第17話 目が覚めて食事が用意されている環境のすばらしさ
意識が浮上する。
なにやら、すごく懐かしい夢をみた気がする。
「……兄さん。そう、兄さんと――」
恩人の名前を思い出せない。
覚えておきたかった人の名前なのに、僕って薄情な奴なんだろうか。
「にしても、なんで……?」
今までこんな夢を見ることはなかった。
……いや、きっかけは、間違いなく彼女だろう。
巨大魚との戦闘で諦めかけた――生きることを放棄しかけたときに介入してきた声の主。
彼女が僕に見せたかった夢なんだと思うと、途端に内側に残っていた余韻の波がすっと引いて、思考がクリアになってゆく。
「よく眠れたのは確か、なんだよね」
改めて視線を巡らせれば、そこはまだあの巨大魚の胃袋の中。活動が止まって時間がたった所為か血色が悪いように見える。
……じゅるり。
途端に空腹を主張する僕の身体は本当に正直者だな!
もうこの巨大魚は敵ではない。
「なし崩し的とはいっても、結果的に殺したからにはちゃんと食べないとバチが当たるよね」
……などと、言い訳がましく理由をつけた所で。
僕がコイツを食べたい。というのを取り繕う事はできそうにない。
危機が去った途端に食欲が持ち上がってくるのは我ながらどうかとも思うが、今までの経験則としてスキルを多用するとお腹が空くというのもわかっている。
というわけで、そろそろ我慢の限界だ。
「いただきます」
手近な肉の壁へと、僕は嬉々としてかぶりつくのだった。
捕食しようと肉の壁へと組み付くこと数十秒。
さすがの【無差別捕食】であっても、元々消化液から身を守る為の機構である胃袋の内壁は溶かすのが容易ではないらしく、味覚には一向に刺激がこないでいた。
「んー……のどの辺りまでさかのぼってから溶かす? でもなー……胃に穴が開くって表現もあるくらいだし。それに倣ってみるか。こう言うのなんていうんだっけ、確か、待てば甘露の味覚ありって言ったっけ?」
大体の意味としては間違ってない。はずだ。
もう危機は脱していることだし、気長に待つのも食の楽しみと割り切ることにしよう。
「……お。おお?」
待つこと数分。途中から暇になって数え始めたからたぶんそれくらいだ。
胃壁がえぐれ始める感触に、肉の壁に粘液を埋めるようにして体をねじ込んでゆく。
最大の障壁を乗り越えたお陰か、全周囲から味覚に濃厚な刺激が溢れて全身を満たし始めた。
……これは、美味すぎるんじゃないでしょうか。
全身に脂がのっていて、それでいてしつこすぎないうなぎ味。舌の上で溶けていく様にすら感じるのは錯覚ではあるまい。
そして何よりも凄いと思ったのが、血の味が蒲焼のタレのようなのだ。血と肉を一緒にかじれば極上のうなぎの蒲焼を食べているような錯覚を覚えるほどで、水中だというのに味落ちしないというのも濃厚なソースを思い出す。
夢中で内側からもりもりと食べ進めて行けば、ついに外皮のうろこ部分の内側にたどり着いたようだった。
一枚剥がして体内に運び、咀嚼する様に溶かしてゆく。
何といえばいいのだろう。食感としては焼き魚を皮ごと頂いているような食感なのだが、こちらは鰻の蒲焼にうってつけの山椒味。
「ひゃっはー! 白米もってこーい!!!」
テンションがおかしい自覚はある。けれどこれは巨大魚がおいしすぎるのがいけない。
それにご飯が欲しいと思うのも、魚を食べてここまで美味しいと感じるのも、僕が元日本人であるのだから仕方がない。仕方がないったら仕方がないのだ。
さすがは湖の主(仮)。
あまりにもおいしすぎて時を忘れてむさぼりつくしてしまった。
骨なども血と肉の味がしみこんでいて大変美味しく、気付けば巨大魚の影も形もなくなっていた。
僕の小さな体にどうやって消化したんだといわれそうだが、僕自身、食前と比べると元々のサメイルカサイズからさらに二回りほど肥大化してしまっている。
気が付けば太陽も何度か昇り降りを繰り返していたのだから、この巨大魚がどれだけの巨体だったかがよくわかるというものだ。
数日をかけて味わいつくし、漸く迎えた最後の一部。
「……けぷっ。あー……満腹……至福……」
頭蓋骨部分に薄く薄く伸ばした体でじわじわと消化し、最後のひとかけらまで食べつくした時、頭にキーンとくるあの感覚が僕を襲った。
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新たにスキルを獲得しました。
【極彩鎧鱗】【激流障壁】
新たにスペルを獲得しました。
【水術】
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「お、おお、おおおっ!?」
さすがは湖の主(認定)。気になっていたスキルが手に入ったばかりか、新たなスキルに加えてスペルなどというものまで手に入れてしまった。
それぞれいまいち要領を得ない名前なので、住まいへと戻りつつ新たに獲得できたスキルとスペルについて確認してゆく。
【極彩鎧鱗】
古龍魚・バルハムルドの身を包んでいた鱗。
光の加減によって色を変える鱗は見た目に反して強固で、鎧のように丈夫で堅い。
【激流障壁】
古龍魚・バルハムルドがその身に宿していた流水の結界。
水場においてあらゆる流れが身を守る盾となる能力。
【水術】
水を用いた魔法。水場がある限りその水を自在に操ることが出来る。
操れる力は魔力の多さによって変わる。
「わお。大豊作じゃないですか。ありがとう巨大魚。ありがとう湖の主」
思わず食後の感謝も含めて心の中で手を合わせる。
とりあえず、目玉とすべきは【極彩鎧鱗】と【激流障壁】だろうか。
片方は水場でしか効果を発揮できないようだが、それでも防御としては十分すぎる程に硬いのは嫌というほど知っている。
食べるだけに数日かけた結果、おなかも満腹で眠気がやってきていた。
最近寝るか食ってるかしかしてなくて本当に恐縮だ。
おまけに、僕の予想ではこの眠気は最初にゼリーからポイズンゼリーになった時と同じ、進化の予兆のようなものだと思うわけで、どうせ進化して意識がなくて無防備になるなら安全な我が家。
そう思って帰宅したはいいものの、体が大きくなった所為で穴には入りきれない。
更に拡張する為に空いた時間を費やすことになってしまったのは計算外だった。
幸い、まだ眠気のピークには程遠い。入り口の拡張工事をしたらいい腹ごなしになるはずだ。
「……よし! 拡張終わり!」
広くなった入り口から遺跡の最奥。かつてミミックがいた部屋へと移ってひと段落した安心感からか、さっきよりも眠気を強く感じる。
特にする事も無いのでこの感覚に身をゆだねて寝てしまうのもいいだろう。
思考が再び霞掛かってくる。体の奥に感じるむずむずとした違和感を覚えながら視覚を閉ざした。
Name:【-----】
種族:ポイズンゼリー・天恵種⇒アクアスライム・天恵種<New!>
スキル:【●●の記憶】【言語理解】【無差別捕食】【消化吸収】【猛毒耐性】
【毒素生成】【水中適性】【索敵反響】【高速鋭利化】【幽体特効】
【呪術耐性】【擬態】【加速】【極彩鎧鱗】<New!>【激流障壁】<New!>
スペル:【水術】<New!>
称号:【転生者】【哲学する軟体生物】【水陣の御手】<New!>




