クリスマスディナー
この時期になれば冬の寒さは本気を出し、私たちの吐息を全て白に染め、外気に触れた指先や頬を赤く染める。サンタさんの服の配色が赤と白なのはこのせいなのだろうか。
私たちと同じ目的でやってきた人々の中を、はぐれないよう彼方の腕を抱きしめながら掻い潜り、やっとの思いで駅の外に出る。
そこに広がっていた、光が創り出す絢爛な光景に一瞬で目を奪われた。
駅からまっすぐ伸びる大通り全てが光に包まれ、夜の闇を切り裂く光の道を形成する。人々は光に目を奪われ、今日という日の幸福を噛み締めるように自然と笑顔になっている。
芯まで冷えるような寒さも忘れてしまうほど、たくさんの人の笑顔を照らす七色の光が聖夜を彩っていた。
「綺麗だな」
彼方も美しい聖夜の光に感動して、自然と視線を上に上げていた。そして、彼方の声に反射的に反応して彼方の顔を見ると、どこか静かな雰囲気な彼女の横顔に見惚れた。
美しい聖夜の光もそっちのけでジッと彼方の顔を見つめ続ける。イルミネーションに感動していた彼方も流石に気がついたみたいで、チラリと私の方を向いて目が合った。
「……どうかしたのか」
「あっ、いや、なんでも」
イルミネーション目的で来たのに、それよりも彼方の横顔に見惚れていたなんて恥ずかしすぎて言えない。何か言い訳をするでもなく、ただ私は視線をイルミネーションに戻した。
「それじゃ、ディナーに行くか」
「ディナーって、そんな柄じゃないでしょ」
「少しカッコつけたくてな。ちゃんと予約はしてるから安心してな」
駅の出口の前で立ち止まっていた私たちは、光の道に沿って歩き出した。彼方は地図で場所を確認しないで迷いなく歩いていく。お店も予約してくれたみたいだし、今日は完璧なエスコートをするつもりみたいだ。
大通り沿いのお店は全部クリスマス仕様に飾られていて、家族連れやカップルが楽しげに写真を撮っている。その他にもサンタ衣装で呼び込みをする人達や、子供のために買ったのであろう積み重なったプレゼントボックスを抱える男性もいた。
「クリスマスっていいね。みんな幸せそう」
「あぁ、私たちもその幸せの一つだ」
彼方はサラッとそんな返事をしてくれた。なんて事ない会話の中で、私と一緒にいることを幸せだって伝えてくれて自然と口角が上がる。
そしてバスに乗って大通りから離れる。バスの中はギチギチで、彼方は私を守るように壁際に寄せた。
「流石に歩いていくわけにはいかなくてな。ちょっと我慢してくれ」
「うん。大丈夫だよ」
彼方は私に変なことをする奴が居ないかとかなり周囲を警戒している。そんなに心配しなくてもいいのにと思うけど、それくらい私を大切にしてくれてるのが嬉しくて指摘しなかった。私はちょっと悪い子かもしれない。
そしてバスを降りると、そこは駅の周辺が一望できる高所だった。大通りがお店のクリスマスフェアで騒がしかったのとは反対に、住宅が多いこの辺りは静かではあるが家の中から漏れる光がささやかな幸福を感じさせてくれた。
そこからしばらく歩くと、到着したのはオシャレなカフェだった。壁は煉瓦柄のタイルが貼られ、色とりどりの造花で飾られている。駅前のキラキラとしたイルミネーションとは対照的に、中からの静かな光がじんわりと広がるそのカフェは大人な雰囲気を漂わせていた。
「オシャレだね」
「美鈴はワイワイ騒がしいところより、こういう静かな雰囲気の方が好きだと思ってさ。気に入ってくれたみたいでよかったよ」
「そっか、私のためにありがとね」
「美鈴の笑顔のためなら何だってやるさ」
彼方は変に取り繕わずありのままの想いを伝えてくれる。そしてその全てが私への大き過ぎる愛だから、少し会話しただけで私の心臓の鼓動は速くなってしまう。
彼方の腕を掴んでいた私は、彼方の向かう方向にされるがまま連れていかれる。木製の雰囲気がある扉を開けると、チリンチリンとベルが鳴って落ち着いた雰囲気の女性の店員さんが出迎えてくれた。
「予約してた飯島です」
「はい、お待ちしておりました。ではこちらへ」
店員さんについて行くと、窓際の席に案内された。丸いテーブルには向かい合う形で椅子が置かれていて、顔を合わせての食事になるみたいだ。
席に座って、まず窓からの景色を見てみると駅から広がるイルミネーションの光が一望できた。クラシック音楽が流れて優雅な雰囲気のカフェで、綺麗な街の夜景を眺める。隣町にこんな素晴らしい場所があるなんて知らなかった。
「よくこんな場所見つけたね」
「母さんが教えてくれたんだよ。昔、父さんにプロポーズされたのがここなんだって」
「へぇ……そうなんだ」
プロポーズ、なんて。クリスマスにそんな事言われたら意識しちゃうじゃん。まだキスもできてない私達からしたらまだ遠い話だろうけど。
「そういえば注文は?」
「クリスマスセットっていうのがあったから、それを予約の時に注文しといた。もう少しでくると思う」
彼方がそう言った瞬間、甘い香りが私の鼻腔をくすぐった。匂いのした方を向くと、店員さんがお盆に乗せて料理を運んできてくれていた。
メニューはクリームシチューとパン、シーザーサラダにローストビーフ。そしてドリンクにコーヒー、デザートにショートケーキというクリスマスらしい王道なメニューだった。
料理をテーブルに並べた店員さんは戻っていき、私と彼方の二人きりのディナーが始まった。
まずは冷えた身体を温めるため、コーヒーを一口飲む。ちょうど良いほろ苦さと繊細な舌触り。さすがカフェ、コーヒーにはかなり拘っているみたいだ。
彼方の方を向くとシチューをスプーンで掬って丁寧に食べていた。普段はガツガツ食べる彼方も、この雰囲気に合わせているみたいだ。
私もシチューを食べてみる。クリーミーな味わいに、口の中で溶けるような柔らかさの野菜たち。そしてしっかりと存在感を放つ鶏肉。お手本にしたいくらい高クオリティなシチューに舌鼓を打つ。
「美味しいか?」
「うん。すっごく」
「あぁ、私も初めて来たんだけどまさかここまでとはな」
彼方はこの素晴らしい料理をゆっくりと味わっている。いつも彼方にお弁当を作っているからか、対抗心が湧いてきた。
「私もいつか、これくらい美味しいのを彼方に作ってあげるからね」
「おお、そりゃ楽しみだ」
私が抱いた対抗心を知らないまま、彼方はいつも通りの笑顔を見せてくれた。将来の話を彼方は当たり前みたいに受け入れてくれる。それはきっと、お互いにずっと一緒にいたいと思っているから。
そう確信できることが何よりも嬉しかった。
それから何でもない、だけど幸せな会話をしながら食事を進めていき、四十分ほどで完食した。お会計を彼方が全部奢ろうとして、流石に悪いと思ったから止めようとした。でも、カッコつけさせて欲しいって頭を撫でられたから何も言えなくなってしまった。
お店の外に出ると、冷たい風が私たちを撫でた。暖かいお店の中で温かい食べ物を食べたから、その温度差でさらに寒く感じる。
私が少し身体を震わせると、それに敏感に反応した彼方が私を抱き寄せた。
「これで少しはマシになったか?」
「あぅ、うん……ありがと……」
突然の彼方の行動に、シューと湯気が出てしまうほど私の身体は熱くなった。彼方としては身体をくっつければ温かくなるって意図なんだろうけど、彼方に抱き寄せられて私の体温そのものが急激に上がってしまった。
「それじゃ、着いてきてくれ」
寒空の下で真冬の寒さを忘れるほど体温が上がった私は、彼方の腕を抱きしめながら彼女について行った。
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