知らない姿
接客開始から二時間、ようやく私と彼方は仕事から解放された。衣装から制服に着替えて教室から出ると、彼方と親しそうにしていた金髪の少女が立っていた。
彼女はストリート系のファッションで、彼方と同じかっこいい系の女子だ。教室から出てきた私たちを見つけると、ぐっと体を伸ばしてから近づいてきた。
「よっす、待ちくたびれたぞー」
「いきなり来るからだろ。事前に連絡くれたらよかったのに」
「それじゃあサプライズ感が薄れるだろー」
遠慮のない二人の会話。彼方はいつも砕けた口調だけど、心なしかいつもより楽しそうに見えた。
「あっ、紹介が遅れたな。コイツは月夜芹香。私の幼馴染で、中学まで一緒だったんだ」
「よっす、はじめまして」
「ど、どうも。桃井美鈴です」
芹香さんは指先をおでこに当ててニコリと笑った。突然現れた彼方の幼馴染という存在に動揺していた私は、おどおどとして覚束ない自己紹介を返した。
「話は聞いてるよー。可愛いマネージャーちゃんがいるって」
「ちょっ、変なこと言うなって」
彼方が芹香さんの話を止めようと小突いて、じゃれあいと言うように笑い合う。こんなにも遠慮のない彼方を私は知らない。
「まぁ話はほどほどにして、どこから回ろうか」
芹香さんがそう言って配られたパンフレットをひらく。すると彼方はパンフレットを一緒に見ようとして芹香さんに体を引っ付けた。
普段から距離感が近い彼方だけど、安易に人にくっついたりなんかしない。
それなのに、まるでそれが自然であるかのように彼方は芹香さんにくっついている。
近すぎる距離感なはずなのに、高身長でスタイルがいい彼方と芹香さんが笑い合う姿は様になっていて、さらに私の胸を締め付ける。
「お化け屋敷いいじゃん、まさに文化祭ってかんじ」
「面白そうだな。美鈴もそこでいいか?」
「あっ、うん」
ぼーっとしていた私が空返事をすると、彼方が私の手をとって目的地に向かって進んでゆく。手を繋ぐという普段なら嬉しい状況も、楽しそうに芹香さんと話す彼方は私が知らない彼方で、困惑と苦痛が私の頭を支配していた。
お化け屋敷に向かう道中で、芹香さんと彼方がこんな会話を始めた。
「いやぁ、にしてもお前が来るとはな。結構遠いだろ」
「早朝に起きて新幹線だよ」
「マジか。高校の文化祭にそんな苦労して来るのやばいだろ」
「仕方ないでしょ、久々に彼方に会いたくなったんだから」
「なんだよそれ」
芹香さんが告げた言葉に照れくさそうに笑う彼方を見て、また胸が苦しくなる。仲のいい幼馴染との久々の再会に喜ぶのは当たり前だから、彼方は悪くない。
「芹香さんってどこから来たの?」
でも、このままだと彼方を取られてしまいそうだったから、二人の間に挟まるように前に出た。二人は少し驚いたけど、すぐに笑顔に戻って話してくれた。
「大阪だよ。女子サッカーの強豪校に通ってるんだ」
「もっと上を目指したいって言って、親に無理言って通わせてもらってるの」
二人の話を聞いて、彼方と並んで絵になるほどの芹香さんのスタイルに納得した。彼方と同じ夢を追いかけるスポーツマン。ますます彼方とお似合いだと思ってしまった。
「すごいね。やっぱり将来はプロになるの?」
「うん。というか、もうプロチームに所属させてもらってる」
「えぇ!? そうなのか?!」
芹香さんの言葉に私も驚いたけど、彼方の声が大きすぎてかき消されてしまった。騒がしい文化祭の廊下でも目立つ大声に、みんなの視線が集まって、彼方は小さく頭を下げて謝った。
「なんで教えてくれなかったんだよ」
「聞かれなかったから。それにまだレギュラーは遠いから」
「それでもプロってすげーよ」
「ふふ、ありがとね」
お互いを讃え合うスポーツマン二人の立つ場所に、私は立つことができなかった。芹香さんが見ているスポーツマンとしての彼方の顔を、きっと私は見ることができない。
「おっ、ちょうどついたぞ」
三人で話していたら、いつの間にか目的地に辿り着いていた。
「それじゃあ行くか」
そう言って振り返った彼方に、私は反射的に首を横に振っていた。
「ごめん。思ったより怖そうだから待ってるね」
嘘。私は別に怖いのが苦手なわけじゃない。でも、このまま芹香さんの隣にいる私が知らない彼方の近くにいたらおかしくなってしまいそうだったから。
「そっか、それなら少し待っててくれ」
「できるだけはやく戻ってくるね」
少し残念そうな顔をした彼方に心苦しくなる。心の中でごめんと謝って、幼馴染の隣で私の知らない姿を見せる彼方を見送った。
ブクマと評価よろしくお願いします。




