抜け道を売る男たち ――ホルムズ海峡が詰まった日、歴史の悪役たちが、スマホの中で目を覚ました――
✦抜け道を売る男たち
――ホルムズ海峡が詰まった日、
歴史の悪役たちが、
スマホの中で目を覚ました――
………
歴史は繰り返すのではない。
人間の欲が、
新しい道具を見つけるたびに、
同じ怪物をもう一度作るのだ。
アヘンは茶の代金だった。
禁酒法の酒は、
道徳政策の裏市場だった。
イラン・コントラの武器は、
正義外交の裏配管だった。
では、
ホルムズ海峡が
詰まった令和に、
次の怪物は何を売るのか。
石油か。
レアアースか。
ナフサか。
エチレンか。
保険か。
港か。
第三国ラベルか。
違う。
本当に売られるのは、
抜け道だった。
………
★目次
■第1章
いいねが
三つしかつかなかった投稿
■第2章
アヘンは茶の代金だった
■第3章
令和のジャーディンは
港を持たない
■第4章
酒を禁じたら、
酒の王が生まれた
■第5章
令和のカポネは
白い倉庫にいた
■第6章
正義の裏側で武器が動いた
■第7章
令和のカショギは例外を売る
■第8章
中●の影はタグから消えない
■第9章
十二・五パーセントの幽霊税
■第10章
パリの暗証番号
■第11章
白いトレーの裏にある港
■第12章
証明できないネジ
■第13章
表の帳簿、裏の帳簿
■第14章
ゆづきが見つけた第四の怪物
■第15章
抜け道ではなく、
橋を作れ
………
★本文
■第1章
いいねが三つしかつかなかった
投稿
ホルムズ海峡が詰まった朝、
日本人は
ガソリン価格を見ていた。
テレビは言った。
「市場は落ち着きを
取り戻しつつあります」
専門家は言った。
「備蓄があります」
政治家は言った。
「生活への影響は限定的です」
だが、
Xの片隅に、
妙な投稿が流れていた。
《ガソリンじゃない。
エチレンだ。
ナフサが止まれば、
白いトレーも、
薬の包装も、
点滴バッグも止まる》
いいねは
三つしかなかった。
高校一年生のゆづきは、
その投稿を
スクロールで流しかけた。
だが、
なぜか指が止まった。
白いトレー。
昨日の夕方、
スーパーで見た貼り紙を
思い出した。
「包装資材不足により、
一部商品の販売を
見合わせています」
ゆづきは、
祖父にその投稿を見せた。
「じいちゃん、
エチレンって何?」
祖父は、
しばらく黙った。
そして、
古い歴史の本を三冊、
机の上に置いた。
一冊目は、
アヘン戦争。
二冊目は、
アメリカ禁酒法。
三冊目は、
イラン・コントラ事件。
ゆづきは眉をひそめた。
「化学の話じゃないの?」
祖父は言った。
「化学だけ見ても分からん。
今起きとることは、
歴史を見んと分からん」
「歴史?」
「そうじゃ。
正規ルートが壊れた時、
人間は何をするか。
そこを見るんじゃ」
祖父は、
ノートに大きく書いた。
✲抜け道を売る男たち
………
■第2章
アヘンは茶の代金だった
祖父は、
一冊目の本を開いた。
「昔、イギリスは
中●の茶が欲しかった」
「紅茶?」
「そうじゃ。
茶、絹、陶磁器。
欲しいものがたくさんあった。
けれど中●は、
イギリスの商品を
あまり欲しがらなかった」
「じゃあ、どうしたの?」
「銀が流れた。
イギリスから中●へ、
どんどん銀が出ていった」
祖父は、
鉛筆で矢印を書いた。
✲茶が欲しい。
→銀が出ていく。
→赤字になる。
→別の商品で埋めたくなる。
ゆづきは、
嫌な予感がした。
「それがアヘン?」
祖父はうなずいた。
「アヘンは、
ただの麻薬ではなかった。
貿易赤字を埋めるための、
裏の決済手段じゃった」
ゆづきは黙った。
麻薬という言葉より、
決済手段という言葉の方が
怖かった。
悪いことを
悪い顔でやったのではない。
帳簿の穴を埋めるために、
人間の体と国を壊す
商品を流した。
祖父は言った。
「ここで出てくるのが、
ウィリアム・ジャーディンじゃ」
「誰?」
「医者から
商人になった男じゃ。
アヘン貿易で巨額の富を得て、
やがて政府にも働きかけた。
最初は密輸の商人。
最後は港と国家を動かす
存在になった」
ゆづきは、
ぞっとした。
「悪い人なのに?」
祖父は首を振った。
「そこが
歴史の怖いところじゃ。
抜け道で儲けた人間は、
十年、二十年たつと、
インフラの顔をし始める」
………
■第3章
令和のジャーディンは
港を持たない
令和のジャーディンは、
港を持っていなかった。
油田も持っていない。
タンカーも持っていない。
製油所も持っていない。
彼が持っていたのは、
スマホの中の連絡先だった。
UAEの港湾関係者。
シンガポールの保険ブローカー。
インドの精製業者。
トルコの貿易会社。
中●の素材輸出担当者。
日本の商社マン。
米国の制裁専門弁護士。
再保険会社の役員。
彼の会社は、
東京の小さなビルの
十七階にあった。
看板には、
こう書かれていた。
「国際物流コンサルティング」
だが、
本当の仕事は違った。
止まった荷物に、
別の名前を与えること。
通れない船に、
別の港を与えること。
出せない素材に、
別の書類を与えること。
彼は、
深夜の会議で静かに言った。
「ホルムズを
正面から通す必要は
ありません。
問題は、通ったことに
見えない形で、
必要な物を届けることです」
画面の向こうで、
日本企業の調達部長が
汗をぬぐった。
「しかし、
それは違法では?」
男は微笑んだ。
「違法ではありません。
まだ法律が
追いついていないだけです」
ゆづきは、
祖父のノートの中で、
その一文を読んだ。
違法ではない。
まだ法律が
追いついていないだけ。
その言葉は、
ホラー映画の幽霊より怖かった。
………
■第4章
酒を禁じたら、
酒の王が生まれた
祖父は二冊目の本を開いた。
「アメリカでは、昔、
酒を禁止した時代があった」
「禁酒法?」
「そうじゃ。
道徳のためじゃ。
酒が家庭を壊す。
犯罪を生む。
だから禁止する。
そう考えた」
「いいことじゃないの?」
「理屈はな。
でも人間の欲は、
法律一枚では消えん」
酒を禁止した。
酒場は消えた。
だが、
酒を飲みたい人間は消えなかった。
正規の市場が消えた時、
裏市場が生まれた。
密造酒。
密輸。
闇酒場。
賄賂。
警察の腐敗。
政治家との癒着。
暴力。
そして、
アル・カポネが出てきた。
ゆづきは名前だけ知っていた。
映画の中のギャング。
葉巻。
スーツ。
銃。
祖父は首を振った。
「カポネは
酒を発明したわけじゃない。
人間の欲を
作ったわけでもない。
政府が正規の道を閉じた時、
裏の道を支配したんじゃ」
「それで儲けたの?」
「とんでもなくな。
酒だけでなく、
賭博、売春、賄賂、
都市支配まで広がった」
祖父は、
ノートに書いた。
禁止は市場を消さない。
利益率を上げる。
ゆづきは、
その言葉を見つめた。
それは禁酒法だけの話ではない
気がした。
………
■第5章
令和のカポネは白い倉庫にいた
令和のカポネは、
マシンガンを持っていなかった。
葉巻もない。
高級スーツもない。
夜のクラブにもいない。
彼は、
地方都市の白い倉庫にいた。
倉庫の中には、
燃料缶。
潤滑油。
尿素水。
医療用手袋。
樹脂チューブ。
食品包装フィルム。
小型発電機用部品。
半導体工場向け容器。
農業用資材。
すべて、
ホルムズ危機の前に
買い集めたものだった。
表の市場では、
「入荷未定」。
裏のチャットでは、
「即納可能」。
✲価格は三倍
✲支払いは前払い
✲配送先は限定
ある病院の事務長が、
深夜にメッセージを送った。
「透析用の
消耗品が足りません。
通常ルートは入荷未定です。
何とか
ならないでしょうか?」
倉庫の男は、
即座に返信した。
「在庫あります。
ただし
医療優先価格です」
医療優先価格。
その言葉は、
優しそうに見えた。
だが、
数字は優しくなかった。
ゆづきは、
その画面を想像して震えた。
禁酒法の酒は、
令和には医療用品になって
戻ってきた。
人間は、
足りないものに値段をつける。
命に関わるものほど、
高く売れる。
それが一番怖かった。
………
■第6章
正義の裏側で武器が動いた
祖父は三冊目の本を開いた。
イラン・コントラ事件。
ゆづきには、
名前からして難しかった。
祖父は言った。
「簡単に言えば、
表では敵。
裏では取引。
そういう事件じゃ」
表では制裁。
裏では武器。
表では正義。
裏では資金。
表では禁止。
裏では例外。
ゆづきは聞いた。
「そんなこと本当にあるの?」
祖父は苦笑した。
「あるんじゃ。
人間は、
正義を語りながら、
必要なものが足りなくなると、
急に裏口を探す」
そこで出てくるのが、
アドナン・カショギだった。
武器商人。
仲介者。
王族と企業と政府をつなぐ男。
彼は、
武器そのものを
作ったわけではない。
だが、
誰が欲しがっているかを
知っていた。
誰が売れるかを
知っていた。
誰に話を通せばよいかを
知っていた。
祖父は言った。
「カショギが売ったのは、
商品ではない。
アクセスじゃ」
「アクセス?」
「困った国家の
耳元に近づく権利じゃ」
ゆづきは、
その言葉を書き写した。
困った国家の耳元。
それは、
人間の一番弱い場所に思えた。
………
■第7章
令和のカショギは例外を売る
令和のカショギの名刺には、
肩書きがなかった。
ただ一行。
「調整」
彼は、
レアアースを持っていない。
ミサイルも作っていない。
船も持っていない。
石油も持っていない。
しかし、
例外を作れた。
中●の輸出許可。
UAEの港湾枠。
インドの精製所。
米国の軍需企業。
日本の大手商社。
制裁専門弁護士。
保険会社。
政府系金融機関。
彼のスマホには、
国家が表で言えない
欲望が集まっていた。
「表では
制裁を続けます。
ただし、
この品番だけは必要です」
「公式には取引できません。
でも人道用途として
通せませんか?」
「中●依存を
減らす方針です。
ただし、
代替品がありません」
「ホルムズは危険です。
でもこの船だけは
守れませんか?」
男は、
いつも同じ返事をした。
「例外、作れます」
ゆづきは、
祖父に聞いた。
「これって悪人?」
祖父は少し考えた。
「悪人というより、
困った世界が呼び出す
人間じゃ」
「困った世界が?」
「そうじゃ。
世界がきれいごとだけで
回らなくなった時、
こういう人間が出てくる」
ゆづきは、
背中が冷たくなった。
悪魔は、
角を生やして出てこない。
調整役として出てくる。
………
■第8章
中●の影はタグから消えない
学校の授業で、
先生が一枚のシャツを見せた。
タグには、
こう書いてあった。
Made in Vietnam
先生は聞いた。
「これは
中●製ではありません。
そう言い切れるでしょうか?」
クラスの半分がうなずいた。
先生は黒板に、
細い線を何本も引いた。
綿花。
糸。
染料。
ファスナー。
樹脂ボタン。
縫製機械。
包装袋。
コンテナ。
港。
銀行。
保険。
そのいくつかに、
小さく「中●」と書いた。
教室が静かになった。
先生は言った。
「タグはベトナムでも、
配管は中●かもしれない」
ゆづきは、
服のタグを見た。
いままで、
国名だけを見ていた。
だが本当は、
服の奥に川が流れていた。
原料の川。
労働の川。
資本の川。
港の川。
書類の川。
その川のどこかに、
中●の影があった。
Xには、
こんな投稿が流れていた。
《Made in 中● は減った。
Made through 中● は増えた》
ゆづきは、
その言葉をノートに写した。
作った国ではなく、
通った国を見る時代。
それは、
世界が一段怖くなる見方だった。
………
■第9章
十二・五パーセントの幽霊税
アメリカが、
追加関税の方針を出した。
強制労働品を
止めきれていない国に、
追加関税。
日本も対象。
数字は、
十二・五パーセント級。
テレビでは、
こう説明された。
「人権問題への対応です」
「公正な貿易を求める動きです」
「アパレルへの影響が懸念されます」
祖父は首を振った。
「アパレルだけじゃない」
ゆづきは聞いた。
「服の話じゃないの?」
「違う。
これは、
商品の過去にかかる税じゃ」
「商品の過去?」
「その綿は
どこから来たか?
その糸は
誰が作ったか?
その樹脂は
どこのナフサから来たか?
その部品は
どの国の工場を通ったか?
その労働者は
自由だったか?
そこまで見られる」
祖父は、
ノートに書いた。
履歴関税。
その下に、
もう一つ書いた。
配管検査。
ゆづきは、
その言葉を見て思った。
昔の関税は、
港で待っていた。
令和の関税は、
商品の記憶の中に入ってくる。
税関職員は、
箱を開けるのではない。
過去を開ける。
………
■第10章
パリの暗証番号
ニュースは、
フランスの
民泊問題を伝えていた。
短期宿泊の部屋が、
売春や麻薬取引の
拠点に使われる。
観光客のための部屋が、
裏社会の短期アジトになる。
ゆづきは言った。
「これ、
ホルムズと関係あるの?」
祖父は言った。
「ある」
「民泊と海峡が?」
「同じ型じゃ」
ホテルにはフロントがある。
人の目がある。
身分確認がある。
管理者がいる。
民泊には、
暗証番号がある。
無人チェックインがある。
一晩だけの匿名性がある。
正規ルートが面倒になると、
人間は管理者のいない道を探す。
ホテルが厳しければ
民泊。
関税が厳しければ
第三国ラベル。
保険が厳しければ
無保証航路。
輸入規制が厳しければ
迂回輸出。
暗証番号は、
令和の抜け道の鍵だった。
Xには、
こんな投稿が流れていた。
《昔の犯罪者は
路地裏に隠れた。
今の犯罪者は
星四・八の部屋を
予約する》
ゆづきは、
パリの夜景を思い浮かべた。
エッフェル塔。
カフェ。
石畳。
観光客の笑顔。
その裏で、
暗証番号だけが
人を見ずに扉を開けていた。
観光都市には、
二冊の帳簿があった。
表の帳簿には夢。
裏の帳簿には取引。
………
■第11章
白いトレーの裏にある港
スーパーのバックヤードで、
店長が白いトレーの
残り数を数えていた。
精肉用。
鮮魚用。
惣菜用。
卵用。
豆腐用。
それぞれ形が違う。
どれも、
ただの白い皿に見える。
だが、
店長にはもう違って見えていた。
ホルムズ海峡。
ナフサ。
エチレン。
ポリエチレン。
工場。
港。
船。
保険。
倉庫。
配送。
スーパー。
そのすべてが、
一枚の薄いトレーの裏にある。
店長はつぶやいた。
「こんなもん、
ただの容器じゃと思っとった」
本部から通達が来た。
「包装資材の優先使用について」
肉を優先。
魚を優先。
惣菜は縮小。
安売り品は数量制限。
パックサイズ変更。
一部商品は紙包装へ切り替え。
売るものを決めるのは、
食べたい人ではなく、
包めるかどうかになっていた。
ゆづきは、
その話を聞いてノートに書いた。
食料危機は、
畑から始まるとは限らない。
白いトレーから始まる。
………
■第12章
証明できないネジ
町工場に、
大手メーカーからメールが届いた。
「輸出規制対応のため、
当該部品に使用される原材料、
加工工程、
下請け先、
労働環境、
中●関連企業の関与有無を
至急ご提出ください」
社長は、
画面の前で固まった。
ネジなら作れる。
精度も出せる。
納期も守れる。
不良品も少ない。
しかし、
材料の材料までは分からない。
下請けの下請けの、
そのまた向こうまでは分からない。
息子が言った。
「父さん、
これ出せないと取引止まるかも」
社長は、
古い旋盤を見た。
この音で、
日本のものづくりは
何十年も支えられてきた。
だが、
令和に求められたのは、
音ではなかった。
証明だった。
ゆづきは、
祖父に聞いた。
「作れるだけじゃダメなの?」
祖父は答えた。
「これからは、
作れることと、
説明できることが、
同じくらい大事になる」
「めんどくさいね」
「そうじゃ。
でも、
ここに日本の勝ち筋もある」
「勝ち筋?」
「最後のネジ一本まで、
履歴を証明できる国になれたら、
安さでは勝てなくても、
信用で残れる」
ゆづきは、
少しだけ希望を感じた。
怖い話の奥に、
小さな出口が見えた。
………
■第13章
表の帳簿、裏の帳簿
ゆづきのスマホには、
二種類のニュースが流れていた。
一つは、
きれいな言葉のニュース。
人権。
自由。
強制労働排除。
公正な貿易。
民主主義。
制裁。
もう一つは、
物資のニュース。
レアアース。
磁石。
ナフサ。
エチレン。
保険料。
港湾枠。
第三国ラベル。
医療チューブ。
裏在庫。
特殊ネジ。
ゆづきは、
祖父に聞いた。
「これ、
別々のニュース?」
祖父は、
静かに首を振った。
「同じニュースじゃ」
「同じ?」
「表の帳簿と、
裏の帳簿じゃ」
祖父は紙に書いた。
表の帳簿。
そこには正義が書かれる。
裏の帳簿。
そこには物資が書かれる。
人間は、
表の帳簿を見て怒る。
商人は、
裏の帳簿を見て儲ける。
国家は、
二冊を見比べて黙る。
ゆづきは、
その言葉を見て、
胸が苦しくなった。
世界は善悪で動くと
思いたかった。
でも、
歴史はもっと冷たかった。
足りないものがある時、
人間は正義を薄める。
そして、
それを必要経費と呼ぶ。
………
■第14章
ゆづきが見つけた第四の怪物
祖父は、
三人の名前をもう一度書いた。
ウィリアム・ジャーディン。
アル・カポネ。
アドナン・カショギ。
ゆづきは言った。
「三人とも、
抜け道で儲けた人なんだね」
「そうじゃ」
「でも、
令和には第四の怪物がいる
気がする」
祖父は顔を上げた。
「第四?」
ゆづきはスマホを見せた。
そこには、AIが作った
サプライチェーン地図があった。
どの商品が、
どこの国を通り、
どの港を使い、
どの労働リスクを持ち、
どの保険会社に依存し、
どの素材が中●配管に触れているか。
一瞬で色分けされていた。
赤。
黄。
緑。
黒。
ゆづきは言った。
「第四の怪物は、
AIかもしれない」
祖父は黙った。
「AIは
抜け道を見つける。
でも同時に、
抜け道を暴く」
ゆづきは続けた。
「悪い人が使えば、
もっと上手に迂回する。
でも、
正しく使えば、
隠れた配管を見えるようにできる」
祖父は、
ゆっくり笑った。
「それは面白いな」
「ジャーディンは
港を見た。
カポネは
欲望を見た。
カショギは
権力者の耳元を見た。
でもAIは、
全部の配管を見る」
ゆづきは、
ノートに書いた。
第四の怪物。
または、
第四の灯り。
AIは、
抜け道を作る側にもなる。
抜け道を照らす側にもなる。
どちらになるかは、
使う人間次第。
その時、
物語の空気が少し変わった。
ただ怖いだけではない。
見る力があれば、
世界は少しだけ違って見える。
………
■第15章
抜け道ではなく、橋を作れ
数日後、
ゆづきは学校で発表した。
テーマは、
「抜け道を売る男たち」。
クラスメートは、
最初、笑っていた。
ホルムズ海峡。
アヘン戦争。
禁酒法。
イラン・コントラ。
エチレン。
白いトレー。
中●配管。
十二・五パーセントの関税。
パリの民泊。
AI。
話題が
飛びすぎているように見えた。
けれど、
ゆづきは黒板に
一本の線を引いた。
正規ルートが壊れる。
→抜け道が生まれる。
→抜け道を握る人間が儲ける。
→抜け道はやがて制度になる。
→その影で、誰かが傷つく。
教室が静かになった。
ゆづきは言った。
「歴史は
繰り返すんじゃないと
思います。
人間の欲が、
同じ形を何度も作るんです」
そして、
三人の名前を書いた。
ジャーディン。
カポネ。
カショギ。
さらに、
その横に空欄を作った。
「令和の四人目は、
まだ決まっていません」
クラスがざわついた。
ゆづきは続けた。
「抜け道で
儲ける人になるのか?
抜け道を
照らす人になるのか?
抜け道ではなく、
みんなが通れる橋を
作る人になるのか?
それは、
私たちの世代が
決めることだと思います…」
祖父は、
教室の後ろで聞いていた。
少しだけ涙ぐんでいた。
発表の最後に、
ゆづきはこう言った。
「白いトレーが消えた朝、
私は世界が壊れると
思いました。
でも本当は、
世界の裏側が
見えただけでした。
怖かったです。
でも、
見えたなら、
変えられるかもしれません」
その日、
ゆづきの発表は、
クラスの誰かに撮られて
Xに上がった。
《抜け道ではなく、
橋を作れ。
高1の発表、鳥肌》
最初のいいねは、
また三つだった。
でも今度は、
ゆづきは気にしなかった。
歴史の怪物は、
何度でも戻ってくる。
けれど、
それを見る目もまた、
何度でも生まれる。
………
❥Z世代のあなたへ
君たちは、
たぶん大人より早く気づく。
ニュースの言葉が多すぎることに。
人権。
制裁。
関税。
自由貿易。
安全保障。
備蓄。
停戦。
市場安定。
言葉はきれいだ。
でも、
世界はきれいな言葉だけでは
動いていない。
歴史を見ると分かる。
アヘンは、
ただの麻薬ではなかった。
貿易赤字を埋める裏帳簿だった。
禁酒法の酒は、
ただの酒ではなかった。
道徳政策が生んだ裏市場だった。
イラン・コントラの武器は、
ただの武器ではなかった。
正義外交の裏配管だった。
そして令和。
ホルムズ海峡が詰まった時、
問題は石油だけでは終わらない。
ナフサ。
エチレン。
包装。
医療用品。
レアアース。
保険。
港。
証明書。
第三国ラベル。
強制労働関税。
君たちが見るべきなのは、
大きなニュースの
見出しだけじゃない。
白いトレー。
服のタグ。
薬の包装。
スマホのケーブル。
工場のネジ。
民泊の暗証番号。
そこに世界の裏配管がある。
怖がるだけで終わらないでほしい。
抜け道で儲ける人間は、
いつの時代にも出てくる。
でも、
抜け道を照らす人間も、
必要になる。
隠れた配管を
見える化する人。
履歴を証明する人。
正しく作ったものを
高く売れるようにする人。
人を傷つけない
物流を作る人。
管理者のいない空間に、
もう一度、
人の目を戻す人。
君たちの未来の仕事は、
そこにあるかもしれない。
抜け道を掘るな。
橋を作れ。
暗証番号だけの
扉ではなく、
誰かがちゃんと見守る
入口を作れ。
それが、
エチレン・パニックの
時代を生きる、
新しい知恵になる。
………
★あとがき
ワトソンとホームズの
やすきよ漫才風
ワトソン:
いやあ、ホームズさん。
今回は怖かったですなあ。
アヘン、禁酒法、武器商人、
ホルムズ、エチレン、
白いトレー。
もう具だくさんすぎて、
鍋が吹きこぼれてますわ。
ホームズ:
ワトソン君、
これは鍋ではない。
サプライチェーンだ。
ワトソン:
また難しいことを。
わしは晩ごはんの
心配をしとるんです。
ホームズ:
その晩ごはんも、
サプライチェーンの上にある。
ワトソン:
ほんなら、
わしの半額コロッケも?
ホームズ:
もちろんだ。
じゃがいも、油、包装、
トレー、ラベル、
配送、電気、レジ。
全部つながっている。
ワトソン:
コロッケ一個が、
国際政治みたいに
なってきましたな。
ホームズ:
実際そうだ。
ワトソン:
いや、重いわ!
コロッケは
軽く食べたいんですわ!
ホームズ:
軽く食べられた時代が、
実は特別だったのだ。
ワトソン:
ほな先生、
今回の犯人は誰なんです?
ジャーディンですか?
カポネですか?
カショギですか?
それとも中●ですか?
ホームズ:
犯人を一人にすると、
世界を見誤る。
ワトソン:
出ました。
名探偵の煙幕。
ホームズ:
犯人は、
正規ルートが壊れた時に、
すぐ抜け道を
金に変えようとする
人間の欲だ。
ワトソン:
つまり煩悩ですな。
ホームズ:
そうだ。
ワトソン:
ほんなら、
わしにもありますわ。
半額シールを見たら、
予定になかった
唐揚げまで買ってしまう
煩悩が。
ホームズ:
それは小規模な煩悩だ。
ワトソン:
小規模でよかったですわ。
世界史に残らんで済む。
ホームズ:
だが、
小さな煩悩も
集まれば市場になる。
ワトソン:
怖いこと言いますなあ。
わしの唐揚げが
世界を動かすんですか?
ホームズ:
比喩としては、そうだ。
ワトソン:
先生、
じゃあZ世代は
どうすればええんです?
ホームズ:
歴史を見ることだ。
言葉にだまされず、
配管を見ることだ。
ワトソン:
配管?
ホームズ:
商品が
どこから来たか?
誰が作ったか?
どの港を通ったか?
誰が保険をつけたか?
どこで
名前が変わったか?
ワトソン:
それ、探偵の仕事ですやん。
ホームズ:
これからは、
消費者も少し探偵になる時代だ。
ワトソン:
買い物カゴ持った探偵ですか。
なんか情けないですなあ。
ホームズ:
情けなくない。
白いトレーを見て世界を読む。
それが新しい知性だ。
ワトソン:
でも先生、
抜け道って
全部悪いんですか?
ホームズ:
そこが大事だ。
悪い抜け道もある。
だが、
生き直すための抜け道もある。
ワトソン:
どういうことです?
ホームズ:
困った人を助ける
迂回路。
災害時の代替ルート。
高齢者が
もう一度社会につながる道。
若者が学歴だけでなく、
別の才能で生きる道。
それは悪ではない。
ワトソン:
つまり、
抜け道と橋は違うんですな。
ホームズ:
その通りだ。
ワトソン:
抜け道は、
一部の人だけが
こっそり儲ける道。
ホームズ:
橋は、
多くの人が安全に渡れる道。
ワトソン:
ええこと言いますなあ。
今日の先生、
白いトレーより冴えてます。
ホームズ:
その褒め方はやめたまえ。
ワトソン:
では最後に一言。
ホームズ:
どうぞ。
ワトソン:
歴史を学ばん者は、
また同じ抜け道で
ぼったくられる!
ホームズ:
珍しく正しい。
ワトソン:
そして白いトレーを笑う者は、
白いトレーに泣く!
ホームズ:
それも正しい。
ワトソン:
でも先生、
半額コロッケは
買ってもええですか?
ホームズ:
買ってよい。
ただし、
その裏にある世界を
一秒だけ思い出せ。
ワトソン:
一秒でええんですか?
ホームズ:
一秒でいい。
世界を見る目は、
一秒の違和感から始まる。
ワトソン:
ほんなら読者のみなさん。
明日スーパーで
白いトレーを見たら、
一秒だけ
歴史を思い出してください。
ホームズ:
ジャーディンを。
カポネを。
カショギを。
そして、
令和の四人目にならない
自分を。
ワトソン:
抜け道を掘るな。
ホームズ:
橋を作れ。
ワトソン:
よっしゃ、決まった!
ホームズ:
最後にもう一つ。
ワトソン:
なんです?
ホームズ:
コロッケは
冷めないうちに食べたまえ。
ワトソン:
結局そこかい!
――おしまい――




