1.75兆ドルが消えた朝、ゆづきはスマホを見て笑った ――AIの夢が崩れた日、六十七歳の僕と高校一年生のゆづきは、未来を買うのではなく、未来を読み直すことにした――
✦1.75兆ドルが消えた朝、
ゆづきはスマホを見て笑った
――AIの夢が崩れた日、
六十七歳の僕と
高校一年生のゆづきは、
未来を買うのではなく、
未来を読み直すことにした――
………
未来は、
買えば手に入るものではない。
未来は、
読んで、
疑って、
削って、
書き直した者だけが、
自分の手に
取り戻せる。
その朝、
ニューヨークでは
一兆七千五百億ドルが消えた。
けれど、
高校一年生のゆづきは、
スマホを見て、
ぽつりと言った。
「おじいちゃん、それって
株が落ちたんじゃなくて、
大人たちの夢の値段が
バレただけじゃない?」
僕は、
鉛筆を落としそうになった。
六十七歳の元証券マンより、
十六歳の高校生の方が、
世界の急所を
先に見抜いたのだ。
………
★目次
■第1章
1.75兆ドルが消えた朝、
ゆづきはスマホを見て笑った
■第2章
良いニュースが株を殺す時代
■第3章
半導体教会の鐘が割れた
■第4章
AIは現金を食べていた
■第5章
燃料電池は天然ガスを食らう
■第6章
原子力は、まだ予約券だった
■第7章
一兆ドルの群れ
■第8章
IPOという非常口
■第9章
国民株主という口枷
■第10章
撃たない核兵器
■第11章
円の痛み止め依存
■第12章
アメリカの脳と、日本の手
■第13章
夢資産の同時棚卸し
■第14章
AI株を買った人、
AIを使った人
■第15章
ゆづきは、
未来を買わずに一行を書いた
………
■第1章
1.75兆ドルが消えた朝、
ゆづきはスマホを見て笑った
朝、目が覚めると、
スマホの画面に
英語の投稿が流れていた。
“$1.75 TRILLION WIPED OUT.”
一兆七千五百億ドルが消えた。
日本円にすれば、
二百数十兆円。
僕は、
しばらく画面を見つめた。
テレビは静かだった。
天気予報。
芸能ニュース。
スーパーの値上げ。
いつもの朝。
だが、
世界のSNSは燃えていた。
ナスダックが血を吐いた。
半導体株が崩れた。
銀が落ちた。
ビットコインETFが
半値になった。
韓国株ETFが折れた。
S&P500という
巨大な安心も震えていた。
僕は六十七歳である。
昔は証券会社で、
相場の匂いを嗅いで
生きていた。
いまは、ふるさとの 実家で、
朝に正信偈を唱え、
ラジオ体操をし、
足湯に入り、
AIに世界のニュースを聞きながら、
小説を書いている。
そこへ、
高校一年生のゆづきが来た。
春に高校へ入ったばかりの
子である。
中学三年の春には、
一万人規模の県の模試で
七千番あたりだった。
だが、
進学校へ行く前には四千番。
最後の一か月で、
千番あたりまで上げた。
吹奏楽部も続けた。
卒業式では、
クラス代表でピアノを弾いた。
僕はこの子の
ど根性を知っている。
だからこそ、
この朝、
ゆづきに聞いてみた。
「ゆづき、
これ、どう思う?」
ゆづきはスマホを見た。
そして、
少し眉を寄せて言った。
「一兆七千五百億ドルって、
大きすぎて意味わからん」
「そうじゃろ」
「でもさ、
おじいちゃん」
「なんじゃ?」
「これって、
お金が消えたっていうより、
大人たちがAIに貼ってた
夢の値札が
はがれただけじゃない?」
僕は、
鉛筆を落としそうになった。
六十七歳の元証券マンより、
十六歳の高校生の方が、
世界の急所を先に見抜いた。
僕はノートに書いた。
夢は安く買える。
だが現実の請求書は高くつく。
ゆづきはそれを見て、
首をかしげた。
「おじいちゃん、
ちょっと固い」
「固いか?」
「うん。
こう書いた方がいいと思う」
ゆづきは、
僕のノートの横に、
小さな字で書いた。
夢って、
買った瞬間はキラキラするけど、
支払いの日だけは、
ちゃんと現実の顔で来る。
僕は黙った。
この子を出さない手はない。
………
■第2章
良いニュースが株を殺す時代
アメリカの雇用統計は強かった。
人が働いている。
給料が出る。
消費が続く。
普通なら、
良いニュースである。
ところが市場は暴落した。
ゆづきが言った。
「なんで?
仕事が増えたんなら、
いいことじゃん」
僕は答えた。
「普通はそうじゃ。
でも今の相場は、
ちょっとねじれとる」
雇用が強い。
インフレが残る。
利下げが遠のく。
金利が上がる。
未来の利益で買われていた
AI株が苦しくなる。
ゆづきは、
少し黙ってから言った。
「つまり、
人間がまだ頑張って
働いてるから、
AI株が怒られたってこと?」
「まあ、
乱暴に言えばそうじゃ」
「変なの」
「変じゃろ」
「でも、分かる気もする」
ゆづきはそう言って、
スマホを伏せた。
「学校でもさ、
未来のためって言われること、
いっぱいあるよ」
勉強しろ。
資格取れ。
AIを使え。
英語やれ。
でも、
今の体力とか、
今のメンタルとか、
今の睡眠とか、
そっちは後回しにされる。
僕は、
はっとした。
相場も同じかもしれない。
未来のAI利益ばかり見て、
今の金利を見ていなかった。
今の電力を見ていなかった。
今の現金を見ていなかった。
今の人間の
疲れを見ていなかった。
僕はノートに書いた。
未来ばかり見ていた相場は、
足元の金利につまずいた。
ゆづきが横から言った。
「おじいちゃん、
それはいいかも」
その一言で、
僕は少しうれしくなった。
………
■第3章
半導体教会の鐘が割れた
ここ数年、
半導体株は新しい宗教だった。
NVIDIA。
Broadcom。
AMD。
Micron。
Marvell。
AIにはチップがいる。
チップがいるなら半導体だ。
半導体なら買いだ。
信者たちは叫んだ。
「AI需要は無限だ」
だが、その日、
教会の鐘が割れた。
半導体ETFが
大きく崩れた。
僕は説明した。
「ゆづき、半導体は
AIの脳みそみたいなもんじゃ」
「じゃあ大事じゃん」
「大事じゃ。
でも脳みそだけあっても、
体がなければ動かん」
「体?」
「電気。
水。
冷却。
工場。
素材。
海峡。
金利。
全部いる」
ゆづきは少し考えて言った。
「じゃあ、
AIって頭いいけど、
体力ない子みたいな感じ?」
「うまいこと言うな」
「テストは満点だけど、
体育の持久走で
倒れるタイプ?」
「それじゃ」
僕はノートに書いた。
AIは頭脳を手に入れた。
だが、
体力が足りなかった。
ゆづきは笑った。
「それ、
Z世代に伝わると思う」
………
■第4章
AIは現金を食べていた
次の投稿は、
地味で、
もっと怖かった。
Google。
Amazon。
Meta。
Oracle。
巨大IT企業の
フリーキャッシュフローが、
AI投資で痩せていく。
僕はゆづきに説明した。
「売上が伸びても、
AIデータセンターを建てたり、
GPUを買ったり、
電気代を払ったりしたら、
現金が
残らんことがある」
ゆづきが言った。
「それって、
バイト代入ったけど、
参考書と交通費と部活の道具で
全部消える感じ?」
「そうじゃ」
「じゃあ、
見た目はお金持ちなのに、
財布は空っぽってこと?」
「それじゃ」
僕はノートに書いた。
AIはお金を生む機械だと
思われていた。
だが実際には、
お金を食う機械でもあった。
ゆづきはそれを見て言った。
「怖いけど、
分かりやすい」
そして、
少しだけ真顔になった。
「おじいちゃん、
AIって
無料で使えてるように
見えるけど、
本当は
誰かが払ってるんだよね」
「そうじゃ」
「電気代も、
水も、
土地も、
全部」
「そうじゃ」
「じゃあ、
無料って言葉も、
ちゃんと
疑わないといけないね」
僕はその言葉を、
赤ペンで囲んだ。
無料という言葉を疑え。
高校一年生のゆづきが、
相場より深いことを言った。
………
■第5章
燃料電池は天然ガスを食らう
韓国語の投稿に、
忘れられない一文があった。
燃料電池は
天然ガスを食べる。
僕はそれをゆづきに見せた。
「燃料電池ってなに?」
「簡単に言うと、
その場で電気を作る装置じゃ」
「便利じゃん」
「便利じゃ。
でも天然ガスを食う」
ゆづきは、
少し目を丸くした。
「AIって、
ガスも食べるの?」
「そういうことになる」
「え、AIって
スマホの中に
いるんじゃないの?」
「みんなそう思っとる。
でも本当は、
データセンターの中にいて、
電気と水とガスの上で動いとる」
ゆづきは、
少し黙った。
そして言った。
「じゃあAIって、
魔法じゃなくて、
めちゃくちゃ
腹ペコな生き物じゃん」
僕はノートに書いた。
AIは魔法ではない。
腹ペコな生き物だ。
ホルムズ海峡が揺れる。
LNG価格が上がる。
天然ガス価格が上がる。
AIの電気代が上がる。
株価がまた血を流す。
一つの細い海峡が、
シリコンバレーの
心臓を握っている。
ゆづきは言った。
「世界って、
つながりすぎてて怖いね」
僕は答えた。
「でも、
つながりが見えたら、
怖いだけではなくなる」
「どうなるの?」
「読めるようになる」
ゆづきは、
小さくうなずいた。
………
■第6章
原子力は、まだ予約券だった
Big Techは原子力へ向かっている。
Microsoft。
Amazon。
Google。
Meta。
みんな電力を探している。
僕は言った。
「AIを動かすには、
安定した電力がいる。
だから原子力へ向かう」
ゆづきが言った。
「じゃあ解決じゃん」
「そう簡単ではない」
原子炉は、
アプリではない。
圧力容器がいる。
重鍛造がいる。
溶接がいる。
検査がいる。
認証がいる。
規制がいる。
燃料がいる。
HALEUという燃料も足りない。
ゆづきが顔をしかめた。
「つまり、
電気ほしいですって
言っても、
すぐAmazonで
届くわけじゃないんだ」
「そうじゃ」
「原子力って、
未来の定期便みたいなもの?」
「うまいな」
僕はノートに書いた。
原子力は、まだ電気ではない。
未来への予約券だ。
ゆづきは言った。
「でも、
予約券だけ買って
安心してたら、
当日になって
電車来ないこともあるよね」
「その通りじゃ」
この子は、
本当に急所を突く。
………
■第7章
一兆ドルの群れ
VOOというETFが、
一兆ドルを超えた。
S&P500を買うETFである。
僕はゆづきに説明した。
「世界中の人が、
アメリカの大企業を
まとめて買う商品じゃ」
「それって安全なの?」
「安全に見える」
「見える?」
「問題は、
みんなが同じものを
買うことじゃ」
ゆづきはすぐに言った。
「それ、
学校でみんなが
同じ答え書いて、
先生にバレるやつ?」
「少し違うが、
近い」
「全員で同じ安心に乗っかると、
誰かが不安になった時、
全員で逃げるってこと?」
「それじゃ」
僕はノートに書いた。
分散投資は、
世界中が同じものを買った瞬間、
巨大な集中に変わる。
ゆづきはそれを読んで、
静かに言った。
「本当の分散って、
お金だけじゃないんだね」
「どういうことじゃ?」
「考え方の分散。
言葉の分散。
情報源の分散。
友だちの分散。
居場所の分散」
僕はまた鉛筆を止めた。
この章の主役は、
もう僕ではない。
ゆづきだった。
………
■第8章
IPOという非常口
SpaceX。
OpenAI。
Anthropic。
未来そのもののような名前が並ぶ。
宇宙。
AI。
国防。
衛星通信。
巨大言語モデル。
これらの企業が、
巨大な評価額で
上場するかもしれない。
ゆづきが聞いた。
「上場って、
会社がすごくなること?」
「そういう面もある」
「他には?」
「昔から株を持っていた人が、
売れるようになることでもある」
「え、じゃあ出口?」
「そうじゃ。
IPOは入口であり、
出口でもある」
ゆづきは、
少し怖そうに言った。
「じゃあ、
夢を作った人が、
夢を売る日でもあるんだ」
僕はノートに書いた。
未来を作る会社が、
出口に並び始めた。
ゆづきは、
さらに言った。
「買う側は、
それが入口なのか出口なのか、
ちゃんと見ないといけないね」
僕はうなずいた。
「証券会社で
三十八年働いたワシが、
いちばん言いたかったことを、
ゆづきが一言で言った」
ゆづきは少し照れた。
「じゃあ、
ちゃんと書いといて」
書いた。
………
■第9章
国民株主という口枷
AI企業の株を、
国民に持たせる構想があるという。
聞こえはいい。
AIで仕事が変わる。
AIで雇用が壊れるかもしれない。
AI企業が巨大な富を得る。
ならば、
国民にも分け前を渡せ。
僕は説明した。
「AI企業の株を少し国民が持つ。
そうすればAIの利益を
国民にも配れる」
ゆづきが言った。
「良さそうじゃん」
「良さそうに見える」
「また“見える”?」
「もしAIに仕事を奪われても、
株を持っているから黙れ、
という話になるかもしれん」
ゆづきの顔が変わった。
「それ、怖い」
「じゃろ」
「被害者なのに、
ちょっとだけ株をもらったら、
文句言いにくくなるってこと?」
「そういう面がある」
ゆづきは、
しばらく黙ってから言った。
「それって、
給食を少し多くもらったから、
校則に文句言うなって
言われる感じ?」
「たとえが鋭すぎる」
僕はノートに書いた。
AI企業は国民に株を分けた。
その日から国民は、
被害者ではなく、
小さな共犯者になった。
ゆづきは言った。
「でもさ、
本当に必要なのは、
株をもらうことじゃなくて、
AIを使えるようになることだよね」
「その通りじゃ」
「じゃあ、
私も使う側に回る」
その一言は、
第9章の結論になった。
………
■第10章
撃たない核兵器
ロシアは核を語る。
北朝鮮は核を持つ。
イラ●は核を持っていない。
だが、
ホルムズ海峡を握っている。
僕は説明した。
「ゆづき、
世界の石油や天然ガスが通る
細い道がある。
そこがホルムズ海峡じゃ」
「そこを止めると?」
「船が怖がる。
保険料が上がる。
LNGが上がる。
AIの電気代も上がる。
インフレが残る。
金利が下がらない。
株が落ちる」
ゆづきは、
少し青い顔をした。
「海の細い道が、
私のスマホ代とか、
電気代とか、
将来の就職にまで関係するの?」
「する」
「世界、近すぎ」
僕はノートに書いた。
イラ●は核の代わりに、
世界の喉元を握った。
それは、
撃たない核兵器だった。
ゆづきは言った。
「戦争って、
爆弾だけじゃないんだね」
「そうじゃ」
「通さない。
遅らせる。
高くする。
怖がらせる。
それも戦争なんだ」
僕は、
その言葉をそのまま書いた。
通さない。
遅らせる。
高くする。
怖がらせる。
それも戦争だ。
………
■第11章
円の痛み止め依存
日本語の投稿も流れてきた。
物価高でつらい。
政府が対策を出す。
財源は国債。
日銀は金利を上げにくい。
市場は円を売る。
円安になる。
輸入品が上がる。
また物価高になる。
そして、
また対策。
ゆづきが言った。
「これ、
テスト前に徹夜して、
眠くなって
エナジードリンク飲んで、
また眠れなくなるやつに似てる」
「うまい」
「一瞬は助かるけど、
体は壊れていく」
「そうじゃ」
僕はノートに書いた。
痛み止めではなく、
体質改善の国へ。
ゆづきは言った。
「物価高対策は必要だけど、
ずっと応急処置だけだと怖いね」
「そうじゃ」
「国も、人間も、
生活習慣病みたいになるんだ」
僕は笑った。
「それ、いただきじゃ」
日本は、
円の生活習慣病になりかけている。
その一文は、
かなり強いと思った。
………
■第12章
アメリカの脳と、日本の手
トルコ語の投稿が流れてきた。
AI。
量子。
核融合。
バイオ。
この四つを握る国が、
二十一世紀を握る。
AIは頭脳。
量子は鍵。
核融合は太陽。
バイオは命。
そして投稿は言っていた。
アメリカには脳がある。
だが、
その脳を現実にするには、
日本の手がいる。
材料。
精密加工。
製造規律。
半導体薬品。
装置。
磁石。
品質管理。
ゆづきが聞いた。
「日本って、
まだ役に立つの?」
「大いに立つ」
「でも、
AIでは遅れてるって
言われるよ」
「表ではそうじゃ。
でも裏側には、
日本の強いところがある」
「裏側?」
「磨く。
測る。
そろえる。
壊れないように作る。
何十年も品質を守る」
ゆづきは、
少し目を輝かせた。
「それ、
吹奏楽に似てる」
「どういうことじゃ?」
「目立つソロだけじゃ
曲はできない。
ずっと同じテンポで支える人、
音程を外さない人、
裏でリズムを守る人がいるから、
曲になる」
僕は、
胸が熱くなった。
ゆづきは吹奏楽部だった。
この子は、
日本の役割を音で理解した。
僕はノートに書いた。
アメリカの脳と、日本の手。
そして、未来の低音を支える日本。
………
■第13章
夢資産の同時棚卸し
ここまでの投稿を並べると、
一本の線が見えてきた。
半導体。
銀。
ビットコインETF。
韓国株ETF。
S&P500。
VOO。
SpaceX。
OpenAI。
Anthropic。
ホルムズ海峡。
原子力。
HALEU。
日本の円安。
米日技術協力。
AI企業の現金不足。
全部、
同じ棚に並んでいた。
その棚の名前は、
未来である。
未来のAI。
未来の通貨。
未来の電力。
未来の宇宙。
未来の国防。
未来の老後資金。
市場は、
その未来を高く買いすぎた。
だから今、
棚卸しが始まった。
僕は言った。
「夢が終わったわけじゃない。
値段のつけ直しが
始まったんじゃ」
ゆづきが言った。
「じゃあ、
セールじゃないの?」
「セール?」
「高すぎた夢が安くなるなら、
本物を見つける
チャンスじゃん」
僕は黙った。
そうだ。
暴落は終わりではない。
本物を見つける
始まりでもある。
僕はノートに書いた。
値札が剥がれた場所に、
本物が残る。
………
■第14章
AI株を買った人、
AIを使った人
著名 アナリスト
レイ・ダリオの言葉が
マーケットに残っていた。
AIで利益を得る人は、
高値でAI株を買う人ではない。
AIの使い方を身につけた人だ。
僕はゆづきに言った。
「ワシはAI株で
大儲けしたわけじゃない」
「知ってる」
「OpenAIの
未公開株も持っとらん」
「それも知ってる」
「SpaceXのIPOにも参加できん」
「それも無理そう」
「はっきり言うな」
ゆづきは笑った。
僕も笑った。
「でもな、
僕は毎朝AIを使っとる」
英語の投稿を読む。
韓国語の投稿を読む。
トルコ語の投稿を読む。
ロシア語の投稿を読む。
日本語の怒りを読む。
それを、
自分の言葉にする。
小説にする。
Z世代へ渡す。
未来の地図にする。
ゆづきが言った。
「それって、
株じゃなくて、
能力に投資してるってこと?」
「そうじゃ」
僕はノートに書いた。
AI株は減ることがある。
AIを使う力は、
使えば使うほど増えていく。
ゆづきは、
小さくうなずいた。
「じゃあ私も、
AIを答えを出す機械じゃなくて、
考える練習相手にする」
その一言が、
この物語の中心になった。
………
■第15章
ゆづきは、
未来を買わずに一行を書いた
一兆七千五百億ドルが消えた朝。
僕は鉛筆を握った。
ゆづきはスマホを握った。
二人で、
世界の投稿を読んだ。
英語。
韓国語。
トルコ語。
ロシア語。
日本語。
難しい。
怖い。
速すぎる。
でも、
読めないわけではない。
AIがあれば翻訳できる。
翻訳したら、
考えられる。
考えたら、
自分の言葉にできる。
僕は言った。
「ゆづき、
最後に一行書いてみんか」
「私が?」
「そうじゃ」
ゆづきは、
少し迷った。
そして、
スマホのメモに書いた。
未来は、
買うものじゃない。
分からない朝に、
自分で一行書いた人のものだ。
僕は、
何も言えなかった。
六十七歳の僕が、
Z世代へ何かを渡そうとしていた。
だがその朝、
ゆづきの方が、
僕に未来を渡してくれた。
株は一晩で消える。
だが、
考える力は消えない。
AIの夢に請求書が届いた時代。
その請求書の裏に、
ゆづきは自分の未来を書き込んだ。
………
❥Z世代のあなたへ
世界はこれから、
もっと苛烈になる。
AIが仕事を変える。
エネルギー危機が来る。
地政学が揺れる。
円安が生活を削る。
物価が上がる。
株価は一日で
何百兆円も消える。
でも、
怖がるだけでは足りない。
AIを使う側に回れ。
毎朝、
世界の情報を漁れ。
分からないことは、
すぐ調べろ。
英語でも、
韓国語でも、
トルコ語でも、
ロシア語でも、
アラビア語でも、
翻訳して読め。
そのまま信じるな。
自分の生活に落とせ。
一行書け。
火星に行くのも、
日本を再生するのも、
自分の人生を立て直すのも、
最初は全部、
一行から始まる。
夢見て終わるな。
ハックしろ。
でも、
他人を壊すためではない。
自分の未来を、
取り戻すために。
ゆづきは、
最後にこう書いた。
未来は、
買うものじゃない。
分からない朝に、
自分で一行書いた人のものだ。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ風漫才
ゆづき登場バージョン
ワトソン
「ホームズさん、
今回の話、
難しすぎますわ。
AIやら金利やら
ホルムズ海峡やら、
頭の中で
半導体が盆踊りしてますわ」
ホームズ
「盆踊りできる半導体なら、
まだ元気じゃ」
ワトソン
「いやいや、
読者の脳みそが
熱暴走しとるんです」
ホームズ
「なら冷却がいるな」
ワトソン
「そこにも電力いるんかい!」
ホームズ
「そうじゃ。
未来は全部、電気を食う」
ワトソン
「ほんならAIって、
雲の上の
賢い妖精みたいなもんや
ないんですか?」
ホームズ
「違う。
AIは天然ガスを食べ、
水で冷やされ、
GPUで考え、
金利で叱られる巨大生物じゃ」
ワトソン
「金利で叱られるて、
銀行の支店長みたいですな」
ホームズ
「その支店長が
世界中のAI企業に
言うたんじゃ。
君ら、夢はええけど
返済計画はあるんか、
と」
ワトソン
「きついなあ。
じゃあ庶民は
どうしたらええんです?」
ホームズ
「AI株を追いかける前に、
AIを使え」
ワトソン
「買うんやなくて?」
ホームズ
「使うんじゃ」
ワトソン
「儲かりますか?」
ホームズ
「すぐには儲からん」
ワトソン
「ほな、あかんやないですか!」
ホームズ
「いや、
毎日使えば、
考える力が増える」
ワトソン
「考える力で
スーパーの卵は
安くなりますか?」
ホームズ
「ならん」
ワトソン
「ますます
あかんやないですか!」
ホームズ
「だが、
卵がなぜ高いかは分かる」
ワトソン
「あ、それは大事や」
ホームズ
「分かれば、
次に何を見るかが変わる。
電気、飼料、為替、
物流、政策、世界の海峡」
ワトソン
「卵一個から
ホルムズ海峡まで
行くんですか!」
ゆづき
「行くでしょ。
だって卵も世界の一部じゃん」
ワトソン
「うわっ、
急に高校生が核心ついてきた!」
ホームズ
「これじゃ。
今回、
ゆづきを出す意味は
ここにある」
ワトソン
「ホームズさんより
鋭いんちゃいますか?」
ホームズ
「それは言わん約束じゃ」
ゆづき
「でもさ、
難しい話って、
結局、
自分の生活までつながった時に
初めて分かるんだと思う」
ワトソン
「またええこと言う!」
ホームズ
「ゆづき君、
最後に一言頼む」
ゆづき
「未来は買うものじゃない。
分からない朝に、
自分で一行書いた人のもの」
ワトソン
「泣けますなあ」
ホームズ
「泣く前に書け」
ワトソン
「またそれかい!」
ゆづき
「じゃあ私、
まず一行書く」
ワトソン
「何を書くんです?」
ゆづき
「AIは天然ガスを食う。
私は朝ごはんを抜かない」
ホームズ
「それが一番大事じゃ」
ワトソン
「相場より朝ごはん!」
ホームズ
「前頭葉は、
空腹では未来を読めん」
ワトソン
「最後、健康講座に
なっとるやないか!」
ホームズ
「やかましいわ!」
おしまい。




