天下補給 ――蓮如総理と、海底ケーブルの御文――
✦天下補給
――蓮如総理と、海底ケーブルの御文――
………
ミサイルが届かない二年、
Z世代は令和の惣村を作り始めた。
………
戦争は、
ミサイルで始まらなかった。
海の底の線が切れた。
アメリカの倉庫が空になった。
若者の朝ごはんが消えた。
その時、
日本はようやく気づいた。
国を守るとは、
敵を撃つことではない。
つなぎ直すことだった。
………
★目次
■第1章
海の底で、
母のLINEが止まった
■第2章
契約書には納期があった。
倉庫にはなかった
■第3章
国境の下を、
麻薬のトロッコが走っていた
■第4章
安いドローンが、
高い兵器を食い尽くす
■第5章
中古潜水艦と、
入荷未定の同盟
■第6章
世界は
正門から入るのをやめた
■第7章
安心を買いに来た観光客
■第8章
令和は、
応仁の乱の匂いがする
■第9章
蓮如上人、
令和に現れる
■第10章
御文は、
AIの画面に届いた
■第11章
朝ごはん安全保障
■第12章
水道管は、町の血管だった
■第13章
海底ケーブル寺内町
■第14章
Z世代の惣村
■第15章
天下布武ではない、
天下補給だ
❥Z世代のあなたへ
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
――ボケとツッコミ、
笑いと涙の骨頂――
………
━━━━━━━━━━━━━
第1章 海の底で、
母のLINEが止まった
━━━━━━━━━━━━━
その朝、
世界は三つの場所から
壊れ始めた。
海の底では、
台湾へ伸びる光の線が
切れた。
地面の下では、
メキシコからサンディエゴへ、
麻薬のトロッコが
走っていた。
空では、
ウクライナの夜を、
安いドローンが
埋め尽くしていた。
そして日本では、
まだコンビニの味噌汁が
温かかった。
ゆづきは、通学電車の中で
スマホを見ていた。
画面には、
短い投稿が流れていた。
――――――――――
@island_signal
馬祖の通信、また不安定。
ニュースでは
「一部障害」
って言ってるけど、
こっちは母のLINEが届かない。
戦争って、
爆発じゃなくて
未読から始まるんだな。
――――――――――
ゆづきは、
指を止めた。
未読から始まる戦争。
その言葉が、
胸の奥に引っかかった。
戦争といえば、
映画では爆発だった。
ニュースでは戦車だった。
歴史の教科書では、
宣戦布告だった。
けれど投稿の中では、
戦争は、
母のLINEが届かないことだった。
「それ、怖いな」
思わず声に出した時、
隣に座っていた祖父が、
画面をのぞき込んだ。
六十七歳。
元証券会社勤務。
毎朝ラジオ体操をして、
正信偈を唱え、
AIと一緒に小説を書き始めた、
少し変わった祖父だった。
祖父は言った。
「ゆづき、
これは通信障害じゃない」
「じゃあ何?」
「海の底の兵糧攻めじゃ」
「兵糧攻め?」
「昔は米を止めた。
今は情報を止める。
米びつのかわりに、
海底ケーブルを切るんじゃ」
ゆづきはスマホを見た。
画面の中では、
海の底のケーブル図が、
赤い線で表示されていた。
祖父はつぶやいた。
「島国いうのはな、
海に守られとるようで、
海の下に
命綱を垂らしとるんじゃ」
電車は何事もないように
走っていた。
車内では、
イヤホンをした学生が
寝ていた。
会社員が
メールを打っていた。
外国人観光客が、
大きなスーツケースを
抱えていた。
まだ日本は動いていた。
だが、ゆづきは、
スマホの奥の海底で、
何かが静かに切れていく音を
聞いた気がした。
━━━━━━━━━━━━━━━
第2章 契約書には納期があった。
倉庫にはなかった
━━━━━━━━━━━━━━━
昼休み。
ゆづきは学校の屋上で、
弁当を開いた。
スマホには、
また別の投稿が流れてきた。
――――――――――
@warehouse_defense
契約済みのミサイルが届かない。
理由:在庫なし。
これ、
ネット通販なら
キャンセル案件だけど、
国防で起きてるの怖すぎる。
――――――――――
ゆづきは、
祖父にメッセージを送った。
「これ、どういうこと?」
すぐに返事が来た。
「契約書と倉庫は別物じゃ」
続けて、
祖父から長い文が届いた。
アメリカは
世界中に約束している。
日本には
トマホーク。
ウクライナには
Patriot。
イスラエルには
防空弾。
オーストラリアには
潜水艦。
台湾には
抑止力。
しかし戦争が増えると、
倉庫の中身は減る。
約束は残る。
だが品物はない。
ゆづきは、
弁当の卵焼きを見た。
卵焼きは、
そこにある。
食べられる。
これは契約ではない。
現物だった。
祖父は最後に書いていた。
「これからの世界は、
契約書より
在庫表を見る時代になる」
ゆづきは思った。
大人たちはいつも、
契約を守れと言う。
ルールを守れと言う。
約束を守れと言う。
でも世界のニュースでは、
国が約束を守れなくなっていた。
なぜなら、
物がなかったからだ。
午後の授業で、
ゆづきは思わず手を上げた。
「先生」
「どうした?」
「契約って、
物がなかったら
どうなるんですか?」
社会科の教師は、
少し困った顔をした。
「まあ、
契約不履行になるね」
「でも、
戦争とかで本当に
届かなかったら?」
教師は黙った。
教室の空気が止まった。
その時、
窓の外を、
ドローンのような音がかすめた。
実際には、
校庭の草刈り機だった。
けれど、ゆづきには、
世界の上空で
何千もの羽音が鳴っているように
聞こえた。
━━━━━━━━━━━━
第3章 国境の下を、
麻薬のトロッコが
走っていた
━━━━━━━━━━━━
夜。
祖父の家に寄ると、
テレビでは、
アメリカとメキシコの
国境地下トンネルの
ニュースを流していた。
麻薬カルテルが掘った
長いトンネル。
電気。
換気。
レール。
カート。
メキシコからサンディエゴへ、
国境の下を、
麻薬が走っていた。
祖父は茶を飲みながら言った。
「正門を閉めたら、
人間は穴を掘る」
ゆづきは顔をしかめた。
「そんなことまでして、
お金儲けしたいの?」
「人間はな、
追い詰められると、
道がなければ道を作る。
良い方にも悪い方にもな」
画面には、
X風の投稿が映っていた。
――――――――――
@border_shadow
国境の下に、
もう一つの物流会社があった。
壁を作ったら、
穴を掘られた。
表の世界は契約。
裏の世界はトロッコ。
――――――――――
ゆづきはぞっとした。
海の底にはケーブル。
地面の下にはトンネル。
空にはドローン。
世界は、
教科書の地図より、
ずっと立体的だった。
祖父は言った。
「これを、
抜け道資本主義という」
「抜け道資本主義?」
「表のルートが詰まるほど、
裏のルートが伸びる。
港が詰まれば
影の船。
国境が詰まれば
地下トンネル。
銀行が詰まれば
暗号資産。
通信が詰まれば
衛星。
戦争で契約が詰まれば、
フォースマジュールじゃ」
「なんか、
世界がズルくなってない?」
祖父は首を振った。
「ズルくなったんじゃない。
もともと人間は
そういうもんじゃ。
平和な時だけ、
契約書の上を歩いているように
見えたんじゃ」
ゆづきは黙った。
テレビの中では、
トンネルの暗闇を
ライトが照らしていた。
そこには、
法律も国境も関係なく、
ただ人間の欲が掘った穴が
続いていた。
━━━━━━━━━━━━━━
第4章 安いドローンが、
高い兵器を食い尽くす
━━━━━━━━━━━━━━
翌朝。
世界のニュースはウクライナだった。
過去最大級の
ドローン攻撃。
夜空を埋める
安い無人機。
迎撃する
高価な防空ミサイル。
足りなくなるPatriot。
ゆづきは投稿を読んだ。
――――――――――
@drone_economics
100万円の盾を、
1万円の石で削られている。
勝つ兵器じゃない。
相手を赤字にする兵器が勝つ。
――――――――――
祖父は言った。
「戦争の計算式が
変わったんじゃ」
「どう変わったの?」
「昔は、強い武器を
持つ方が勝った。
今は、
安く何度でも出せる方が、
相手を疲れさせる」
「じゃあ、
高い兵器って意味ないの?」
「意味はある。
でも、
補充できんかったら負ける」
祖父は紙に書いた。
高級兵器。
強い。
遅い。
高い。
補充困難。
安いドローン。
弱い。
速い。
安い。
大量。
「ゆづき、
これは勉強にも似とる」
「え?」
「一回だけ徹夜して
高得点を取る子より、
毎日少しずつ続ける子の方が、
最後は強いことがあるじゃろ」
ゆづきは少し笑った。
「それ、
急に説教になった」
祖父も笑った。
「すまんすまん。
でもな、
世界も同じじゃ。
一発の天才より、
毎日出せる凡夫の方が、
最後に残ることがある」
凡夫。
祖父がよく使う言葉だった。
ゆづきは空を見上げた。
雲の向こうに、
見えないドローンの群れが
飛んでいる気がした。
それはSFではなかった。
もう現実だった。
━━━━━━━━━━━
第5章 中古潜水艦と、
入荷未定の同盟
━━━━━━━━━━━
放課後。
ゆづきは祖父の家で、
オーストラリアの
潜水艦ニュースを見た。
最新の新造原潜。
未来の安全保障。
夢のような同盟計画。
そのはずが、
現実は中古潜水艦の話に
なっていた。
画面の中の投稿は、
冷たい冗談のようだった。
――――――――――
@reused_security
最新兵器の夢を見て、
届いたのは中古だった。
でも考えてみたら、
安全保障まで
リユース時代なのかもしれない。
――――――――――
ゆづきは言った。
「中古って、
なんか弱そう」
祖父は首を横に振った。
「中古が悪いんじゃない。
直せるかどうかが
大事なんじゃ」
「でも新品の方がいいでしょ」
「もちろん。
でも、新品が十年待ちなら、
動く中古を直して
使うしかない」
祖父は古い自転車を指差した。
「この自転車もそうじゃ。
新しい電動自転車はええ。
でも古い自転車でも、
チェーンを替え、
油を差し、
ブレーキを直せば走る」
「国も自転車みたいなもの?」
「そうじゃ。国も、
直しながら走るしかない」
ゆづきはスマホにメモした。
中古安全保障。
修理国家。
入荷未定同盟。
祖父は言った。
「これからの日本に必要なのは、
買う力だけじゃない。
直す力じゃ!」
ゆづきはふと思った。
学校では、
新しいものを学べと言われる。
AI。
英語。
プログラミング。
グローバル。
でも祖父は、
古いものを直せと言う。
それは時代遅れに見えた。
けれど世界のニュースは、
祖父の方に
近づいているようだった。
━━━━━━━━━━━━━━━
第6章 世界は
正門から入るのをやめた
━━━━━━━━━━━━━━━
その夜。
ゆづきは眠れなかった。
海底ケーブル。
地下トンネル。
ドローン。
中古潜水艦。
契約不履行。
全部が別々のニュースに見えて、
実は一本につながっている気がした。
スマホには、
また投稿が流れていた。
――――――――――
@side_door_world
世界は正門から入るのをやめた。
穴を掘る。
錨を下ろす。
ドローンを飛ばす。
船名を変える。
契約に
フォースマジュールを貼る。
これ、
もう戦争じゃなくて、
世界そのものが裏口化してる。
――――――――――
ゆづきは
その投稿を祖父に見せた。
祖父はうなずいた。
「うまいこと言うな」
「怖いよ」
「怖い。
でも、
怖いものは見た方がええ」
「なんで?」
「見ないと備えられん」
祖父は仏壇の前に座った。
小さな鐘を鳴らした。
澄んだ音が部屋に広がった。
「ゆづき、
人間は言葉で世界を見る。
だから、言葉に騙される」
「どういうこと?」
「平和という言葉。
同盟という言葉。
契約という言葉。
安全保障という言葉。
便利という言葉。
成長という言葉」
祖父は続けた。
「立派な言葉ほど、
中身を見んといけん。
歴史を見んといけん」
「歴史?」
「今の日本は、江戸よりも、
敗戦後よりも、
室町後期に似とる」
「室町?
地味すぎない?」
祖父は笑った。
「地味じゃから大事なんじゃ。
派手な歴史は勝者が書く。
生き残りの知恵は、
地味な時代に隠れとる」
━━━━━━━━━━━━━━━
第7章 安心を買いに来た観光客
━━━━━━━━━━━━━━━
日曜日。
ゆづきと祖父は
京都へ出かけた。
駅は外国人観光客で
いっぱいだった。
大きなスーツケース。
スマホ。
翻訳アプリ。
抹茶アイス。
神社の鳥居。
コンビニの袋。
ニュースでは、
世界中が不安定だと言っている。
戦争。
物価高。
熱波。
燃料高。
感染症。
航空運賃。
移民問題。
それなのに、
日本には観光客が来ていた。
ゆづきは投稿を見つけた。
――――――――――
@safe_trip_now
世界が怖いから日本に来た。
夜にコンビニが光ってる。
電車が時間通り来る。
味噌汁が温かい。
観光じゃない。
壊れていない日常を
買いに来た。
――――――――――
ゆづきは言った。
「壊れていない
日常を買いに来た、
か…」
祖父はうなずいた。
「これからの観光は、
遊びだけじゃない。
安心を買うんじゃ」
「スペインもそう?」
「そうじゃ。
暑さを避けて九月に行く。
混雑を避ける。
世界が不安だから、
楽しい場所へ逃げる。
人間は、
心の避難所を探しとる」
ゆづきは外国人観光客を見た。
楽しそうに笑っている。
けれど、
その人たちのスマホにも、
戦争のニュースが
流れているのかもしれない。
祖父は言った。
「日本が売っとるのは、
寿司やアニメだけじゃない」
「何を売ってるの?」
「まだ壊れていない
日常じゃ…」
その言葉を聞いた時、
ゆづきは少し怖くなった。
まだ壊れていない。
つまり、いつか
壊れるかもしれないという
意味でもあった。
━━━━━━━━━━━━━━
第8章 令和は、
応仁の乱の匂いがする
━━━━━━━━━━━━━━
京都の路地を歩きながら、
祖父は言った。
「京都の人はな、
応仁の乱より前か後かで、
冗談みたいに
京都人を分けることが
あるらしい」
「そんな昔の話で?」
「応仁の乱は、それくらい
大きな断絶じゃったんじゃ」
ゆづきは、
応仁の乱を
ほとんど知らなかった。
名前は聞いたことがある。
でも、何が起きたのか。
誰が勝ったのか。
正直、
よく分からなかった。
祖父は言った。
「分かりにくいのは当然じゃ。
勝者がはっきりせん
戦争じゃからな」
「じゃあ何が残ったの?」
「混乱じゃ。そして、
混乱の中から、
村が自分で生きる力を
持ち始めた」
「村?」
「惣村じゃ」
祖父はスマホにメモを出した。
惣村とは、
昔の村人たちが、
自分たちの村を守るために作った、
話し合いの村チームのことだ。
年貢のこと。
水のこと。
田んぼのこと。
道のこと。
外から来る敵のこと。
そういう問題を、
殿様まかせにせず、
村のみんなで決めようとした。
つまり惣村とは、
昔の日本にあった、
村人たちの自治チームである。
水路を守る。
道路を直す。
年貢を交渉する。
夜回りをする。
困った時に結束する。
「これが
中世のサバイバー術じゃ」
ゆづきは投稿を読んだ。
――――――――――
@history_returns
令和って、
もしかして新しい戦国前夜?
国が守ってくれないなら、
町で守るしかない。
応仁の乱を笑えない。
今の日本も、
中央が燃えている。
――――――――――
ゆづきは言った。
「中央が燃えるって、
怖いね」
祖父は静かに答えた。
「怖い。でも、その時に
下から生まれる力が
生まれる」
「それが惣村?」
「そうじゃ。
令和の惣村じゃ」
その時、
寺の鐘が鳴った。
観光客のざわめきの中で、
鐘の音だけが、
時間を五百年前へ
戻したように響いた。
━━━━━━━━━━━
第9章 蓮如上人、
令和に現れる
━━━━━━━━━━━
その夜。
ゆづきは不思議な夢を見た。
京都の焼け跡に立っていた。
空は赤く、
町は焦げ、
人々は疲れた顔で歩いていた。
その中に、
一人の老人が立っていた。
法衣を着ていた。
目は鋭かった。
けれど、
声はやわらかかった。
「そなた、
令和の子か」
ゆづきは驚いた。
「あなたは誰ですか?」
老人は答えた。
「蓮如と申す」
ゆづきは息をのんだ。
「蓮如上人?」
「上人などと呼ばずともよい。
わしは、
言葉を運んだだけの者じゃ」
蓮如は焼けた町を見た。
「ここは
応仁の乱の後かもしれぬ。
しかし、そなたの時代も
同じ匂いがする」
「令和が?」
「中央は弱り、
契約は破れ、
道は乱れ、
人々は何を信じればよいか
分からなくなる…」
ゆづきは言った。
「でも、
今はAIもあるし、
スマホもあるし、
世界は便利です」
蓮如は静かに笑った。
「便利なものが増えても、
孤独な者は減らぬ」
ゆづきは黙った。
蓮如は続けた。
「わしの時代、
御文は村へ届いた。
そなたの時代、
言葉は画面へ届く。
されど、
心へ届く言葉は少ない」
その時、空に巨大な
スマホ画面が浮かんだ。
そこには、
無数の投稿が流れていた。
怒り。
不安。
嘲笑。
陰謀。
広告。
戦争。
投資。
美容。
転職。
孤独。
蓮如は言った。
「しゃべれ。
されど、煽るな。
書け。
されど、人を切るな。
届けよ。
されど、弱き者を
置き去りにするな」
ゆづきは目を覚ました。
枕元のスマホには、
祖父からメッセージが来ていた。
「明日、
令和の御文を書こう」
━━━━━━━━━━━━
第10章 御文は、
AIの画面に届いた
━━━━━━━━━━━━
祖父は朝からAIを開いていた。
「パティちゃん、
蓮如上人が
今の日本に御文を書くなら、
何を書く?」
ゆづきは笑った。
「AIに
蓮如上人を書かせるの?」
祖父は真顔だった。
「書かせるんじゃない。
一緒に考えるんじゃ」
画面に文章が出てきた。
――――――――――
令和の御文
海底ケーブルは、
家族LINEと銀行の命綱です。
水道管は、
町の血管です。
朝ごはんは、
前頭葉の防衛費です。
契約書をありがたがる前に、
米びつの中身を見なさい。
国を守るとは、弱い人を
社会の外へ落とさないことです。
――――――――――
ゆづきは黙って読んだ。
難しい言葉ではない。
でも胸に残った。
祖父は言った。
「親鸞さんは井戸を掘った。
蓮如さんは水を配った」
「じゃあAIは?」
「鉛筆じゃな」
「鉛筆?」
「人間の中にある言葉を、
外へ出す道具じゃ」
ゆづきはスマホを見た。
投稿を読み、
怒り、
笑い、
流していた画面が、
少し違って見えた。
画面は人を壊すこともある。
でも、
人をつなぐ御文にもなる。
祖父は言った。
「AIは悟らん。でも、
言葉をほぐすことはできる」
ゆづきはうなずいた。
「じゃあ、
私も書いてみる」
彼女はスマホに打った。
――――――――――
@genz_ofumi
ニュースが難しすぎて、
世界が遠いと思ってた。
でも海底ケーブルは
家族LINEで、
水道管は
町の血管で、
朝ごはんは
私の防衛費だった。
少しだけ、
世界が自分の話になった。
――――――――――
送信ボタンを押す指が、
少し震えた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第11章 朝ごはん安全保障
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
翌日。
祖父はゆづきを連れて、
近所の小さな食堂へ行った。
朝六時半。
店の前には、
高校生、
工場勤務の若者、
外国人労働者、
年寄りが並んでいた。
メニューは一つだけ。
ご飯。
味噌汁。
納豆。
卵。
焼き魚の小片。
三百円。
壁には張り紙があった。
「朝ごはん安全保障実験中」
ゆづきは笑った。
「なんか大げさ」
祖父は首を振った。
「大げさじゃない」
食堂のテレビでは、
防衛費のニュースをやっていた。
ミサイル。
戦闘機。
海上保安。
台湾有事。
ホルムズ。
祖父は味噌汁をすすった。
「もちろん防衛も大事じゃ。
でも若者が朝飯を食べず、
眠れず、
スマホで削られ、
働く前に折れたら、
国は内側から負ける」
ゆづきは投稿を見た。
――――――――――
@breakfast_genZ
朝ごはん抜いて出社。
昼はコンビニの菓子パン。
夜はスマホ見ながら寝落ち。
国が滅びる前に、
私の前頭葉が滅びそう。
――――――――――
ゆづきは、
自分のことのように思った。
祖父は言った。
「蓮如総理なら、
まず若者に飯を食わせる」
「総理が味噌汁?」
「そうじゃ。
味噌汁は国防じゃ」
ゆづきは吹き出した。
「それ、
Xでバズりそう」
祖父も笑った。
「バズるだけじゃだめじゃ。
続けんといけん」
ゆづきは、
ご飯を一口食べた。
温かかった。
その温かさが、
なぜか少し悔しかった。
自分が毎日、
こんな簡単なものすら、
おろそかにしていたことに
気づいたからだった。
━━━━━━━━━━━
第12章 水道管は、
町の血管だった
━━━━━━━━━━━
数日後。
ゆづきの町で
水道管が破裂した。
道路の一部が水浸しになり、
通学路が迂回になった。
SNSには、
すぐ投稿が流れた。
――――――――――
@water_under_city
AIデータセンターの
ニュースばかりだけど、
うちの町、
水道管がまた破裂した。
未来は雲の上じゃなくて、
道路の下から漏れてる。
――――――――――
ゆづきは現場を見に行った。
作業員が汗を流していた。
若い人は少なかった。
年配の技術者が、
図面を見ながら
指示を出していた。
祖父は言った。
「これが本当のインフラじゃ」
「AIより?」
「AIも大事じゃ。
でも水が止まったら、
AIに質問する前に、
トイレで困る」
ゆづきは黙った。
作業員の一人が、
泥だらけの手で
古い管を持ち上げた。
「見てみ。
もう限界じゃ」
その管は、
まるで長く働きすぎた
老人の骨のようだった。
祖父は言った。
「蓮如上人なら、
豪華な城より井戸を見る」
「井戸?」
「昔は井戸。
今は水道管。
下水。
ポンプ。
浄水場」
ゆづきは、
水たまりに映る空を見た。
空には何もなかった。
でも町は、
地面の下で生きていた。
その夜、
ゆづきは投稿した。
――――――――――
@genz_ofumi
今日、
破裂した水道管を見た。
AIは未来っぽいけど、
私たちの生活は、
まだ地面の下の
管に支えられてる。
水道管を直す人、
かっこよかった。
――――――――――
その投稿に、
小さないいねがついた。
数は少なかった。
でも、ゆづきには、
それが御文の一通のように
思えた。
━━━━━━━━━━━━━
第13章 海底ケーブル寺内町
━━━━━━━━━━━━━
祖父は、
次の令和の御文を書いていた。
題名は、
「海底ケーブル寺内町」。
ゆづきは言った。
「寺内町って何?」
「蓮如さんの時代、
寺を中心に人が集まり、
守り、
商売し、
暮らす町ができた」
「じゃあ
海底ケーブル寺内町って?」
「通信を中心に、
島や町を守る仕組みじゃ」
祖父の紙には、
こう書いてあった。
離島には
衛星通信を置く。
港には
非常用電源を置く。
病院には
通信断訓練をする。
学校には
紙の連絡網も残す。
海底ケーブル周辺の
不審船を見張る。
修理船を
国家戦略船にする。
ゆづきは言った。
「なんか地味」
祖父は笑った。
「生き残る政策は、
たいてい地味じゃ」
その時、
スマホに投稿が流れた。
――――――――――
@repair_ship_waiting
切れたのは線じゃない。
修理に行く勇気だ。
直せる国と、
直しに行けない国で、
運命が分かれる。
――――――――――
ゆづきは息をのんだ。
修理に行く勇気。
それは、
戦う勇気とは違う。
誰かを倒す
勇気でもない。
壊れたものへ近づく
勇気だった。
祖父は言った。
「日本は戦争が苦手でも、
修理は得意な国になれる」
「修理で国を守るの?」
「そうじゃ。天下補給の国は、
修理で戦争を遠ざける」
ゆづきは想像した。
海底で切れたケーブル。
暗い海を進む修理船。
島で待つ人々。
届かないLINE。
止まる決済。
不安になる病院。
そして、光の線が
もう一度つながる瞬間。
それは、
ミサイルを撃つより、
ずっと日本らしい勝利に思えた。
━━━━━━━━━━
第14章 Z世代の惣村
━━━━━━━━━━
ゆづきは学校で、
小さなチームを作った。
名前は、
「令和の惣村プロジェクト」。
最初は笑われた。
「何それ、戦国ゲーム?」
「村おこし?」
「宗教っぽくない?」
でも、ゆづきは説明した。
「違う。
災害や戦争や
通信障害が起きても、
学校と地域が少し持つ
仕組みを作るの…」
チームは、
五人から始まった。
一人は
料理が得意だった。
一人は
プログラミングができた。
一人は
祖父が水道工事をしていた。
一人は
英語ができた。
一人は
不登校気味で、
AIと話すのが得意だった。
彼らはまず、
学校の近くの
高齢者食堂を手伝った。
次に、
地域の防災倉庫を
見学した。
古い発電機。
賞味期限切れの水。
誰も読まないマニュアル。
使い方が分からない無線機。
不登校気味の少年が言った。
「これ、
全部AIに読み込ませて、
中学生でも分かる
説明書にしたら?」
ゆづきは目を輝かせた。
「令和の御文だ」
料理が得意な少女は
言った。
「非常食で
朝ごはん作れるか試そう」
水道工事の祖父を持つ男子は
言った。
「近所の漏水ポイント、
地図にできるかも」
英語ができる子は
言った。
「観光客向けの
災害案内も作ろう」
チームのX風アカウントには、
最初の投稿が載った。
――――――――――
@reiwa_souson
国を変える前に、
半径2キロを見直します。
水。
食べ物。
通信。
高齢者。
観光客。
トイレ。
発電機。
令和の惣村、
はじめます。
――――――――――
いいねは、
最初12だった。
でも数日後、
地域の人が見つけた。
「うちの町でもやりたい」
「防災倉庫の説明書、
確かに読めない」
「高校生が
水道管に興味持つのすごい」
「朝ごはん会、
手伝います」
ゆづきは驚いた。
小さな投稿が、
人を動かし始めていた。
祖父は言った。
「御文はな、
一通で世界を変えるんじゃない」
「じゃあ何?」
「一通ずつ、
人を戻すんじゃ」
ゆづきは、
その言葉を忘れなかった。
━━━━━━━━━━━━━
第15章 天下布武ではない、
天下補給だ
━━━━━━━━━━━━━
数か月後。
日本中で、
奇妙な言葉が広がり始めた。
天下補給。
最初は冗談だった。
「天下布武じゃなくて、
天下補給」
「蓮如総理なら言いそう」
「国防は味噌汁」
「ミサイルより水道管」
「AIより朝ごはん」
けれど、
冗談はだんだん真剣になった。
地方自治体が、
朝ごはん食堂を始めた。
学校が、
災害時の紙の連絡網を
復活させた。
図書館が、
AI相談窓口を作った。
町工場が、
修理職人の体験会を
開いた。
水道局が、
若者向けに
配管ツアーを行った。
寺が、
地域防災と孤立者見守りの
拠点になった。
観光地では、
外国人向けに
災害時の避難御文が配られた。
海沿いの町では、
海底ケーブルを守る
授業が始まった。
ゆづきたちの投稿は、
一万いいねを超えた。
けれど祖父は、
浮かれていなかった。
「いいねは拍手じゃない。
救命浮輪の数じゃ」
ゆづきは笑った。
「また証券マンみたいに
数字見てる…」
祖父も笑った。
「凡夫じゃからな」
その夜、
ゆづきはまた夢を見た。
蓮如上人が、
令和の町を歩いていた。
コンビニの前で立ち止まり、
夜の光を見上げた。
「明るいのう…」
蓮如は言った。
「されど、
明るさに油断するな。
光があるから
救われるのではない。
その光の下で、
誰を見捨てぬかが
問われる」
ゆづきはたずねた。
「日本は生き残れますか?」
蓮如は、
すぐには答えなかった。
遠くで電車が走る音がした。
スマホが震えた。
水道の水が流れた。
誰かが味噌汁を温めていた。
蓮如は言った。
「強き国が残るとは
限らぬ。
正しき国が残るとも
限らぬ」
「じゃあ、
どんな国が残るんですか?」
蓮如は、
ゆづきの目をまっすぐ見た。
「つなぎ直す国じゃ」
朝、
ゆづきは目を覚ました。
スマホには、祖父から
最後の御文が届いていた。
――――――――――
令和の御文
国民よ、
強がるな。
われらは凡夫の国である。
石油も足りぬ。
食料も足りぬ。
子どもも少ない。
水道管は古び、
海底の線は切られる。
契約書はあっても、
船が来ぬことがある。
されど、
まだ米びつはある。
まだ水は流れる。
まだ若者は戻れる。
まだ村はつながれる。
日本を守るとは、
敵を憎むことではない。
朝ごはんを守ること。
水道を直すこと。
海底の線を見張ること。
読めぬ人に
言葉を届けること。
孤立した者を
切り捨てぬこと。
天下布武ではない。
これより日本は、
天下補給の国となる。
――――――――――
ゆづきはその文章を読んで、
しばらく動けなかった。
やがて、
台所へ行った。
炊飯器を開けた。
湯気が上がった。
味噌汁を温めた。
卵を割った。
納豆を混ぜた。
スマホでは、
世界がまだ揺れていた。
海底ケーブル。
ホルムズ。
台湾。
ウクライナ。
メキシコ。
スペイン。
日本。
けれど、ゆづきは、
茶碗にご飯をよそった。
それは小さな行為だった。
けれど彼女には、
日本という国が
一万年続いてきた理由が、
ほんの少しだけ
分かった気がした。
勝ったからではない。
残したからだ。
米を。
水を。
言葉を。
村を。
祈りを。
そして、
次の朝を。
………
━━━━━━━━━
❥Z世代のあなたへ
━━━━━━━━━
あなたは、
強くならなければ
生き残れないと
言われてきたかもしれない。
AIに勝て。
英語をやれ。
投資しろ。
転職しろ。
自己責任だ。
市場価値を上げろ。
たしかに、
それも大事だ。
でも、
それだけでは足りない。
これからの世界は、
契約が破れる。
物流が詰まる。
通信が切れる。
物価が上がる。
大企業も揺れる。
AIはあなたを助けるが、
同時にあなたを評価する。
そんな時代に必要なのは、
ただ強い人になる
ことではない。
戻れる人になることだ。
朝ごはんに
戻る。
睡眠に
戻る。
地域に
戻る。
言葉に
戻る。
読めない説明書を、
一行ずつ読む。
壊れたものを、
一つずつ直す。
孤立した人に、
一通のメッセージを送る。
それが、
令和のサバイバーだ。
あなたは、
天下を取らなくていい。
あなたの半径二キロを、
少しだけつなぎ直せばいい。
その小さな惣村から、
未来は始まる。
━━━━━━━━━━━
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
――ボケとツッコミ、
笑いと涙の骨頂――
━━━━━━━━━━━
ホームズ:
ワトソン君、
ついに分かったぞ。
ワトソン:
何が分かったんや、
ホームズさん。
ホームズ:
令和の日本を救うのは、
ミサイルではない。
ワトソン:
ほう。
じゃあ何や。
レーザー兵器か?
AIロボットか?
宇宙戦艦か?
ホームズ:
味噌汁だ。
ワトソン:
なんでやねん!
ホームズ:
いや、
正確には味噌汁だけではない。
米びつ。
水道管。
海底ケーブル。
修理職人。
朝ごはん。
そして御文だ。
ワトソン:
ちょっと待て。
国防会議で総理が言うんか?
「本日の議題は味噌汁です」
って。
ホームズ:
言うべきだ。
ワトソン:
大臣、みんなズッコケるで。
ホームズ:
ズッコケている場合ではない。
若者の前頭葉が
空腹で停止している時に、
どれだけ高価な
ミサイルを買っても、
国は内側から崩れる。
ワトソン:
まあ、
それはそうやけどな。
でも蓮如上人が総理って、
発想が飛びすぎやろ。
ホームズ:
飛んでいない。
蓮如上人は、
混乱の時代に
御文を届けた。
令和の日本は、
混乱の時代に
AI御文を届ける必要がある。
ワトソン:
AI御文って、
なんかスマホに
通知来そうやな。
「本日の御文:
水道管を見よ」
みたいな。
ホームズ:
実に良い。
ワトソン:
褒めるな!
冗談や!
ホームズ:
冗談の中に真理がある。
これからの政治は、
難しい専門用語では
国民に届かない。
海底ケーブルは
家族LINEの命綱。
水道管は
町の血管。
朝ごはんは
前頭葉の防衛費。
こう言わねば、
人は動かない。
ワトソン:
なるほどなあ。
でも、
天下補給って言葉はええな。
ホームズ:
天下布武は、
天下を武力でまとめる。
天下補給は、
天下を米と水と
言葉でつなぎ直す。
ワトソン:
つまり、
織田信長が聞いたら怒るで。
ホームズ:
蓮如上人なら笑う。
ワトソン:
なんでや。
ホームズ:
人間は凡夫だからだ。
ワトソン:
便利な言葉やな、凡夫。
ホームズ:
実際、
我々は凡夫だ。
契約書を
信じすぎる。
アメリカの
倉庫を見ない。
水道管を
見ない。
朝ごはんを
抜く。
SNSで
怒る。
でも、
明日もまた同じことをする。
ワトソン:
耳が痛いわ。
ホームズ:
だからこそ、
救いが必要なのだ。
ワトソン:
それが念仏か?
ホームズ:
念仏であり、
味噌汁であり、
修理であり、
一通のメッセージだ。
ワトソン:
なんか最後、
泣かせに来とるやろ。
ホームズ:
君が泣いているだけだ。
ワトソン:
泣いとらんわ!
ちょっと目から
水道管が漏れただけや!
ホームズ:
それはいけない。
早急に修理職人を呼ぼう。
ワトソン:
涙くらい自分で拭くわ!
ホームズ:
では最後に結論だ。
ワトソン:
おう、頼むわ。
ホームズ:
令和の日本は、
強がって勝つ国ではない。
つなぎ直して残る国だ。
ワトソン:
ミサイルより
味噌汁。
天下布武より
天下補給。
AIより
朝ごはん。
ホームズ:
いや、AIも使う。
ワトソン:
そこは使うんかい!
ホームズ:
もちろんだ。
AIは令和の鉛筆だ。
ただし、
鉛筆を持つ手が空腹では、
良い御文は書けない。
ワトソン:
結局、
飯食えいうことやな。
ホームズ:
その通り。
ワトソン:
ほな、締めるで。
ホームズ:
頼む。
ワトソン:
Z世代のみんな。
世界が怖くなったら、
まず朝ごはん食べや。
ホームズ:
そして水道管を見よ。
ワトソン:
さらに海底ケーブルを見よ。
ホームズ:
最後に、
孤立した誰かへ一通送れ。
ワトソン:
それが令和の御文や。
ホームズ:
天下補給、
始まりである。
ワトソン:
なんか、
ええ話になってしもたな。
ホームズ:
君にしては珍しい。
ワトソン:
なんでやねん!




