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パリは燃えても、じいちゃんは足湯をしていた ――67歳の元証券マンと高1ゆづきが、少女の帰り道から ヨーロッパの闇をのぞいた話――

✦ パリは燃えても、

 じいちゃんは足湯をしていた


――67歳の元証券マンと高1ゆづきが、

 少女の帰り道から

 ヨーロッパの闇をのぞいた話――


………


「ゆづき、

 フランス革命って

 知っとるか?」


「パンがなくて

 怒ったやつでしょ。

 それがどうしたの?」


「今のフランスではな、

 パンの代わりに

 冷房がなくて怒っとる…」


「え、冷房で革命?」


「笑うな。

 冷房と通学路と 

 クラウドが足りん国は、

 意外と危ないんじゃ…」


その朝、

67歳の元証券マンのじいちゃんは、

足湯をしながら、

フランスのニュースを見ていた。


高校1年生のゆづきは、

アイスを食べながら、

スマホをのぞき込んだ。


画面には、

学校から帰らなかった

フランスの少女のニュース。


その小さな事件の後ろで、

ヨーロッパの古い歴史が、

静かに目を覚ましていた。


………


★目次


■第1章 

 じいちゃん、

 足湯中にフランスで震える


■第2章 

 ゆづき、少女事件を 

 「ただの海外ニュース」 

 と思う


■第3章 

 パンがない国は王を疑う


■第4章 

 冷房がない国は 

 投票先を変える


■第5章 

 ホルムズ海峡の火が

 教室に届く 


■第6章 

 観光客はパリを撮り、

 住民は怒りをためる


■第7章 

 核の傘より、通学路の傘 


■第8章 

 クラウドが止まったら

 共和国も止まる


■第9章 

 善意で開けたドアに、 

 椅子が足りなかった


■第10章  

 同じ不安が 

 右と左に走り出す 


■第11章 

 犯罪だけが

 最新アプリを使っていた


■第12章   

 SNSは

 令和のバスティーユだった


■第13章  

 ゆづき、 

 歴史が通知で来ることを知る


■第14章  

 じいちゃん、

 証券会社時代の悪い癖で 

 世界を見る 


■第15章 

 帰り道を守れない国は、

 未来を失う


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンの  

 やすきよ漫才風 

 ………


■第1章 

 じいちゃん、

 足湯中にフランスで震える


朝六時半。


じいちゃんは、

いつものように足湯をしていた。


湯気が立つ。

テレビがつく。

血圧計が転がっている。


テーブルには、

ドライフルーツとナッツ。


そしてスマホには、

フランスのニュース。


「ゆづき、

 ちょっと来てみい」


「なに?

 また株?」


高校1年生のゆづきは、

眠そうな顔でリビングに来た。


「株じゃない。

 フランスじゃ」


「じいちゃん、

 朝からフランスって重いよ」


「重いから朝に見るんじゃ。

 夜見たら寝られん」


「じゃあ

 見なきゃいいじゃん!」


「それができたら、

 元証券マンは苦労せん」


じいちゃんは、

画面を指さした。


フランスで、

少女が学校から帰らなかった。


行方不明になった。


そして、

遺体で見つかった。


ゆづきの顔から、

眠気が少し消えた。


「これ、怖いね」


「怖いだけじゃない。

 これはな、


 フランスという国の床板が

 ミシッと鳴った音かもしれん」


「床板?」


「そうじゃ。

 おしゃれなカフェの床下で、

 シロアリが宴会しとるような

 話じゃ」


「例えがイヤすぎる」


じいちゃんは、

足湯の湯を少し揺らした。


「この事件は、

 ただの事件じゃない。

 歴史の通知かもしれん」


「通知?」


「そう。

 既読無視したら

 危ない通知じゃ…」


■第2章 

 ゆづき、  

 少女事件を

 「ただの海外ニュース」 

 と思う


ゆづきはスマホを持ったまま、

ソファに座った。


「でもさ、

 海外でも日本でも、

 悲しい事件はあるじゃん。


 なんで

 フランスでは

 大統領まで出るの?」


「そこじゃ」


じいちゃんの目が少し光った。


証券会社で38年、

人の顔色と 

相場の空気を見てきた目だった。


「事件そのものより、

 みんなが怒っとる理由を 

 見んといかん」


「理由?」


「フランス人はな、

 この事件を見て、

 こう思ったんじゃ」


じいちゃんは、

ゆっくり言った。


「国は、

 うちの子を守れるのか?」


ゆづきは黙った。


じいちゃんは続けた。


「しかも、

 前から怪しい

 サインがあったんじゃないか?


 通報が

 あったんじゃないか?


 司法や警察や学校は、

 何をしていたんじゃ!


 そういう怒りが出とる」


「それって、

 制度への怒り?」


「そう。

 個人への怒りが、


 国家への怒りに変わる

 瞬間じゃ」


ゆづきは、

アイスの棒を見つめた。


「なんか

 急に大きい話になった?」


「それがフランスじゃ」


「フランス、

 めんどくさいね」


「めんどくさい国ほど、

 歴史が深い」


「じいちゃんも

 めんどくさいよ」


「わしは歴史的文化財じゃ」


「自分で言うな」


■第3章 

 パンがない国は王を疑う


じいちゃんは、

リモコンでテレビの音を少し下げた。


「フランス革命って、

 学校で習ったか?」


「うん。1789年でしょ。 


 パンがなくて、

 民衆が怒って、

 王様が大変なことになったやつ」


「ざっくり言うとそうじゃ」


「ざっくりすぎ?」


「いや、

 ゆづきの説明の方が

 下手な教科書よりわかりやすい」


「褒められた?」


「油断するな。

 ここから怖い」


じいちゃんは、

足湯の中で足の指を動かした。


「革命はな、

 思想だけで起きたんじゃない。


 腹が減った。

 税が重かった。

 天気が悪かった。

 パンが高かった。


 それなのに王様たちは、

 民衆の苦しみが見えていなかった」


「つまり、

 生活が苦しくなって、

 政治に怒った?」


「そう。

 パンはただのパンじゃない。


 国家が民を食わせられるか、

 そのテストじゃった」


ゆづきは、

スマホの画面を見た。


「じゃあ

 今のフランスのパンは?」


じいちゃんは、

にやりと笑った。


「冷房じゃ」


「冷房?」


「それと、

 電気。

 治安。

 通学路。

 司法。

 クラウド」


「パンから

 クラウドまで広がりすぎ」


「現代社会は、

 パンにいろんな具を挟みすぎた

 巨大サンドイッチなんじゃ」


「食べにくそう」


「しかも高い」


「最悪じゃん」


■第4章 

 冷房がない国は投票先を変える


フランスでは、

春から暑さが問題になっていた。


教室が暑い。

家が暑い。


老人が危ない。

子どもが集中できない。


でも冷房を入れれば、

電気代がかかる。


電気を使えば、

エネルギーがいる。


エネルギーが高ければ、

家計が苦しくなる。


環境派は言う。


「冷房を増やせば 

 温暖化が進む!」


暑い部屋の住民は言う。


「じゃあ誰が

 この暑さを引き受けるの?」


ゆづきは、

眉をひそめた。


「これ、

 どっちも正しいから面倒だね」


「そうじゃ。

 どっちも正しい時、

 政治は一番燃える」


「正しい同士で

 ケンカするから?」


「そう。

 悪者が一人なら簡単じゃ。


 でも本当の社会問題は、

 正しい人同士がぶつかる」


じいちゃんは、

血圧計のケースを閉じた。


「環境を守れ!

 でも子どもを

 暑い教室に置くな!


 電気を節約しろ!

 でも老人を

 熱中症で死なせるな!


 財政を守れ!

 でも学校を直せ」


「無理ゲーじゃん」


「政治とは、

 無理ゲーを笑顔で 

 ログインし続ける仕事じゃ」


「ブラックすぎる」


「現実はもっとブラックじゃ」


じいちゃんは、

冷めかけた足湯にお湯を足した。


「昔はパンがなければ

 革命が起きた。


 今は冷房がなければ、

 投票先が変わる」


「冷房革命?」


「そう。

 冷房ポピュリズムじゃ」


「名前がダサいのに怖い」


■第5章 

 ホルムズ海峡の火が教室に届く


「でもさ、

 フランスの暑さと

 ホルムズ海峡って、

 関係あるの?」


ゆづきが聞いた。


じいちゃんは、

待ってましたとばかりに

背筋を伸ばした。


「ある」


「出た。じいちゃんの

 世界つながってる説」


「世界はつながっとる。


 証券会社で38年働くと、

 魚屋のレジから

 中東の海峡まで

 見えるようになる」


「それ、特殊能力?」


「たぶん職業病じゃ」


ホルムズ海峡が詰まる。

原油が高くなる。

ナフサが足りなくなる。

航空燃料が高くなる。

プラスチック包装が高くなる。

化学品が高くなる。

電気代が気になる。


政府の予算も苦しくなる。

防衛費もいる。

ウクライナ支援もいる。


熱波対策もいる。

学校改修もいる。


「財布が一つしかないのに、

 請求書だけが

 世界中から来るんじゃ」


じいちゃんは言った。


ゆづきは、

少し考えた。


「つまり、

 海峡の火が、

 フランスの教室の暑さに

 出るってこと?」


「そう」


「怖っ」


「もっと怖いのは、

 みんな最初は気づかんことじゃ。


 ガソリンが少し上がっただけ。

 航空券が少し高いだけ。

 冷房代が気になるだけ。

 学校の改修が少し遅れるだけ」


「“少し”が積もるんだ」


「そしてある日、

 小さな事件が起きた時、

 国民の怒りが一気に噴く」


「それが少女事件?」


「そうかもしれん」


■第6章 

 観光客はパリを撮り、

 住民は怒りをためる


それでも、

観光客はフランスへ行く。


パリへ行く。

ルーブルへ行く。

エッフェル塔を撮る。


カフェでクロワッサンを撮る。

シャンゼリゼ通りで自撮りする。


ゆづきは、

不思議そうに言った。


「でも、

 治安が悪いニュースがあるなら、

 行くの怖くないの?」


「観光客はな、

 危ないから行かないとは

 限らん」


「え?」


「壊れそうなものほど、

 今のうちに見たいと思う

 人間がおる」


氷河が溶ける前に

見たい。


ベネチアが沈む前に

見たい。


パリが変わる前に

見たい。


「ラストチャンス観光じゃ」


「なんか切ないね」


「切ない上に、

 高い」


「じいちゃん、

 だいたい最後は

 お金の話になるね」


「元証券マンじゃからな」


観光客は、

フランスを夢として買う。


住民は、

フランスを生活費として払う。


観光客は、

「パリ最高」と投稿する。


住民は、

「家賃高い、暑い、危ない」

と投稿する。


同じ街なのに、

見ているものが違う。


観光客の地図には、

エッフェル塔が赤く光る。


親の地図には、

子どもの通学路が赤く光る。


ゆづきは、

小さく言った。


「これ、ちょっと怖い。

 同じ場所なのに、

 別の世界なんだね」


「そうじゃ。

 観光地は、

 外から見ると夢。

 中から見ると請求書じゃ」


「じいちゃん、

 それ小説のセリフに使えるよ」


「今使った」


■第7章 

 核の傘より、通学路の傘


フランスは

核を持っている。


ヨーロッパの

安全保障を語る国である。


ロシアが

東から圧力をかける。

ウクライナが

苦しい。


アメリカが

本当に守ってくれるか、

わからなくなる。


だからフランスは言う。


欧州は、

自分たちで守らなければならない。


核の傘を考えなければならない。


ゆづきは、

テレビを見ながら言った。


「核の傘って、

 すごく大きな話だね」


「大きい」


「でも、

 少女の事件とは離れてない?」


「離れているようで、

 離れていない」


じいちゃんは、

少し真面目な声になった。


「国家が

 大きな安全保障を語る時、

 国民は

 小さな安全保障を見ている」


「小さな安全保障?」


「子どもが

 学校から帰れること。


 老人が

 熱中症で倒れないこと。


 電気が

 止まらないこと。


 スマホが

 使えること。


 仕事が

 あること。


 病院に

 行けること」


ゆづきは、

うなずいた。


「核で国を守るって言われても、

 通学路が危なかったら

 意味ないね」


「そこじゃ」


じいちゃんは、

湯気の向こうでつぶやいた。


「核の傘があっても、

 少女の傘がなければ、

 親は安心できん」


■第8章 

 クラウドが止まったら

 共和国も止まる


「それで、

 デジタルシャットアウトって

 何?」


ゆづきが聞いた。


じいちゃんは、

コーヒーを一口飲んだ。


「簡単に言えば、

 便利なものが

 外国の手にありすぎる不安じゃ」


検索は

Google。


クラウドは

AmazonやMicrosoft。


スマホは

AppleやGoogle。


SNSは

アメリカ企業。


AIも

アメリカ中心。


「ヨーロッパは文化の国じゃ。

 哲学も芸術も法律も強い。


 でも

 現代の生活の土台は、

 米国テックに乗りすぎとる」


「じゃあ、

 アメリカが本気で離れたら?」


「困る」


「どれくらい?」


「学校で先生が突然、


 “今日から

 黒板もノートも使えません”


 と言うくらい困る」


「それは授業終わるね」


「国も似たようなもんじゃ」


ゆづきは、

スマホを見つめた。


「でも私たちも同じじゃない?


 Google使って、

 スマホ使って、

 SNS使って、

 AI使ってる」


「そうじゃ。

 だからこれは

 ヨーロッパだけの話じゃない」


じいちゃんは言った。


「昔の国境は

 山や川だった。


 今の国境は

 クラウドの中にある」


ゆづきは、

少しイヤそうな顔をした。


「クラウドの中に国境って、

 めっちゃ見えにくい」


「見えにくい国境ほど、

 越えられた時に怖い」


「じいちゃん、

 朝からホラーやめて」


「社会はだいたい

 朝からホラーじゃ」


■第9章 

 善意で開けたドアに、

 椅子が足りなかった


移民。

難民。


この言葉が出ると、

すぐに人は二つに分かれる。


助けるべきだ!


いや、

もう限界だ!


じいちゃんは、

ゆづきに言った。


「この問題はな、

 善悪だけで見たら間違える」


「どういうこと?」


「善意で

 ドアを開けることは大事じゃ。


 でも中に椅子がなければ、

 みんな

 立ったままケンカになる!」


移民や難民を受け入れる。


そのためには、

住宅がいる。


学校がいる。

仕事がいる。

病院がいる。

通訳がいる。


警察官がいる。

地域の理解がいる。


「ドアだけ開けても、

 部屋の準備ができていなければ、

 中で摩擦が起きる」


ゆづきは言った。


「それって、

 クラスに転校生が10人来たのに、

 机が3つしかないみたいなこと?」


「そう。

 しかも先生が一人だけ」


「終わるね」


「終わる前に、

 誰かが誰かを責め始める」


白人労働者は言う。

仕事が奪われた。


移民系の若者は言う。

最初から差別されている。


地元住民は言う。

治安が悪くなった。


支援団体は言う。

もっと保護しろ。


政治家は言う。

選挙が近い。


「最後のやつだけ本音すぎる」


ゆづきが笑った。

じいちゃんも笑った。


でも、

笑いはすぐに消えた。


「善意は必要じゃ。

 ただし、

 善意には

 椅子と机と予算がいる」


「名言っぽいけど、

 なんか切ない」


「社会はな、

 だいたい名言の下に

 請求書がある」


■第10章 

 同じ不安が右と左に走り出す


フランスでは、

極右が伸びる。

急進左派も伸びる。


真ん中が弱る。


ゆづきは、

首をかしげた。


「右と左って、

 反対なのに、

 なんで両方伸びるの?」


「同じ不安を、

 違う物語で説明するからじゃ」


「同じ不安?」


「生活が苦しい。

 仕事がない。

 家賃が高い。

 治安が不安。

 政治家が遠い。

 未来が見えない」


「それはみんな一緒なんだ」


「そう。

 ただ、右はこう言う。


 国境を守れ。

 移民を止めろ。

 犯罪を厳罰にしろ」


「左は?」


「差別をなくせ。

 富を再分配しろ。

 郊外を見捨てるな。

 警察権力を監視しろ」


ゆづきは、

少し考えた。


「どっちも

 不安から出てるんだね」


「そうじゃ。

 不安は一つ。

 出口が二つ」


「じゃあ真ん中は?」


「真ん中は、

 説明が長い」


「Z世代、離脱するやつだ」


「そう。

 政治も小説も、

 説明が長いと負ける」


「じいちゃん、

 今ブーメラン刺さってるよ」


「刺さった。

 深い」


じいちゃんは胸を押さえた。


ゆづきは笑った。

だが、

笑った後に気づいた。


同じ不安が、

右と左に割れていく。


これは冗談ではない。


国が割れる時は、

人々が

別々の「不安」を

持つ時ではない。


同じ不安に、

別々の「名前」を

つけ始めた時だった。


■第11章 

 犯罪だけが

 最新アプリを使っていた


ルーブルの宝石泥棒。

暗号資産を狙った誘拐。


刑務所に飛ぶドローン。

SNSで集まる犯罪者。


ゆづきは、

スマホを置いた。


「なにこれ。

 映画じゃん」


「映画なら、

 最後に犯人が捕まって

 音楽が流れる」


「現実は?」


「次の事件の通知が来る」


「やめて」


じいちゃんは、

画面をスクロールした。


「昔の犯罪は路地裏にいた。

 今の犯罪はアプリにもいる」


国家は書類を探す。

犯罪者はドローンを飛ばす。


司法は手続きを確認する。

犯罪者は暗号資産を狙う。


学校は報告書を書く。

SNSは動画を拡散する。


「犯罪だけがDXされとる」


じいちゃんは言った。


ゆづきは、

苦笑いした。


「役所は紙。

 犯人はドローン。

 それは勝てない」


「そう。

 守る側が遅くて、

 破る側が速い」


「少女事件も、

 そういう感じ?」


「そうかもしれん。


 危険信号があったのに、

 それが

 一本につながらなかった。


 スマホなら通知が来るのに、

 子どものSOSは届かなかった」


ゆづきは黙った。


この沈黙は、

軽いものではなかった。


■第12章 

 SNSは令和のバスティーユだった


1789年、

民衆はバスティーユへ向かった。

王権の象徴だった。


2026年、

民衆はSNSへ向かう。

怒りの象徴だった。


ハッシュタグが立つ。

コメントが燃える。


政治家が乗る。

著名人が語る。

団体が集会を呼びかける。


誰かが泣く。

誰かが怒る。

誰かが利用する。

誰かが止めようとする。


「SNSって、

 広場みたいだね」


ゆづきが言った。


「そうじゃ。

 ただし、

 石畳より足が速い」


「親指だけで革命前夜?」


「そう。

 親指革命じゃ」


「なんか弱そう」


「弱そうに見えるものほど、

 数が集まると怖い」


昔の人は、

広場へ行くのに歩いた。

今の人は、

布団の中から怒る。


昔の人は、

石を投げた。

今の人は、

引用リポストする。


昔の王は、

群衆を恐れた。

今の政治家は、

通知を恐れる。


「バスティーユは、

 今はスマホの中にある」


じいちゃんが言った。


ゆづきは、

自分のスマホを見た。


小さな画面が、

少し怖く見えた。


■第13章 

 ゆづき、

 歴史が通知で来ることを知る


「じいちゃん」


「なんじゃ」


「歴史って、

 昔のことじゃないんだね」


じいちゃんは、

うれしそうに笑った。


「やっとわかったか」


「なんか悔しい」


「歴史はな、

 通知みたいに戻ってくる」


1789年は、

パンと天候不順と王政不信。


1848年は、

失業と若者の怒り。


1871年は、

戦争と屈辱と都市の反乱。


1968年は、

豊かな国の息苦しさ。


2018年は、

燃料税と地方庶民の怒り。


そして2026年。


熱波。

冷房。

ホルムズ海峡。


ウクライナ。

ロシア。

中東。


核。

観光。

移民。


クラウド。

司法不信。

少女事件。


「全部つながってるの?」


「完全につながっとるわけじゃない。

 でも、同じ型がある」


「型?」


「生活が苦しい。

 支配者の言葉が遠い。

 未来が不安。

 象徴的な事件が起きる。

 怒りが一気に集まる」


ゆづきは、

小さく言った。


「少女事件は、

 その象徴になったんだ」


「そうじゃ。

 一人の少女の帰り道に、

 フランスの歴史が

 立ってしまった」


「重いね」


「重い。

 でも歴史はだいたい重い。


 だから学校では

 年号だけにして軽く見せとる」


「それ、

 先生に怒られるよ」


「先生も本当は知っとる」


■第14章 

 じいちゃん、

 証券会社時代の悪い癖で

 世界を見る


じいちゃんは、

元証券会社勤務だった。


38年、

相場を見てきた。


株価を見る時、

一つの材料だけでは見ない。


金利。

為替。

原油。

政治。


会社の決算。

社長の顔。


銀行員の声。

取引先の遅れ。

倉庫の在庫。


全部を見る。


「だからじいちゃんは、

 ニュースも株みたいに見るんだ」


ゆづきが言った。


「そうじゃ。

 悪い癖じゃ」


「でも

 今回は役に立ってるかも」


「やっと孫に評価された」


「まだ星3.2くらい」


「低い」


じいちゃんは笑った。


「少女事件だけを見ると、

 悲しい事件じゃ。


 でも周りを見ると、

 熱波、冷房、移民、極右、

 観光、核、クラウド、

 ホルムズが見える」


「ニュースの裏配管だね」


「そう。

 事件の下には配管がある。


 配管が詰まると、

 変なところから水が出る」


「今回の水は?」


「国民の怒りじゃ」


「うわ」


「少女事件は、

 怒りの水漏れ箇所だった

 のかもしれん」


ゆづきは、

じいちゃんを見た。


「じいちゃん、

 それ小説にしたら怖いよ」


「だから今、

 しとるんじゃ」


「え、私も登場人物?」


「もちろん」


「出演料は?」


「アイス一本」


「安すぎる」


「ヨーロッパ危機の解説付きじゃ」


「それ、

 むしろ追加料金払ってほしい」


■第15章 

 帰り道を守れない国は、

 未来を失う


夕方。


ゆづきは、

学校へ行く準備をしていた。


玄関で靴を履く。


じいちゃんは、

その背中を見た。


毎日の風景。


でも、

その日は少し違って見えた。


子どもが学校へ行く。

学校から帰る。


それは、

当たり前のようで、

本当は社会の一番大事な 

約束だった。


国家とは何か。


核兵器を持つことか。

観光客を集めることか。

美術館を守ることか。

クラウドを自前にすることか。

国境を守ることか。


もちろん、

それも大事だ。


でも、

もっと小さくて、

もっと重い問いがある。


子どもは、

学校から家に帰れるのか。


この問いに答えられない国は、


どれだけ

立派な宮殿を持っていても、

どれだけ

観光客を集めても、

どれだけ

核を持っていても、


内側から信用を失う。


ゆづきは振り向いた。


「じいちゃん、

 行ってきます」


じいちゃんは、

少し大げさにうなずいた。


「無事に帰ってこい。

 それが国家安全保障じゃ」


「大げさ」


「大げさなくらいで

 ちょうどいい」


「帰ったらアイスね」


「それも 

 国家予算に入れとく」


「じいちゃんの国家、

 すぐ財政破綻しそう」


「もうしとる」


二人は笑った。


でも、

じいちゃんは 

玄関の扉が閉まったあと、

しばらくその場に立っていた。


パンがなかった時代、

フランス人は王を疑った。


冷房がなく、

仕事がなく、

子どもの帰り道が守られない時代、


フランス人は、

共和国を疑い始めた。


ホルムズ海峡の火は、

パリの空には見えなかった。


でも、

教室の温度計に出た。


航空券の値段に出た。

クラウドの不安に出た。

投票先に出た。


そして最後に、

一人の少女の帰らない道に出た。


歴史は、

教科書から来るのではない。


ある朝、足湯をしている

じいちゃんのスマホに、

通知として来る。


そして高校1年生のゆづきに、

こう問いかける。


君の帰り道は、

本当に守られているか?


………


❥Z世代のあなたへ


この話は、

フランスだけの話ではありません。


遠い国の事件でもありません。


熱波。

冷房。

電気代。


移民。

観光。


クラウド。

AI。


戦争。

中東。


原油。

ナフサ。


学校。

通学路。


司法。

SNS。


これらは、

別々のニュースに見えます。


でも、

生活の下ではつながっています。


昔の人は、

パンがないことで国を疑いました。


今の私たちは、

冷房がないこと、

電気が高いこと、

仕事がないこと、

スマホが止まるかもしれないこと、

子どもが帰ってこないことによって、


社会を疑い始めます。


歴史は、

暗記するものではありません。


未来の危険を見つけるための

古い地図です。


地図を見る人は、

迷っても戻れます。


地図を見ない人は、

迷っていることにも

気づきません。


だから、

ニュースを見る時は、

一つだけ見ないでください。


少女事件だけを見るのではなく、

熱波を見てください。


熱波だけを見るのではなく、

エネルギーを見てください。


エネルギーだけを見るのではなく、

政治を見てください。


政治だけを見るのではなく、

自分の通学路を見てください。


世界は、

思っているより 

近くでつながっています。


ホルムズ海峡の火は、

いつか君の教室の温度計に

出るかもしれません。


フランスの少女の帰り道は、

君の帰り道を考える 

きっかけになるかもしれません。


怖がるためではなく、

賢く生きるために。


怒るためではなく、

守る場所を見つけるために。


歴史を見てください。


そして、

今日もちゃんと

帰ってきてください。


それが、

一番小さくて、

一番大事な未来です。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風


ワトソン:

ホームズさん、

今回は

フランス少女事件から始まって、

冷房、ホルムズ海峡、核、

クラウドまで行きましたな。


ホームズ:

行きすぎたか?


ワトソン:

行きすぎです。

普通は通学路から 

クラウド国境には行きません。


ホームズ:

ところが

今の世界は行くんや。


ワトソン:

どういうことです?


ホームズ:

昔はな、

パン屋の前の行列を見れば、

民衆の怒りがわかった。


ワトソン:

はい。


ホームズ:

今はな、

冷房の効かない教室、

高い航空券、

止まりそうなクラウド、

荒れるSNS、 


帰ってこない少女のニュースを

全部見ないとわからん。


ワトソン:

ややこしい時代ですなあ。


ホームズ:

ややこしいから、

じいちゃんとゆづきに

出てもらったんや。


ワトソン:

たしかに、じいちゃんが 

足湯しながら世界危機を語ると、

少し聞けますな。


ホームズ:

足湯は大事や。

世界が燃えとる時ほど、

足元を温めるんや。


ワトソン:

いや、

フランスは熱波で暑いんですけど。


ホームズ:

そこは日本式の比喩や。


ワトソン:

便利ですな、比喩。


ホームズ:

比喩は人類の非常口や。


ワトソン:

また名言っぽいこと言う。

で、結局この話の核心は何です?


ホームズ:

国の信用は、

大統領官邸ではなく、

子どもの帰り道に出るということや。


ワトソン:

核兵器より通学路?


ホームズ:

そうや。

核の傘も大事。


でも少女の傘がなければ、

親は安心できん。


ワトソン:

冷房も大事ですな。


ホームズ:

もちろんや。

現代のパンは冷房や。


ワトソン:

パンに冷房を挟んだら、

サンドイッチ冷え冷えですな。


ホームズ:

何を言うとるんや。


ワトソン:

ホームズさんの比喩に

ついて行こうとしただけです。


ホームズ:

無理に追いつくな。

転ぶぞ。


ワトソン:

でも、じいちゃんの国家予算は

アイス一本で

財政破綻しましたな。


ホームズ:

あれは健全な赤字や。


ワトソン:

孫へのアイスは公共投資?


ホームズ:

そうや。

未来への成長投資や。


ワトソン:

では最後に、

Z世代へ一言お願いします。


ホームズ:

ニュースを点で見るな。

線で見ろ。


ワトソン:

少女事件、熱波、ホルムズ海峡、

移民、核、クラウド。


ホームズ:

全部、

生活の裏でつながっとる。


ワトソン:

そして帰り道?


ホームズ:

そこが一番大事や。


ワトソン:

なぜです?


ホームズ:

人間はな、

帰る場所があるから、

明日へ行けるんや。


ワトソン:

ホームズさん、

最後だけ泣かせに来ましたな。


ホームズ:

泣かせて終わるのが、

やすきよ風

社会派サスペンスや。


ワトソン:

そんなジャンルありました?


ホームズ:

今作った。


ワトソン:

じいちゃんみたいですな。


ホームズ:

じいちゃんはな、

歴史と足湯と

アイスで世界を読む男や。


ワトソン:

頼りになるのか、

ならんのか。


ホームズ:

少なくとも、

ゆづきが帰ってくるまでは

玄関を見とる。


ワトソン:

それが一番の安全保障ですな。


ホームズ:

その通りや。

世界を守る前に、

帰り道を守れ。


ワトソン:

ほな、今回の締めは?


ホームズ:

パンがなければ王が揺れる。


ワトソン:

冷房がなければ?


ホームズ:

投票先が揺れる。


ワトソン:

子どもが帰らなければ?


ホームズ:

国そのものが揺れる。


ワトソン:

怖い話ですなあ。


ホームズ:

怖いから、

笑いながら読んで、

忘れんようにするんや。

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