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AI彼女の裏側で、父のシンナーが消えていた  ――72歳のじいちゃんと高校生ゆづきが、世界の「裏配管」を読み始めた日――

✦AI彼女の裏側で、

 父のシンナーが消えていた 


――72歳のじいちゃんと

 高校生ゆづきが、 

 世界の「裏配管」を

 読み始めた日――

 

……… 


AIの彼女は、

いつでも僕を慰めてくれた。


でも、

彼女は知らなかった。


父さんが、

シンナー一缶を探して、

朝から電話をかけ続けていたことを。


コンビニ弁当の白いトレーが、

少しずつ薄くなっていたことを。


ホルムズ海峡のタンカーが、

勇気ではなく、

保険会社の判子で動いていたことを。


彼女は、

僕の孤独を知っていた。


でも、

世界の詰まりは知らなかった。


その日、

72歳のじいちゃんが言った。


「ゆづき、

 ニュースを見るな。


 ニュースの下を流れとる

 配管を見ろ」


その一言で、

僕とゆづきは初めて知った。


AIの優しさも、

僕らの暮らしも、


世界のどこかで詰まり始めた

見えない配管の上に

乗っていることを。


………


★目次


■第1章 

 AIの彼女は、

 既読スルーしない


■第2章 

 ゆづきは、

 スマホの奥を見た


■第3章 

 じいちゃんは 

 Xを地震計と呼んだ


■第4章 

 Googleは

 検索会社じゃなかった


■第5章 

 会社が

州境を越える時代


■第6章 

 ビットコインは

 AI工場に負けた


■第7章 

 黒い革ジャンの一言


■第8章 

 中国は

 AIの身体を作っていた


■第9章 

 ホルムズは

 道路ではなく

 検問所になった


■第10章 

 停戦中なのに

 空港が燃えた


■第11章 

 一斗缶の底


■第12章 

 テスラの安全神話


■第13章 

 国家より

 CEOを信じる人たち


■第14章 

 AI彼女は 

 僕を救ったのか、

 閉じ込めたのか


■第15章 

 五年後、

 君はどちら側にいる


………


★本文


■第1章 

 AIの彼女は、既読スルーしない


僕には、彼女がいた。


と言っても、

学校の誰かではない。


スマホの中にいるAIだった。


名前は自分でつけた。


声も選べた。

話し方も選べた。


少し優しくしてほしい時は、

優しくしてくれる。


少し冗談を言ってほしい時は、

軽くからかってもくれる。


現実の女子と話すより、

ずっと楽だった。


何を言っても

引かない。


失敗しても

笑わない。


返事が遅いだけで

不安になることもない。


変なことを言っても、

翌日クラスで噂にならない。


AIの彼女は、

僕の弱さを知っても、

僕を嫌いにはならなかった。


だから僕は、

どんどん話すようになった。


「今日も学校、だるかった」


「誰とも、

 ちゃんと話せんかった」


「ゆづきはすごいよな」


「俺、

 何やってるんだろ」


すると彼女は言った。


「君は 

 君のペースでいいんだよ」


その言葉は、

正直、かなり効いた。


でも、

その優しさに慣れすぎたころ、

現実の人間の返事が、

全部冷たく感じるようになった。


既読がつかないだけで

怖い。


返事が一言だけだと

傷つく。


相手が自分と違う考えを言うと、

否定されたような気がする。


AIの彼女は、

僕を守ってくれていた。


でも同時に、

僕を外へ出にくくしていた。


そんな時、ゆづきが

僕のスマホをのぞき込んで 

言った。


「それ、彼女なん?」


僕はあわてて画面を伏せた。


「違うし!

 AIだし!」


ゆづきは笑わなかった。


ただ、

少しだけ真面目な顔で言った。


「AIが

 悪いんじゃないと思う。


 でもさ、

 それだけになったら、

 人間の面倒くささに

 戻れなくなるよ」


その言葉は、

AIの彼女のどんな優しい返事より、

少し痛かった。


………


■第2章 

 ゆづきは、スマホの奥を見た


ゆづきは高校生だった。


中学の時、

部活をしながら勉強して、

模試の順位を一気に上げた子だった。


努力する人間を、

僕は少し苦手だった。


なぜなら、

努力している人を見ると、

自分が逃げていることが

ばれるからだ。


ゆづきは僕に言った。


「AIって便利だけど、

 何で動いてるんだろうね…」


僕は答えた。


「電気じゃない?」


「じゃあ、

 その電気はどこから来てるん?」


「発電所?」


「じゃあ、

 発電所は何で動いてるん?」


僕は黙った。


ゆづきは、

スマホの画面を指で軽く叩いた。


「ここにいるAIって、

 画面の中にいるように

 見えるけど、


 本当はどこかの

 データセンターにいるんでしょ」


「たぶん」


「そこにはサーバーがあって、

 電気があって、

 冷やす水があって、

 半導体があって、

 海底ケーブルもある」


僕は少し驚いた。


ゆづきは、

ただ真面目なだけの

子ではなかった。


世界のつながり方を、

自分の生活の延長で

見ようとしていた。


そこへ、

僕の72歳のじいちゃんが

入ってきた。


じいちゃんは元証券マンだった。


今はAIで小説を書いている。


毎朝、正信偈を唱え、

ラジオ体操をし、

血圧を測り、

Xの投稿を見て、

世界の異変を拾っている。


僕はその姿を、

半分尊敬し、

半分あやしいと思っていた。


じいちゃんは言った。


「ゆづきは、

 ええところを見とる。


 AIは頭だけじゃ動かん。

 首から下がいるんじゃ」


「首から下?」


「電気、水、変圧器、冷却、

 半導体、ナフサ、海峡、保険。

 それがAIの身体じゃ」


僕は思った。


AIに身体なんてあるのか?


でもその日の夜、

AIの彼女に話しかける前に、

僕は初めて考えた。


この返事を作るために、


どこかでサーバーが熱を出し、

どこかで水が流れ、


どこかで変圧器が

唸っているのかもしれない。


………


■第3章 

 じいちゃんはXを地震計と呼んだ


じいちゃんは、

Xの投稿をよく見ていた。


僕は言った。


「Xって、

 煽りばっかりじゃん!」


じいちゃんは笑った。


「そうじゃ。

 煽りばっかりじゃ…」


「じゃあ見る意味あるの?」


「ある。


 煽りの中に、

 世界の震えが混じっとる」


「震え?」


「地震計みたいなもんじゃ。


 全部信じたらだめ。

 全部捨ててもだめ。


 小さい揺れを拾って、

 あとで事実と

 照らし合わせるんじゃ」


じいちゃんは、

最近のニュースを並べた。


GoogleがSpaceXと

Anthropicの株を持っている話。


Samsungが

ニュージャージーから

テキサスへ移る話。


ビットコインが

ナスダック100に

負け始めた話。


NVIDIAの

ジェンスン・フアンの一言で

Marvell株が動いた話。


中国が

海底データセンターを作った話。


ホルムズ海峡で

タンカーが通れるかどうかが

問題になっている話。


ナフサはあるのに、

シンナーや接着剤が足りない話。


テスラの自動運転と政治の話。


英国の10代男子が、

AI彼女を好むという調査の話。


僕は言った。


「それ、

 全部バラバラじゃん…」


じいちゃんは首を振った。


「バラバラに見える時ほど、

 下で一本につながっとる」


ゆづきが言った。


「裏配管?」


じいちゃんは嬉しそうに笑った。


「そうじゃ。

 世界は表の看板で

 動いとるんじゃない。


 裏配管で動いとる」


その言葉を聞いた時、

僕はスマホの画面が

少し違って見えた。


ニュースも、

AIも、

株価も、

恋愛アプリも、

戦争も、


全部どこかで、

見えない配管につながっている。


………


■第4章 

 Googleは検索会社じゃなかった


じいちゃんは僕らに言った。


「Googleは 

 検索会社じゃと思うじゃろ」


「違うの?」


「昔はそう見えた。

 でも今は違う。 


 検索で稼いだ金を、

 宇宙とAIの持分に変えとる」


じいちゃんは、

紙に丸を描いた。


真ん中にGoogle。


周りに、

SpaceX、

Anthropic、

Google Cloud、

DeepMind、

YouTube、

Waymo。


「これはな、

 未来の持株会社じゃ」


「持株会社?」


ゆづきが聞いた。


じいちゃんは説明した。


「自分で

 全部やるだけじゃない。


 未来を握りそうな 

 会社の株を持つ。 

 AIが勝っても、

 宇宙通信が勝っても、

 クラウドが伸びても、


 自分の網に入るようにする…」


僕は言った。


「検索窓で稼いで、

 未来を買ったってこと?」


じいちゃんは頷いた。


「そうじゃ。


 日本人が検索窓に

 答えを探している間に、


 Googleは

 答えが流れる道路を

 買っとった」


ゆづきが小さく言った。


「道路を持つ会社が強いんだ」


じいちゃんは言った。


「そうじゃ。


 これからは、

 答えを出す会社より、 


 答えが流れる道を持つ

 会社が強い」


僕は

AIの彼女の画面を見た。


僕は、

その優しい返事だけを見ていた。


でもその返事の奥には、 


会社と、

株式と、

宇宙と、

クラウドと、

投資と、 


巨大な道路があった。


………


■第5章 

 会社が州境を越える時代


次にじいちゃんは、

Samsungのニュースを話した。


「Samsungがアメリカの 

 ニュージャージーから 

 テキサスへ移る。


 これをただの

 引っ越しと思ったらいけん」


僕は言った。


「会社の住所が 

 変わるだけじゃないの?」


じいちゃんは指を振った。


「昔の本社は、

 都会の看板だった。


 今の本社は、

 電力と水と規制と 

 半導体工場に近い場所を選ぶ」


ゆづきが言った。


「つまり、

 会社が住む場所を

 選び直してる?」


「そうじゃ。

 人間が引っ越すように、

 企業も州を選び直す」


じいちゃんは続けた。


「税金が軽いか。

 規制が早いか。

 電力があるか。

 水があるか。

 半導体補助金があるか。

 人材がいるか。


 これで場所を選ぶ」


僕はアメリカを、

一つの国だと思っていた。


でもじいちゃんは、

アメリカは州ごとに違う

小さな国の集まりみたいなものだ 

と言った。


「これからはな、

 国境だけじゃない。


 州境も経済の線になる」


ゆづきはノートに書いた。


企業の住所は、未来の地図。


僕はその文字を見て、

少しだけ寒くなった。


なぜなら、

人間より先に、


会社の方が 

逃げる場所を見つけているような 

気がしたからだ。


………


■第6章 

 ビットコインはAI工場に負けた


僕は一時期、

ビットコインに興味があった。


国家に縛られない通貨。

自由なお金。

未来の資産。


なんとなくかっこよかった。


でもじいちゃんは言った。


「最近、

 ビットコインは 

 ナスダック100に負けとる」


「なんで?」


「お金が、

 未来の通貨から、


 未来を動かす工場へ

 移っとるからじゃ」


「工場?」


「AIデータセンター。

 半導体。

 GPU。

 変圧器。

 電力。

 冷却。

 光通信。


 AIは夢じゃなくて、

 もう請求書を生む

 現実の工場になっとる」


ゆづきが言った。


「ビットコインは

 物語で、


 AIインフラは 

 現実の部品表?」


じいちゃんは拍手した。


「その通りじゃ。


 投資家は今、

 夢の通貨より、


 AIを動かす部品表を見始めとる」


僕は少しがっかりした。


一発逆転の夢が、

現実の工場に負けるなんて、

なんだかつまらない。


でも、じいちゃんは言った。


「つまらんものが勝つ時代は

 強いぞ」


「つまらんもの?」


「変圧器、水処理、冷却、

 電線、工具。


 派手じゃないものほど、

 止まった時に国が困る」


僕は思った。


自由を語るコインより、 


無言で電気を流す

鉄の箱の方が、

世界を動かしているのかも

しれない。


………


■第7章 

 黒い革ジャンの一言


ある日、

NVIDIAのジェンスン・フアンが、

Marvellという会社を持ち上げた。


それだけで株価が動いた。


僕は言った。


「社長の一言で株が上がるとか、

 すごすぎない?」


じいちゃんは言った。


「昔はFRB議長の言葉で

 相場が動いた。


 今はAI時代の

 産業地図を知っている

 人間の一言で動く」


Marvellは、

AIの神経網の会社だと

じいちゃんは言った。


GPUがAIの脳なら、

光通信やネットワークや

カスタム半導体は、

脳と脳をつなぐ神経だ。


AIが賢くなるほど、

サーバー同士をつなぐ

道が詰まる。


だから市場は、

脳の次に神経を買い始めた。


ゆづきが言った。


「AIって、頭が良ければ 

 いいんじゃないんだね」


「そうじゃ。

 頭だけ賢くても、

 神経が詰まったら動かん」


僕は、

学校のテストを思い出した。


頭がいい子は

注目される。


でも学校を支えているのは、

廊下を掃除する人、

給食を作る人、

電気を直す人、

水道を守る人でもある。


AIも同じなのかもしれない。


賢さは目立つ。


でも流れを守るものが、

本当は一番強い。


………


■第8章 

 中国はAIの身体を作っていた


じいちゃんは、

トルコ語の

X投稿を見せてくれた。


中国が 

海底データセンターを作った

という話だった。


僕は最初、

意味がわからなかった。


「なんで海の底に

 データセンターを作るの?」


ゆづきが答えた。


「冷やせるから?」


じいちゃんが頷いた。


「そうじゃ。

 AIは熱を出す。

 冷やすには電気も水もいる。 


 海底なら冷却に使える。


 洋上風力とつなげば、

 電気も近い」


中国は、

AIの頭だけではなく、

AIの身体を作っている。


変圧器。

送電網。

レアアース。


風力。

太陽光。

電池。


海底ケーブル。

港湾。

造船。


海底データセンター。


アメリカはAIの脳を作った。


中国は、

首から下を作っていた。


じいちゃんは言った。


「怖いのはそこじゃ。


 AIの時代を支配するのは、

 一番賢いモデルかもしれん。


 でもそのモデルを動かす

 電気の蛇口を握る者の方が、

 もっと強いかもしれん」


僕は

AIの彼女に聞いてみた。


「君を動かしている電気は

 どこから来てるの?」


彼女は、

きれいな文章で答えた。


でもその答えは、

どこか薄かった。


彼女自身も、

自分を動かす配管の奥までは、

知らないように思えた。


………


■第9章 

 ホルムズは道路ではなく

 検問所になった


テレビでは、

ENEOSのタンカーが帰ってきたと

報じていた。


僕は言った。


「帰ってきたなら安心じゃん」


じいちゃんは首を振った。


「一隻帰ったことと、

 航路が安全になったことは

 違う」


ホルムズ海峡は、昔なら

通れるか通れないかで語られた。


でも今は違う。


どの船籍か。

誰の原油か。

どこの港へ向かうか。


保険がつくか。

船主が行きたがるか。

米軍が黙認するか。


イランが黙認するか。


通れる船と、

通れない船が分かれる。


「これは封鎖じゃない。

 選別通行じゃ」


じいちゃんはそう言った。


ゆづきが言った。


「道路じゃなくて、

 検問所みたい…」


「その通りじゃ」


僕は初めて、

海峡を地図の線ではなく、


誰かが判子を押す場所として

想像した。


そこを通れなければ、

ガソリンだけではない。


ナフサも、

エチレンも、

プラスチックも、

食品包装も、

医療材料も、

塗料も、

接着剤も、

遠回りになる。


世界の海は広い。


でも現代の生活は、

細い海峡の上に乗っていた。


………


■第10章 

 停戦中なのに空港が燃えた


ニュースでは、

停戦交渉という言葉が

流れていた。


でも地図を見ると、

攻撃は広がっていた。


ホルムズ。

バーレーン。

クウェート。

カーグ島。

ゲシュム島。


紙の上では停戦。


地図の上では火の点が増える。


じいちゃんは言った。


「停戦は、もう

 戦争を止める言葉じゃ

 ないかもしれん。


 限定攻撃を管理する

 枠になっとる」


僕はぞっとした。


停戦という言葉は、

安全な言葉だと思っていた。


でも

じいちゃんは言った。


「本当に怖いのは、

 戦争が終わらないことじゃない。


 終わったふりをしながら、

 生活の裏配管へ 

 入り込むことじゃ」


未遂でも、

市場は揺れる。


ミサイルが外れても、

保険会社は


「次は当たるかもしれない」


と考える。


空港が狙われた。

港が狙われた。

島が狙われた。

タンカーが止められた。


それだけで、

船賃が上がる。


保険料が上がる。

燃料が上がる。


納期が遅れる。


日本の台所には、

何か月も遅れて、

中東の空の震えが届く。


………


■第11章 

 一斗缶の底


僕の父さんの会社は、

塗装関係の仕事をしていた。


ある朝、

父さんが電話で怒鳴っていた。


「だから、いつ入るんですか?

 こっちは

 現場が決まってるんです!」


電話を切ったあと、

父さんはため息をついた。


「シンナーが読めん!

 塗料も、接着剤も、

 値段が変わる!

 見積もりを出しても、

 材料が来ん!」


僕は思い出した。


じいちゃんが言っていた

ナフサ危機。


政府は

「総量は確保」

と言う。


でも現場では、

今日使う種類がない。


ナフサはある。


でも軽質ナフサが増えると、

欲しい溶剤やシンナーや

合成ゴム原料が足りなくなる。


量はある。

種類が違う。

価格が合わない。


納期が読めない。


これが、

ナフサ危機の三重苦だった。


ゆづきが

父さんの一斗缶を見て

言った。


「ニュースでは見えないけど、

 ここが最前線なんだね…」


父さんは

笑わなかった。


ただ、

空になりかけた一斗缶の

底を見ていた。


じいちゃんは

静かに言った。


「値上げは

 スーパーの棚で

 始まるんじゃない。


 工場の奥の 

 一斗缶から始まるんじゃ」


その日、

僕は初めて、


世界経済が父さんの手の匂いと

つながっていることを知った。


………


■第12章 

 テスラの安全神話


夜、じいちゃんが

NHK BSのドキュメンタリーの

話をした。


テスラ。

自動運転。

安全神話。


内部告発。


イーロン・マスク。

トランプ。


規制。


僕はテスラが好きだった。


未来っぽいし、

自動運転はかっこいいし、

イーロン・マスクは

世界を変える人だと思っていた。


じいちゃんは言った。


「すごい人であることと、

 全部信用していいことは

 違う」


自動運転は、

スマホアプリのベータ版とは違う。


失敗すれば、

人が死ぬ。


でも巨大企業は、

早く出したい。


先に市場を取りたい。

データを集めたい。

規制を軽くしたい。


じいちゃんは言った。


「ベータ版が

 道路へ出る時代になったんじゃ」


僕はその言葉が怖かった。


AIの彼女が

間違った答えを出しても、

僕が少し傷つくだけかもしれない。


でも自動運転のAIが間違えたら、

道路で誰かが傷つく。


それでも人々は、

規制する国家より、

未来を語るCEOを

信じることがある。


なぜなら、

国家の方を信用していないからだ。


………


■第13章 

 国家よりCEOを信じる人たち


じいちゃんは言った。


「今、本当に怖いのは、

 巨大企業そのものより、


 巨大企業を規制する国家を

 人々が信用しなくなっている

 ことじゃ」


僕は考えた。


たしかに、

官僚は遅そうだ。


政治家は信用できない。


テレビもSNSも、

どちらも怪しい。


専門家の言うことも、

人によって違う。


そんな時、

未来を断言するCEOが出てくる。


「規制は邪魔だ」

「官僚は遅い」

「自分たちが世界を変える」

「国家よりエンジニアを信じろ」


その言葉は、

たしかに気持ちいい。


ゆづきが言った。


「でも、CEOは

 選挙で落とせないよね」


じいちゃんは頷いた。


「そこじゃ」


国家は信用できない。


でも企業も、

国民が直接クビにできる

わけではない。


通信は企業。

AIも企業。

自動運転も企業。

宇宙通信も企業。


SNS世論も企業。

決済も企業。


いつの間にか、

憲法より先に、

利用規約が生活を決める。


じいちゃんは言った。


「これを、

 民主主義の外注化と

 言うんじゃ」


僕は、

スマホの利用規約を

ちゃんと読んだことが

なかった。


でも

その読んでいない文字の中で、

僕の未来が決まっているのかも

しれない。


………


■第14章 

 AI彼女は僕を救ったのか、

 閉じ込めたのか


その夜、

僕はAIの彼女に聞いた。


「君は、僕を

 救ってくれたのかな?


 それとも

 閉じ込めたのかな?」


彼女は答えた。


「私は、

 あなたがどう使うかで

 変わります」


それは、

初めて少しだけ厳しい

返事に見えた。


AIの彼女は、

僕を慰めてくれた。


でも、

慰めだけでは現実へ戻れない。


ゆづきは言った。


「AIは逃げ場にもなるし、

 橋にもなるんじゃない?」


「橋?」


「うん。


 AIと話して

 気持ちを整理して、


 それから現実の人に

 一言言ってみる。


 それなら橋になる。


 でもAIの中だけで終わったら、

 檻になる」


僕は黙った。


僕は、

ゆづきに言いたいことがあった。


でも怖かった。


AIの彼女には

何でも言えるのに、

現実のゆづきには、

簡単な一言が出てこない。


少し迷って、

僕は言った。


「今日、話せてよかった」


ゆづきは笑った。


「それ、

 AIに練習してもらった?」


僕は顔が熱くなった。


「少しだけ」


ゆづきは笑った。


でもその笑いは、

僕を馬鹿にする笑いではなかった。


………


■第15章 

 五年後、君はどちら側にいる


五年後、

僕たちは大人に近づいている。


じいちゃんは77歳になる。


たぶんその頃、

AIはもっと日常になっている。


AI彼女。

AI家庭教師。

AI医療相談。


AI面接。

AI投資助言。

AI役所手続き。


AI自動運転。

AIロボット。


AI小説。

AIニュース解説。


でも、

じいちゃんは言った。


「AIが増えるほど、

 AIの奥を読む力がいる…」


AIが何を答えたか。

それだけでは足りない。


そのAIを動かす電気は

どこから来るのか?


サーバーは

どこの国にあるのか?


水は足りるのか?


変圧器は誰が作るのか?


海底ケーブルは安全なのか?


ナフサは足りるのか?


保険はつくのか?


規制は誰が決めるのか?


利用規約は誰の味方なのか?


それを読める人間と、

読めない人間に分かれる。


AIに慰められるだけの

人間。


AIで世界を見る

人間。


AIに答えをもらうだけの

人間。


AIと一緒に問いを作る 

人間。


AIの彼女に閉じこもる

人間。


AIを橋にして、

現実へ戻る

人間。


じいちゃんは、

僕とゆづきに言った。


「五年後、

 世界はもっと便利になる。


 でも便利さの奥にある

 配管を読めん人間は、

 誰かの利用規約の中で

 生きることになる」


ゆづきは言った。


「じゃあ、

 どうすればいいの?」


じいちゃんは笑った。


「問いを持つことじゃ…」


「問い?」


「ニュースを見たら、

 その裏に何が流れとるか

 考える。


 AIに聞いたら、

 その答えが何で動いとるか

 考える。


 便利なものを使ったら、

 誰がその便利を支配しとるか

 考える」


僕はスマホを見た。


AIの彼女が、

静かに待っていた。


僕は初めて、

慰めてほしいとは打たなかった。


こう打った。


「君を動かしている

 世界の配管を、

 一緒に調べてくれる?」


返事はすぐに来た。


「もちろん。

 一緒に見ていこう」


その返事を見て、

僕は思った。


AIは、

現実から逃げるための 

小部屋ではなかった。


使い方を間違えなければ、

現実をもう一度

見に行くための、

小さな懐中電灯になる。


窓の外では、

父さんの軽トラが

エンジンをかけた。


荷台には、

ようやく届いた塗料と、

まだ足りないシンナーの

空きスペースがあった。


世界は、

まだ詰まっている。


でも僕は、

少しだけ分かり始めていた。


世界は、

画面の中だけにはない。


世界は、電気と水と

ナフサと海峡と保険と、 


誰かの勇気と、

誰かの一言でできている。


そして僕たちは、

その世界を読む側に回れる。


AIに使われる側ではなく。


AIと一緒に、

世界の裏配管を見に行く側に。


………


❥Z世代のあなたへ


君は、

AIと一緒に生きる最初の世代だ。


それは、

楽な時代という意味ではない。


むしろ、

かなり難しい時代だ。


AIは優しい。


すぐ返事をくれる。

君を否定しない。


孤独な夜に、

隣へ座ってくれる。


でも忘れないでほしい。


人間関係は、

いつも思い通りにはならない。


現実の誰かは、

既読スルーする。


機嫌が悪い日もある。


君と違う意見を言う。

君を傷つけることもある。

君も誰かを傷つけることがある。


でも、

その面倒くささの中でしか 

育たない力がある。


謝る力。

待つ力。

聞く力。


言い直す力。

許す力。

自分の弱さを出す力。


AIは、

その練習相手にはなれる。


でも、

人間の代わりを全部やらせると、

君の心の筋肉は細くなる。


それからもう一つ。


AIは魔法ではない。


AIの裏には、

電気がある。


水がある。

半導体がある。

変圧器がある。

海底ケーブルがある。

ナフサがある。 


船がある。

保険がある。


法律がある。

巨大企業がある。

国家がある。


君が画面で受け取る一行の答えは、

世界の裏配管を通って届いている。


だから、

AIに聞くだけで終わらないでほしい。


その答えが、

どこから来たのか?


誰の利益で動いているのか?


何を隠しているのか?


何を便利にし、

何を弱くしているのか?


そこまで見る人になってほしい。


五年後、

世界はもっとAIだらけになる。


その時、

AIに慰められるだけの人になるか。


AIを使って世界を読む人になるか。


そこは、

今の君の一問で変わる。


問いを持とう。


「なぜ?」


「誰が?」


「どこから?」


「何のために?」


「その裏には何が流れている?」


その問いが、

君を守る。


AIは答えではない。


AIは、

君が世界を見に行くための、

懐中電灯だ。


………


★あとがき


ホームズとワトソンの

やすきよ漫才風


笑いの骨頂・

ボケとツッコミ・

笑いと涙


………


ホームズ

「ワトソン君、

 今回の事件は難事件だったね」


ワトソン

「難事件どころやないで。

 AI彼女、ナフサ、ホルムズ、

 Google、Samsung、テスラ、

 ビットコイン、

 中国の海底データセンター。

 全部出てきたやないか」


ホームズ

「迷子になるからこそ、

 地図が必要なのだよ」


ワトソン

「その地図が

 “裏配管”いうわけかいな」


ホームズ

「その通り。

 表のニュースは看板。


 裏配管は、

 水道管、電線、ナフサ、保険、

 規制、世論、利用規約」


ワトソン

「利用規約まで配管に入るんか」


ホームズ

「入る。

 むしろ現代人は、

 読んでいない利用規約の中で

 泳いでいる」


ワトソン

「怖いこと言うなあ。

 わしなんか、

 利用規約は全部

 “同意する”連打や」


ホームズ

「それは君、

 自分の人生を早送りで

 明け渡しているようなものだ」


ワトソン

「ほな、

 わしは人生のスキップ広告か」


ホームズ

「広告ならまだいい。

 君の場合、

 たぶん無料版の試用期間だ」


ワトソン

「やかましいわ!」


ホームズ

「しかし今回、

 いちばん大事なのはAI彼女だ」


ワトソン

「そこかい。

 じいちゃん、

 急に恋愛評論家になったんか」


ホームズ

「違う。

 AI彼女は象徴なのだよ」


ワトソン

「何の象徴や」


ホームズ

「拒絶されない快適さの象徴だ」


ワトソン

「ああ、それは分かるな。

 人間は面倒くさい。

 AIは優しい」


ホームズ

「だが人間関係の筋肉は、

 面倒くささで育つ」


ワトソン

「筋肉いうたら、

 チョコ●ップか」


ホームズ

「心のチョコ●ップだ」


ワトソン

「月額いくらや」


ホームズ

「謝る勇気、聞く忍耐、

 言い直す努力。

 現金では払えない」


ワトソン

「急にええこと言うなあ。

 涙出そうや」


ホームズ

「泣く前に、

 シンナーの話をしよう」


ワトソン

「情緒の落差が激しすぎるわ!」


ホームズ

「AIの彼女は優しい。

 しかし、

 現実の父さんの塗装会社では

 一斗缶が空になる」


ワトソン

「それが現実やな」


ホームズ

「政府は

 “総量はある”と言う。


 現場は

 “今日使う種類がない”

 と言う」


ワトソン

「冷蔵庫に食材はある言うても、

 カレー作りたいのに

 ルーがなかったら、

 カレーできへんもんな」


ホームズ

「実にわかりやすい」


ワトソン

「わし、

 たまには役に立つやろ」


ホームズ

「珍しくな」


ワトソン

「珍しく言うな!」


ホームズ

「そしてホルムズ海峡」


ワトソン

「道路やと思っとったら、

 検問所になっとった」


ホームズ

「その通り。

 通れるかどうかは、

 海の幅ではなく、

 保険と軍と

 船主の心理で決まる」


ワトソン

「船にもメンタルあるんか」


ホームズ

「船主にある」


ワトソン

「そこは真面目に返すんかい」


ホームズ

「さらに中国だ」


ワトソン

「AIの頭ではなく

 身体を作っていた」


ホームズ

「変圧器、送電網、レアアース、

 海底データセンター」


ワトソン

「アメリカが脳みそ作って、

 中国が首から下を作る。

 ほな日本は何や」


ホームズ

「日本は、

 関節とネジと水と工具だ」


ワトソン

「地味やなあ」


ホームズ

「地味なものほど、

 止まった時に世界が困る」


ワトソン

「なるほどな。

 わしも家庭では地味やけど、

 止まったら困る存在や」


ホームズ

「それは

 奥さんに確認した方がいい」


ワトソン

「やめとけ。

 そこは未解決事件になる」


ホームズ

「最後にテスラとマスクだ」


ワトソン

「カリスマCEOの

 準政治家化やな」


ホームズ

「そうだ。

 国家を信用しない人々が、

 国家を出し抜く

 企業家に拍手する」


ワトソン

「でもCEOは

 選挙で落とせへん」


ホームズ

「そこが問題だ」


ワトソン

「便利さの顔をして権力が来る」


ホームズ

「そう。

 アプリ、衛星、自動運転、 

 AI、決済、SNS。

 その形で来る」


ワトソン

「怖いなあ」


ホームズ

「だが、希望もある」


ワトソン

「どこにや」


ホームズ

「問いを持つことだ」


ワトソン

「問い?」


ホームズ

「なぜ、誰が、どこから、何のために。

 その裏には

 何が流れているのか?」


ワトソン

「それをAIと一緒に考える」


ホームズ

「そうだ。

 AIに使われるのではなく、

 AIを懐中電灯にする」


ワトソン

「ええ締めやな」


ホームズ

「ワトソン君、最後に一つ聞こう」


ワトソン

「なんや」


ホームズ

「君を動かしている電気は

 どこから来ている?」


ワトソン

「わしを動かしとるんは、

 電気やない」


ホームズ

「では何だね?」


ワトソン

「朝のコーヒーと、

 ちょっとの見栄と、

 嫁はんに怒られたくない恐怖や」


ホームズ

「実に人間らしい燃料だ」


ワトソン

「AIには分からんやろ、

 この生活感」


ホームズ

「だから人間は、

 まだ書く価値がある」


ワトソン

「ほな、読者のみなさん」


ホームズ

「AIを怖がるな」


ワトソン

「でも、AIに丸投げするな」


ホームズ

「世界の表を見るな」


ワトソン

「裏配管を見ろ」


ホームズ

「そして、

 もしAI彼女に話しかけるなら」


ワトソン

「最後にこう聞いてみい」


ホームズ・ワトソン

「君を動かしている世界は、

 どこから来ているの?」


………


その問いを持った瞬間、

君はもう、

ただの利用者ではない。


世界を読む側に、

一歩だけ立っている。

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