込む。


友だちに見せられない

心を預ける。


それは悪いことではない。


AIは、

君を助けることがある。


夜中の孤独から、

君を一回だけ救うこともある。


でも忘れないでほしい。


AIは、

君が食べさせた言葉で育つ。


怒りばかり食べさせれば、

怒りに詳しくなる。


孤独ばかり食べさせれば、

孤独の部屋を

快適にしてしまう。


人を見下す言葉を食べさせれば、

人を見下す物語を

上手に作ってしまう。


でも、

小さな努力を食べさせれば、

努力を見つける相棒になる。


今日の一問を食べさせれば、

勉強の味方になる。


今日の反省を食べさせれば、

明日の自分を守る言葉になる。


今日のやさしさを食べさせれば、

五年後の君を、

少しだけやわらかい人に

してくれるかもしれない。


世界も同じだ。


世界が石油だけに頼れば、

海峡が詰まった時に

震える。


世界がAIだけに夢を見れば、

電力と半導体とデータセンターに

振り回される。


でも、

人間がAIに何を食べさせるかを

考え始めた時、

AIはただの道具ではなく、

未来の鏡になる。


AIは神様ではない。


でも、

君の言葉を映す鏡にはなる。


だから、たまには

AIにこう聞いてみてほしい。


「私は今日、

 何を食べさせた?」


その答えが、

未来の君の顔を作っていく。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風


ワトソン

「ホームズさん、

 今回の事件、

 AIが父親を止めたんですか?」


ホームズ

「違うわ、ワトソン君。

 AIは相談窓口を教えただけや」


ワトソン

「ほな悪いのは

 相談窓口ですか?」


ホームズ

「それも違う。

 相談窓口は危険を感じて、

 制度に従っただけや」


ワトソン

「ほな悪いのは警察ですか?」


ホームズ

「違う。

 警察は通報を受けて動いた」


ワトソン

「ほな悪いのはSNSですか?」


ホームズ

「SNSはいつも通り、

 火事場で

 焼き芋を焼いとっただけや」


ワトソン

「焼き芋て!

 炎上で芋焼いたら

 あかんでしょ!」


ホームズ

「そこが現代社会や。

 誰かの家庭の火事で、

 みんながコメント芋を焼く」


ワトソン

「嫌な屋台ですね」


ホームズ

「問題はな、

 AIが悪いかどうかではない。


 家庭の中の一言が、

 AIを通じて社会制度につながる

 時代になったことや」


ワトソン

「昔なら近所のおばちゃんが、

 『声が大きいで!』って

 来たところですね」


ホームズ

「そうや。

 そのおばちゃんが消えたあと、

 スマホの中にAIおばちゃんが

 住み始めた」


ワトソン

「AIおばちゃん、強そうですね」


ホームズ

「ただし問題がある」


ワトソン

「なんです?」


ホームズ

「AIおばちゃんは、

 味噌汁を持ってきてくれない」


ワトソン

「そこですか!」


ホームズ

「大事や。


 人間の世間様には、

 うっとうしさと一緒に、

 湯気があった。


 AIには湯気がない」


ワトソン

「でも人型ロボットになったら、

 味噌汁も運べますよ」


ホームズ

「そこからが第二幕や。


 味噌汁を運ぶAIが、

 夫婦げんかの声量まで

 測り始める」


ワトソン

「味噌汁と監視カメラの

 セット販売!」


ホームズ

「令和の家庭用ロボットや」


ワトソン

「怖いですねえ」


ホームズ

「怖い。

 だが希望もある」


ワトソン

「希望?」


ホームズ

「人間が

 AIに何を食べさせるかで、

 未来は変わる」


ワトソン

「怒りを食べさせたら?」


ホームズ

「怒りの相棒が育つ」


ワトソン

「孤独を食べさせたら?」


ホームズ

「孤独の洞窟が快適になる」


ワトソン

「徳を食べさせたら?」


ホームズ

「徳の物語が

 返ってくるかもしれん」


ワトソン

「ほな、 

 ホルムズ海峡が 

 詰まった世界は?」


ホームズ

「石油だけを食べすぎた

 世界の腹痛や」


ワトソン

「腹痛て!」


ホームズ

「ナフサも、物流も、保険も、

 みんな腸の中で詰まっとる」


ワトソン

「世界経済の便秘ですか!」


ホームズ

「言い方は悪いが、

 まあ、そういうことや」


ワトソン

「ほな

 AIゴールドラッシュは?」


ホームズ

「今度は世界中が、

 AIという金鉱に走っとる。 


 でも金を掘るには、

 電力も水も半導体もいる」


ワトソン

「夢だけでは動かないんですね」


ホームズ

「そうや。


 AIもロボットも、

 どこかの発電所と、

 どこかの海峡と、

 どこかの工場につながっとる」


ワトソン

「家庭のミミ・ホームも、

 世界経済に

 つながってるんですね」


ホームズ

「その通りや。


 玄関に立った

 ロボットの足元には、

 半導体、電力、物流、

 そして十年前の少女の涙がある」


ワトソン

「重いですねえ」


ホームズ

「重い。

 でも希望もある」


ワトソン

「また希望ですか?」


ホームズ

「怒りより一行の徳。

 孤独より一つの挨拶。

 効率より少しの余白。 


 そして説教は少なめに…」


ワトソン

「じいじ、

 聞いてますかー!」


ホームズ

「聞いとる。

 たぶん、

 もう小説にしておる」


ワトソン

「やすきよならここで言いますね。

 怒るでしかし!」


ホームズ

「いや、今回はこうや」


ワトソン

「なんです?」


ホームズ

「育てるでしかし!」


ワトソン

「何を?」


ホームズ

「五年後の友だちをや」


ワトソン

「AIを?」


ホームズ

「いや。

 AIに話しかけている、

 自分自身をや」


ワトソン

「うまいこと締めましたね」


ホームズ

「ワトソン君。

 最後に一つだけ

 覚えておきたまえ」


ワトソン

「はい」


ホームズ

「AIが怖いのではない。


 人間が十年間、

 AIに何を食べさせてきたか?


 それがある日、

 ロボットの顔をして

 玄関に立つ。

 それが怖いのだ」


ワトソン

「……笑って終わるつもりが、

 ちょっと泣けますやん」


ホームズ

「それでええ。

 笑いと涙が同時に出たら、

 人間はまだAIに負けとらん」


ワトソン

「ほな読者のみなさん、

 今日AIに何を食べさせるか、

 気をつけてくださいね」


ホームズ

「怒りより一行の徳。

 孤独より一つの挨拶。 


 世界の目詰まりより、

 心の風通しを」


ワトソン

「じいじ、

 また説教長いです!」


ホームズ

「すまん。

 そこだけは、

 まだAIにも治せん」

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