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山の上の怪物と、食卓の下の怪物 ――三度目の神風がくれた二年、日本はミサイルではなく朝ごはんを守れるか?――

✦山の上の怪物と、食卓の下の怪物


――三度目の神風がくれた二年、

 日本はミサイルではなく

 朝ごはんを守れるか?――


………


レバノン南部の山の上に、

怪物がいた。


それは火を吹かなかった。

歩きもしなかった。

牙もなかった。


ただ、見下ろしていた。


川を。

道を。

村を。

兵士の移動を。

補給の車列を。

そして、

人間の記憶を。


イスラエルは

その城に旗を立てた。


テレビは

それを勝利と呼んだ。


だが六十七の僕は、

日本のスーパーの卵売り場で、

まったく別の怪物を見ていた。


山の上ではない。

食卓の下にいる怪物だった。


米びつの底。

若者の朝ごはん。

古い水道管。

町工場の消えた機械音。

地下街の冷却水管。

そして、

スマホに溜まる信用ログ。


世界は城を取り合っていた。


日本は、

朝ごはんを失いかけていた。


そして僕は、

まだ誰も気づいていないことに

気づいた。


次に落ちる城は、

山の上にはない。


君の生活の中にある。


………


★目次


■第1章 山の上の怪物

■第2章 稲葉山城の影

■第3章 三度目の神風

■第4章 ミサイルが届かない国

■第5章 中国は世界のネジを握った

■第6章 地下から戻るイラ●

■第7章 中古の潜水艦

■第8章 デパ地下から水が落ちた日

■第9章 地下の怪物

■第10章 朝ごはん安全保障

■第11章 無理ログ社会

■第12章 再生ログ層

■第13章 天下布武ではなく天下補給

■第14章 ミサイルを待つな、米を炊け

■第15章 食卓に戻る風


………


■第1章 山の上の怪物


レバノン南部の山の上に、

古い城がある。


ボーフォール城。

シャキーフ城。


十字軍の時代から残る

石の要塞である。


標高七百メートル級の高地から、

リタニ川、

南レバノン、

イスラエル北部、

補給路、

村、

山道を見下ろす。


イスラエル軍は、

その城を制圧した。


城の上に、

イスラエルの旗がなびいた。


首相は喜びを語った。

軍は戦果を語った。

SNSには、

旗の写真が流れた。


「われわれは戻ってきた!」


その言葉が流れた瞬間、

世界の画面は二つに割れた。


片方の画面では、

それは勝利だった。


もう片方の画面では、

それは侵入だった。


ある投稿は言った。


「城に

 旗を立てたのではない。

 レバノンの記憶に

 軍靴を置いたのだ」


別の投稿は言った。


「山上の怪物が、

 また目を覚ました」


僕はその言葉で、

スマホを持つ手が止まった。


✲ 山上の怪物


なんという言葉だろう。


城は動かない。

火も吹かない。

自分では誰も殺さない。


だが人間の方が、

何十年もその城に動かされてきた。


一九八二年。

二〇〇〇年。

そして二〇二六年。


戦争は終わったように見えても、

山の上の石は、

ずっと記憶を吸い続けていた。


Xの画面には、

また別の声が流れていた。


「旗を立てるのは

 一日でできる。


 その旗を守る補給路は、

 毎日血を要求する」


僕は思った。


これは城の話ではない。

補給路の話だ。


そして、

日本の話だ。


なぜなら日本にも、

まだ名前のついていない

怪物がいたからだ。


………


■第2章 稲葉山城の影


山の上の城を取ると、

戦争は変わる。


日本史にも、

そんな城がある。


稲葉山城。


美濃の山に築かれた、

斎藤氏の本拠である。


あの城を取った織田信長は、

城の名を岐阜城と改めた。


そして、

天下布武へ向かっていった。


城を取ったから、

すぐ天下を取ったわけではない。


だが、

言葉が

変わった。


地図が

変わった。


視界が

変わった。


自分が何者かという物語が

変わった。


稲葉山城は、

石垣ではなかった。


次の時代の看板だった。


だから、

ボーフォール城も同じなのだ。


あれは、

単なる高地の制圧ではない。


「ここから先の地図を、

 こちらが書き直す」


そういう宣言なのだ。


しかし、

稲葉山城とボーフォール城には、

大きな違いもある。


信長は、

城を取った後、

そこを政治の拠点にした。


では、

イスラエルはどうか。


城を取った瞬間から、

城を守る戦争が始まる。


補給路。

ドローン。

待ち伏せ。

国際世論。

占領コスト。

過去の記憶。


勝利の写真を撮った直後、

本当の消耗が始まる。


僕は、

日本史の教科書を閉じた時のことを

思い出した。


若い頃の僕は、

城を取れば勝ちだと思っていた。


だが六十七歳を過ぎると、

少し違って見える。


城を取った者は、

次に城に閉じ込められる。


この世界では、

勝利とは、

新しい補給義務の始まりなのだ。


そして日本は今、自分が

どの城に

閉じ込められようとしているのか、

まだ気づいていない。


………


■第3章 三度目の神風


日本には、

神風という言葉がある。


一度目の神風は、

蒙古襲来の時に吹いた。


元の大軍が海を越えてきた時、

暴風雨が船団を襲った。


もちろん、

日本の武士の抵抗もあった。

防塁もあった。

元軍の船の問題もあった。

補給の難しさもあった。


だが日本人の記憶には、

こう残った。


海の風が、

外から来た巨大な力を

押し返した。


二度目の神風は、

第二次世界大戦の

末期に現れた。


しかしそれは、

自然の風ではなかった。


若者を飛行機に乗せ、

人間を風にしてしまった。


神風は吹かなかった。


吹かなかったというより、

吹かせようとして、

日本の若者を燃やした。


そして、

三度目。


ホルムズ海峡の風である。


この風は、

敵船を沈めたわけではない。


日本を勝たせたわけでもない。


ただ、

アメリカの兵器在庫を

中東へ吸い込み、


日本に届くはずだった

ミサイルの納期を、

静かに遅らせた。


テレビは言った。


「防衛に

 空白が生まれます」


専門家は言った。


「日本は

 備えを急がなければなりません」


だが、

僕は首を振った。


違う。


これは空白ではない。


猶予だ。


神風とは、

勝たせてくれる風ではない。


考え直す時間をくれる風なのだ。


一度目の神風は、

敵の船を沈めた。


二度目の神風は、

日本の若者を沈めた。


三度目の神風は、

ミサイルの納期を遅らせた。


それは奇跡ではなかった。


日本に残された、

最後の宿題だった。


だが宿題には、

提出期限がある。


二年。


その二年で日本は、

何を守る国になるのか。


………


■第4章 ミサイルが届かない国


日本はミサイルを買った。


トマホーク。

パトリオット。

迎撃システム。

敵基地攻撃能力。


難しい言葉が、

テレビ画面の上を滑っていった。


だが、

ホルムズ海峡が詰まり、

イランとの戦争が長引き、


アメリカの在庫が

中東へ吸われていくと、

日本は奇妙な現実にぶつかった。


金を出しても、

すぐには届かない。


これが、

二十一世紀の安全保障だった。


昔の戦争では、

鉄砲を持つ者が強かった。


今の戦争では、

鉄砲を作る部品を持つ者が強い。


ミサイルを発射する国より、

ミサイルの中に入る

磁石や半導体や火薬原料を握る国が、

戦争の呼吸を支配する。


アメリカは強い。


だが、

無限ではない。


中東で使えば、

インド太平洋が薄くなる。


ウクライナで使えば、

台湾向けが薄くなる。


イスラエルへ回せば、

日本向けが遅れる。


アメリカの棚にも、

在庫切れの札が

貼られ始めていた。


SNSには、

皮肉な声が流れていた。


「日本はミサイルを買った。

 でもミサイルは、

 先に中東へ行った」


「安全保障とは、

 買い物ではなかった。

 納期だった」


「同盟の傘はある。

 ただし傘の骨は、

 思ったより細い」


僕は、

スーパーの卵売り場で足を止めた。


ミサイルが届かない。

それは危険かもしれない。


だが同時に、

日本が前線化する速度が、

少し落ちたということでもある。


この二年で、

日本は何をするのか。


ミサイルを待つのか?


それとも、

米びつを見直すのか?


その答えは、

空にはなかった。


地の底にあった。


………


■第5章 中国は世界のネジを握った


中国では、

鉱山事故が起きていた。


ガス爆発。

違法採掘。

隠し坑道。

偽の壁。

二重図面。

外された監視装置。


ニュースでは、

死者の数だけが流れる。


八十人。

五人。

二人。


だが、

その数字の下には、

世界の安さが埋まっていた。


中国は、

レアアースを握った。

レアメタルを握った。

磁石を握った。

精錬を握った。

輸出許可を握った。


アメリカは空母を

持っている。


中国は磁石を

持っている。


この差は、

見た目より深い。


アメリカが

パトリオットを作るにも、

F35を飛ばすにも、

ドローンを動かすにも、

EVを走らせるにも、

AIデータセンターを冷やすにも、


どこかで

中国の鉱山と精錬の影が入る。


SNSに、

こんな声が流れていた。


「中国と戦うミサイルを、

 中国のレアアースで作る。


 これが

 二十一世紀の冗談か?」


「アメリカは

 空を撃つ。


 中国は

 地の底で首を握る」


「世界最強の兵器は、

 敵を撃つミサイルではない。


 敵のミサイルを作らせない

 許可証だ」


僕は、

その言葉をメモした。


中国は

世界の首都を取らなかった。


世界のネジを握った。


これが、

本当の地政学だった。


山の上の城を取る国がある。


だが、

地の底の金属を握る国もある。


どちらが強いのか。


答えは、

ミサイルの納期が教えてくれる。


そして日本は、

そのミサイルを待ちながら、

自分の町工場を畳ませていた。


………


■第6章 地下から戻るイラ●


イラ●は、

崩壊寸前だと言われた。


食料品は跳ね上がった。

通貨は桁を失った。

十ユーロを両替すると、

二億リアルになったという。


札束は重い。


だが、

その重さほどには、

パンは買えない。


インターネットは遮断される。

不満は見えなくなる。

工場ではストライキが起きる。

鉱山やアルミ工場では、

労働者の怒りがたまる。


西側のテレビは言う。


「イラ●は危ない」

「内紛が近い」

「政権は揺らいでいる」


しかし、

ロシ●もそうだった。


すぐ倒れると言われながら、

どっこい残った。


国家は、

人間よりしぶとい。


市民の食卓が痩せても、

国家の地下施設は息を吹き返す。


爆撃で塞がれた

地下軍事施設の入口が、

ブルドーザーで掘り返される。


瓦礫が出される。

道路が直される。

トンネルが開く。

ミサイルへの道が戻る。


僕は、

その映像を見て思った。


イラ●は、

崩壊していない。


崩壊しないまま、

市民の食卓を痩せさせ、

地下から国家を戻している。


それは強さなのか?


それとも、

国家だけが生き残る病なのか?


SNSに、

こんな声があった。


「市場には食べ物がある。

 だから国営テレビは平常と言う。


 でも母親の買い物袋は、

 先月より軽い」


これだと思った。


戦争は、

爆撃だけではない。


袋が軽くなることだ。


そして日本でも、

すでに若者の買い物袋は、

少しずつ軽くなっていた。


………


■第7章 中古の潜水艦


オーストラリアは、

原子力潜水艦を作る夢を見ていた。


AUKUS。

米英豪。

インド太平洋。

中国抑止。


大きな言葉が並んだ。


ところが、

計画は静かに変わった。


新品を含むはずだった潜水艦は、

三隻とも

中古のバージニア級に

変わったという。


国防相は言った。


「複雑な計画では、

 単純明快さが重要です」


正しい。


だが、

僕には別の意味に聞こえた。


作れない。

間に合わない。

整備できない。

部品がない。

人が足りない。

造船所が足りない。


世界最強の同盟にも、

新品を渡す余裕がなくなっている。


SNSには、

こんな声が流れた。


「アメリカの傘はある。

 ただし骨組みは中古だった」


「新品の安全保障から、

 中古の安全保障へ」


「同盟の棚にも、

 在庫切れがある」


フィリピンも揺れていた。


南シナ海の権利は譲れない。

しかし、

自分で選べる範囲は狭まっている。


中国は近い。

アメリカは遠い。

武器も部品も訓練も、

全部順番待ちになる。


インド太平洋の国々は、

気づき始めていた。


アメリカは強い。


しかし、

アメリカは無限ではない。


同盟とは、

魔法ではない。


在庫である。


そして在庫が切れた時、

国家は本当の顔を見せる。


………


■第8章 デパ地下から水が落ちた日


韓国・釜山のロッテ百貨店。


地下一階の食品売り場で、

天井が崩れた。


大きな音。

ガラスの割れる音。

叫び声。

逃げる客。

避難する従業員。


原因は、

冷却水配管の漏水とみられた。


爆弾ではない。

地震でもない。

戦争でもない。


ただの管だった。


だが、

そのただの管が、

都市の豊かさを支えていた。


デパ地下は、

都市の胃袋である。


惣菜。

肉。

魚。

パン。

スイーツ。

弁当。

冷凍品。

高級食材。


その上に、

冷却水管が

通っている。


空調配管が

通っている。


排水管が

通っている。


電気と消防設備が

通っている。


吊り金具が売り場を支えている。


地上では、

ブランドが光る。


地下では、

水が漏れている。


韓国や中国は、

ここ二十年、三十年で

急速に都市を作った。


高層ビル。

地下街。

巨大モール。

高速鉄道。

データセンター。

タワマン。

半導体工場。


だが、

急いで作った都市は、

早く老ける。


日本は古い。

だから古さを疑っている。


韓国と中国は、

新しいと思っていた。


だから、

壊れるまで

地下の老化に気づかなかった。


僕は、

日本の三越や高島屋の

デパ地下を思い浮かべた。


きれいな売り場の上で、

管は今日も黙っている。


だが、

黙っているものほど怖い。


次に落ちる天井は、

ニュースになる前から、

もう水を含み始めている。


………


■第9章 地下の怪物


山の上には、

ボーフォール城があった。


地の底には、

中国の鉱山があった。


イラ●には、

地下軍事施設があった。


韓国には、

デパ地下の冷却水管があった。


では日本には、

何があるのか。


古い水道管。

下水管。

ヒューム管。

ポンプ。

冷凍倉庫。

港湾設備。

トンネル。

地下街。

病院の配管。

学校の給食室。

町工場の機械。


どれも、

普段はニュースにならない。


だが、

壊れた時だけ、

突然主役になる。


次の五年、

日本経済で伸びるのは、

派手な軍需だけではない。


地下を読む産業だ。


漏水センサー。

地中レーダー。

管内カメラ。

AI画像診断。

水処理。

配管更新。

ポンプ。

シール材。

吊り金具。

建物管理。

冷凍冷蔵倉庫。

町工場の工具。

修理と保守。


これからの強い国は、

空へ伸びる国ではない。


地下を直せる国だ。


SNSには、

こんな言葉が流れていた。


「AIは空を飛ぶ。

 だが都市は、

 下水管で生きている」


僕は思った。


これは、

まさに日本の未来だ。


ミサイルより先に、

管を見ろ。


なぜなら地下の怪物は、

鳴き声を上げないまま、

国を食い始めるからだ。


………


■第10章 朝ごはん安全保障


日本の若者は、

食べ物がないから

痩せているのではない。


食べ物は、

まだある。


冷凍技術は優秀だ。

物流網も動いている。

スーパーにもコンビニにも、

食べ物は並んでいる。


それなのに、

若者は食べない。


痩せたい。

足が太い。

自分が醜い。

お菓子はだめ。

ジュースはだめ。

米は太る。

油は怖い。


玄米を食べることは

悪くない。


お菓子を控えることも

悪くない。


ジュースを減らすことも

悪くない。


しかし、

自分を大切にするためではなく、

自分を罰するために食べないなら、

それは健康ではない。


それは、

自己評価封鎖である。


ホルムズ海峡が石油を止める。


若者の自己否定が、

栄養を止める。


どちらも、

国のエンジンを止める。


僕の孫も言う。


「足が太い」


僕は、

その足を見た。


太くはない。


未来へ歩いていくための、

橋脚だった。


僕は言った。


「その足は太いんじゃない。


 これから

 君を五十年運ぶ橋脚じゃ」


孫は笑わなかった。


しかし、

少しだけ箸を持った。


これが、

日本の安全保障の

第一歩かもしれない。


ミサイルではない。

朝ごはんだ。


国は、

空から落ちてくる爆弾で

壊れるだけではない。


朝ごはんを食べない

若者の前頭葉から、

静かに壊れていく。


………


■第11章 無理ログ社会


岡田斗司夫さんは言った。


無理して仕事に就くな。

無理して結婚するな。

無理して子どもを産むな。


昔なら、

それは逃げの言葉に

聞こえたかもしれない。


だが、

AI評価社会では、

別の意味を持つ。


無理して壊れるな。


無理して、

傷を信用ログに残すな。


無理して就職して、

遅刻、欠勤、メンタル不調、

短期離職が残る。


無理して結婚して、

借金、別居、離婚、

トラブルが残る。


無理して子どもを産んで、

貧困、虐待リスク、

育児放棄の履歴が残る。


昭和なら、

若気の至りで流れたものが、

令和以降は

データとして残る。


睡眠ログ。

決済履歴。

健康アプリ。

勤怠。

SNS投稿。

検索履歴。

AI相談履歴。

マッチングアプリの会話。

ローン審査。

保険加入。


社会は、

手を差し出す前に、

点数をつける。


これが、

無理ログ社会である。


「無理するな」は、

最初は救命浮輪だった。


だがAI評価社会では、

救命浮輪に見えたものが、

選別タグに変わる。


働かない履歴。

結婚しない履歴。

産まない履歴。

食べない履歴。

眠れない履歴。

怒った履歴。

逃げた履歴。


全部が、

若者の未来に貼られていく。


僕は、

孫の茶碗にご飯をよそった。


「無理して生きるな。

 でも、

 生きる燃料まで捨てるな」


その時、

スマホに通知が来た。


健康アプリが言った。


「今日の

 摂取カロリーが

 不足しています」


僕はぞっとした。


AIはもう、

孫の体を読み始めていた。


………


■第12章 再生ログ層


五年後、

日本社会は

三つに分かれるかもしれない。


一つ目は、

高スコア適応層。


栄養がある。

睡眠がある。

親の支援がある。

AIを使える。

学歴がある。

健康ログが整っている。

金融履歴もきれい。


この人たちは、

就職も婚活もローンも通りやすい。


二つ目は、

低スコア固定層。


食生活が乱れる。

睡眠が乱れる。

短期離職がある。

借金がある。

自己評価が低い。

恋愛から降りる。

仕事から降りる。

社会から見えなくなる。


本人は、

無理しないと言う。


だが実際には、

社会から選択肢を削られている。


三つ目は、

再生ログ層。


一度は崩れた。

でも戻ってくる人たちだ。


朝ごはんを食べる。

散歩する。

ラジオ体操をする。

英語を少しやる。

カラオケで声を出す。

AIで文章を書く。

健康アプリをつける。

体調を記録する。

小説を投稿する。

小さな仕事を続ける。

誰かにありがとうと言う。


勝ち組ではない。


でも、

戻ってくる。


僕は、

この層に賭けたい。


世界は、

高スコアの人間だけで

生き残るのではない。


倒れても戻る人間がいるから、

社会は続く。


ブーニンが

鍵盤へ戻るように。


僕が

AI小説へ戻るように。


孫が

朝ごはんへ戻るように。


日本も、

食卓へ戻れるかもしれない。


ただし、

戻る道は勝手には残らない。


誰かが、

小さな橋を

架け続けなければならない。


………


■第13章 

 天下布武ではなく天下補給


信長は、

稲葉山城を取って、

岐阜城と名を変えた。


そして、

天下布武を掲げた。


武をもって、

天下を布く。


それが、

あの時代の看板だった。


では、

二〇二六年以降の日本は、

何を掲げるべきか。


敵基地攻撃か。

ミサイル防衛か。

要塞化か。

軍需景気か。


僕は違うと思う。


日本が掲げるべき旗は、

天下布武ではない。


天下補給である。


食料を

補給する。


水を

補給する。


医療材料を

補給する。


冷凍倉庫を

補給する。


町工場を

補給する。


若者の脳に栄養を

補給する。


国を守るとは、

遠くの敵を

撃つことだけではない。


明日の朝、

米が炊けることだ。

給食が出ることだ。


病院に

点滴バッグがあることだ。


下水が流れることだ。

水道から水が出ることだ。


トラックが

走ることだ。


冷凍倉庫が

止まらないことだ。


町工場がネジを

作れることだ。


戦争の時代に、

いちばん強い国は、

敵を撃つ国ではない。


補給線を切らさない国だ。


もし日本がこの二年で

掲げる旗を間違えたら、


日本は戦争に負ける前に、

生活に負ける。


………


■第14章 

 ミサイルを待つな、米を炊け


テレビは、

ミサイルの納期を気にしていた。


僕は、

米びつの残りを気にしていた。


どちらも大事かもしれない。


だが、

順番がある。


腹が減った若者に、

敵基地攻撃能力を説明しても、

前頭葉は働かない。


朝ごはんを抜いた若者に、

AI時代のキャリア戦略を語っても、

耳に入らない。


体を嫌っている少女に、

少子化対策を語っても、

未来の器として

自分の体を信じられない。


だから、

日本はまず食べるべきだ。


米。

味噌汁。

卵。

豆腐。

納豆。

魚。

牛乳。

野菜。

冷凍食品。

ナッツ少量。

果物少し。


派手ではない。


だが、

これが前頭葉の燃料になる。


戦争をしない国が

弱いのではない。


戦争をしないための

体力を失った国が、

本当に弱い。


僕は、

孫に言った。


「無理して

 働かんでええ。


 無理して

 結婚せんでええ。


 無理して

 子どもを産まんでもええ。


 でも、

 無理して

 痩せるな。


 無理して

 自分を嫌うな。


 無理して

 未来を閉じるな」


孫は、

少しだけご飯を食べた。


それは、

どんなミサイルより

小さな出来事だった。


だが僕には、

日本の未来が、

ほんの少しだけ戻ったように見えた。


その時、

テレビの速報音が鳴った。


画面には、

新しい言葉が出ていた。


「一部地域で、

 冷凍食品の入荷遅れ」


怪物は、

もう食卓の近くまで来ていた。


………


■第15章 食卓に戻る風


レバノンの山の上には、

怪物がいた。


イスラエルは、

その城に旗を立てた。


中国の地の底には、

別の怪物がいた。


レアアース。

鉱山事故。

磁石。

輸出許可。


イランの地下には、

さらに別の怪物がいた。


爆撃されても戻る軍事施設。

痩せる市民の食卓。

遮断されるインターネット。


オーストラリアの海には、

中古の怪物がいた。


新品ではない潜水艦。

同盟の在庫切れ。

簡素化された安全保障。


韓国のデパ地下には、

水の怪物がいた。


冷却水管。

崩れた天井。

逃げる客。

都市の地下の老化。


そして日本には、

食卓の下の怪物がいた。


米びつの底。

若者の朝ごはん。

古い水道管。

町工場の静けさ。

スマホの信用ログ。

前頭葉の栄養不足。


三度目の神風は、

日本を勝たせるために

吹いたのではない。


日本に、

何を守るべきか

思い出させるために吹いた。


一度目の神風は、

敵の船を沈めた。


二度目の神風は、

日本の若者を沈めた。


三度目の神風は、

ミサイルの納期を遅らせた。


それは奇跡ではなかった。


猶予だった。


その猶予で、

日本は何をするのか。


また城を建てるのか。


それとも、

補給線を直すのか。


僕は、

朝の食卓に座った。


味噌汁の湯気が上がっていた。


孫が、

小さくご飯を口に運んだ。


その時、

僕は思った。


日本の未来は、

山の上にはない。


空のミサイルにもない。


地下の配管と、

米びつと、

若者の前頭葉にある。


城を取れば勝てる時代は終わった。


これからの国は、

城を持つ国ではなく、

補給線を切らさない国が生き残る。


戦わないために、

食べる。


戦わないために、

直す。


戦わないために、

若者の脳に栄養を届ける。


それが、

三度目の神風が日本に残した、

最後の宿題だった。


そして僕は、

まだ知らなかった。


次に消えるのは、

ミサイルではない。


納豆の

小さなタレ袋かもしれないことを。


………


❥Z世代のあなたへ


君は、

無理しなくていい。


ブラック企業で

壊れる必要はない。


好きでもない人と

結婚する必要はない。


お金も体力もないまま、

子どもを産めと

責められる必要もない。


でも、

ひとつだけ覚えておいてほしい。


無理して

自分を嫌わなくていい。


無理して

痩せなくていい。


無理して

朝ごはんを抜かなくていい。


これからの社会は、

君の行動を読む。


AIが読む。

会社が読む。

金融が読む。

保険が読む。

マッチングアプリが読む。

SNSが読む。


でも、

いちばん大事なのは、

君自身が自分の体をどう読むかだ。


その足は、

太いんじゃない。


未来へ歩くための橋脚だ。


その食欲は、

罪じゃない。


前頭葉への燃料だ。


その失敗は、

人生の終了ではない。


再生ログの始まりだ。


高スコアの人だけが、

未来を作るのではない。


一度つまずいても、

朝ごはんを食べ、

眠り、

歩き、

学び直し、

誰かにありがとうと言い、

もう一度戻ってくる人が、

未来を作る。


世界は

山の上の城を取り合っている。


でも君は、

まず自分の食卓を取り戻せ。


それが、

いちばん小さくて、

いちばん強い安全保障だ。


そして、

君が食卓に戻った時、

次の物語が始まる。


………


★あとがき


――ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風――


ワトソン

「ホームズ、今回の話、

 えらいことになりましたなあ。


 レバノンの城から始まって、

 中国の鉱山、

 イランの地下施設、

 オーストラリアの中古潜水艦、

 韓国のデパ地下、


 最後は

 日本の朝ごはんですわ」


ホームズ

「ワトソン君、

 それが世界経済というものだよ」


ワトソン

「いやいや、

 つながりすぎでしょ。


 わし、途中で

 “これは何の話やったかな”って、

 味噌汁こぼしそうになりましたわ」


ホームズ

「そこが大事なのだ。

 現代の危機は、

 別々の顔をしてやってくる」


ワトソン

「別々の顔?」


ホームズ

「ある日は、城の上の旗。

 ある日は、鉱山事故。

 ある日は、ミサイルの納期遅れ。

 ある日は、中古潜水艦。

 ある日は、デパ地下の水漏れ。


 ある日は、

 孫の“足が太い”という一言」


ワトソン

「最後だけ

 家庭内トラブルですやん」


ホームズ

「違う。そこが

 国家安全保障の最前線だ」


ワトソン

「ほな、

 ミサイルより朝ごはんですか?」


ホームズ

「そうだ。

 ミサイルは敵を撃つ。


 朝ごはんは

 前頭葉を守る」


ワトソン

「前頭葉が守られたら、

 どうなるんです?」


ホームズ

「怒りに

 飲まれにくくなる。


 詐欺に

 引っかかりにくくなる。


 長い文章が読める。


 AIの答えを疑える。


 恋愛も仕事も、

 少し落ち着いて考えられる」


ワトソン

「なるほど。

 つまり、

 朝ごはんは迎撃ミサイルですな」


ホームズ

「うむ。

 味噌汁型パトリオットだ」


ワトソン

「なんですのそれ!

 敵のミサイルが来たら、

 豆腐が迎撃するんですか?」


ホームズ

「豆腐はやわらかい。

 だが、

 毎朝の豆腐は

 人間を硬くしすぎず、

 折れにくくする」


ワトソン

「ええこと言うてるようで、

 だいぶ無理がありますな」


ホームズ

「無理はしなくていい。

 ただし、

 食べることまで

 やめてはいけない」


ワトソン

「岡田斗司夫先生風ですな。


 無理して働くな。

 無理して結婚するな。

 無理して子どもを産むな。


 でも、

 無理して朝ごはんを抜くな」


ホームズ

「その通りだ」


ワトソン

「で、

 結局この小説の

 結論は何ですの?」


ホームズ

「城を取れば

 勝てる時代は終わった、

 ということだ」


ワトソン

「ほな、

 これから何を取るんです?」


ホームズ

「睡眠を取る。

 栄養を取る。

 点検時間を取る。

 学び直す時間を取る。

 戦争に乗らない距離を取る」


ワトソン

「“取る”いうても、

 だいぶ平和ですなあ」


ホームズ

「それがいいのだ」


ワトソン

「最後に一言、お願いします」


ホームズ

「三度目の神風は、

 敵を沈めるために

 吹いたのではない。


 日本人を

 食卓へ戻すために

 吹いたのだ」


ワトソン

「ええ締めですな。

 ほな、わしも帰って

 朝ごはん食べますわ」


ホームズ

「何を食べる?」


ワトソン

「ご飯、味噌汁、

 卵、納豆です」


ホームズ

「完璧だ」


ワトソン

「でも先生、納豆高いんですわ」


ホームズ

「そこだ、ワトソン君」


ワトソン

「え?」


ホームズ

「次回作は、

 納豆容器と石油化学危機だ」


ワトソン

「また始まるんかい!」


ホームズ

「いや、もう始まっている」


ワトソン

「え?」


ホームズ

「君の冷蔵庫の中で」


ワトソン

「怖い終わり方すな!」


――つづく――

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