森の中で……
『お祖父様、森の中での生活で一番怖いのは獣ですか?』
『獣はそうだな。大型の獣に運悪く遭遇し、しかも子連れだったらとても危険じゃ。だが獣は人間に迂闊には近づかない。よって獣より、落雷・豪雨の方が余程怖い』
『そうなのですか!?』と問う私に祖父は教えてくれた。
『雷の音が聞こえた――では遅いんじゃ。聞こえた時には雷雲の下にいる。いつ、雷が落ちてきてもおかしくない』
『え、どうしたらいいの!?』
『30-30で考えるんじゃ』
『30-30?』
『雷の光を見て30秒以内に雷鳴が鳴ったら、30分は動かない。森の中であれば、窪地や谷底へ逃げ、そこでしゃがんで30-30の原則に従う』
祖父の言葉は昨日のことのように思い出されてしまう。今、大雨も降り、稲光が見え、雷鳴も轟いている。間違いなく、30-30の原則で考えると動かない方がいい。
だが――。
「アドリアナ、ザックライン男爵令嬢が怪我をした。出血しているし、このまま雷と雨がおさまるのを待つことはできない。全身が濡れているし、体温もどんどん低下している。森の入口まで運ぶことにした」
(どうしてそれをリアスがしなければならないの……?)
そんな疑問が浮かぶが、逆に言えば、リアスしかできないこと……なのだと思う。この雷と大雨と強風の中、怪我人であるザックライン男爵令嬢……つまりはヒロインであるマーガレットを、管理小屋もある森の入口まで運ぶこと。それは誰にでもできることではない。
(それだったら攻略対象が……!)
そう思うがカミュ第二王子にそんな危険なことはさせられない。いつ、雷が落ちてもおかしくない状況なのだ。では宰相の息子は? 武闘派ではないから、そもそもその体力がない。公爵家の令息は? 彼もそこまでタフガイではなかった。
(シナリオの強制力、抑止の力が働いているなら、マーガレットがリアスに運ばれる展開にはならない。よってこれはこの突然の天気の急変で起きた、致し方ない事態……)
そう頭で分かっても、リアスがマーガレットと関わることは不安になる。
「アドリアナ、ごめん。婚約者である君をここに残すのは……僕としても不安だ。かといって君まで動くのは危険過ぎる。今はまだ、僕たち、雷雲の真下にいるんだ。窪地でしゃがみ動かない。これがベストなんだ」
私は自分が取り残されることで不安になっているわけではない。リアスとマーガレットが共に行動することを心配していた。さらに言えば、そうやってこの状況で動くことで、リアスに雷が落ちる危険だってあるのだ。
でもリアスは勘違いし、私を残すことを詫びてくれるが、それは違う。
「リアス、私は大丈夫よ。ここでしゃがんで待つことが最善だと分かっているから。むしろ……リアスのことが心配よ。まだ雷雲の下にいるのだから、リアスだって私のようにじっとしているべきなのに。移動をするから……」
「アドリアナ……! 僕の心配をしてくれていたんだね」
「当たり前でしょう。私はリアスの婚約者なのだから。リアスのこと、守りたいと思って当然よ」
するとリアスは、大雨でびしょびしょなのに。
それでもイケメンと分かる笑顔になる。
「アドリアナは男前だね。僕を……守りたいと思ってくる。……実際に守ってくれたよね、三年前も。ジャスパーたちから守ってくれた。池に落ちた僕を救ってくれた。そして今回も……いや今日は僕がアドリアナを守る。ザックライン男爵令嬢を森の入口にある管理小屋まで届けたら、アドリアナを守るため、戻って来るよ」
「お断りよ」
「え……」
驚くリアスにきっぱり告げる。
「大気の動き、この雨風では分かりにくいわ。でも局所的に発生した雷雲は、同じ場所に長時間居座ることも多い。そのままその場で消散する可能性も高いわよね。それでもこの辺りは偏西風の影響を受ける。大局的に見たら、西から東へ雲が流れるはず。そう考えると、森の入口の方が先に雷雲の影響範囲から抜ける。それなのに雷雲が残る私の所へ戻るなんて……」
そこで言葉を切り、私はズバリ指摘する。
「それこそ愚の骨頂よ。私は六年間、森の中のお祖父様の屋敷で暮らし、こういう状況にも慣れている。雷は……普通にあの音を聞けば驚いて悲鳴を上げてしまう。でもそれだけよ。こうやってしゃがんで、やり過ごして、その後は自分で動ける。だからリアスは森の入口で私の帰りを待っていて」
「アドリアナ……!」
ぎゅっと抱きしめられると、お互いずぶ濡れなので、着ているものなんて意味がない。その体を感じ、鼓動が激しくなる。
「……アドリアナ、必ず無事で戻って来て」
「勿論よ。ここは森の中で、私にはホームグランドみたいなものよ」
「うん、そうだった。じゃあ、待っている」
リアスが私の額に幸運を願うキスをしてくれる。
本当はそこではないキスでもいいのにと思うが、リアスは大変真面目。それにこんな大雨とまだ雷鳴が轟く中で、熱烈なキスをしている場合ではない。
こうしてリアスは森の入口へ向かい、私はその場で待機となった。
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