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指数はAI、社会は燃料 ――日経平均6万7000円の日、スーパーの白いトレーが消え始めた――

✦指数はAI、社会は燃料


――日経平均6万7000円の日、

 スーパーの白いトレーが

 消え始めた――


………


日経平均が史上初めて

6万7000円を突破した日、

日本人は、

未来が明るくなったと思った。


だがその同じ日、

僕の町のスーパーでは、

唐揚げ弁当のフタが、

いつもより少し薄くなっていた。


テレビは叫んだ。


「日本株、歴史的高値!」


スマホは踊った。


「AI関連、全面高!」


SNSは沸いた。


「日本復活!」


けれど、

六十七歳の元証券マンだった僕は、

惣菜売り場の前で、

ひとり凍りついていた。


弁当の容器が、

軽すぎる。


カツ丼のフタを指で押すと、

ぺこり、

と頼りない音がした。


棚の端に、

白い紙が貼られていた。


「一部商品の容器・包装を

 変更しております」


その一文を見た瞬間、

背中に冷たいものが走った。


これは値上げではない。

これは

デザイン変更でもない。


これは、

社会の底で

何かが切れ始めた音だ。


株価は空へ飛んでいた。

だが日本の生活は、

まだ地面で燃料を探していた。


AIは未来を記憶し始めた。

だが日本の工場は、

ナフサの残量を数え始めていた。


そして僕は気づいた。


戦争は、

遠い中東で起きているのではない。


すでに、

この弁当のフタまで届いていた。


★目次


■第1章 

 弁当のフタが鳴った日 


■第2章 

 ソフトバンクが空へ逃げた


■第3章 Micronが

    人類の記憶を買い占めた


■第4章 台湾の脳、韓国の記憶、

    日本の冷却


■第5章 ナフサの残量を数える国


■第6章 ロシアは油田を持ちながら

   飛べなくなった


■第7章 トマホークとショベルカー


■第8章 ドローン八千機の夜


■第9章 AIと軍需が

   同じ棚に手を伸ばす


■第10章 トラン●は

    時計を兵器にした


■第11章 湾岸の穴あき傘


第12章 エボラは

    壊れた水路を歩いた


■第13章 バークシャーの

    現金ショベルカー


■第14章 まだら不足の夏


■第15章 指数はAI、

    社会は燃料


………


■第1章 

 弁当のフタが鳴った日


「おじいちゃん、

 日本って景気いいの?」


高校生のゆづきが、

スマホを見せながら聞いてきた。


画面には 

赤い文字が光っていた。


✲日経平均、

 史上初の6万7000円突破!


「すごくない? 

 日本、復活したんじゃない?」


僕は返事をしなかった。


スーパーの惣菜売り場で、

唐揚げ弁当を持ったまま、

ある一点を見つめていた。


フタが薄い。


気のせいではなかった。


昨日までの容器と違う。

軽い。

弱い。

頼りない。


僕は指で軽く押した。


ぺこり。


その小さな音が、

警報のように聞こえた。


「おじいちゃん?」


ゆづきが

不思議そうに顔をのぞき込んだ。


「これじゃ」


「え、弁当?」


「ここに出とる」


「何が?」


「日本の危機じゃ」


ゆづきは笑った。


「大げさすぎ。弁当のフタだよ?」


「弁当のフタを笑う者は、

 ナフサに泣く」


「何そのことわざ」


僕は 

棚の端に貼られた紙を指さした。


✲一部商品の容器・

 包装を変更しております。


ゆづきの顔から、少し笑いが消えた。


「これ、ただの

 コストカットじゃないの?」


「そう見える。 

 だが奥には、

 もっと深い配管がある」


「配管?」


「原油。ナフサ。エチレン。樹脂。

 包装材。物流。ホルムズ海峡」


「ちょっと待って。

 弁当のフタから

 ホルムズ海峡まで行くの?」


「行くんじゃ。

 今の世界は、

 唐揚げ弁当のフタから

 中東の海峡まで

 一本でつながっとる」


店内放送では、

いつもの明るい音楽が流れていた。


だが僕には、

その音楽の奥で、

別の音が聞こえた。


製油所の警報。

港に戻らないタンカー。

保険料を上げる海運会社。

低稼働で震えるエチレン設備。


そして、

スーパーの棚に貼られた小さな紙。


危機は、

爆発音で来るとは限らない。


ある日、

容器変更のお知らせとして来る。


■第2章 

 ソフトバンクが空へ逃げた


その夜、

ゆづきは僕の家に来た。


「調べたよ。


 日経平均って、

 ソフトバンクとか

 半導体関連が

 かなり押し上げてるんでしょ?」


「よく調べたな…」


「でもTOPIXは下がってたって。

 値下がり銘柄も多かったって」


「そこが問題じゃ」


「ニュースでは

 日本株すごいって言ってたよ」


「ニュースは花火を見る。

 相場師は、

 花火の下の地面を見る」


「地面?」


「ガスボンベはあるか。

 油はあるか。

 容器はあるか。

 人手はあるか」


ゆづきは少し黙った。


「じゃあ、

 日経平均6万7000円って、

 本当の景気回復じゃないの?」


「一部は本物じゃ。

 AIは本物のテーマじゃ。

 データセンターも、

 半導体も、

 メモリーも本物じゃ」


「じゃあ何が怖いの?」


「本物だから怖い」


「どういうこと?」


「本物のテーマには、

 本物の資金が集中する。 


 すると、

 他の場所から

 資金が吸い上げられる」


僕は紙に書いた。


AIに資金が集まる。

指数が上がる。

人々が安心する。


その間に、地面の材料が細る。


「ソフトバンクが空へ飛ぶほど、

 地面の配管には圧力がかかる」


「AIって空の話じゃないの?」


「違う。

 AIは電気を食う。

 水を食う。

 冷却を食う。

 変圧器を食う。 

 ケーブルを食う。

 非常用発電機の燃料を食う」


「食べすぎじゃん」


「そうじゃ。

 AIは未来の胃袋じゃ」


ゆづきはスマホを見た。


「でも株は上がってる」


「株は未来を見る」


「じゃあ弁当のフタは?」


「現在を見る」


僕は窓の外を見た。


遠くのビルの明かりが、

夜に浮かんでいた。


あの光のどこかに、

AIの未来がある。


だがその光を支えているのは、

電線、燃料、水、樹脂、

保守員、変圧器、発電所。


未来は、

空に浮かんでいるように見える。


だが実際には、

地面の細い配管にぶら下がっている。


■第3章 

 Micronが人類の記憶を買い占めた


翌朝、

ゆづきからLINEが来た。


「Micronって、何?」


「メモリーの会社じゃ」


「株価1000ドル超えたって。

 時価総額1兆ドル超えたって」


僕は画面を見て、

しばらく黙った。


AIの時代が、次の段階に入った。


「おじいちゃん、

 そんなにすごいの?」


「すごい。

 だが、

 すごいだけではない。 

 怖い」


夕方、ゆづきに説明した。


「AIには脳がいる。 

 計算する脳じゃ。

 NVIDIAみたいな会社が

 そこを握る」


「うん」


「だが脳だけでは足りん。

 記憶がいる。


 AIが文章を読む。

 画像を作る。

 動画を見る。

 人間の会話を覚える。

 健康ログを読む。  

 信用ログを読む」


「全部、記憶が必要なんだ」


「そうじゃ」


「じゃあMicronは、

 AIの記憶倉庫?」


「その通りじゃ」


ゆづきは少し顔をしかめた。


「AIが、

 人間の記憶を買い占めてるみたい」


その言葉に、

僕はぞくりとした。


AIが 人類の記憶を買い占める。


それは、

株式市場の言葉ではなかった。

小説の言葉だった。


しかし、現実は

その小説に追いつき始めていた。


一方で、日本の工場は

ナフサの在庫を数えている。


世界は未来の記憶に

1兆ドルを払う。

だが、

明日の包装材には、

まだ値段をつけられない。


僕はノートに書いた。


Micronの時価総額が 

1兆ドルを超えた日、

日本の工場では

ナフサの残量を数えていた。


ゆづきはそれを読んで言った。


「これ、怖いね」


「怖いじゃろ」


「でも、読みたくなる」


「それがスリラーじゃ」


■第4章 

 台湾の脳、韓国の記憶、

 日本の冷却


ゆづきは世界地図を広げた。


「新興国株って、

 中国を除くと

 すごく上がってるけど、


 韓国と台湾も除くと

 下がるって投稿を見た」


「それは重要じゃ」


「どういう意味?」


「投資家は

 新興国を買っているようで、

 実はAI半導体を買っている」


「国じゃないの?」


「国ではない。

 部品表じゃ」


僕は紙に書いた。


✲台湾――AIの脳。

✲韓国――AIの記憶。

✲アメリカ――AIの司令室。


✲日本――AIを止めないための冷却、

    素材、装置、保守。


「日本、地味だね」


「地味じゃ。


 だが地味な国は、

 危機になると名前を呼ばれる」


「どういうこと?」


「派手な会社は注目される。

 だが、

 止まったら困る会社は、

 危機の時に初めて価値が分かる」


水処理。

変圧器。

冷却装置。

半導体製造装置。

精密加工。

非常用電源。

老朽インフラ補修。

下水道。

倉庫。

港湾。


「これ、

 投資っていうより防災だね」


「その通りじゃ。

 これからの投資は、

 防災に近づく」


「夢を見るんじゃなくて?」


「夢も見る。

 だが、

 夢を動かす配線も見る」


ゆづきはノートに書いた。


✲AI部品表相場


世界地図は、

もう国境だけでは読めない。


AIの脳は台湾にあり、

記憶は韓国とアメリカにあり、

冷却と保守の一部は日本にある。


だが、

その日本の足元には、

ナフサという細い管が伸びていた。


その管が切れた時、

AIの未来も、

少し冷え始める。


■第5章 

 ナフサの残量を数える国


夏が近づくにつれ、

町の棚が少し変わった。


いつもの袋が薄くなる。

フタが軽くなる。

印刷が簡素になる。

詰め替え用が減る。


一部商品に

入荷未定の紙が貼られる。


ゆづきは写真を撮ってきた。


「おじいちゃん、

 これって全部ナフサ?」


「全部ではない。

 だが、かなり関係している」


「ナフサって、

 見えないのに

 どこにでもいるんだね」


「空気みたいな石油じゃ」


「空気みたいな石油?」


「普段は見えん。

 なくなると、

 息が苦しくなる」


原油から

ナフサが取れる。


ナフサから

エチレンやプロピレンができる。


そこから樹脂、フィルム、容器、

接着剤、塗料、ゴム、

電線被覆、医療材料ができる。


「じゃあ、

 ナフサが詰まると、

 スーパーも病院も

 工場も困る?」


「そうじゃ」


「でもニュースでは、

 そこまで言わないよ」


「ニュースは

 ガソリン価格を映す。

 ナフサは映りにくい」


「見えない危機なんだ」


「そうじゃ。

 見えないから、怖い」


僕はノートに書いた。


戦争の爆発音は三月に鳴った。


だが

日本の工場がその音を

聞いたのは、

八月の納期表だった。


ゆづきは、

しばらくその一文を見ていた。


「おじいちゃん、

 これ、かなり怖い」


「怖いじゃろ」


「だって、

 遅れて来るんでしょ?」


「そうじゃ。

 ナフサの危機は、

 時間差で来る」


「時間差ショック」


「いい言葉じゃ」


弁当のフタ。

薬の包装。

建設現場の塗料。

トラックの部品。

電線の被覆。

病院のチューブ。


危機は一斉には来ない。

少しずつ、形を変えて現れる。


それが一番、逃げにくい。


■第6章 

 ロシアは油田を持ちながら

 飛べなくなった


ロシアが

ジェット燃料の輸出を止めた。


そのニュースを見たゆづきは、

すぐに言った。


「ロシアって、

 油の国じゃないの?」


「そうじゃ」


「なのに、

 飛行機の燃料を出せないの?」


「油田があることと、

 飛行機を飛ばせることは違う」


僕は三つの言葉を書いた。


油田。

製油所。

ジェット燃料。


「原油は小麦粉。

 製油所はパン屋。

 ジェット燃料はパンじゃ」


「ロシアは小麦粉はあるけど、

 パン屋が攻撃された?」


「そういうことじゃ」


「じゃあ、

 油田だけじゃ強くないんだ」


「これからは、

 油田より製油所の時代じゃ」


ウクライナのドローン攻撃は、

戦車だけを

狙っているわけではない。


製油所、燃料基地、

パイプライン、油槽所を狙う。


兵士を撃つより、

燃料を細らせる。


飛行機を落とすより、

飛行機を飛べなくする。


「戦争って、

 燃料の胃袋を

 攻撃する時代になったんだね」


「その通りじゃ」


「日本は?」


「日本は油田もない。

 だから、

 世界の精製品争奪戦に

 巻き込まれる」


「怖すぎる」


「だから、

 株式市場は見るんじゃ。


 原油だけではなく、

 精製品を」


空の配給制。


ゆづきがそう書いた。


昔、

配給は米や砂糖の話だった。


これからは、

航空燃料、貨物便、薬、

半導体部材、

ワクチンの移動かもしれない。


空もまた、

自由ではなくなっていく。


■第7章 

 トマホークとショベルカー


アメリカが

イラ●の軍事施設を攻撃した。


だが衛星画像には、

地下施設の入口を

掘り返す重機が写っていた。


ゆづきは言った。


「高いミサイルで壊して、

 ショベルカーで直されるって、

 なんか変じゃない?」


「変じゃ。

 だが現代戦はそこへ来た」


アメリカは

トマホークを撃つ。


イラ●はショベルカーで

穴を掘り返す。


アメリカは

高級弾を消費する。


イラ●は

土木作業で粘る。


「これ、アメリカ損してない?」


「損得だけなら苦しい」


「じゃあ勝てないの?」


「戦闘には勝てる。

 だが、

 完全に黙らせるには

 高すぎる」


戦争の限界は、

敗北ではなく

採算割れとして来る。


ミサイルはある。

だが補充に時間がかかる。


レアアースがいる。

推進薬がいる。


工場がいる。

熟練工がいる。


「お金があれば

 作れるんじゃないの?」


「もうそういう時代ではない。

 お金より、

 生産OSが足りない」


「生産OS?」


「素材、工場、人、部品、

 許認可、輸送。


 全部そろわなければ、

 ミサイルは増えん」


ゆづきはノートに書いた。


トマホークは

山を削った。


ショベルカーは

同盟の信頼を削った。


僕はその文字を見て、

静かにうなずいた。


戦争は、

勝った負けたでは読めない。


どちらが

長く補給できるか?


どちらが

安く直せるか?


どちらが

時間を味方にできるか?


それを市場は見始めている。


■第8章 

 ドローン八千機の夜


ロシアが一か月で

八千機を超える

長距離ドローンを撃った。


ゆづきは画面を見たまま、

つぶやいた。


「八千機って、

 もう戦争じゃなくて、

 虫の大群じゃん」


「その感覚は正しい」


「ミサイルじゃなくて、

 ドローン?」


「高級ミサイルの時代から、

 安いドローンの 

 飽和攻撃へ変わっている」


「安い攻撃で、 

 高いミサイルで落とすの?」


「それが続くと、

 防空側の財布が先に痩せる」


戦争は、 

英雄の決闘ではなくなった。


部品棚と工場と

倉庫の消耗戦になった。


ドローンには、

モーター、電池、カメラ、

通信装置、半導体、樹脂、

接着剤、梱包材がいる。


「それって、

 民間の部品と同じじゃない?」


「そうじゃ」


「じゃあ戦争が続くと、

 普通の製品にも影響する?」


「する」


「スーパーの袋にも?」


「遠くでつながる」


ゆづきはため息をついた。


「また袋か」


「袋は

 世界を映す鏡じゃ」


「袋に

 そんな重い役を 

 背負わせないでよ」


「袋は黙って耐えとる」


僕たちは少し笑った。


だがその笑いは、

長く続かなかった。


ドローン八千機の夜。


その空の下で、

防空ミサイルが減り、

半導体が減り、

電池が減り、

樹脂が減る。


そして遠い国のスーパーで、

白いトレーが少し薄くなる。


■第9章 

 AIと軍需が

 同じ棚に手を伸ばす


「おじいちゃん、

 AIデータセンターと戦争って、

 同じ話なの?」


ゆづきが聞いた。


「同じ棚を使っている」


「棚?」


「部品棚じゃ」


AIデータセンターには、

GPUだけでは足りない。


メモリー、電源、変圧器、銅、

冷却、水処理、樹脂、ケーブル、

非常用発電機、燃料がいる。


軍需にも、

半導体、通信、センサー、

モーター、レアアース、

燃料、樹脂、電池がいる。


「本当に同じじゃん」


「そうじゃ」


「つまり、

 AIが伸びるほど、

 戦争が続くほど、 

 生活の材料が減る?」


「可能性はある」


AIは記憶を買う。

軍需はセンサーを買う。

感染症は医療資材を買う。

生活は包装材を失う。


「世界の部品棚って、

 そんなに小さいの?」


「思ったより小さい」


ゆづきは、

少し怖そうな顔をした。


「じゃあ次に強い会社は?」


「夢を語る会社だけではない。

 詰まりを直す会社じゃ」


「詰まりを直す会社?」


「水、電気、冷却、物流、在庫、

 修理、国内製造、

 老朽インフラ、代替素材」


「地味だけど、

 止まったら困る会社」


「そうじゃ」


僕はノートに書いた。


戦争の弾薬庫と、

AIのデータセンターと、

スーパーの白いトレーは、

同じ世界の部品棚に

つながっていた。


ゆづきは

それを読んで言った。


「これ、怖いけど、

 めちゃくちゃ分かりやすい」


「それが新しい時代じゃ」


■第10章 

 トラン●は時計を兵器にした


トラン●大統領は言った。


「待てる…」


イランとの交渉について、

話しすぎている、と。


ゆづきは

ニュースを見ながら聞いた。


「これは余裕なの? 

 それとも手詰まりなの?」


「両方じゃ」


「両方?」


「強者は待てる。

 だが、

 撃つ値段が高すぎる時も、 

 人は待つ」


アメリカは撃てる。


だが撃てば、

トマホークが減る。

迎撃ミサイルが減る。


湾岸の信頼が減る。

原油価格が上がる。

日本のナフサが細る。


だから、撃たずに締める。


港湾。

保険。

船主。

外貨。

在庫。

通貨。

時間。


「それも戦争なの?」


「戦争じゃ。

 爆発しない戦争じゃ」


「武器は?」


「時計じゃ」


ゆづきは黙った。


待つ戦争。


それは、

ミサイルより静かだった。

だが、遠くの国の在庫日数を

確実に削っていく。


イランは外貨を失う。

アメリカは弾薬を温存する。


湾岸は不信を深める。

船会社は戻らない。

保険料は下がらない。


日本の工場は、

入荷未定の文字を見る。


僕はノートに書いた。


トランプは撃たなかった。


だから

日本は助かったのではない。


撃たない戦争は、

ナフサの納期表に姿を変えて、

日本へ届いた。


■第11章 

 湾岸の穴あき傘


「サウジとかUAEって、

 アメリカに怒ってるの?」


ゆづきが聞いた。


「表には出しにくい。

 だが不満はあるじゃろう」


「なんで?」


「守ってくれるはず

 だったからじゃ…」


湾岸諸国は、

米軍基地を置いた。

アメリカの武器を買った。

ドル石油秩序を支えた。


その代わり、

石油施設と王国の安全を

守ってもらうはずだった。


だが戦争が始まると、

ミサイルとドローンは、

油田、ガス施設、港、

基地、空港へ向かった。


「守ってくれるはずの傘の下で、

 油田が濡れたんだね」


「そうじゃ」


「じゃあ、

 アメリカを捨てるの?」


「捨てない。

 だが、もう一本の傘を探す」


「中国? 

 BRICS? 

 人民元?」


「そうじゃ。

 安全保障の二重保険じゃ」


米国の傘は捨てない。

だが、穴があると分かった。

穴があるなら、もう一本持つ。


それは裏切りではない。

生存戦略だった。


「日本は?」


「日本も同じじゃ。

 アメリカに頼る。  

 だが頼り切ると危ない」


「じゃあ 

 日本は何を持つべき?」


「備蓄。国内製造。修理する力。

 省資源。代替ルート。

 壊れにくい社会」


「なんか、 

 防災小説になってきたね」


「防災を読ませるために、

 スリラーにするんじゃ」


「おじいちゃん、

 作戦が姑息」


「文学的戦略と言いなさい」


■第12章 

 エボラは壊れた水路を歩いた


アフリカで

エボラの感染拡大が報じられた。


ブラジルでも

疑い例が出たという情報が流れ、

SNSはざわついた。


ゆづきは不安そうに聞いた。


「またパンデミック?」


「すぐ決めつけてはいかん。

 だが感染症は

 増えやすい時代に入っとる」


「なんで?」


「戦争で道路が壊れる。

 水が止まる。

 病院が壊れる。

 人が逃げる。 

 医療者が減る。

 遺体を安全に埋葬できない。

 噂で医療施設が襲われる」


「ウイルスだけの

 問題じゃないんだ」


「そうじゃ。

 感染症は、

 社会の流れが詰まった場所で

 広がる」


水の目詰まり。


エボラは

水そのものから

広がる病気ではない。


だが、

壊れた水道、

壊れた道路、

壊れた信頼の中で、

感染は進む。


一方で、

米モデルナには

ワクチン開発資金が入る。


「医薬品会社が儲けるの?」


「儲ける可能性もある。

 だが、

 感染症対応は

 ワクチンだけではない」


防護服。

手袋。

注射器。

点滴バッグ。

検査キット。

冷蔵物流。

医療用プラスチック。

航空燃料。

発電機。

水処理。


「また

 ナフサと燃料につながるんだ」


「そうじゃ」


AIはメモリーを

食う。


戦争は半導体と燃料を

食う。


感染症は医療資材と冷蔵物流を

食う。


地球の部品棚は、

また一段、空になっていく。


■第13章 

 バークシャーの現金ショベルカー


「米バークシャーが

 現金をめちゃくちゃ

 持ってるって…」


ゆづきが言った。


「そうらしいな」


「逃げてるの?」


「逃げているように見える。

 だが違うかもしれん」


「どう違うの?」


「現金は、

 次の崩落現場に持っていく

 ショベルカーじゃ」


「またショベルカー」


「ショベルカーは

 今年の主役じゃ」


バークシャーは株を売り、

現金を積む。


それは恐怖ではなく、

準備かもしれない。


暴落した時、

現金を持つ者は買える。


持たない者は、

売らされる。


「現金って、

 守りじゃないの?」


「金利がある時代の現金は、 

 利息を稼ぎながら

 待つ武器になる」


「現金の再武装」


「そうじゃ」


「おじいちゃんの現金は?」


「スーパーと病院と電気代に

 日々武装解除されとる」


ゆづきは笑った。


僕も笑った。


だがバークシャーの現金は、

相場の空気を変えていた。


AIが上がる。

Micronが1兆ドルになる。

日経平均が史上最高値をつける。


その一方で、

最強の投資家たちは現金を持つ。


彼らは

暴落を予言しているのではない。


暴落した時、

買う側に立とうとしている。


僕はノートに書いた。


バークシャーは

逃げたのではない。


次の崩落現場に、

現金というショベルカーを置いた。


■第14章 

 まだら不足の夏


夏が近づくにつれ、

町は少しずつ変わった。


スーパーの棚は空ではない。

だから人々は安心した。


だが、よく見ると、

少しずつ違っていた。


いつもの

ヨーグルトのフタが違う。


弁当容器が薄い。

油の値段が上がる。

洗剤の詰め替え袋がない。

薬局で一部商品が入荷未定。

工務店は塗料の納期を気にする。


空港では

燃油サーチャージが上がる。


宅配便は

遅れる日が増える。


「崩壊って、

 もっとドーンって

 来ると思ってた」


ゆづきが言った。


「実際は、まだらに来る」


「まだら不足社会」


「そうじゃ」


全部がなくなるわけではない。

だから危機だと気づきにくい。


ある商品はある。

別の商品はない。

袋だけない。

フタだけない。

塗料だけない。

接着剤だけない。

航空貨物だけ遅い。

薬の包装だけ変わる。


人々は言う。


「大丈夫。まだ棚はある」


だが、

社会は棚ごと壊れるのではない。


棚の中身が、

まだらに欠けていく。


それが一番怖い。


ゆづきは言った。


「おじいちゃん、

 この小説、暗すぎない?」


「だから、君がいる」


「私?」


「若者が気づいて、

 工夫して、笑って、

 直していく物語にする」


「おじいちゃんは?」


「横でうるさく解説する」


「それ、

 めんどくさいキャラじゃん」


「だが、たまに役に立つ」


「たまにね」


■第15章 

 指数はAI、社会は燃料


日経平均は、また上がった。


テレビは言った。


「日本株、強さ続く」


SNSは言った。


「AI相場、まだ終わらない」


だがゆづきは、

もう株価アプリだけを

見ていなかった。


スーパーの包装を見る。

薬局の棚を見る。

工事現場の張り紙を見る。

空港の燃油サーチャージを見る。

中東の海峡名を見る。

感染症ニュースを見る。

半導体株の上昇を見る。

ナフサという言葉を見る。


そして言った。


「おじいちゃん、

 分かった気がする」


「何がじゃ?」


「世界は二つに分かれてる」


「ほう」


「指数の世界と、

 生活の世界」


僕は黙って聞いた。


「指数の世界では、

 AI、半導体、メモリー、

 データセンター、

 ソフトバンク、 

 Micronが上がる。


 でも生活の世界では、

 燃料、ナフサ、包装材、薬、

 物流、水、電気が

 足りなくなる」


「その通りじゃ」


「だから、  

 株価が上がっても、

 安心とは限らない」


「そうじゃ」


「でも、悲観だけでもない」


「なぜ?」


「詰まりを直す会社が

 必要になるから」


僕は少し驚いた。


ゆづきは続けた。


「水を直す会社。

 冷却する会社。

 電気を運ぶ会社。  

 古い橋を直す会社。

 ナフサを節約する会社。

 包装を変える会社。

 病気を検査する会社。


 AIを動かしながら、

 生活も守る会社」


僕は笑った。


「ゆづき、もう相場師じゃ」


「やだよ。


 おじいちゃんみたいに、

 弁当のフタで

 中東を語る人になりたくない」


「失礼な。

 かなり高度な分析じゃ」


「高度すぎて友達減るよ」


「わしは

 もう減る友達も少ない」


ゆづきは笑った。

僕も笑った。


その笑いの中で、僕は思った。


未来は、明るいだけではない。

暗いだけでもない。


ただ、見方を変えれば、

まだ間に合う。


チャートだけを見るな。 


棚を見ろ。

袋を見ろ。

水を見ろ。

電気を見ろ。

燃料を見ろ。


そして、

詰まりを直す人を見ろ。


最後に、

ゆづきは僕のノートに

一行を書いた。


世界はAIで上がっていた。

だが社会は燃料で生きていた。


僕はその文字を見て、

静かにうなずいた。


日経平均が

史上最高値をつけた日、

僕の町のスーパーでは、

弁当のフタが少し薄くなっていた。


その薄さこそが、

新しい時代の始まりだった。


………


❥Z世代のあなたへ


あなたは、

株価だけを信じなくていい。


ニュースが「最高値」と言っても、

あなたの生活が

楽になっていないなら、

その違和感は間違っていない。


AIはすごい。

半導体もすごい。

データセンターもすごい。


でも、人間はまだ、

水を飲み、

ご飯を食べ、

薬を使い、

電気で眠り、

袋に入った商品を買い、

橋を渡り、

トイレを流し、


誰かの運ぶ荷物を

受け取って生きている。


だから、

これからの時代に強い人は、

AIだけを語る人ではない。


AIの裏にある、

電力、水、燃料、ナフサ、 

物流、冷却、医療、下水、

修理、在庫を見られる人だ。


夢を見ることは大事だ。

でも、

夢を動かす配線を見ることは、

もっと大事だ。


あなたがもし、


「なんか世の中

 おかしくない?」


と思ったら、

その感覚を捨てないでほしい。


それは不安ではなく、

未来を読むセンサーかもしれない。


株価アプリだけでなく、

スーパーの棚を見てほしい。


SNSのトレンドだけでなく、

町の工事現場を見てほしい。


AIのニュースだけでなく、

水道、電気、燃料、薬、

配送のニュースを見てほしい。


これからの日本で

本当に価値を持つのは、

派手に空を飛ぶ人だけではない。


詰まった場所を見つけ、

黙って直す人だ。


あなたがその一人になるなら、

この国はまだ終わらない。


………


★あとがき


 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風


 ――指数はAI、

  社会は燃料編――


ワトソン

「ホームズさん、

 日経平均6万7000円突破ですって! 

 日本復活ですなあ!」


ホームズ

「ワトソン君、

 君は見出しで踊りすぎだ」


ワトソン

「踊りますよ! 

 6万7000円ですよ! 

 わしの腰も

 6万7000回ぐらい

 振れますわ!」


ホームズ

「それは相場ではなく

 整形外科の案件だ」


ワトソン

「なんでやねん!」


ホームズ

「問題は、

 日経平均だけが上がって、

 TOPIXや多くの個別株が

 弱いことだ」


ワトソン

「つまり、みんなで

 胴上げしてるんじゃなくて、

 ソフトバンクさんが

 一人で神輿を担いでる?」


ホームズ

「なかなか良い表現だ」


ワトソン

「でも神輿が上がれば

 祭りでしょ?」


ホームズ

「屋台の裏を見たまえ」


ワトソン

「屋台の裏?」


ホームズ

「ガスボンベはあるか。

 油はあるか。

 容器はあるか。

 人手はあるか」


ワトソン

「また弁当のフタですか!」


ホームズ

「弁当のフタを笑う者は、

 ナフサに泣く」


ワトソン

「ことわざみたいに

 言わんといてください!」


ホームズ

「AIは空へ飛ぶ。

 だが、

 そのAIを冷やす水、

 動かす電気、

 包む樹脂、

 運ぶ燃料が必要だ」


ワトソン

「なるほど。

 AIは雲の上に見えて、

 実は地面に

 コンセント差さってるんや」


ホームズ

「その通り」


ワトソン

「じゃあ、 

 これから買われる会社は?」


ホームズ

「詰まりを直す会社だ」


ワトソン

「つまり、

 下水道屋さん、

 電気屋さん、

 冷却屋さん、

 倉庫屋さん、

 修理屋さん?」


ホームズ

「その通り」


ワトソン

「地味やなあ」


ホームズ

「地味な会社ほど、

 危機の時に名前を呼ばれる」


ワトソン

「ほな、

 わしも地味に生きますわ」


ホームズ

「君は地味ではない。 

 うるさい」


ワトソン

「なんでやねん!」


ホームズ

「だが、

 うるさい人間も時には必要だ。

 危機を笑いに変えるからな」


ワトソン

「ええこと言うた! 

 最後に泣かせに来ましたな!」


ホームズ

「泣く前に、

 スーパーで弁当のフタを

 見てきたまえ」


ワトソン

「またそこかい!」


ホームズ

「ワトソン君、

 未来は株価だけに

 出るのではない」


ワトソン

「どこに出るんです?」


ホームズ

「袋の薄さに出る。

 水道管の音に出る。

 燃料サーチャージに出る。

 入荷未定の紙に出る」


ワトソン

「ほな、

 探偵の仕事は

 チャートを見ることやなくて、

 町を見ることですな」


ホームズ

「その通りだ」


ワトソン

「じゃあ最後に一言」


ホームズ

「指数はAIで上がった」


ワトソン

「社会は燃料で生きていた」


ホームズ

「そして人間は?」


ワトソン

「弁当のフタを見て、

 ようやく気づいた!」


ホームズ

「遅いが、まだ間に合う」


ワトソン

「おあとが 

 よろしいようで!」


ホームズ

「いや、

 まだナフサがよろしくない」


ワトソン

「最後までそれかい!」


――完――

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