貴方に誓う口づけ
彼方について行ってたどり着いたのは、夜景を一望できる暗い公園だった。落下防止の木製の柵が斜面に沿って並べられていて、数本の電灯の明かりだけが頼りの静寂に支配されたこの場所は、普通ならどことなく不安に感じるだろう。しかしその不安は、柵の向こう側に広がる暗闇を彩る美しい光が作り出す夜景のロマンチックさが消し去っていた。
「なんでこんなところに?」
ここの景色は確かにきれいだ。でも、夜景ならさっきのカフェで十分堪能した。わざわざこんな場所に移動したのは別の狙いがあるからに違いない。
「……さっきのカフェでやっても良かったんだけどさ、やっぱ人目があるのは恥ずかしくてさ」
彼方はするりと私が掴んでいた腕を引き抜いて、真っ直ぐ私と向き合った。優しい笑みを浮かべてはいるけど、どこか神妙な面持ちの彼女は自分のカバンの中から長方形の箱を取り出した。
「これを渡したかったんだ」
そう言いながら彼方が箱から取り出したのは、銀色の花のモチーフのネックレスだった。
「クリスマスプレゼントだよ」
「……考えることは一緒みたいだね」
私もカバンの中から細長い箱を取り出し、そこから羽のモチーフの金色のネックレスを取り出した。
「美鈴……そっか、ありがとな」
私が取り出したネックレスを見た彼方は一瞬目を大きく見開いて、納得したように目を細めながら小さく頷いた。
きっと彼方は私がこのネックレスに込めた意味を知っている。だって、彼方が選んだネックレスには明らかな意図が感じられるから。
私のためにピッタリなものを調べて選んでくれたんだな。花のモチーフの意味は愛情。このネックレスは、彼方が何度も伝えてくれる愛を形あるものとして贈ってくれるものだ。
そして羽のモチーフの意味は飛翔。テニスのプロを目指して頑張る彼方にピッタリのネックレスだ。
そしてプレゼントのネックレスそのものに込められた意味は、ずっと一緒にいて欲しい。
お互いの想いが重なるような感覚が心地よい。何も言葉を交わさぬまま、私たちは相手の吐息すら感じられる距離までゆっくりと近づいた。
「それじゃあ、つけるね」
「あぁ」
彼方が膝を曲げて私がネックレスをつけやすいようにする。私は彼方の首の背後に手を回して、彼方と視線を交わしたままネックレスをつけた。
「それじゃ、次は私の番だな」
次は彼方が私の首の背後に手を回してネックレスをつける。少し慣れない手つきなのがむしろ愛おしくて、私が彼方に向ける視線がさらに優しくなる。
それが少し恥ずかしかったのか、彼方は一瞬視線を逸らした。だけど、この距離では私の視線から逃げることはできず、なかなかネックレスがつけられないのも相まって、観念して私と再び視線を交わした。
そんなやりとりもあった後、彼方は私にネックレスをつけることに成功した。
「うん。やっぱり美鈴にピッタリだな」
「彼方も似合ってるよ」
「ありがとな」
このネックレスに込めた想いを言葉にはしない。言葉にしなくても伝わるのだから。彼方は膝を伸ばして元の体勢になると、その時胸元のネックレスが揺れ、月光を反射して輝いた。光り輝く羽のモチーフは、まるで彼方の輝かしい未来を象徴してくれているみたいだった。
「同じこと考えてたって、なんかこそばゆいな」
「そうかもね。でも、そういうくすぐったさも幸せだから感じられるんだよ」
くすぐられた時に不可抗力で笑ってしまうような感覚は、付き合う前はなかったものだ。自然と笑い合えるような関係。ただ会話をするだけで幸せで胸がいっぱいになる繋がり。
そんな私と彼方の間にあるものは、思いを込めたネックレスを交換したことで形を手に入れて更に強くなった。
その強い繋がりに引っ張られるように、私は彼方の胸に飛び込んだ。そんな私を彼方はしっかりと受け止めてくれて、私が顔を上げれば優しく微笑んでいる彼方と目が合った。
「……まだ私は何も果たせてない。インターハイでは負けっぱなしだし、プロデビューの誘いもない。でも、約束する。私は絶対世界一のテニスプレイヤーになる」
彼方は私の肩に触れて、あの夜の砂浜で交わした約束を再び強く結び直す。だから私も彼方と同じようにすることにした。
「私は何が合っても彼方を支え続ける。今はマネージャーとして、大人になったら栄養士として彼方を一生支え続ける。だから……」
この約束は全てこの想いのために。
「ずっと一緒にいようね」
「……あぁ、約束だ」
私と彼方は手のひらを重ね合わせ、指を絡めてギュッと握った。その瞬間、私たちの熱がこもった手の上に白い粒が降ってきた。
「雪……」
「ホワイトクリスマスか」
「綺麗だね」
二人して空を見上げれば、星空に混じって白くて冷たい粒が私たちの元に降りてきていた。最高の雰囲気の中で、ささやかに降る雪がさらにロマンチックさに拍車をかける。
「……なぁ美鈴」
「ん、なぁに」
「私はずっと一緒にいるだけじゃ満足できないみたいだ」
白い雪の冷たさでブレーキが故障した彼方は、ふとそんな言葉を漏らした。
「ずっと、美鈴と愛し合っていたい」
その願望は凄まじく大きく、手のひらから伝わってくる彼方の熱から本気度が理解できた。そしてそれは、私も同じだった。
「だから永遠の愛を誓ってくれないか」
それが何を意味するかは、高まった熱とはっきりと聞こえる互いの鼓動でよく理解できた。だから私は躊躇いなく答えた。
「うん。私はずっと彼方を愛し続けるよ」
その瞬間、彼方は返事の代わりに私の唇を奪った。唇が触れ合った時の優しい柔らかさは、一生忘れない。
冬の寒さで冷たくなった肌の感覚は、高まった熱ですぐに消えてしまった。どちらもキスは初めてで、身長差も大きいから触れ合う唇はほんの少しぎこちない。でも、永遠を誓うキスはそんなこともどうでも良くなる程、多幸感で満たされていた。
この状態でどうやって呼吸をすればいいのか知らないし、そもそも呼吸をすることすら忘れた私は、息の続く限り彼方を求め続けた。
高まり続ける熱と直接感じる唇の温度。音だけじゃなく心臓の鼓動の衝撃を直接感じられる。反射的に目を瞑ってしまった私が彼方を感じられるものはそれだけだけど、それだけで十分だった。
そして実際にはほんの数秒に過ぎない、でも永遠にも感じていた最高に幸せな時間が終わりを告げた。
目を開ければ頬を紅潮させてうっとりとした目をした彼方が映った。かくいう私もまだ頭がふわふわとしている。ファーストキスの熱がまだ漂っていて、この甘美な空気を一生味わっていたいと思った。
「私の全てを賭けて愛すよ」
「うん、絶対だよ」
静寂に包まれたこの場所で、私と彼方は永遠の愛を誓った。誰もいない私たち二人だけの世界で、星空から降ってくる小さな天使たちが静かに私たちを祝福してくれていた。
ブクマと評価よろしくお願いします。
次回最終回です。




