どうしてこうなったのかしら?
激しい雷雨がおさまり、空には虹がかかる……それが理想だが、そうはならなかった。雷雲はほぼほぼ消えている。でも微妙に残った雨雲が、小雨を降らせ、霧を森の中一面に広げた。
「気を付けてください、ぬかるみがあるので」
アンバーはルアンヌ伯爵令嬢をエスコートしながら、霧の森の中を進む。
「本当に、申し訳ありません!」
「気にする必要はない。普段から鍛えているから。それにローレル子爵令嬢は軽い。背負っている実感がない」
セーブルは足首を挫いたローレル子爵令嬢を背負い、しっかりとした足取りで前進している。そして私は――。
「サンフォード公爵令嬢、そこは水溜りが大きいので、こちらへ」
私は……カミュ第二王子にエスコートされ、濃霧の森を歩いていた。
(どうしてこうなったのかしら……?)
そう思うが、仕方なかった。
トウヒの大木に落ちた雷により、怪我人が出た。
マーガレットは出血が激しいということで、リアスが運ぶことになった。しかしそれ以外の生徒は、窪地にしゃがみ、雷雨をやり過ごすことになった。
ようやく小雨になり、濃霧となった中、森の入口まで戻る。大雨で足元はぬかんでいるし、滑りやすい。そこで自然とクラス、チームに関係なく、ペアを組むことになり……。
リアスがいない私は、カミュ第二王子とペアを組むことになってしまったのだ。
そこには皆の忖度がある。
第二王子のエスコート、できれば高位貴族がいい……。そうなった時、婚約しているが、その婚約者がこの場にいない公爵令嬢の私が相応しい……となってしまったのだ。
これには大いに異論があるが、ごちゃごちゃ言って集団行動を乱したくない。
そこで我慢してカミュ第二王子にエスコートしてもらうことになったのだけど……。
「……不思議です」
「?」
「サンフォード公爵令嬢をエスコートしていると、安心できます」
「安心……?」
「安心とも違うのかな。なんというのだろう。とても自然に感じます。君をエスコートすることが当然に思えるというか……。変な緊張もなく、こうやって動けます」
このカミュ第二王子の発言には、いろいろな意味で鳥肌が立ちそうになる。
だって彼の発言はこの乙女ゲームの世界の設定としては正しいことなのだ。彼が本来婚約するはずだったのは、隣国の第二皇女ではない。悪役令嬢の私なのだ。
「それにサンフォード公爵令嬢と会話していても、心地よいというか……。なんだか昔からの知り合いに思えてしまうんです」
「それは……そのように言っていただけるのは、恐悦至極です」
「そんな堅苦しくしないでください。……と言っても、君からしたら、こんなふうに話すのは初めてにも近いですよね。僕の身分を加味したら、緊張しても当然でしょうか」
(なんでこんなことを聞くのかしら!?)
そう思いつつも答えることになる。
「身分は……礼儀をわきまえるため、考慮しています。ただ。お互いのことを知っているようで、よく知りませんから……」
「そうでしたね。そうだ。サンウエストでの森の生活の話。すべてを聞いたわけではないですから、もう少し聞かせて欲し……」
そこでカミュ第二王子が言葉を切る。
「どうされました?」
「……剣を忘れたことに気付きました」
「剣……?」
「はい。一応僕は王族ですから、もしもの時のために帯剣していました。ですがあの雷です。大木に雷が落ちる瞬間も目撃しています。身を守るための剣に雷が落ち、命を落とすことになったら……意味がありません。そこで剣をはずし、木の洞に入れておいたのです」
これには「なるほど」だった。落雷があったのだ。金属を手元から離すのは当然の行動だった。
「その剣はどんな剣なのですか?」
「大したものではないですよ。王家では先祖代々伝わる剣ですが、鞘に宝石がいくつかと、彫刻家のロレンツォが細工を施したぐらいで」
(大したものですよ、カミュ第二王子殿下! いくつかの宝石……模造宝石などではなく、本物の宝石がゴロゴロ散りばめられていると思います! しかも彫刻家のロレンツォ……前世で言うならミケランジェロクラスの超大物! 彼が作った彫像一体で、首都に屋敷が一軒建つぐらいであること、よもや忘れていませんよね!?)
「明日にでも近衛騎士を呼び、取りに行かせましょうか」
本来この場に、カミュ第二王子を護衛する近衛騎士がいるはずだった。だがあの雷雨で一人は負傷し、もう一人は怪我人を背負うことになったのだ。ゆえに実にイレギュラーではあるが、今、カミュ第二王子のそばに近衛騎士はいなかった。
(天候の急変があったから仕方ないこと。彼のそばに近衛騎士がいなくて、私しかいないのは……シナリオの強制力や抑止の力とは関係ない……と思いたい)
それにしても剣。
明日、取りに戻るのでいいかと言うと……。
「取りに……戻った方がいいと思います。絶対に。もし紛失したら、大事です」
「そうでしょうか。こんな大雨の後です。誰も森に入らないですよね」
(なんて呑気なことを。夜の森にはならず者がうろつく。特にこんな天気の急変があった時。落雷を恐れ、貴金属を手放し、避難を優先する者は多い。あえて雷雨の後に放置された貴金属目当てに盗みを働く輩もいるというのに。カミュ第二王子、危機意識低すぎです)
「あの、よろしければ、私がとって来ます」
「えっ!?」
「腰に帯びるような剣をおさめられるような洞は、限られています。そして白樺の森、と言われているぐらいで、生えている木々は白樺が多いですよね。でも白樺の木の洞に、剣は隠せません。小さすぎて。そうなると白樺の木以外となりますが、殿下がいただいたいの位置は分かるので、すぐに見つけられると思います」
山猿令嬢を目指していたのだ。どうってことがない提案だったが……。
「そんな、公爵令嬢である君にそんなことは頼めません。僕が一人で戻ります」
「そんな、一人ではダメです。これでも私は多少、武術の腕に覚えがありますので、一緒に戻ります」
「武術の腕に覚えがある!?」
「お茶会の席で話しませんでしたか? サンウエストにいた時、畑を耕すのを手伝ったり、家畜に餌をやったり。弓や槍の使い方も習い、狩りにも出ましたと」
するとカミュ第二王子はエメラルドグリーンの瞳を細め、ハッとする。
「おっしゃってましたね」
「では剣を取りに戻りましょうか」
近くにいた生徒に剣を取りに戻ることを告げる。歩き出してまだ時間は経っていない。すぐに見つけて戻れば、最後尾を歩く生徒に追いつける。
こうして私とカミュ第二王子は霧の中、元いた場所へと戻ることになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
山猿令嬢、頑張れ~
今晩、もう一話公開しますー!
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受賞作で発売記念更新を行いました~
昨年の秋以来のSSです
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