ヒーローとヒロイン
ウェイターのロールプレイでお客さんを楽しませる。これがコスプレ系のカフェの軸であり、料理のおいしさより大事な部分と言って差し支えないだろう。
その練習をするのは当然だと思う。だけど、好きな相手に狩人のヒーローロールプレイはいくらなんでもハードルが高すぎる。
しかも、今回は教室に二人きりというシチュエーション。薄暗い夕方の教室の静寂の中でというのも完全に追い打ちだ。
目の前にいる美鈴が可愛い赤ずきんの格好をしているのもヤバい。さっきから心臓がドキドキして止まらない。
「それじゃあ、最初は私がお客さんね」
そう言って美鈴は近くの机に座った。どうぞと言うように私の方を向いたのを合図に、私は気を引き締めて彼女の前に出た。
『注文は?』
「それじゃあ、ハーブティーとパンケーキで」
注文しながら笑顔を見せた美鈴が可愛すぎる。今、赤ずきんの格好でめちゃくちゃ可愛いってことを自覚してほしい。マジで私の精神がもたない。
『わかったよ、お嬢さん。ほんの少しだけ静かに待っててくれ。怖いオオカミに食べられないようにね』
これでいいか? と思いつつ一旦席を離れ、美鈴の方に振り返った。
「どうだった?」
「ちょっと軽薄な感じでいくの?」
「うん。カッコいい王子様とキャラ被りしないように」
「そっか、他のみんなとのキャラ被りとかも考えなきゃダメなんだ。私はみんなに見せた感じでいいかな?」
「いいと思うぞ。海香は天真爛漫なお姫様、凪ちゃんは不思議系な妖精だから、美鈴は人見知りな純情娘で通していいと思う」
こういう真面目な会話をしていると多少気がまぎれる。いやさっきの練習も真面目にやったけどさ。
「じゃあ次は彼方がお客さんね」
「りょーかい」
今度は私が席についてスタンバイ。少し離れた場所に立っている美鈴に目配せすると、彼女はゆっくりと歩いて近づいてきた。
『えっと、ご注文をお伺いします』
セリフだけ聞けばなんて事のない言葉。しかし、今の美鈴の格好と、庇護欲が湧いてくるオドオドした声でその言葉は可愛らしいヒロインの言葉に昇華されていた。
「レモネードとショートケーキで」
『は、はい。承りました。それでは、少しだけ待っててくださいね』
「おう。オオカミに気をつけてな」
客がどんなノリで返事をするか予測して、美鈴の対応力を試してみた。
『大丈夫です。強い狩人さんが守ってくれますから』
オドオドした少女から一変、ヒーローを信頼しきっているヒロインのような笑顔に私は胸を射抜かれた。
あまりの衝撃にバタンと机に突っ伏すと、慌てて美鈴が駆け寄って来た。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫……」
あまりの可愛さにやられたと言うのも恥ずかしいので、次の話題で気を逸らそうと、ロールプレイで気になったところ指摘する事にした。
「赤ずきんと狩人ってそんな関係だっけ」
私達がよく知る赤ずきんでは、狩人は言ってしまえばポッと出のキャラに過ぎない。赤ずきんと狩人の関係はゼロと言ってもいいだろう。
しかしさっきの美鈴のロールプレイでは、まるでヒーローとヒロインの様な関係に見える。その点を美鈴はどういう意図で出したのだろうか。
「確かにお話の中だと赤ずきんと狩人は無関係な人だけど、お客さんに見せるならそんな淡白な関係より、ヒーローとヒロインみたいにした方がいいと思ったの」
「あぁ、なるほど」
確かに私達はキャラクターにドラマを求める。そして最近はキャラクター同士の関係に熱いものを見出す傾向も強くなってきた。
それなら美鈴の案が、メルヘンカフェのために一番良い選択だろう。
「流石美鈴、そこまで考えてたとは。演技もすげぇ上手かったし」
特に狩人さんが守ってくれると言った時は素晴らしかった。あの演技を見たら海香が業界にスカウトするんじゃないだろうか。
「えっと、彼方のこと考えながらやったら、すごく自然にできたんだよ」
美鈴は頬を染めて照れながらも演技が上手くいった理由を説明してくれた。
愛おしすぎるぞ、この赤ずきん。
愛おしさの衝動に任せて抱きしめそうになったのをなんとか堪える。心の中で一旦深呼吸をして、美鈴の言葉に相槌で返した。
「そうだ。折角だし、私たちでコンビみたいな感じのロールプレイしようよ」
「あぁ、委員長と海香みたいなやつか」
二人の関係を匂わせるようなロールプレイをするなら、二人で一緒にやるロールプレイも必要になってくる。あのカップルは打ち合わせなしで自然にやるだろうけど、私達には事前の準備が必要だ。
どんな会話をするか二人で考え、少し練習してみることにした。
「うん。それじゃあ行くよ」
「オッケー」
深呼吸をして目を合わせ、タイミングを合わせて前に出る。
『狩人さん、今日も私を守ってね』
『もちろんさ。お嬢さんのためなら、オオカミだろうとクマだろうと、例えドラゴンが来たって守ってみせるさ』
『ふふ、いつもありがとう狩人さん』
「大好き」
唐突に美鈴が口にした、予定にないセリフ。その言葉がどうしてもロールプレイのアドリブに聞こえなかったのは、きっと真っ赤に染まった彼女の顔のせいだ。
そして、本物の言葉だと錯覚した私は、彼女の大好きという言葉が何度も頭の中で反響し、赤い熱となって顔に表出した。
だって、仕方ない。本当に仕方ない。
美鈴のしまったというように慌てる顔も、どこか熱を帯びた大好きの言葉も、お互いの夕陽よりも真っ赤に染まった顔も、全部が私の考えが誤解でないと告げているのだから。
「み、みすず」
「違うから!!」
なんて言うかも決めていない私の言葉を、彼女は応援の時も聞いたことがないくらい大きな声で遮った。
「あれはただのロールプレイで、アドリブだから!」
残酷な現実が彼女の口から告げられる。
「いや、でも」
しかし、今日の言葉が本物だと確信してしまっていた私は諦めが悪かった。否定するなら、そんな真っ赤な顔をせず冷静に伝えて欲しかった。本当なら素直に教えて欲しかった。
真実を確かめるため、彼女の手を掴もうとした時だった。
『えー、下校時間になりました。文化祭の準備をしている生徒は片付けをして教室を施錠してください』
最高潮に高まった熱に冷水をぶっかける放送が流れた。
「……片付けよっか」
「あぁ、うん」
一気に冷静になって、なんとなく気まずくなった私達は何の会話もせず着替えた後、片付けを済まして教室をあとにした。
帰り道、隣を歩く私達の間に会話は存在しなかった。
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